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ダンジョンツインズ ~いずれ神へと至る二心同体の生存戦略~  作者: 白雲庭 まし麻呂
三章 バスガル攻略戦

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三章 〈3〉

 〈3〉


 ダンジョンに戻ってきて、まずやるべきはグラに大樽廻二号の作成をお願いする事だった。それ以外のものは自分でも用意できるのだが、属性術の理を必要とする大樽廻は僕には無理だ。


「それでは、私も行きましょう」


 だが、グラの返答は僕の予想外のものだった。


「え? それはつまり、僕と一緒に依代で向かう、って事だよね?」

「いえ、ダンジョンコアのまま向かいましょう。以前用意した装備を、不備や不足がないか、手触りはどうか、一度使ってたしかめておきたかったのです」

「む、むぅ……」


 そうか。たしかに、装備品の使い心地をたしかめておくのは重要だ。特に、グラ用の装備というのは、本当の本当に追い詰められた際に使う、ダンジョンコアを守る為の最後の砦といっていい。いざそのときになって、欠陥品だとわかっても遅いのだ。


「向こうのダンジョンに乗り込むわけではありませんし、戦うのも弱いモンスターばかり。これでも私の身を案じるというのは、流石に過保護ですよ? ある意味、そんな弱いモンスターにも勝てないと言われているようで、少し心外です」

「わかった、降参」


 そんなわけで、二人で下水道に向かう事になった。大樽廻二号はちゃんと作ってくれたが、たぶん今回の探索では使わないだろう。グラがいるからね。


 以前見た美少女戦士バルキリーに変身したグラと一緒に、下水道へと向かう。変身バンクを期待されても、最近のグラには僕が仮初の羞恥心というプログラムをインストールしたので、人前で全裸にはならない。

 まぁ、その理由は、恥ずかしいからではなく、そういう事をすると人間社会では猿扱いされると、僕が教えたからだ。あの誇り高いグラが、敵対生物たる人間に畜生と侮られるのを、よしとするわけがない。


「おい、あれ……」

「白昼夢と、例の姉か? すげえ装備だな」

「……おお、可憐な……」

「あんな重そうなランスを、軽々と。弟が弟なら、姉も姉だな……」

「白昼夢? 死んだんじゃなかったか?」

「ああ、一度は死亡報告がでたらしいが、すぐに撤回されたそうだ」

「なんだそりゃあ?」

「また誰か、幻を見せられたんだろ。俺ぁあいつが百人になってても驚かん自信がある」

「ちげえねえ」


 ざわざわと遠巻きにこちらを見ながら交わされる会話を耳にしつつ、僕らは下水道の入り口へと向かう。相変わらず、ここは人が多い。僕らの前はサッと人が避けて道ができるからいいが、そうでなかったら歩くだけでも四苦八苦しそうだ。

 下水道の入り口は、以前と同じようにギルドの職員によって封鎖されていた。だが、その顔色は悪く、チラチラと背後の下水道を気にしている。

 変化があった事で、いつモンスターが氾濫するか不安なのだろう。

 氾濫スタンピードは、ダンジョンが行う人間社会に対する攻撃として、最も有効な手段といえる。当然、人間はそれを起こさせないのを第一に、冒険者を派遣している。

 モンスターが溢れれば、冒険者だけではない。多くの民草がその爪牙にかかるのだ。ザコモンスター一匹とて、外に出したくないのが心情だろう。

 ダンジョン側としては、この氾濫を起こすのはそれ程難しくない。持て余した受肉モンスターを、ダンジョン外に追い出すくらいの手間でしかない。必要なのは、モンスターが受肉する時間だけだ。


「ふむ、氾濫スタンピードか……」

「どうしました?」

「いや、言い忘れてたんだけど、バスガルの一階層がさ、どうも拡大しているようなんだ。それに氾濫が関係しているかも知れないかなって」

「ふむ……。氾濫ですか……」


 バスガルは、それなりに長い年月を生き延びたダンジョンだ。当然、それなりの数の受肉したモンスターを、抱え込んでいるはずだ。それをアルタンに解き放つ為の準備と思えば、ダンジョンの拡張も……。

 いや、言っててあまり蓋然性がない事に気が付いた。アルタンにモンスターを放つだけなら、わざわざダンジョンの一階層にとどめる必要なんてない。向こうのダンジョンから追い立てて、そのまま解き放てばいいだけだ。ダンジョンを広げる意味がない。


「あまり関係なさそうだね」

「そうですね」

「グラはどう思う? なんでバスガルは、この状況でダンジョンを広げるような真似をしていると思う?」

「我々を侮り、本来は勝利後にすべきダンジョンの拡張を行なっている、という事も考えられます」

「敵がそこまでのバカなら、ある意味与しやすいね。まぁ、侮るのは禁物だろうけど」

「そうですね。その件は、私も考えておきます。少し気になります」

「そうだね」


 職員の元へたどりつき、僕の銀の冒険者証とグラの銅の冒険者証を確認させる。中級冒険者と一緒であれば、下級冒険者のグラでも下水道への侵入は許される。


「——ですが、絶対に鉄扉の向こうまでは行かないでください。不用意に足を踏み入れた際には、資格剥奪も含めて、ギルドから処罰が下ります。無論、生きていればの場合ですが」


 そんな注意をされた。流石に、七級程度では侵入が許されるのは、下水道までらしい。

 僕は一度、扉の向こうにあるバスガルのダンジョンに足を踏み入れているが、それはあくまでもフォーンさんとフェイヴに同行したからだ。


「了解です。お仕事ご苦労さま」

「…………」


 にこやかに挨拶をする僕と、ツンと澄まして無言のグラが、職員の横を通り下水道へと向かう。パックリと口を開いたその空洞は、薄暗く僕らがその奥へと自ら足を踏み入れるのを待っているようだった。

……。

…………。

………………。


 まぁ、この先もウチのダンジョンなんだけどね!


「【誘引ピラズィモス】」


 杖を構えた僕が誘引を使うと、どこにいたのかと聞きたくなるような数のモンスターが、一気に襲いかかってくる。見たところ、全部ネズミ系のようだ。

 流石に、まだここまではバスガル由来のモンスターも、辿り着いていないらしい。


「ふッ!!」


 グラが突撃槍ランス豹紋蛸ヒョウモンダコ】を一薙ぎすれば、そんな有象無象のモンスターは命を散らすか、汚い汚水の中へと落ちてしまう。

 どうやら何体かは僕が作ったものだったようで、地面にはバラバラと魔石が散らばった。


「とはいえ、大雑把な攻撃じゃ全部を倒し切るのは不可能か」


 グラの背後から飛び出し、小剣【大王烏賊(ダイオウイカ)】を抜き放ち、ネズミ系モンスターたちを切り捨てていく。僕の作ったモンスターも、僕を襲わないようには設定してないので、他のネズミたちと同様に襲いかかってくる。

 まぁ、もしも下水道で僕だけ襲われないなんてバレたら、一大事だしね。

 ある程度モンスターを相手にしたら、僕は再び後ろに下がる。そのタイミングで、グラから【魔術】が放たれる。


「【氷柱撃スティーリアコンイエクトゥス】」


 いくつもの氷柱が、ネズミたちに襲いかかる。実にスタンダードな魔術師っぽい。

 スイッチして後ろに下がった僕ではあるが、もう出番はないだろう。だがまぁ、一応幻術の【睡魔】を準備しておこう。

 だが、予想通り残り数匹になったネズミは、なす術なくグラに屠られていった。


「どうだい、初戦闘は?」

「なかなか、思うようにはいきませんね。初撃で全滅させられたら良かったのですが」

「流石にそれは欲張りすぎでしょ。ただ、僕らの場合、僕が【誘引】を使うから、まず前衛にはグラがいた方がいいようだね」

「そのようです。今回は使いませんでしたが、ショーンはその後【睡魔】を使い、ある程度のモンスターを脱落させるのがいいでしょう」


 うん。僕もそれは思った。ただ、気付いたときには、既にグラが豹紋蛸を振るったあとだったんだよ。そこから理を刻むのは、時間的に無理そうだと思ったので、スイッチしたわけだ。


「そうだね。ただ、グラの武器って大きいからさ、一度振ったら懐に入られて大変じゃない? ちゃんと近場の敵に対処できる?」

「近付かれた際には、盾と蹴撃しゅうげきで対処します。組み付かれた際には、申し訳ありませんが交代してください。下がってから対処します」

「オーケー。その際には、【睡魔】はなしで別の【魔術】を用意して。僕の処理能力は、グラ程高くないだろうし」

「了解です」


 ひとまずは、基本的な連携を確認し、僕らは下水道を奥へと進む。


 あれから何度か【誘引】を使ってモンスターを呼び、撃退しを繰り返した。誘き出されるモンスターに、何匹かトカゲが混じるようになってきた頃、僕らの眼前にバスガルへと続く扉が現れた。


「この先が、バスガルですか……」

「そうだね。だけど、今日は絶対にその奥には行かないよ? いいね?」

「……はい。既に開戦した相手のダンジョンに、ダンジョンコア本体が乗り込むというのは、あまりに危機意識に欠けています」


 そうだね。まぁ、それを言ったら、以前僕が依代で乗り込んだのだって、おおいに危機意識の欠けた行動だった。まぁ、あのときは保身というものを、そもそも考慮していなかったわけだが……。


 バスガルに続く鉄扉の前を通り抜け、なおも奥へ奥へと進む僕ら。既に、屠ったモンスターの数など把握できない。

 ぶっちゃけ、グラの身体能力と【魔術】におんぶに抱っこで、僕はほとんどモンスター誘引装置と化していたといっても過言ではない。ちょくちょく【大王烏賊】で斬り捨てたりもしていたが、その能力を使ったりはしていなかった。

 いやさぁ、水の触手って使い勝手はいいんだけど、ここで使うと下水が溢れたり跳ねたりしそうで、嫌なんだよねえ……。


「おや?」


 グラの声にそちらを見れば、前方を見ていた。僕もそちらに目をやれば、そこは明るくなっていた。どうやら、下水道の出口へと到着したようだ。


「下水道の出口か。初めてきたな」

「そうですね」


 特に用がなければ、くる必要のない場所だ。

 僕らはたまに襲ってくるネズミやトカゲを斬り捨てながら、一回は見ておこうかと出口を窺う。窺ったが、後悔した。

 下水道の出口には鉄柵が設けられているのだが、そこに漂流物が引っかかって、下水が堰き止められているのだ。一応、向こうには流れていっているのだが、出口付近の足場はひどい事になっている。

 これでも、割と頻繁に清掃の人足が雇われてドブ浚いをするらしいのだが、それでもすぐにゴミが溜まるそうだ。

 きっと、臭気もひどい事になっているだろう。臭気結界を張ってくれたグラに感謝しつつ、ここらで引き返そうかとグラに提案する。


「そうですね。目ぼしいものも特にありませんでしたし、それがいいでしょう。最後に、この辺りで【誘引】を使ってから、引き返しましょう」

「ああ、そうだね。まぁ、これまで通り、ネズミやトカゲばかりだろうけど……」


 そう言って僕は、手の平に魔力を溜めると、そこに理を刻む。もはや慣れたものだ。それから、詠唱をする。


「【誘引ピラズィモス】」


 途端に、そこかしこから足音が聞こえてくる。小さなものから大きなものまで。まぁ、大きなものといっても、以前の大ネズミ程度のものだ。それ程心配は——


「ショーン、注意してください。新顔です」

「新顔?」


 グラが警戒していたのは、あのゴミが滞留していた辺りだった。そのゴミとドブの混ざった場所から、もぞもぞと蠢く影がこちらへと向かってきているのが、僕にも確認できた。


「あれは粘体?」

「はい。ヘドロスライムですね。汚水に含まれる有機物などを分解し、養分とする粘体ですが、小型の生き物も食らいます」

「ええ……。ダンジョンのエネルギーにもなる有機物を吸収しちゃうの? なんでそんなモンスターを作ったんだよ……」

「ダンジョン内の清潔さを維持できます。地上生命は所構わず汚物を垂れ流すので、その清掃は彼らの役目です」

「ああ、なるほど……」


 老廃物からも多少のエネルギーは吸収できるのだが、この下水道のような大規模な施設は別として、ダンジョン内の汚物を処理する手間や時間は、得られるDPを思えば面倒と言わざるを得ないものだ。

 だが、そんな汚物だらけのダンジョン。人間としても嫌だろうし、ダンジョンとしても嫌だろう。

 そんな彼らにとっての救世主が、このヘドロスライムというわけだ。せっせとダンジョンをお掃除してくれるうえ、死んだらDPとして戻ってくる。しかも、自分でエネルギーを吸収する為、DP効率はかなりいいときた。

 うん、やっぱりダンジョンにはスライム必須だね。


「ところでさ、どうしよグラ」

「どうしました?」

「スライム対策の砂、忘れた……」


 スライムはまず砂をかける。それが、冒険者のセオリーだ。だから、この下水道にもぐる者は、絶対に一人一袋の砂をもってなかに入る。でないと、意外と厄介なスライムに、あちこち溶かされかねないからだ。

 そんな砂を、僕は今日持ってきていない。なんたる事だ。これだから、なんちゃって冒険者は……。


「はぁ……。まぁ、スライムは水分を減らさないと、物理攻撃があまり効きませんからね。とはいえ、それ程厄介な敵ではありませんよ」

「そうなの?」

「ええ。【魔術】には覿面に弱いですから」


 そう言ったグラが、ヘドロスライムを一瞬で凍らせる。それだけで、もうスライムは動かなくなった。

 どうやら、終わりらしい。


「それよりも、他のモンスターが迫ってますよ? 【睡魔】の準備はできていますか?」

「忘れてた!」


 僕は慌てて幻術の用意をする。グラが盾を構えて、モンスターの群れをいなしていく。薙ぎ、弾き、潰し、突き刺していく。

 僕と交代すれば、すぐさま属性術の準備をし、敵を一掃する勢いで殲滅する。前衛も後衛もこなせる、まさに魔法剣士って感じだ。いや、この世界だと、魔術剣士になるのか。

 こうして、グラの初戦闘は実に無難に終わりを告げた。なんというか、実に危なげない戦いぶりだった。

……僕の初戦闘とは、大違いである……。


        ●  ○  ●


 帰り道はモンスターに遭遇する事もなく、すんなりと戻る事ができた。入り口の職員に、それなりの数のモンスターを駆除した旨を伝え、ヘドロスライムやトカゲ系のモンスターの種類についても報告しておく。


「やはり、トカゲ系のモンスターが増えていますか……」

「そのようです」


 不安そうな顔の職員さんに頷く。彼もまた、動きを見せないギルドの対応に、やきもきしている人間の一人なのだろう。まぁ、こんな場所でダンジョンのへの侵入規制をやらされてる身としては、当然の反応だろう。もしもモンスターが氾濫すれば、真っ先に命を落とす立場だからな。


「大丈夫ですよ。どうやらセイブンさんがお上の尻を叩いて、ギルドを動かしてくれるそうですから」

「そうですか。なら少し安心です……」


 多分に強がりの混じった苦笑を湛えた職員に別れを告げ、僕らはギルドへと向かう。ついでに、今回手に入れた魔石を提出し、グラの実績にしておこうという腹積もりだ。

 町を歩くと、やはり人垣が割れるように道ができる。とはいえ今日は、いつもと違って、グラの装備が目立つのが大きい。戦乙女もかくやといった華やかな姿のグラは、ただでさえ目立つ。そして、それ以上に目立つのが、彼女の武器だ。

 十字軍末期とまではいかないが、見るからに少女といったグラが、二メートルはあろうかという突撃槍――閉じたパラソルのようなシルエットだ――それを掲げて歩く様は、どうしたって目立つ。

 いや、別に掲げているわけじゃない。肩に担いでいるだけなのだが、一四〇センチに届かない身長のグラが、二メートルの槍を胸にかけると、自然と掲げているように見える。

 ちなみに、胸にかけているというのは、胸甲の槍掛ランスレストにちょっとした工夫がしてあって、槍を肩に担いだ際にも重さを鎧に分散させられるようになっているのだ。勿論、腋窩に槍を挟んでの突撃の際にも、重さを分散させられるようにもなっている。丸盾バックラーにも切り欠きがあり、刺突の際にも穂先をブレさせない工夫がされている。


 ただでさえ、常日頃から遠巻きにされている僕らの内の片方が、そんな重武装で歩いているのだ。マフィアだって道をあけるだろう。……冗談でもなんでもなく。

 そうして、スムーズに冒険者ギルドに到着した僕らは、先程職員にしたのと同じ報告をしてから、今日狩ったモンスターの魔石も提出する。

 普段魔石を入れているポーチがいっぱいになったので、途中でネズミの皮から作った皮袋を二つ、まずカウンターに乗せる。次に、僕とグラのポーチに入れていたヤツだ。

 グラはちょっとだけ、勿体なさそうに魔石を積んでいく。人間にくれてやるのが惜しいのだろう。まぁ、気持ちはわからないでもない。

 だが、これで討伐の証明ができ、グラの実績になる。その分、ギルドからの信用を得られるのだから、潜入工作的には安い出費である。

 あと、受肉していたモンスターは下水に放棄してきたので、そちらはあとで吸収すれば、それなりのDPも得られるだろう。ここにあるのは、すべて僕が生んだモンスターの魔石だ。


「お、多いですね……。これは本当に、今日だけで?」


 受付のジーナさんが、カウンターのうえにずっしりと鎮座する皮袋と、積まれた魔石の量に冷や汗を垂らしながら聞いてきた。


「ええ、ついさっき。一応往復して、モンスターが出てこなくなるまでやりましたので、下水道内のモンスターはかなりスッキリしたと思いますよ」


 まぁ、それでも討ち漏らしはいるだろうけどね。ただ、それも微々たるものだろう。間違いなく、トカゲは掃討できたはずだ。


「セイブンさんはいらっしゃいますか?」

「申し訳ありません。現在セイブンは外出しております。いつ戻るかは未定です……」

「そうですか」


 どうやら、忙しく駆け回っているらしい。まぁ、それだけ本気になってくれているというの事なのだろう。であれば、今日の成果としては上々だ。


「であれば、お約束は果たしましたと伝言をお願いします。それでは今日はこの辺で……」

「ちょ、あの、報酬は?」

「え? ああ、忘れてました。そうですね。持って帰ります」


 お金を稼ぐのが目的じゃなかったから、報酬という観点がなかった。ぶっちゃけ、小銭は嵩張って重いので持ち歩きたくはないのだが、よくある物語のように、冒険者ギルドは銀行業なんて営んでいない。

 まぁ、完全に職掌外だし、どこにどう投資し、どう資金回収するのかが不透明なのに、金を預けるなんて不安すぎる。まさか投資もしないのに、タダでこちらの財産を守ってくれるわけもない。警備や施設にだって、莫大な費用が必要なのだから。


「わ、わかりました。それでは少々お待ちください」


 ジーナさんが何度も往復しつつ、えっちらおっちら魔石を奥へと運んでいくのを眺めながら、僕らは受付の前で待機する。時間がかかりそうなら受付から離れた方が良さそうだとも思うが、魔石の換金時は普通、ここで待つしなぁ。でもなぁ、ここで待ってると、いつも問題が起きるんだよなぁ……。


「ああッ!? このガキが!」


……ほらぁ。まったく治安が悪いところなんだから。

 僕とグラが同時に振り向いた先には、誰もいなかった。いや、誰もいなかったというのは語弊がある。

 視線の先には、大男の姿があった。ただ、思っていたよりも随分と距離があり、僕らから見えるのはその背中だった。


「このクソガキ!? もっぺん言ってみやがれ!?」


 僕らからは大男の影になって見えないが、どうやら彼の向こうでは、彼とトラブっている人がいるようだ。絡まれたのは僕らではないらしい。


「何度でも言おう。貴様らのような薄汚い地上生命にたかられたくない。吾輩から十メートルは離れて這いつくばれ、下郎。我が道を阻むなど、不遜であろう」


 ものすごい尊大な言葉が聞こえたが、僕らにとってはそれどころではなかった。

 地上生命? え、もしかして、ダンジョンコア?


「テメェこのクソガキ!!」

「やかましい。命令も理解できぬか、この愚図が。下衆は下衆として、頭とことばを低くして生きていくのが処世術であろうに。速やかに頭を垂れ、疾く去ね」

「もう我慢ならねえ!! 表に出やがれ!!」

「断る。吾輩に命令するなど、不遜も甚だしい。我慢がならぬのはこちらの方だ。そこへなおれ。手打ちにしてくれる」


 あー……、僕らが当事者じゃないとはいえ、またトラブルだよ。ホント、ガラが悪い場所だよ……。面倒臭い……。

 見れば、受付の人たちの背後で控えていた冒険者が一人、揉め事を治める為にそちらに駆け出していた。

 うん、僕らが関わる必要もなさそうだ。ただ、いまだに姿の見えない吾輩君の正体は気になる。もし、ダンジョンコアやその使いなのだとしたら、バスガルの手の者かも知れない。だとしたら、警戒対象だ。


「「おわぁああッ!?」」


 そんな事を考えていたら、野太い叫びが二人分聞こえ、大男と止めに入った冒険者が二人とも吹き飛ばされた。

 彼らの奥にいたのは、ローブ姿の小柄な人影だった。身の丈程もある大きな杖を携え、見るからに高級そうな黒いローブを纏い、僕らとそう変わらない背丈のシルエット。なるほど、大男がガキと呼んだのも頷ける。

 ただ、この世界では小人もいるし妖精族もいるのだだから、顔も見えない状況で相手が子供と決めつけるのはどうなんだ? なんで大男は、この相手を子供と決めつけたのだろう?


「痴れ者どもが。どいつもこいつも、吾輩を誰と心得える!?」


 かつんと杖で床を打ちつつ、大声で問うてくるローブの彼。いや、知らないよ。誰なんだよ、君は。

 おそらくは、ギルド内のすべての人の心の声は、異口同音に合唱された事だろう。


「ふん」


 吹き飛ばした二人の冒険者の事など意にも介さぬとばかりに、彼はつかつかと先へと進み、僕らの隣の受付にたどり着く。


「冒険者登録を所望する」

「いや、新人かい!?」


 おっと、ついなんちゃって関西弁ちっくな言い回しで突っ込みをしてしまった。自分でも、ここまで現地語を使いこなせている事に驚きだ。


「なんだ下郎? 吾輩になんぞ、文句があるのか?」


 僕のツッコミに、不機嫌そうな声が返ってきた。表情は窺えないが、その声音だけで彼の虫の居所が悪いというのが如実にわかる。


「え? いや、文句はないですよ。ただ、随分と大物風に登場しといて、まさか登録にきた新人だとは思わなかったもので」

「愚かなり。冒険者の階級がすべての指標ではあるまい。吾輩はたしかに冒険者としての階級は有しておらぬが、学者としては一流なのである!」

「ほう、学者さんですか」


 たしかに、なんでもかんでも冒険者の階級を物差しにするのは良くない。なにせ、階級だけ見れば、僕よりもグラの方が低い。つまり、戦闘能力を評価する冒険者の階級的に、グラは僕よりも弱い事になっているのだ。


「左様。まぁ、無学な冒険者風情に、学究の偉大さを理解する頭があるとは思わぬが、貴様らがのうのうと生きていられるのは、吾輩ら学者がこの世界の秘密を詳らかにしておるからだと、その小さな脳みそに刻み込んでおけ」


 おっと、グラが動きそうになったので、服の裾を引っ張って抑えておく。まだ聞きたい事を聞いていないのだ。ここで揉められると聞き出せない。


「なるほど。それはたしかにそうですね。ところで、さっきチラっと聞こえたのですが、地上生命ってどういう意味です?」

「ふん。まぁ、それは知らなくとも仕方あるまい。はるかなる太古において、人とそれ以外の地上に暮らす生命と、ダンジョンやそれ以外の地中に暮らす生命とは、手を取り合っていた時代があった」

「え? 本当に?」


 あまりにも突飛な話に、ついつい話の途中で口を挟んでしまった。言葉を中断させられたローブの彼は、不機嫌そうに言う。


「あくまでも、そういう仮説があるというだけの事だ。話の腰を折るでない。そのような時代に、地上に生ける者を、人、獣人、妖精どころか、畜生も含めて地上生命と呼称しておったという資料が、とある王家の禁書庫に眠っておったのだ」

「なにかと思えば、与太話の類ですか。そのような荒唐無稽な話、とても信じられませんね」

「なんだと小娘。無礼であろう!?」

「ち――ダンジョンと人間とが手を取り合っていたなどと、与太でなければ誇大妄想というもの。そのような世迷言を宣う輩と、まともに言葉を交わす必要などありません。さ、ショーン、このような狂人は無視して、さっさと帰りましょう」


 グラの言葉に、ギルド内の幾人もが頷いている。どうやら、このローブの説は、この場の誰にも支持されていないようだ。一人を除いて。


「愚かなり小娘。新たなる発見というものは、常に通説を疑うところから始めねばならぬ。あり得ぬなどと常識に捉われていては、人類は一歩も進めずに停滞する事になるぞ。それは、吾輩ら学者が最も恐れる事ぞ」

「なるほど、それはおっしゃる通り。しかしながら、流石に僕もその発想はありませんでした。なるほどなるほど、人類とダンジョンとが共生していた時代ですか……」


 僕は頷きつつ、彼の話した内容について考える。あり得るか? いや、この人が口にした『地上生命』という単語からして、結構可能性は高いような気もする……。いやでも、それだけじゃやっぱり証拠に欠けるな。


「うむ。貴様はどうやら、そこな小娘よりは見どころがありそうだ。そうだ。何事も、調べてみる事が肝要なのだ。どれだけ荒唐無稽な話であろうとも、どれだけあり得なさそうな話であろうとも、まずは調べてみる。否定するのなら、それにたる証が見付かったときにすればよい」

「それまでは、仮説はあくまでも仮説のままである、と」

「左様」


 かつんと杖で床を打つ彼。流石は人間……。ノートの余白に書かれた落書きに三〇〇年執着し続け、最終定理なんぞを証明した種族だ。実に偏執的で恐ろしい。なお僕は、フェルマーの最終定理がなにかを否定した事は知っていても、それがなんなのかまでは知らない。


「ふむ、貴様は有象無象とは違うようだ。名を名乗るがいい」

「おっと、自己紹介が遅れました。僕はショーン・ハリューと申します。しがない七級の冒険者で、駆け出しの学者といったような者です。以後お見知りおきをくださいますようお願いします」

「ふむ。なるほど駆け出しの学者か……」

「まぁ、片っ端から本を読んで、知識を蓄えているところなので、そう名乗るのは憚られる程度の者です」

「謙遜するでない。それこそが重要なのだ。どれ、それでは吾輩も名乗ろうではないか」


 ようやく自己紹介をする気になったローブの彼は、それからゆうに十五秒は勿体を付けてから、厳かに自らの名を名乗った。


「吾輩はケブ・ダゴベルダ。ダンジョン学の第一人者であるぞ!」


……え? マジでッ!?


「ケブ・ダゴベルダってあの【ダンジョン学】の、ケブ・ダゴベルダ氏ですか!?」

「ほほう、その様子ではどうやら、吾輩の名は知っておるようだな。有象無象のなかにも、多少は教養のある者がいたようだ」

「知ってるもなにも、ダンジョンに関してはいまもっとも新しく、正しいとされている【ダンジョン学】の著者じゃないですか。知らないわけがないでしょう!?」

「そうでもないぞ。ホレ、周りを見てみよ」


 これまでは、警戒心が強く滲んでいたダゴベルダ氏の声音が、少しだけ緩んだ。

 彼に言われて周囲を見回せば、僕が興奮している傍らで、グラすらもどこかぽかんとしている。他の冒険者や受付なんて、いまにも「誰?」とでも言いそうな顔だ。

 マジかよ、嘘だろ?


「え? なんで知らないの? ここ、冒険者ギルドでしょ?」


 僕だって流石に、【ダンジョン説】のイーネス・ヘルベ・アカツェリアを知っているのが常識、とまでは言わない。それはもう、ある意味歴史の分野だしね。それでも、ダンジョンを生業にしているのであれば、最低限ケブ・ダゴベルダは知っておくべき人だろう。


「わかるぞ、ハリュー君。吾輩とて、【ダンジョン概論】と【ダンジョン学概論】を比較して話し始めたときに、その二説を知らぬ輩がいるとは思わなかったからな。それがよもや、冒険者ギルドにいるともな」

「い、いや、その二説は【ダンジョン学】に比べれば古いじゃないですか。知らなくても……」


 僕がそれは仕方がないとフォローしかけたところで、ダゴベルダ氏はゆるゆると首を振る。


「当時は最新だったのだ。そのどちらが正しいのかで、大陸中の学者が侃々諤々の議論を日夜繰り返しておった。だからまさか、この世にその二説を知らぬ者がおるとは思わなんだのよ」

「なるほど」


 つまり、一時期はその二説が、いまの【ダンジョン学】と同じような位置付けにあったわけだ。それならダゴベルダ氏の話にも納得である。そして、冒険者やギルドの受付たちの反応を見るに、そんな通説すらも知らない連中というのはいつの時代もいたという事なのだろう。


「……まったく嘆かわしい」

「同感である。しかしハリュー君はどうやら、そこらの匹夫どもとは違うようだ。猿たちの群れの中に、人を見付けた心持ちである。言葉が通じる相手がいるというのは、なんとも喜ばしい」

「お会いできて光栄です。僕もいずれは、ダンジョンに関して本腰を入れて研究をしようと思っています」

「ほう、駆け出しの学者といっていたが、まさか同じ学問を志しておったとは。なかなかの偶奇よな!」


 どうやらこのダゴベルダ氏、刺々しい態度の理由は周囲の無知さが故だったようだ。たしか、IQが二〇違うと会話が成立しない、みたいな眉唾な話を聞いた事があるけど、多分それと似たような状況だったのだろう。

 いやまぁ、だからって僕が高IQというわけではない。学校で調べたが、特異な数値にはならなかった。


「ええ。いまはまだ、ギルドの資料整理を手伝いつつ、より多くの情報を集めているところでして」

「ほう、なかなか面白いアプローチである。吾輩から見ても、かなり羨ましい環境であるな。少々厚かましくはあるが、吾輩もその仕事に一枚噛みたいのだが、良いか?」


 最初の傲慢そうな態度がかなりなりをひそめ、偉そうでありながらもきちんと筋を通す姿勢は、流石はあのダゴベルダ氏といったところだ。グラなんかは、まだ多少隔意を覚えているようだが、この人との繋がりは、結構役に立ちそうだ。顔を繋いでおこう。


「えっと、それはギルドの意向次第ではありますが、僕としてもダゴベルダ氏の謦咳に接する機会をいただけるのなら、それに越した事はありません」

「そう言ってくれるか。嬉しいものだ。ギルドの連中には、上手く話を通しておこう」

「ですが、資料整理のような、いわば雑務なのですが、本当によろしいのですか?」

「問題ないぞ。仕事というものに貴賎などない。なにより、吾輩がこの町を訪れたのは、町中にダンジョンが見付かったという話を聞き及んだからよ。しかも、到着してみれば、どうにも普通とは違うダンジョンだというではないか。実に調べがいがある」


 ウキウキとした語り口で、意欲を示すダゴベルダ氏。どうやら本気で、資料整理なんかを手伝ってくれるらしい。

 いいのかなぁ……。これって、ノーベル賞受賞者が、大学院生とかが任せられるような仕事をするって言ってるようなもんだと思うのだが……。こっちの方が恐縮してしまう……。


「お、俺を、無視してんじゃねぇ!?」


 雑談に花を咲かせていたら、そんな怒声が響いた。見れば、ダゴベルダ氏にノックアウトされていた男が立ちあがっている。同じく吹き飛ばされた冒険者の方は、まだ床で伸びていた。

 静止役の冒険者が役立たずなのをいい事に、その大男は、腰から鉈のような直剣を抜き放つ。

 はぁ……。本当にもう、冒険者って輩は……。

 ため息を吐きつつ、僕はグラに目配せをする。彼女は頷きつつ、こちらに手のひらを向けてくる。

 一瞬意図を図りかねたが、僕と彼女との以心伝心でもって理解し、自分の手をそれに合わせた。ほんの数秒だけ合わせた手を、今度は大男へと向ける


「うおらぁぁぁあああああ!!」


 鉈を振りかぶってこちらに駆けてくる大男に向かって、僕らは同時に幻術を放った。


「【恐怖フォボス】」

「【怯懦ディロス】」


 僕が恐怖心を煽り、グラがその煽った恐怖心によって相手を居すくませる幻術を行使する。ガランと剣鉈が石の床に落ちる音が、やけに大きく響いた。

 見れば、男は蒼白な顔面に脂汗を浮かべ、カチカチと合わぬ歯の根を鳴らしている。足元に水溜りを作りつつ、ガクガクと膝を揺らしている様は、まるで不意に化け物にでも出会ったような態度だ。

 そんな態度にも、以前程感じるものはなくなってきている。どうやら順調に、僕は人間をやめつつあるようだ。


 ま、だからって気分がいいわけじゃないけど。


「あ、あのぉ……」


 大男を無力化したところで、背後から遠慮ぎみの声がかかる。見れば、受付のジーナさんだった。


「できればですね……、そのぉ……、もう少し穏便に事を収めていただけると、こちらとしても助かるかなぁって……」


 自分の言葉に理がない事を知っていて、それでも立場上言わないといけないといった様子で、涙目のジーナさんが注意してくる。でもだからって、譲る理由にはならない。


「そちらこそ、いい加減ギルド内で問題を起こさせないよう、対策を講じてください。武器を抜いた相手が襲いかかってきたら、こちらも身を守る為に行動しますよ。降りかかる火の粉は払わねばなりませんから」

「ですよねー……」


 とはいえ、今回は不可抗力だと思う。言っちゃ悪いが、悪いのはダゴベルダ氏の辛辣すぎる言動だし、ギルドは揉め事を治める為の措置は講じていた。残念ながら、ダゴベルダ氏に荒くれと一緒にのされてしまって、効果がなかっただけで。

 なのでこれ以上追及はせず、ジーナさんがカウンターに乗せている銀貨と銅貨を皮袋に突っ込んで帰る事にする。


「ふむ。先程の【魔術】は幻術か?」


 ジャラジャラと皮袋にお金を入れていたら、ダゴベルダ氏が興味深そうに僕らを見ていた。


「ええ。僕は一応、幻術師ですから。あ、姉のグラは割となんでもできる天才です」

「ふむ。小娘と手を合わせていたのは、どういう意図であったのだ?」

「ああ、それは――」

「おお、そうか! 手を合わせた際に、手のひらに刻まれる理を読み取って、使う幻術を合わせたのか。だが、他者の手のひらに刻まれる魔力を感じ取り、なおかつ相手が【魔術】を使うまでに術式を構築し、タイミングを合わせるというのは、なかなかの絶技よな。吾輩がやれと言われても、まずできん」


 うわ、すぐにバレた。

 僕らが手を合わせた理由は、ダゴベルダ氏が言い当てた通り。まぁ、グラがこちらに手を差し出した瞬間、僕もグラがなにをしたいのかはすぐにわかったしね。

 とはいえ、実際問題それが可能か否かといったら、普通は無理だろう。当然、僕にも無理。なので、ああして息ピッタリの幻術を使えたのは、全部グラのおかげなのだ。

 だいたい、相手がなんの理を刻んでいるのかとか、魔力を刻むかすかな感覚でわかるわけがない。ダゴベルダ氏が言ったように、後出しで僕にピッタリタイミングを合わせるなんて、超絶技巧といっていい手腕だろう。

 それをやってのけ、涼しい顔をしているグラ。我が姉ながら、なんとも頼も恐ろしい。話が聞こえていたのだろう、周囲の冒険者や受付は感心するとともに、これまでの恐れとは別種の、尊敬の念の籠った視線をグラに向けている。


「ショーンが相手でなければ、私だってできません。逆にいえば、ショーンが相手であれば、この程度の事は造作もありません。姉ですから」


 淡々としつつも、胸を張って言い放つグラ。


「ふむ。姉だからとできる事ではないと思うが……。まぁ、些末な事はどうでも良い。君たちはどうして、【魔術】を使う際に杖を使わんのだ?」

「理を構築する行為に慣れる為です。それに、たしかに杖を使用すれば【魔術】の発動は早くなりますが、簡便な為に術式の理解からは離れてしまいます」


 魔術師は杖を使うもの。この世界においても、そんな認識がある。なぜなら、杖を使う方がはるかに【魔術】を使うのが楽なのだ。

 魔力に理を刻み込む際、幻術なら幻術、属性術であれば属性術で、ある程度決まった法則のようなものが存在する。それを予め杖に刻んでおけば、魔力を流すだけでその分を省略できるという寸法だ。リソースの大きい木材を用いれば、術式一つを杖に刻み、魔力を流すだけで発動するようにしておく事も可能になる。

 勿論、その場合は他の【魔術】が使えなくなるのだが、練達の魔術師は通底する理にだけ魔力を流し、それ以外は自分で刻み、個別の【魔術】を発動させるそうだ。

 いまの僕からしたら神業レベルの器用な真似に思えるが、魔術師としてはこれができて一人前らしい。

 だからこそ、僕も魔力に理を刻む事に慣れなければならない。いずれはそんな曲芸じみた事も、口笛吹ながらできるようになる為に。だからこそ、普段はあまり杖を持ち歩かなかったのだが、説明を受けたダゴベルダ氏は納得してはいなさそうだ。


「ふむ。言わんとする事はわからんでもない。しかし、その早さこそが、緊急時には肝要であろう。むしろ、それ以外は些末といっていい」

「む」

「己の身を守れてこそ、のちの事も考えられるというものだ。襲われた際にまで、非効率な術式の構築に頼るようでは、本末転倒だと吾輩は考えるが?」


 まぁ、たしかにね。

 例えるなら、杖を使わず【魔術】を放つというのは、銃弾をそのまま投げているのに等しい。鉄や、もっと魔力に馴染む貴金属や宝石を使った発動体であれば、もう少しマシだが、それでもパチンコ程度。やはり、銃弾《【魔術】》は銃《杖》を使ってこそ、戦闘においては本領が発揮できるというものだろう。僕だって、ダンジョンでは短杖を使った。

 グラも、僕の身の安全に関する事だからか、しきりに頷きつつ、なにかを考えている。人間に対してはかなり意地っ張りな彼女だが、今回は過保護の方が勝ったようだ。


「あ、あのぉ……」


 そこでまた、しばらく空気だったジーナさんが声をかけてきた。


「ダゴベルダ博士のご登録に関してなのですが……、たしかギルドの特級冒険者資格者の名簿に、博士のお名前があったように記憶しているのですが……、ダゴベルダ博士、覚えはありませんか?」

「特級冒険者? 知らん。吾輩は、冒険者の階級なんぞに興味はない。普段は助手やお付きに任せている故、細かい事は関知しておらん。だが、こうして単身ギルドに赴いた際には、よく新規として登録しておったぞ」

「に、二重登録じゃないですかぁ……」

「違う。何度もやっておるから、多重登録である!」

「なんで偉そうなんですかぁ……」


 堂々と言い張るダゴベルダ氏に、涙目のジーナさん。僕ら、もう帰っていい?


「だいたい、それはギルド側の落ち度であろう。吾輩は、冒険者は一定期間の内にモンスターを狩らねば、資格を剝奪されると聞いておったから、いちいち面倒な登録作業を毎回やっておったのだ。吾輩が特級とやらになったのであれば、そちらで周知しておれば、多重登録などにはならんかったろう」

「そんな広範囲に情報を届けられるような手段、軍隊でもなければありませんよ」


 へぇ、軍隊にはあるのか。思ったよりも、人間社会の文明は進んでいるようだ。とはいえ、流石にデータベースは紙だろうし、そのデータベースにアクセスできるような機材もないのだろう。ダゴベルダ氏の情報が周知されていなかったとしても、仕方のない事だ。

 いや、もしかしたら、軍隊は民間とは隔絶した技術水準なのかも知れないが……。

 ともあれ、そんな状況では、ダゴベルダ氏の情報がギルドの受付レベルでは周知されていなかったのも無理はない。

 そんなこんなで、受付で揉めているジーナさんとダゴベルダ氏に暇乞いを告げてから、帰路についた。ダゴベルダ氏の話を真に受けるなら、資料整理の際に彼とはまた顔を合わせる事もあるだろう。


 あれ? また顔を合わせるというか、僕、最後までダゴベルダ氏の顔を確認しなかったな。もしかしたら、次会っても誰だかわからないかも知れない。




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