表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンツインズ ~いずれ神へと至る二心同体の生存戦略~  作者: 白雲庭 まし麻呂
三章 バスガル攻略戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/31

三章 〈2〉

 〈2〉


 あの宣戦布告から、あと数時間で十日。そう、開戦の日である。

 できれば、もう少し有力冒険者を投入して向こうのリソースや意識を、人間側に向けさせたかった。残念ながらそこは、有名な一級冒険者パーティである【雷神の力帯(メギンギョルド)】が攻略に乗り出す事と、とある事情から腕利きが駆り出された事で、現状維持が精一杯だった。

 しかも、そんな【雷神の力帯(メギンギョルド)】はメンバーが揃わず、いまだにほとんどバスガルに足を踏み入れていない。否。訂正だ。あれからもフォーンさんやフェイヴは、ちょくちょくダンジョンにもぐっては、情報収集に努めている。

 ただし、彼らはあくまでも斥候であり、彼らだけで中規模ダンジョンを攻略する事は不可能らしい。ダンジョンの攻略には、明確な戦力としての人材が必要なのだ。だが、その戦力が全然足りていない。

 セイブンさんはギルドに常駐していて、いまも忙しく動いているのだが、その他の面子の到着が遅れている。たしかシッケスとィエイトとかいう戦士。それから、遠距離攻撃ができる魔術師のサリーという人。

 流石に、セイブンさん一人では戦力として不足するとの事で、【雷神の力帯(メギンギョルド)】はバスガルの攻略にまだ本腰を入れていない。そして時間は流れ、とうとう開戦の日とあいなったわけだ。

 どうしようか……。ぶっちゃけ、防衛戦力というものは一切用意していない。それまでに、冒険者を動かして、向こうの対応能力を削いでしまおうと思っていたからだ。

 その点、ここまでギルドや領主側のフットワークが悪かったのは誤算だった……。


「仕方ありませんね。防衛は、私が直接担いましょう」


 そう言ったのは、姉のグラ。

 彼女の声は、僕の頭の頭に直接聞こえる。いまは依代にいるというのにだ。

 あの日——僕が自分に、生きる事を義務付けた日の翌日に、僕らは再び依代を作った。またも、勝手に僕の意識は依代に宿り、生命力を消費して自動的に肉体を構成するのは、やはり苦痛だった。

 とはいえ、流石は正式採用の依代。苦痛の度合いは格段に軽くなり、回復も早かった。身体能力的にも、ダンジョンコア程ではないが改良されていたし、これでもうギルドの扉を開けないという事もないだろう。

 使える生命力の量こそ減ったものの、依代は食料を食べれば回復する。まぁ、回復する生命力はその端からモンスターにして下水道に放っているので、最近はダンジョン的にも得られるDPが増えている。


「仕方ないね。僕も、できる限り応戦するよ。早く人間側が、バスガルの攻略に本腰を入れてくれないと、ジリ貧になるな、これは……」


 バスガルのダンジョンと僕らとでは、地力に差がありすぎる。というのも、侵略戦争において最重要となるのが、ダンジョンが生み出したモンスターなのだ。

 彼らは侵略を防ぐ城壁であり、相手の領土を占領する為の兵士でもある。そんな城壁と兵士が、僕らのダンジョンには皆無なのである。

 戦記物とかでは、多勢に無勢の状況を逆転するというのが定番な流れではあるが、流石にそんな物語でも、兵数〇で大軍を退けた、などという話はないだろう。あったとしても、それは現実離れした与太話の類だ。

 僕らがおかれている状況というのは、まさしくそれなのだ。

 とはいえ、勝算がないわけではない。むしろ、一級冒険者パーティを向こうに差し向けられたという点においては、僕らはかなり有利に事を運んだといっていい。

 問題は時間だ。【雷神の力帯(メギンギョルド)】が集合するまで、なんとか時間稼ぎをしなければならないのである。


「よし……。モンスターを作ろう」

「いいのですか?」


 僕らがこれまでダンジョンにモンスターを配置しなかったのは、人間たちにここがダンジョンだと知られぬ為だった。だがしかし、ここまで切羽詰まっている状況においては、そんな事を言っていられる余裕はない。


「状況が片付いたら、生き残ったモンスターがいても全部処分する。それで、露見の可能性は下げられるはずだ。それに、配置するといっても【目移りする衣裳部屋(カレイドレスルーム)】から下の階層に限定しよう」

「つまり、二階層にモンスターを配置すると? そこは、私の作った迷宮ですね」

「加えて、この三階層にもモンスターをおこうと思う」

「研究室、資料室、実験室、ベッドルームはどうします?」

「四階層に移そうと思っている。ただし、重要なもの以外は三階層に残し、三階層は廃墟風のダンジョンにする予定だ」

「なるほど」


 三階層の内装が決まらず、むしろ僕らの都合で部屋を次々と増やしていった事が、この場合は幸いしたといえるだろう。病院や研究所の廃墟とか、もうそれだけで否応なく恐怖心を煽れて最高だ。

 幻術の罠を用意するには、うってつけの舞台といえる。

 問題は、四階層がまだまだ完全に更地な事と、ここにも生活用の空間が必要であるという事だ。もしかしたら、四階層まで廃墟エリアになるかも知れない。

 まぁ、四階層についてはまだ考える段階じゃない。むしろいまは、配置するモンスターの種類に頭を悩ませるべきだろう。

 病院や研究所風の廃墟……。血塗れの看護婦……。……ボロボロの白衣の男……。……狂った患者……。

 うん、ショットガンが欲しくなるね。


 そうこうしているうちに、開戦の朝となった。僕の耳に届いた第一報は、ジーガの焦った声。


「やべえぞ、旦那。カベラ商業ギルドから、借金の督促がきた!」

「借金? なんの話だい?」

「奴隷たちの購入代金の話ですよ。ありゃあ、カベラ商業ギルドに立て替えてもらったもんでしょう?」


 ああ、そういえばそうだった。でも、あれの支払いはそれ程切羽詰まっていなかったはずだ。 


「それがですねえ、カベラの幹部連中が、こぞってこの町からトンズラしようとしてるって話は前にしましたよね? それで、持ってけるもんは全部持ってこうって算段らしくて、急に取り立てにきたんですよ」

「なんだいそりゃあ? それは契約違反ってもんだ。取り合う価値があるのかい?」


 カベラ商業ギルドに対する僕らの借金は、たしかにそこそこの額だ。金銭に変えればそれなりの財産として持っていけるだろう。

 だがその借用書は、逆に言えば僕らを働かせられる権利書なのだ。僕らが作る【鉄幻爪】シリーズの優先権と言い換えてもいい。この町の商人なら、誰もが欲しがるチケットだろう。

 それを金に変える? せっかくの商材よりも、目先の端金を優先する? 

 僕はジーガに、本気で問いかけた。


「ジーガ、君の目を疑うつもりはないが、もしかしてカベラってのはバカの巣窟なのか?」


 真剣な声音で問いかけた僕がおかしかったのか、言葉の端に苦笑いを帯びたジーガの答えが返ってくる。


「いえ、そんな事はないんですがね。どうも逃げる事に意識が向きすぎて、なりふり構っていられなくなっているようでして……」

「なるほど。ダンジョンが町に出現したっていう話に驚いて、恥も外聞もどうでも良くなったか。貧すれば鈍するとは、まさにこの事だね」

「俺は学がないんで初耳の言葉ですが、まぁ、まさにいまのカベラにはピッタリの言葉ですね」


 しかし、カベラ商業ギルド全体として、やはりそれはどうなんだと思う。その、なりふり構わず町を捨てるその姿が、この町の住人たちにどう見えるか。もしこの事態が終息したとしても、カベラ商業ギルドに再起の目はないだろう。幹部以外の職員も、ギルドを見限るだろうしね。


「ふぅむ。乗っ取る?」

「マジっすか?」

「だって、頃合いだろう?」

「それはたしかにそうですけど……」


 カベラ商業ギルドは、ジーガの所属している組織だ。ジーガも僕も、そこからの要望にはある程度応じざるを得ない。目のうえのたんこぶとまではいわないが、鼻の下の吹き出物くらいには面倒な相手だと思っていた。

 だとしたら、この機に面倒事を一気に片してしまうのもありだろう。


「…………」

「旦那?」

「ちょっと待って、いま考えてるから」

「本気で乗っ取るつもりかよ……」


 実行するかどうかも含めて考え中……。


         ●  ○  ●


 たっぷり十五分程考えて、僕は結論に至った。


「うん、やっぱり乗っ取る。新たなギルド幹部には、ジーガをねじ込もう」

「できるんですかい、そんな事?」

「とりあえず、一度カベラにはメタメタに名を落としてもらう事になる。そのうえで、向こうからこちらに泣き付かせる形で、ジーガを登用させる」

「うへぇ……。あの、そんなボロボロの看板で商売するって、かなりキツんじゃ……」


 まぁたしかに。でもまぁ、計画通りにいけばそこまでハンデを背負ったスタートにはならないと思う。なにより、ギルドからの要望に煩わされる事もなくなる。

 忘れてはいけないのは、僕は別に商売がしたいとか、金儲けがしたいからギルドを乗っ取るわけじゃない。ただ、ニキビ治療薬を塗って、鼻の下の吹き出物を治したいだけなのだ。


「そんなわけでジーガ、スィーバ商会について教えて。あと、そこについての情報も」

「スィーバ? ああ、以前カベラ商業ギルドを通して、注文してきたところですね。たしか、注文そのものは断ったような……」

「そうだね。だからこそ、僕らを働かせる権利には、財布の紐も緩むだろう。なにより、カベラを通さなくてすむ分、安あがりにもなる。喜んで借金を肩代わりしてくれるはずさ」

「なるほど……。しかしそうなると、完全にカベラとは手切れになるんですが、乗っ取りはいいんですか?」

「いまは構わない。その代わり、カベラが放置した職員たちは、こっちに引き込んでいてくれ。施設や職員の衣食住については、ジーガに一任する。そうだな、彼らにも仕事が必要だ。その辺の事については追々考えていくか。一度、ウル・ロッドとも話をしなくちゃな……」

「なにやら遠大な計画が、旦那の頭のなかでは始まってるようですね……。その舵取りを任される俺にも、一応作戦の概要くらいは教えといてくださいよ?」


 まぁ、まだそこまで明確なディティールを持っていない案なので、ここからさらに煮詰める必要がある。ある程度形になったら、ジーガにも相談しよう。

 こういう、人間社会の話には、グラはあまり役に立たないからな。


「とにかく、いまは服飾や宝飾関連の利権を持っている相手に繋ぎを付けて、僕らの借金を肩代わりさせるのを優先させて。裁量はジーガに任せるけど、あまり大きなところに話を持っていかない事」

「カベラに取って代わられるのは困るって事ですね」

「その通り」


 今回の計画は、あくまでもニキビ治療が目的だ。他の場所にニキビを作ったり、それこそ目のうえにたんこぶなんてこさえたら、目も当てられない。


「わかりました。まぁ、そこら辺は主人の意向を優先しますよ。ただ、ディエゴのヤツはしばらく家の事には関われなくなりますよ?」

「ディエゴ君はジーガの専属だ。そっちを優先してくれて、全然構わないさ」

「了解です。それじゃあ、早速動きます」

「うん、よろしく。なにかあったら、連絡してね」

「はい」


 そう言って、伝声管は沈黙した。

 さて、借金についてはひとまずはこれでいいだろう。まさか、開戦の日にこんな事で煩わされるとは思わなかった……。


「来ました……が、これは……」


 朝からヤキモキしていたというのに、バスガル側からの侵入者が現れたのは、もう昼近くの事だった。

 すぐに変化を感じられるよう、依代と本体を自由自在に行き来できるグラが、ダンジョンコア本体に戻ってその侵入を察知したのだが、その顔には困惑の色が濃い。


「どうしたの?」

「かなり弱いモンスターが、十数匹。明らかに小手調べです」

「なるほど。前哨戦のつもりかな?」


 僕は至心法ダンジョンツールでホログラムちっくな画面を表示し、下水道の様子をそこに映し出す。といっても、簡易な地図に侵入者を点で表示するだけの機能だ。

 そこには、その他の侵入者が赤い点で表示されているのとは別で、バスガルからの侵入者を意味する黒い点がいくつか表示されていた。

 それはバスガルからの侵入口から、広がるようにダンジョンを進んでいる。散発的にモンスターを放ち、こちらの手の内を探る腹積もりのようだ。あと、地形把握の意味もあるだろう。

 よく考えたら、バスガルは下水道から衣裳部屋への道を、まだ把握できていない可能性もある。


「どうしますか? 下水道のモンスターは、私には操れませんが」


 グラが平静な表情のまま、僕に問うてくる。

 下水道にいるモンスターは、野生のものが侵入し、繁殖したものか、僕が放ったものだけだ。グラが自由に動かす事はできない。

 一応、僕が操って侵入者を排除する事はできるが、そうだな……。


「いや、放置しよう」

「いいのですか?」

「この時間帯なら、下水道は冒険者がいる。彼らが向こうの侵入者を排除してくれるさ。なにより、ダンジョンの変化に彼らは敏感だ。フットワークの悪いギルドが動く為の、きっかけになってくれる可能性もある」

「なるほど」


 問題は、あの通風孔を見付けられたあとだろう。もしかしたら、あそこにバスガルのモンスターが集中しかねない。そうなると、僕らのダンジョンへの道が、人間たちにも察知される惧れがある。できればそれは避けたい。


「どうやら、いまのところ急いで手を打つ必要はなさそうだ。向こうも、開戦の日だからと焦って駒を進めるつもりはないらしい」

「そのようですね。ただし、安心は禁物です。小手調べがすめば、本腰を入れて攻めてくるでしょう」

「そうだね。じゃあ僕は、余裕があるうちにギルドに行って、彼らの尻を叩いてくるよ」

「なるほど。それがよろしいかと」


 下水道の冒険者たちを、僕らのダンジョンの肉の盾にするには、まだまだ密度が足りない。バスガルから侵入してきたのは、鼻ムチヘビや光りトカゲのような、一般的なヘビやトカゲと区別の付かないようなザコモンスターばかりのようだ。だとすれば、下級冒険者だって対処は可能だろう。

 人間たちには、もっと切迫感を持ってもらいたい。僕らが負ければ、この町は本当に、ニスティスの再来となりかねないのだから。


「それじゃあ、ちょっと行ってくるよ」

「ええ、お気をつけて。私は、侵入者に備えます」


 ホント、少しはグラの真面目さを見習って欲しいもんだ。


         ●  ○  ●


 冒険者ギルドに着いた僕は、以前は開けなかった扉を難なく開き、屋内へと侵入する。そこは相変わらず、役所じみた清潔感と雑然さという、相反する二つの要素が混じり合う空間だった。

 冒険者たちが僕を見ては、ギョッとしてからそそくさと目を逸らしていくのを後目に、僕は受付へと向かう。腫れ物扱いにはもう慣れたが、然りとて不快感がないわけではない。


「こ、こんにちは〜。本日はどのような御用件で?」


 残念ながら、受付にはセイブンさんはおらず、たまに応対してくれる受付嬢がいた。それと、セイブンさんがいない間の受付担当らしい、筋骨隆々の冒険者もいたが、彼はセイブンさんと違い受付業務には就かないようだ。

 引き攣った笑顔を浮かべる、営業スマイル〇点の受付嬢に、お手本を示すように営業スマイルを浮かべて挨拶を返す。


「こんにちは、ジーナさん。今日は新しくできたダンジョンを調べた際の資料をまとめましたので、それを提出に。あと、資料整理が滞っているようでしたら、そのお手伝いに」

「そ、そうでしたか。ええ、はい。資料整理に関しては、お願いできましたら……。ダンジョンの資料も、そちらで処理してうえに提出していただけると、ありがたいです」

「そうですか。では通りますね」

「はい」


 受付嬢に適当に挨拶をしてから、一度ギルドの外に出て、職員用の通用口に回る。その通用口にも、屈強な冒険者がおり、侵入者に目を光らせている。僕は彼に、さっき渡された許可証を見せ、さらに武装してないかをボディチェックされたあと、【提灯鮟鱇】は中の守衛に預けるようにと、いつものように言われて、入館を許可された。実に念入りだが、まぁここが冒険者ギルドである以上は、当然の警戒といえるだろう。

 言われた通り、警備室で【提灯鮟鱇】を預け、資料室へと向かう。

 以前のダンジョン侵入の際、【蘭鋳ランチュウ】、【夢海鼠ユメナマコ】、【大樽廻オオタルマワシ】は失ってしまったが、【提灯鮟鱇】を持ってかなかったのは幸いだった。やっぱり、なんというか、一番最初にグラに作ってもらったこの指輪は、特別なんだよなぁ。


 まぁ、だからってあの三つを失ってしまたのも、痛恨だったが……。

 資料室につくと、いつものように老婦人に挨拶して、今日持ってきた調査資料を提出する。老婦人がその資料を読んでいる間に、溜まっていたダンジョンの報告書を精読し、情報を抽出していく。

 この段階の報告書は、本当に玉石混淆で誤情報も多い為、非常に面倒な作業だが、その分意味も大きい。この資料を整理すれば、バスガルのダンジョンを攻略する、たしかな手がかり足がかりとなるだろう。


「うん? ダンジョンが広がっている?」


 そんな情報の中に、気になるものがあった。報告者は、ダンジョンにもぐっている中級冒険者に加えて、フォーンさんとフェイヴの名もある。だとすると、誤報の線はないな。


「しかしだとすると……」


 これはちょっとおかしな事だ。

 ダンジョンの拡大は、ダンジョンにとっては義務というよりも、生理現象に近い。故に、ダンジョンが広がっている事そのものは、特段不思議ではない。

 が、これはあくまでも、僕らと戦争の真っ最中でなければの話だ。

 ダンジョンを広げるには、当然ながら生命力《DP》を消費する。そのエネルギーは、本来ダンジョンを守り、ダンジョンを攻める為のリソースでもある。無為にダンジョンを拡張する意味は、それ程大きくない。

 いや、デメリットだらけだといえる。守必要のある領域が広がり、守る為のモンスターを生むリソースが減るのだ。侵略戦争中だからこそ、ダンジョンは広げるべきじゃない。

 現に、僕らだって宣戦布告からこっち、ダンジョンの拡張はかなり滞っているのだ。

 こっちが侵略する必要のある領域を広げ、モンスターやDPを不足させようと目論んだ? たしかに、その二つの要素において、向こうはアドバンテージを持っている。その優位をさらに広げ、絶対的なものとしようとした?

 いや、それはないだろう。向こうは、こっちが生まれたてのダンジョンだという事くらいは掴んでいるかも知れないが、まさかほとんどモンスターがいないとまでは思っていないはずだ。どれくらいの手駒がいるかわからないから、前哨戦にザコを少数送り込んできたのだろうし。

 手勢を減らしてまで、領域を広げる意味……。

 うーん、ダメだ。考えてもわからない。絶対に悪手だと思えるのだが、なにか意味があるのだろうか。

 ダンジョンコア的な観点からなら、わかるのかな。帰ったらグラに聞いてみよう。


「ショーンさん、こちらでしたか」


 考え事をしていたら、声をかけられて振り向いた。そこには、【雷神の力帯(メギンギョルド)】のメンバーであるセイブンさんが立っていた。


「こんにちは、セイブンさん。どうされました?」

「ダンジョンに変化がありました。どうやら下水道の方に、バスガルのモンスターが流入してきているようです」

「それは……、いよいよ侵食してきたって事ですか? こちらの報告書にも、ダンジョンの領域が広がっていると書かれています。冒険者ギルドとしては、一刻も早く対策を講じないと、手遅れになりそうなんですが……」

「そんな報告が……。申し訳ない。私の耳にはまだ……」

「報告者のなかに、フォーンさんやフェイヴさんもいるのですが……」

「……あのジジイども……」


 うわぁ……。セイブンさんの口調がここまで乱れたのを、僕は初めて見た。どうやら、ギルドはギルドの方で、ゴタゴタしているらしい。そのゴタゴタに振り回されて、機能的に動けていないという事のようだ。


「セイブンさん。たぶん、いまってもうかなりギリギリの状況だと思うんです」

「そうですね……」

「このまま後手後手に回ると、本当にこの町が、第二のニスティスになりますよ? たぶん、ギルドの幹部たちはその責任を負いたくないのでしょうが」

「……ええ、そうですね……」


 疲れたようにため息を吐きつつ、セイブンさんが頷いた。


「ハッキリ言って、ギルドは責任を【雷神の力帯(メギンギョルド)】に押し付けようと動いているようにしか見えません。このままでは、あなたたちにも累が及ぶでしょう。まぁ、たぶんそのときには、僕もセイブンさんも死んでいるでしょうが」

「……はぁぁぁ……」


 盛大にため息を吐いたセイブンさんは、なにかを決意したようにまっすぐに僕を見る。


「ここで動かないのは、連中と同罪ですか」

「そうは言いません。ですが、死んでからでは後悔もできないと思います」

「至言ですね。いいでしょう。私の責任で、対応策を動かせるよう、幹部たちを黙らせます」

「できるだけ早くおねがいしますよ。どう考えても、もう時間がない」

「そうですね」


 そう言って資料室を去ろうとしたセイブンさんが、思い出したように振り向いて僕を見る。


「ショーンさん、もしよろしければ、下水道に向かって、モンスターを間引いてもらえませんか? たしか、以前そのような手段があるとおっしゃっていましたよね?」

「え? ああ、そうですね。まぁ、ない事もないです」


 いやまぁ、あのときは【蘭鋳】と【夢海鼠】があったからね。あと、下水道だったら、【大樽廻】も必須だろう。それらがない現状、あまり行きたくはないのだが、この場合は仕方ないか……。


「お願いできますか? こちらは、できるだけ早く動けるようにします。その為にも、バスガルからの侵攻を食い止めてください」

「了解しました。とはいえ、できる限りですよ?」

「勿論です」


 そう言って去っていたセイブンさんを見送り、話を聞いていた老婦人に挨拶をしてから、僕は冒険者ギルドをあとにした。


 まぁ、思いの外すんなり焚き付けられたようだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ