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幻想の晶  作者: 詩乃なかば
一章
22/31

斜陽 5

 


 翌朝。

 二人は身支度を整え入り口へ向かった。

 居住門を抜けると、二匹の馬を携えたカイリが兵士を会話を交わしながらルイスたちを待っていた。


「や、おはよう。来てくれると思った」

 カイリは満足そうに手を挙げる。


「おはようございます。レーゲンさんへ挨拶と、これからのことをお伝えしなければならないので少し待って頂けますか」


「あぁ、君たちの事情は聞いてる。確信があったからレーゲンさんには夜のうちに説明してマルシュ代表への書状も渡してあるから大丈夫。朝日が昇る直前まで話し合いをしてたから少し寝かせてあげて欲しいな」


「手際が良いですね、ありがとうございます…。カイリさんもあまり寝られていないのでは?」


「俺は会議中ほとんどうたた寝してたから。さ、そうと決まれば急ごうか。陽が暮れるまでに着けなくなる」

 カイリはそう言ってルイスに手を差し伸べた。

 ルイスは意味が分からずに目をぱちくりとさせる。


「馬は乗れる?」

 カイリは手綱を掴んでいた馬を指さした。


ルイスは、あぁ、と意味を理解して頷く。

「遠乗りの経験はありませんが大丈夫です」

 ルイスはカイリの手を取って鞍に足を引っ掛けると馬の背にまたがった。


「遠乗りはないの?なら一人は危ない」

 カイリはそう言うと、よっと勢いをつけてルイスの後ろに飛び乗った。衝撃に驚いて馬が足を鳴らす。


「っわ」

 前のめりに落ちそうになるルイスを、カイリがうまく手綱を手前に引き寄せルイスの体勢を戻させた。


「少し急ぐから、ユーリはうまいことついて来てくれよ」

 カイリはユーリに視線を送ると、開門!と兵士に声を上げた。

 開いている途中の門を、勢いよく馬で飛び出す。


「ルイスを落とさないでくださいよ…」

 ユーリはため息をついて後に続いた。




 ・・・


 センジュ湖 湖畔の街道



 馬を走らせて数時間。

 ベリゴールを南下し、ジュライア城を左手の奥に見ながらセンジュ湖に差し掛かった。

 カイリが手綱を握ってくれているおかげで、ルイスはのんびりとジュラ連合の美しい自然を堪能することが出来た。

 センジュ湖の水面は陽の光を反射し、ジュライア城を美しく輝かせている。

 水鳥が羽を広げて水面から飛び立つと、光の粒が散って更にまばゆく輝いた。


 センジュ湖は、セキテイ山の雪解け水が流れ込む巨大な湖で、海に面していない連合にとって水産業の要である。湖畔にそびえ立つジュライア城はジュラ連合の発祥の地であり、美しく涼しげな景観に避暑地や観光地としても栄える一方で、ジュラ連合に統一される以前からセンジュ湖の水域を巡り何度もガーランドと衝突してきた深い傷を負った城塞でもあった。

 ここ数年は両国共に水産業を縮小して無益な小競り合いを避けているらしいが、全面戦争へ突入した現在はそれもどうなるか全く予想できない。この美しい景色が血に染まるような事態にならないことを祈るばかりだ。



「ねえ、ルイス。君とユーリはどういう関係なの?」

 ルイスが考え事をしながらぼんやりと景色を眺めていると、カイリが身をかがめて小声で呟いてきた。


「ユーリは私の護衛ですよ」


「ふうん?つまりルイスは彼の主人ってことだよねぇ?その割には、君に決定権が無かったり、やけにユーリが意見したりするのは何故?」


「それは…、ユーリが素行の悪い従者だからです」

 ルイスは少し考えた後、ユーリが最初に言っていた言葉をそのまま理由に使ってみた。口にしてみるとかなりおかしな言い回しに笑いがこみ上げる。


「君はそれを許しているの?主なのに?どうにもユーリに気を遣っている感じがする。主従関係と言う感じはしない。どちらかと言うと…、親子?」

 カイリは自分で言いながら首を傾げた。

 見た目の年齢で言えばあまり変わらないのでおかしなことではあるが。


「親子っ?!ふふっ!」

 思わずルイスは噴き出した。

「それはユーリがかわいそうです。ユーリは父上の友人で、私を幼い頃から見知っていますから、そういう意味ではユーリ自身に保護者のような感覚はあるかもしれませんが」


「ああ、お目付け役兼父親代わりみたいなもんか!ってことは、仲良くしておかないといけないな」

 カイリはふむ、と神妙な顔つきをして、後方にいるユーリの横に馬をつけた。そしてユーリに愛嬌たっぷりに笑顔を向ける。


「ユーリさん!これからも俺と仲良くしてくださいね!」


「は?急になに?気持ちわるっ」

 ユーリは心底気持ち悪そうに眉をひそめた。


 二人のやりとりがおかしくて、ルイスはくすくすと笑った。



 アサンテ市へと続く街道を反れ、湖畔の木陰で遅めの昼食をとることになった。そろそろ馬にも休憩と食事を摂らせてやらなければならない。

 カイリは馬の鞍に付けた袋から配給の軽食を三人分取り出した。

 今日の配給は燻製肉と(あぶ)った野菜を米で握ったジュラ連合の郷土料理でもある”おにぎり”だ。それからデザートの蜜柑を渡されルイスは目を輝かせた。

 ユーリは自分の蜜柑をルイスに差し出しておにぎりにかじりつく。最低限の栄養は賄えているので食べる意味はないが、カイリが見ている手前、面倒でも無理矢理口に運んだ。


「へー、蜜柑好きなの?俺のもあげよう」

 カイリは、嬉しそうに蜜柑を眺めるルイスの様子を見て、自分の蜜柑も差し出した。


「そんな、もう十分です。カイリさんも食べてください」


「俺は食べ飽きてるから」

 ルイスは慌てて突き返すがカイリも譲らない。


「素直に貰っておけばいいですよ。対抗してんでしょ」

 ユーリはカイリに冷やかな視線を送る。


「おぉ、お父さん代理は手厳しい」


「何言ってんの、この人」


「っ…」

 ルイスは口に含んだおにぎりを噴き出しそうになって堪えた。



 腹ごしらえが済み一息ついたところで、カイリは大きく背伸びをして草の上に寝転がった。

「そろそろ話してくれません?」

 ユーリが横目に話しかける。


「んー?なんか話すことあったっけ?」

 カイリは目を閉じて、あくびを一つ。


「情報交換を報酬につけるんでしょ?」


「そうだった。うーん、到着してからでも良い?今日はこのままアランドールまで行くことにする」


「え?アランドールへ?」

 ルイスは驚いて声を上げた。てっきり目的地はアサンテ市だと思っていたからだ。

 アランドールはアサンテ市から更に南下し、センジュ湖から流れ出るヤンナー川と峠を越えた先だ。まだまだかなりの距離がある。


「遠いですね。夜も馬に乗り続けるつもりですか」


「君は出来るだろう?ルイスは俺の胸で寝ていていいから」


「そう言うわけには…」


「ふーん…なるほど、アランドール人ですか」


「お、分かった?だから詳しい話は国境を越えてからにしたい」

 カイリは目を閉じたまま笑う。

「じゃあ次は君たちの番。レーゲンさんは、君たちのことをアランドールからの旅人だって言ってたけど違うよね。ガーランドから来たから偽っているのかと思ったけど、それにしてはちょっとルイスは生粋すぎる。とすれば、やっぱりエノテイアじゃない?」


 ルイスは眉をひそめてユーリと顔を見合わせた。

「諦めましょう。本物のアランドール人相手にアランドールから来たなんて嘘は無理がある」


「そうですね…一度立証済みでした」

 ルイスはクライドのことを思い返して息をついた。

「お察しの通り、エノテイアから参りました。それ以上はお答えできません。それ以上を求めるのであればカイリさんにも相応の情報を提示して頂くことになります」

 ルイスは寝転がっているカイリに真剣な眼差しを向けた。


「!へえ、そんな表情もするんだ」

 カイリは楽しそうに顔を綻ばせながら体を起こす。

「ならば早いとこアランドールへ向かうとしよう!君のことをもっと知りたくなった」

 立ち上がって背中の葉を払う。


 ルイスに手を差し伸べると、横からユーリが割り込んだ。

「カイリさん疲れてるでしょ。ここからルイスはこちらに乗ってもらいます」

 あ、はい、とルイスはユーリの手を取る。


「っえ?!えー!!疲れてない!これからが楽しいのに?!」

 カイリは激しく抗議した。


「二人乗り、慣れてないでしょ?無理な姿勢をしていたから背中に違和感があるはずです。夜通し走るつもりならここで治しておかないと後で残りますよ」

 ユーリは馬に、これから二人乗ると言うことを教えるように首の根元あたりを優しく撫でる。


「!」

 カイリは驚いて目を見開いた。

 確かに、言われてみれば背中の筋が妙に強張っているように思う。

「ふうむ…」

(待てよ。じゃあそうならないように背中の姿勢に気を付けて乗れば…。)


「無理。無意識にそこを庇う姿勢になって別の所を痛めるだけです」

 ユーリは考え込んでいるカイリに言い切って馬に飛び乗った。


「んっ?!心が読める?!」


「読めませんけどそう言う顔してる」


「ふふっ」

 ルイスは似たようなこやり取りをした時のことを思い出して笑った。

 なるほど、これがそう言う顔というやつか。確かにそう言っているように見える。


「お父さん代理さんには何でもお見通しというわけか。これは手ごわい!」

 カイリは感心した様子で馬の飛び乗った。


「だからそのお父さん代理て何なの」

 ユーリはうんざりした様子で溜息をつくと馬の手綱を引いた。




 ・・・


 センジュ湖を離れて五時間余りが経とうとしている。すっかり夜は更け、冷えて来た。

 乗馬と言うのは思った以上に筋肉を使うので、遠乗りに慣れていないと座っているだけでもなかなか疲労するものだ。

 一度休憩は挟んだものの、さすがに疲れてルイスはうとうとし始めていた。


「もたれかかって寝ていても良いですよ」

 ユーリが気付いて声をかける。


「…ん、大丈夫です」

 ルイスは自分の頭の目を覚まさせようと、冷たい空気を思い切り吸い込んだ。

 しかし睡魔はそんなことでは払いきれなかった。起きていなければと思うほどに抵抗は弱くなって、馬の揺れも何だかとても気持ち良く…。


「ルイスは寝ちゃった?」

 気付いたカイリが馬を近付ける。


「はあ、やっぱり俺が乗せるんだった」

 すやすやと眠るルイスを見てカイリはがっかりした様子で溜息をついた。


 カイリは良く眠っているルイスの顔を覗き込んで、ユーリに視線を映す。

「さっきルイスに聞いたけど、ユーリはルイスの父君の友達なんだって?」


「…まあ、そうなるんでしょうね」

 ユーリは、ふと考え、それでいいかと適当に答えた。


「君たちの関係性がよく分からないなぁ。父親の代わりに旅に同行してる感じ?」


「んー、代わり…?」

 ユーリは呟いて考えた。

 エリオスがやろうとしていて出来なくなってしまったことを可能な限り叶えようとは思うが、父親の代わりと言われると少し違う気がする。

 父親のような手本にはならないだろうし、間違わないように正しい道を指し示すようなことをする気はない。

 ある程度の制約はかけるかもしれないが基本的にはルイスがやりたいように行動し、進めばいいと思う。自分は傍で目的を叶えやすくしてあげるだけ。それが結果的に自分の目指す終着点にもなるからだ。

「これを親心と言うのならそうでしょうけど」

 でも、何か違う。しっくりこない。自分に子供がいたことがないのだから分からなくて当然かもしれないが…。


「年齢的にはお兄さんって感じ。ユーリは俺とあまり変わらなさそう。だよね?」


「まあ、そうなんじゃないですか」

 父親よりも祖父よりも更にもっと、とんでもなく年齢差があるけど、と思いながらぼんやりと答える。


「うーん?ユーリは、何だかあんまり俺に興味ない?」

 カイリはユーリの適当な相槌に不満を漏らした。


「ええ。ないですよ」


「ないって即答?!いやいや、ほんの少しぐらいはあるでしょう?」


「微塵もないです。貴方が持っている情報とやらが気になる程度」


「うーわっ、センジュ湖も一瞬で凍りつくほどの冷たさ。俺はもっと君たちと仲良くしたいんだけどなぁ」


「無理です。貴方は無理」


「俺を全否定なの?!」


「嘘が多い。仲良くしたい?違うね、私の力量を測りたいだけだ。貴方が知りたいのは私にどの程度の能力があって、どうすれば制することが出来るかじゃないの?」

 ユーリは横目にカイリに冷たい視線を送る。


「…!…へえ…」

 カイリはすっと目を細めて感心したように、にんまりと笑った。

「すごいね、君の力量を計ろうとしてたのはその通りだ。でも制することまでは考えてないよ、ほんと。そこはちょっと無意識だったな。でも…そっか、分かるかぁ…」

 しまったなぁと小さく舌を出して頭を掻く。


「今のこの会話だけで理解出来たでしょ?いちいち探るのやめてください」


「あはは!もう、十分すぎるほど。良かった、俺の目に狂いはないな」

 カイリは視線を前へ移して、満足そうに一人でうんうんと頷いた。


「勘違いしないように言っておきますが、私は貴方を手助けつもりはありませんよ。怪我をしようが死のうが知ったことではない」


「えー?厳しいなぁ!じゃあルイスに助けてもらうおう。もし俺をかばって怪我でもしたら可哀そうだけど、でもユーリが助けてくれないなら仕方ないよなぁ」


「……」


「ルイスに無理はさせたくないけど、きっとそんな時は率先して頑張っちゃうんだろうなぁ。自分を犠牲にしたりしちゃいそうだよなぁ」

 カイリは泣き真似をするかのように額を覆って項垂れてみせる。


「はあー……。ルイスの次の次の次の、その次ぐらいの、ついで程度には気にかけてあげます」

 ユーリは大きくため息をついてカイリを睨んだ。


「ずいぶん後回しなのが気になるけど、まあ、いいか…。でも、なるほど、ちょっとユーリのことがわかった気がする」


「…ルイスを餌にすれば言うこと聞くなんて言う考えが浮かんでるようなら今すぐ消した方が良いですよ。敵とみなします」


「えっ!こわっ!しないよ、そんなこと。むしろその餌には俺が釣られたーい」

 カイリは満面の笑みでユーリの手元で眠るルイスに手を伸ばす。


「面白くないです」

 ユーリは冷たく言い放つと足で馬の尻を蹴ってカイリから離れるように前へ走らせた。


「あー、まじなのに」

 カイリはぶつぶつと文句を垂れながらユーリの馬を追った。




・・・


 サンティ城 アランドール共和国 ー ジュラ連合国 国境


 空の端が白み始めた頃。

 川と峠を越え、山麓の手前でジュラとアランドールの国境である城壁に到着した。


「ルイス、起きて。国境です」

 ユーリはルイスを揺さぶる。


「ん…、あ…すみません、すっかり寝てしまって…」

 ルイスは目をこすり、寒さに身震いした。真っ暗だった空が白み始めているのを見てかなり寝てしまったのだと気付く。

「カイリさんは…」

 辺りを見回す。

 カイリは馬を降り城門の兵たちと何かやりとりをしていた。

 馬を兵士に預け、ルイスが起きていることに気付いてこちらに手を振る。


「連合の馬はこの先連れて行けないから、ここで降りてくれる?」


 言われて、ユーリはひらりと降りた。

 ユーリに差しのべられた手を借りてルイスも降りる。

「っ…あれ」

 ずっと同じ体勢のまま座って眠っていたせいか、足に力が入らずにがふらふらとしてしまう。


「あはは!生まれたばかりの小鹿みたいだ、かわいい!」

 カイリが笑いながら駆け寄って、倒れそうになるルイスをひょいと抱えた。


「ぅわっ!」

 ルイスは落ちそうになり驚いてカイリにしがみつく。


「ユーリは馬を預けてきてね。先にルイスを案内するからさ」


「はぁ?!…まったく…」

 ユーリは馬を放ったままで追いかけるわけにもいかず、しぶしぶ手綱を引いてため息をついた。


 ルイスはカイリに抱えられたまま城門の備え付けの通用扉から中へ入る。

 朝が早く、見張りの兵士以外はまだ寝ているせいか物静かだ。使用人や料理人がちょうど起き始め、朝の支度を始めようかと言うところだった。

 中はビシュ参道に似た石造りで、ところどころに飾られた鮮やかな布が美しくたなびいている。


「!あ、カイリでん…」

 窓を開けている使用人がカイリに気付いて手を振った。


「しー。ラージャは?」

 カイリは右目を閉じて人差し指を唇に当てた。


「お部屋でお休みになられて…あ、でも今は…」


「ありがと」

 使用人が何か言いかけるが、カイリは手を振って脇の扉から城中へ入った。

 細い階段を一番上まで上がり、壁の隠し扉を足で押し開ける。

 豪華な装飾が所狭しと置かれた広い部屋だ。絹の衣があちこちに垂れ下がり薄暗い。何かの香が焚かれたあとのような、不思議な煙が漂っている。

 嗅ぎ慣れない香りにルイスは少し咳込んだ。


「やれやれ、乱れてるなぁ」

 カイリは寝台の様子を眺めてため息をついた。

 ルイスも不思議そう視線の先を見つめた。シーツに埋もれたいくつもの人の膨らみがある。

 布の隙間から数人の女性の顔や下着もつけていない肌が覗くと、ルイスは慌てて顔を背けた。


「カイリさん。もう歩けます、おろしてくださいっ」


「ん、そう?はい」

 カイリはルイスを降ろすと、すうっと大きく息を吸い込んだ。

「おい、ラージャ!出迎えもなしか!ラージャ・トリシューラ!」


 建物に響くような怒号をカイリがあげると、寝台の一番奥で大の字になって寝ている男が飛び起きた。

「…っんあ!?…カ、カイリ!?まずい、起きなさいおまえたち…!!」

 ラージャ、と呼ばれた男は大慌てでそこらへんに散らばっている女たちを叩き起こす。


「うーわー、吐きそうなぐらい下品な光景」

 遅れて部屋まで上がってきたユーリは、全裸の女性たちが寝台で入り乱れている様を見て心底不快そうに眉をひそめた。

 女性たちは、何ですかー?などと寝ぼけ眼をこすりながら体を起こす。寝台の前に佇んでいるカイリの存在に気付くと、一斉にきゃあきゃあと悲鳴のような声を上げた。

 その辺のまとえそうな服か布か分からないものを適当に拾ってカイリにお辞儀をすると蜘蛛の子を散らすように慌てて部屋から出て行く。


 ラージャは床に落ちていた上着を体にまきつけ、焦茶色の髪を適当に正しながらカイリの前に跪いた。

「カイリヴェーダ殿下、ジュラよりのご無事のご帰還お喜び申し上げます」


「はぁ…何がお喜びだ。伝聞を出したのに主人の帰還の夜まで女遊びとは、おまえの下半身には相変わらず命令が伝わらなくてうんざりする」

 カイリは不機嫌そうにラージャの頭を軽くひっぱたいた。


「まあ、そう怒るな。これでも夜通し起きて帰還を待っていたのだがな。女たちも眠い飽きたなどと文句を言いだすから暇を持て余していただけさ。それに夜など当に明けているではないか」


「そもそもここに女を入れるな色欲魔め」

 二人はああでもないこうでもないと言い合いを続ける。


 ルイスはユーリを見上げて小声で話しかけた。

「…今、殿下と呼んでいましたよね…」


「ええ」

 アランドール領に入るまで詳しい話をすることを控えていたのはそういうことか、とユーリは納得した。


「時に、カイリ。そこの者たちは、目ぼしいのを連れて来たのか?ジュラ人ではないな。ガーランドか、エノテイア人?状況が状況だ、国際問題になり兼ねんぞ」


「そう、かわいいでしょう?いや美人かな、どっちもか」

 ラージャは体を傾け、ルイスとユーリを凝視した。


「?目ぼしいの?」

 ルイスはラージャにじっと見つめられ目をぱちくりとさせる。


「そこのおまえ、名は?出生はしっかりしているのか?」

 ラージャは舐めるようにじっとルイスを観察している。


「えっと…」


「カイリさん、話を続けるのなら場所を改めてください。この部屋の匂いがどうにも不快なのと、貴方の従者と思わしきそこの変態が何よりも不快」

 ユーリはラージャの視線からルイスを外すように背に隠した。

 この男は服がはだけて前が開いているのに隠しもせず腕を組んで突っ立ているのだ。下品にもほどがある。


「確かに、俺もこいつの肌を見ながら話をするのは嫌だなと思っていたところ。下で食事を用意させよう。ラージャ、おまえは水を浴びてから来いよ」

 カイリはラージャに手で払うような仕草をして見せた。


「かしこまりました」

 ラージャは深々とお辞儀しながら横目にユーリを見定めるようにじっと見つめる。


 ユーリはさっさとルイスを連れ、来た階段を戻った。



 下へ降りると、仕事を始めていた使用人たちが次々にカイリに挨拶をしに現れた。

「カイリ殿下、おかえりなさいませ」

「殿下、おはようごぜーます。ジュラはどうでしたかい?」

「カイリ様!おかえりなさい!今回はいつまでいられるのですか?」

「おかえり殿下ー!すぐに歓迎食の支度をするから顔を洗って待ってて下さいましねー!」


 カイリは子供から大人、兵士に使用人、皆に挨拶を返し、広間の食堂に二人を案内した。

 長机にたくさんの椅子が並ぶ、豪華な食堂だ。

 壁に掛けられた布地の織物には、戴冠式の様子を切り取ったかのような見事な刺繍が織り込まれていた。置かれている装飾品や食器などはキャトラ邸の物と勝るとも劣らない。


 カイリに促され、ルイスとユーリは並んで着席する。

 すぐに執事風の男がやってきて飲み物は何が良いかと問われた。ルイスは果実水を、ユーリはワインを頼んだ。

 執事風の男が部屋を出ると、すぐに毛髪を整え正装に身を包んだラージャが飲み物を持ってやってきた。

「お待たせいたしました」

 ユーリとルイスの席に飲み物を置いて、カイリの横後方に控える。


「えーと、一応、様式美と言うことで…」

 カイリはこほんと咳払いをして、両手を広げた。


「ようこそ、サンティ城へ。私は城主のカイリヴェーダ・ラーマ・シファル・ティハイ・アランドール。アランドール王族に連なる者として隣国よりの客人を歓迎する」

 カイリはそう言って用意された黄金の杯を掲げた。


「…歓迎、痛み入ります。カイリヴェーダ王子殿下」

 ルイスもグラスを手に取って掲げ、杯を鳴らし合わせるように空中で傾ける。


「品はないけど味は悪くないですね」

 ユーリは一人でさっさとワインに口を付けた。


「ユーリ!」


「あはは!いや、気にしないで、俺もこれ以上はむず痒くて無理!これまでと同じようにしてくれ。名前もカイリのままで構わないから」


「お気遣いありがとうございます」

 カイリがさっきほどまでと同じように話すと、ルイスは緊張を解いてにこりと微笑んだ。


 食前酒がすんだところで前菜が運ばれてくる。

 橙色のソースと、蜜柑の果肉で彩られた温野菜の盛り合わせだ。甘く、きりっとした香りが鼻を抜けて食欲をそそる。

「蜜柑ですね!」

 ルイスは嬉しそうに声を弾ませた。


「好きそうだったから頼んでおいた。デザートにも出るよ」

 カイリは嬉しそうなルイスを眺めて微笑む。


「殿下、さっさと説明」

 やりとりを黙って見ていたラージャが痺れを切らして割り込む。


「もう、何だよおまえ。さっきまで寝てたクセに…はあ…」

 カイリは一気に前菜を口に押し込むとワインを煽って咳ばらいを一つ。


「ルイス、ユーリ、さっきは不快な光景を目にさせてすまなかった。ここにいるこれは城のバトラー兼俺の親衛、ラージャ・トリシューラ・ヴィナーシュ。代々アランドール王族の親衛を担う名家の生まれなんだけど、この通り爛れた性思考なせいで国境の果てで俺の護衛をさせられている、哀れな奴」

 ラージャは胸に手を当ててルイスとユーリにアランドール流の敬礼をする。


「客人の彼らは、ルイスとユーリ。ジュラで雇ってきた護衛。今回の旅での一番の成果が彼らだな。俺の持ってない情報、俺が欲しい情報を持ってると思う。利害が一致するのと、情報を交換することで契約した。ともかくまずは食事を楽しんで、その後に情報交換と行こう」

 カイリは手元の鈴を鳴らして次の食事を運ばさせた。


「で、あの件は?そこの金色、若すぎないか?明らかに乳離れして間もない子供ではないか。人妻攻略の名手と名高きカイリヴェーダ王子が何を血迷ってしまったんだ。趣味を疑うぞ」

 ワインを注ぎながらラージャがカイリに耳打ちする。


「ようやく本当の美に気付いたとか言えないのかおまえは。趣味は良いと思うけどなぁ。年齢はまだ聞いてない。ていうか男の子だから」


「男?!おまえなぁ…そんなんで俺の品行をどうこう言えるのか」


「落ち着け、唾が飛んでる。何でもそっちに繋げるな」

 カイリは小声で声を荒げるラージャの顔を押しやってナフキンで顔を拭いた。


 二人の会話をよそに、ルイスは久しぶりの正式な順序通りの食事をしみじみと楽しんだ。幼少期から体に馴染んだ食事はやはり落ち着く。

「ユーリ、食事は大丈夫ですか?」

 ふと、無言のユーリが気になって話しかけた。


「ええ、美味しくいただいてるフリをしてますよ」

 ユーリはナイフとフォークを使い綺麗かつ丁寧に肉や野菜を切り分けて無心で口に運んだ。基本的に味のしない食べ物ばかり、無心でなければやってられない。それに、聞こえてくるあの二人の不埒な会話が不快で仕方なく、何も考えないようにしているのだ。


「辛かったら言ってください、途中で下げてもらうことも出来ますし」


「ありがとうございます。とりあえずこれだけは腹に収めてしまいますね」

 そう言ってユーリはさっさと肉と焼き野菜を平らげた。

 デザートはルイスに譲って、後はひたすらワインを煽ることにする。



 食後のデザートに蜜柑のシフォンケーキと紅茶を楽しんだ所で、カイリはラージャに案内を任せて席を外した。広間を出て三階の政務室のような所へ通される。

 中へ入ると、耳の奥がぎゅと縮まる様な感覚に襲われた。室内を見渡すと、壁一面に魔晶の術が施されていた。外へ音が抜けないようにする防音結界だ。

 ラージャは各入口と窓を施錠し、群青色の魔晶石が沈んだ透明の花器を四隅に置い回った。

「音を吸収する魔晶石ですよ。一定の距離のすべての音を消音する」


「綺麗ですね、どちらも本物は初めて見ました」

 ルイスは興味津々にその様子を見つめる。


「おまたせー」

 少しして、席を外していたカイリが戻ってきた。

 アランドール王族の正装をまとい髪も綺麗に整えられ、先ほどとはまるで違う人に見える。王子だと言われて納得できるほどの変わりようだ。

 煌びやかな正装のあちこちに施された刺繍は非常に繊細で芸術的な美しさがある。

「堅苦しくて悪いけど、このあと人と会う約束があるから許して」


「とても素敵な刺繍ですね、似合っていらっしゃいます」


「!え!?ずっと着てようかな」

 カイリはうふふ、と嬉しそうに笑って二人の前のソファーに腰かけた。


「ご自分の城なのに、随分と厳重な防音結界ですね。私たちへの配慮ではないな。貴方自身のためか」

 ユーリが追及するとカイリは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。


「そこんとこは危うい事情があるんであんまり突っ込まないで欲しいな。…んーっと、君たちの話を聞く前に先に身分から明かそう。俺はアランドールの第四王子。家庭の事情みたいなので数年前からこの国境で城主をしてる。アサンテのじいさんとは骨董品の貿易相手で釣り仲間。ジュラとガーランドの不穏な空気については少し前からアランドールも把握していて、ジュラに知人の多い俺がその調査を任されてジュラへ潜入してたってわけ。もちろんアサンテのじいさん、レーゲンさんには説明して許可をもらってる。他の代表は信用してないから内緒だけど」


「アランドールは内戦平定に合わせて他国への不干渉を法で定めたと記憶していますが、今回のことは国の主導ではないと言うことですか?」

 カイリの話にルイスは驚いて眉をひそめた。

 アランドールは以前からジュラとは友好関係にはあるが、十年続いた内戦を二十八年前に平定させて以来、他国はもちろん、友好国であっても政治的干渉は行わないと法で定められた。

 いくら王子であろうとも法を犯すことは許されないはずだ。


「そう、良く知ってるね。だからこれは国家機密。王子ではなく、カイリっていうただの個人が動いてるだけってことになってる。国の中でも知られるとまずい連中がうようよいるから」


「……」

 ルイスは腕を組んで考え込んだ。


「じゃあ次は君たちね。俺がガーランドに潜入する理由と交換で話してもらう」


 ルイスが口を開こうとして、すかさずユーリが耳打ちする。

「(オリクトのこと以外は貴方の判断で決めて良いですよ)」

 ルイスは視線を送って小さく頷いた。


「カイリさんが王子と言う身分を明かしてくださいましたので、私も相応の対応をするのが礼儀だと思いお話しますが、何を聞いてもガーランドへの潜入を取りやめることはしないと約束してくださいませんか?」


「えぇっ、そう言われると構えてしまうけど。男の約束だ、良いだろう」

 カイリは思わず身構えながらも、約束を守ると言う意味でアランドール式の敬礼を手で示す。


「私は、エノテイア聖堂国、第三位キャトラ家の嫡子。事情があり国を離れていますが、追手を掛けられている立場にあります」


「っ!!身分は高いんだろうなぁとは思ってたけど、第三位か…っ!」

 カイリは驚いてあんぐりと口を開いた。


 エノテイアの貴族は、王権制の国で言う所の王族に匹敵する存在だ。その中でも階級があり第一位はほぼ王と同意、将位の二人と宰相家が建国時から座位している。以降は二位から四位まであり、三位となるキャトラ家も当然、王位の位置にいるといっても過言ではない。


「…あれ、ん?第三位の跡取りに追手?それは触れない方が良い理由?ガーランドって友好国だよね、大丈夫?」

 カイリの問いにルイスは小さく頷いた。


「理由はすみませんが…。ガーランド領と、侵攻したテレジアにはすでに捜索の手が回っていると思います。あちらは私がガーランドに留まることを恐れジュラかアランドールへすでに出国していると予測しているはずですから、現在はガーランドがむしろ手薄で、潜入する機会は今なのではと判断しました」


「なるほどね、それで俺に念を押したのか。ラージャにこの話をしても構わない?この後、約束があると言ったけど、ガーランドとの国境城塞への用事なんだ。ガーランドからの入国者が調べられるから、追跡隊について分かるかもしれない」


 ルイスはユーリに視線を送る。

「良いですよ。でも、もし我々の情報がエノテイア側に漏れた場合、貴方とあの従者の命の保証は出来ません。その点は了承して頂きます」


「それは絶対に大丈夫だと俺の命に賭けて約束する。あいつの下半身は本当にどうしようもないが、女に弱いわけではなくあれの思考は一貫しているから」

 カイリは真剣な眼差しで強く頷いた。


「ありがとうございます。カイリさんはガーランドへ潜入する理由が『(つるぎ)』にあるようなことを言っていらっしゃいましたが、その真意をお尋ねしても?」


「もちろん。でも今度は君たちから教えて欲しいな。ガーランドのオリクト、『剣』の名が出て来たと言うことは君たちの目的もそこにあると思っているけど」


「はい。カイリさんと同じように私たちも今回の戦には『剣』が関わっていると考えています。まず前提として、『剣』は王城に厳重に保管するように条約で定められており、個人で所有することは禁じられています。それなのに、『剣』に所有者がいることが分かりました。これは『剣』とは別のオリクトの所有者から教えてもらった情報で、エノテイアもまだ把握していないと思います」


「ガーランドがそれを隠してるってこと?」


「はい。これが知られればジュラに攻め込んでいる場合ではありませんから…。その別のオリクトの所有者は今、ジュラにいます。ガーランドはそのオリクトの発見をジュラへ攻め込む理由の一つとして、『剣』に所有者が出てしまった事実を不問にしてもらおうとしているのではないかと私は考えています。それか、ジュラへ攻め込むことは以前から計画されていて、そこにオリクト奪取と言う追加要素が加わったとも考えられます。開戦の理由には不審な点が多く、エノテイアが調査に乗り出せばこの戦は二国間だけの問題ではなくなってきます。私には戦をどうにか出来るほどの力はありませんが、どうにか出来る人のために考え、知恵を絞ることはしたい。『剣』に何があったのか、”獣”が何なのか、ガーランドが何をしようとしているのか、私はそれを知らなければならないのです」


「………」

 カイリは真剣な表情で話を聞いて、項垂れ大きく息を吐いた。


「そうか、分かった…。この戦、二国間どころか、隣接する四国すべてに関わってくるかもしれない…」


「それは、カイリさんがガーランドへ潜入する理由ですね?」


「うん、今度は俺の情報ね。事の始まりはかなり遡る。ジュラとガーランドの小競り合いが始まる少し前、東にあるガーランドとの国境付近の村で狩りをしていた者が誤って国境を越えてしまったことがあったんだ。その者は三日後に発見されたんだけど、ガーランド領で村人らしき集団が殺し合う光景を見たと言う。何か揉め事かと思ったら、そのガーランド人たちはいくら斬り合って腕や指がもげても悲鳴一つ上げずに斬り合いを続け、倒れて動かなくなるまでそれは続けていた、と。そしてその人間たちは一滴の血も流さず、目は虚ろだった…」


「?!それは…!」

 何かピンときた様子のルイスに、カイリは頷く。


「俺も、これが”獣”だったんじゃないかと疑ってる。そしてこの”獣”はこれが初めてじゃない。内戦中、我がアランドール国内でも似たような症例の記録があって、辺境の村で死んだはずの人間が火葬前に起き上がり動き出したと言う事件が起こったそうだ。心臓は止まっていて血も流れないのに、何故か脈動がある。それは何か行動しようとするわけでもなく、次の日にはまた動かなくなって死んでしまった…。似てると思わない?アランドールの動く死体、ガーランドの村人、テレジアの”獣”が同じ症例だとしたら、徐々に精度が良くなってるとも考えられる」


「…繋がりを感じますね…」

 ルイスは背筋がぞっとするような感覚がしてぎゅっと腕を掴んだ。


「うーん…、症例から考えると印の下位互換のようにも見えますが、魔力の気配が全くしないので魔晶の類ではなさそうなんですよね。ガーランドの仕業と断言は出来ませんが、ただオリクトが関係しているのはまず間違いないと思います」

 ユーリは腕を組んで言い切った。


「印?下位互換って?」


「印と言うのはオリクトの所有者が扱う他者を従属させる特異魔晶です。一度つけたら所有者が代わるか死ぬまで外れない呪いみたいなものです。所有者の力量次第で幅はありますが、印になれば常人を越えた力を得られるので自ら望んでなる物好きもいますが」


「ほー、そんな魔晶が…。その印になると意思とは関係なく従ってしまうの?」


「従うのは、まあ、そうなんですけど、逆らうと言う概念を排除される感覚に近い。個性や記憶はそのままですが反逆心を失わせるので、所有者の思考に似通ってきますね。要は所有者の絶対に裏切ることがない都合のいい道具になるわけ」


「なるほどねぇ。それに当てはめるとすると、”獣”たちには自我が無さすぎじゃない?死んでるからなのか?」


「…そうなんですよ。昔、どこかで似たようなものを見たような気も…」

 ユーリは記憶を引っ張り出そうと、頭を抱える。


「アランドールはエノテイアが介入してきたとしても不干渉のままですか?」


「うーん、ジュラとガーランドの戦については静観の姿勢。でも『剣』が関わっているとなると話は別。静観してる場合じゃないから武力ではない方法での介入を視野には入れてる。でも今はまだ推測の域を出ない。まずはガーランドの思惑と『剣』の状況、”獣”についても調べてからだね。…で、潜入にあたってすごいお願いするのが心苦しい話になるんだけどぉ…」

 カイリは頬を掻きながら視線を泳がせた。


「?何でしょう?」


「うーんと、まず状況が状況なだけに入国に正当な理由が必要で、観光ではなく王子として王城に入らなきゃならなくなっちゃってさ。その正当な理由ってのが、ガーランドのルーナ王女との縁談なんだけどね」


「この時期に政略結婚ですか?!」


「いや、あくまで顔合わせ。以前から打診があってずっと断ってたんだけど、この機に利用しない手はないかなって。向こうは話が進めばアランドールの支援が受けられることになるからかなり乗り気だし、こちらとしては怪しまれずに王城である程度の自由を得られる。あ、もちろん断るよ。ガーランドとの関係を密にするのはアランドール王家としても外交的にまずいことになるから。で、二人には俺の従者に変装して付いて来てもらおうと思ってるんだ」


「それは有り難い申し出です。簡単には王城へ入れませんから」


「おぉ!ありがとう!じゃあ許可貰ったってことで、準備を進めようか!」

 快諾するルイスを見て、カイリは気まずそうに視線を逸らして立ち上がった。


「ちょっと、何か隠してるでしょ?手間だからさっさと言ってください」

 ユーリが静かに言い放つ。

 恐ろしいほどの目つきでユーリに睨まれ、カイリはストンと再び腰を下ろした。


「えー?言うー?言ったらきっと嫌がるよー?」

 ユーリが更にぎろりとカイリを睨む。思わずすくんでしまうほどだ。

「こわ!分かったから睨まないで。ガーランドからの要望で連れて行ける従者は決まっていて、申し訳ないけどルイスにはメイドさんになってもらうことに…」


「メイド?給仕のことですよね、構いませんよ」

 ルイスはカイリが謝る意味が分からずに目をぱちくりと瞬かせた。


「え?良いの?どんな格好するかわかってるんだよね?」


「ええ、もちろんです。ルーナ王女のことを考えれば当然、こちら側も女性の従者を用意すべきでしょう。人選に限りがあるのであれば、ユーリが給仕と言うのは違和感がありますから私が適任なのだろうなと思います」


「ルイス!君は、君は何て聡明で!!素直すぎて辛いよ俺は!!」

 あっさり受け入れて覚悟の決まりきった様子のルイスに、カイリは感動して目を輝かせた。


「はー…適応力の高さには疑問を持たないといけないな…」

 ユーリは独り言を呟いて深くため息をつく。


「ルイスの潔さを評価して最高の正装を用意させよう!事情を把握してる俺の乳母が用意してくれるから全部任せちゃって!君の体形ならあまり直さなくても大丈夫そうかな」

 言いながらカイリはルイスの上から下まで眺めて、うんうんと頷いた。


「変な格好させないでくださいよ」

 妙に楽しそうなのがユーリを苛立たせる。


「やだなぁ、しないよ、興味あるけど。…よし、話がまとまった所で俺は行かないと。朝までには戻る。衣装合わせの後は城内ならどこへ行っても良いから自由にしてて。二人の部屋は下の階に用意させておく」

 そう言うとカイリは自分の机に散らばっている書類をまとめて箱に収めた。じゃあ、と駆け足で扉へ向かう。


「……」

 ふとユーリは何かを思い立って立ち上がる。カイリの後を追って、無言でカイリの肩を掴んだ。


「うおっ…な、に?」

 強く掴まれた痛みにカイリは顔をしかめた。

 振り返るのを妨げるように、ユーリはカイリの体をそのまま扉に押し付ける。


「カイリさん、円滑なガーランドへの潜入の為に同意したと言うことをお忘れなく。貴方の真意はどうでもいいですが、度が越えるような言動や行動は慎んでくださいよ。場合によっては、私は私の判断で行動しますからね」


 ユーリは恐ろしく低い声で囁き、すぐにぱっと手を離した。振り返るカイリに、にこりと微笑んで踵を返す。


「……」

 カイリはしばらく動けなくなって顔を引きつらせた。じんじんと、肩を掴まれた感覚が残っている。深く息を吐いてそのまま部屋を出た


 廊下で待機していたラージャは、出て来たカイリの顔を見てぎょっとする。

「んん?なんだ、えらく顔色が悪いぞ。うまくまとまったんだろう?」


「…あれは過保護なんてもんじゃないぞ…」

 カイリは書類をまとめた箱をラージャに手渡して呟いた。





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