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幻想の晶  作者: 詩乃なかば
一章
21/31

斜陽 4


ベリゴール市 市外 避難民収容地



 翌日、朝に出発したルイスとユーリは昼にはベリゴール市が見える所まで差し掛かっていた。

 参道の馬は戦の準備のためにほとんど出払っていて借りることは出来なかったが、マルシュの口添えがあってベリゴールへ物資などを届ける馬車に便乗させてもらうことが出来た。荷物が多いために到着には時間がかかってしまったが徒歩よりはずっと良い。


 ベリゴール市の周辺にはテレジアからの避難民を受け入れたテントがあちこちに設置されていた。

 テントの外には、自分では動けずに運ばれてくるテレジア兵、道中で亡くなった家族を抱えたまま座り込んでいる人、見知らぬもの同士で助け合って何とかここまで辿りついた人、怪我の手当てもせずに呆然と空を眺めている人などで溢れている。

 火の勢いが激しかったせいか火傷を負った怪我人が多い。

 焼け焦げた髪や衣服。熱量でただれた肌。怪我の痛みで泣いている子供。血で赤黒く変色した包帯に集る虫を払う力さえない老人。

 あまりの惨状に目を覆いたくなる。

 あれは戦などではなかった。ただの殺戮だ。兵も市民も大人も子供も関係なく襲われたと、家族を失い絶望している男性が泣きながら訴えている。


「ここには立ち寄らない方が良いかも」

 ユーリは、ざっと人々の様子を見るとルイスの腕を引いた。

 明らかにジュラ連合の民ではない様相の二人が立ち寄れば不安を助長させるに違いない。


「そうですね…」

 カルネとメルのことが頭をよぎりルイスは瞳を伏せた。

 初めて目の当たりにした戦場は想像を遥かに超える衝撃だった。

 本で読み知ったものと実際に目で見て肌で感じるのでは、こんなにも違うものだと思い知らされる。


 二人はベリゴール市の北門の手前で右折して、少し西へ歩いた先にある大農場へ向かった。

 ベリゴール市内は避難民で溢れて混乱しているのと、連合の軍隊は大農場に駐屯し指揮系統もすべてそちらに置かれていると教えられたからだ。

 ベリゴール市はテレジア市よりも近代的な造りながら、農畜産業で栄える街だ。

 市が専用の農場を保有し、市民の多くは農業やそれに準じた研究者、料理人などの仕事に就いていることが多い。

 大農場は市内よりも広い大規模な施設で、ベリゴール市が仮に侵略されたとしても大農場の機能が保持出来るように市から離されている。

 軍事施設がこの中にあるのもそのためだ。

 ジュラ連合の誇りでもある人々の暮らしを守ることを第一優先に考えられて建造されたと本で読んだ。


 農場へは市内からまた少し歩かねばならなかったが、徒歩での移動に少し慣れてきたのか、先日の足浴が効いたのか、思っていたよりルイスの足取りは軽い。

 ほどなくして大農場の外壁が見えてくると、入り口の大手門には十数名ほどの負傷者や避難者が列を作っていた。

 所々で役人や兵士がこちらへ来ても何も出来ないと説明して回っている姿が見られる。

 大農場はあくまで軍事と生産施設であり、救護や配給、避難民登録などはすべて市内で行っていると聞かされ、列を作っていた者たちがしぶしぶ文句を言いながら散っていく。

 大声を張り上げ疲れた様子の門兵の前まで進み出て、ユーリはマルシュに託された書状を渡した。

 門兵は奥にいた役人といくつか会話を交わすと、しばらく待つようにと告げて中へ入ってしまった。

 恐らく代表らは今も話し合いを続けており、書状の確認が出来るレーゲンはもちろんのことフリンもすぐには対応できないだろうと思われる。もしかすると緊急ではないこの書状がどちらかに届くまでにも一日費やしてしまうかもしれない。


「時間がかかってしまっても仕方がないですね」

 ルイスは息を吐くと、階段の縁石を軽くはたいてそこに腰かけた。


「天気も良いですしのんびり待ちましょ」

 ユーリはそう答えると、ふとこちらを観察している気配に気付いた。

 向こうに気付かれないよう、自然な素振りでルイスの脇に立ち気配の主を探す。

 …。

 …いた。

 市道沿いで塀を背に座り込んでいる数人の負傷者の中の一人。

 ほんの僅か、ささいな違和感。足の傷を労わるようにさすりながら、視線だけでこちらを見た。

 ぼろぼろの焦げた外套を頭までかぶり、人と人の隙間、布と布の隙間からほんの一瞬、慎重に辺りの様子を探っていた。

 一般人がそっと人を見る感じとは明らかに違う。潜入や偵察に手馴れているのは間違いない。ルイスの顔を目視で確認しても何もしてこない様子からエノテイアの追手ではないだろう。恐らくガーランドの諜報部隊。


 怪我人たちは互いに何か会話をかわすと、おもむろに立ち上がり助け合いながら市道をベリゴール方面へと歩き出した。


「ルイス、あそこの怪我人たちの集団、見えますか。一人、怪我人じゃないのが混ざってる」

 男が背を向けているのを確認してからユーリはルイスに囁いた。


「え…?」

 ルイスは驚いて、しかし気づかれないようにと小さく視線だけ移動させる。

 市道をゆっくりと歩いて行く後姿。各々が怪我を負っていて痛みを堪えながら歩き辛そうにしている。

「皆さん、怪我をされているように見えますが…」


「左奥にいるフードを被っている男。一人だけ歩き方が不自然です」


「左、奥…な、なるほど…?」

 ユーリに言われてその男を見てみたが、何が不自然なのか全く分からない。他の怪我人と特に変わらないように思う。


「脛に怪我をしているのにあの歩き方はおかしい。手の動き方も、背中の曲げ方も。何かを背中に隠してるね。短剣じゃないな、もっと軽くて、細い…ペーパーナイフのようなものか」


 そこまで分かるのか。ルイスは驚いて目を瞬いた。

「…では、ガーランドの諜報員?エノテイアの追手ではなさそうですか?」


「エノテイアだったら私たちはすでに囲まれてるよ。だからガーランドですね。避難民に紛れてここまで入ってきてるのか」


「マルシュさんや、『(そう)』の行方を探っているのでしょうか…」

参道に残してきたイツキ達のことが気がかりになる。


「それも含めての調査でしょうね。練度は悪くはない。ガーランドの諜報部隊も侮れないな」


「常に先手を打ってきたガーランドが、想定外の事態に少し焦っているかもしれません」


「あのテレジアの状況から逃走できるとは誰も思いませんもんね」


「ええ。恐らく計画通りであればあの段階で『争』の発見に至るはずだったと思います。そろそろエノテイアも一連の流れの不自然さに気付いて介入してくるでしょうから、エノテイアの干渉次第ではガーランドはジュラから手を引かなければならなくなるかもしれません」


「ほう、ではテレジアを取り戻すのなら今が絶好の機会だったりして?」


「そうですね。でも…」

 ルイスは顎に指を添えて言葉を飲んだ。


「でも?」


「エノテイアが介入すれば幕引きを継ぐ形になるだけで、むしろ戦は激化するのかもしれません」


「どっちにしろ簡単には終わらないってことですか」


「以前、戦についての論文で読んだ一文があります。”戦は、山を転げ落ちるようなもの。一度転がり始めたら途中で止まることは出来ない。どれほどの怪我を負っても、ましてや死んでしまったとしても、終着点に至るまでは本人にも誰にも止めることは叶わない”」


「終着点ねぇ」


「”人は引き返すことが出来ない。後悔と共に進むしかない。後悔は呪いとなり、心を蝕み、腐らせる。引き返せないと分かっているからこそ、人は膿を出そうと足掻き、そして後悔を繰り返す。故に、人は何度でも争う”」


「執筆者は人の(さが)をよく分かってるじゃないですか」

 ユーリは皮肉を込めて鼻で笑った。まるで自分のことではないか。

 今も体中にまとわりついて蠢いているたくさんの後悔が自らを責め立てているようだ。


「人の性ですか…」

 ルイスは呟いて足元でせっせと餌を運んでいる蟻に視線を落とした。

 この蟻も人と同じように、外敵に襲われれば戦う。当然だ。生き残るために、何倍も大きな相手に立ち向かっていく。

 しかし…、しかし蟻は、生きるために戦いはするが、外敵が去ればそれで終わりだ。家族を失っても、その敵を追って恨みを晴らそうとはしない。平和が訪れれば生き伸びたものだけで再び同じ日常に戻る。

 その一生に不満や疑問を抱えて立ち止まったり、別の一生を送ってみようと考えることはない。ただ日々を懸命に生きて命を繋ぐ。本能に忠実、それだけだ。

 人は、心と本能が別々に存在している。感情が本能を凌駕したり、感情が本能を抑制したりする。逆に本能が感情を上回ることもあれば、感情を失わせたりもする。それは時に正しく、時に間違いを犯す。不安定で曖昧で、とても危うい。

 それが人の性、それが人の業、それが、…後悔…。


「……イス…ー…ルイスー?」


 呼ばれて、ルイスははっと目を見開いた。


「ぼーっとして、どうしました?」

 ユーリが不思議そうに覗き込んでいる。


「…あ…陽が温かくて、眠くなってしまったみたいです」

 ルイスは苦笑いを浮かべた。

 目を瞬かせてこすって見せる。


「……」

 ユーリはルイスをじっと見つめ、ぴくりと眉をひそめた。

 今、一瞬だけ、瞳の奥が深い色を湛えていたような気がする。

「確かに、昼寝日和ですね」

 ユーリは、うーん、と背伸びをする。

 ええ、と言って微笑むルイス。そこに違和感はない。ないはずなのに、何かが引っかかった。今のルイスは、ルイスだったか?

 以前にもどこかでよぎった疑問が再び頭の隅をよぎる。



「そこの二人、待たせた。確認が取れたので入園を許可する」

 門が開かれ、兵士が現れる。


「あ、良かった、思ったよりも時間がかかりませんでしたね」

 ルイスは立ち上がって衣服をはたいた。


「ええ」

 ユーリは浮かんだ疑問を片隅に押しやってルイスの後に続いた。

 入園者の管理のため、許可証を渡され、記名を行う。

 管理書には許可を求めたマルシュ・アイゼンの名と、許可を出したキルリック、そして確認者にレーゲン・オルタンシアと名前が書かれていた。キルリックと言う人物については知らないが、確認者に代表のレーゲンの名が記されているので入園にかなり厳しい制限をかけていることが窺える。徹底しているのはテレジアでの教訓だろうか…。


 重厚な門をくぐり中へ入ると、目の前は更に城壁に覆われていた。二重門式なのだろう。中央と左右に再び内門がそびえ立っている。

 中央が住居部、右手が軍部、左手が農園部と、それぞれの施設も三手に別れて隔てられているらしい。二人は右手の軍部へ案内された。


「レーゲン代表は会議を終えられたのですか?」

 案内をする役人にルイスが話しかけると、役人は頷いて答えた。


「代表方は朝から話し合いを続けていらっしゃいますがあまり芳しくない御様子…。休憩時に書状をお渡ししましたら、お二方を連れてくるようにとおっしゃられまして」


「?」

「何でしょ」

 二人は顔を見合わせた。


 門をくぐり通路を抜けると広場に出た。演習などで使われる広々とした広場だ。

広場は兵士で溢れ返っており、戦の準備があちこちで進められていた。

 鍛冶場らしき高炉のてっぺんからは煙が上がり、鋼や鉄を叩く音が聞こえてくる。

 広場には鎧や剣の手入れをしながらテレジアを取り戻すと息巻いて手を震わせている中年の兵士に、いよいよ初戦が差し迫り緊張のあまり座り込んで水を飲んでいる若い兵士、そんな若者に色々と説いて伏せている老齢の指導官。

 空気はぴりぴりと張りつめていて息苦しさを感じる。


 広場の目の前に建つ司令本部を通り抜け、奥の厩舎の向かいにある留置所のような建物に案内された。

 いくつかの鍵付の扉を抜け、役人は足元に気を付けて、と告げ、薄暗い階段を下へ降りて行く。


「雰囲気ありますね」

 ユーリがどこか楽しげに囁く。


 三人の足音だけが響く地下への階段。

 異様な空気の重さにルイスは唾を飲み込んだ。

 下まで降りきり、すぐ左の扉を叩く。すぐに、どうぞと返ってきた。

「中でレーゲン代表らがお待ちです。私はここで失礼いたします」

 役人はそう言うとお辞儀をして階段をあがっていってしまった。

 ルイスとユーリは顔を見合わせて、扉を開く。


「お邪魔致します」

 恐る恐る中へ入ると、すぐに気付いたレーゲンが振り返った。


「来たか」

 ユーリは室内に視線を滑らせる。

 医療設備が整えられた部屋だ。留置所の医務室のようなものだろうか。

「さっそく護衛の仕事をほったらかして何をしているのかと問いただしたい所ではあるが、ちょうど話がしたかったのでとりあえず不問にしておく」

 レーゲンは小さく笑いながら二人を手招いた。


「このような場所でお話とは?」

 ルイスは不思議そうに室内を見渡した。

 わざわざこんな留置所まで案内するような特別な物がある感じはしない。


「そうだな、まずは…」

 言いかけると、扉が叩かれ、フリンと見知らぬ若い男が部屋へ入ってきた。

 男は長い赤髪に琥珀色の瞳の、テレジアやビシュ参道の人らとは違う雰囲気をまとっている。


「いやーお待たせして申し訳ないー」

 赤髪の男は軽い調子でレーゲンにへらへらと笑った。


「構わないよ」


「おっ?この二人が?」

 男はルイスとユーリに気付いて近付いてくる。

 ルイスの目線まで腰を折ると、男はまじまじとルイスを見つめた。


「何です?」

 ユーリは不躾な様子の男とルイスの間に割って入った。


「おぉ、騎士みたいだ!かっこいいね!」

 男は笑ってユーリの肩をぽんぽんと叩く。


「どちら様ですか?」

 ユーリは努めて冷静に、眼前の男ではなくレーゲンに視線を向けた。


「彼はアサンテ市の代表代理カイリ・ラーマ君」


「どうもー、よろしく」

 カイリはにかっと歯を出して笑うと手を差し出した。


「……」

 ユーリはそれを無視して視線を逸らす。

 見かねて背後からルイスが代わりに手を握った。


「っ、よろしくお願いします。ルイスです、彼はユーリ」


「お?あれ?!男の子?!すごい可愛いからてっきり…。手すべすべだね。髪の色も綺麗だ。年はいくつ?どこから来たの?」

 カイリは握りしめたルイスの手を上機嫌でぶんぶんと縦に振った。


「え、えっと…」

 矢継ぎ早に質問され、ルイスは苦笑いを浮かべる。


「カイリ君」

 レーゲンが呆れた様子で咳払いをひとつ。


「あ、はいはい」

 カイリはルイスの手を名残惜しそうに離すと、ユーリはカイリからルイスを遠ざけるようにルイスを壁側に押しやった。


「フリン、説明を頼むよ」


「はい。貴殿らをこちらにお連れしたのは、テレジアへ侵入してきた王国軍の、人とは思えぬ不可思議な者たちについてお聞きしたいからです」


「あー、あれか。いましたね」

 ユーリはすぐに、知っている、と頷く。


「テレジア奪還の最大脅威になり得ると判断し、その問題をどうするかで会議が行き詰ってしまったのです。私は市庁舎で垣間見た程度で刃は交えておらず、街の様子を見て来た貴殿らにその者たちについて詳しくお教え頂きたい」


「構いませんけど…」

 ユーリは隣の部屋から異様な気配を感じ、ちらりと視線を向ける。


「気付くか。君は感覚がとても鋭いようだ」

 レーゲンは口元をほころばせた。


「まさか、隣に?」

 ルイスは、レーゲンの表情を見てはっとする。


「こちらへ」

 フリンに促され隣の部屋へ移る。

 小さな奥の治療室には、鎖と紐で縛られ身動きを封じられた人が台に横たわっていた。

 革鎧に青い麻の鎧下。テレジアで何人も見かけたガーランド王国の平兵士だ。


「ガーランド兵…」

 ルイスは眉をひそめて呟く。


 視線はどこを見ているのか分からず虚ろで、意識はあるのに特に抵抗する様子はなくただ横たわっている。

 ユーリは男に近づいてその瞳を覗き込んだ。瞳からは生気も魔力も感じられない。店の裏で襲い掛かってきた男と、テレジアで暴れていた者たちと同じだ。人らしい気配がしない。


「テレジアからの難民に紛れていたらしい。問いかけに答えず、縛り上げても反応はなく、様子がおかしいのでひとまず治療室に隔離したとのことです」


「ふむ」

 ユーリは首の頸動脈に触れてみた。

 微かに血液の流れは感じられるが、生きている人間の脈動とはどこか違う。ただ血液が行ったり来たりして漂っているだけのような、そんな不自然な脈動だ。

「確信はありませんでしたがこうして間近で確認してはっきりしました。”これ”は人ではない。すでに死んでいる。街中で私が応戦した時は気絶させるだけで絶命しました。すでに死んでいるから機能が停止させられると自力で復帰することが出来ないのかも」


「そうか、やはり、死んでいるか…」


「何と言う…」

 レーゲンとフリンは視線を合わせて眉をひそめた。


「ねえ、君は、この死体を王国軍が操ってるんだと思う?」

 カイリがユーリの考察に感心した様子で問いかける。


「いいえ、操れてはいませんね。テレジアでは兵も何も関係なく無差別に襲ってましたから。一つの指示を実行する程度かと。思考することが出来ないからこうして指揮系統が存在しない状態になると何もしなくなるんだと思いますよ」

 ユーリはただそこに横たわっているだけの”それ”を指差した。


「何にせよ、王国軍が利用しているのは間違いないか…」

 レーゲンは頭を抱えてため息をついた。


「そういえば…」

 ふと、考え込んでいたルイスがはっと顔をあげる。

「私たちが政務室に着いた時、リーンさんが”化け物だらけの中”と言っていました。私たちが見かけた同じ状態の方の中には王国兵だけではない、テレジア市民も混ざっていたように思います。もしや、王国軍は彼らも兵力として…?」

 ルイスはユーリに襲い掛かって来た男のことを思い出していた。

 彼は間違いなく王国兵ではなかった。ジュラ国民の可能性が高い。


「そう!まさに、話し合いが進まない理由の一つ。君は可愛いだけじゃなく頭も良いんだなぁ」

 カイリはルイスを称賛するように片目を瞑って目配せした。


「……」

 その視線を遮るようにユーリは立ち位置を移動し、カイリを一瞥する。


「いかにテレジアに攻め込む手はずが整ったところで、そこに待ち受けているのが王国兵ではなく死体となった隣人かもしれないとなると話は変わってくる。連合軍の中には家族や知り合いがテレジアにいた者は多くてね」

 レーゲンはいたたまれない表情で王国兵を見据えた。


「となると、やっぱりこれを何とかしないとですよねー」

 カイリも眉をひそめて腕を組む。


「あれから王国軍に動きはありますか?」

 ルイスは背後にいるフリンに尋ねた。


「はい、テレジアの指揮を少将に一任し、王太子は王城グランシュに帰還したと報告が来ています」


「連合がテレジア奪還に動き出すかもしれないこの状況で…?」

 おかしい。

 『争』の露見に必死にならなければいけないはずのこのタイミングで、中将と総指揮を兼任するはずの王太子がグランシュに帰還?

 本国で何かあったのか、もしくはこれから何かあるのか…。


「私たちが簡単には攻め込めないだろうと予想して高を括っているようにも見えるし、次の一手を講じようとしているようにも見える」

レーゲンは瞳を閉じて腕を組んだ。


「これについてもガーランドの動向についても、調べてみないことには事を急いて攻め込むのは得策じゃないですよ」

 カイリはお手上げと言った様子で両手を挙げて見せる。


「ではやはりあの案しかないか」


「ま、そうなりますね。時には危険も冒さないと地の利は得られないもんだ」


「危険?まさかテレジアに単身乗り込むとか?」

 ユーリは興味深げに二人の会話に割り込んだ。


「いや、それはさすがにムリ」

 カイリはきっぱりと言い放つ。


「…では、ガーランドに潜入するのですね?」

 すかさずルイスが言うと、カイリはどこか楽しそうに、正解!と手を叩いた。


「どうやって?国境の橋は封鎖されてるし、川を渡るなんて言いませんよね」


「船でセンジュ湖…は、以前から警戒網は厳重…北のヒショウ山は論外ですし、南のヤラマ峡?…アランドールとガーランドの国境は封鎖されているのですか?」

 ルイスが閃いてカイリに視線を送ると、カイリは満足そうに微笑んで目を輝かせた。


「んー!良い目の付け所!閃いた顔もかわいい!」


「なに、封鎖されてないの?先に言ってくださいよ」

 ユーリは冷やかな視線でカイリを睨む。


「まあまあ、封鎖されていないわけじゃないのよ。ただあそこはー…」


「カイリ君、しゃべりすぎ。彼らはマルシュの姪子が雇う護衛なのだからね、あまり機密情報を漏らさないように」

 レーゲンがカイリを嗜めるように言葉を遮った。


「え、この子が護衛なの!?そのなりで?ふーん、おもしろいなー。あ、ってことは、俺が雇うのもあり?今はいくらもらってるの?倍出すから俺の護衛はどう?」


「「なし」」

 レーゲンとユーリがそろって答える。


「揃えて即答!」


「…はあ、所で護衛の君たちは何をしにここへ?」

 レーゲンは疲れた様子で息を吐いた。


「仕事の一環としてですよ。こちらからも動けるよう、ガーランドの動向を知っておく必要があると判断して情報を集めに来たんです」


「ほら、利害が一致してる。やっぱ俺に雇われるべきだ」

 カイリが一人でうんうん、と頷く。


「雇うと言うが、カイリ君は彼らを同行させたいのかね?マルシュの信頼は厚いようだが、私も詳しい素性を知らぬ者たちだ。君など初対面ではないか」


「だから良いんじゃないですか。レーゲンさんだから言うけど、俺は連合でうちのじいさんとあなた、あとマルシュ代表以外は信用してない。代理出席した俺にだって連合の結束が一枚岩じゃないことぐらい分かります」

 カイリはこれまでとは違う真剣な表情でレーゲンを見据えた。


 レーゲンはそれを険しい表情で返す。

「… カイリ君、それを私以外の前では決して口にしないように…」


 ルイスとユーリは二人のやりとりに驚いて視線を合わせた。


「フリン、今何時だ?そろそろ会議に戻らねば。ともかく、この化け物…いや、仮に”獣”と名付けようか。”獣”の対処をどうするかも含めて今一度話し合わねばならないから我々はこれで失礼するよ。君たち、貴重な意見をありがとう。軍部には長時間滞在出来ないから住居部への滞在許可の手配をしておこう。好きに周ると良い」

 そう言ってレーゲンはフリンに目配せした。フリンは部屋を出て待機所の役人を呼びに行く。


「ありがとうございます」

 ルイスは小さく頭をさげた。


「えー?またあの延々先に進まない話し合いするんですか?俺も参加しないとだめ?ルイス君たちと居住部へ行きたいなー」

 カイリは不貞腐れて文句を言いながらルイスの背後に隠れようとする。


 「だめ。アサンテ代表の顔に泥を塗りたくないならもう少しだけ我慢しなさい」

阻止するようにレーゲンはカイリの腕を引っ張った。


「へーい」

 扉の締まる際、カイリは顔だけこちらへ向けて声を出さずに唇を動かし何かを伝えてきた。そして、にっこりと微笑んで手を振る。


「今、何と言っていたか分かりますか?」

 ルイスは目をぱちくりとさせてユーリを見上げる。


「”住居部の壁際にある花園(はなえん)で待ってて”だそうです」


「花園ですか」


 ほどなくしてフリンと役人が戻ってきて、二人は留置所を出て再び入り口の門まで案内された。フリンとはそこで別れ、渡された許可証を持って今度は住居部へ移動する。



 居住部は、農園と軍事に従事する者の住居のみが規則的に建っており、市内のような華やかさや賑わいはあまりない。今はベリゴール市が避難民で溢れているためにこちらにベリゴール市民が一部移転しているようで、人は多いが気持ちの面で活気があるとは言えない雰囲気だった。

 住居部と大農園を隔てる石壁沿いに造られた花園に着くと、暇を持て余した子供が木登りや花摘みなどをしていた。近くにはおしゃべりに夢中な母親たちの姿もある。


 二人は木陰に備えられた長椅子に腰かけて一息ついた。

 ルイスは入り口の配給所でもらった軽食の包みを広げる。

 中身は丸いパンのようなものと、デザートの蜜柑となかなか豪華だ。パンには採れたての野菜や香辛料と炙った肉が挟んであり、エノテイアでも昼によく食べるサンドウィッチに似ている。

 蜜柑はエノテイアには()らない果物だ。温暖で日照時間の長い場所でしか栽培出来ないため、エノテイアでは他国から仕入れなければ手にすることが出来ない。

 仕入れても運ぶ際に痛まないよう加工されていることがほとんどで、更にはルイスの目の前に出る時にはケーキやゼリー、焼き菓子などに調理された状態になっているため、皮に包まれた生のままの蜜柑を手にするのは生まれて初めてだった。


 ルイスはユーリが蜜柑を食べる様子を興味深げにまじまじと見つめる。


「そのままの状態で見るのは初めてですか?」

 ユーリは最低限の栄養補給として蜜柑を義務的に口に運ぶと、丸い房から一つとってルイスに見せた。


「はい!図鑑で絵を見たことはあるのですが」

 自分も蜜柑を手に取って、ユーリがしていたように真似て皮をめくる。

 めくった皮からすっきとした甘い蜜柑の香りが漂ってくると、ルイスは目を輝かせた。

「!こんなに瑞々しいのですね!あ、指まで蜜柑の香りが」

 自分の指先の匂いを嗅いで顔を綻ばせる。


「皮はとって置いて後で乾燥させましょう。薬にもなるからね」


「はい!」

 嬉しそうに答えるルイスに、ユーリはにっこりと微笑んだ。



 食事を終え、心地の良い風を感じてルイスは瞳を閉じた。

 子供たちの楽しそうな声に、花や木々、蜜柑の皮のすっきりした爽やかな香り。とても戦の最中とは思えない穏やかな時間が流れている。

 この地はとても温かい。自由で豊かであるが故に、町にも自然にも人々の心の温かさが満ちているのが分かる。

 多かれ少なかれいざこざもあるだろうが、それでもこの国の人々は基本的に穏やかで争いを好まないと言うことがつぶさに感じられた。


「そう言えば、カイリさん…、彼はアサンテ市の代表代理とのことでしたが、他の連合の方々とは少し違った雰囲気がありましたね」


「んー、話方に少しだけ聞きなれない訛りがありました。私に読唇が通じると判断して伝言していくわけですから、ただの代表代理と言うわけではないでしょうね」


「ガーランドへの潜入についても気になりますが、連合が一枚岩ではないと言っていたことが気になります…」


「そう?民主主義ですからね、そう言うこともあるでしょ。それぞれ考え方の違う人間が集まってるわけですから、長所もあり短所もある」


「それは、そうなのですが、状況的に同じ方向を向いていないといけないはずなのに…」

 ルイスは息を漏らした。


「わあぁ!あのひときらきらしてるよー?!」

「おひさまみたい!ねえねえ、おかあさんみてみて!」

 ふと、突然子供たちの歓声が聞こえてくる。何だろうと二人が視線を向けると、子供たちとその母親がこちらを見ていた。

 一人の子がルイスを指差して眩しい笑顔を向けている。


「何でしょう?」

 ルイスは不思議に思いながら、子供に手を振って微笑んだ。

 子供は嬉しそうに手を振り返す。


「まあ…綺麗だけど、金髪なんて初めて見るわ…」

「他国からの旅人?こんな時に入園が許可されたの?大丈夫なのかしら」

 無邪気な子供たちと違い、母親たちの素性を怪しむひそひそ声に、奇異の眼差し。


 ユーリはルイスと子供、そして母親たちを順に見た。

 子供たちは純粋にルイスの金髪が物珍しく、綺麗だとはしゃいでいる。しかし母親たちは違う。本来ならあるはずない色が自らの領域に存在していることに不安を感じているのだ。

 暗く濃い色の髪色の多いこの国では確かにルイスは目立つ。陽の光を浴びればその美しさも輝きも、より一層のものとなり注目を浴びてしまう。旅人を装っていれば自然に誤魔化せると思っていたが、戦中になってしまうとむしろ悪目立ちしているようだ。


「うーん、外で見ると神々しいなぁ!」

 先ほども聞いた声が何とも言えない空気を一掃した。

「やあ、おまたせー。あれが君に通じて良かった」

 声の方へ顔を向けると、カイリが手を振りながらこちらへ歩いて来るところだった。


「あ、カイリの兄ちゃんだ、おかえり!」

「おはなし終わったのー?」

 子供たちが一斉にカイリの傍に駆け寄ってくる。


「よー、ちびっこたち、相変わらず暇そうにしてるなぁ」

 カイリはしゃがみこむと一人ずつ顔を確認して頭をぽんぽんと撫でる。


「そう言えばいま配給で余った蜜柑を配ってたぞ。無くなる前にもらってきな」

 カイリは立ち上がると門の方を指差してにかっと笑った。


「え!ほんと?!おかあさん、いこ!」

 子供が母親を呼んでわーっと一斉に駆けて行く。

「あ、こら待ちなさい!代表代理、失礼しますね」

 母親たちは苦笑いを浮かべながらそそくさと子供たちを追って行った。


「子供たちと仲が良いのですね」

 ルイスは手馴れた様子にくすくすと笑った。


「下に弟妹が多くてね、ちびには慣れてるんだ」

 カイリはそのままルイスの横に腰を下ろす。


「話し合いはいかがでしたか?」


 ルイスの問いにカイリは両手を挙げて見せた。

「ぜんっぜん、もう堂々巡り。付き合いきれないからレーゲンさんに任せてお腹痛いって逃げて来た」

 カイリは悪びれも無く何でもないことのように笑った。


「しかし、本当に綺麗だね。両親も金色の髪なの?そういえば歳を聞けてなかった」

 カイリは眩しそうに目を細めてルイスの髪をとって指先で梳く。


「っえ」

 ルイスはびっくりして体を後退させた。


「貴方、いきなり失礼ですよ」

 ルイスの背を抱きとめると、ユーリは身を乗り出してカイリの指先をはたいた。


 ユーリにぎろりと睨まれ、カイリは目を瞬かせた。

「おぉ、ナイト君がいるのを忘れていた!ごめんごめん、驚かせちゃったね。あまりにも綺麗だからもしかしたら幻なんじゃないかと気になっちゃってさぁ」


「い、いえ…。それほど珍しい色とも思えませんが…」

 ルイスは不思議そうに自分の髪をつまんでみた。父親であるエリオスも同じ色だし、ましてやエノテイアであれば貴族などみんな金髪だ。他国では珍しいと言っても決して一人もいないと言うわけでもないだろうに…。


「そりゃあ、エノテイアにはたくさんいるんだろうけど、君のは特に。光を吸い込んでるみたいだ。白金にも近いよね。エノテイア人でも随一って言われない?」

 カイリは含みを込めてじっとルイスの瞳を見つめる。


「どうでしょう?エノテイアのことは分かりません」

 ルイスは小さく微笑んで冷静に返した。

 軽い会話で探りを入れて出自を暴こうとしているのだとすぐに分かった。


「つまらない探りを入れるだけなら帰りますよ」

 ユーリはうんざりした様子で立ち上がると冷たい視線でカイリを見下ろした。


「あー!そう怒らないで。俺としても君たちを正式に雇う前に少しくらい素性を探っておきたいのよ」


「あれは本気だったのですか?」

 ルイスは驚いて目を瞬かせる。


「もちろん!彼はとても腕が立ちそうだし、ルイス君は頭が良いしかわいい。ぜひ横に連れて歩きたい!」


「……」

 ユーリは顔を引きつらせて静かに椅子に座り直す。


「あまりかわいいと褒められましても素直に喜べないのですが…」

 ルイスはうーんと眉をひそめる。


「ああ、そうだね、ごめん、男の子に失礼か。でも何と言ったらいいかなぁ?美しい?これも変か?ねえ、ナイト君、かわいい以外にどう表現したらいいと思う?!」


「そのナイト君ってのやめてください。私は貴方のナイトではない」


「それもそうだ、じゃあ何て呼ぼう。ユーリ君?て言うか年上?ユーリサン?」


「呼び捨てで結構」


「あ、いいの?じゃあユーリ。君のこともルイスと呼んで良い?俺のこともカイリって呼んでくれて良いからさぁ」

 カイリは屈託なく笑い、自分を指差した。


「はい、私も呼び捨てで構いません。カイリさんと呼ばさせて頂きます」


「えー?!何で?!ユーリのことはユーリって呼ぶのに?!」


「カイリさんは代表代理です。私たちはただの護衛ですから、呼び捨てと言うのは少しおかしな気がします」


「じゃあ代理やめる。どうせ今日の話し合いまでの約束だったし。俺が君たちを雇って呼び捨てを命令するなら言える?」


「えぇ?!」

 ルイスは困惑してどうしようとユーリを見上げた。


「貴方、結構面倒臭い人ですね」


「ふふふ、俺のこと分かってきた?俺はしつこいんだ。一度口説くと決めた相手は絶対に落とすまで諦めない」

 カイリは得意げに胸を張ってみせる。


「はあ?何の話してるんですか」

 ユーリは会話になってない、と、呆れて大きなため息をついた。


「てことで、契約成立で良い?マルシュ代表には書状を出しておこう」

 カイリは懐をまさぐってすでに用意してきたマルシュ宛ての書状を取り出した。

 そこには護衛の又貸し契約の同意書のような不穏な内容がしたためられている。


「ちょ、ちょっと待ってください、私たちは…!」


「君たちにとっても良い機会じゃないの?ガーランドに行かなきゃ本筋は掴めないとは思ってたでしょ?あの”獣”のことだって、俺は『(つるぎ)』が絡んでると確信してる」


「「!!」」

 ルイスとユーリは驚いて目を見開いた。


「確信してる理由はまだ話せないけど、知りたければ情報交換も報酬につけるよ。護衛として付いてきてくれるなら俺が持ってる情報は隠さずに提供すると約束しよう」


「ユーリ…?」

 ルイスは返答に困ってユーリを見上げた。


「情報ねぇ」

 ユーリはじっとカイリの瞳を見つめる。

 唐突に『剣』の名前が出たのでもしや、とも思ったが、印持ちではないようだ。魔晶の類の気配は一切感じない。ユーリのように隠している感覚の”ない”とも違う。単純にここまでの顛末を考えた結果、『剣』の関与を導き出したのかもしれない。


「へー、ルイスに決定権があるわけじゃないんだ?君たちの関係性にも俄然興味が湧いてきたなぁ。…んー…じゃあ、こうしよう!俺の素性を少し明かす。その上で決めても良い」

ルイスが答えずにユーリの意見を待っている様子を見て、カイリはそれまでのふざけた様子と打って変わって真剣な眼差しで二人を見据えた。


「…良いですよ、どうぞ」


「機密事項だから口外はしないでくれよ。俺はアサンテ市代表の代理でここへ来たけど、実はアサンテとは無関係。仲の良い代表のじいさんに用があったついでに代理で出席したいって俺が頼んだだけ。この戦についてもう少し詳しく知りたくてね」


「……」

 つまり、どこぞの国の回し者と言うことか?

 ユーリは目を細めた。

 これ以上は関わるべきじゃない。ルイスの身の安全を考えれば彼は間違いなく危険な気がする。


「因みにどっかの国の密偵じゃなくてレーゲンさんも知ってる素性のしっかりした人間だから安心して。どうする?俺は君たちを雇えても雇えなくてもガーランドへは潜入するつもり。この戦は二国間だけじゃすまないと思うから。打てるだけ手は打つ」

 そう語るカイリの瞳をルイスはじっと見つめた。

 瞳の奥には、決して揺らぐことのない炎が揺らめいているように見える。確固たる強い意志だ。

 揺るぎない意志の強さはその人の本質を現す、と以前にエリオスに教えられたことを思い出す。


「…よく分かりました。ユーリ、行きましょう」

 ルイスは頷いてユーリの方へ振り返った。


「はい…って、え!?ガーランドに行くの?まじ?!ちょっと危険だなって私は思ってるんですけど」

 ユーリはルイスの返答に驚いて肩を掴む。


「ベリゴールへ来たことで分からなかった事情や現状を多少知ることが出来ましたが、このままジュラ側から見ていても物事を全体で捉えることは出来ないと思います。現状を把握したと言っても結局はある一部分でしかありません」


「いや、そうだけど…でもねえ、ルイス、もちろん分かってて言ってるんでしょうが、ちょっとガーランドはさすがにまずくない?」

 前にもこんなやり取りをした気がする。

 ユーリはあの時のルイスを思い返して、きっと説得は出来ないだろうな、と思いながら一応試みてみる。


「ユーリの心配は分かります。むしろ、今だからこそガーランドは安全かもとも思いました」


「は?どういうこと?つまり…。いや、待った。カイリさん、明日まで返事は待ってもらえませんか?」

 ユーリは背後のカイリに視線を送る。これ以上ここで問答するのは良くない。


「ん、分かった。どうせ今日はまだ帰れないし、良い返事が聞けそうな気がするから明日の朝の出立まで返事は待つことにしよう」

 カイリは確信したように満足そうに微笑んで立ち上がる。


「あ、俺は一番奥にある緑の屋根の宿舎に泊まってるから。ルイス、一人寝が寂しくなったらおいで」

 そう言ってカイリはルイスの髪を再び梳くと、手を振って去って行った。


「寂しいって…子供だと思われているのでしょうか」

 ルイスは意味が分からずに首を傾げる。


「そもそも私がいますけどね」

 ユーリは顔を引きつらせて息を吐いた。


 カイリが去った後、ほどなくして子供たちと母親たちが戻って来た。

 これ以上花園にいても話が続けられないと判断し、二人はレーゲンが用意してくれた来園者用の宿泊施設へ向かうことにした。



 宿泊施設はベリゴールから移転してきた市民も泊まっているらしく混み合っていた。食堂は配給用の食事を作るために閉鎖されており、各自部屋でとることになっているようで先に箱入りの配給品を手渡された。

 静かに部屋で食事が出来るのはありがたいが、すでに完成して時間のたった料理を食べねばならないのは少々残念だ。

 マルシュから、ベリゴールの食事はジュラ(いち)の美味だと聞いていたからなおのことである。


 まだ陽も沈んでいない早い時間なので。二人は今の内に汗を流しに掛け湯をすませ部屋へ戻った。

 もうこの後は眠るのみなのでルイスは肌着になって衣類の汚れを丁寧に落とした。

 洗濯など今まで一度もしたことはないが、給仕や使用人の仕事をたまに見学させてもらっていたので手際は悪くない。綺麗になるのが楽しくなってきて、鞄や靴も拭いてみる。

 ユーリはその様子を微笑ましく見ながら、刀の手入れを行った。



 ルイスの作業が一段落したところで、ユーリは花園での話の続きを始めた。

「さっき、ガーランドは安全かもって言ってましたけど、エノテイアはどう動いてると予想してるんです?」


「時間的に考えて、追跡隊はガーランドに調査の説明を行い協力関係の締結を済ませていると思います。ガーランド側に自国であれこれ嗅ぎまわられたくない『剣』の事情があると想定すれば追跡隊を外へ出すために本当でも嘘でも、私たちが出国した可能性を示しているはずです。国境で目撃した者がいるとか何とか、どうとでも作り話は出来ますから」


「そんなこと信じる?ガーランドが何て言おうともアランドールへ出国した可能性も考えますよね?」


「そうですね、少し賭けの要素もあります…。地の利を得るには、とカイリさんが言っていましたがまさにその時なのではないかと思いました」


「うーん。確かにガーランドの状況を知ることでこの戦の本来の目的もはっきりするし、エノテイアの追手の動きも多少把握は出来るでしょうが…」

 ユーリは腕を組んで考え込んだ。


「そもそも情報を得ることを言いだしたのは私なのでそこまで反対するつもりはないですが、一つ条件を付けさせて下さい」


「はい。以前も同じようなやり取りしましたね」

 ルイスはくすくすと笑いながらどうぞ、と答える。


「カイリさんと絶対に二人だけにならないこと。基本、私といるようにね」


「?何故です?」


「何故って…あの人は危険な気がする」

 ユーリはカイリの言動や行動を思い返して顔をしかめた。


「素性が分かるまで信用してはいけない、と言うことですね」


「それもあるけどー…いや、もう、それで良い。そもそも私から離れないってのは前の条件にも出してますし。そう言うことです、良いですね?」


「??はい、覚えておきます」

 ルイスはよく分からない様子のまま納得して頷いた。



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