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幻想の晶  作者: 詩乃なかば
一章
19/31

 ・番外

 

 エノテイア聖堂国  大聖堂 中央塔ー政務室



 ミハイルは政務室に入ると、すでに席に着いている三人を見渡し、軽く会釈をして席に着いた。

「お待たせいたしまして申し訳ございません。先日、ご了承を頂きました調査員の派遣の件についてですが…」


「申請書は読んだ。何だってアシュフォード宰相自ら調査しに行くのさ?自分の立場を分かった上で申請してるんだよね?」

 アトラは肘置きに左手をついて苛立たしげに調書の紙を机に投げた。


「承知しておりますよ。だからこそではありませんか。父が宰相の任を降り、私が継いだことを友好国であるガーランドへ書面のみで済ますわけには参りません。オルガノ王とは良好な関係を築いていたと聞いておりますので、私がその関係を継続するため挨拶に出向くことは重要な事項と判断した上でのことです」


「なるほど、理解しました。ミハイル卿は挨拶を名目に自らの目で視察したいと言うことですか。国王相手に謁見ではなく挨拶と言う言葉を使う所が実にあなたらしいことではありますが」

 セレオは皮肉を込めてくすくすと笑った。


「『政庁の最たる役目は我が国の栄華、繁栄を追求した外交である故、友好関係の構築とあらばアトラも反論は出来まい』」

 ヒイラギとセレオにも窘められ、アトラは苦虫を噛み潰したような顔で溜息をつく。


「はぁー、二人はどうにもミハイル卿に甘くない?君の言い分は理解出来たけど、それに加えて『(しん)』の国外持ち出し許可ってのは?」


「あらゆる手間を省いた最善策です。職務は表向き、真の目的はガーランドの現在の内情を明らかにすること。調査員を派遣し、報告を待ってから次の指示を出すなど時間と労力、人員の無駄です。私が自ら出向くことでその場で判断し対処が可能ですし、オリクトを所有していくことでガーランド側も最高儀礼として譲歩せざるを得なくなります。将位殿を派遣するとなればそれなりの理由も必要になりますが、私が挨拶を含めた外遊程度の視察であれば外交的にも問題ないでしょう。異論があればどうぞ」


「はー…ないよ。君は本当に頭が良くて腹が立つな」

 アトラは負けを認めたように両手を挙げてひらひらとさせてみせた。


「褒め言葉として受け取らせて頂きます。オリクトの所有、二庁からの許可を頂けたということでよろしいですか?」


「はいはい、もう好きにして」


「僕も異存はありません。『深』は元々アシュフォード家に馴染むオリクトで代々管理を任せていたもの。メンヒス殿の体調を考慮し大聖堂で一時預かりしていただけでミハイル卿の就任に合わせて返却する手筈は整えていますからすぐにもお渡しできるでしょう」


「セレオ将位のご尽力に感謝申し上げます」

 ミハイルは瞳を閉じて小さく頭をさげた。


「あ、そうだ。一つ、ぼくたちから頼みたいことがある。ガーランドに連れて行く護衛だけど、うちから出向させたい」


「…構いませんが、何か理由が?」

 ミハイルは冷やかな視線をアトラに送った。


「北都ロアンの辺境貴族に毛色の変わったのがいてさ」

 アトラは紙の山を掻き分けて、魔晶庁の印章つきの調書をミハイルに渡した。


「ああ、例の『()』に適応しない子ですか」

 セレオは納得したようにふむふむと頷く。


 ミハイルは調書に視線を走らせながら眉をひそめた。

「レイシェン…、ダニア家の養子ですか。『環』の因子を持たない他国生まれであれば従属が難しいことはお分かりでしょう。承知で養子の受け入れを許可したのでは?」


「そうなんだけど、異常な魔力数値を叩き出したもんだからやっぱりうちで管理する方が安全って判断を出したの。で、最近はっきりして来たんだけど、どうやら『環』に対して自己防衛が働いて根を無効化にしてるみたいなんだよね」


「…自己防衛ですか…確かに変わっていますが、オリクト相手に無効化とは我が国への脅威ともなり得る案件ではありませんか。それをガーランドの調査ついでに連れて行けとは一体どのような思惑があるのですか?」


「そこね。脅威になり得るでしょ。だからこそ掌握しておかなきゃならないし、国内に収めておかなきゃならない。詳しく調べようにも根のあるエノテイア国内では限界があるし、『環』の直近にいる僕らじゃ有効な手立てもない。要するに、調べるにも僕らでは手が出ない状態なわけ。だから君に国外へ連れてってついでに調べて欲しいんだよね。面倒を押し付けるわけじゃないよ?転声魔晶を扱えるから伝令としても優秀だし、それなりに役に立つと思うけど」

 アトラは満面の笑みを浮かべる。


 拒否権はなさそうだな、とミハイルは納得してため息をついた。

「…分かりました。脅威となるか否かは私の判断により、対処も任せて頂けると言うことで宜しければお引き受け致しましょう」


「もちろん対処も任せる。基本は素直で従順、多少変わってるけど頭の回転も速いから君の邪魔にはならないはずだよ。詳しい資料はこれね。一時間後に君の屋敷に出向させる。あ、少しくらいの欠損はやむなしだけど生きて返してね、大事な検体だから」

 アトラはそう言ってミハイルに分厚い書類を手渡した。


「善処いたします」

 ミハイルは押し付けられた厄介ごとに、深くため息をついて資料を受け取るのだった。




 ・・・


 ジュラ連合国テレジア市 近郊 ( 王国軍野営地ー王族専用テント )


 椅子に腰かけ、オレドは考え事を巡らせていた。

「殿下、よろしいでしょうか。フィブリオ特務が帰還いたしました」


 テントの外からフランツに声をかけられオレドは瞳を開いた。

「入れ」

 一呼吸おいて足を組み直す。


「失礼いたします。オレド殿下、御無沙汰しておりました。リーン・フィブリオ特務。テレジア潜入任務を完遂し、王国軍へ復帰いたします」


「リーン、長期任務ごくろうであった。テレジアがこれほど簡単に制圧出来たのもおまえの働きあってのものだ。この度の功績を称え、おまえに小将の位を授けるものとする。通達は追って出す。まずは一度グランシュへ帰り体を癒してくるとよい」


「!有難きお言葉、身に余る御高配、恐悦至極に御座います。しかしながら、私はすぐにも前線に立ち殿下のお役に立てる準備は整っております。代表のマルシュとフリンを取り逃がした失態、どうか取り戻す機会を私にお与えくださいませ」

 リーンの訴えに、オレドはふむ、と息を吐いた。


「失態か。その件については報告書を読んだ。やつらを手助けしたと言う外国風の二人連れだが、フランツが市内で追跡を受けたと言う二人連れに違いないか?」


「はい、風体が合致いたします。西国の太刀を携えた男については、身のこなし察知能力、例の獣も一撃でいなすほど、只者ではありません。リーン一人での対応は困難であったと思われます」

 オレドの横に控えていたフランツはテレジアで遭遇した若者のことを思い出す。


「…確かに、あの男が私でも敵うかどうかの手練れであろうことは雰囲気からも推察できました。故に、その者どもの調査も兼ねて私に挽回の機会を…!」


「リーン、くどいぞ。殿下はテレジアでの任務を終えたおまえの心中を労り、墓参りをして来いとおっしゃられているのだ」

 フランツは食い下がろうとしないリーンにきつい口調で言い放った。


「っ」

 リーンは、はっとして言葉を飲み込む。


「気持ちは分かるがそう焦るな。おまえを責めてグランシュに帰そうと言うわけでは無い。数日後にエノテイアから新しく就任した宰相が国王に挨拶に来る。俺も一度グランシュへ戻るが、おまえにはフィブリオ家の家長として先だって国境へ宰相の出迎えを命じる。宰相との謁見、晩餐会を滞りなく済ませた後、前線への復帰とする。それまでは休暇だ」


「はっ。かしこまりました」

 リーンはオレドに深々とお辞儀をしてテントを後にした。


 足早に厩舎へ向かうリーンの後をフランツが追う。

「リーン、待て。任務満了と昇格祝いぐらい出来るだろう?」


「…フランツ、おまえは相変わらず余裕なことだ。俺はアイゼンの元で長い苦痛と屈辱の日々を耐え抜き、ようやくフォブリオ家として恥じぬ位置まで戻ってこられたと言うのに。…なのに、あの…」

 リーンは怒りに震えながら眉をひそめて俯いた。


「何かあったのか?報告書を読んだが、西国の男には妨害されなかったのだろう?おまえがフリン程度に後れを取るとは思えないが」


「……」 

 リーンは何も答えずに馬の手綱を握り締めた。

 怒り憎しみ、それだけではない何か言い尽くせぬ複雑な思いが去来しているように見える。


「場所を変えよう。私のテントへ」

 フランツは黙ったままのリーンを連れ、野営地の隅にある自分のテントへと向かった。



 二人は向かい合わせの椅子に腰かけ、フランツは慣れた手つきでワインボトルを開ける。

「ガーランドのワインは久しぶりだろう」

 手渡したグラスにたっぷりと注ぐ。


「あぁ」

 リーンは懐かしそうに目を細めて眺めた後、味わうでもなく一気に飲み干した。


「明日は馬車を手配してやるから気にせず飲め」


「あぁ」

 リーンは再びグラスの中身を一息で煽り、フランツからボトルごと奪い取った。


「おいおい。私の分まで飲む気か」

 フランツはやれやれとため息をついて新しいボトルを取りに行く。困ったものだ、としながらも、久しぶりの旧友とのやり取りに自然と笑みがこぼれた。


「…姉さんに、子供がいた…」

 リーンは乱暴にグラスを机に置くとぽつりと呟いた。


「っな、…に…?」

 フランツの手からボトルが滑り落ちる。

 ボトルはごろごろと絨毯の敷かれた地面を転がった。

 リーンは立ち上がってボトルを拾い上げる。


「…それは、本当なのか…?」


「分からない。アイゼンの言ったことだ、信用など出来るものか。瞳の色も、髪の色も違う」

 リーンは椅子に座り直すとボトルを開けてフランツのグラスに注いだ。


「それで…おまえは躊躇ったのか…。何か、思い当たることがあった、感じることがあった、そう言うんだろう?」

 フランツは信じられないと言った様子で、足元をふらふらさせながらどうにか椅子に座った。


「分からない…。姉さんに似ていたかと言われれば確かに似ていたように思う。だが俺は冷静さを欠いていた。そのせいで、似ていると錯覚しただけかもしれない」


「ロスターの、どちらだ?妹の方か?」


「いや、弟だ。女は妹ではなく姉だった。姉はアイゼンの姪だ。弟の名はイツキ、歳は十五。ちょうど…事変と同じ年だ」


「年齢など、ある程度はどうにでも誤魔化せるが…。オレド殿下にはお伝えしたのか?」


「はっ、まさか!言えるはずないだろう!殿下に何と説明する?姉さんにアイゼンとの子供がいたと?!それが王太后陛下暗殺の首謀者かもしれないと言えとでも?!!」


「落ち着け。まだ確定したわけではない。これは詳しく調べてみる必要がある。俺はテレジアで何か情報が得られないか探してみよう」


「そうだな…俺はグランシュで、医療軍人としてテレジアに派遣されていたらしいやつらの養父について調べてみる。元軍人であれば何か資料が残っているはず」

 フランツになだめられ、リーンは椅子に座り直した。

 グラスの中身を煽り、大きく息を吐く。


「医療従事であれば国防軍の所属か。クライドがグランシュに戻っていれば詳しい話が聞けるかもしれん。ロスターの姉弟については調査隊が組織されてあいつが隊長として動いていた」


「クライドか、懐かしいな。軍学校の専属クラスで別れて以来だ。フランツとクライドどちらが強いか、夕飯を賭けて勝負したのを覚えているか?」


「覚えているも何も、夜まで決着がつかないものだから、しびれを切らしたおまえが割って入ったあげく勝ち宣言をすると言う意味の分からない結果になったあれだろう」


「あれは傑作だった。疲れ切ったおまえたちを叩きのめすのは赤子の手をひねるようなものだったからな。思えば俺はあの時、特務クラスに入るのを決めたんだったなぁ」

 リーンはグラスを傾け、昔を懐かしむように低く笑った。祝杯のワインに旧友との昔話は最高のつまみだ。


 そうして夜はゆっくりと静かに更けて行った。



 ・・・


 エノテイア聖堂国 エノテイア聖堂国 南ヒショウ門ー関所手前


 三庁会議から二日後。

 エノテイア聖堂国の御用車に揺られながら、ミハイルは道中ずっと考え事を巡らせていた。

 間もなくエノテイアとガーランドの国境に到着すると御者に声をかけられ、考え事を止める。

 馬車の小窓に掛けられた遮光カーテンを指で軽く上げ外の様子を確認すると、馬にまたがる見知らぬ青年の後姿が目に入った。

「?」

 黒紅色の髪。エノテイアでは異端としか言いようのない見慣れない色に、しばらくふわふわと揺れる髪を眺めた。

 見たことのない髪色からして、恐らくアトラに押し付けられたダニア家の養子レイシェンと言う青年だろうと納得してミハイルはカーテンを閉めた。

 アシュフォード邸に出向してきたレイシェンとは挨拶はおろか、顔さえも合わせていない。手続きや準備などはすべて執事に任せ、ミハイルは不在の間の引き継ぎや人員の手配、配置などの政務に追われ時間をとれなかったのもある。

 準備ついでにミハイルが先に出発したため、レイシェンは追いつくために早馬を走らせてきたのだろう。

 ミハイルはため息をつくと、置いたまま見てもいなかったアトラに渡された資料を手に取った。


 ”レイシェン・ダニア。北都ロアンに住む末席の貴族、ダニア家の養子。推定二十歳。”

 ”十数年前にロアン沖で発見された難破船の生存者。頭部の強打による記憶障害と年齢退行の兆候が見られる。”


 そこまで読んでミハイルは再びため息をついた。更に読み進める。


 難破船の調書によると、外装の様式から西の大陸からの貿易船と思われたが、どこの国を調べても該当する船籍がなく、西国が勘ぐられたくない事情があって知らないふりをしているか、賊が盗んだ船を使って密輸をしていたかのどちらか、と言う結論で早々に調査は打ち切られている。

 レイシェンは当初、バリアントの養育施設に預けられることになっていたようだがダニア家が養子にしたいと言い出したことで国法を揺るがす大問題へ発展したと記載がある。

 エノテイアは血統に重きを置く世襲国家。国民の筆頭の立場である貴族の家柄でエノテイアの血が流れていない養子縁組は当然認められない。

 しかし、後の詳しい検査でレイシェンの魔力が異常値を出したことで、事態は変わった。

 レイシェンの処遇について、ダニア家の跡取りには加えないこと、子を成すことを禁じること、成人と共に魔晶庁へ入庁すること、等を条件にヒイラギが特例の許可を出したと記憶している。

 面倒な事案を押し付けられたことは書面を見るだけでも明らか。


「魔力が高いだけで、オリクトを無効化など出来るのか…?」

 ミハイルは眉をひそめた。

 エノテイアが血統に拘るのには深い意味がある。

 ヒイラギの血を絶やさないことでエノテイアに永劫の繁栄をもたらすと言う神聖的な意味合いと、ヒイラギの血に含まれる『環』の魔力因子を生まれながらに保有し、『環』に従属させる強制印化の力を維持させるための二つだ。

 ヒイラギの血に連なる『環』の因子を持つ者は生まれた時より従属状態にあるが、因子のない人間はヒイラギ本人がオリクトを用いて魔晶を行使しなければ従属させることは出来ない。

 しかし、このレイシェンはオリクトの力を持ってしても従属の魔晶を受け付けなかったと言うから驚きだ。

 オリクトの魔晶を受け付けないと言うことは、その人間がオリクトの所有者か別のオリクトの従属状態にあることが考えられるが、『環』の影響力が強いエノテイアにおいてそれ以上の解明は不可能だった。

 魔晶が効かないと言えばルイス・キャトラと言う特異な前例(こちらも解明できていない)が挙げられるが、レイシェンに関しては『環』のみを受け付けないと言うことだ。

 アトラが言うように国防的に考えても自国で飼い慣らし、常に行動を把握できる状態を維持することのが安全であることは言うまでもない。

 それにしても、アトラ、セレオが対応できないとなれば次点での適任者がミハイルしかいなかったのだろうから致し方ないことではあるが、実に厄介な案件である。


 ミハイルは疲れた様子で調書を横に置いた。

 脚を組み直し、ふと左手の腕輪に視線を向ける。

 白金に深い海を思わせるような青紫色の晶石がはめ込まれた『深』のオリクト。

 これは、エノテイアが国宝として保有するオリクトの一つで、ヒイラギがこのエーデン大陸にエノテイアを建国した際に携えていた。

 しかし『環』と相性が悪く、根の浸透率に問題が生じたため長らく大聖堂の地下に保管されてきた。

 ヒイラギの参謀として付き従っていたアシュフォード家の子孫が『深』との親和性の高さを示し、所有することによって根への影響が抑えられると解明して以降は、代々アシュフォード家が『深』を所有し管理するようになっている。


 今回のガーランド訪問は、ミハイルには別の目的があった。

 この『深』と言うオリクトの能力を知り、真の意味で所有すること。

『深』はアシュフォード家の歴代所有者でも誰も使用したことがなく、その能力や対価などは未解明のままなのだ。

 所有者であるアシュフォード家が軍事に置いて国防を担う宰相と言う立場であることから『深』を国内外への抑止力として位置づけたため、戦どころか、攻め込まれることも全くなかった近年において使用する機会が一度も訪れなかったというのが大きな理由だ。

 単に未解明なものを知りたいと言う欲求の他に、ミハイルには秘めたる野望があった。それにはまず『深』を知ること。そして、国外の状況を細部にまで把握すること。

 ガーランドの訪問は最初の分岐点だ。ここで得られるものから選択肢が広がり、手段はさらに増える。


 ミハイルは瞳を閉じてしばらく考えを巡らせた。

 頭の中で浮かぶいくつもの選択と結論を一つの書物にまとめるように、脳内を整理する。

 納得して瞳を開くと、カーテンを指で開けて陽の落ち始めた外を再び眺めた。



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