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17,逃げるが勝ち

 そして時間は再び戻る。多救が葉雪を庇い、背中に四本の氷柱が刺さったその直後に。


「──葉雪‼」

「ふぇ?」


 そんな切羽詰まった叫びを聞いた三人の反応は、少し遅れた。そもそも考えてもいなかった。こんな町中、大勢の人の視線がある中で何かをやらかす奴がいるなんて想像すらしていなかったのだ。

 だから三人は完全に気を抜いていたし、多救の叫び声に驚いた。何事かと思ったが、多救が葉雪に抱きついているのを見て、恋人らしいことでもしたくなったのかと一瞬だが解釈した。

 楽しげに話す彼女に独占欲でも湧いたのか。

 気を遣って二人を隣で歩かせるべきだったか。

 ギルセットに除け者にされたように感じたか。

 それはほんの一瞬の邪推だったが、そうではないことは即座に理解させられた。


「──っ! うっ……、ぐぅ……」

「……多救?」


 右方から飛来した四本の氷柱が、彼の背中を貫いた。

 護法による攻撃であることは疑いようがなかった。間違いなく殺す気で放たれたそれを食らった多救が、地面に崩れ落ちていく。

 三人は視線を交差させた。大怪我を負った多救を助ける者と、その実行犯を捕らえる者へと役割を分担するため。

 レナトリウムが追跡に参加せず、この場に残るのは即座に決まった。走るのが速くないし、気が弱く、誰かを捕縛するという役割は不向きだ。そもそも巫女様がいるし、彼女を守る者として一人は必要だ。

 であるなら、追跡は二人――ギルセットとハルデの仕事だ。

 三人は伊達に三本柱などと呼ばれているわけではない。有事の際には巫女様に迫るあらゆる危険を払うことが出来るゆえに、そう周囲から認められているゆえに、三人は三本柱として『鎮魂の社』の幹部の立場にいるのだ。

 しかし今回、その力は巫女様を守るためではなく犯罪者を捕らえるために振るわれる。

 勿論、一歩間違えば葉雪の近くにいた巫女様に氷柱が当たっていた可能性自体は否定できない。だからそこまで急いで対応する必要があるわけではない。

 だが、『鎮魂の社』は、困っている人々を救うことを本懐とする集団だ。


「たすく……、多救!」


 氷柱が飛来した方向を、二人の両目が凝視する。焦ったような表情を浮かべ、背中を向け走りだそうとする青年がいた。証拠があるわけではない。彼が犯人であるという証拠は。だが、逃げるならば追うべきは彼だ。

 姿勢を低くしたギルセットとハルデが走り出す。参考までに二人の走る速さを紹介すると、護力を体に纏わせたり、護法で身体を強化したりすると、結果として、百メートルを七秒で走りきるほどになる。

 だがそれは逃げる側も同じだ。二人は確かに護力のコントロールが人並外れて上手いが、町中という障害物が多い環境では、全速力で走り続けることは出来ない。そういう点で言うなら、周りを気にしない分、逃げる側が有利とも言えた。

 目の前を走っている青年が纏っている服が、リトレトで以前まで生産されていた布で縫製されているということに、ハルデだけが気付いた。ギルセットは服に根本的に興味がないのでそれに気付くことは出来なかった。今彼が来ている服だって、ハルデが嫌々見繕ったものだ。

 生産されていたというのは、今はもう生産されていないということだ。

 二週間ほど前に、リトレトは村としての機能をほとんど失った。それに対して軍師姫は一切の補償を行わなかった。『鎮魂の社』が救援を送らなければ、リトレトは村人の七割強を失うことになっていただろう。

 失われた人命が四割に留められた現在となっても、村がいずれ崩壊するだろうことは、想像がそこまで難しい話ではないが。

 今も村は、人手がいくらあっても足りないような状況の筈だ。なのになぜ。

 目の前の青年の顔をハルデはまだ見ていない。だから、その青年がリトレトの村民かどうかはまだ判断できないが、状況的に、リトレトの村民だと断定してしまっても構わないとハルデは考える。

 復讐に足る、動機がある。


「ギル! 威嚇を!」

「おう! ――迸れ雷、背中を追い、羽搏き向かえ!」


 ギルセットの詠唱を受け、正面に向けられた手の平から鳥の形状を象った雷が放出される。翼をはためかせ目の前の青年に向かって直進するそれはどう見ても威嚇ではなく普通の攻撃だったが、ハルデがそれに苦言を呈することはなかった。

 青年は後方から飛来する何かに気付いたのか、口の中で素早く詠唱し、踏み出した足を地面に叩き付けた。瞬間、地面から氷の壁が生えた。高さ二メートルを越す壁だ。勿論、氷である以上少しずつ大きくなったと形容すべきなのだが、その生成速度が尋常ではない。

 二人も眉間に皺を寄せる。別に全く有り得ない速度というわけではないのだが、国の端に位置する小さな村に住む青年がそれを行ったというのは、十分異常な事態だ。

 だが、今はそれに関して悠長に考察している余裕はない。ハルデは小さく舌打ちをすると、目の前に出来上がった氷の壁を走った勢いそのままに肘で粉々に砕いた。三センチ近い厚さがあったそれは、人に当たれば普通に危険なサイズの氷塊として地面に落ちていく。

 走る速度を落とさないまま、ハルデがその氷塊を一つ拾い上げる。使い道が想像できるだけにギルセットとしては苦い顔を浮かべるしかないが、真っ当な手段で青年を止められないのは薄々感づいていたので止めはしない。

 思い切り振りかぶった氷塊をハルデが勢いよく投げる。重さ四百グラムの氷塊が、時速百七十キロで人間に激突すると果たしてどうなるかなど冷静に考える必要すらも無い。普通に死ぬし、当たり所がよかろうが悪かろうが大怪我は免れない。

 そして投げた直後、ハルデがその場に勢いよく転んだ。


「地面を凍らせた!? いつの間に……!」

「ハル! 水の通り道だ!」

「――辿れ水、冷たき者へ!」

「――追うは黄、青は道、ただ寄り添え!」


 ハルデの手から細く水が発射され、猛烈な速度で青年へと迫っていく。そしてその水を辿る形でギルセットの雷が追撃へと向かう。それは青年が走るのよりも早い。逃げられないと判断したのか、青年は全身に氷を纏った。氷の鎧、というには少々不格好なものだったが。

 そして青年に接触した水は、一瞬で凍った。今度は逆に、青年からハルデの方へと氷が迫る。ハルデはそれを見て右手から伸びていた水の道を切断した。途中まで来ていた氷の棒は自重に耐えられなくなったのか根元から折れた。

 自分を追ってくる水が無くなったことを視認した青年は、身を翻し再び逃走しようとして――その身体に電撃が走った。

 わずか三秒間の感電だったが、青年の身体の自由を奪うのには十分すぎる威力。十秒ほど硬直した後、膝からその場に崩れ落ちた。少しずつ、氷の鎧が溶けていく。

 それを見たハルデは、一度息を吐いた後、立ち上がり尻をさする。落ち着いてみると意外と強かに打ち付けたらしく、結構痛んだ。

 安全な距離を保ちつつ、警戒心は持ちつつ、青年の様子を伺うため接近する。

 

「……聞こえているかは分かりませんが、一応、何が起きたのかだけは説明してあげましょう。貴方の護法の効果速度はなかなかのものでした。地面を凍結させたのには、私も転ぶまで気が付いていませんでしたし。ただ、結果からすればそれが失敗だったということです」


 ハルデが転んだ瞬間、ギルセットは水の道を作れと指示した。それは誰の目にも明らかだった細い水の道――だけではない。本命は、地面に都合よく広がっていた氷だ。

 ハルデは自分が転んだ足元の氷を左手で溶かし、それを電気が通りやすい性質に変更しながら、露骨に警戒されやすいように分かり易くした水の道を作った。

 青色の髪は、水を扱う護力を表す。

 水は、冷たくも熱くもなり、液体にも固体にもなる。

 その形状を操ることなど、ハルデにとっては簡単なことだった。


「当然、氷は貴方の足元にも広がっていますからね。貴方がわざわざそんな鎧まで作って対抗した水は、別に何でもないただの水です。纏っていた電気も大したことが無いものでした。まあそもそも……、こんな隙間だらけの氷で鎧など作ったって、ギルセットの電撃は防げなかったと思いますがね」

「なんだ、珍しく褒めてくれてるのかよ?」

「いえ。もうちょっと隙間を埋めていれば、ギルセットの電撃ぐらい防げていただろうということです」

「無駄に俺を貶すの止めろ」


 ハルデから見て、青年が身に纏ったその鎧はお世辞にもいい出来とは言えなかった。それだけならば、ただ未熟というだけで説明がつくのだが、そうもいかないので内心では困っている。

 鎧の出来と、氷の生成速度が吊り合っていない。

 逃げている最中に作り上げた氷壁は見事なものだった。ハルデだってやれと言われれば不可能ではない速度ではあったが、一介の村人にしては不自然だった。しかし才能に恵まれていたというのならば、この鎧は余りにもお粗末だ。

 護法の熟練度が極端に偏っている。


「ギルセット、どう思います? 私と同じことを考えていると期待したいものですが」

「……ま、不自然だわな。そもそも現状のリトレトからここまで来るのが早すぎる。あの村の平均的な護力と、今の速度でざっと計算しても、ここまで来るのに三日はかかる。その間の食料は現地調達でどうにかするにしても、復讐するほどあの村に思い入れがあるなら、今この場にいること自体もおかしい」

「ええ。リトレトは『鎮魂の社』からの支援をすでに断っています。ゆえに、あの村にこれ以上手を貸す組織はいないはず。なら、もう可能性は一つですね」

「魔族、か。城で踏ん反り返ってる奴らに一泡吹かせてやろう、とか考えてたのかもな」

「力量と技能が伴っていないのも、彼らが手を貸していると仮定すれば説明がつきます」

「面倒だなあ……、そんで、こいつどうする? このままここに置いて言ったら城の奴らに連れていかれるよな?」

「……私達が連れていきましょう。エトランゼル様の手に渡れば、どうなるか分かったものではありませんし、聞きたいことも聞けなくなります」

「了解。んじゃ、俺はこっからこいつ連れて教会に直帰でいいか?」

「ええ。巫女様達には私から上手く説明しておきます」


 そう言うとハルデは、氷の鎧に触れた。直前まで少しずつ形が崩れていく程度だったそれが、一瞬で水に変化し、地面に垂れていく。ずぶ濡れになった青年の被っているフードを外すと、中から薄い青色の髪が出てきた。

 氷しか使わなかったのは、ハルデと違い、氷しか使えなかったからだ。一口に青色と言っても、その種類は多岐に渡り、護力の分類もそれだけ枝分かれする。

 服に触れると、その服が渇いていく。水を操作して服から絞り出しているのだ。見る見るうちに乾いていく服を見てギルセットが小さく口笛を吹くが、ハルデとしてはなかなか使わない護法なので意外と苦戦していた。

 洗濯時に便利だと思うだろうが、これで洗濯物を乾かすとレナトリウムが怒るのだ。


『洗濯物はお日様の香りがしないと意味が無いんですぅ!』


 思い出す度に首を傾げてしまうハルデだった。ちなみにギルセットもそれを聞いて首を傾げていた。

 完全に服が渇いたのを確認して、ギルセットが青年を背負いあげる。教会の方向を確認して走り出そうとした時、思い出したようにハルデの方を振り向いた。


「そういや、さっき転んだとき、ズボン濡れなかったのか?」

「は? ええ、まあ濡れましたけど、もう乾かしましたよ。それが何か?」

「パンツは?」

「殺すぞ」

ちなみに多救と葉雪がこっちの世界に来たのが十月二十三日の午後一時で

巫女様が尋ねてきたのが四時。そして現在時刻が六時。

秋のこの時間にまだ日が暮れてないので葉雪の時間感覚も微妙に狂ってます。

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