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遠見 綾斗の誤算

 すうすうと気持ちよさそうに寝息を立てる子供を見下ろす。今は5~6歳程だろうか。


(……無邪気なもんだな。)


 ふとそう思ったが、ソ(・)レ(・)が怨念の塊だと思い出すと自嘲する。ソ(・)レ(・)は代々遠見の当主が使役し育てて来た魔物なのだ。


 遠見家は代々続く術者の家系で、占いや除霊、浄霊といった事を生業としている。その実、裏では呪詛を請け負っている。初代当主の時代から、呪詛の依頼は社会的地位の高い者に限定されている。依頼者達はその立場ゆえに、表に出せない後暗さと遠見の報復を恐れて一様に口を噤んだ。そうやって遠見家は権力と財を成して来た。長い年月の中、人の口に戸は立てられない事もあったが、多少漏れた所で政財界との太いパイプのお陰もあり大して問題にならなかった。


 綾斗(あやと)が遠見の5代目当主を継いだのは10年前の事だ。本来ならば当主の座と共に魔物も受継ぐはずだった。当主が魔物を使役するのは呪詛返しにあった場合、その呪が術者本人ではなく魔物に返るようにするためだ。魔物は返された呪を取り込む度に強くなる。そして魔物が育てば使役している術者の力も同様に増して行く。


 魔物を使役するためにはソ(・)レ(・)が望む肉体を与え、当主となる者が新たに名付けをする。魔物が望むのは、いつも遠見の直系の女が産む子供だった。

 器となる子供が母親の胎内に宿ると魔物は少しずつ浸食していき、出産と同時に器を乗っ取る。そうして産まれた魔物に当主が名付けを行う事で受継いで来た。しかし、綾斗の父が4代目を引継ぐ時に問題が起きた。魔物を宿した父の妹・静乃があろう事か遠見家を裏切ったのだ。結果、父が名付けを果たす前に赤ん坊を連れて逃げた静乃は魔物によって殺され、その魔物も東雲 哲生に封印されてしまった。


 魔物を持たない父の末路は凄惨を極めた。綾斗もこの10年いつも死と隣り合わせで気の休まる時がない。だが、漸く魔物を取り戻したのだ。安堵に打ち震えたのも束の間、新たな問題が起きた。

 器となった子供の潜在能力が思いのほか高かったのだろう、魔物の力が強すぎたのだ。綾斗の霊力ではソ(・)レ(・)を支配出来なかった。足りない霊力を補うために颯天の霊力を利用してみたがそれでも使役する事は叶わなかった。颯天よりも強い霊力を手に入れなければならない。


 う~ん。と唸り声を上げながら子供が目を覚ました。


「金眼。起きたのか?」

「うん。」


 まだボーっとしながら金眼は頷く。名付けが出来ないので便宜上、金眼と呼んでいた。


「トーミ。お腹空いた。おかし食べていい?」

「また人間の真似事か? 好きにしたらいい。」


 金眼は嬉しそうにベッドから降りると、パタパタとおかしを取りに向かった。その後ろ姿に綾斗は眉根を寄せる。まるで人の子の様に振舞う魔物に嫌悪感を覚えると、浅いため息を吐いた。

 金眼を取り戻してからの日々は綾斗にとって苦痛だった。最初は金眼の封印を引継いだ颯天を始末して霊体も魔物にくれてやろうとしたが当てが外れた。肝試しなどとふざけた真似をした学生を喰らってしまったのだ。颯天には目もくれず5人も喰らった事でニュースにまでなってしまった。無闇に人を喰われるのは面倒事しか生まない。颯天を回収した後、【神の焔】に巣くう霊達を使って金眼に霊を取り込む事を教え連れ帰る事が出来たのだが。


 しばらくすると金眼は選好みを覚えた。悪霊や怨霊などを好みそれ以外には興味すら示さない。霊とはいえ目撃者を残すのはリスクが大きい。そのため金眼が見逃した霊達を消滅させるという手間が増えてしまった。金眼は成長するにつれ人間の真似事をする様になった。何故そんな真似をするのか綾斗には理解出来ない。更にムラっ気のある性格で綾斗を振り回し面白がっている様子に苛立が募った。今も目の前で呑気におかしを頬張っている魔物は、食べ物を食べる必要などないのだ。


(まったく腹の立つ。……これも使役するまでの我慢だ。さてどうしたものか。)

「ご主人様。」


 声を掛けてきたのは綾斗の眷属の霊だった。


「氷室に動きがあったのか?」


 氷室 ゆかり。颯天の死について探っていると聞いてから秘かに監視を付けていた。普段ならば放っておく所だが、彼女は中々に厄介だ。


「ある霊能者が楡崎 颯天(にれざき はやて)の息子と共に氷室に接触しました。」

「誰だ?」

「紫苑という霊能者で守護に東雲 哲生がついていました。孫娘だとか。」


 東雲 哲生という名前に肌がざわりと粟立つ。金眼を封印し父と自分を窮地に追いやった張本人だ。


「ふっ。あはははははは!!」


 綾斗は狂った様に哄笑(こうしょう)した。まさかここに来て哲生が現れるとは思ってもみなかった。これは僥倖(ぎょうこう)だ。


「孫娘の守護霊とは笑わせる。だが最高のタイミングだ。」


 これまでの報復も兼ねて哲生の霊力を利用すればいい。

 長年の悲願の達成と復讐に逸る気持ちを必死に宥める。哲生の霊体を何としても手に入れなければならない。とはいえ、あまり時間がないのは明白だ。これ以上魔物が育ってしまう前に何とかしなければ。


 金眼を狩りに連れて行くと、いくつかの心霊スッポトに目撃者として地縛霊を残した。ゆかりと哲生ならば、そう時間を掛けずに自分にたどり着くだろう。事が終われば残した地縛霊も消してしまえばいい。

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