母と娘
ゆかりと話してから数日、昼頃に自宅に帰ると玄関に見慣れないパンプスが揃えて置いてあった。紫苑が絶対に履く事のないそれの持ち主がリビングのソファに不機嫌さを隠そうともせずに腰掛けていた。
「ママ……」
桜子は紫苑に鋭い視線を向けると隣の菜々子と目が合った。が、すぐに逸らした。
「あんた。何か危ない事に首突っ込んだりしてないでしょうね。」
桜子の言葉に目が泳ぐ。つい哲生に目をやると『それやめて』と間髪入れずにツッコまれた。
「……ねぇ。あたしとバッチリ目が合ったよね。無視されたのかな?」
「てか無かった事にしたんだよ。オカルト否定派だから。」
「否定派……。???」
紫苑と菜々子はボソボソと呟く。
紫苑程ではないにしろ桜子も霊力を受継いでいるが、本人は頑として認めない。幼い頃から嫌な思い出として刻み込まれているのか、オカルトを人生から徹底的に締め出している桜子は視えない聞こえないを貫いていた。
「もう一度聞くわよ。危ない事してないでしょうね。もしも思い当たる事があるなら、今すぐに手を引きなさい。」
桜子は基本、娘が霊能者を名乗る事には否定的だが、あまり口を挟んでくる事もしなかった。紫苑が霊能者になると言った時、2人は大ゲンカになったがきちんと話し合った結果、納得はしていないまでも紫苑の意思を尊重してくれた。これ以上は言っても無駄だという諦めもあったかもしれないが。
しかし今回は珍しく語気を強めている。
「なんで急に?」
紫苑が戸惑いながら尋ねると
「勘よ。」
紫苑の顔が引きつる。
桜子の勘は侮れないという事を、紫苑と哲生は理解していた。彼女のそれは予知能力に由来するからだ。桜子の力は先見に優れているのだが、いつも勘が鋭いだけだとか偶然だといって片付けて来た。今回も勘で済ませているが何か視たのだろう。桜子の様子から待っているのは明るい未来ではなさそうだと思っていると哲生が前に出た。
「桜子」
「……」
すました顔でガン無視する桜子に哲生は根気強く続ける。
「桜子。お願いだ。今だけでいい、聞こえない振りをするのはやめて話を聞いてくれ。」
「……」
「何を視たのか教えてくれ。紫苑を守るためにも……」
桜子の眉がピクリと動いた。
「いつもなら私の前に顔も出さない癖に、こんな時だけずるい言い方しないで。私の娘を勝手に巻き込んでおいて! あんな化け物と関わらせるなんて!!」
声を荒げる桜子の化け物という言葉に引っ掛かる。
「その化け物は金眼だったか? 視えた事を教えてくれ。」
「そうよ! 金色の目をした化け物だった。あれは何なの!? 何故、紫苑があんな……。あんな化け物に!!」
堰を切ったように叫ぶ桜子を紫苑は抱きしめた。
「ママ、大丈夫だから! 落ち着いて。今はまだ起きてない出来事なんだよ。」
自分よりも頭一つ以上小さい桜子の肩に両手を乗せ、涙で濡れた瞳を覗き込む。
「ママ、大丈夫。あのさ、じいちゃんも私もママの力がすごいって知ってるよ。ママは認めたくないだろうけど。でもさ、ママが視た事を教えてくれたら回避出来るかもしれないじゃん。未来を変えるためにヒントを頂戴。」
桜子は紫苑を真っ直ぐに見つめると、ゆっくりと深く息を吐いた。
「どこかは分からないけど薄暗くて広い部屋の中だった。床には例えるなら魔法陣? 映画とかで見る。あんな感じの絵が描いてあって、その周りを取り囲むように何人もの人がいたけど、生きてる人じゃなさそうだったわ。その真ん中でお父さんが磔にされたように浮いてるのが視えた。」
哲生の前には男が1人立っていた。男の足元には何かが転がっている。顔がよく見えないが見覚えのない男性だ。男性を足蹴に歪んだ笑みを浮かべ、苦しそうに悶える哲生を見上げる男は憎悪に満ちていた。少し離れた場所では傷だらけで頭から血を流した紫苑が、美しい顔をした男の子に馬乗りで首を締め上げられてぐったりとしていた。感情のない男の子の金色の瞳だけがギラギラと光っている。唐突に咆哮を上げると子供の体は瞬く間に成長を遂げ、みるみるうちに闇に染まっていった。真っ黒な闇に浮かび上がる金色の瞳に捕えられた瞬間、桜子は現実に帰って来た。
菜々子の喉がひゅっと音を立てる。沈黙を破ったのは紫苑だった。
「なるほどね。思ったよりヤバそうだわ。」
「何を呑気な! あんたの命が掛かってんのよ?」
「まぁ。そうなんだけど。……黙ってやられる気もないっつうか。ね?」
ちらり、と哲生に視線を流すと逡巡している様子が見て取れた。今まで魔物や遠見について口を閉ざす哲生に敢えて問質す事はしなかったが、やはり全て話してもらうしかないかと考えていると桜子が哲生に詰め寄った。
「何を隠してるのか知らないけど、洗いざらい話してもらうわよ。お父さんの都合なんて関係ないわ。紫苑を犬死にさせるような真似は許さない。娘を巻き込んだ責任はしっかり取ってもらうわ!」
桜子に対して後ろめたさもあった哲生は何か言いかけたが、言葉を飲み込むと一度大きく息を吸い込む。それから覚悟を決めたように静かに首肯した。
百日紅と申します。
「紫苑とじいちゃん 因果な商売」をお読みいただき誠にありがとうございます。
今回のお話で10話目となりました。まだまだお話は続きますので、今後もお付き合いいただけると幸いです。
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よろしくお願いします。




