金眼の子供
朔耶とは現場の廃工場で待ち合わせた。ボルトやナットといった物を作っていた町工場だったが、不況の煽りを受け下請け契約を打ち切られた事による倒産。借金で首が回らず工場主は追い詰められた末に、家族を巻き込んで自死してしまった。
成仏出来なかった工場主は世の中を呪って悪霊と化した。その怨念は住処の工場を訪れる者達に向けられ、時には命を奪う事もあった。その度にこの場所には怨みを持つ霊が増えていき浮遊霊なども寄り付くようになった。
「奥さーん。俺、俺ー。純平ー。」
中に入ると純平が大きな声で呼び掛ける。すると作業場から少し離れた場所に設置されたスチール製のロッカーの中から女性と子供の霊が出て来た。不安気な様子の親子に純平から事情を説明してもらい、紫苑と朔耶は話を聞く事に、哲生は工場内に手がかりがないか探してみる事にした。菜々子は哲生について行くようだ。
「金眼の子供と術者の男について、もう少し詳しく聞きたいんだけど。」
「詳しくと言われても……。私が見た事は純平君に全部話してしまったし。」
水色のセーターに白っぽいジーンズ、後ろの低い位置で背中の中程まである髪を1本に纏めた40代の女性は困った顔をする。工場主の妻で2人組の情報をくれた地縛霊だ。その隣には小学1~2年生位の息子が手を繋いで立っていた。
「特に金眼の子供について何かないかな?」
紫苑が食い下がると、妻は息子の頭を優しく撫でながら答えた。
「とにかく恐ろしかった。私達にとって変わってしまった夫より恐ろしい物はないと思ってたけど、夫なんてかわいく思える程だったわ。綺麗な顔した子だったけど、怨念の塊ってきっとこういう物なんだと思ったくらいよ。あの子、一体何なのかしら。」
妻は表情を曇らせる。
工場主は妻子をとても愛していたが、世の中を怨むにつれそれは執着へと変貌し2人を廃工場に縛り付けた。以来、妻子はこの場所で地縛霊になった。愛した夫が父親が自分達を縛る鎖になってしまったのだ。
夫の怨念は相当なものだったが金眼の子供は、いとも簡単に取り込んでしまった。他の力の強い霊達もまるで相手にならなかった。
「そういえば。夫や他の霊を取り込んだ後、少し成長したように見えたの。気のせいかもしれないけど。」
「成長した?」
紫苑と朔耶は顔を見合わせる。
「霊を取り込むと魔物の肉体が成長すんの? 聞いた事ないけど、有り得ない事もないか。」
「……そうですね。」
「紫苑」
哲生と菜々子が戻って来た。
「じいちゃん。どうだった?」
「ふん。魔物の霊力の残渣を見つけた。金眼の子供は奴だ。」
金眼の子供が例の魔物という事は、『トーミ』と呼ばれた術者が颯天を攫った男で間違いないだろう。
朔耶が小さく息を飲む音が聞こえる。漸く相手の影が見え始めたのだ。
その後、紫苑は成仏したいという親子を浄霊してやり2人を一緒に見送った純平と別れると、その足でゆかりに会いに行く事にした。
ゆかりの家に着くと、どうやら魔物は霊を取り込むと肉体が成長する事、遠見という術者が魔物と行動を共にして霊達を襲っている事などを説明した。ゆかりは魔物の成長について驚いていたが、それよりも遠見の名前が出た事に難色を示した。
「遠見家とは、また厄介な相手に当たったわねぇ。」
ゆかりは頬に手を当て小首を傾げる。遠見の家は、代々続く術者の家系で政財界との繋がりもある家だ。実力は確かなもので評判も悪くない。そのため術者界隈での影響力も大きいらしい。
「今の当主は綾斗さんだったわねぇ。確かにあまり特徴のない人だし、遠見の家なら中々尻尾を掴めなかったのも納得ねぇ。」
しかも。とゆかりが続ける。
「ある筋からの話では、裏で呪詛を行っているとか。確証のない話だから真相は分からないけれど。」
もし、それが事実ならば魔物を欲しがるのも頷ける。
「呪詛……ですか。」
朔耶は唇を引き結ぶと考え込んでいる。哲生が苦虫を噛み潰したような顔をする。颯天の突然の死の原因は、もしかしたら……。最悪の事態を想像し腸が煮えくり返る思いがする。人の命を何だと思っているのか。まだ憶測の域を出ないため、誰も口には出さないが気持ちは同じようだった。
哲生が疑問を口にする。
「これまで一切証拠を残さずにいたのに、何故今になって目撃者を残すような真似をしたのか。」
紫苑が唸った。
「それなんだよなぁ。」
「真っ黒を手に入れて隠す必要がなくなったとか?」
菜々子は顎に人差し指を当てて首を傾げる。
「それだと裏で呪詛を行っている事を認めてしまうようなものですね。魔物を使役していると知られれば疑いを持つ人は少なからず出てくるでしょうし、これまで隠し続けて来たのなら、今更公にしてもデメリットしかないでしょうね。」
「それは間違いないわねぇ。」
そっかぁ。と菜々子が納得する。
「想定外の事があったのかもね。後を追わされてる感じがするんだよなぁ。」
「そうですね。地縛霊だけ残しているのは時間稼ぎの意味もあるんでしょう。」
「何を企んでいるのか知らんが警戒して置くべきだろうな。現当主は分からんが先代の実力は中々のものだったからな。」
先代の当主は静乃の兄が務めていたので、哲生も面識があった。
「綾斗さんも中々ですよ。私は遠見家とはあまり関わりがないのであれですけど。お話は聞こえて来ますからねぇ。」
ゆかりはそう言うと紅茶を一口啜った。




