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始まりの場所

 翌日は、昼頃から紫苑のマンションで朔耶と細かい打ち合わせをしていた。夕方近くになり、食事をどうするかと話しているとマンションのエントランスに来客を知らせるインターホンが鳴った。紫苑がカメラを確認すると線の細い女性が映っていた。


「はい。」


 ボタンを押し応答する。


「紫苑さんでお間違いないでしょうか。遠見 沙衣と申します。父から言伝を預かって参りました。」

「……。遠見さん、ですか。どうぞお上がり下さい。」


 エントランスのロックを解錠し、しばらくして玄関のインターホンが鳴ると遠見 沙衣と名乗った女性をリビングに通す。紫苑と朔耶、哲生に緊張が走る。菜々子と純平が寝室のドアの隙間から、固唾を飲んでこちらを窺っていた。沙衣は細身で肩程の黒髪、白いブラウスに淡いベージュのジャケットとスカートを身に纏い大人しそうな印象を受ける。高身長で動きやすいパンツスタイルを好み、中性的な美貌で人目を引く事の多い紫苑とは真逆のタイプの女性だった。紫苑がソファを勧めると静かに腰を下ろした。


「突然の訪問失礼いたします。父の遠見 綾斗から言伝を預かって参りました。」


 沙衣は哲生を見据えると感情の薄い声音で話した。


「今夜、ある場所にて皆様に関わる全ての因縁を清算するためにご協力願いたい。と申しておりました。」

「ある場所とは?」


 哲生の問いに沙衣が答える。


「そちらまでは私がご案内いたします。ご了承いただけますか?」


 そろそろ何か仕掛けてくる頃だろうとは思っていたが、随分と直球だった事に面喰らってしまった。余程の自信があるのか、それとも腹に据えかねているのか。『ご協力願いたい』とのたまうくらいだ。恐らくは後者の意味合いが強いのだろう。どちらにしても、お互いに決着をつけなければならない時が来た事は間違いない。3人は顔を見合わせると浅く頷き、それぞれの意思を確認した。


「承知した。」


 哲生の返答に軽く視線を伏せると小さく息を吐いた。沙衣の反応に紫苑は引っ掛かりを感じたが、確信は持てない。様子を見る必要がありそうだ。


 沙衣の案内に従って車を走らせて行くと、見覚えのある景色が広がっていた。山道の途中で車を止めるとそこからは徒歩で移動する。前回訪れた時には、木々の間を塞ぐように張り巡らされた黄色いテープが行く手を阻んでいたが、今は全て取り除かれていた。目の前に現れたのは、【神の焔】因果の始まりの場所だった。


 沙衣に促され地下へと降りる。扉を潜ると広く薄暗い部屋の中心に男が1人立っていた。仕立ての良いグレーのスーツに磨き上げられた革靴。手元には皮手袋を着用している。品の良い男だが、これといった特徴に乏しくあまり印象に残らない感じがした。


 遠見 綾斗。遠見家の5代目当主で呪詛師。颯天を呪殺し、魔物を使役するために哲生の霊体を狙っている男の姿がそこにあった。部屋の隅の方に視線を巡らせると、祭壇に腰掛けている男の子が目に入る。鼻歌を歌いながら両足をブラブラと遊ばせている子供の瞳は金色をしていた。


(あれが私のおじさんかぁ。)


 我ながら気の抜けた感想だなと思っていると、綾斗が口角を上げた。


「この時をどれほど待ち望んでいたか。本当に会えてうれしいよ! 東雲 哲生!!」


 芝居掛かった調子の綾斗が張り上げた声に、沙衣の肩がびくりと動いたのを紫苑は目の端で捉える。もしやと思ってはいたが、やはり好感の持てるタイプではなさそうだ。朔耶の表情にも明らかな不快の色が浮いていた。


「颯天をどうした?」


 哲生の冷え切った声が綾斗に向けられる。

 綾斗は嘲笑うように哲生と朔耶に視線を向け、懐から数珠を取り出した。囁くように呪文を口にするとフッと息を吹き掛ける。その瞬間、颯天の霊体が数珠から放たれた。白髪の長い髪、鍛え上げられた筋肉質な体躯の颯天は呪縛により締め上げられ、苦痛に顔を歪ませている。


「当初は金眼の餌になってもらう予定だったが、邪魔が入ってね。予定が変わってしまったが役に立ってくれそうでよかったよ。」


 綾斗の言葉に哲生の霊圧が上がる。ビリビリと空気を震わせ気を抜けば意識を持っていかれそうだ。朔耶は苦し気に颯天を見つめていた。紫苑が1歩前へ踏み出そうとした時、眼前に金色が飛び込んで来た。思っていた以上のスピードに反応が遅れる。

 スンスンと鼻を鳴らし紫苑の匂いを確かめているらしい金眼の子供は、パッと顔を輝かせた。


「お前もおんなじ匂いがする。でも少し嫌な匂いも混ざってるなぁ。あいつとおんなじ。」


 哲生を指さし嫌そうな顔をすると指先を紫苑に向けた。その指先をスッと横に払う仕草を見せると、紫苑の体が壁際に吹き飛ばされた。


「「紫苑!!」」


 ズザァーと音を立て横滑りに投げ出された紫苑は、壁にしたたか頭を打ち付けると額から血が流れた。金眼はスキップしながら近づくと、しゃがみ込んで紫苑の顔を覗き込んだ。指先で額の血を拭うと口に含み恍惚の表情を浮かべる。哲生が助けに入ろうと金眼に向かって手印を組もうと動いた。


「ぐぅ、あぁぁぁぁっ!!」


 颯天の呻き声が響いた。綾斗の呪縛が蛇の姿を形どり、颯天の霊体を締め上げていた。


「余計な手出しは無用で頼むよ。貴様の相手は俺がしてやろう。とはいえ大人しく従う以外に出来る事があるかな?」


 不敵な笑みを浮かべ、愉悦を滲ませる綾斗に哲生が鋭い視線を向けた。朔耶が飛び掛かると、綾斗は指で印を切り呪詛を飛ばす。朔耶の首に巻き付いた蛇が容赦なく締め上げると、膝から崩れ落ちるように床に倒れ込む。紫苑の方を振り返ると、金眼が馬乗りになり抵抗する紫苑を面白そうに見下ろしていた。


「貴様の孫娘や仲間の命は俺の一存で決まるぞ。さぁ、どうするかね。東雲 哲生。」

「……何をすればいいんだ。」


 綾斗は足元に転がる朔耶を一瞥すると、その背中を踏みつけた。


「ここに来い。」


 綾斗の指し示す場所まで移動すると、にわかに床が光り出した。赤い光を放つ床には術式の文様が浮かび上がる。哲生を中心に広がって行く文様が完成すると、虚空に磔られたように身動きが取れなくなった。

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