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作戦会議と散歩

 ゆかりの家を訪れた日は激しい雨が降っていた。近くの駐車場からゆかりの家までの間、傘はあまり意味をなさなかった。


「あらあら。みんな濡れちゃったわねぇ。」


 タオルを受け取りながらそれぞれお礼を言う。リビングに通されると、すぐに温かい紅茶を淹れてくれた。10月も終わりに近づき肌寒さを感じる。柔らかな湯気の立つ紅茶は、雨に濡れて冷えた体に心地よかった。

 ゆかりは桜子と挨拶を交わすと、うふふ。と嬉しそうに微笑む。


「桜子さんは娘役が似合いそうねぇ。」


 実に楽しそうなゆかりを横目に朔耶はやれやれといった様子だが、ゆかりは露程も気にしていないようで優雅に紅茶を傾けていた。


「そうそう。朔耶くんが忠告してれた件だけど、無事に解決したわぁ。」


 朔耶は、ゆかりに遠見の術式を調べて欲しいとお願いした時、監視がついている可能性も伝えていた。ゆかりによると、やはり綾斗の眷属の霊に監視されていたそうだ。隠密行動に長けていたらしく見つけるのに苦労したとため息を吐いた。眷属を捕縛すると、綾斗の術式について情報を引き出した。


「例の術式は呪縛して霊力を奪うための物だったわぁ。桜子さんの情報のお陰で簡単に特定出来たのよぉ。助かちゃったわぁ。」

「そんな大事な事よくしゃべったな。それと眷属が戻らないと怪しまれるんじゃねぇの?」


 純平が怪訝な顔をする。


「うふふ。お話してもらう方法は色々あるのよぉ。そこは企業秘密だけど。綾斗さんの眷属に関しては、ちゃんと手を打ってあるから安心して大丈夫よぉ。」


 笑顔で答えるゆかりに、心なしか純平が青ざめている。ゆかりの情報収集能力は人脈による物だけでは無いようだが、世の中知らない方が幸せな事もあるだろう。深追いはすまいと紫苑は心に決めた。

 今後の対策を話し合った後、一緒に夕食を食べる事にした。ゆかりがキッチンで料理をしていると大学生の息子達が帰宅して来た。ゆかりの息子達は武琉(たける)翔琉(かける)という一卵性双生児だ。180cmと大柄で何かスポーツでもしているのか、がっしりとした体つきをしている。2人共、柔和な目元がゆかりによく似ていた。


「あれ? 朔耶さんだ。久しぶりっすね!」

「2人共、久しぶり。元気だったかい?」

「元気にやってますよ! こちらのお2人は母さんのお客さん?」


 紫苑と桜子が自己紹介すると双子は興味深そうにしていた。


「紫苑さん、母さんと同業なんですね。俺ら父さんに似たんで霊感とか全くないんですよ。」

「でもオカルトは興味あるんで色々聞きたい!」


 夕食を囲みながらオカルトトークに花を咲かせていると、桜子が複雑そうな表情を浮かべる。哲生や菜々子、純平を居ない者として扱う事はしなくなったものの認めたくない気持ちも残っているようだった。そんな桜子をゆかりは面白そうに眺め、武琉と翔琉は紫苑の話を夢中で聞いていた。

 楽しい時間はあっという間に終わり、紫苑達はお礼を言うとゆかりの家をあとにした。外に出ると雨も上がり雲間から星が瞬いていた。


 * * *


 昨日の雨模様とは裏腹に、秋晴れの空が広がっていた。窓の外に視線を落とすと綾斗は眷属に尋ねる。


「氷室達の様子はどうだ?」

「目立った動きはありませんが、仕掛けるにはいいタイミングかと。こちらの準備はどうなっていますか?」

「ちょうど準備も整った所だ。今夜にでもお越しいただく事にしようか。お前は引続き奴らの動向を探れ。」

「承知しました。」


 眷属が離れると綾斗は金眼に目を向ける。今の見た目は10歳程になっていた。嬌声(きょうせい)を上げながらゲームに夢中になっている姿は普通の子供のようだった。


(いよいよだ。この不愉快な時間も今日で終わりだ。)

沙衣(さえ)!」


 綾斗の呼掛けに沙衣が顔を見せる。


「お父さん。お呼びですか?」

「金眼の面倒を見ていろ。少し出てくる。」

「分かりました。いってらしゃいませ。」


 沙衣は20歳になったばかりで、線の細い大人しい印象の娘だ。どこか顔色を窺うような瞳には自信のなさが垣間見える。金眼に視線を向けると抑揚のない声で話し掛けた。


「おかし食べる?」

「アイス食べたい!」

「今アイスはないの。クッキーかチョコレートならあるから……」

「え~。アイスがいい!!」


 沙衣の言葉尻に被せるように我儘を言う金眼に困惑してしまう。


「……じゃあ。一緒に買いに行く?」


 父からは、あまり金眼を外に出さないように言われていたが、近所に買い物に行くくらいならば問題ないだろう。


「買い物!? もちろん行く!!」


 沙衣は金眼を連れて近くのスーパーへと出向いた。うれしそうにアイスを選ぶ姿を黙って見つめていると、後ろからドン!と何かがぶつかった。何事かと視線を向けると4~5歳の子供が床に尻もちをついていた。沙衣が子供に手を差し伸べて起こしてあげると、慌てた母親が駆け寄って来て、お詫びとお礼を告げると子供の手を取って買い物の続きに向かって行った。ふと視線を戻すと金眼の姿が見当たらない。急いで辺りを見回すが金眼はどこにも居なかった。


「どうしよう……。」


 嫌な汗が流れてくる。金眼を連れ出し、見失った事を父が知ったらどれほど叱責されるだろうか。考えただけでも体が震える。


(とにかく探さなくちゃ。)


 スーパーの中を隈なく見て回るが見つからない。じわじわと焦りが募り、目の前がくらくらする。耳の中で鼓動が大きく唸っている。すでに30分は経っただろうか。表に出てみたが、どこを探せばいいのか途方に暮れてしまった。


(見つからなっかたらどうしよう……。)


 冷たくなった指先を握りしめ、茫然と立ちつくしていると後ろからジャケットの袖を引っ張られた。驚いて振り向くと何食わぬ顔で金眼が立っていた。


「どこに居たの!?」


 安堵と驚きでつい大きな声が出てしまったが、金眼は気にした様子もなくにっこりと微笑む。


「ちょっとお散歩してた。沙衣、帰ろ。」


 前を歩く金眼の足取りは、何故かとても楽しそうに見えた。

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