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魔物の正体

「あの子の体を霊木で作った木箱に入れ祭壇に納めた後、静乃と栞を部屋の外に運び出した。魔物に誰も手が出せないように地下の扉も封印し【神の焔】を解散させた。……黙っていてすまなかった。」


 誰もが茫然としていた。どう受け止めていいのか分からない。耳に痛い静けさだけが広がっていた。

 

「それじゃあ……。あの化け物は私の弟って事なのね。」

「すまない。」


 桜子は哲生を射殺す勢いで睨みつける。


「信じらんない! よくもまぁこんな大事な事を隠そうとしたもんだわ。何考えてんのよっ!!」


 桜子の怒声に全員が我に返ると哲生の胸倉を掴もうとする度に、スカスカと空を切る手に苛立った桜子が重たい灰皿を投げようとしているのを慌てて止めに入った。桜子を止めながら朔耶は哲生を見る。


「父はその事を知っていましたか?」


 血の気の引いた顔をした朔耶に視線を向けると、哲生は苦悶の表情を浮かべた。


「すまない……。」


 颯天に事実を伝えようとした事はあったが、どうしても口にする事が出来なかった。


「……そうですか。」


 朔耶は眼鏡を外すと目頭を押さえた。哲生に対する憤りを必死に抑え込む。颯天の霊体までもが傷つけられるような事があればと思うと我慢ならなかった。一刻も早く颯天を取り戻さなければならない。今は怒りに身を任せてはいけない。


「言いたい事は山程ありますが、後にします。今は対策を練りましょう。」


 ポンと純平が朔耶の肩を叩く。


「大人だね~。」


 ニヤッと口角を上げると力一杯、哲生を殴り飛ばした。


「今はこれで我慢してくれや。」


 呆気に取られた朔耶に向かって親指を立てる。桜子が盛大に拍手していた。この二人も気が合いそうだと不吉な予感を胸に紫苑が口火を切る。


「取り敢えず一旦、話を纏めようか。遠見の当主は呪詛の道具として代々魔物を使役してた。対価に子供の体を与えて来たんだよね。でも呪詛について知ってたのは当主だけだった。静乃さんが逃げたのは使役される前だったんだよね? それと魔物が地下に封印されてる事を遠見は知らなかったの?」

「間違いなく名付けする前だった。魔物を封じた後、静乃の兄の眷属が去るのを見た。報告を受けたはずだから知っていただろうが、手は出せなかっただろう。扉と魔物に掛けた封印は特殊な物だったからな。あれを扱えるのは、ワシと後を託した時に継承した颯天だけだった。それでも10年が限界だったが……。」

「だから封印が綻ぶタイミングを狙って邪魔な父を呪殺したんですね。」


 哲生の顔が悔恨に曇る。


「ワシが颯天に全て話していれば……。遠見を甘く見ていたせいだ。本当にすまない。」

「……。父の霊体をどうする気なんでしょうか。」


 哲生はしばらく考え込んでいたが、ハッとしたように顔を上げる。


「あくまで可能性の話だが、魔物を使役するには名付けが必要だ。だが名付けが出来なかったとしたら、颯天の霊力が必要だったのかもしれん。」

「名付けが出来ないって何で?」


 菜々子は不思議そうな顔をする。


「さっきの話を聞いた感じ魔物の霊力は、最強と言われてたじいちゃんと互角。魔物の力が遠見より強ければ名付けは出来ないんだよ。」

「あぁ! そういう事!」


 紫苑の説明に菜々子はパンと両手を合わせた。


「だとしたら、父の霊力でも足りないでしょうね。桜子さんが視た未来と照らし合わせると遠見の狙いは哲生先生の霊力でしょうか。」


 あからさまに証拠を残して挑発するような真似をしたのは、哲生を捕えてその霊力で魔物を使役するため。遠見にとっては魔物を封印された恨みも晴らす事が出来て一石二鳥という訳だ。悪くない線だろう。


「じゃあさ。遠見より先に名前付けちゃえば?」

「「「「「は?」」」」」


 紫苑の言葉に全員が目を丸くする。


「だってさ、遠見に使役されちゃうと色々とよろしくない訳じゃん? だったら私らで使役しちゃえばいいかなって。そしたら悪さも出来ないんじゃないかと思うんだけど。静乃さんも悪さに利用されたくなかったんだよね? そんで、問題になりそうだったら封印し直せばいいんじゃないかな。使役してるほうが封印もしやすいかも?」

「なるほど? 悪くないかもしれないわね。」

「ありなんじゃね。」


 桜子と純平が賛成すると朔耶が吹き出した。


「ははっ。なんというか。目からウロコですね。」

「……まったくだ。」


 哲生は目を瞠った。魔物についての対応は紫苑が使役してしまうとして、十中八九罠を仕掛けて待ち構えているだろう遠見にどう対抗するか考えなくてはならない。そのためには桜子が視た床に描かれた術式が何なのか突き止めなくてはならないが、術式は流派や術者によって異なる物もあるため特定するのは容易ではない。


「ゆかりさんの出番ですかね。」


 朔耶の鶴の一声で後日、ゆかりの家で集合する事にしてこの日は解散となった。


 夕食を終え、風呂を済ませた紫苑は哲生にグラスと日本酒を差し出す。哲生がグラスを受け取ると日本酒を注ぎ入れた。


「毎回思うけど、視えない人が今の状況目撃したらポルターガイストだよねー。グラスが浮いてんだもんね。心霊系ユーチューバーとか大喜びすんだろなぁ。」


 紫苑は言いながら日本酒を煽る。哲生もグラスに口を付けた。


「まぁ。あれだ。じいちゃんも色々あったんだね。」

「……そうだな。色々な事があった。霊力なんて物を持って生まれたばかりに普通に生きる事が出来なかった。居場所を求めて霊能者の道を選んだが、この仕事は因果を呼ぶ。一つ取り払えばそこから新たな因果が生まれる。負の連鎖だ。こうしてお前や桜子にまでワシの因果を背負わせてしまった。本当にすまない……。」


 紫苑が空になったグラスに酒を注ぐ。


「因果な商売だねぇ。でもさ、私は後悔してないよ。こうやってじいちゃんと酒飲めるも楽しいしね。危ない事も多いけどさぁ。霊力がなかったらじいちゃんとの思い出も作れなかった訳だしね。」


 紫苑と哲生の灰色の瞳が重なる。


「そうか……。」

「そうだよ。しっかし魔物の正体が私のおじさんだったとはねぇ。マジ衝撃だったわ!」


 哲生は苦笑するとグラスの中身を飲み干した。

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