第4話 新たな土地、エステル
嗅ぎなれない木の香りが、鼻腔をくすぐる。確かに感じる暖かな温もりに目を覚ますと、太陽の日差しが大きな窓の隙間から溢れていた。
驚きに身体を揺らせば、何かが軋む音が聞こえる。
「ここは……」
脳裏に焼き付いた真っ白な病院のベッドとは違う、木の温もりに抱かれた空間。
先程の出来事は全て夢だったのでは無いだろうか。そう勘違いしてしまいそうな程、私は自然に此処に存在していた。この世界は、私を受け入れてくれている。
パタン。と、もう一度身体を沈める。大きめの枕と布団が、小さな埃をあげながらゆっくりと私を包み込んでくれた。
天井に使われている茶色い木の木目をぼんやりと眺めながら、ふと感じる。
「……私、生きてるんだ」
言葉にしてしまえば、尚更実感が色濃くなる。
口から流れ落ちた凛とした声は、確かに私の存在を其処に表していた。
体に力を込めると、簡単に動く。手も、足も、何もかも。
──久しぶりの感覚だった。
もう一度ベッドから上半身を起こし、ゆっくりと床に足をつける。動かし方が分からなくなっていないだろうか。なんて、そんな心配は杞憂だった様で……。
踏みしめたフローリングの感触が、強く当たり前の様に伝わってくる。何とも言い難い感動に、無意識に唇を噛み締めてしまっていた様だ。
あれはもう、前世というべきなのか私には分からないけれど
名前も知らない彼の顔を思い出す。何故だかもうぼんやりとしか浮かばなかったけれど、彼には感謝の気持ちでいっぱいだった。
「ありがとう」
彼に届くのかさえもかわからない感謝の言葉は、空気に溶けて消えてしまった。
胸元に感じる確かな彼の重みに、夢じゃなかったと目を瞑る。
そのまま深く、二度深呼吸をする。やっぱり、木の香りが心地いい。
改めて見たベッドは大きめのサイズで、3人くらいで寝てもスペースが余りそうな感じがする。
……3人で寝る機会なんて、そうそう無いけど。
ベッドの近くには背の小さめな本棚と、2人用サイズのテーブルと椅子が置いてあった。
他にもクローゼットの様な物など、収納スペースがいくつか用意されている。
部屋は思ったよりもしっかりとした豪華な作りになっていて、1階へ繋がる階段は吹き抜けの様になっているみたい。思わぬ事態に、テンションが上がる。
って言うか、私どうしてこんな豪華な家で寝てたんだろう。もしかして他人の家……?
恐ろしい疑惑をしまい込み、ゆっくりと階段を降りる。
1階にはキッチンや大きめのファミリーテーブルが設置してあった。トイレやお風呂も綺麗だったし、この家を用意した人は余程のお金持ちに違いない。
私は、ファミリーテーブルの上に置いてあった焦げ茶色のウエストポーチと、一枚の手紙を手に取る。
──親愛なるラルシア・フローラへ
無事に目が覚めたみたいで、安心したよ。
その家は、君の家として僕が新しく作ったから自由に使ってくれて構わない。同居人が何人増えても大丈夫な様に少し部屋数は多くしたから、安心してほしい。
一緒に置いてあるウエストポーチはマジックアイテムになっていて、無制限に物を入れられる様になっているよ。大きさや容量に制限もないし、その中は時空が止まっているので温かいご飯を入れておけばいつでも温かいまま食べられる優れものだ。
珍しいアイテムだから、大事に使うんだよ。
あと、少しだけどこの世界で生きるのに必要な物も入れて置いたから、時間があるときに確認して欲しい。
身分証明書とエステルの書、それに金貨5枚だ。有効に使ってくれると信じているよ。
それではどうか、この世界を楽しんで。
──────
家を用意したのは、余程のお金持ちどころじゃなかったみたい。結構世界に干渉しちゃってる気がするんだけど、それは言わないでおこうと思う。
「っていうか、金貨5枚って……」
つい、呆れて声に出してしまうのは仕方がないことだと思う。あの空間で授かった彼からの贈り物の中に、最低限のこの世界での常識という物があった。
そのおかげで、金貨5枚というお金の大きさが、嫌という程わかってしまう。
恐らくこの家を持ち家として考えると、この世界で1ヶ月生活するのに必要な額は、約金貨1枚。勿論、食費などの生活費も含めての値段。
そう考えると、何もしなくても5ヶ月は暮らせる計算になってしまう。
……勿論、そんな生活をするつもりはないけれど。
折角手に入れた新しい人生なのに、何もせずにボーっとして過ごすなんて絶対に嫌。何が何でも、充実した人生を過ごしてやるんだ。
と言っても、目指すのは最高に充実したスローライフ、なんだけどね。
焦げ茶色のウエストポーチの中に手を入れて、身分証を、と念じる。すると、手に硬いカードの様なものが当たる。
きっと、これが身分証明書なんだろう。思い切って引き出すと、それは銅板で出来たカードだった。名前に性別、住所などの大まかな個人情報が刻印されている。
前の世界の保険証や運転免許証と言った感覚で使うんだろうか。
身分証明書をしまい、そのままウエストポーチを腰に付ける。軽くて着けている感覚が殆ど無いのも、マジックアイテムの特徴の1つなのかもしれない。




