第3話 1000年の、時を越えて。
私の返事を聞いた彼は、小さな微笑みを浮かべる。それはどこか儚げで、彼はすぐにでも消えてしまいそうだ。
そんな錯覚にさえ、囚われそうになる。
「そうか、良かった……。それでは、先にこれからいく世界の説明をしよう。今は時間が無いから、簡単に済ませる事を許しておくれ」
彼が空間に手をかざせば、世界地図のような物が半透明のスクリーン状の物の上に現れる。
「これが僕が管理している世界、ラフィネリアの世界地図だ。この様に何個かの大陸に別れている。君の元いた世界とは、全く異なる世界だ。」
その地図には、海で仕切られた大小様々な大陸と、小さな島の様な物が点々と描かれている。
「そして、君は此処。人間の住む大陸で三番目に大きい国のある場所に送ろうと思う。名はエステラ王国。この国は他の国よりも治安が良く、安全だ。君に力添えしてくれる人も、必ずいるだろう」
彼が指差したのは、一番左下に描かれている大陸だった。
「本当は、一番大きな国に送ろうとも思ったんだ。でも、大きな分危険も多い国だからね。今後その国に行く事もあるだろうけど、十分注意した方が良い。……と言っても、まだ先の話になるだろうけどね」
せっかく貰ったこの命。危険は、なるべく少ない方が私も有り難い。
「他にも沢山、説明しておかなければならない事がある。僕のこの世界はまだ未完成で、争いごとも多い」
彼は、ふう。と溜息を吐きながら、何度目かの悲しい顔をする。
「魔族と呼ばれる様な魔人や、強い力を持つ魔獣等の【人間では無い生き物】が、この世界には数多く存在しているんだ。時には異種族同士で争い、そして時には人間同士でさえ争いを繰り返している。悲しい事だが、これは君にも知っておいて欲しい」
悲しげな表情は途絶える事なく、彼の心労を告げているかの様だった。
「争いを無くすことは出来ないの?」
「……とても、難しいだろうね。僕はこの世界の大きな部分に直接介入する事が出来ないし、彼らの間に根付いた互いへの畏怖は、簡単に拭い去ることは出来ない」
「……そう、だよね」
私がいた世界にだって、遠い場所で毎日のように戦争や争いが起きていた。きっと、この世界でもそれは同じなんだろう。
「そして、もう1つ。この世界の原動力は〝魔法〟だ」
そう言って彼が指をパチンと鳴らすと、小さな炎が空間に浮かび上がる。
「これがその魔法の1つだ。君の世界には無かった物だから慣れるまで時間は掛かるだろうけど、大丈夫。必ず君は、上手くやって行けるよ」
「どうして、そう言い切れるの?」
「君が、君であるからさ」
彼の答えは、直球で。それでいて、遠回しで。
たった16年も生きていない私には、さっぱり訳がわからなかった。
「そして、この世界には【レベル】と【スキル】という概念が存在している。少し難しいかも知れないけれど、説明をするから聞いて欲しい」
彼の手により世界地図が消され、新たなスクリーンが表示される。それは、子どもの頃に一度だけやったゲームのステータス画面によく似ていた。
確か、魔法で敵を倒して戦うゲームだったんだけど、戦闘が多くてすぐにやめてしまった。
懐かしい記憶を辿っていると、彼の手がスクリーンを撫でた。
「……ラルシア・フローラ。一番上に書いてあるのが、新しい世界での君の名だ」
噛みしめる様に彼がその名を呼ぶと、ピリッと痛みが走った。身体のどこが痛んだのか、それは見当も付かないけれど。
ラルシア・フローラ。その名前が、ストンと胸の奥の奥へと落ちていく。
「君にとって……。君にとって、この世界で最も相応しい名前を用意したつもりなんだけど、気に入って貰えたかな」
不安げな顔をする彼の目の奥に、何かが揺れる。
「……うん。とても素敵な名前。まるでずっとこの名前で呼ばれていたような、そんな気になっちゃう」
ふざけて笑う私を見て、彼も笑顔を浮かべる。
「そして、名前の下に種族や性別、年齢が書いてあるね。ヒューマンとは、人間のことだ。Lv.1と書かれているのが見えるかい?これが、君の今のレベルだ。このレベルが上がれば上がるほど、君は強くなる」
強くなる。その言葉に多少の違和感を覚えたのがわかったのか、彼は言葉を続けた。
「強くなると言っても、この世界は戦闘だけで成り立っているわけじゃないよ。商人や料理人等、様々な職があり、皆好きな分野で活躍をしている。
そういった分野を極めていけば、自ずと経験値も入りレベルも上がったりはする。そして、レベルは高いに越したことはない。基礎ステータスが上がれば、ある程度の困難には立ち向かえる様になるだろう。」
そう言って彼は、ステータス画面の横に新たなスクリーン画面を表示する。
「これが、スキルと呼ばれるものだ。スキルには固有スキルと通常スキルと言う物があって、人によって持っているスキルが異なるんだ。スキルにもレアリティなんかがあるんだけど、それは今は省いておこう」
彼が指で、コモンスキル一覧と書かれたスクリーンを、サーっとスクロールさせる。
「スキルとは、誰もが生まれ持っているものだ。レアリティに差はあれど、通常15〜20種のスキルを持って生まれてくる。それを使いこなせるかは、その人次第という部分もあるんだけどね。君のスキルは、向こうについてからのお楽しみだよ」
何かを含んだ様なその声に少し疑問が浮かぶけど、レベルに、スキル。新しい世界にとても興味が湧いてしまったのは間違いない。
「よし……そろそろ、お別れの時間だ」
無機質な部屋に広がったその彼の言葉には、沢山の感情が混ざっている様に思えた。寂しげで切なげなその声音に、私は彼の近くへ寄っていく。
「君の魂は少し弱っているから、この世界で生きやすい様に少し僕の力を送っておくよ。それと、この世界での最低限の知識。これは、僕からの贈り物だ」
優しく、おでこにキスをされる。突然の出来事に対する動揺と気恥ずかしさで、私は完全に動けなくなってしまった。
「ラルシア。幸せに生きるんだよ。」
彼に告げられた別れの言葉と共に、馴染み始めた身体が息をし始める。
「これを君に。何があっても、無くさない様に」
段々と見えなくなって行く視界の中で、ひんやりと首元に違和感を感じた。その重みに、何故だかとても泣きそうになった。
もう少しだけ、彼のそばに居たい。言い知れぬ感情が胸に込み上げ、声にならない声で、私は叫んだ。
彼には私の叫びが聞こえているのだろか。
優しく撫でられた頬に伝わる温もりに、一層心が震えた。
「行ってらっしゃい……私の大切な──」
彼の優しい手に押される様に、私の意識は完全に飲み込まれてしまった。




