ブリーダーの才能
……ここかな?
3階にたどり着いた私は、ブリーダー総合受付と書かれたカウンターの前に来ていた。
たったの3階まで上がるだけなのに疲れ切ったこの足腰は、どうやら鍛え直さなければいけないらしい。
「すいません。ブリーダーの登録をお願いしたいのですが」
「はぁい。新規のご登録ですね〜。お客様、冒険者ギルドのカードはお持ちでしょうかぁ?」
ローズウッドさんやアナスタンシアさんとは違うタイプの話し方をする女性だった。
ふわふわの黒髪と優しそうなタレ目。ローズウッドさんやアナスタンシアさんもそうだけど、やはりこの世界の女性は美人や可愛い子が多いらしい。
「あ……。いま発行してもらっているんですけど、ギルドカードがないと登録は出来ないですか?」
「いえいえ、大丈夫ですよぉ〜。発行中なのであれば、後ほどこちらで確認致しますので、身分証明書だけ見せてくださいねぇ」
言われた通りに身分証明書を差し出すと、女性はうんうん、と頷いて証明書を返してくる。
「はぁい。ラルシアさんですね。私、ソフィーナ・ローレンスと申します。ブリーダー専門のギルド員になってますので、何でも聞いてくださいねぇ〜。ラルシアさんは、ブリーダースキルは何をお持ちでしょうか〜?」
「はい。……えっと、特級ブリーダーのスキルを持ってるみたいです」
「まあ!特級ブリーダー!ラルシアさんは、ブリーダーの神様に愛されているのでしょうか〜。きっと、素晴らしいブリーダーになれますねぇ。それでは、ブリーダー登録はこちらでしておきますねぇ。
ブリーダーにも、ギルドランクとは別にブリーダーランクと言うものが存在しますぅ。これから、詳しく説明しますねぇ。あ、スピルバさぁ〜ん!今からブリーダー講習をしてくるのでぇ、受付お願いしまぁす」
ソフィーナさんがカウンターの奥にある部屋に呼びかけると、スピルバさんと呼ばれた男性が姿を現した。背は高く、クールな印象の人だった。
「さて、それではソファーに移動しましょうかぁ。まず、ブリーダーについての説明をしますねぇ。ブリーダーとは、一般的に自らの手で害のない魔獣を生み出し、育てる職業のことを言いますぅ。
この世界にはテイマーと呼ばれるスキルを持っている人が沢山いますので、そう言った方に良質な魔獣を提供するのが私たちブリーダーの仕事になりますぅ。 一言で魔獣と言っても、獰猛な魔獣や気の弱い魔獣等、この世界には沢山の魔獣が存在しますので、少しずつお勉強していきましょうねぇ」
魔獣を、育てる。かぁ。
そうだよね、前の世界と違ってブリーダーと言っても、その相手は犬や猫じゃなく、人を襲う魔獣なんだ。
「それでは次に、ですねぇ。魔獣には愛玩魔獣と呼ばれる、人間に害を成さないと検証されたペット向きの魔獣と、野生で出会えば一発で襲いかかってくるような魔獣さんもいるんですぅ。なので原則として魔獣の売買はギルドを介して行ってくださいねぇ。ギルドを介さずに無断で売買をしてしまうと、闇取引取締法に反してしまいますので、一発でお縄ですよぉ〜」
あはは、とソフィーナさんは愉快そうに笑う。いや、笑い事ではないんだけどね……?
「あ、そうそう。愛玩魔獣はブリーダーやテイマーのスキルを持っていない、一般の方に販売することも可能ですぅ。きちんと躾をして幼い頃から人間の手で育てられた魔獣は、びっくりするほど人馴れしますからねぇ。
ですが、愛玩魔獣に指定されていない魔獣はブリーダーやテイマーのスキルを持っていない方には販売出来ません。このスキルがない人間には、魔獣を扱うことはできませんからねぇ。この辺は売買の際にギルド側がしっかりと調査するので、ご安心くださいねぇ」
なるほど。愛玩魔獣は元の世界のペットに一番近い存在。という解釈で間違い無いのかもしれない。
「そして、次に。月に一度ギルド員がブリーダーさんの魔獣舎を調査しに行きますよぉ。こちらの調査は法律によって義務付けられていますので、ご協力よろしくお願いしますぅ。飼育環境や魔獣の健康状態などをチェックしますからねぇ。状況により、ブリーダーカードの停止や最悪カードの剥奪もされてしまう場合がありますので、お気をつけくださいねぇ」
「はい、わかりました」
「そして、そうそう。ブリーダーランクのお話ねぇ。ブリーダーランクは、スキルのレア度と同じ様な感じでブロンズからレジェンドまであるんですよぉ〜。
ランクによってブリーダーとして飼育できる魔獣の種類が変わって来ますぅ。ブロンズランクは基本的に愛玩動物のみですが、シルバー、ゴールドと上がっていくうちに様々な魔獣を扱うことができるので、是非頑張ってランクを上げてみてくださいねぇ」
「そうなんですね。因みに、ランクはどうやって上げていくんですか?」
「そうですねぇ。まず一つ目。先程の月に一度の調査で、高評価を最低3度受けていること。そして、魔獣飼育の経験や売買の経験、クエストの達成度をギルド側で評価し、その実力が認められた場合にブリーダーランクが上がる仕組みになってますぅ。お客様のニーズにあった魔獣をどれ程売買しているか等も見られますねぇ」
最低3度の高評価を受ける為には、最低でも3ヶ月。上のランクを目指すには。かなり時間がかかりそう。でも、そうだよね。簡単に高ランクになって凶暴な魔獣を育てるのなんて、絶対に無理だもん。こういうのは、時間をかけてゆっくり学んでいかなきゃいけない。
「さて、それではあちらの部屋に移動しましょうかぁ。実際に愛玩魔獣と触れ合って見ましょうねぇ」
「これから触れ合えるんですか!?」
思わず大きい声を出してしまう。何を隠そうこの私、実は無類の動物好きなのだ。
魔獣と言えど、動物。愛玩魔獣ならなおさらだ。
「はぁい。もちろんですよぉ〜。新人ブリーダーさんのサポートはお任せくださぁい」
やばいです!!私ラルシア、ここに来て物凄くテンションが上がっております!!
興奮する私を見て笑いながら、ソフィーナさんは一つの扉の前で立ち止まり、ゆっくりとドアを開ける。
「さぁ、どうぞどうぞ〜。こちらが愛玩魔獣さんたちのお部屋になりますぅ〜」
部屋の中に入ると、そこはまさに天国だった。ぴょんぴょんと楽しそうに飛び跳ねているうさぎのような小型の魔獣や、大型犬サイズの魔獣など、様々な愛玩魔獣で溢れかえっている。
「しあわせ……!!!!」
思わず口走ってしまうが、仕方がない。これは仕方がないことなのだ。
「さて、サラーッと説明しますねぇ。こちらの手前にいるのが、 モチラピィといううさぎ型魔獣です。触り心地が食べ物のお餅に似ていることから、この名前がつけられたんですよぉ〜。
モチラピィはうさぎ型魔獣の中でも小型の魔獣なので、特に女性の方に人気のある愛玩魔獣ですねぇ。この部屋にいる子はみんな成体ですので、これ以上大きくなることはないんですよぉ〜」
モチラピィと呼ばれた魔獣はうさぎ型魔獣の中でも活発な種類らしく、見ていて飽きない。綺麗に立った耳を更にピーンと立ててみたり、跳ねてみたり。
中には、お互いの毛繕いをしているものもいる。
「凄く可愛いですね。これは女性に人気な理由もわかります。大人になってもこのサイズなら、飼育環境も整えやすそうですね」
「ええ、そうなんですよぉ〜。餌も牧草やお野菜でいいので、低コストでお家の中でも飼えますねぇ。ほら、モチモチですよぉ〜」
はい、とモチラピィを手渡され、慌てて両手で受け取る。つぶらな丸い目と、きめ細かな整った白い毛並み。
何より、その触り心地……。
「すっごいモチモチですね……。モチモチふわふわ、モチふわ天使ですね。これは破壊力が大きいです」
しっかりとモチラピィを堪能して、ソフィーナさんに返す。
どうしたのー?という表情を浮かべながら、モチラピィは撫でまくる私のことを大人しく私を見ていた。
「ふふ、これでモチラピィ信者が一人増えましたねぇ。さ、他にも沢山いますから、いっぱい見てみましょうねぇ」
ソフィーナさんに案内され、その後も愛玩魔獣をひと通り堪能し尽くした。ブリーダーのスキルを与えてくれた神様、心の底からありがとう。
「さぁて、沢山の子を紹介できましたねぇ。どの子が気に入ったとか、ありましたぁ?」
「そうですね。やっぱり一番最初に見たモチラピィですかね。それと、ベリーキャルトでしょうか」
ベリーキャルトとは、3番目に紹介されたねこ型の愛玩魔獣だ。体から常にベリーの香りを発しているので、そう名付けられた様だ。ベリーの香りを出している理由は未だにわかっていないらしい。
毛は長く優雅な雰囲気もあり、ねこ型の魔獣の中では比較的大人しく人馴れしやすいタイプだそうだ。
「ふむふむ。ちなみに、魔獣舎の用意はまだできていないですよねぇ?この2種類は自宅で繁殖できるので、良ければペアで連れて帰ってあげてください〜」
ソフィーナさんが、突然驚きの言葉を口にする。
「つ、連れて帰っていいんですか!?」
「ええ、大丈夫ですよぉ〜。ここにいる魔獣さんたちは、信頼のあるブリーダーさんたちから譲っていただいた子たちですぅ。新人ブリーダーさんへのお祝いとして、ギルドから必ず1ペアお渡しする事になってるんですよぉ〜。
腕のあるブリーダーはこのギルドにとっても貴重ですからねぇ。ラルシアさんにはきっと才能があると思うので、特別に2ペア差し上げますねぇ」
どうやら、ギルド側のサポートの一環らしい。ブリーダーとしての仕事は生体をペアで購入する時点で物凄くお金がかかり、登録だけして帰ってしまう人が多いのだとか。
やっぱり、受けられるサービスは受けるのが無難だよね。なんせ、この天使ちゃん達がうちの子になるんだから……!!!
「それでは、この子達の飼育方法やブリーディング方法等が詳しく書かれた本もおひとつ差し上げますねぇ。明日の夕方に、ご自宅までギルド員が責任を持ってお届けしますので、ご安心ください。餌などはサービスに含まれていませんが、購入される場合一緒に運ぶ事も出来ますが、それでよろしいですかぁ?」
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」
「畏まりましたぁ。餌も何種類かお持ち致しますので、気に入ったものを購入してくださいねぇ。それでは、今後ともよろしくお願い致します〜。あ、これ忘れてましたぁ。ブロンズブリーダーカードですぅ。ブリーダーである事の証明にもなりますので、無くさない様お気をつけくださいねぇ」
ソフィーナさんはゆっくりと頭を下げ、カウンターの方へと戻っていった。
未知の農業に、未知のブリーダー生活。正直うまくやっていける自信なんて微塵もないけれど、なんとか頑張らないと。
私は1階に降りて新品の冒険者ギルドカードを受け取り、今日はそのまま家に帰る事にした。




