Chapter “Ⅰ” epilogue Ⅴ
お待たせ。
「…………またか」
真っ暗な世界だった。
見渡しても、見渡しても何処までも続く深遠の世界。
そこに、誰かがいた。
俯いて、顔色はわからない。
汚れた手で、何かを掻き分けていて、しきりに「どこなの、どこなの……?」と呟いている。
声色からして女性なのはわかっている。
髪も、男性にしては長すぎるし、艶も男のものとは思えない。
ただ暗闇の中で僅かに見える程度な為、髪色も何もかもが分からない。
(なんなのだ、これは………!)
またしても。
またしてもエストレアは夢の中に旅立っていたのだった。
「どこ、どこなの、わたしの………わたしの、あの人との稚児は……!」
悲壮な声で、あたりを然りに探る女。
「…………許さない」
(ん?)
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して」
ぐるん、と此方に視線を向け、こちらが怯むほどの呪詛の言葉を浴びせてきた。
(ひっ………!!?)
細く、萎びた両の手がエストレアの首を捉える。
「お前、か?」
夢の中だというのに、動くことさえできずにあっさりと捕まってしまい。その力は見た目に反してーーー
「お前が、奪ったの?」
(なんて、力だ……!!?)
やけにリアルだった。
「死んで?」
(誰か………!!)
ーーーだから言ったじゃない、影に気をつけなさいって。手間のかかる王女様なんだから
暗転する、その間際にエレインの声が聞こえた気がして。そのまま意識はプツンと途切れてしまった。
●●●
「はっ!!?」
そうしてエストレアは悪夢から目を覚ました。
相当うなされていたのだろう、寝汗が酷い。
寝巻きであるネグリジェも汗で湿っている。真冬だから汗が引いた後が大変である。
(それにしても、恐ろしい夢だった。マリウスに知り合ってから加速的に何か夢を見る頻度が増えたような……)
「マリウスの奴、何か録でもないこと隠してないだろうな……?」
今度会った時は是非問い詰めてみるか。納得いくまで、とことんに。
「しかし……夢、か」
夢。
元の、現世においてもメカリズムが不明な非現実の世界。
記憶のノイズだとか、感情のパターンが視覚化しただとか言われているものの何も分からない。古来より、神からの啓示とも言われてもいた、とか。
その他の類は紅 諸葉であっても知識外である。
時刻は既に深夜を回っていて地球の日本時刻換算だと夜中の二時あたり。
真冬ということもあり、自覚した瞬間ブルルッと体を震わせた。
「今更、寝付けないな………。外歩くか」
汗まみれのネグリジェを脱いで、脱衣用のカゴに押し込むと箪笥からキャミソール一枚を取り出す。
発育の良いエストレアにとってキャミソールのような服はデザインが崩れやすいからあまり着ないのだが………ないのだから仕方ない。
その上からガウンを羽織って、紐を止めるとドアを開けて廊下へ。そのまま進んで中庭へと出て行く。
ちょうど三日月が雲の隙間から覗かせていて、僅かな月明かりが自分を照らす。
真冬の風が吹くと、少し体を強張らせて耐える。
「少し、歩くかな………」
いつでも戻れるように、中庭から近くのバラ園を目指すことにした。
そこに行くと、何故か先客がーーー、国王アグラエィンがいた。
「陛下………!?」
「っ!おお、エストレアか、夜分遅く何故ここに?」
エストレアの驚きに気づいたアグラエィン王は驚きを露わに此方に顔を向けてくる。
「少し、夢見が悪く……寝付けなかったのです」
「儂も寝付けなくてな。いつもこうしておる。政務が長引いたりする時も、大抵ここで一休みしておるのだ」
「ほれ、隣へ来んか」と彼が座るベンチの横に座るよう促される。
相手が相手なので断るわけにはいかず、一礼し「失礼します」と彼の横に座る。
「息子が見たら大層驚くであろう。若葉のような嫉妬心燃やしてな、ハハハ」
「複雑な気持ちです。彼のことは好いてはいますが、わたしはーーー」
座るなり、アグラエィンはここにいないジェラルドの悔しそうな顔を思い浮かべ笑う。
しかし、エストレアはジェラルドを友人として親愛を抱いているものの、それ以上踏み込んではいなかった。今でも、それ以前からも。
おそらくそれは変わることはないだろうと思っている。
「まぁ、其方のことを考えれば致し方なしだ。彼奴の想いは本物だが、世界の情勢からして其方と結ばれることはほぼ無いだろう。“魔王の娘”という枷がある限り」
「陛下……」
その顔は、まるで父親のように優しげで哀れみというよりは心配そうに語りかけている。
魔王の娘、という枷がなければどうだろうか。いや、紅 諸葉の心を持ってもいるからやはり、無いと思う。
「この先其方にはかなり辛い道が続いて行くのだろう。儂にも到底お呼びのつかないような、そんな未来もある。だが、何かあれば遠慮なく頼れ。アーノルドめにも何度も言ってあることだがな」
「ありがとうございます。そういえばお聞きしたかったことがあるのですがよろしいのでしょうか?」
「うむ?」
「後宮に住まわれている、イザベラ妃殿下、御妹にあたるリリン王女にカエサル王子は息災ですか?」
エストレアが面識が深い王族は目の前のアグラエィン王とジェラルド王太子のみ。上にあげた三名の王族に至っては二、三回顔を見たことがあるのみで、彼らほど深く関わっていなかったりする。
「奇跡的に、無事だ。何の負傷もなく、な。ただ、リリンはなぁ、トラウマになったのか外に行きたがらなくなった。妻が毎日のように説得をしているがガンとして出てこないのだ」
「それは……」
社交会に出たばかりの幼児があんな恐ろしい事態を目の当たりにすれば恐怖で体が震えてしまうのは分かっている。
そもそも、シェートリンド王国において外交及び政治面で王妃が表に出てくることはほぼ無い。
王妃といえば、国を収める王の妻として常にどっしり構えているのがイメージとして定着している、のだが。
建国記念日などの特別な行事以外、滅多に顔を出さないのだ。
なのでエストレアが幼い頃、疑問に思ってアーノルドに聞いたこともあったのだが帰ってきた答えは濁されてしまった。
後に王都にある、図書館に訪れた際『王権考察大全』という書物においてある事件に原因があるのではとされていたことがある。
それは、初代から数えて6代国王フィンマクールの王妃ナァーザが公の華として存在していた際、市民の目の前で“暗殺”されたという記録が残されていた。その際にはフィンマクールも同席していたとか。
その事件の内容を思い出すと、“ケネディ暗殺事件”みたいだなと思った。
以来、王妃が公に顔を出すことを法として禁じられ、その後長きに渡り王妃は存在しつつも名前だけが国民の間に広まるだけにとどまり、その顔はヴェールにより神秘性が付与された。
話は逸れたが、無事であるのであれば一安心である。心のケアに関してはエストレアとて安易に踏み込めないものだからだ。
「世界は移ろいでいくものだな。戦役が終わったと思えば、君という存在が明らかになって新たな敵、六闘将なる存在が浮き彫りになった」
そうなのだ。
マリウスが「キュリアが生きている」と言った時、マリウスの力でどこにいるのか視てもらった所、王都から東に少し離れた林園と湖がある場所で確認できたそうだ。
それを知ったエストレアとジェラルドはすぐさまアグラエィン王の元へ直訴し、複数名の白薔薇と竜蘭の騎士達を伴い現場に向かった。
キュリアは確認できた。
何者かによる鋭利な武器で見事に喉元を切り裂かれ、心臓を一突。脈もなく、完全に死んでいた状態で発見された。
その後、荷車が来て運び込むと王宮内で徹底的に調べ上げた後、灰すら残さず滅却した。
ただ、誰が彼女を倒したのか。
それだけは誰にもわからなかった。
彼女の遺体に立ち会ったエストレアはキュリアの傷の着き方にどこか見覚えがあった気がしたが気のせいだろう。
その後、少し一悶着あったのだが無事に会合は終わり、難なく今後の事をまとめ上げた後にマリウスは今後人類が敵対する勢力を公開した。
「六闘将、か。キュリアのような実力を持つ者が六名、それを率いる今の魔王がーーー我々の敵か」
「正確には人類とーーー魔王の娘が倒すべき相手、ですが」
「正直な話をお話ししても宜しいでしょうか。私は、まだどうあるべきか迷っております。生まれとして魔王の娘である、それはいいのです。ですが、魔法使いのマリウスは私を王権の復活として願っているようなのです。十二種族の王として、玉座に至るよう導く、と」
「其方は人でありたいと願っておるのだな。だが、魔王のの落とし子としてそれを阻んでいる、いや必然と我々と線引きをせざるを得ないと見るべきか。…………、エストレアよ。これは王としての儂ではなく、一人の男として助言するならば一つ与えよう」
アグラエィン王はベンチから立ち上がると、座ったままのエストレアの肩に手を置き優しげに微笑んだ。
不敬と思いつつも見上げるエストレア。
「そういう時はな、旅をするのだ。どうありたいかは君次第ではあるが、少なくとも旅をすれば自ずと見えて来るだろう」
「旅を………」
「冒険者として生きて行くのもいいが、旅人としてしばらく生きるのも手だ。旅をする上で、いろんな国を訪れるだろう。今回の他国のこともあるが、逆に飲み込んでしまえばよい。旅は良いぞ?何者にも囚われず、自分を見つめ直し、己を磨くことが出来るのだから。儂も、昔はよく無茶をしたものよ」
「陛下の昔のお話はイメージが難しそうです。正直なところ、興味が湧いてきました」
くすっ、と笑う二人。月明かりが二人を照らす中、早朝から出ている人たち用の鐘の音が鳴る。
「ふむ、長居しすぎたな。エストレアよ、儂はいつでも見守っておるからな」
「はい、おやすみなさいませ。陛下」
エストレアに背を向けて歩き出し去って行くアグラエィン王を見送ると踵を返すべく歩を進める。
まだまだ深夜ではあるが、官僚の中にはこの時間帯が朝として動く人がいる。
無論、使用人も当直の人はこの時間帯から動き始めているだろう。
「さっさと帰ろう。見つかるとまずいからな」
バラ園を抜け、自室に戻る。
彼女がバラ園から姿を消すと半透明の黒いモヤのような人型が月明かりに照らされて浮かび上がる。
「ア”ァ”………」
雲が月を隠し、また顔を覗かせる頃にはそれはすでにいなくなっていた。
ただ、そのモヤがいた場所には人を象った人形が残されていた。
その由来を知るものはまだいない。
●●●
「寝付けませんか、アナト枢機卿閣下」
ランプの灯が浮かばせる、憂いた顔をして窓から覗く三日月を眺めるアナト・ティンベル枢機卿に彼女の長い付き合いである女騎士が問いかけた。
「えぇ、まぁそうね………」
寝付けるわけがなかった。
理由は分かりきっている。
各国の首脳陣と我が国、そしてこの国とが情報を共有した事で再度人類は脅威と向き合わなくてはならない。
それを理解した上で、魔王の娘という特大の爆弾を孕んだまま。
彼女は生まれ持った宿命を全て受け入れたわけではないと思っている。
その強大すぎる力、古に封じられし原初の摂理を体現する神の力を私欲のために振るう人でもない事も分かっている。
「駄目ね……情が湧いてしまうわ」
「閣下のことを思えば分からなくはありませんが……いつ、こちらに牙向くか分からないというのは分かり切ってますが怖いことです」
「それが普通の反応よね」
祖国は、教皇は受け入れるだろう。あの方は未だ15年前を引きずっていているが、彼女の実母であるアナスタシアを想わない日はないからだ。しかし、過激派が政を仕切っている。
なので、過激派が数を増している今押し切られればあの国は彼女を排斥しようとするだろう。
囚われれば、想像さえおごまかしい拷問に次ぐ拷問の果てに処刑が目に見えている。
アナト含める穏健派あるいは共存派としては何としても教皇を抱え込み押さえつけておきたいところだ。
古き教えが捻じ曲げられて異教徒は絶つべしという考えは今の社会には似つかわしくない。
だが、差別主義者というものはどこにでもいる。
ここにいる女騎士も言っていたように。
人は、同じように足踏みを揃えないと気が済まない生き物だ。
何かと違う者がいれば、それが障害を抱えるのであればまだいい。庇う人が少なからずいるからだ。
例えば、一線を画す力を一人だけ持っていたらどうか。
戦乱の世の中であれば重宝されるだろう。希望になりうるのだから。だが、今の世の中のように仮初かもしれないが平和の世の中でそんな力があるとどうか。
本人にその気がなくても、周りはそう取らない。
いつそれが自分たちに向けられるか、そう考えざるを得ないのだ。
それは人の、心を持つが故の本能なのでどうしようも無い。
「難儀なものね。十二種族の存在する意味を理解している者がどれほどいるのかしら」
「いないと思いますよ。少なくとも、片手で数えられる程しかいないと思います」
十二種族の存在する意味。
それは永き時を経てほとんど風化してしまった。風化していなければ魔王の娘である彼女を血眼になってでも取り返しに来るはずなのだ。
かの魔法使いマリウスもそれを理解しているようで、だからこそ、彼女をこの国から引き剥がそうとしたのだろう。
「彼女がまさかペンドラゴンの名を継いでいたとは思いも寄りませんでした」
魔族と呼ばれる十二種族の王、魔王にして正しき神の血の吸血鬼が玉座に至る際に名乗る継承の証、それがペンドラゴンだ。
今後、彼女については過激派と穏健派は意見の火花を激しくすることは容易に想像がつく。
「それよりもこれをどう思うかしら」
「拝見します。……………。これ、下手すると戦役の二の舞になるのでは?」
アナトは机の上に無造作に置かれた、蝋で封をされた手紙の中身を女騎士に手渡す。受け取った彼女は流すように読む。
が、書かれていた内容は場合によっては戦争も辞さない事態であった。
「『魔王の娘を抹殺せよ』、ですか。こういう輩が出て来ることは分かり切ってましたが、阿呆なのですかね?枢機卿過半数による強制執行権。読む限り、教皇猊下の国璽は出ていませんね。過激派の独断と読めます」
そういうことである。
神聖国上層部、アナト枢機卿ら穏健派を押し切りいや、彼ら交えての討論待たずに執行させたのだろう。
『聖罰処刑隊』が来る前に早いところ、この国から脱出させる必要が出て来る。
魔王の娘でもあるが、我が国の正式な聖女の娘でもあること、教皇の数少ない血縁でもあることから穏健派としてはなるべく守護したいところでもある。
最悪の場合、この国と我が国、ひいてはあり得ないかもしれないが魔族が再び彼女の元へ集い新たな陣営となって牙を剥く可能性が出る。無論、相手は我が国になるだろうが。
十五年前を思い出す。その際の神託を。
聖女アナスタシアと魔王アレクサンドルとの間に生まれたエストレア。彼女が王として玉座に就く時、世界を統べる覇王になるという予言。
今は己の在り方に迷っているようだが、いずれはそうなるのだろう。
運命の強制力とはそういうものだ。きっと遠くない未来なのかもしれない。
「気がかりなことがあるのよね。マリウスが言っていた………キュリア達、現魔王派とは違う第三勢力の存在の有無。あいにく分からないところではあったけど」
市民や騎士団の何人かが所属不明の人物を見た、と証言があったのだ。林園で死亡していたキュリアはその人物が手をかけたとも言える。魔王派による粛清とは見れないことからマリウスもかなり困惑している。
「やめましょう、考えたら歳の頭では追いつかないわ。ありがとう、今度こそ眠れそうよ」
窓の外では雲から三日月が再び顔をのぞかせ、アナトの顔を月明かりで照らした。
退室する従者を見送って、ベッドに腰掛けたアナトは拘束具を幾重に巻きつけた右腕を眺め、月に向かって祈りを捧げたのだった。
●●●
「………人の心にある、感情のマイナスエネルギーから得られる因子の回収はまだゆっくりで宜しいでしょう。キュリアが最後に送ってくれた魂の因子、私がきちんと形にしなければね」
シャンデリアが照らすホールに似つかわしくない酔っ払った貴族達が死屍累々と伏せている。
それを触れたくもないかのように避けて通るダークスーツを着込んだ悪魔が手に持った昏く輝くソレを見つめる。
「仇は取りますよ、せめて同法の誼として」
彼の目の前には、巨大な竜の翼骨で組み立てられた祭壇がある。
「アルビオン計画は第二段階に入る。素体の育成はまずまず、ですか」
「ふん、相変わらずきな臭い事をしているな、ジュダ」
「おやおや、ここに足を運ぶとは珍しい。どうなさいましたか、アラン皇子?」
祭壇に祀られているそれを見ていたジュダの背後から声がする。
振り返れば、酔い潰れた人々の体を積み上げて椅子にして腰掛ける、見るからに凶悪そうな人相。
この国の実質No. 1、当然時期皇太公候補の最有力候補。
「気味の悪い素体なぞどうでもいい。それよりもだ、あの魔剣の行方はまだ分からないのか」
「残念ながら、というしかありませんね」
アラン皇子の狙いは魔剣を手に入れる事である。
帝国は、分裂してもなおいずれ一つにまとめその皇位に就くときは魔剣を所持しなければならないのだ。
バモレッドが討ちし、所持した魔竜の剣。
皇室が継承し続けていた秘宝は分裂した際完全に行方が分からなくなっていた。
元より、盗難などから守るため多くのレプリカが作られたことは世界的に有名な話であり、彼らが見つけたものの殆どがレプリカであった。
彼らは知らない。いや、ジュダは知っているが、わざわざ伝える義理はない。
せっかく傀儡に出来ているのだから、ここで情報を渡して用済みにされるのは勘弁ならないからだ。
「(魔剣の所有者はもう決まっているのですがね………。まぁ、愚か者のままの方がやりやすくて安心しますが)」
片手で顔を覆い、思案するジュダを他所にアラン皇子は優雅にワインの蓋を開けている。
ジュダもアランもお互い利用しあっていることは承知の上ではあるが両者の行き着く先は同じではない。なのでいずれは対立するだろうと予想している。
「そうだ、ジュダよ。シェートリンド王国に愚弟が派遣されたそうじゃないか。親父殿も耄碌したな、あんな奴ではなく俺の手のものを送ればよかったんだ」
「(やはり欲を隠しきれませんか)そのようですね、まぁ今回の一件を考えれば多少情けをかけても文句は言われることはないでしょう。むしろ仮が出来たと思えば。そこのところはあなたに任せますよ」
どっちにしたって変わらない。彼の事だ、未だ諦めがつかないのだろう。
「貴方とでは釣り合わないと思いますが、ね……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も?」
退室していく彼を見るジュダ。
祭壇に近寄り、素体を撫でる。
ドクン、と波打つようにそれは確かに生きている。
思考するように、彼は演算のままに今後のことを考える。
「猶予は僅か数ヶ月、か」
ふと、彼は酔い潰れた貴族達を見た。
素体を見て、自分たちの利益の大きさに歓喜し酒盛りを繰り返し………彼は酷く、醜く笑う。
この分なら人々の心の中にあるマイナスエネルギーは市民達の中に淀んで溜まっていくことだろう。
上質なものが手に入る。
しかし、完成する前に運命が立ちはだかる、そんなビジョンが脳裏に浮かぶのだ。
「……………」
無言のまま、彼はワインを一口煽り椅子に腰掛けて微睡の中に入っていった。
実は仕事中に大怪我をしましてね。
手術有する10針も縫いました。
ちなみに夢に関しては今のところ強い接点はなかったり。ただ重要なキーワードでもありますので今後にご期待ください。
赤髪の人形
ーーーかつて恋をした騎士がいた。しかし、いつかまた会えると信じたそれは冷たい断頭の露へと消えた。
間に合わなかった騎士は冷たい血溜まりの中から使命を見出した。彼は穢れた秘密に犯されぬよう影を喰らう使命を帯び、いつしか意味を置き去ったのだ。
この人形はその決意の表れであろう。二度と手放さぬよう世の楔とするために。




