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紅の姫は紅煌たる覇道を血で染める  作者: ネコ中佐
第1章 目覚めの王国
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Chapter “Ⅰ” epilogue Ⅳ

あけましておめでとうございます!今年もこの小説をよろしくお願いします!



「【アルビオン計画】だと?それは昨日言ったことだな」


「そう。この計画が現魔王が計画し、着実に進めて行っている世界の危機。本来なら、僕たちの内側で起きたこと。僕ら十二種族が一丸となって止めるべきことであって、人類圏にある君たちにはなんらかかわりのないことだった。戦争がなければ、亡きアレクサンドル王はヴォルバートをいずれ粛清していたことだろう」


語り部のように、マリウスは言う。

【アルビオン計画】はどのような計画であるか、ということは把握しているものの、最終的にどこへ行き着くのか。そこをマリウスはまだ掴めていないと言う。


「掴めていないのでは意味ないのではないか!!?」


各国の代表の一人が声を荒げる。

そうだ、そうだ、と周りからも飛び交う始末。


「そうだね。そこは彼も警戒心が強くてね、僕にさえ打ち明けてないんだ。が、プロセスだけなら僕は把握している」


【アルビオン計画】の最終目的は明かされはしなかったが過程なら知っていると言う。


「先ずは因子の回収。これは、魔力ではなく魂を構成するエーテル体。取り分けまだ経験を積んでない無垢な魂を集めていたからね。それを、六つに分けられた魔竜の体と、御子を産んだ聖骸を混ぜ合わせ核とした。それが、商業都市ウルマトの上位竜襲撃とこの国で立て続けに起きた未成年の、取り分け小さな子供の失踪事件と“今回の魔女の襲撃”に繋がってくる」


「つまりーーー、あの怪物は【アルビオン計画】の過程に過ぎなかったと!?」


「上位竜の襲撃も魔女の仕業だったのか!?」


「そういうことだね。ただその因子をどう活用するか、は流石の僕でさえ分からないけどね。僕の眼はそこまで万能じゃない。視たいと思うものをいつでも見れるわけじゃないからね」


ザワザワと各国からの声が聞こえてくる。

しかし、だ。

もし因子の回収というのであれば、キュリア共々ヒュドラはエストレアの神器の一撃で跡形もなく消しとばしたはず。

結果だけ見れば、【アルビオン計画】は頓挫した筈なのでは?


「そもそも、この因子回収はこの国だけじゃないからね。各国の代表も今は隠蔽しているけど知ってる筈だよ?“自分たちの国でも同じことが起きている”って」


「なっ!!?」


今のは自分だ。

青ざめた顔で、冷や汗を出してマリウスを見る。

「なぜそれを言わなかった」と、なんとも言えない感情が行ったり来たり。


それに聞いた各国はシーンと黙り込んでしまう。

それは是と言っているに等しい。


「さて、各国の問題に対しては今は保留とさせてもらおうか。

実はね、因子回収と魔女の襲撃は繋がってこそあるものの別の案件でもあると言うことを理解してほしい」


「どういうことかね?」


困惑する周囲。

それを代弁するように問うアグラエィン王。


「因子は基本骨子にすぎないのさ。そこに強力な外的要因を用い、混ぜ合わせる。今回の場合、キュリアは焦っていたからね。本来ならもう少し綿密に執り行う筈だったんだよ。だから、強引に【深遠の神鉱】を奪おうとした。これをキュリア除き後五つ行うのさ」


キュリアは【深遠の神鉱】を手に入れようとしていた。しかし、聖堂に安置されていたのは【深遠の神鉱】の一部であり、結果としては本物を取り込むことはなかった。

残るは五つ。

つまり、ヒュドラのような怪物があと5体にいることになる。


「今回王都を襲撃したキュリアに同伴する形で現れた異形。ヒュドラは合成されたキメラであり、また因子生成の装置。故に並大抵の材料では作れないし、また換えも効かない。だが、それを補ってあまりある恩恵がある」





「ほう。ならば聞かせてもらおうか、その恩恵とやらを」




その発言者をエストレアは見た。

上座に近い位置にあり、一人のメイドを連れている。


(強い……!)


そのメイドは技を極めている、と言うべきか。

仮にここに不埒者が現れても制圧するのに一秒もいらない。同じことをやれと言われれば、やれなくはないものの経験の差から彼方に分配が上がる。


そしてその主人にして、発言者もエストレアは知っている。

その国において、非常に珍しい黒い髪と黒い瞳。どちらかと言えば、学者上がりに見える細い体。しかし、野望に満ち満ちたその眼はまるで飢えた獅子か。


クローディン・マウハート・ディト・クラウディア


ベル・クラウディア帝国の皇子にして継承位15位。

別名、うつけ皇子、蟻の王。


継承位が跋扈する過酷なベル・クラウディア帝国。その継承位が最下位な為か、どの勢力にもつかず半端孤立していると聞いている。

暗殺も日常茶飯事らしいが、それが日常とのこと。

エストレアも名前だけなら聞いたことがあるが、直接お会いしたことはない為、今回が初めて顔を見たことになる。


「おや、クローディン皇子。ヒュドラについてかなり興味を持ってくれたみたいだね?」


「はっ!興味を持たないなんてありえないね!ましてや俺らの始祖に関わる竜の遺骨まで出てきたんだ。ここで首突っ込まなけりゃ誰がやるんだ、あ?」


言動はともかく。

帝国建国神話に出てくる竜王、ズツァニッグの骨を用い作られたのがヒュドラだ。

そこに、魂から抽出した因子と【深遠の神鉱】を混ぜ合わせて出来る代物をキュリアは求めていた。


クローディン皇子は、自国での幼い子供たちの失踪も知っていた筈だ。そこへ、マリウスが言った言動。


未だ内乱がおさまらぬ分裂した両帝国。そしてベル・クラウディア帝国の最低継承位の彼が興味を持った。もし、ヒュドラとはいかなくても似て非なるものを兵器化、運用可能ならば。

勢力に乏しい彼が手駒を増やせるチャンスを逃すはずがない。

故にここで興味を持ったと言うことは。


(自分たちの勢力増強の為。手駒を増やす為だろうな……)


「ヒュドラとは装置だ。生きた装置。ただそれだけでは意味を成さないガラクタに過ぎない。そういう意味ではーーーキュリアはうまく運用できなかったかな?」


「加えて言うならヒュドラは器だ。生み出すための装置にして生きた生体兵器というべき代物。

とてもじゃないが人には、いや我々十二種族とて制御できる代物じゃない」


目を細め、威圧感が増す。

この時になるマリウスはエストレアとて怖気付く。


「だが、正解ともいえる運用でなくともあの魔女は使えていただろ?ならば、指向性を変えれば運用は可能な筈だ」


「クローディン皇子!!それは、貴国は、論理感というものはないのか!?」


立ち上がるのは小国群を構成する小国の大臣か。

光に当てられてツルツル光る禿げ……ダンディな頭が眩しい。


「阿保!!貴公とて知っている筈だ。我が国はかつて一つだったが、いまや分裂。もう一つの帝国と常に戦争状態、国民は飢えに飢えて二つの帝国の情勢は毎日がクーデター!!抗議行進の日々!!俺を含め、上に立つものだけが贅を凝らし、支えるべき民が血反吐を吐いて支えている始末。ボランティアで私財を捌いても、金の価値は金貨が石貨同等まで落ちて国民はその日の糊口凌ぐ水さえ買えない!!」


「手段なぞ問うている余裕はない。我が国に必要なのは力よ。財?絞り尽くされてない。智?癒着よ。武力?これも政治に口出しする無能どもばかり。腐りに腐った国を立て直すのに道徳心なぞ吐き捨てる!!

そこへ、この国を襲った未曾有の危機。同情はするが、ヒュドラが人造的に作られたと言うのならば、利用しない手はない!!

この場での発言は、その言葉の重みを理解した上で言わせてもらう。俺は、ヒュドラも魔王の娘も!兄上よりも先に手に入れる!手に入れて、俺が王になる!これが我が国の意思よ!!!」



長く、吐き捨てるように言った彼。

そう、帝国は彼が言うように、またいつだったかドランが言ってた通り、治安は最悪である。

またインフレにより経済も止まり、貨幣は価値がだだ下がり。

暴動は当たり前、生まれた赤子が栄養失調で死に、地方によっては人肉さえ食べる。汚染された泥水を飲んで、病を持たない人間なんていやしない。

だと言うのに、政府側は常に夜会やらなんだと騒ぎ立て、騎士団も縁故採用でまともな人材がいない。

そう考えると、ドランやジルは懸命な判断だったろう。


「貴様………!」


そこへ反応したのはジェラルドだ。

血相変えて、今にも飛びかからんとする勢いだ。


「未曾有の災害を起こした怪物を手に入れようとするばかりか、彼女を魔王の娘呼ばわりした挙句、手に入れるだと?どこまで強欲な……!!」


「強欲でなければ、皇子などやってられん。そこのところをおぼっちゃま王太子は理解してないみたいだな?」


「おのれっ!」


激昂したまま、飛びかかろうとするジェラルドを確認して、エストレアは反射的に飛び出す。

すると案の定、クローディン皇子の側にいたメイドが両手にメリケンサックを装備して彼を守るべく迎撃しようと立ちはだかった。


それを止める。


間に割って入ると手刀を振り下ろし、交差する瞬間にぶつけて衝撃を分散させた。

更に、受け止め、流されたと理解したメイドが危機感を覚えたのかナイフをどこからともなく取り出して片手に五本握りしめたのをすかさずはたき落とし、空いている片手を瞬時に取り押さえ、後ろに締め上げると抵抗が無駄だと理解したのか大人しくなった。


「お前ーーー、エルフか?」


取り押さえた際、髪に隠れていたのか、イザルナやイルナのような特徴的な耳がピョコッと露わになる。


「見上げた忠誠見事。それと、ジェラルド殿下。私が関わると感情が昂るのは治世者として致命的です。頭を冷やしてください」


「あ、あぁ……。す、すまない」


分かればいい。

「はぁ……」とため息つくと、マリウスに視線を投げる。

意図を理解したのか、こくりと頷くと柏手ひとつ打つ。

雷が鳴ったかのような大きな音が鳴り、あたりが静かになる。


「少し騒ぎすぎたようだ。時刻もいい感じだから小休憩と行こうじゃないか。アグラエィン王、構わないかな?」


「う、うむ。息子に関してはこちらがどうにかしよう。驚きの連続で少し休憩を挟むのは異論はない。各国の使者たちも異論はないな?」


うんうん、とものすごい勢いで頷く各国の代表者達。

御付きのメイドと揉めたその際の時間は二秒弱。

傍目からは何が起きたのか分からなかっただろう。


そのままの流れで一旦小休憩となった。




●●●




視点変わってシェートリンド王国、王宮にあるベル・クラウディア帝国関係者用に充てがわれた一室にて。



「うつけ皇子」


「なんだ、生意気メイド」


面倒臭げに、ぶっきらぼうに答えたクローディン皇子に対し、メイドである彼女はどこからともなく取り出したハリセンで彼の頭を引っ叩いた。


スパーン!!と心地よい破裂音を発して、その場でうずくまるクローディン。


「ったぁ………!!っちったあ手加減しろよ!!マイアてめえはよぉ!!」


「嫌です。手加減なんかしたら、余計につけ上がるのが目に見えてますので」


頭から煙を出している、ように見える程痛かったのか若干涙目のクローディン。

完全に立場が入れ替わっている。


マイアと呼ばれたエルフのメイドはハリセンを持って余計なことを言えば更に見舞うと言わんばかりに仁王立ち。


「貴方は馬鹿なんですか?いくら私たちの勢力が乏しいとは言えーーー、あんな惨劇を生み出した化け物を手に入れるとか。不相応という言葉、知ってます?」


「いや、そのーーぶけぇ!?」


「言い訳無用」


横っ面をハリセンで殴られ、吹き飛ぶ帝国皇子。

なんの言葉を紡がせない。


「一応言っておきますが、これは母君であらせられる太皇妃殿下による指示であります故」


「あっんのババァァァァァ!!!」


「五月蝿いですよ」


恨めしげに叫ぶとマイアは再度ハリセンをクローディンに叩き込む。

ごろごろとカーペットの上を転がり、止まると手を覆ってシクシク泣き始めた。


「いっそ殺せ………!」


「牽制のつもりだったのでしょうが。ヒュドラのことは良いでしょう。ですが、魔王の娘。エストレア嬢を手中を収める発言は迂闊と言わざるを得ません。真実かどうかはさておき、あの発言は帝国は神聖国と矛を交え、他国をも巻き込むと思われる発言です」


「魔王の娘。亡きアレクサンドル王の唯一の忘れ形見。私の動きを完全に見切り、取り押さえた。あの眼を私は見間違いはありません。気を抜けば、自然と膝をつく、そんなビジョンさえ見えたのですから」


「そうか、忘れがちだがお前はエルフだったな。純血のハイエルフに限りなく近い、な。それは未来視だったか?」


気持ちを切り替えたのか、クローディンは埃を落とす仕草をするとソファに座り、グラスにワインを注ぎ一気に煽る。


「だが、俺があれを手にしたいのは本音だ。元から兄貴達が狙っていたが戦乙女ヴァルキリーなんて二つ名から積極的ではなかった」


「ヴァニス殿下なんて危うく玉を一つ失いかけましたからね。強引にやると痛い目に会うと理解したと思いますよ?」


「うむ。だが、俺の悲願のためにはあいつの力がいる。噂では神聖国との軋轢を防ぐため、出奔し、国民籍を外されるらしい。他国も、侮蔑の声を出していたが、性根は彼女を狙っているだろうな」


エストレアは元から他国から嫁ぎに来てくれと打診が数多くあった美しき令嬢だ。

礼節正しく、智慧に明るく、女に見られないカリスマを有し、個人の能力は一線を画していた。


その出生は養子であったため謎だったが、神秘性が付与され自分の兄達もこぞって求婚を申し込んでいた。元から婚約していた帝国令嬢を蔑ろにして。

そこへ魔王の娘という爆弾発言。

しかも母君は神聖国の聖女にして、己含めて一部のみ開示された情報によれば教皇の不義の娘でもあるときた。


「どのみち荒れるぞ、この世界の情勢は。敵がなんであれ、魔族なんぞなくとも、人間同士の醜い争いがーーーいずれ起こる」


「どこまでもお供します」


「ああ、お前には苦労させてしまうがな「元から苦労しておりますが?」お前な……」


己の悲願のため、決意を固める。

その目は、遠く遠くを見つめていた。


「お前達の好きにはさせんぞ、ジュダよ」




●●●



「どうなるかと思った」


「カッコよかったですわよ、お姉様」


シェートリンドの王宮、王族用の一人部屋にて疾風の如き殺陣をしたエストレアは魂が抜け落ちたような顔でぐったりとしていた。

最初はジェラルドと同伴なため、畏まっていたのだが……楽にしてくれと言われたために今のような溶けたアイスのようになっている。

極度の緊張感から解放されたせいもあるだろう。


「悪かった、エストレア。俺はやはり、君が絡むとどうも感情が抑えられない」


「過ぎたことは今後悔してもどうにもなりませんよ。今回はおそらく喧嘩しにきたわけではないはずですから、彼方もこれ以上威嚇に出ることは無いと思います」


「だといいんだがな」と彼はいう。


「最近の帝国はおかしい、というよりは気味悪い雰囲気がある。あの国は分裂する前から貧富の差が激しかったが、分裂後は加速的に堕ちている。加えて、児童の失踪……、あの魔女がやっていた魂狩りが他の国でも起きているという事実を帝国含め、他国は黙っていた。なにかおかしい、だがそれが何なのかが分からない。マリウスが言う脅威と繋がっている可能性とあの夜はまだ終わっていないっていうことか………?」


冒険者になってから、社交会でのやりとり。つまりは色恋沙汰や周辺国の流行、政治状況の意見の交流などはしてこなかった。

しかし、それ以前の祝誕会までの周辺国の状況なら覚えている。


「祝誕会以前ならば私も覚えていますが……あの頃から帝国は一段とおかしかった、と記憶してますね。賢君と言われたクラウディアの皇太公、アシュレイ殿が病に倒れてから」


「それどころじゃ無いぞ、君がいなくなってからそこからひどくなっていたんだ。アシュレイ皇太公が寝込むようになってから、政治の舵取りは第一皇子であるアラン殿が仕切るようになっている。後宮の管理にしても、そこにいた妃達は“ほとんど行方不明”に。今の帝国の社交場の支配者は母親のマッハがなった」


「まぁ、あのマッハ殿が?」


クラウディアのマッハ。エストレアは噂には聞いたことがある。

贅沢三昧、金使いが荒く、ヒステリックな性格で権力欲が強い上に気に入らない人間は男女問わず、年齢問わずにいたぶるのが好きと言う破綻者という。


「それでも我が国は、国交を続けていたんだが……関税の値上がり、それでいて輸出品の値下げや奴隷売買の許可、あげればキリがないがかなり無茶苦茶な押せ押せな姿勢がな」


そんなことになっていたのか。いや、ドランやジルも行っていたでは無いか。

治安の崩壊、冒険者は治安維持のために駆り出される日々、と。

そこまで行くともはや国としては致命的だ。


危機的な爆発(革命)も秒読みである。


「私の知るカール殿は、悪い言い方ですが操り人形ですからね。強く言えないのでしょう。そう言えば、あの場にいた皇子はカール公の子でしたね」


「ここで、奴の話はするなエストレア。奴に、君をくれてやるものか!」


不満げなジェラルド。

ジェラシーな彼を見ていると苦笑してしまう。なんというか、可愛い。

そこでエストレアは誰かがこの場に現れようとする感覚を覚えた。


「普通にドアから入ってこい、マリウス」


「だってぇ、貴婦人達からアピールが怖くてさぁ」


空間転移で、この場に現れたマリウス・シオン。

行く先で貴婦人達に絡まれたのか、少し涙目でローブもしわくちゃだ。

どちらかと言うと、恋多き人物だと思っていたのだが。


「まぁ、それはそれだ」


スッ、と目が細められた。

途端に増す、超越者としての圧。エストレアでも、背筋の凍るほどの圧倒的なソレ。


「真面目な話をしよう。本当はアグラエィン君もいて欲しかったけど、いいや」


そして、彼から信じられない言葉がーーーー紡がれた。




「キュリアが、生きている」




●●●




王都アントンから東に向かって王国所有の林園がある。またそこには規模は小さいながらも澄んだ湖があり、夏は市民含めてバカンス向きな場所でもある。


そんな木々が生い茂る場所で空間が歪む。


そこから崩れ落ちるように吐き出されたものは人だった。

ただ、それは全身が焼け爛れ、片腕はなく、どこから見ても瀕死の有様であった。

髪の毛から女性であると考えられた。



女、キュリア・ノイマンは王都アントンを災厄を振り撒いた魔女である。

偉業ヒュドラを使役し、竜殺しの称号を持つ冒険者や白薔薇騎士、竜蘭騎士達、伝説の巨神兵を一人で渡り合い、倒した強者だった。


ーーー神が現れるまでは。


彼女は、巨神兵に宇宙まで連れて行かれ、巨神兵と共に太陽の一撃を受け消滅したはずだった。

しかし、巨神兵が消える際わずかに緩んだ拘束を好機と考え、異空間へと逃げ込んだのだ。僅かでもタイミングが遅ければ巨神兵と共に死んでいたのだ。


「ふ、ふふ!生きてる、生きてる!!!は、はは、ははははは!!!」


ボロボロな杖にして鎌であるキリエライトをついて体を支える。

生存できたことに歓喜するも、瀕死であることは変わりない。

彼女は、杖を使い体から昏く光り輝く物体を取り出した。


「ふふ、因子さえ有ればいい。敗れはしたけれど、結果があればどうと言うことは無いわ」


因子を手にしたキュリア。彼女は運良く壊れていなかった通信を繋げる。


「ジュダ、聞こえる?」


『キュリア!!?無事だったのか!?』


通信越しから聞こえる驚愕の声。


「ええ、五体満足ではないけど生きてるわ。とはいえ、成果だけでもそちらに送るわ。転送準備はいい?」


『わかった、因子は受け取ろう。受け取ったら私が君を迎えに行こう。それを送ったら座標を教えてくれ』


「えぇ、なるべく早くね」


空間を歪ませ、その中に因子を放り込む。

空間が大きく撓み、ゆっくりと元に戻っていく。


『因子を確認した。それと座標も確認できた。今からそちらに向かうよ。マリウスは今は留守だから、竜を使う』


「頼んだわ」


通信を切ると、いつのまにか雨が降っていた。

この傷ついた体では雨に濡れても痛手である。雨を凌げる場所を探そうと、行動した時である。


自分の前に近づく人影があった。それは段々とこちらに近くなり、やがて顔がわかるようになるとキュリアは驚愕に顔を染める。


「こうして顔を合わせるのはあの夜の前日ですね、キュリア・ノイマン」


「今更何しに来た、メドラウトォォォォォォォォっ!!!!」


こいつがいたら、少なくとも逃げることが出来たはずなのにあっさりと勝手に戦線離脱された。


「何をしにとは、分かりきっているのでは?」


手に持った大剣、ダインバルドの切先をキュリアに突きつける。

……こいつ!!!


焼け爛れ、傷ついた体を押して、キリエライトを構える。

次の瞬間にはダインバルドとキリエライトが交差し、火花を散らした。


恐るべきはキュリア•ノイマン。

この体でも、壊獣化する前のギルドマスター、ルディナを圧倒したメドラウト相手に鍔迫り合いが出来るのだから。

しかし、長引けば長引くほど不利になるのはキュリアである。


距離をとり互いに睨み合う中、その争いはあっさりと終わった。


「いつまで遊んでいる。お遊びは終わりだ」


いつの間にいたのだろうか。

キュリアの目の前に赤いフードを被った、白髪が目立つ女がいた。

さっきまで目の前のメドラウトしかいなかったはずである。


フードの女は手を掲げると斜めに振り下ろす。その手には片刃の、特徴的な刃紋がある剣が握られていてーーー。


ブシャァァァァァァァァァ!!!


キュリアは首から袈裟斬りに切りつけられた。

吹き出す鮮血。痛みより、熱。


やぶれかぶれにキリエライトを振るうが弾かれる。

残された手で、そのフードを剥ぎとった。それはキュリアの最後の抵抗だったのだろう。


「ーーーーーーーー!!!!?!?ぉ、お前はーー!」


それは誰を思い浮かべたのか。

薄れゆく意識と視界。その最後に見たのは。


老いでも、生まれつきでもない、不気味な僅かに赤みが確認できる程度の白髪の長髪。幽鬼のような、青ざめた肌。

それでいて、一切の希望さえ見えない濁った瞳と、右目を覆う爛れた火傷の跡が痛ましい。

剣を握るのは枯れ枝のように痩せ細った裂傷だらけの腕。もう片方は『義手』であった。


かつては男を魅了するような豊満の体であったと推測できるものの、首からおそらく下まで走っているであろう術痕も相まってその体も腕と同じく痩せ細っている。


「終わりだ、お前はここで死ね」


「ぁっ………!……………………」


片刃の剣がキュリアの心臓に突き立てられ、体をビクンと震わせ、動かなくなった。


こうして、王都を震撼させた魔女の最後は。

誰もわからない何者かによって、アッサリと、誰もわからない場所で終わりを告げた。


















「遊びすぎたな、メドラウト………いや“モルドレッド”」


「申し訳ありません、我が主」


キュリアを始末したメドラウト、いやモルドレッドの主人。

霞み、澱んだ、昏く濁る目でモルドレッドを見る。彼らの背後には皆仮面をつけた五人が立っている。


(我が主、私はーーーいつになったら……)


「ゆくぞ、ここに用はない。ーーぅぐぅ!!!?」


一歩踏み出そうとした彼女は途端にうめきだし、体を抱えて崩れ落ちた。


「主!!!」


「近寄るな、近寄るなぁっ!!!!やめろ、やめろ、やめろ、私に、私に触るなぁっ!!!!」


「疼く、我が肢体が……!あぁ、殺さなければ、奴を、奴を殺せ………」


まるで誰もいない場所に一心不乱に拒絶し、喚く彼女。

頭を押さえて、その場にいない幻覚に怯えるように叫ぶ。

駆け寄るモルドレッド以外、誰も彼女を労わろうとしない。それどころかかつての過ちからまるで逃げるようにして目を背けているのだ。


「落ち着いてください、主!!!いえ、母上ぇっ!!!」


肩を押さえ、モルドレッドは主人、いや母親と呼ぶ。

母上と呼ばれて、その発作じみた行動は鎮静したが、今度はーーー


「ぐわっ!!!」


「一体いつになったら学習するんだ貴様は?」


胸ぐらを掴まれ、物凄い勢いで周りの木々を薙ぎ倒し、岩壁にその背中を叩きつけられたモルドレッド。肺から空気が一気に吐き出され、咳き込む間も無く、

狂気と、怒気を放つ昏く濁った目が長い白髪から覗いていて、モルドレッドを離さない。



「我が眼前で、その名で、呼ぶな……!モルドレッド………!!私は、お前の母親になった覚えはない……!!!」


「申し訳ありません!!我が、主よ、モル、ガン様ぁ………!!」



モルガンと呼ぶと、先程までの狂気はなりを潜めた。

掴まれた胸ぐらは離され、ゲホゲホと咳き込む。

しかし、すぐに立ち上がり、直立不動の姿勢をとった。

背が低くとも、モルガンはモルドレッドの目を覗き込むようにして問う。


「お前の主人は誰だ?」


「我が主。ルフェイ・エメラルーダ・モルガン様、です」


「ふん、お前の学習なしにはうんざりだ。だが、計画はここで行き詰まるわけには行かん。





ーーー私たちの……復讐劇ヴェンデッタを」


「何処までも、ついて行きます。我が主よ」


モルドレッドはそう言いながらも思考を巡らせる。

彼の視線は、モルガンと呼ばれる彼女の首にかけられた小さなロケットを見つめる彼女を見つめていた。


(母上、貴方はいつになればこの終わらない戦いをーーー終わらせられるのでしょうか。貴方は、未だ……諦められないのですか)








彼らが去った後には、血まみれになった女の死体があった。

それはキュリアが生きていると知ったエストレア達によって発見され、王宮に運ばれ、皆々から王都を襲った魔女であると知らされると、魔法使いの手によって灰すら残さず焼き尽くされたという。


だが、誰がキュリアを倒したのか。それを知るものは誰一人いなかった。マリウスも、分からなかった。




エピローグも後少しで終わりです。

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