Chapter “Ⅰ” epilogue III
お待たせ
「三賢者……?お前が?」
「そ。貴方をいたく気に入っているマリウス知ってるわよね?彼と同じという意味ではそうよ?」
寝入った筈が、気がつけば精霊郷という場所に夢という形で迷い込んだエストレア。
聞けばこの場所は時間の概念が存在しないらしく、物質は成長もしないが朽ちることもない。
流れ着いたまま、そのままの形で残る。
そこを住処とし、門番として、管理人として生きる彼女、エレイン。
マリウスと同じ眼を持つ女。
「ま、今の貴方は意識だけがここに迷い込んだみたい。朝が来れば自然と向こう側へと戻れるわよ」
それを聞いて少し安堵する。
時間の概念が存在しない場所に、このまま戻れなければいつか壊れてしまうだろうから。
「ほんっと、ここにきたのが貴方でよかったわね」
それはどういうことか。と尋ねれば、いつの間にか手にしていたティーカップを口にしてゆっくりと嚥下したエレインはもう片方のソーサーに戻して改めてこちらに向き直る。
「言ったでしょ、此処は不可侵の場よ。天上の神々でさえ容易に手出しができない、世界の未知領域なの」
凡ゆる理が通用しない、リリスが世界を生み出した原初より変わることのない世界の一枚下にある空白区。
絵画で言えば、描かれた絵の裏側。
逆に言えば、俗世に触れないことこそがこの場の神秘性を証明している。
「貴方は神に認められ、その【眼】を手にした。虹色に煌めく瞳、森羅万象、宇宙根幹を担う極点。その眼が、この場に至るきっかけになった。同時に、貴方が見た世界は並行世界であろうとそれが正しい道になるということでもあり、また自由にその未来を切り取ることもできる。
ーーー流石、世に生を受けた時に授けた【万象の智慧】ね」
「なに?」
なんでもないわ、と彼女ははぐらかした。しかし、エストレアは確かに聞いた。
自分が生まれることは定められたというよりは意図して生まれると。
問い詰めたいが、話してくれそうもない。
そこからは、たわいのない会話が少し。精神だけが此処にきているというのであれば彼女の出しているお茶菓子とか口に入れなれないからである。
それに夢を経由しているのであれば、夢の中で得たものは記憶以外持ち帰れない。
「…………」
「あら、何か言いたそうね?」
「いや、なんでもない」
そう。そういってエレインは手に持ったカップをソーサーに戻す。すると、元々なかったかのように霧散、代わりにかなり分厚い本を手に持った。
パラパラと捲り、その中に描かれたものを指でなぞる。
すると文字が浮かび上がり、光を放ちながら文字同士に繋がっていき、まるで魔法陣のように形を成す。
しかし、浮かぶ文字そのものはこの世界の文字にあらず、どちらかと言えば前世で幼い頃、博物館で見たことのあるルーン文字に近い。
「それは?」
「これ?別に面白くもないわよ?ただの魔法に使うための文字を選んでいるだけだから」
「魔法?お前はなんの魔法を使うつもりだ?」
「どうかしらね。さて、もうじき貴方は向こうに戻ると思うわ。体感時間としてそろそろ夜明けだもの。別段大した会話もなかったけど、私個人として貴方と話せて有意義だったわ」
「だから選別としてこれあげるわ。売ってもいいし、使ってもいい。どう使うかは貴方次第。けど。それはあのいけすかない馬鹿に預けておくと良いことがあるかもね」
そう言って、エレインはエストレアにあるものを投げ渡す。さっきまで文字を編んで作ったものだろうか。
それは星型正十二面体の物体。虹色に煌めき、神々しく輝いている。
「これは………」
「【深淵の神鉱】ってあるでしょ?貴方の国の豊かな事の根幹。あれに似たものよ。そうねえ、さしずめ【賢者の輝石】と言ったところかしら。アレに比べると世界を創るような力はないけど、山の一つや二つ跡形もなく消し飛ぶだけの魔力は秘めてるわね」
ま、貴方の眼から放つ光波があるから使うこともないか。と彼女はいう。が、そんなことはどうでもいい。
「なっ……!」
驚きが隠せない。
というかそんな物騒なものをホイホイ作れることもそうだが、それを投げ渡すという彼女はつくづくマリウスと同じく規格外であると認識させられた。
その通り。三賢者とは他の魔法使いとは一段階どころかそれ以上に上の存在と聞く。
なんでも、魔法以上にあるものが彼らを三賢者たらしめるというのだが……。
マリウスがいい例だが、神々の権能レベルの魔法である『極醒魔法』をまるで下級魔法にあたる『火球』レベルで放てると豪語していた。
残る三賢者は母であるアナスタシアの記憶で見たキャスパリーグだが、アレはどれほどの力を持つのだろうか。
眼前のエレインは神器相当、聖遺物をいとも簡単に作る上、隔絶されている世界から現実世界を見ていたことから、視る力も、おそらく預言者としても一流だろう。
そう、視る力。マリウスは現在を見るという。地上の、という但し書きがつくものの、地上にありては彼に見えないものはない。なら、彼女はどうだろうか。
ーーー三賢者は化け物か。
そう思うのは仕方ないのかもしれない。
(いや待て。これ貰っても結局意味なくないか?)
夢を経由して此処にきている以上、帰るのも夢経由だ。夢は、所詮夢でしかない。つまり、夢を見たという記憶は持ち帰れてもそこで得たものは夢の産物でしかないため、意味ないのでは?と気づく。
が、そう思考していたエストレアを見越していたエレインは「大丈夫よ」という。
「それは貴方の中に植え付けてあるもの。必要になれば出てくるわ。あぁ、心配しないで。植え付けたと言っても、貴方の魔力に、よ。その魔眼があるんだもの、暴発とか気にする必要はないわ」
「暴発って………」
山の一つ二つ消し飛ぶ魔力の塊が暴発するとか末恐ろしいにも程がある。
そんな危険物を植え付ける?いつの間に?
夢の中だというのに冷や汗が止まらない。
そうこうしているうちに自分の体が光に包まれるのを知る。
「あら、帰還のようね。誰かが起こしているみたいよ?」
「エレインといったか。また、会えるのか?」
光に包まれていく中、エストレアはそう問うた。
彼女は少し考える素振りを見せて、「ええ、また会えるわよ。次はいつになるかはわからないけど、遠い遠い未来になるのかしら」と言った。
「あぁ、そうだ。一つ忠告しておくわ。影に気をつけなさい。貴方の影に。貴方の運命を喰われないように、ね」
それは何かと聞く前に、エストレアの視界は白く白く塗りつぶされた。
エストレアがここを去る時、エストレアの知る由もないことだが、一つ。
「私は分岐した世界含めた過去を見るのだけれど………、貴方の影は幾つ食い潰したのかしら……。“愛”か。これほど恐ろしいものはないわね」
ただ彼女の呟きはエストレアに届くことはなかった。
●●●
「はっ」
「お目覚めですかぁ、お姉様ぁ♡」
「……………。出てけっ!!!!!「きゃんっ!!?」」
目覚めて即目に入ったのは、自分の二の腕を舐めて発情する淫じゅ、もとい眷属にしたジェシカ。
いつからとか聞く必要もない。
(うわーーー……、赤くなってる……。どれだけ舐めまくったんだ?)
二の腕はジェシカに舐められたことで若干赤くなり、白く、白磁のような肌は少し荒れているように見える。
(前は………、胸をいじられそうになったんだっけ)
そのうち、表現不可なところまで魔の手を伸ばしてきそうで少し怖い。
いや、近いうちに貞操まで奪われかねない。
そろそろ、いや手遅れかもしれないが矯正せねばなるまいか。
チラリと視線を投げれば、ハァハァしながら犬神家のポーズをしているバカをイザルナが回収していく。
取り敢えず、眠気は吹き飛んだため着崩されたネグリジェを脱ぎ、いつのまにか這い寄ってくるジェシカを足で防ぐと、用意されている部屋着を申し訳なさそうにしているイザルナから受け取りササっと着替える。
婦人ともなるとよく見る?裾の開いたドレスなどが主流になるのだが、まだ10代前後の女性は簡素なワンピースを好んで着るのがこの国の特徴?がある。
なぜかは知らないが、よその、例えば帝国貴族の令嬢、令息と言えば絵に描いたような裾の広いドレスや装飾を飾ったコート、ウエストコート、ブリーチズのセットを着こなすのだが……この国ではその三種のセットはあれど装飾は抑え、生地の美しさで表すことが多い。
故に数年に一度ある国際議会というイベントでこの国は貧しいのか、と陰口を言われることもある。
しかし、絢爛にして剛健なる騎士団、頭脳明晰な宮廷魔導士団など確かな実力者たちを多く抱える、歴史からも裏打ちされた実力国家でもあるシェートリンドは決して負けることはない。
下手に着飾って威張る必要はない、ということだろうか。
まあ、【深遠の神鉱】があることと、その恩恵を受けた国故そうして着飾ることがないと推測している。
「姫様、失礼いたします」
着替え終わると、ちょうどいいタイミングでイルナが入室してくる。その手には一つのバスケットがあり、中には焼き立てのパンと山羊のバター、季節の野菜、綺麗に整えられた葡萄が入っていて王宮の調理室より貰ってきたようだ。
小さな体ながら燕尾服は似合っており、濡羽色の髪と褐色の肌が合わさって年齢不相応の色気がある。
実際、彼は時折未婚の婦人方から声をかけられることがあるそうで、イザルナとイルナの姉弟は美人美麗な為かよく声をかけられるそうな。
「ん。お前たちも一緒に食べよう。ジェシカ、お前の分もあるぞ?」
「はいっ!!!お供させていただきますわ!!!」
切り替えの早い子である。
部屋の真ん中にある少し大きめなテーブルにシートを広げ、その上にバスケットを置きイルナが手際良くバスケットの中身を広げていく。
その際、エストレアの鼻はあるものを嗅ぎ取った。
「ん?この匂い………もしかしてっ!!」
「はい、姫様が好きであるとお聞きして、道中アイアノス将軍より貰ったものです。ベイクドチーズケーキの出来立てを」
思わず、その手が伸びそうになるがこれから朝食なのだ。デザートから食べてはいけないと強く自分に言い聞かせる、……………のだが。
あいにくこの身体の元の人格であるエストレアも、今のエストレアを構成する紅 諸葉もチーズケーキが好きだったという共通点のため手が伸びそうになっても元に戻す、そういった動作を繰り返していた。
かぁーーっと顔が熱くなる。
「ごほんっ!」と苦し紛れに咳払いをして、誤魔化すものの従者にした二人とジェシカに見られた後であり。
「お姉様、可愛いですわっ!!」
「うっさい!!」
そんなやりとりもたけなわに、食事が程なく終わる頃チーズケーキをいざ食さんとフォークを刺すときに彼は空間を割って現れる。
「マリウスか」
「おや、朝食の最中だったかな?此方もあらかた片付いたから寄ってみたけどお邪魔だったみたいだね」
美しい金の刺繍を施した白いローブを翻し、世界最高の魔法使いの一人マリウス・シオンは甘い笑顔を浮かべさりげなく皿に盛られた葡萄を一粒とって口に運ぶ。
「うん、なかなかいい葡萄じゃないか。ワインには向かないがデザートとしては最高のものだ。流石、王宮に卸されているものは味は別格だね」
「それはそれとして。王女殿下、君は何か持っているね。大方、ツンデレ愉快犯な性悪娘から貰ったのかな?」
「ああ、エレインから確かに貰ったとも。お前に預けておけばいいとも言われたな」
手のひらに力を込めると星形正十二面体の物体が現れる。その際、出現した余波で部屋全体を揺らしたが、朝食自体は無事だった。
「へぇ、鎌掛けだったのだけどね。いつの間にエレインとも知り合ったのかな?まぁ、いいか。それを渡してもらえるかな。なに、悪いことはしないとも」
「お前がいうと益々不信感が増すんだが?」
「ひどいっ!」
若干涙目で叫ぶ世界最強の魔法使いは、エレインよりもらった【賢者の輝石】をエストレアから受け取ると、まるで納得したかのような素振りをすると、そのままエストレアに返した。
「どうした?」
「なに、このまま僕が預かっても良いんだけどね。まあ、視ちゃったんだ。だから、これは君が持っておきなさい。いずれ必要になる時が来る」
何を見たのだろうか。
彼の見る世界はどのように映るのか、それを知る術はエストレアにはない。神の力である【緋門天】を用いてもマリウスの見る世界とは違うものだからだ。
「……。あー、湿っぽい話はやめやめ!真面目な話と行こうか。今日は昨日の続きの話となる。当然、アナト枢機卿らも参加する………んだけど、今回は世界的に危険なことだからね。各国の代表も参加することになる」
来れない人もいるんだけどね、とマリウスが言うがエストレアはテーブルを叩き、「どういうことか」と叫ぶ。
昨日の続きならば昨日の面子で十分ではないのか、そういう意味で問うたのだが……返ってきた返答はまた至極真っ当なものだった。
「言った筈だよ、王女殿下。これは世界の危機とも言えることだ。脅威、と言っても過言じゃないと。パンドラだけじゃない、人類圏であるこの大陸を震撼させかねない脅威が、陰謀が渦巻いてる。突然、神々も介入しようと躍起になってるんだけど、上手くいかないんだよ」
「………」
随分と大きく出たものである。
この世界、リリスがその基礎を築きアグルら古の神々が摂理を埋め込み、天上の神々が命で満たした世界を揺り動かすほどの異変が起こるとマリウスはそう言うのだ。
「詳しいことは、皆の前で言うのだけどーーー。僕が協力の体を置いているヴォルバート君。彼がやることがまさにそれだ。大いなる異変、その序章はすでに始まっている。十五年前から、ね」
その言葉に、エストレアはーーー。
「そうか」
なんの変哲のない、抑揚のない返答だった。
「驚かないんだ?」
「驚いているさ。が、その前に」
ビッ、とフォークをマリウスに向ける。
その顔は呆れからか、うんざりしたような顔であった。
「今は朝食の時間だ。食べるときくらいは楽しくあるべきだぞ、マリウス。湿っぽい話を食事に持ち込むべからず、だ」
呆気に取られたような顔をし、すぐさま苦笑。
この人物は、自分を王女殿下と呼んでいるものの自分はまだ出奔したとはいえこの国の貴族令嬢に過ぎない。
そう言うことで軽くマリウスに言い聞かせ、彼も席を同伴させると、時刻を知らせるため、王命を受けた白薔薇騎士が来るまで彼らと共に茶を楽しんだのだった。
●●●
そして。
定刻、日本時間にして9:45に時計の針が刺した時。
「では、昨日の続きから始める」
国王アグラエィン陛下の言葉に続き、昨日の人員と他国の代表が揃う。
「各国に関しては、昨日のことは何も話していないが大雑把ではあるが説明を執り行わせてもらいます」
軍務卿アーノルドが手に羊皮紙をもって、羊皮紙に書かれている報告書を簡潔に読み上げた。
途端にざわめきだす周囲。
中には、エストレアを指差して罵倒する者もいた。失望したと嘆く者もいた。
エストレアはーーー、それを受け入れた。
どうあれ、魔王の娘であると言う事実は変わらないし、また大勢の目の前で神の力を顕現させ、振るい、魔女を撃破したのだから。
「静粛にせよ。これは各国の代表のみ集まった非公式の、全世界が共有すべき今後の脅威について話し合う場である」
アグラエィン王はエストレアの背後に控えていたマリウスに視線を向け、それに気づいたマリウスはにこやかに笑うと大勢の前に立ち、大袈裟に手を広げ歌うように声を紡いだ。
「では、僭越ながら三賢者の一人として、“運命の三針”が一人、【現在の地平】マリウス・シオンが今後起こりえる脅威をお話しするとしよう」
世界最高の魔法使い、魔族と言われる十二種族の一人にして最強の男。
そんな彼の言葉は自然と耳を傾けざるを得ない程に惹きつけてやまない。
「王を裏切り、いや我らが王女殿下をお産みになられたアナスタシアと結ばれるときより裏切りを企て、人と密かに繋がり、平和のためではなく、争乱のためだけに戦争を終わらせた現魔王。
聖女にして、母君の肉を奪わせ大いなる魔竜さえ目的の糧にした恐るべき敵。
ーーーその名はヴォルバート。
彼が企てた計画こそ。この世を震撼させ、混乱に貶める【アルビオン計画】である!」
ーーー
ーー
ー
『良いのですか、盟主ヴォルバート』
「リオンか。構わん、あの男は元々余の配下でもない。ただ、周囲の連中を黙らせるためだけに置いただけよ。計画は頓挫しかけたが、問題ない。ジュダが“回収”に向かっているからな」
『分かりました。では、某はこれにて』
「ふ、ふふ、くふふふふ!!!!クハハハハハハハハッッッ!!!面白い、やってみせろ【現在の地平】、時の針!お前の導きで、どこまで王の器を育てられるか、余が見定めてやろう!!!」
雷鳴轟く、崩れかけた白亜の城の玉座にて悪魔はわらう。
その笑いは雷鳴と共に、パンドラの大地に響き渡るのだった。
女は待つ。
黒い、漆黒の鎧と黒と赤が入り混じる美男子を横に連れ深い深い森の中で待つ。
雨に濡れてもなおフードの奥で、その眼はギラギラと憎悪に塗れていた。
何を待つのか、それは誰も知らない。知るとすれば、エレインのみだ。
ーーー続く
書きたいことが多すぎる。
皆さん、コロナとか気をつけつつ、良いお年を。来年もこの作品をよろしくお願いします。




