Chapter “Ⅰ” epilogue I
お待たせ。説明回です。
ちゃぽん………
湯気が辺りを覆い、白い磁器製のバスタブに泡一面に浸かる美女が一人。
「ふぅ………」
周りには彼女の世話をするべく、彼女の髪を梳いたり、香油を塗る侍女たちの姿がある。
「どうでしょうか、お嬢様?」
「あぁ、いい気持ちだ。すまないな、こんな時に仕事を放らせるとは」
「何を仰いますか、これは我々メイド一同の、私達の仕事です。それに、この国を守った英雄の体を清め、お拭き出来るなど、ここにいる私達だけですわ」
「………そうだったな」
湯船から上がる彼女、エストレアはメイド達から綺麗な白い布で丹念に、されど皮膚を傷つけないように優しく拭き取り、濡れた赤い髪は痛まない内にアフターリンスを済ませ、ホテルで着るようなガウンを羽織り、浴室から連れ出される。
今は昼間とはいえ冬の季節。ガウンを羽織っただけでは少し寒い。
冷えない内に部屋へと案内され、そこからあれよあれよと着替えさせられた。
あまりにも久しぶりで、それでいてエストレアが転生者であるということを自覚する前であったこの一連の出来事は良くも悪くも貴族であって良かったと思う。
そうしてほとんど着替え終わった頃に養父のアーノルドが入札してくる。
一礼し、恭しく下がり後方にて待機するメイド達。その動作に無駄はなかった。
「父上」
「今日の昼から始める。一応査問会という形で執り行うが、言いたくないことは無理していう必要はない」
懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認するアーノルド。
時間まで二時間あるがこれからのことを考えると短いとも言える。
そう、目を覚ましてから1日が経ち、朝一から王族専属の執事を通じてエストレアの事の真相に含めた極秘裏の審議会がある。
「いえ。私は見てきたもの全て話す義務があると思っています。私だけでは知り得ない事実はーーー失礼、父上。
ーーーマリウス、出てこい」
最後にドスを聞かせ、背後から気配が生まれる。
アーノルドが後退り、後方に待機するメイドの何名かが黒塗りの短剣を抜く。
「お呼びかな、王女殿下」
手を横に伸ばし、今にも飛びかからんとする彼女達を静止させる。
「お前たち、退室せよ。この場において見たことは全て忘れろ。公言することも許さん」
「しかし!」と彼女らの言葉をエストレアは「もう一度いう、下がれ」と言い放ち、その手に握った短剣を懐にしまうのをみて、一礼し、退室していく。
そして、残ったのはエストレアとアーノルド、マリウスのみだ。
「こうして呼んだのは、証言役としてかな?」
いきなり核心を聞いてくる彼に「そうだ」と言い、今度はアーノルドに向き直り、頭を下げた。
「騒がせて申し訳ありません、父上。ですが、この男なしでは私の知ったことを語るには少々荷が重いのです」
「構わない。君が必要だというのなら部外者、ではないのだろうが同行を許可しよう」
「うーん、君がアーノルド君かぁ。なかなか、聡明そうな人だね。おっと、そんなに睨まないで欲しい。僕だって分は弁えてるとも」
ジトーーと睨むエストレアに狼狽るマリウスに対し「どんな関係なのか」と問いたい気持ちになるアーノルド。
血は繋がっておらずとも、我が子同然な彼女をたぶらかす色男ならーー!
アーノルドはある湧き上がる怒りのあまり、バキィ、とそばにあった燭台を握りつぶす。
なんて、非常識な現象があったようだがエストレアとマリウスはアーノルドには聞こえない音量で会話しており、彼そっちのけになってしまったり。
後々になって、掃除をしにきたメイドの一人が、歪に歪んだ燭台を発見し、ちょっとした騒ぎになったのは別の話。
●●●
「揃ったようだな」
「間違いなく、関係者は揃っております父上」
王族が来賓に対して交流を図るために使われる専用の応接室にエストレアとマリウスは来ていた。
ここに来るのは、いつだったか。
今の自分が出来上がる以前の自分なので、祝誕会前か。ここで、ジェラルドが自分に気を引こうとして各国から取り寄せた茶葉やチーズを自慢げに見せていた。
入室した際、既に主要な人員は揃っていてエストレア達は最後だった。
「一週間ぶりですね、公爵嬢」
にこやかに話しかけてきたのはアナト枢機卿であり、その背後に控える2名の聖騎士はハラハラしたような表情をしていた。
出席者は、王国からは国王アグラエィン、王太子ジェラルド、軍務卿アーノルドに軍務元帥アイアノス、魔導元帥ズオー。
神聖国からはアナト枢機卿。
ギルドからリムとギルドマスターのルディナ。
「……一ついいか。何故お前がいる。ジェシカ?」
「私はお姉様の眷属ですわ。ついていくのも私の義務ですわっ!!」
「誇るな!!イザルナとイルナと一緒に別室にいろ!!」
そうなのだ。ここまではいなかったのに、今この場に何故かジェシカがいるのだ。
退室を促すもアグラエィンによって自分のこととは別で聞くことがあるからと止められる。
「さて、今日はーーー五日前の出来事について。エストレア公爵令嬢、其方に数々の質疑応答をしてもらうために非公式ではあるがこの場を設けた。その、隣にいる男はーーーー知っているぞ、マリウス・シオンだな?」
「へえ、知ってるということは戦役に参加済みか」
目を細め、品定めをするかのような顔をするマリウス。
そんな彼の言葉に、苦々しげに「そうだ」と返答する。
15年前終結した、パンドラ戦役。
エストレアの実父アレクサンドルの死により終わりを告げた大戦争。
わずか3年の間で人類側は述べ31万人、魔族側35万人という、この世界からすれば異常の一言。
大多数の死者を出すほどの大戦争になった。
この数は、第一次世界大戦のルーマニアとほぼ同じ数の死者数である。数が拮抗しているのは、その時代の兵力の質や戦況が大きく関わっているためだ。
この時代から考えれば死者数は多くても10万いくか行かないかくらい。神聖国や分裂する前の帝国以外の国が戦争しても農耕期などの、時期によっては掻き集められる兵の数は3万以下かどうか。
それを考えれば、この数がいかに異常か分かるだろう。歴史書を読んだことのあるエストレアはまだ転生者であるという自覚はなかったが異常であるという認識はあった。
「では、かなりねじ曲がった形ではあるけれどーーー始めようか。先ずはエストレアの出生の真実、それを語るためには何故戦役が起こったのか。そこから始めないといけない」
マリウスの言葉により、全員の視線がエストレアに注がれる。
あの戦いで見せた、超常の力。神を思わせる、絶対なるモノ。
エストレアの出生の真実の断片は母アナスタシアの記憶から窺い知ることが出来たが、それは当人だけのこと。だから、彼らは知りたがっている。特にアーノルドは母が自分を託したことを知っているからか、尚更だった。
ーーー
ーー
ー
「では、先に結論から言わせてもらおうか。彼女、エストレアは先の戦役において死亡した魔王アレクサンドル王と、その妻、そして聖女アナスタシアとの間の娘である」
マリウスは淡々とそれを口にした。
どよめく人達。特に、神聖国からの使者からだ。聖騎士達は預けられたというのに腰の皮を抜こうとする仕草までする。
「静粛に。今この場に置いて、アグラエィン王の面前にて血を流す行為は禁ずる」
そう言われては、黙るしかない。それを見たマリウスはその口から言葉を紡ぎ続ける。
では、エストレアの実母アナスタシアについてだ。
これについてはーーーアナト枢機卿?貴方がよく知っている筈だ。
何せ塔に軟禁されていた際、聖女教育、帝王学、その他諸々の事を監視役の目付の目を盗んで施したのは貴方だからね。
さてーー、先ず彼女は不義の子であった。そこ、不思議そうな顔をしているね。
それはそうだ。かの国にとって聖女とは巫女のようなもの。人々を神の言葉を文字にした書を声によって読み上げ、正しく導き、また清らかな心で淀みを癒す存在だ。
「では、不義と言ったけど誰と誰の子だったのか。それは長い間、秘匿され神聖国の上層部、その一部の人間だけが知るのみとなった」
ーーそのうちの一人が、アナト枢機卿貴方だ。
指を刺され、一瞬ビクッとした彼女。その後、すぐに目を瞑りながら、コクリとうなずいた。
私の目で見た際はいやぁ、どこの修羅場かと思ったよ。まあ、結論から言おうか。
「聖女アナスタシア、エストレアの祖父にあたるは神聖国第56代現教皇、ハバルッサ・デル・マンセル・リスぺミニアド。そして、その相手は彼のお付きの侍女であった」
「そうだね?」とアナト枢機卿に向き直り、何も言わずにうなずいた。
彼は更に言う。
事の発端、それは今の教皇が幾分若かった時、祭事以外では禁じられていた酒を事故的に飲んでしまい、酔っぱらった勢いのまま、世話をしてくれた若い侍女をーーー無理やりに摘み取った。
そして、肝心の教皇はこの事を覚えておらず、影でひっそりと処分された侍女を他所に半年過ぎ忘れた時にそれが一部で明らかになってしまったのだという。
『なんということを、なんということをしたのですかっ!?』
『教皇たる貴方が酒に酔った挙句、このようなことを………!』
『すまない、許されぬことをした……』
『もう、過ぎてしまったことは致し方ありますまい。トーマス殿下には内密にしておきますが…、彼女は追放するしかありますまい』
『しかし、それでは子供はどうするのだ。私の愚かさはいずれ神に裁かれるだろう。しかし、子には罪はないだろう』
『それも仕方ありません。この神都からは追い出し、しばらくは我々の監視下に置くしかないでしょう』
『なんということだ、このようなことをしでかした我が身が憎い。主よ、この身に罰の雷を落としたまえ……』
ーーー
ーー
ー
思い出す、アナスタシアの記憶。いや、アナスタシアはまだ胎児なので知るわけがないが、母体である侍女の記憶だろう。
あれが、アナスタシアの、母が祖母の腹に宿ったその瞬間から歴史が動く。
それを聞いた一同は息の飲むように静まりかえり、裾を握り込み、わなわなと震えるアナト枢機卿。
上層部だけしか知らなかった不義の、子。
「それだけなら、庶子として何一つ知らないまま市民として暮らしていれば平和だったかもしれない。が、そうはならなかった」
ーーその子が、聖女として飛び抜けた才を秘めていることがなければ。
結果として幼くして聖女として生きていく事を強いられることになったアナスタシアは、エストレアの見た記憶の通りになった。
「とまあここまでがまあアナスタシアの生い立ちだね。そんな彼女だけど、一度だけ、地方に出かけることがあった。そして、そこで山賊に襲われる。そこに偶然居合わせ、救ったのが、魔王と言われた人だった」
では何故魔王はその地方にいたのか?そこは過ぎたことだから割合しようか。
まあ僕の使い魔であり、三賢者の一人、キャスパリーグから聞いた話なんだけどねぇ。
「キャス曰く、奇跡。そして、一目惚れらしかったよ?」
ガクッと滑るような音が起きる。
おほん、と咳払いし誤魔化すアーノルド。
ちらり、と彼を見てクスッと笑い、彼は更に続ける。
「出会いはそこで終わり。二人はなすべき事を成すべくそれぞれ別れ、その出会いは一期一会で終わるはずだった。ーー彼が一目惚れしなければね。無論、彼女も心のどこかでしこりのように残っただろう」
「だが。決定打となる事件が起こる。当然、秘匿され、証拠なんて残ってない。何故私が知っているのか問えばそれは愚問だよ。私は、世の中を見渡す眼を持っているのだから」
「ね?」とマリウスはアナト枢機卿に向かって目配せした。その意図を察したアナト枢機卿は姿勢を正し、閉じた眼を開いて、辺りを見渡す。
「マリウス殿、貴方が言うのはーーー聖女を、アナスタシアに暇を出された目付役が彼女に手練れの暗殺者を送り出した事でしょうか?それとも、業を煮やした元目付役が直接ーーー彼女を殺そうとした事ですか?」
「そう、そしてそのすべての出来事にアレクサンドル王はあまりにも出来すぎたようにアナスタシアを助けるために介入した」
途端にどよめく周囲。それはエストレアが魔王の娘であると言われるよりも勢いがあった。
まさか、母にそのような事件があったとは。
「すべて、さ。その事件を機に、アナスタシアはアレクサンドル王に傾倒していった。信仰を捨てる事なく、かと言ってその心の気持ちを捨てたくない、故に彼女は密会を重ねていた。噂というものはあっという間でね、それは教皇含めて、貴方達枢機卿にも伝わっていた。そしてーーー」
「間が悪いことに、その頃は十二種族の中でも、人に近く、見目が美しい女子供がパンドラから奴隷として連れ出され、いくつかは神聖国に売り出されていた時期でもあったのさ。そんないつ爆発してもおかしくない情勢の中、数百年ぶりに神託が下る」
ーー『聖女と魔王が交わり生まれる子はこの世の全てを超えた王として約束される。それは、汝らの導きにより悪にも善にもなろう』、と。
それが君だ。そうマリウスは後ろ組み手にエストレアに向き直り、言った。
その神託は暗に魔王と聖女が恋に落ちた、そう証明するのに時間はかからない。
「君は、王になるべくして生まれ落ちた。この世界を統べる覇王として。例えどんな選択を選ぼうとも私は君に接触しているだろう」
「君は人の世の中で、人に触れ、人の育みを知り、人の醜さを知り、美しさを知っている。そういう社会の縮図たる貴族の上位、公爵の義娘として育てられたのだから。だから君は人の支えの中で大事に大事にされたのさ」
魔王と聖女が出会い、恋に落ち、人の領域から魔の領域へ駆け落ち同然に向かった。最終的にこれが戦争の引き金になる。
当然だ、人から見れば神託は絶対だ。其れを成し得る存在が生まれることは今のパワーバランスを崩しかねない。
「そうです。その神託により、当初は、いいえほぼ脅迫外交同然に彼女を返還するよう求め、拒否されたが為にあの戦争は起きた」
戦争は、5年続いた。本格的な戦いは大多数の死者を出した三年間だが、それ以前は小さな小競り合い程度に済んでいたようだ。
そして、終戦間際の15年前。数百年ぶりに神々は介入した。
神の加護を授け、神聖国の霊獣が一角、精霊獣ジューダの牙より作られし聖剣を携えた剣聖アーサーを登板させることで。
ならばと魔族側も神の加護があればというのが筋であるが、生憎と十二種族の創造者は始まりのリリスと共に封印されている。
その神の加護も時を経て認知できないものも多かった。
良く言えば、そんな状態で双方ともに多大な犠牲を出し続けて戦えたものだ。
そんな折に、終戦終わりの一年前にアナスタシアはアレクサンドル王との子を妊娠した。
これはパンドラのみならず、敵対していた神聖国側にも知らせが届き。
最高権威を持つ教皇の指示を待たず、アナト枢機卿と一部の諸侯を除いた枢機卿上層部の独断により、『アナスタシアの生死は問わず。徹底的に殲滅を行え』と指示を出してしまう。それを受けたアーサーは単独無双、さらにはギルドマスター、ルディナやアイアノス、ズオーといった名だたる猛者の獅子奮迅の活躍により戦線は崩落。
単騎による決戦により、アレクサンドルは倒れアーサーが勝った。
「アナスタシアはアレクサンドル王がアーサーと決戦を行う、その数日前からパンドラを脱出するべく、白亜の城アクベンスより逃げるよう言われていてね。けれど、彼女が海岸にたどり着く頃には王は討たれ、追撃部隊がすぐそこまで来ていたんだ。彼女の護衛を務める侍従達は自らその身をもって囮になり、その隙にアナスタシアは一人の従者を連れて荒れ狂う大海に小さな小舟に乗ってパンドラを脱出した」
それを聞いたエストレアは垣間見た記憶と合致する。
しかし、改めて聴くと本当に無茶をしたと思う。
身重の体で、荒れ狂う大波と嵐が吹き荒ぶ海を小さな船に乗って逃げる。
普通に考えて自殺行為だ。十中八苦間違い無く死ぬ。
「けれど、彼女は辛うじて生きていた。とはいえ、飲まず食わず、海岸についても人目を避け、空き家を転々と移動して遂にその体は限界を迎えた。陣痛と体力の低下だ。結果的に君は生まれはしたが、彼女の体力は既に無く、いつ死んでもおかしくない状態で既に事切れた従者の服を破って簡素な産着にし、動けない体は寒さに震わせた。そこにアーノルド卿、貴方が来た」
「彼女は、生まれた君を貴卿に託した。名前を与え、その様子を見守って彼女は世を去った。あとは君が行った通りだとも。アーノルド卿」
そこからはアーノルドは語る。
アナスタシアの遺体を載せて、自領の墓地に埋葬したこと。
託された赤子のエストレアを育てたこと。アーノルドは子を為せない体であった為、育てないという選択肢はなかったこと。
出自の不明であるという噂は権威によってもみ消し、赤子の秘密は親しかったアグラエィンとアイアノスのみに事情を明かしたこと。
「だか、これだけははっきり言える。エストレア、私は君を愛している。私は君を託された時から今日の日まで子を為せない私の心の支えになっていた。それが、世に変革をもたらす存在であっても、家族として君を愛しているよ」
「お義父さま………」
「いやあ、素晴らしい家族愛だね。アレクサンドル王陛下も、ナターシャもこれをみたら羨ましいと言うだろうねぇ」
パチパチ、と拍手しながらマリウスは笑う。
しかし、目は笑っておらず、その視線の先には神聖国ではなく。
この国の国王、アグラエィンに向けられている。
「さて、先ず僕が問いたいのは彼女をどうするか、だ。アナト枢機卿、あなた方の国は言うまでもないだろう。問題はーーーアグラエィン王貴方は如何なさるつもりか」
その問いに、アグラエィン王はーーー
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「言うまでもないだろうが、導き手である私が言うのもなんだけれど彼女は“争いの火種”だ。世界を統べる王として生まれた、究極の器。いずれは神に至る器を、世界が、人々が、何より今世界を睥睨し、見守る神々が黙っていない。近い将来、先の戦役よりも大規模なーーー神々の積極的な介入の、世界中を巻き込んだ大戦いや【聖戦】へと発展するだろう」
予言じみた言葉で飾るマリウスに、エストレアはその言葉が予測や妄言ではなく、断固たる真実であると見抜いた。
「故に、彼女はそうして生まれたのだ。人と我らを繋ぐ架け橋として。取り繕う言葉を無しにすれば、彼女は礎なんだよ」
ギロッとマリウスは睨まれるのを暖簾に腕押しとばかりに無視し、アグラエィンに問う。
ーーこの国に彼女を置き続けるにはリスクしかない。戦争の引き金の原因になり得る彼女を手放せ、暗にそう言っている。
「ふ、ふざけるな!!!魔法使い如きが、彼女を、彼女の運命を指図するというのか!!?」
激昂するように立ち上がるのはジェラルドである。
全身をワナワナと震わせて、相当怒りを抱いたようである。
「口を慎めよ、“若造”。僕がその気になればこの地一帯を片手、いや指一本で更地にできるんだよ。彼女の運命を指図?何を言っているんだか。「もう良い、余がはっきり言えば良いのだろう?」」
割り込むようにアグラエィンが発言する。悩んでいたようだが、吹っ切れたのか。いや、あの様子だと妥協案でも浮かんだか。
「大勢の国民と一人の令嬢。この先のことを考えればどちらかを取るかは言わなくても分かっている。戦争の火種になるような危険物を孕んで、罪のない国民に降りかかることは決してあってはならない」
ーーだが。
「しかし、魔法使いマリウスよ。其方の全てを受け入れることは此処にいる皆が受け入れることはないだろう。妥協案としてエストレアを王国国民の籍を外す。正式な知らせは後々であるが、この除籍は一時的なものとして発令する。其方の使命、見事果たした後此処に戻ってこれるようにしておく」
「父上っ!!?正気ですかっ!!!?」
今にも泣きそうな声で、ジェラルドがアグラエィンに詰め寄る。それを払い除けて、アグラエィンはアナト枢機卿へ申請を出していた。
「正気だ。アナト枢機卿、貴方はこのことを教皇猊下に伝えると思われるが、彼女には手を出さないでほしい。そのことを明言していただきたい」
「分かりました、我が国の過激派に関してはこちらが抑えておきます。教皇の耳に入れることは彼らの耳に入るのと同意義。また、悲劇が起きるのは本意ではないですから」
神聖国の過激派。
枢機卿の一人、グレーシオ・ホスキンスらが主導する神の意にそぐわぬものは粛清するべきと掲げる危険思想の集団、というか政党みたいなものだ。
彼はかなりの変態という噂があり、彼の部下となった修道女らは皆お手つきになったとか、夜に拷問訓練と称してミスを犯した部下を、など黒い噂を挙げれば枚挙に頭がない。
神に仕える者の最高権威でありながら、よくこんな噂が流れるもんだ。
反対にアナト枢機卿らが主導する穏健派は過激派と比べ圧倒的な支持率を持つ。
時代が進み、無闇に血を流す行為を歯止めにするべく終戦後に発足した、らしい。
そこそこ白熱化してきたところで懐中時計を眺めていたマリウスが柏手を鳴らすような感じで催促してくる。
「さて、いい感じに白熱してきたところ悪いけど今日はこの辺でお開きにしよう。既に日が暮れ始めてる。この季節に使節の方々を真冬の夜を歩かせるのは酷だろう。まだ日があるうちに仮設宿舎にご案内しようじゃないか」
確かに彼のいう通り、季節は冬であるからか日が暮れるのは早い。
既に日は落ちようとするところでちょうど太陽の一部か山の斜面に隠れようとしている。
ここから暗くなるのはあっという間だ。
「今日は姫殿下が目覚めてから時間が経ってなかったから昼からだったけど、明日は朝からにしよう。出自に関してはこちらが明かせる部分は大分話したからね。次はーーー姫に取り巻く、この世界も例外じゃない脅威について、だ」
「それは今すぐにでも聞きたいのだが?」
「残念ながら、今の段階でそれを話すのはリスキーでね。しかも、それは僕もある程度は噛んでる厄介な代物さ。何処に監視の目があるか分からないから今は話せない。でも、今の手札で言うとなるとーーー
ーー『アルビオン計画』ーー
これしか話せない」
『アルビオン計画』。
それがどんなものかエストレアにはわからない。
しかもマリウスが一部噛んでいるという。益々怪しい。
だが、ある程度は予想は可能だ。大方、あの屍山血河の魔女ことキュリア・ノイマンが忠誠を誓う現魔王率いる組織のことだろう。
「彼から嫌っていうほど催促されていてねぇ、煩いからいい加減切り上げないといけないからね。まだ、彼らには悟られるわけにはいかない。コーンウォールが決意を決めるまで、ね」
「待て!」
そう制止を試みるも、「ではまた会おう、姫殿下」とマリウスは体をポリゴンに変えてこの場を去った。
「嵐だけ残して去っていったな、アイツ……!!」
彼がいなくなった後、日は思い出したかのように、ゆっくりとその体を山の斜面に沈めていくのだった。
ーー続く
まだまだ続きますよ




