Chapter10-10 Chapter end
お待たせ
全てを見届けたエストレアは【天穿ガラティーン】を解除して宇宙を見上げる。
「終わった、終わりました。お父様、お母様。これで、貴方方の身を汚すものはいません。どうかゆっくりと休んでください」
空の彼方に輝く星座。そこに二人の星が輝いたように見えた。
ふと、巨神兵とキュリアが消えた空域から気配がする。
そこに意識を向けると、光の粒子のようなものが漂っている。
それは大きなシルエットを持っていて、その周りに人の形をした光がその背中に乗っている。
シルエットはエストレアの周りをくるくる回るようにして近づくと、エストレアの真前に泊まった。
そして、そのシルエットはエストレアの脳裏に語りかけてくる。
ーー『感謝する、約束の御子。分たれた我が身とはいえその一つを解放してくれたこと、投げかける言葉が見つからぬ』
ここにきてそのシルエットがなんなのか理解する。それは巨大なドラゴンだ。上位竜なんかじゃない。そう、古竜に違いない。
ーー『我はズツァニッグ。古の昔、人に敗れた竜なり』
ここに来て、とんでもない大物が目の前にいた。いや、ヒュドラの素材としてズツァニッグの肉体を使っていたことはあの精神世界にて分かっていたことだがーーー。
ーー『我が体は長き時を経て、同胞に外法を持って汚された。だが、其方が消し去ったことでその一つが解放された。同じように、幼き人の子の魂も、救われた』
嵐の雷竜の名を持つ、大いなる魔竜ズツァニッグ。帝国建国神話に登場する竜で、天上の神々総員でさえ勝てないと言わしめ、最後は初代皇帝となるバモレッドなる人間に討たれた竜王。
ネロが持つ魔剣の由来であり、歴史上最強の存在。
正直、この肉体を持たぬ精神の姿としても一時的とはいえ神である己が竦みそうな程のオーラを発するこの竜は間違いなくズツァニッグであると実感する。
著名な竜であるファヴニールやウェールズの赤い竜、サクソンの白い竜。リグ・ヴェーダのヴリトラにニーズヘッグ、究極的には黙示録に記されし赤い竜といった名だたる存在でさえ、この竜の前では宙を舞う埃、塵などの矮小な存在になってしまう。
それ程までにこのズツァニッグなる竜は強すぎる。
『だが、御子よ。これだけは言わせて欲しい。ありがとう、我は長きにわたる苦しみから一つ解き放たれるであろう。もし、其方が引き受けてくれるのであれば残る我が肉体を解放していって欲しい』
「ズツァニッグ………、お前は……」
『自儘であることは承知。だが、それを抜きにして御子よ。其方はこの世に生まれたその使命を全うしつつ『人』であれ。魔と人、神、何方にも傾こうとも其方の存在は争いの種となろう。ならば、心を許せる側で調停を務めるがよかろう』
『我はこの世界と一つになる。其方と共にあった彼らの魂も我が引き受けよう。我らは虹となり、世界を巡り、理の礎となろう』
そう言ってズツァニッグだったものはエストレアから魂達を引き取る。彼らもまた自分たちを害したキュリアを倒したことで満足したのか、名残惜しそうなこともなくズツァニッグのシルエットの背に乗る。
その際だった。
ーーありがとう、お姉ちゃん
聞き覚えのある声が聞こえた。
脳裏に蘇る孤児院で、自らの裾を掴む幼い女の子。その姿が、蘇る。
「っーー!!……どういたし、まして」
噛み締める唇。しかし。
投げかける言葉が今度はこちらが出てこない。だから、そう言うしかなかった。
ーー『さらばだ、始まりにして連綿と紡がれ続け、世に生まれ落ちた約束の御子よ。未来を作り上げる可能性を秘めた神の器。我らは永久に行く末を見守ろう』
バサァと音を立てるような仕草をして、ズツァニッグだったものはエストレアから遠ざかっていく。その軌跡はまるで虹のようでーーー
「さようなら、マリー……。また何処かで」
その背中に乗るキュリアの犠牲になった人たちはエストレアに向かって手を振っているように見えた。
「さて。迎えに行かないと」
エストレアは空を見上げて、ゆっくりと上昇する。世話の焼ける、少し好意が行き過ぎた妹分を迎えるために。
「やれやれ、宣言通りになったけどもう少しどうにかならないものかな」
視線の先、情けない悲鳴を上げて落ちてくる体がボロボロのジェシカ。
そこに駆けつけるべく、飛行雲を吹かしていくのだった。
ーーー
ーー
ー
「き、きゃああああああああああああああああああーーーーー!!!?ふ、ふざけないでくださいまし!せ、せっかく覚悟を固めていたのに!!!」
ディアスに自動的というか自我を持った巨神兵に外へ投げ出され、自由落下の真っ最中。
ブワッというには多すぎる滝のような涙を流して一直線に地上に向かって落ちていく。
それだけならまあ、可愛いもの。少なくとも、雲より少し高い程度なら。だが、ジェシカがキュリアを巨神兵と共に運んだのは宇宙と大気の狭間、空気があるかないか、その境目である。そこから重力に引かれて落ちている。つまり、大気による摩擦で焼き切れるかもしれないのだ。
幸い、巨神兵から投げ出された時コクピットの座席ごと投げ出されその座席の魔力を使って障壁を作り、抵抗しているが切れたら真っ先にこの体など焼き切れて炭となるだろう。
まあ、生きて帰っても、限界を超えて戦い続けたこの体はもう長くないだろうが。
「ち、ちくしょおおおおォォォォォォォォ、ですわよ!!こんなことならお姉様に手を下された方がまだマシでしたのに!!」
「なんだジェシカ。そんなに死にたかったのか?それはすまなかったな、けど、私が決めたことなんだ。君は死なせはしないってね」
やけくそ気味に喚くとすぐ側で聞き覚えのある、人の声が。気がつけば、ジェシカはエストレアに支えられておりもう落ちてはいない。
「お、おぉ、お姉様っ!!!?」
目をぐるぐるとさせ、けれど「こ、これはご褒美ですか?!」と訳のわからない言葉を漏らす。
エストレアはジェシカの顔をまじまじと見つめる。見つめられているのを知ったジェシカは頬を赤らめているものの、エストレアはそれどころではなかった。
未だ制限が多い、全てを知る【全と一の瞳】が彼女の全てを暴く。
正直、言ってしまえば今のジェシカは存在を保っているのが奇跡であった。
魂は枯れ木同然、それも何年にわたって虫喰いされた枯れ木のようで、魔力はすでに空、心臓も“既に止まっている”。
もう、個人としての生命活動は終わっている。ただ、強靭な精神力だけで終わった体を繋ぎ、動かしている。
頬を撫でる。
ひび割れた頬、割れた隙間から漏れ出る光は彼女の大切な何かなのか。
その光も、今となっては弱々しい。風の一つでも吹こうものなら掻き消えてしまうのではないか、そう思わせるほどに今の彼女は幼くして無に至ってしまう、そんな危険性を孕んでいた。
「ジェシカ……」
呟きが漏れ、彼女は一縷の涙を頬に伝わせて、朗らかに笑う。
「大丈夫ですわ、もう私はここまでですけれどこの国を守れた、その一人になれるのならーーー」
「馬鹿をいうな!!!言った筈だ、お前を死なせはしない!もうそんなことを言うな…………」
「お姉様……、でもわかっておられる筈」
目を閉じるエストレア。その姿を見たジェシカはどうしようもない、他の施しようのないことを否定したいように見えた。
「ジェシカ………、すまない。私はーーー
ーーーお前が必要なんだ」
「えっ?」
唐突な告白。言葉を理解するのにジェシカは数秒有した。けれど、ジェシカの解した言葉とはエストレアの行動は別であった。
「だから、許せ」
抱き寄せたジェシカを己の口元に寄せる。
その白い頸を、穢れなき柔肌に視線を向けた。
「お、お姉様……?」
そう尋ねるジェシカは霞む視界の中、確かに見た。敬愛する彼女の目が爛々と不気味に輝くのを。
そして、何か首元に異物が食い込むのを感じ取ってそのまま意識を手放した。
そしてその日、人々は奇跡を見た。
王都を灰燼に化し、多くが犠牲になった厄災の魔女にの元に降臨した女神を見た。
神の使いである大いなる巨兵はその身を犠牲にして魔女を空へと連れ、女神は裁きを放つ。
その光景を地上にいた人々全員が見届けた。
放たれた第二の太陽。それが弾ける時、真夏以上の熱波が一瞬訪れたが、それが小さくなるほどに熱は弱まる。
誰も言葉を発しない。
当然だ、なぜならーーー
雲の隙間から漏れ出る薄明光線を背景に、黄金の光の粒子に包まれ、ジェシカを抱きとめて地上に降りてくる女神の姿があったのだから。
全てが始まった聖堂跡地に降り立ち、その身を包む黄金の鎧は風と共に、金の粒子となって天へと還っていく。
「「皆の者、頭を垂れよ。我らが姫君、約束の子たる御方の凱旋である」」
「道を開けよ、我が先祖アールヴ・アグルの祝福の元に」
「戦いは終わりを告げる。人と魔はこの時のために望まれたのだから」
そんな誰も動かない中、ダークエルフの双子、イルナとイザルナの二人は彼女の元へ駆けつけ、そして皆皆に聞こえるようその声を紡いだ。
木漏れ出た薄明光線が、彼らの背中を照らしその向こうからジェシカを抱き抱えるエストレアが歩いてくる。
きっと、ここに宮廷絵師がいたならば後世に残る絵画を描いたことだろう。
それ程までにその光景は美しく、神秘的であった。
それまでの暗闇の戦いを打ち消す程に。
ガシャン、と誰かが腰を強く下ろす音が聞こえた。
「終わった?は、はは……、いぃっよしゃぁっ!!!」
両手を空に向かって広げて叫ぶネロ。
「も、もう限界だ」
盾の結界を行使し続けたフローラはレオを支えられながらその体を横に倒す。
「死ぬかと思った」
杖を文字通り杖にして体を預けるレンヤに、体を倒す事なく大きく息を吐いて空を見上げたオルスト。
それだけではない、ニアスも、リムも、アナト枢機卿、アグニルだってようやく収束したのだと理解するとその場にへたり込み胸に手を当ててホッとしていた。
生き残った市民ら、外国からの人々もようやく終わったのだと互いに目配せすると歓声を上げ喜び、抱き合い、涙を流した。
彼らの姿を見て優しく微笑むエストレアはただ休む事なく歩く。
微笑むその美貌は、なによりも美しい。今の彼女の視線が、笑みが向けられたなら冷たい心の持ち主でもきっと隅々まで溶かしていくだろう。
「エストレアッッッ!!!」
そこへ息を切らせて走る人姿。
着慣れない鎧を着込み、重心ブレブレの騎士用の剣を腰に下げて走り寄るのはジェラルドだ。
その後ろから、足場が悪いのに懸命に馬を走らせてくる養父アーノルドとその親友であるアイアノスの二人。
「無事だったんだな、エスト、レア?」
駆け寄ろうとするジェラルドを片手で止まるよう促し、そして、アーノルドに抱えるジェシカを預ける。
「先ずは、ただいまと言わせてくれないか。せっかく、夜が明けたんだから、ね?」
そういうとさっきまで空を照らしていた太陽はいつの間にか消えていて夜の帳が戻りつつあった。そこへ、東の果てより太陽が顔を覗かせている。
「それに………私もそろそろ、限界なんだ。だから、目を覚ますまでお願い、ね………」
ジェシカを預け、戦いを終わらせたエストレアにのしかかってくるのは疲労感だった。
疲労感だけならここにいる全ての者達が持っているが、エストレアの場合神の力を行使したのだ。彼らよりもは何倍も感じられた。
「!!ーーー、おっと。…………ふぅ、お疲れ様エストレア」
倒れ込むエストレアをジェラルドはジェシカにしたように優しく抱きとめる。
愛しい彼女の頬に軽く口づけをして。
この恋は叶わぬと知ってもなお、が諦め切れない。
ここに、王都アントンを震撼させた魔女との戦いは太陽が荒れ果てた街並みを照らし、その中でわずかに残った宮殿へ帰還する彼らの行進をもって終わりを告げたのだった。
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それから三ヶ月が経った頃。
「へい、らっしゃーーーいっ!!!」
「お嬢さん、このアクセサリーは如何ですか?」
「おい、酒まだ来てねーぞ!?」
「は、はい、ただいまお待ちいたしますゥーー!!」
「うわぁ、盛況ですわね!三ヶ月前の時と比べると文字通りあっという間ですわ!!」
「そりゃ、そうよ。この国に災害寄付って事で周辺各国から労働者の派遣、被災者支援に、遺族らへの半年分の金貨支給といった補填など、多額の援助が来たんだから。あの悪名高い神聖国や内戦の帝国とかですら援助するとか普通ありえないわよ」
「暗に言い直すと、借りを作りまくったと言えるんだがな」
まだまだあの時の残骸が残るが、それでもかつての王都の活気が戻ってきた中、エストレアとアグニル、ジェシカの三人が街中を歩いている。
「それでも、それがなかったらこの国の国庫が空になってたってギルドマスターから聞かされてゾッとしたわ」
「被害総額が虹金貨にして一万枚吹き飛んだと言いますわ。ここでの話ですけれど、おおよそ国家予算10年分の被害額ですわね」
一金貨が1万、それが1000枚分で虹金貨一枚分に相当する。
単位が大きいために国家予算計算用に使われる硬貨ではあるが去年の国家予算が大体虹金貨100枚。
金貨に直して10億。前世の日本の国家予算に比べれば安いもんだが、生憎とここは異世界。
しかし、まぁ、ここまで立ち直ったものだと感心する。
「思い返せば、濃かったわねーー、この三ヶ月。特にエレン、貴方が大変だったんじゃないの?」
「そうだな、正直言って情報が多すぎて飲み込めなかったし、さっきまで覚えていたものを今すぐにでも忘れそうだ」
そう、思い出すのはあの惨劇ーーー、もとい『“屍山魔女血戦”』と呼ばれた戦いから一週間経った時のこと。
ーーー
ーー
ー
あの後気を失ったエストレアが次に目を覚ましたのは一週間経った時のことだった。
「ぅ、んん………、ここ、は………?」
天蓋付きのベッドの上、長い紅髪が寝起きの周りにちらつく。
すでに日が昇っており、これが普段であれば寝坊もいいところだ。
「やぁ、お目覚めかい?」
そんなところに陽気に話しかけてくる、声音からして胡散臭い男の声。
「寝起きの乙女の寝室に勝手に入ってくるのはいただけないな。何しにきた、マリウス?」
「つれないなぁ、僕は君の導き役なんだからこれぐらいは当然だよ?」
飄々とどこ吹く風で、エストレアの苦言を受け流す世界最強の魔法使い。
この男には何言っても無駄だと悟るとベッドから起き上がり窓へと近づくと陽の光を背に浴びて振り返る。
「はぁ、とっとと本当の話に戻して。それと、詳しいこと話してもらうから」
「無論だとも。ただ、事の経緯に関しては君だけではなく他の人たちも交えないといけないけどね」
「他の………?」
彼の言葉に疑問を抱く。いや、アーノルドや陛下など事情をさらに深く話す必要があるのは理解できるが、後誰がいたか。
「君の素性が間接的とはいえ、今回の一件でさらに明らかになったんだ。だったら今後のことを考えると彼女達と面と向かって話さないといけないからね」
マリウスはエストレアの背中に回り込むと妙に慣れた手つきで背中を触ってくる。思わず、反射的に裏拳を叩き込もうと力を込めるが、その頃にはマリウスは離れている。
「君の背中の聖帝痕。それは神聖国の戦士達、または聖女と呼ばれた者たちの背中にある聖痕とは違うものだ」
今になってようやく何を言いたいのか理解した。聖帝痕とは神聖国のトップである教皇のみが持つ特別なもの。
母アナスタシアは不義によって生まれたとされたがその不義が今代の聖帝痕保持者、即ち教皇によって齎された。
少なくとも、教皇の姿を見たことないからなんとも言えないのだが仕方あるまい。
「アナト枢機卿、か」
「ご明察」
そのまま二人とも長い沈黙になる。
「彼女は現在、枢機卿の中でもかなり上位に位置する人物でね。現教皇の右腕、ではないけど智慧の君なんて言われてるよ」
「そうか」
エストレアは考える。
もし、全ての話が真実ならば神聖国の教皇は己にとって孫娘、に当たるのだろうか?
だが、今の自分では到底会うことどころかこの存在が知れ渡れば討伐隊なんてものが送られる可能性だってある。
今回の一件でというと恐らく神の力を行使したのではなく。
それもあるが、聖帝痕を解する人物がいて、それを目撃されたことだろう。
あの場には神聖国からの来賓だったアナト枢機卿をはじめとする聖騎士たちもそれなりの数が生き残っていたはず。
「これからどうなるのか」
「心配しなくてもいい、僕はいつでも君の味方だ。君が望む限り、望むように導いてあげよう」
胡散臭いのに、どうしてこう、頼りたくなるような声音で語りかけてくるのか。
まるで画面の向こうから眺めている人の視線で、自分を見ているかのようで、エストレアは少し青ざめた顔で恐怖を覚えた。
ーーこの男は、何だ?
その問いは声に出る事なく、また答えるものは口にしない。
不意にドアが軽くノックされる音を拾う。
誰だろう、と思いエストレアは「どうぞ」と入室の許可を出す、前にドアが開かれて入室してきた給仕は驚いた顔をして何故か慌ててドアからもと来た道は戻っていく。
一方で、マリウスはまだ姿を見られたくないのか、「じゃあね」と言いポリゴンになってこの部屋を去った。次に会うのは、すぐだとしてもいつになるか。
その後、入れ替わりで入ってきたアーノルドからはエストレアはあの日から一週間目を覚さなかったと聞かされた。
そして、今日一日大事をとって休み、明日から事の顛末を話してほしい。そう言われたのだった。
一章Chapterはこれにて終了。エピローグではエストレアの真相から始まり、この先の危機を知ることになります。その後、キャラ紹介と一部用語集を入れていく予定でございます。
なお、挿絵に関しては完成次第、該当するChapterにて挿入する形で投入。その際は新話にて告知します。




