Chapter 10-6
お待たせ
振り返れば父アレクサンドルがいた。どうしてと一瞬思ったが彼もまた精神の身体だ。
来ようと思えば来れるのだろう。
「妻の記憶を垣間見たか」
「父上、これは母の記憶なのでしょうか?」
一応確認の言葉を投げかける。その言葉にアレクサンドルは確かに頷き、「そうだ」と言った。
元々は両親側の問題だった。だが、権力、立場という存在が母アナスタシアの人生を狂わせた。灰被りなんていう呼び名をつけられて。
彼女自身に落ち度などなかったはず。それもそうだ。子は生まれを選べない。
生まれ、育ち、その先を決めることは出来ても誰の元に生まれるかは逆立ちしても分からない。
「記憶が朧げだったろう。それは彼女が、妻が残滓であることと僅かに残った思いにお前が触れたことでお前が知れる限りしか見えなかったのだ」
確かに、と思う。途切れ途切れの記憶。最後の方などかなり時間が跳躍していた。出会いとその先の愛の育み///など後者はどうでもいいが何故パンドラに移ったのかなど見れなかった。
「だが、もう時間だ」
え?と聞く前に、この場所に不釣り合いな亀裂が生まれる。
切れ目から闇が溢れるように白い空間を塗りつぶす。
「キュリアめ、夢魔の夢喰を発動させたな。わざわざ形態強化までするとは」
そう言うと、アレクサンドルはゆっくりと母の元へ歩みを進めていく。
そして優しく抱きとめる仕草をするとそこへポスン、と納まり彼女自身立とうとはしなかった。
それもそうだ。今、彼女の足元から金色の粒子となって消えかかっている。
「もう、妻は限界だ。キュリアに食いつぶされ、ここを維持するのは不可能だ。私たちに出来るのは、お前をここから出すことくらい」
「待ってください、お父様!まだ、まだ私は!」
「お前には待つ人がいるだろう。まだ訪れていないがいずれはお前の使命に気づくこともあろう。お前は生きろ、生きて己の幸せを手に入れるのだ我が娘よ」
エストレアは大粒の涙を溢し、両手で顔を覆う。そんな彼女に手を伸ばそうとする人がいた。言うまでもなく、母アナスタシアだ。
「ナーシャ?」
アレクサンドルが不思議そうに見つめるが、アナスタシアはエストレアに向かって消えかかる手を伸ばし、招いている。
それを見たエストレアは涙を拭い、アナスタシアへ近寄る。
「ーーわぃぃ娘」
「ナーシャ、声が……!」
「私、の可愛い子、私はいつまでも貴方の、そばにいる、わ」
「だか、ら私達の最後の願、いを聞いて、頂戴」
掠れかすれな声で懇願する様に、そして宥めるようにエストレアに語りかけるアナスタシア。
「うん、うん」とエストレアは何度も頷き、アナスタシアを見る。その体はほとんどが金色の粒子となっている。
「一度も、貴方に、語らえなかっ、たこと謝らせて。そして、貴方の未来に幸あることを」
「貴方、の名前、二つの意味が、あるの。人と、魔の二つの意味が込められて、いるわ 」
エストレアの名の意味。それは人の言葉、神たるアマデウスの系譜にして『導き、高みに至る者』、魔の言葉、十二種族らの言葉で『天と地を繋ぐ、架け橋たる力』を意味する。二つを合わせ、終わらぬ戦いを幕引かせるための楔。
「そ、して貴方に、私の名前の一部を、あげ、る。わた、しはアナスタシア・リヴェア・リスペミニアド。私は幸せ、だったわ、貴方の、立派な姿を見ることが、出来てーーーー、幸せだった………」
その言葉を紡ぐ頃には体はなく、顔のみで最後の言葉が紡がれる時は唇だけが動き、そして全てが粒子となって消えた。金色の粒子はやがて人形になったと思えばエストレアの体に入り込み、温かな光となって包み込む。
「娘よ、ありがとう。妻もこれで良かったのだ。もう時期ここは崩れ去る。余の力で、お前をーーーいやまだやることはある」
亀裂は次第に大きくなり、暗黒はこの空間の侵食を本格的に侵し始めた。
そんな中で、名残惜しげにアナスタシアを抱いた腕を今一度見つめた後その手をエストレアに向ける。
「手をかざせ、娘よ。型破りだが、これより継承の儀を執り行う。黎明の時より続きし吸血鬼を表す真の名をお前に授ける時が来た」
古来より十二種族を束ねる吸血鬼は彼らの王であることを証明するためその継承の名に魔法をかけた。
始まりの吸血鬼、王であった起源たるカイウス・プルトゥス王はまだ生まれたばかりの十二種族のそれぞれの血を混ぜ合わせ言霊をかけて八分を飲み込み、二分をそれぞれの十二種族達に与えたという。
「この名を後世に伝えよ、我らリリスの子はこの誓いの元不変にあるべし。血を統べる我を王とし、抑止の剣とならん」
始まりの吸血鬼はそう言って十二種族を統べる王として初めて君臨したという。その中には強大無比なるズツァニッグもいた。
エストレアは言われた通り手をかざし、アレクサンドルの手と重ね合わせる。
「我が名、アレクサンドル・ラティス・アルシャイン・『ペンドラゴン』が我が子、エストレアに王名ペンドラゴンを継承せん。汝、エストレア・クレイ・アルシャインよ、妻アナスタシアより形見として与えし名とペンドラゴンの名を持って王継を全うせよ」
何となくだがエストレアもこの次に自分が言うべき言葉が理解できる。
「我、父アレクサンドルと母アナスタシアの子エストレアは王命の名の下、この名を賜りこの名に込められし願いを全うすることを誓う」
祝詞を紡ぐ。それを聞いたアレクサンドルは満足したかのようににこやかに笑い、その身体がアナスタシアと同じように金色に溶けてエストレアの中に入っていく。
目を瞑り、その中にある二人の存在を感じ取る。無論、二人はもういない。その残滓がエストレアの力となったのだから。
涙はもういらない。もう、ここにある必要はない。今こそ断崖を飛翔する時だ。
空間は終わりを告げる。
花の咲く白い空間は塗りつぶされ、ガラス細工のように砕け散る。
【ようやくだね、運命の子よ。短かったようで長かったなぁ】
「アグル神……」
全てが真っ黒になった時、エストレアの目の前にはかつて出会った神格がいつのまにか鎮座していた。
【僕は君がここに来た時問うた。何のために戦うのかと。アレクサンドルのフリをして問うたけどうやむやになったからね。その答えを聞こうか】
褐色の肌に、桃色の髪。カンラン石に似た淡い緑色の瞳に、エルフのような尖った耳。人外であることを示す三対の腕をそれぞれ形を取り座を組む神。
アグルを含んだ十二の神々は特別な存在だ。概念を創造し、支配してこの世界の宇宙を取り囲む。リリスを中心にして、十二の神々が一種の曼陀羅を描く。
彼らが支配する概念は、最も古い原罪の原型であるという。いわば世界というコンピューターの基盤と言うべきか。そしてアマデウスら後の神々はプログラムのような存在と解釈するべきだ。
話が逸れたが、エストレアがここで意識を取り戻した時、アレクサンドルを模したアグルはエストレアに何のために戦うのかと問うた。その答えに即答しそうになったが何故か思いとどまり、そのままうやむやになったのだ。いや、あの時出会った父アレクサンドルは紛れもなく本人だったはずだ。成り済ます暇などなかった筈……。
【ん?あぁ、僕は神だよ?そんなこと欠伸するより楽チンなことだよ。そういうことにしておいて】
神だから、気にするな。
傲慢な神らしい、彼の言葉にエストレアは何も言えない。
そうしているうちに痺れを切らしたのか、アグルは【答えを聞こう、その返答を持って僕は君に力を与えよう】と言う。
ならば。
エストレアが選んだ言葉はーーーー。
「私はーーーー」
●●●
「どう、なったの……?」
「やった、か?あの娘が、アイツを」
眩い光が収まり、砂埃が舞う中見通しの聞かない景色をなんとか視界に収めようとヨロヨロと立つ王都の人たち。
ガララッ!!!と大きな音を立て冒険者達の前に転がったのはーーー
もはや燻りのない、煤けた黒曜の片腕。
多くの家屋を巻き込み、切り落とされた巨神兵の腕。
ーー砂埃が晴れる。
「ーーーーっ」
絶句した。誰もがそうだったろう。
砂埃の向こう、黒い巨大な異形の影。ただ、その姿に同化した魔女キュリアの姿はなく膝をつき、身体から赤く煮えたぎるような熱を無くし、片腕を喪失した巨神兵の胸元に大鎌を突き立てている。
一方で、異形のヒュドラの腹部にはほんのわずかに燻りを宿した巨剣ラハールが未だ突き刺さり、まるで墓標のようだ。
「っ!嘘だろ!!?」
なんと言うことだろう。
あれで倒せなければ、何で倒せばいいのか。
キュリアは、強化形態を解除し、再び二つに戻したのだ。このままでは夢を見破られている上、ヒュドラごと焼失しかねないと判断し、大量の魔力を消費したものの元の状態に戻した。
そのまま大鎌を振るい、偶然中のジェシカが何も行動しなかったこともあり片腕を切り飛ばした後、その切っ先を心臓、ジェシカがいるであろう場所に突き刺し、手応えを感じ取った。
実際のところ、ジェシカは精神体となってヒュドラの中に突入している。
だが、それは周りからすればそうは受け取らないだろう。
「こ、のーーーー!!」
「突っ走んな、馬鹿!!!」
勝手に、一人で動こうとしたアグニルをオルストがその肩を掴み抑える。
しかし、その手はまるで巨岩を持ち上げるように重く、弾かれる。
「っんなぁ!?」
「ガアッ!!!」
思わず尻餅をつく。
その背中を見たオルストは既視感を覚えた。何処かでアレを見た。
僅かながらも見える可愛らしい兎人の尻尾はまるでたなびく羽衣を思わせるほどに大きく、体を覆う魔力は獣の鬣のように揺れる。
アグニルは兎人。ルディナと同じ、獣人である。
ルディナと違う金色の紫電を帯電させて、圧力が高まる。剣を杖にしてそれを見ていたネロは確信する。
「お、おい、まさか……アグニルお前……!
ーーギルドマスターと同じになっちまったのか?」
ギルドマスター、ルディナ。
彼女は何者かと交戦した際、あらゆるものを粉砕する怪物へ堕ちかけた。
何もせずとも立つだけで大地は砕け、空間は歪み、紫電は空気を焼き尽くす。
唸りは振動となって、ありとあらゆるものを震わし砕いた。
そんな彼女も、度重なる力の行使で自然と弱体化したのか大魔導ズオーによって気絶させられてしまう。
その力の一端をネロ達は見ていた。
そんな力がアグニルに発現しようとしている。
彼女の口元にはパクパクと何か喋っている。口ぶりからして詠唱だろう。その内容はーー
「『見よ、灰の海原より這い上がる獣を。狂気の月の下、権威を滅ぼし太古の秩序を成就せしめん』
『冠抱き頭は神を冒涜するさまざまな名を記し、竜のようにすべての権力を地とそこに住む人々に、荊の如く叩きつける力を与え給えと古き盟約に奉り候也』
『如何なる力も我が身に及ばず、届かず。礼讃など知らぬ。ただ溢れる力の前にひれ伏せ』
『故に対価として理性を焚べよう。理を断つ力をこの手に。我が祖【情理】アラヤトよ、月光の加護を与えよ』
ーー【獣性咆哮・壊獣転身】、臨界封印・余剰纏化ィィィィィィィーーー!!」
獣のように叫び、詠唱を完成させる。しかし、ポツリと漏れた言葉はまだ理知的であった。
「勘違いしないでくれる……?ネロ、オル、スト、これで、もぉ、私まだ自分見失ってないから、さ」
もとより高まる圧力が更には強まる。
それにはキュリアも気づいたようで、大鎌を構え、いつでも向かい撃てるようにと警戒心を露わにした。
当たり前だ、戦役最強と謳われた英雄ルディナの壊獣に並ぶやもしれぬ化け物がもう一人増えたら、手に負える筈がない。ルディナがいないのが気がかりといえば気がかりではあるが巨神兵、壊獣と相手などしていられない。
だが、ルディナと違ってアグニルにはその狂気が薄い気がする。何故から、今ネロとオルストに抗議したことからまだそこまで堕ちきってないのだろう。
だが、キュリアの心情など知らぬとばかりにあらん限りの力で握りしめた短剣を持って飛びかかったアグニルが襲いかかってくる。
咄嗟に避けるものの、あの巨神兵の片腕をまるでバターのように切り裂いたのだからとんでもないことだ。
未だ理性を残しながらこの威力。
余談ではあるが、もしキュリアが強化形態を解除せず、半端、壊獣と化したアグニルと対峙したならば相性という意味で確実にキュリアが勝利を収めていた。
キュリア自身における、己の夢魔の強化形態が弱いと言うことは決してない。
何故なら、この巨神兵を駆るジェシカに思わぬ介入がなければ夢魔の力で原動力である精神を直接攻撃し、撃破できた筈、いや出来た。
もし、運命というものがあるというのならこれは起こるべくして起きたということか。
全てはーーー、ヒュドラが彼女を飲み込んだあの時に。
ドックンーーーーー!!!
鼓動が生まれる。誰の耳にも聞こえた、その音を。巨神兵が再稼働するようなものでもなく、ただ純粋に力が湧き出てくるような埒外のナニカ。
それを知覚した時、ヒュドラが悲鳴を上げた。
《ギィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!》
「な、何なの!?くそ、私の言葉に従えっての!!」
パキ、パキパキ、パキ………!
ヒュドラの腹部、人で言う臍の下、女性で言えば子宮にあたる部分。巨剣ラハールが突き刺さるその場所に。
煌びやかな、黄金の光が亀裂に沿って漏れ出ており、また巨剣ラハールもその亀裂に飲み込まれるように消えていく。
ーーードックン!!!!
また鼓動が生まれる。今度は地震が起きたのかと思わせるような、圧倒的な力の波動が。
ーーーードックン!!!!!
間髪入れず鼓動が鳴る。今度は地鳴りだけではない、空間は歪むほどの振動、異常なまでの魔力の上昇、地下深くある地下回廊の【深遠の神鉱】の本体がヒュドラの亀裂より生じた魔力の奔流と共鳴を起こし、冒険者達、兵士、ズオーやアイアノスと言った英雄達が膝をつくほどの揺れを感じ、眠っていたルディナがパチリと目を覚ます。
「ぐおっ……!?」
「な、なんだ、こりゃ!?」
完全に巨剣ラハールが飲み込まれた時、巨神兵に乗るジェシカは精神の体から肉体へと帰還する。その際、受けたダメージや命の燃焼の代償を受けるがそれよりも。
自身の行為が実を結ぶその瞬間を噛み締めていた。
そして、ただ一言。
「お姉様の、凱旋ですわ……!」
●●●
ーーー
ーー
ー
遠く離れた瓦礫の上で二人の男女がその光景を目に焼き付けていた。
「やはり、歴史は変わらんか。回り道が多かったが、行き着く先は同じ、と言う訳だ」
「宜しいのですか、メドラウト卿をあのままにしておいて?」
「構わん、お前も疲れただろうに。さっさと休め、私の駒が肝心な時に使えないのでは意味がない。なぁ、ベドウィル卿」
くるり、と振り返る女は赤いフードを深く被り、わずかに見えた淡い赤みのある白髪と、霞んだ金色に見える瞳がベドウィル卿と呼ぶ背中に無機質な翼を生やした十二種族の一柱、【使徒】の細身の男を見る。
「我が主の寛容なるお言葉、感謝致します。なれど、これが私めの仕事です故」
「物好きな奴め。だが、それゆえにあの時、最後まで残ってくれたのだろうな」
「女神の器、か。とんだ詐欺だな、アグルめ。アレに歯車を弄られたことも気づかぬ無能な集団が」
ぺっ、と女性しからぬツバ吐く行為に後ろに控えるベドウィル卿は何も咎めない。
何故なら彼らは神を憎んでいる。何故かはまだ明かす時ではないのかもしれない。
「この国でやれることはまだ一つ残っているが、まぁいい。引き上げるぞ、用意はいいな?」
踵を返し、目の前に立つベドウィル卿を含めた五人を見る。
その言葉に、最大限の敬礼を持って応じ彼らは姿を消した。
ただ同時というわけではなくほんの少し、ためらうように止まる女は「まだ、あいつに知られるわけにはいかない」と呟き、彼らと同じようにこの場を去った。
「私はーーー、守るために戦う」
【何のために?】
仲間の為か?それとも友の為か?
いいや、否である。エストレアがそのような凡愚な答えを出すために守るなどとは言わない。
「アグルよ、貴方が今抱いているであろうものはおそらく、私にとって、行って当たり前の言葉だ。だから違う」
面白い。アグルは心情的にそう捉えた。仲間のためとか、自分のために奮闘したあの少女の為とか彼女が彼女になる以前の家族として見てくれた彼らの為とかではなく。
それはあって当たり前の言葉だから、そんなことは言わないのだと。
【では、君は何のために?もしかして自分の為とか?】
「はは、確かにあながち間違っていないな。自分の動機を都合のいいように解釈するんだからな」
姿勢を正し、再度向き直る。ご都合主義?仕組まれた運命?そんなもの、最初から己のためだけのものだ。
だが、いつまでも勿体ぶるのはエストレアの主義に反するし、好きじゃない。それに神に失礼だろう。
「私はーーー『家族』のために戦う。私を産んでくれた母に報いる。私は、父の愛に報いる。私を育ててくれた養父アーノルドには感謝している。けど、実の父であるあの人は私を忘れはしなかった。そして、このーーーヒュドラは母の残滓なのだろう?なら、私は家族を守るために例え魔王だろうと、神だろうと、同胞だろうと、世界にだって敵に回して見せるさ」
物心つく前に、二人は戦役の闇に消えた。けれど15年経った今、思わぬ形で両親に残滓だけでも出会うことが出来た。
【く、くくく、あははははははっ!!!愉快だ、実に愉快だよ女神の器!!実に不快で、傲慢な答えだ。けどーーー実に正しい答えだ。僕が望む最上の答えだとも】
「それは何より。それで?私はどうなる?」
大きく愉快だと笑う原初の神。それを見て口をわずかに吊り上げ笑うエストレア。
【そりゃもちろん褒賞さ。覚えているかい、クライアの地下遺跡でのやりとりを。僕は君に二つ贈り物をした筈だ】
もちろん覚えている。
一つは、何かの部品だった。けど、エストレアの前世である、記憶がそれを知っているようだった。
もう一つは、まだ条件を満たしてないから使えないと言っていたか。
エストレアは懐中から何かの部品を取り出す。それを見たアグルはニヤリと笑う。
【そうそう、それそれ。それは、僕の権能を呼び出す神器としての役割を担うことに魔改造しておいたよ。本来は見たことない片刃の刀剣の部品みたいだけどね】
ーーでね?
【もう一つは、今ここで明かそうか。まずは僕は何の神か知ってる?】
「?エルフ達が信仰する、比較の神だろう?」
違うと答える。
【いいや、違うよー?僕は確かに比較を体現する神だ。けどね、僕は創世の時、最初に世界に光を照らすものとして生まれたんだよ?】
一番最初に、リリスとは別で世界を照らす存在として顕現する。
【僕は、この宇宙を照らし、支配する日輪さ】
つまりは太陽神。前世で言えば北欧における光の神ルー、インドでは太陽神スーリヤ、ギリシャではアポロンかヘリオス。前世の故郷では天照大神。
神のランクとしては最高位。
確か、この国の図書館で創世神話が独自解釈で書かれた書物があった筈。
ーー比較を司り、光と影の概念を生みし造神であるが故に古き太陽神として、また裁定神としての側面を持つ神ーー
【だから僕の一部をあげる。と言ってもあげられるのは本当に一部分だけなんだけど】
何故と問えば返ってくるのは、何言っているだという表現。
【だって、僕は太陽の神だよ?太陽。その力をさ、加減なしで君に与えたら女神の器だから多分平気だろうけどこの世界消し飛ぶもん】
成る程。この世界はリリスという存在が作った宇宙の中の世界。そんなところに太陽がぶつかればどうなるかなど目に見えている。
【後、君の機能の一部を承認しておいたから。向こうに戻ったときに存分に発揮してくれたまえ】
言い終わると同時に、エストレアの体がフワッと浮かぶ。
困惑していると、アグルがニヤリと笑う。
【君は元の場所に帰るべきだ。なぁに、君の両親はいつでもどこでも見守ってくれるよ。だから、君を慕う彼女の言葉についていきたまえ】
どんどん浮上していき、アグルの姿がとうとう豆粒程度に小さくなる。けれど、いつまで経っても周囲は暗闇のまま。
今は浮上しているのか留まっているのか、落下しているのか定かではない。
ーーパキィ………
次の瞬間、背後から亀裂が走る音がする。
そこへ引っ張られるようにエストレアの体は亀裂へと向かっていく。
ーーーーぇさ……!
声が聞こえる。
ーーーーぇさまっ!!
段々と近づく声。聞き覚えのある声だ。
ーーーお姉様!!!
亀裂の向こう、光さすところより段々大きくなる影が自分を呼ぶ。
やがて、声が明瞭に聞き取れる頃にはその影は誰なのかはっきりする。逆光でよく見えないが、だが確信できる。
「ジェシカっ!!!」
「お姉様、手を、手を取ってくださいまし!!!」
言われるがままに手を伸ばす。そうしなくとも二人の距離は縮んでいるのだからやがてはその手と手は触れ合う。
手と手が触れ合う瞬間、光が二人の間に生まれる。二人を完全に包み込むと二人は現実へと帰還を果たす。ジェシカは、巨神兵にある肉体に戻り、傷ついた体は知らぬとただ高らかに喜びの声を上げる。
「お姉様、どうかそのお力で救ってください歓喜を持って私は応じますわ」
【これで良かったんだろう?アレクサンドル、アナスタシア?】
「あぁ、アグル神よ感謝します。妻も同じ気持ちです」
【あの子は波乱万丈な人生を歩むだろう。僕にだって彼女の未来を見通せない。まぁ、彼女の目に埋め込まれたアレがあるからなぁ。まぁ、とにかく。君たちの行為はきっと無駄ではなかったと言える。だから、安心して精霊郷で休むといい】
「私の可愛い、娘。こんな遠くからですけれど、貴方の人生に幸あれ。私たちはいつでも、貴方を見守っていますからね」
アグルは消滅したはずの二人にある程度語りかけ、見送ると、そのまま己の座へと帰還を果たす。
座には12席存在し、今はアグルだけ。
【ふふ、楽しみだなぁ】
ただ一柱、アグルは下界の様子を眺めていた。
加護を与えた、一人の少女が紡ぐ物語の、先の読めぬことに心躍らせながら。
次回、覚醒。
余談。ベドウィルは調べると一発で出ます。メドラウトと一緒ですね。




