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紅の姫は紅煌たる覇道を血で染める  作者: ネコ中佐
第1章 目覚めの王国
78/229

Chapter9-5


「はあァッ!!」


「くっ!?」


王都アントン、市街地噴水広場にて黒い雨の中、激しい剣戟が響く。

一人は黒髪黒い狐耳を持つ獣人の女性に、もう一人は禍々しい大剣を片手に持つ均整の取れた、しかし幼さを感じる美青年。


戦いは終始獣人ーーシェアト冒険者ギルドのギルドマスター、ルディナが美青年メドラウトを圧倒していた。

理由はただ単に彼女が持つ聖遺物(ロストゴッズ)、陥斧ルディスによる破壊力がメドラウトの想定を超えていた、それだけだった。


斧と大剣が鍔迫り合い、互いに弾き合い間合いを離れ、間合いを詰める。

彼はの戦う場所はかつては舗装され綺麗な噴水に彩られた憩いの場であったが、今では戦線離脱したレオと屍者達との乱戦もあるが彼らと激突のせいで舗装はめくれ上がり、周囲の建物は崩壊し、火の手は上がり黒い雨により視界は悪い。


互いに肩を大きく揺らして息を吐きながら、己の武器を構える。


「少しは、やるようですね」


「ぬかせ、クソ餓鬼。戦役帰り舐めんな、伊達に死線を潜ってないわよ」


「えぇ、私も少し見誤っていたようですね。陥斧ルディス……、恐ろしい力だ。伊達に星を砕くというのも嘘ではなかった」


陥斧ルディス


ルディナが所有する聖遺物で、元々は朽ち果てた遺跡の最奥、祭壇にて祀られていたもの。何のために祀られていたのかは不明であるがまるで何かをここに縛るように置いてあった、らしい。

重力を操る力を持ち僅かに魔力を込めるだけで周囲を更地に出来る力を持つのだが、其処はまあどうでもいい能力だ。


メドラウトは余裕淡々としているが心の中ではルディナのことを過小評価していたことを恥じた。


ルディナもまた目の前のメドラウトのこともこれまで戦った相手より格段に強いと確信があった。


(なんて奴、ここまで隙らしい隙が見当たらないなんて……!けど…)



「どうでもいいわよ、アンタはここで!磨り潰す!!」


ルディナはルディスを握りしめて間合いを瞬時に詰める。狙うは、武器の無力化。

魔力を込めて、破壊力を倍加、倍化したことで重さがより増えて慣性によりそのままの勢いで振り下ろされる。

対するメドラウトも大剣を滑り込ませ、流すように受け流し、空いた腹に蹴りを入れていく。

迫る前蹴りを、斧を振り下ろした反動で斧を手放して上へと逃れると蹴りを足場にしてお返しとばかりにムーンソルトからの踵落としを決める。


これに対し、メドラウトも一歩下がることで腕をクロスしてルディナの踵落としを防ぐ。

途端に生まれる轟音、陥没する地面、身体の芯からくる衝撃に歯を食いしばる。

メドラウトは耐えたところで視線を向けると視界いっぱいに広がる黒い毛の塊、尾による引っ叩きを見ると即座にそれを引っ掴み投げ飛ばす。


再び開く間合い。

メドラウトは青眼に構え、ルディナは超低姿勢からの突撃の構え。

ルディナのジェット噴射ばりの突進で詰められる間合いにメドラウトは動じずに動きを観察していく。


ルディナの蹴りは重く、鋭く、速い。

基本的な前蹴り、回し蹴り、横蹴り、蠍蹴り。胴回し回転蹴りや払い蹴りなど、怒涛のように繰り出される蹴りを剣で弾きながら少しずつ後退を余儀なくされていく。

最後にドロップキックが決まり、ガードして受けた体勢のま電車道を作っていくメドラウト。


ようやく止まり、剣を構えるとすでに手放した陥斧ルディスを手に取るルディナがいる。片手で持ったまま突撃してくるルディナにメドラウトはーー


「仕方がない、我が主よ許たまえっ!哭け、獄剣ダインバルド!!!」


「っ!?」


メドラウトは手に持つ大剣、その真名(な)を叫ぶ。チロチロと燃えていた黒い炎は、黒紫色に轟々と燃えて凄まじい熱が辺りに放射する。


「ちぃっ!!!だが、押しきるっ!!」


振り下ろされたルディスは止められない。寧ろ、この獄炎を吹き飛ばせばいい。

この炎とて煙幕の代わりか何かだろう。なら、早く吹き飛ばして追いかければーー!


「ですが、我が主よりは弱い」


「がぁっ!!」


振り切る瞬間、脇腹に走る衝撃、熱、切られた感触。

きりもみに吹き飛び、舗装された地面を転がったままにえぐり取りながら停止する。

ルディナは脇を押さえながら、よろめきながら立ち上がると切られた箇所を確認する。

切られた箇所は瞬時に熱せられたことにより塞がっているが、もしそうでなければ内臓を溢してのたうちまわっていただろう。

切られる瞬間、瞬時に魔力を集中させて塞がなければ、今頃胴体が半分にお別れしていたはずだ。


「その、剣は、聖遺物………?」


「ご名答です。獄剣ダインバルド、己の一部を生贄にして能力を底上げする魔剣。このようにーーー」


メドラウトは髪を一本引き抜くと、魔剣に放るように投げると一層激しく燃えていき、メドラウトの体から発せられる魔力は増大する。


「髪の毛一本、贄にするだけでいい。それだけで、今の貴方を超えた」


さっきまで立っていた場所が小さなクレーターを作り、ルディナの視界から消える。

すぐさまルディスを背後に回して魔力を注ぐ。


火花が散る音と音が破裂する音がその後に訪れ、鍔迫り合いに負けたのは。


「かはっ!!」


ルディナだ。

さっきと同じようにきりもみに吹き飛びながら、腹にさらに衝撃が加わるのを認識する。


追撃とばかりにメドラウトが追いつき、その足でルディナを蹴り飛ばした。

ドゴォン、と鈍い音が聞こえ、噴水を巻き込みチロチロと漏れ出していた水が濁流のように噴出し、ルディナを飲み込んでいく。


「ああアァァァァっ!!」


勢いよく飛び出したルディナ。

先ほどより魔力を多くルディスに注ぎ込み、中心にある結晶体が眩く光る。


「砕けろっ!!


勢いよく、空中の姿勢のまま地上に向かって振り下ろされたルディスの一撃は難なく躱されてしまう。しかしーー


「っ!?」


ズゥンーーー!!!


今からがいる場所のみならず其処を中心として王宮まで届く蜘蛛の巣状の地砕きが発生、其処から地下水があふれんばかりに吹き出していく。

運悪く、メドラウトが立っていた場所の真下からも地下水が吹き上がり、勢いよく真上に吹き飛ばされてしまう。


「しまっーー!!」



彼女はこれを狙っていたのか。

確かに不規則で噴出する地下水など予測できるはずがない。出来たとしても、間に合わない。

地質的に恵まれているこの国の特性を生かし、わざわざ地形を変えてまで自分を倒しに来るとは。

空中で、体の体勢はバラバラ。こんな状態で、避けるのは難しい。


「終わりだっ!!陥斧ルディスよ!!!」


地上で、犬歯を覗かせて叫ぶルディナを忌々しげに顔を歪め手に持った魔剣で能力を底上げする。

今の彼女は、魔力を十二分に注ぎ込み、斧は形を変えている。

ルディスのその本来の力は斧部分に埋め込まれた結晶体にある。魔力を込め真名を解放すると斧部分はパージされ結晶体を中心にしたポールのようなものに変形する。この結晶体、実は極小サイズに凝縮された一つの宇宙そのもの。そして、極小サイズではあるが宇宙質量そのもののエネルギーを展開させることができ、極限の重みを持ってすり潰す。


膨大な魔力が嵐の如く吹き荒れて、まわりの噴出する地下水と合わさって正に『一撃』を叩き込もうとしているのだ。


膨大な魔力はその後、巨大な爆発を伴い、消滅した。






ーーー



同時刻


「おかしいですね」


「む?どういうことだジュダよ」



パンドラの地、六闘将ジュダと彼らの主たるヴァルバートは水晶越しに見たルディナとメドラウトとの戦いを見ていた。

「確かに私は、キュリアに援護をするべく人員を送りはしました。しかしーーー送り込んだ人員から連絡は途絶えております」


「だが、キュリアからの連絡は、確かに受け取った、と」


「いえ、あのような人物は私は知りません」


「ではーー。奴は何者だ」


他のメンバーも、誰も答えられない。では、メドラウトとは誰だ。


ーーー













ポタ…


ポタポタ………


「ゴフッ……!?な、なんで……!?」


カラン、と乾いた音をたててルディナの手からルディスが落ちる。

蜘蛛の巣状のひび割れた地面の中央で膝から崩れ落ち、夥しい血が黒い雨に塗れて流れていく。


ルディナは目の前のメドラウトに対しあり得ないものを見たのだ。

空中で、回避不可能な体勢で、落ちかけていたところをルディスの約六割の力で迎え撃ったのは覚えていた。

その後が問題だった。

彼の体が消えて、背後から突き立てられた剣を、それを持ったメドラウトの姿を見たが故に。


空間転移、という言葉がよぎる。だが、あれは必ず詠唱を必要とし、また移動できる範囲も限られている。不可の魔法使いであるマリウス・シオンのような規格外外の魔法使いなら長距離を移動できるようだが、彼のそれはそれとも当てはまらない。

彼の体が消えたと言ったが、正確にいうのならすり抜けだ。残像、でもいい。


とにかく、メドラウトはあの状況で難なく回避しルディナに致命傷を負わせた。

心臓一突き。確実に死に至る一撃だ。


「流石です。この“僕”にここまで引き出させるとは……流石、あの戦役で猛威を振るった御仁だ。称賛に値しますよ」


メドラウトは突き刺さるルディナからダインバルドを引き抜き、三歩下がる。

彼の体は、表面上はボロボロだがしかし擦り傷程度であり実質無傷のようなものだ。


「冥土の土産とはなんですが……。一つ、教えておこうと思いまして」


「な、何を……-」


「この事件の首謀者は魔女キュリアです。懐かしいでしょう、貴方にとってその名は」



キュリア。

その言葉を聞いて理解するのに数秒は有した。

ルディナにとって、キュリア・ノイマンという名の魔女の存在は特別だった。


ーーー『一族の仇』として。

だが、その話題は今必要ない。


「僕は彼女に雇われたーーーいえ、我が主の願いによりあの魔女に近づき、契約した。我が主の願いを叶えるために」


「まぁ、そういうことです。キュリアと我が主の願いとは一致したが為。そして、キュリアはこの一連の事件の首謀者でもあります」

「では、この話は終わりです。放っておいても死ぬでしょうが、せめて楽にしてーーー」


くるり、と振り返って倒れているはずの彼女に近寄りその首を落とす、あとはそれだけのはずなのに、其処に彼女はいない。

あの傷だ。ましてあれだけ戦闘をしたのだ、離脱もできない、そのはずだ。


メドラウトは不意に背後から気配を感じ取る。

急いで振り返れば、満身創痍な体。なのに彼女の体から溢れる“禍々しい気配”はいったいなんなのだろうか。


表情は黒い雨により読み取れない。幽鬼のように力なく腕を垂らし、項垂れているが、なお高まる魔力。

訝しげに見つめていると、何やらぶつぶつと呟いているようだ。


「ッ………?」


「殺す、殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス、許サナイ、アノ魔女ダケハ……!」


ついに高まる魔力は視覚できるほどに上昇し、その場所だけ黒い雨が止んでいる。その上空には時間帯的には昼過ぎであるが、赤い赤銅色の月が浮かんでいる。


その月の光に照らされて浮かび上がる彼女の姿は正に獣人の名にふさわしい。 


「月の光………、狂気を齎す我らが造物主……よっ!!我が雄叫びを聞ケ、この月に我が理性を捧げよう、骨を裂キ、血を湯水に浴びて月下の元で咆哮せん。


我が敵を屠り、血の賛美を歌うためーーー我ハ血ノ枷ヲ解クっ!!」


獣人(ビースト)とは。


十二種族の一つ、エルフ等の人間社会に適応した例外。

怪力に特化したダークエルフや、視野に長けたエルフなどに比べると基礎能力は人間とほぼ同じ。多少嗅覚が鋭いものの、普通の域を出ない。それが獣人と呼ばれる一般的な認識。


十二種族は、全て例外なくある条件を満たすことにより強化形態を発動できる。

エルフならば、未来視と同等の視野と感覚を観測を持ち。

ダークエルフならば、全身の筋肉を極限に絞って能力を高める闘気活性を持つ。

悪魔ならば、この世全てを演算し、龍は己そのものを超自然的厄災に姿を変えるだろう。


獣人の強化形態。それは『理性』を捧げることで知性や理性を失う代わりに純粋な能力を向上させること。

すなわち、生物の限界の超えた、パワー、速度、再生力を。

ただしーーー己を意識できる境界ギリギリまで理性を捨てた獣人はこう呼ばれる。

【壊獣】と。


「【獣性咆哮(プキテリス)・壊獣転身(ガルドリデ)】ッッッ!!!!うぐぁ、ぐぅ、ぐ………ァァァァアアアアア“ア“ア“AH aaaaaaaaっ!!!」


そして、その領域さえ超えて理性を捨てたならば己の自我完全消滅、存在乖離の代わりに理を無視した絶対破壊の力が備わる。


かつて、一度だけ十二種族史において1人だけその禁域を超えて壊獣を使った者がいた。

それはただ1人によりまだ一つになりきれなかった数あった人類文明を滅ぼした。ただ一撃でその文明と讃えていた神とその神殿、人々を海中に諸共沈めたという。


その余りにも抱えきれぬ力に恐れた獣人達は壊獣に至る術を封じ、今やそれを伝えるものはいない、とされた。



「な………」


全身を白く塗りつぶし、輪郭は陽炎のように揺れ、それは獣の毛並みのよう。鬼灯の如く光る目がより禍々しく引き立て、彼女が立つ地面は何もせずとも砕け、魔力の本流に晒されて塵と化す。


周囲に赤雷を迸らせ、彼女の姿はまさに地獄の体現、神話に刻まれし壊獣の名にふさわしい。

胸元にあった致命傷はとうに塞がり、やがて彼女の頭上に光の輪が徐々に大きくなっていく。



本能的に剣を構え、備えるメドラウトは見据えていたルディナを目の前から消失させた。

あまりの速さに、理解が追いつかないメドラウト。


「ヴアアアァァァァッッ!!!」


咆哮、それを認識した瞬間、白いナニカが迫りメドラウトは本当の意味で、目の前が真っ白に塗りつぶされた。








●●●









「ぐっ………」


少し時間は戻り、聖堂内部にて。

枢機卿アナトによる洗礼詠唱と、同時刻で現れた異形、ヒュドラによる攻撃が合わさりあたり一面が廃墟と化した。


白薔薇騎士団団長フローラは瓦礫を押し除けて、状況を確認するべく団員に点呼する。


やはりというべきか、あの一撃により大部分は相殺されたがその被害は甚大で呼びかけに応じた団員は、少なくとも聖堂外に展開していた第三、第四分隊の約七割がこの世から消えた。

あの時、とっさに叫んだフローラの指示を汲んだ団員は少なく、追従してきた四人の無事はあったが他は七割を損失する事態に。


「マリコナ、ディアナ、ヘル、ガーネット。お前達は外にいる生き残りを連れて図書館に展開しているレオの部隊と合流しろ」


「しかし……!」


「いいから、行くんだ!こうなってはもう舞台の再編は無理だ。撤退するしかない」


「でも、団長は……!」


部下の心配するような発言に対し、フローラは優しげな表情を浮かべ発言したガーネットの頬に手を添える。


「私は残る。私だけでも任務は遂行しなければな。何、案ずるな。私は、負けん」


その言葉を聞き、彼女らは涙ながらに敬礼し「ご武運をっ!」と別れを告げた。馬はあの一撃で使い物にならなくなり、ダッシュで元の方へ駆けていく。


一方、フローラは盾と槍を携えて、未だ頭上を見上げ睨む枢機卿アナトのもとに駆けつけるべく疾走した。


「よもやこれを使う時が来るなんて、な」


腰に刺した曲剣を走りながら見やる。

細剣(レイピア)でもいいが、あれは儀礼用だから使えないし。

俊足であることを生かし、白き薔薇の乙女は単身で光が晴れた中心地に向かう。





ーーー



「はぁーーー、はぁーーーー、はぁーー………!」


大きく肩を揺らし、ポッカリと穴が空いた聖堂の天井、暗い暗雲にただずむ異形と魔女を見やる。


相殺。


洗礼詠唱による効果は確かに周囲の屍者達を一掃し、魔女もその威光をもって滅せんとしたが………あの頭上にいる異形がそれを阻んだのだ。

アナトは、己の右腕を見る。


制約を打ち立てたときから既に二分は超過している。輝きは刻々と薄れており、このままだとこちらが不利。

キッ、と睨みつつ上空の魔女へ敵意を隠さず戦意を燃やすのだった。




「まさか、私の手駒の殆どがやられるなんて」


キュリアは暗雲から這い出てきたヒュドラの体表を足場にして眼下を見下ろしている。

あの一撃で、聖なる光もろとも消しとばす算段ではあったのだが、実際には周囲は予想とは大きく外れている。

市街地に散在する屍者、獣を呼び戻すにもおそらく無意味だろう。せいぜい、増援に対してけしかけることぐらいしかない。

ともなれば残るは己とこのヒュドラのみだ。


「まったく、メドラウトは何をしているのかしら。さっさと厄介なギルドマスターを始末してこっちにきてもらいたいわ」


助っ人としてやってきたあの黒騎士を思い出し、愚痴っていると市街地の一角で派手な爆発が起きたではないか。

しかも見れば、舗装された地面が蜘蛛の巣状にひび割れ所々から噴穴泉のように地下水が吹き出しているではないか。


「………。悠長なことをしている場合ではないわね」


あの辺りでおそらくメドラウトはギルドマスター、ルディナと交戦しているのだろうか。連絡一つ寄越さないのは、その暇さえないからなのだろう。

やはり、侮れない敵だ。


直接、戦役内で対峙したことはないが執拗に自分のことを追いかけていたことはメンバーの一人であるジュダから聞かされていた。

とにかく、結果としてはキュリアの目的を果たすための準備はほぼ出来上がっていた。後は【深遠の神鉱】を手に入れるだけだ。


【深遠の神鉱】を手に入れさえすれば、後はジュダに任せておけばいい。

しかし、だ。【深遠の神鉱】のあるかつては聖堂だった建物にはまだ敵が残っている。


一人は、あれだけいた屍者、獣どもを浄化の聖句により消し去った枢機卿。

一人は、たしか白薔薇騎士団の団長を務める女だったはず。

彼女達だけではない、何れはズオーやアイアノスといった重臣も出張ってくれば長期戦になりかねない。

負ける気は微塵もないが面倒なことはしたくない。


敬愛し、崇拝する君主の為に計画を進めなければならない。

キュリアは大鎌を一回転させ、眼下に向けてヒュドラに命じる。焼き払えと。


その言葉に応じヒュドラ、異形の竜は無数の竜頭から赤雷を迸らせた高魔力の塊を形成し、吐き出す。

吐き出されたそれはゆっくりと降下し、やがて急激に速度を上げて落下した。


着弾と同時に上がる巨大な火柱、煉瓦造りの建物を次々と粉砕する衝撃波を発生しながら黒い衣装をはためかせキュリアは不敵に笑う。


爆風が収まる頃、黒煙の中から一つの矢尻が飛んでくる。

キュリアは鎌を振るい、矢を叩き落とすと「やはり、生きているわよね」と溢す。

砂煙と黒煙が完全に取り払われ、視界がクリアになると眼下には無数の花弁が乱舞し、その花びらひとつひとつが城砦に匹敵する盾であり花びらを起点としたある一つの術式が展開されている。


ジュダから事前に聞かされていた厄介な敵の一人、聖遺物【白護の聖盾】所持者による防御。

ジュダからは「あの盾は君とは相性はかなり悪い」と聞かされていたが成る程。


「悪意、呪詛に対して遮断に近い鉄壁の防御効果、ね。確かに、相性はかなり悪いわね……」


これではヒュドラによる遠距離攻撃は効果ないと見た方がいい。ヒュドラの攻撃の殆どが呪詛で出来ている。当然だ、“何のために聖骸をベースにして作った”と思っているのか。

キュリアはため息ひとつつくとヒュドラの体表から降り、彼女らの前に立つ。


途端にピリピリした空気が肌を突き刺すように支配する。


「はじめましょう。せいぜい足掻いてみせなさい、人間」


フードの奥から獣じみた眼光が妖しく輝き、黒い雨と異形のヒュドラを従えて、ただ魔女は彼女らを見ることなくその奥に傷ひとつなく煌く【深遠の神鉱】を見据えていた。








●●●









「畜生っ!!重てぇなあ、こいつはぁっ!!!」


黒い雨の中、ネロは負傷し、意識を失ったままの竜蘭騎士団団長レオを担ぎながら、屋根から屋根へと飛び移る。

レオの重さに愚痴を零し、背後で激しい戦闘音から遠ざかるべく全力疾走していた。


「たくっ、兄貴は、オルストの奴、どこ行きやがった!?」


地上は降りないのは、溢れかえる屍者共と戦闘することを避けるためだ。

けれど、崩落している建物があるため、仕方なく降りることになるのだが、どうしても戦闘は余儀なくされるのだ。


「っあぁ、もう!!鬱陶しいんだよ!!」


魔剣ズツァニッグを振るい、その雷光を浴びて屍者達はその体を炭化させていく。

囲まれていた周囲に穴ができたのを見逃すことなくそこをレオを担ぎつつ突破。

足腰に力を入れて屋根に飛び移ると目的地である図書館が見えて来る。


「なん、だよ、こりゃぁ………」


その光景は、ネロが思い浮かべていたものとは少し違ったが悲惨なことには変わりない。

だってーーー


「騎士団は無事なのはいいけど、なんだよ、この、死体の山は………!!」


そう。図書館前の広場に展開していたレオの部下達、竜蘭騎士団は死んではいない。気絶こそしているが、脈は安定しているし、呼吸もしている。

が、解せないのは図書館前の広場に積み重なる人ならざるもの達の死体の山。



雷鳴により照らされたそれは、人の姿に近い怪異、即ちゴブリン、オーク、オーガなどの人型、ナーガなどの異形が統一された装備を着つつ、その骸を山のように積み上げていた。


「ほんっと、なんなんだよこれはよ……!」


ネロは周囲を見渡すと、数カ所に設置された魔法陣が目に入る。

どうやら、魔除けの術式が発動しているようでここに市民らを誘導していたようだ。

ネロはハッ、として奥の建物である図書館の中へ向かう。あの黒騎士のいうことが正しければ、きっとっーーー!


ーーバン!!


図書館の扉を強引に開き、ネロは中に突入する。

中は嵐が駆け抜けたように荒れていた。ピチョン、と雨漏りする音が時折聞こえてきて驚くほどに静かだった。

そして、血の匂いがひとつもしない。


結論としては一つだけ。もぬけの殻、だ。


ネロは、不意に背後に人の気配があるのを感じ取る。

入り口付近に動かずにいる。


「おい、あんた居残りか?ここにいた市民はどこにいるか知らねえか?」


振り返りながら、問いかけるも反応なし。ただ、黒い雨と雷鳴により、照らされたその人物は不審そのものだ。

黒い雨に濡れてはいるが、赤いフード付きの外套を羽織り、フードにより顔は見えない。

フードから見える銀髪?は色あせた白髪に見える。


「おい………?」


いつでも魔剣を振れるように警戒しながら、その人物のもとへ近寄る。

一歩、二歩、三歩……と近づくたびにネロはその人物の怪しさにますます警戒を募らせていく。

先ず、この人物は女性だ。

そして、射抜くような鋭い眼光が妖しく輝きながらネロを見ているのだ。最後に、血の匂いがこの女から漂っている。

ある程度近づくとネロはいつのまに移動したのかまた背後にその女がいるではないか。背後越しにネロは言われた。


「聖堂に行け。お前がここでできることは何もない。早くしなければ、死ぬぞ。お前の魔剣が、お前の出生がこの夜を左右するだろう」


「っ!?待てよっ!」


「ではな。魔剣が鳴いているぞ、魔剣の声に従って聖堂に迎え。竜王の残滓は心臓を求めるだろう」


どこかで聞いた、聞き覚えのある声がネロの耳にいつまでも残り続けるのだった。

そして、声の主である女はどこにも、跡形もなく消えた。









次回予告は今回はしません。


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