Chapter9-2
あけましておめでとうございます。
アーノルドは目の前の少女ーー、エストレアの頬を力強く叩いた。
強気のある、碧い目がこちらを見上げている。
彼女を見えたのは昨日の夜、出席者が入場する際に見たのみ。
あの時は、何故気付かなかったのか。
聞けば、魔法か何かで認識をずらしていたそうだ。
「立ちなさい」
気づけば、己の口からそんな言葉が出た。
頬を抑え、赤くなった顔を向けながらゆっくりとした動作で立った。
私は、彼女の体をギュッと抱きしめた。
抱きしめた娘の体は、暖かくて、ちょっと冷たかった。
エストレアは困惑した。
叩かれた理由は十二分に理解していた。その顔が、険しい顔から哀しげな顔になったことも。
けれど、抱きしめられたことだけは分からなかった。
言葉も発しない、けれど、彼から己に流れてくる感情だけは否応にも伝わってくる。
「ふむ、感動の再会ということか」
「陛下……、あんまり水を濁すようなこと言わんでくださいよ?」
そんな彼らを他所に背後では上座を座る、見慣れた初老の男性ーーアグラエィン王と流石にツッコミ役に入ったアイアノスがいる。
エストレアはただ彼が、アーノルドが気が済むまで彼に抱かれ続けた。
ーーー
ーー
ー
一方その頃、エストレアと一緒に王宮へ連れられてきたジェシカとアグニル、イルナとイザルナは三人のメイドから接待されながらある一室にて待機という名の軟禁状態を強いられていた。
部屋に入る際、とられていたポーチはジェシカへ返却されていたがそこは割合とする。
「うーん。お姉様大丈夫かしら………」
「大丈夫だと思うけどね……」
「姫様………」
「ちょっ、イルナ!?」
ポンチョを着たダークエルフの双子の内、イルナは寂しそうに主人もとい王の娘たるエストレアの尊称を呟く。それを聞いたイザルナが嗜める。
「ねぇ、イルナ君。エレンのこと姫、と呼ぶけどどういうことなの?」
途端にこれだ。
二人は、目つきを強張らせて睨む。
「関係ない。ひm………あの方の友人だからこそ甘くしていたんだ。本来なら、私たちと同じ十二種族である貴方はともかく、そこの人間が我らの王に近づくなど不敬であるっ」
「」
ピシィっ、とひび割れるような音が聞こえた気がした。いや、あくまで聞こえたような気がしただけでそう表現しただけなのだが。
ともかく、それに反応したのはジェシカである。
「ふ、ふふ、ふふふ。やっぱりダークエルフは信用なりませんわね、怪力が自慢と言いますけれど所詮は子供!イーブン、ですわ!!」
飛びかかるジェシカ。
「上等」
イザルナがジェシカの言葉に対し噛み付いた。
飛びかかったジェシカを片手で抑え投げ飛ばす。追撃と言わんばかりに横薙ぎに払われた蹴りがジェシカのボディを貫かんとしーー
「はっ!甘いですわね!!戦乙女よ、擬似顕現!『乙女の腕』」
音速を超えた、空間を砕く音を伴う蹴りが当たる直前にジェシカは懐から取り出した宝石を砕き単文詠唱を唱える。
すると蹴りとジェシカの間に魔法文字で書かれた盾と籠手が一体となった機械仕掛けのような腕が割り込みイザルナの蹴りを受け止める。
ゴキンっ!と鈍い音がなり、シュタッと華麗に降り立つこれまでの過程が僅か五秒。
他所から見れば、投げ飛ばされたと思ったら鈍い音をたてて優雅に立つジェシカが映ったに違いない。
「え、えーっと?喧嘩は……やめてください?」
何が起きたのか分からず、使用人は首を傾げながらそう言うしかなかった。
その後、騒ぎを聞きつけて騎士、竜蘭騎士団が駆けつけたのだが椅子を吹っ飛ばしていた事以外何も変わっておらずジェシカとイザルナはニコニコと笑っていただけなので「?」という顔をして部屋を後にした。
「呑気ねーー………」
あまり目で追えなかったアグニルはおかわりを貰った紅茶を啜りつつ明後日の方向へ視線を向け現実逃避するのだった。
まあ、手出しなど出来るはずがないのだが。
恐るべきはジェシカである。天才とはよく言ったものだ。
一方のエストレアのところでは………
●●●
「さて、話してもらおうか」
アイアノスの言葉で、対面で座らせられたエストレアは少し俯き気味に言葉を紡いだ。
自分は一度死んだこと、自分の中にあるもう一つの人格、魂が目覚め己が消滅する前に融合して人格の再構成されたこと、その際に血を啜ったこと。
彷徨っているうちに冒険者パーティーに拾われてそこでメンバーとして活動したこと、不可の魔法使いに接触されたこと。そしてーーー、彼から告げられた十二種族の王の最後の血筋であることを。
「…………」
沈黙が辺りを支配する。
「私は…………、魔王の娘。だからーーー逃げたんです。怖かったから」
最後の言葉は、多分私の中の貴族令嬢の叫びだろう。
そして、目尻に溜まる想いが溢れそうになる。諸葉として耐えようとするが心とはままならぬもの。
ましてや、女性の心は強くあろうとするほど脆い。
膝を握りしめ、俯きながら大粒の涙を零す。ジェラルドがハンカチを取り出し差し出してくる。
「魔王の娘、か」
「はい」
「…………君は俺に真っ先に教えてくれた。それはなんでだ?」
ジェラルドが問う。
あぁ、あの日の夜のことか。そうだ、ジェラルドに打ち明けたのだからいずれはこうなることは予想できた筈だ。
「……誤解して欲しくなかったから、では駄目でしょうか」
多分この辺りが無難、というのもおかしいけれど妥当な筈だ。
魔王の娘という言葉はこの世界でどれほどの重さが有るのだろうか。
創世の頃から、人類と永きにわたって争い続けた魔族と呼ばれる十二種族。
歴史上、数多くの研究者が十二種族の存在する意味を研究してきた。
当然、わかるはずがないのだが。
「誤解とはどういう意味かな、エストレア?」
アーノルドが聞いてくる。
そちらに視線を向けつつ。目元を伏せながらその問われた意味を答えた。
「怖かったと先程言いました。人々の敵である魔王ーー吸血鬼の娘が生きていた。15年前の戦役で魔王は完膚なきまでに滅びました。その遺伝子が生きていたという事実を世界が知ったら、と思った時にはここに戻ることはほぼ諦めていました」
「当然だな。今でも神聖国は枢機卿命令で征伐が行っているぐらいだ。ま、征伐と言いつつ奴隷狩りと変わらねえけどな」
「俺も戦役に参加した身だ、あいつらの強さはよく知ってる。ようやく、平和になったってのに事実だとして魔王の娘だ。世間もそうだが、周辺の国が黙ってないだろう。特に神聖国の連中が。そうなりゃ、最悪ーー」
ーー人類同士の戦争になるだろう。
アイアノスによって言われた言葉が再びこの場を沈黙に沈めた。
アグラエィン王は今なお言葉を発することなく此方を見続けている。ジェラルドも、同様だ。
「けどなーー。……おい、アーノルド手前が言わねえでどうすんだよ。俺が言っても意味ねえだろ」
アイアノスは横に座るアーノルドに対し肩を掴み引き寄せ耳打ちする。どうやらお互い同じ言葉を持っていたようだ。
「あ、ああ……。エストレア、それだけで私たちが君を嫌いになると思ったのかい?」
え?と間抜けな声がエストレアから漏れる。
「確かに世間や外交上、君という存在が明るみになることは避けるべきだろう。ましてや、吸血鬼……魔王の娘なんてくれば尚更だろう。けれど、私と君は家族だ。君の母君から託された時から君と私は家族の絆で結ばれている。恐れる必要は無いんだよ」
その言葉で、エストレアは決壊した。
もう、止められない。止まらない。エストレアという新たな自己は彼の言葉で堰き止めていた感情を解放した。
ここまで来るのに長かったくせに、いざ打ち明ければなんとあっけないことか。
心の底でウジウジしていたのが馬鹿みたいに思えてきた。
そう思うと笑いがこみ上げてきて止まらない。
「あ、申し訳ありません。ただ、ずっと悩んでいた事が蓋を開ければこうなったことに驚いて、馬鹿みたいに悩んでいた自分に笑えたのです」
「笑ったな、エストレア」
目尻の涙を拭き、顔を上げたエストレアの表情は憂いが晴れた顔をしていた。
その顔を見た、アーノルドらの面々は呆気(見惚れた)にとられたがその後つられたように笑った。
「アーノルドよ、良かったな」
ここでアグラエィン王がアーノルドに向かって笑みを浮かべアーノルドも憑物が落ちたように息を吐いた。
「エストレアよ、今日は合唱会に来ていたようじゃな。今日はここまでで良い。暫くはここにおるのだろう?なら、オルステッドの令嬢と一緒に楽しんでくるが良い」
「とりあえず、聞きたいことはあらかた聞けたからな。この場はお開きとしよう。儂もやる事があるゆえな」
「エストレア、またな」
アグラエィン王は上座の椅子から立ち上がるとジェラルドを連れて部屋を去る。
「やれやれ。今お前さんがここにいることは厳戒令を敷いてあるからバレん事はない。明日もう一回呼び出す。遅れんなよ」
「いくぞ、アーノルド」とアイアノスが言うと此方を一瞥し頭を撫でた。
そのまま、振り返ることなく部屋を後にした。
●●●
そこから語ることは少ない。
王宮勤務の使用人の案内で、ジェシカ達がいる部屋へと案内され、合流。
その際、再会できたジェシカがエストレアを押し倒し
犬のように顔を舐めるという奇行に走り。
それをアグニルが何処からか取り出したハリセンでジェシカの頭を引っ叩くというオチが待っていた。
閑話休題
スリを追いかけたら王宮に呼び出され、バレた上に今までのことを打ち明けてしまったエストレアはジェシカ曰く「何かを抑えていたお姉様がスッキリなさっていた」と言うくらいに少し表情が豊かになったとか。
今現在、エストレア達は予定通り王宮敷地内の大聖堂に足を踏み入れていた。
聖堂内部では音楽が流れはすれど、静謐の如く鑑賞する人々は静かに聞き入っていた。
パイプオルガンによる独特な下地の上にこの時のために来た施設の子供達がパートに分かれて歌う。
雰囲気としては前世における文化祭での合唱だろう。あれも学校ごとにルールは違うが此方もそう大差ないようだ。
王宮で足止め受けたせいか、合唱鑑賞会は中盤の終わり間際。
異世界の合唱会なのだから、粛々としているのかと思えばDe○moみたいなものもある。
今歌っているのは何処の施設だろうか。
「今は……あ、月のワッペンがついてるからシュヴァルネン教会かも」
シュヴァルネン教会と言えば国境付近にある教会だ。
この世界における神は唯一神という存在があるものの、どちらかと言えば多神教だ。近いものを言えばギリシャ系か。
シュヴァルネン教会は教会でありながら神殿に近く、この教会は月光と狩猟、誠実の女神シュヴァルを崇めている。
そのため、歌っているのも月に関係する民謡だ。
席はほぼ埋まっており立ち見せざるを得ず邪魔にならぬように鑑賞する。
その際、ジェシカがエストレアの袖を引っ張り気を引こうとしてきた。
「お姉様、来賓席ご覧になられました?」
「来賓席?」
来賓席はこういう舞台の場合決まっている。
コンサート会場と同じで舞台に向かって左手が主催側、右手が来客と分けられている。
来賓というものはこの場合主催とほぼ同じ立場の客なので主催側に座っているはずだが。
目を向ければ確かに雰囲気の違う場所がいくつかある。
白い宗教意識のある衣装を纏う明らかに聖職者の一団。
「あの方は私でも知っておりますわ。アナト枢機卿閣下です、同じ女性で枢機卿になられる方はとても少ないと聞いております」
枢機卿。
これまた随分と大物が来ていたとは。
他にも、先ほどとは打って変わって煌びやかに主張する一団。というか見覚えのある顔立ちなのでむしろ「えーー……」という感じがする。
「あれは紋章からしてベル・クラウディアですわね。第六皇女マリナ様と第八皇子アルクハイト様。そして帝国ファンテリム……ですね。皇弟ヘリオス6世、皇后ティアーナ両陛下に第3皇子マグルス様まで。ギスギスしているのは相変わらず、ですわね………」
「目がいいな、お前」
同然です!と言わんばかりにまだ幼い体でえっへんと胸を張るジェシカ。
そうしているうちに新たに入ってくる入場者が増えていき、イルナはエストレアが、アグニルがイザルナを捕まえていた。
雑踏の中ではぐれたら探すのも大変なのだ。ましてや奴隷に見せかけていてもダークエルフの子供なのだ。
余計なトラブルは事前に防がない事はない。
結構の人数が入ってきて、大聖堂内は満員御礼。
こうなると要人を狙った犯罪が起きてもおかしくない。
「ねぇ。エレン、なんか臭わない?」
「?そういえば、なにか匂いが……」
香水の香りではない。むしろ、ドブ臭い。
周囲の人たちもな鼻を抑えている者もいる。何処かでこれに似た匂いが……あったはずだ。
「うぅ……臭いですわ。錆鉄と汚泥が混ざったような………『泥』?」
「おい、ジェシカ………!まさか……!!」
2人の考えが一致する。
アグニルが何事かと聞くがそれどころじゃない。周囲を見渡してソレを探す。
「お姉様っ!」
どうやら彼女が先に見つけたらしい。
場所は来賓席から少し離れた、壁際の席。そこに座る人物はフードを被っているが、周囲に液体のようなものを撒き散らしている。隣に座る人が注意しているが聞き入れる様子もない。
あれだ。間違いない。いくら揺すっても動かないところを見ると本当に生きているのか疑わしい。
そこへ向かおうとすると、歌い終わり舞台を去る子ども達。子供達の背後にある正八面体の立体球が露わになる。アレこそがシェードリンド王国の国宝、【深遠の神鉱】だ。
虹色の如く煌くそれは見る角度により色が違うのだ。
【深遠の神鉱】に目を奪われていると、先ほどまで見ていた疑わしい人と声を掛けていた人とのやり取りに変化が起きた。
ーーー最悪な形で
ーーー
ーー
ー
「さあ、始めましょう。これが私達の目指す目的の第一歩。盛大にーーーーーー食い散らしなさい」
ーーー
ーー
ー
グチュリっ
そんな生々しい音が聞こえた。
フードの人物に組み伏せられる声をかけた人はその喉笛を噛みちぎられ絶命する。
それを見た周囲に沈黙が降りてーーーー悲鳴が大聖堂に響き渡った。
立ち上がる際、フードが滑り落ち覗かせたのはいつか見た屍者であった。
屍者は近くにいた人たちを無造作に襲い、食い散らしていく。
騒ぎを聞きつけた来賓の命により護衛達が近づこうとするも、逃げ惑う人々の波のせいで近づけない。
しかも武器を振るうこともできないことも相まって、犠牲者は増え、犠牲者は新たな屍者と化す。
そこはーーー地獄であった。
ーーー
ーー
ー
一方、エストレアとは別で来ていたギルドマスター達は懲罰委員会でのやり取りを終えて聖堂へと向かうことにしていた。
昨日と同じく、精神的に疲れて大聖堂の合唱でも聞いて心を休ませようと足を運んでいたのだった。
「うぇーーー、昨日とおんなじ質問しやがって………」
「しゃーねぇわ、泥について今詳しく知ってるのは俺らだもん。何度も聞いてくるぜ、ありゃ」
ネロが愚痴り、オルストが笑いながら諦観の言葉を漏らす。
ルディナは似合わない黒縁メガネをかけて、何やら雑誌を読んでいる。題名からしてまた婚活関係のようだ。
ピク、ピクと黒い狐耳がせわしなく動き、可愛らしいのだが………。
「ん?おい、あれ………」
誰が気づいたのか。進路先の大聖堂、そこから人々が慌てるようにこちら側にかけてくるではないか。
そして、ルディナが雑誌を取り落とし三人に叫ぶ。
「貴様ら!武器を構えろ!!」
「マスター?!」
叫ぶと同時に三人にも異様な匂いが充満する。
さっきまでワイワイと騒いでいた街が急に静かになったのだからその不気味さはどれほどか。
唸り声がきこえる。
裏路地よりフラフラと現れるのはーー
「「「「屍者だとぉっ!?」」」」
しかも囲まれている。
増える屍者の群れ。いつの間に、どうやって。そんな感情が、考えが彼らの心情を埋め尽くす。
そんな彼らの心情を表すかのように、晴れ晴れとしていた天気は雷鳴を轟かせながら王都全域を暗雲が覆い尽くした。
次いで降り注ぐ黒い雨が大地を黒くタールのように濡らす。
泥の雨。その雨は大地に触れるとそこから無数に屍者達が生まれる。呪詛に塗れた雨が降り注いだ。
それはさながら黙示録。
聖書の記された黒い馬が飢饉をもたらすように、黒い雨は、シェードリンド王国の豊かな大地を吸い尽くし、傀儡を産み落とす。
「おいおい。聞いてねえぞ-…!」
「すまん。俺の精霊が魔法が使えねえって…援護は期待するな」
「ネロ、口を開く前にここを突破するぞ!マスター、号令を!!」
ネロ、オルスト、レンヤが各々の武器を構える。増える敵。此方は4人。切り開くしかない。
「よし、突破する!止まるな、進めっ!!」
次回予告!
聖なる合唱会で、現れた屍者。混乱に落ちた王都。
外は暗雲が覆い、黒い雨が大地を濡らす。
事態鎮圧のために騎士団が駆けつける。騎士団の前に遂に姿を現した魔女キュリア。彼女の実力とはーー。
そして、ルディナ達の前に現れた謎の黒騎士が立ちはだかる。
「ここから先は私がお相手いたしましょう。獣人、ルディナ殿」
Chapter9-3 『厄の蛇と厄の魔女』
ーーーの予定です。




