Chapter9-1
さぁて、一章ラストバトルまであと少し。
けれどーーー
ドン、ドン……!!
昼とは言わず、朝でもない時間帯にエストレアは目を覚ました。やはり酒と、吸血による興奮、そして、夢の中での出来事ーーマリウスが、分身であるとはいえ夢の中で倒されたことが重なり寝付けず、こうして寝坊?してしまった。
外では、宮殿の上空で花火が上がる音が聞こえ、市街では人々の歓声が聞こえる。
差し込む日差しが眩しく、白のネグリジェを照らす。
眠気な眼差しでカーテンを開けて窓を開けると少し寒い風が吹き込み、眠気から覚めるのがわかる。
「んむぅ………。寝過ごした?寝過ごしたぁっ!?」
「おはようございます」
「エレン様、こういうときはカモミールの茶を飲まれるとよろしいですよ」
風にあたり、目が覚めてくるとふと目にしたテーブルの上の懐中時計の時刻を悟る。
既にブランチの時間。青ざめて叫ぶと同時にお盆の上にカップとソーサー、ポッドを載せたカリーナが入室する。
慣れた手つきで、ポッドの中にあるお湯を茶葉を入れた漉し器をセットしたカップに注ぎ入れる。
漂う香り。好みで入れる蜂蜜とミルクが置かれるが、今回は蜂蜜だけでいいだろう。
「今日は少し遅かったようですので軽くサンドにしてあります。付け合わせにはリンゴの薄切りを素揚げにし、砂糖を少々振りかけたものをご用意いたしました」
「ありがとう。ところでジェシカは?」
寝過ごしたのだが、ジェシカは既に出かけたのだろうか?そう思ったのだがーーー。
「お嬢様ならーー、そこにおりますわ」
「んーーー!んーーー!」
「何やってるんだアイツは?」
猿轡を噛まされ、縛られて芋虫状態。
いや、なんとなく想像はつくけれど。
「貴方様の寝室に忍び込み、添い寝までは許しましたが………、口で言うには憚られる行為に発展しようとしたので急いで取り押さえました」
やっぱりか。後、貴族のメイド長は武芸に秀ですぎている感じがする。
自分が寝ている場所で、あんな夢を見てしまった後で自分に気づかれずに忍び込むジェシカだが、それを音もなく取り押さえたカリーナもだ。
「口で言うには、ってどんな………?」
「聞きたいですか?さりげなく胸を揉みしだき、その先端に口を………「もういい、言わないでくれ」」
聞かなきゃよかった。
変態、変態だと常々思っていたがここまで来るとドン引き通り越して感心する。
「んーー!んへへへぇ………!」
「笑ってやがる。遅すぎたんだ………」
「今更かと。しかし、お嬢様がここまで執心なさるのも珍しいです」
?と思いながらエストレアはカリーナを見る。
今日もメイド御用達の使用人服をきっちり着こなし服の繊維のもつれひとつもない。
「お嬢様が執心なさっておられたクワイエット公爵家のエストレア様は行方不明になられてもはや数ヶ月。捜査は打ち切られ、生存している可能性はゼロに限りなく近くなりました」
「しかし、お嬢様は貴方に興味を抱いておられます。赤の他人だろうと周りの方々はおっしゃいますが、私はお嬢様を長く見ております。お嬢様は、貴方の面影に何か気づいたようなのですが………貴方は何か知ってますか?」
見えすいた嘘は言えないような雰囲気。
ただ、目を伏せて横に振る。
これだけは言うわけにはいかない。ジェシカもジェラルドも効かなかった認識改変。
エストレアが恐れているのはこの国が戦禍に包まれることと、拒絶だ。
エストレアはこの国が好きだ。諸葉としても、そしてそれまでのエストレアもこの国が好きだ。
だからこそだろう、十二種族を統べる魔王の血を引く唯一の己が原因で始まる戦争なんて見たくないし、親しかった人たちが掌を返すように拒絶されるのも嫌だ。
それはこれからも同じだ。親しくなくても、これから知り合った人たちが、家族だった彼らが、言葉の形をしたナイフで迷う自分を突き立てられるのが怖い。
怖い。その感情が、今の心にチクリと刺さる。
魔王の娘とか、約束の子だとか、そんなものよりも記憶にある彼らから拒絶されることが怖い。
だからーーー口には出せない。
ジェシカにも、ジェラルドにも打ち明けるにはまだ迷っているし、戦役の際に人々の脳裏に刻まれた魔族の脅威は未だ燻っている。
養父アーノルドも、その友人で家族同然のアイアノス元帥も、戦役の経験者だ。
捨てられるのか?罵倒されるのか?武器を取って、殺意を向けるのか?
ジェラルドのこともあるからそんなことはないと信じたい。
けど、確約はできない。
偉そうに言い訳してばかりだが、親愛ゆえに拒絶されること、剣を向けられること、家族ではないと言われることが諸葉ではなくても内にあるエストレアが出来ないと叫ぶ。
混ざって、融合したから諸葉はエストレアでエストレアは諸葉なのだ。
言葉にも文字にもできない感情がエストレアが吸血鬼になって周囲に認識阻害を振りまく理由だった。
「どうなさりましたか?」
「気にしないでくれ。取り敢えず、ジェシカを着直させてきてくれ。ちょっと、センチメンタルな気分なんだ……」
「センチメンタルとは何かと書きたいですが、まぁ今のお嬢様を放置する意味はないでしょう。では、失礼します」
主人を脇に抱え、退出する。
それを見届けたエストレアは、背後に気配がするのを感じとり、振り返る。
「来ないのではなかったか?」
「事情が変わったからね。夢の中で、分身体とはいえ、僕が殺されたんだ。異常事態だから、ヴォルバートに無理言って来たんだよ。キュリアにとって脅威になるかもって報告してね」
振り返れば、マリウス・シオン本人が立っていた。
●●●
「驚いたよ、この僕の、マリウス・シオンの分身体を夢の中で抹殺できる存在がーーいたことに」
「そう、だったな」
マリウスは、自分の知る限りその性格などを除き最高峰の魔法使いの一人だろう。
夢魔でありながら、神に限りなく近い存在。
歴史における過去、現在、未来において視認できないものはなく閲覧した結末は己の意思でねじ曲げることで魔法の命さえ操れる、そんな魔法使い。
彼が有する究極の魔法こと、極醒魔法はすさまじく、神話を再現する程の破壊力を持ち、体を流れる魔力は伝説の竜をも上回り、見えた視界から得る思考によって繰り出される術式は星の軌道に則り、その規模ゆえにただの初級の攻撃魔法は山脈さえ削り取る。
戦役でもその姿は極偶に目撃され、人間の持つ啓知を、叡智を嘲笑うその知識は人類に絶望の一曲を奏でたと言う。
「分身の最後の思考が僕に届いた時、僕は有り得ない事象を観測した。それまで僕はその出来事を見れなかったんだから」
「僕が見たのは二人。ノイズがかかってて僕でも覗き込めなかった。君はこの日、靄のかかった分岐点に来ている。どうかーー、気をつけて。そして、全てが終わったらまた会おう」
二の次を言えず、マリウスは姿を消した。
短いやりとりだったが、ただエストレアは少しだけ気持ちが和らいだようなそんな気がした。
理由はわからない。
さっきまで内側に秘めた感情が鳴りを潜めるのがわかる。
それにしてもーーー
「霧の晴れぬ分岐点、か」
思い出せるのはクライア地下遺跡での神が述べし言葉。
『人に寄るのか、そうでないのか。君のいく末は霧の晴れぬ道である』、アグル神は初めて会った時そう言った。
「まぁ、今気にすることではないか。キュリア………という敵が昨日……来ていたのか」
取り敢えず、服を着替えよう。
いつまでも、キャミソール姿ではいけないだろう。
「お待ちしておりましたわっ!お姉様ぁ!!!」
「待ってたわよ、エレン」
「「ひm……ご主人様、おはようございます」」
着替え終わって、一階の客室に足を運ぶと、ジェシカがはにかんだ笑顔で駆け寄ってくる。
それと、アグニルがカリーナと一緒にお菓子と紅茶を盆に乗せて運んでいるところであった。
そして、ソファには座っていた従者のイルナとイザルナの二人はエストレアの姿を見るなり立ち上がって一礼する。一瞬、姫様と呼びそうになったようだが。
今日は、合唱会の日だ。今日が合唱会の初日であり、今日含めて3日かけて行われる。
合唱会は昨日のパーティーとは違いドレスコードはいらない。
一般市民も鑑賞するためにあまり汚くなければどのような服装でもいい、という感じだ。
なので、シェアトで来着ている服装で、彼女の別荘にある上着を借りて羽織っている。
アグニルは、自分と同じく、冒険者としての服装だ。ただ、武装しているとアレなので自分と同じ色の上着を羽織っている。
ジェシカは雪兎を連想させるような真っ白なダッフルコートを着ており、ロシア人が被るようなダークブルー系のウシャンカ帽を被っている。
イルナとイザルナは黒のポンチョを着ており、その下は彼らお手製のクリンカというダークエルフ伝統の衣装なのだそう。
「えへへぇ、お姉様素敵なデートにしましょう!!」
「楽しみね、エレン」
「では、行ってらっしゃいませ。お嬢様、エレン様、アグニル様お帰りをお待ちしております」
カリーナの見送りを背にしてエストレアとジェシカ、アグニルとイルナ、イザルナは王都の街へ繰り出したのだった。
「今日の何時ごろだったっけ、合唱会」
露店で買った串物ーー(肉もあるが殆どが団子)を手に持ちながらアグニルが聞いてくる。
「はいですの!今日は初日ということで昼頃から開演する予定ですわ!私達の縁のある孤児院の開演は、えぇとーー、明日になりますわね………」
小さな、可愛らしいポーチをポケットから開き中から羊皮紙で出来たパンフレットを取り出した。
確かに出席する教会、孤児院の名前の中に、自分達とゆかりのある孤児院は明日になっている。
今日の出場する施設は王都周辺が多いようだ。
「うーん、明日かぁ」
「でも、今日見に行ってもいいだろう。泥事件があったからいつもより出場する数が少ないからな」
「そうですわね、それがあるから欠席する施設が多かったのですわ。おそらく空いた時間はパーティーの延長でもやるのではないかしら………」
ーーー
ーー
ー
「隊長、例の人物を補足しました」
王都の大通り、その裏路地に通じる場所で気配を巧みに消してその背中を見つめる不審者が一人。
宝石を埋め込んだ連絡用の魔道具で指示を乞う。
『よし、ならば誘導を開始しろ。宮殿側になるべく近づけるようにな』
「はっ」
連絡を切ると背後に向かってハンドサインを切る。
「しっかし、なんで俺ら竜蘭がこんな密偵ごっこなんてしないといけないんだ?」
上司にあたる騎士団長の命令だから拙いながらも気配遮断を行っているが偶に感の良い市民がいるから心臓に悪い。
「ふぅ………、部下から連絡が。これより人海術で行く手を阻みつつ此方に誘導します。元帥閣下」
「ん、悟られんようにな。おい、アーノルドもうちょっとシャキッとしろ!」
ソファに座って俯いている、クワイエット家当主はなお老け込んでいるように見える。
その眼窩は半信半疑で、正直、レオですら怖いと感じるほど圧を放つ。
「本当なんだろうな、アイアノス、レオ。あの子がここに来てるって」
「何らかの方法で身分を偽装していたようです。また、それに違和感を感じないように我々の認識を改変させていたことも分かっております。今回の作戦で身柄を確保しつつ、こちら側に連れてくる手筈になっております」
「そうか」
「かの御仁は、おそらく認識を変えてきます。それほどまでに知られたくないのでしょう。ですが、どういう理由があるかは存じてませんがーーーここに来ている。このチャンスを逃すことはあり得ません」
「そうか」
(相当、堪えてるな。最初の方なんて、取り乱しようが凄かったしな………)
そうか、としか言わないアーノルドをレオは何とも言えない表情を浮かべた。
とにかく、かの方をここに連れて来なければ。
「あーー、聞こえるか?作戦通り、プランBでやるぞ。騎士道精神に反するかも知れんがこれも任務だ。取り敢えずーーー■■しろ。失敗しても構わん、その際に身柄を確保する」
ーーー
ーー
ー
「ん、これ美味しいですわね。カリーナへのお土産にいいかもしれませんわ」
「ジェシカちゃん、食べるのもいいけど歩きながらはやめなさい。串物は危ないんだから」
団子を歩きながら食べるという貴族の娘にあるまじき町娘の振る舞いにアグニルが指摘する。
けれどまぁ、美味しいから黙認する。
祭りの2日目ということもあり、ピークを迎える明日と最終日の明後日の人たがりを考えると少し少ないような気がするが、王都の人口だけでも5万人はいるので大賑わいだ。
人にぶつかりそうになること何度かあり、その中にはまぁスリなどの小悪党に合いそうにはなった。
取られそうになる寸前でギロリと睨んでやるとそそくさと退散するので対応としては十分だろう。
魔王である吸血鬼の眼圧で睨まれたら肝っ玉の小さい盗人なんて腰を抜かす。
だからこそだろう。油断したのは。
「きゃっ?!」
「ジェシカ?」
人混みの中で、吹き飛ばされたジェシカ。
尻餅をつき、少し涙目である。
「ちょっと、貴方ーー!」
アグニルは突き飛ばした人物を見ようとしたが既に裏角に入ろうとしており、人混みがそれをかき消してしまう。
「ジェシカ、大丈夫か?」
「え、えぇ、問題ありませーーーえ?わ、私のバッグは?」
見ればジェシカが持っていた小さなバッグーーポーチがない。見渡せどもそれらしきものはなく、先程の人物がジェシカに当たってきたことを考えれば行き着く結論は一つだけ。
「スられたのか!」
そう認識した瞬間、エストレアは駆け出した。アグニルが「ちょっと、エレン!?」と叫ぶが無視する。
アグニルが見た方向の、裏角に曲がり足跡による追跡を行う。
(ーーーー。待ち構えてる、のか?何を考えてーー)
走り出して、追跡を行う。
王都の裏道は入り組んでおり、一種の迷宮である。
しかし、足跡はある場所へとエストレアを誘導するように続いている。当然、エストレアがそれを知ることはない。
やがて開けた場所へ出た。
出てきた先の目の前は王宮への入口であり守衛が二人で門を守っている。
その門の向こうで、急ぐように走る先程の人物が目に映る。
「待てっーーー!」
追いかけようと走るが、当然守衛の兵に交差された槍で阻まれてしまう。
「どけ!そいつは、そいつは盗人だぞ!?」
「盗人などいない。ここは関係者以外立ち入り禁止だ!」
「お姉様!?や、やっと追いつきましたわ」
「ちょっと、エレン。勝手に置いていかないでよ……」
「姫さ……、ご主人様」
その後、守衛の兵と一悶着していると追いついてきたジェシカとアグニル、イルナとイザルナの他、周りに人々に囲まれていることに気づいーーいや。
甲冑が擦れる際の音、統制の取れた歩き方。振り返れば白の甲冑と黒の甲冑を着込んだ騎士たちがいて、エストレアたちの前に二人出てきた。
兜を外すと、騎士団長フローラとレオの両名が。
「冒険者エレン、ですね?いえーー、こう呼ばせていただきます。他の方々もご一緒に来ていただきますが宜しいですか?クワイエット家エストレア公爵令嬢殿」
「つーか、抵抗するなら連れがどうなるか分からねえからな。来てもらうぜ」
「何故ーー、何故白薔薇と竜蘭騎士団がこんな、こんなところで、何を?」
背後には白薔薇騎士団と竜蘭騎士団の両団長とその精鋭たる騎士たちが逃げ場なく取り囲み、守衛の兵か交差した槍を解除して門を開く。
そして、エストレアは理解した。『完全に抵抗されている』と。
こうなった以上、もう言い訳も抵抗も出来まい。
降参の合図に両手をあげて、両騎士団に連行された。
ーーー
ーー
ー
エストレアは二人の騎士団長と数名の騎士たちに囲まれて王宮内のさる一室に案内された。
「元帥閣下、件の方をお連れしました」
「おぉ、随分のスムーズに行けたじゃねえか。まぁ、いい。お前らは下がっとれ」
はっ!と言い、騎士たちは部屋を去る。残されたのはエストレアとアイアノス、国王陛下に王太子ジェラルド、そしてーーーアーノルドだった。
「さて、お前さんが今まで何をしていたかは後で聞くとして、だ。おい、アーノルド」
アイアノスが目だけでソファに座るアーノルドに視線を送ると徐に立ち上がるアーノルド。
こちら側にツカツカと歩み寄り、エストレアの前に立つ。その表情はまさに険しいといったところ。
「エストレア」
「っ!」
その顔に似合わぬ優しげな声でその名を呼ぶ。
その後に来ることを理解したエストレアは俯いたまま「はい」と答えた。
振り上げられるアーノルドの右手。理解しているが故にエストレアは何もしなかった。
パァンっ!!!!
アーノルドの右手が力強くエストレアの頬を叩き、彼女は床に倒れ腫れた頬を押さえながら養父たるアーノルドを見上げるように見つめたのだった。
その顔は険しい顔ではなく、哀しげな表情であった。
落とし前はきっちりつけないと、ね。




