Chapter8-6
「僕も詳しい経緯は知らないんだ。ただ、アレクサンドルから聞いた話ではとても優しい人だったそうだよ。実際、彼女と面と向かって話せたのは戦役が終わりが見え始めた頃……そうだね、アレクサンドル王が彼女を次女を連れて逃げるよう促した頃だ。ちょうど15年前だね」
「待て、マリウスはパンドラ一の魔法使いだろう!?接触できる機会はいくらでもあったはずだ!」
「いやぁ、それがねぇ……数年前に赤竜と白竜に僕の使い魔が喧嘩売ったことがあってね、その余波で僕まで狙われる羽目になって今まで精霊郷に引き篭もってたんだよね。まったく、キャスの奴いくら三賢人なんて呼ばれる一員でも竜種の上位竜《白亜》と《真紅》相手に喧嘩売るなんて……!」
ーーあいつは絶対に許さない。なんて呟くマリウスを他所に母のことを少しだけ触れたエストレア。
リムはエストレアに対し親のどちらかは聖職者ではないかと推測していた。
聖痕とは、神聖国においては奇跡と呼ばれる魔法とは体系が異なる術式を起動させるのに必要な刻印のこと。
主に血の繋がりから発現する遺伝型と聖職者ではないが神々に気に入られて発現する突発型の二種類があるらしい。
前者は生まれてからすでに発現できる状態なため比較的安定してくるが、安定するが故に出力はそこそこという欠点がある。
逆に突発型は体を突然作り変えられるために暴走の危険性が高いが、術式での出力は遺伝型を凌駕することが多いらしい。
母は、望まれない私生児であったが遺伝型の聖痕を持っていたがために聖女として召し上がられた。
マリウス曰く、数年間程度接してきたがあそこまで清らかな魂は初めてだったという。
滅私奉公、とは違うのだろうがおそらく同じ境遇の人が減ることを願っていたのではとエストレアは思った。
「僕は彼女を花に例えた。荒れ果て命芽吹かない魔の地に咲く灰被りの花。魔王に寄り添う地味でも世に一つだけの可憐な花に」
「実際にその通りだった。それまで君の父上は笑うことがなかったからね。けどーーー、いやこの話はまだ君には早過ぎる。そうだね、君の母君はーー、そうだ、幸せだった。生きていれば、君も別の生き方があっただろうね」
マリウスはエストレアに向かって一つの小瓶を手渡す。
手のひらに収まる程度の小さな、茄子紺色の小瓶。それはコロンに似て、揺すれば軽く何かが入っている音がする。
これは?と問えばマリウスはにっこりと笑う。
「僕がアクベンスの白亜城から個人的に持ち出せた持ち物の一つさ。君の母君の愛用していた香水瓶。補充しに持ち出したはいいけどそのまま遺品になってしまったけどね……」
「母の……」
キュポンと音を立てて開けてみると自分の知らない香りが鼻腔をくすぐる。
それが母の好んだ物で、顔をみることさえ叶わなかった母の香りを初めて知った時であった。
「僕にとってあまり似合わない物だからそれは君が使うといい。それに都合も良かったしね」
蓋を閉め机の上に香水瓶を置く。
チャプンと軽く瓶の中で跳ね、窓から差し込む日差しを受け綺麗な波紋を壁に映し出す。
「それはね、実はアレクサンドル王が彼女に送った際のプレゼントでね?彼が僕に相談しにきた時に調合したものなんだよ。まあ、僕が引き篭もってた精霊郷に生えている花の蜜が材料なんだけどね」
「俄然にその精霊郷に興味が湧いたんだが………」
「まぁ、それはさておいてだ。もうすぐ君にお客さんが来るだろうから着替えていた方がいいよ。今の君の格好だと、食われちゃうかもね。いやあ、明日だと思ってたのにかなり行動力があるなあ」
「は?」
今のエストレアの格好はネグリジェからキャミソールに着替えている。
が、肩紐の一つが外れ、白いうなじと肩が見え同世代の子と比べれば豊かな胸の白さが日に当てられ艶かしい。
肩紐が外したのは聖痕を見ていただけであって他意はないのだが何にせよ扇情的ではあるだろう。
「じゃあ僕はしばらく戻るから顔は出せないけど、王都に行きなさい。もうすぐ来るお客さんとの縁で仮面舞踏会に出るといいかもね」
「な、ななな………!ま、マリウスーーー!!」
顔を真っ赤にして叫び枕を投げつけるがその時には既に空間転移で消えた後。虚空に使って飛んでいく枕はポスンと床に落ち、虚しく響く。
『ちょっとーー?エレン、あなたにお客さんよーー?』
コンコンとノックが響き、ドアの向こうからアグニルの声が聞こえる。
早速、マリウスの言う客が来るとは。まだ着替えてすらいないと言うのに。
『あ、ちょっと!?勝手に開けようとしちゃ………!』
バンッ!!!!
勢いよく開け放たれ、弾丸のごとく何かがエストレアに向かって突っ込んでくる。
「おっ姉ェェェェェェェェェェェェ様ああああああああああああああああああァァァァァァァっ!!!!」
「グハッ!?」
「お姉様、お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様ァァァァァァァ!!!!」
強かに背中を打ちお腹のあたりをグリグリと押し付ける何か。
ついでに言うと自分の二人称を呼ぶ、女の子。
「ジェ、ジェシカ………!?」
「はい!貴女のジェシカ、愛を捧げに参上です!!」
●●●
「いや、どこから突っ込めばいい?」
「はい?何がでしょう。は、お姉様の指が私の秘部を…「やめんか、変態!」あん!イケズですぅ、お姉様!!」
パシンとジェシカの頭を引っ叩くと余計に顔を朱に染めてとんでもない発言が飛び出そうとするのを押さえる。
「それにしてもぉ、お姉様ずいぶん大胆な格好をしていらっしゃいますのね。誘惑してるんですか?誘ってるんですか?!それでは据え膳食わぬは何とやらで頂きまーーープギャッ!?」
「ふ、ふふ。いけない子だなあジェシカ?貴族の娘たるものお淑やかにと習わなかったのか?特別講習しないとな、ジェシカ?」
もし、ここにアグラエィン王か彼女に近しい人たちが居たらこう思うだろう。
王子だろうと隣国の皇族でもぶん殴った事がある『戦乙女』が何を言うのかと。
これに関しては、相手がしつこく迫ってきていたからわからせる意味で殴ったという意味小さなフォローが入るが。
「お、お姉様ぁ……♡」
アイアンクローでジェシカの頭を鷲掴みにすると手の中のジェシカの目は情欲に支配されたように目が据わる。
どういうわけかジェシカには吸血鬼としての能力である魅了が効かない。
なので、記憶改竄することも出来ず厄介な娘でもあった。
効かない理由としてはおそらくジェシカはエストレアに対して親愛を超えて既に恋人……というか、今の発言から察するにエストレアに対してそういう関係になりたいという気持ちが強いのだろう。
そもそも、魅了とはすっかり相手の心を引きつけて夢中にさせてしまうこと。
つまり、ジェシカはエストレアに対してゾッコンなため効かないという訳だ。
だが、前世では男であったがそれはそういう記憶と感性があったというだけでエストレアと紅 諸葉が混ざったことで今の自分という女性になっただけである。
全くの別人といえば言葉だけなら安いものだが、エストレアという人物、『百合』というものに苦手意識を持っていたらしい。
何でも、一度その手に引っかかりそうになってトラウマになったらしい。混ざったが、その際のトラウマは潜在意識として残ることになりジェシカの性的接触には少し引き気味であった。
ジェシカを部屋の床に正座させ説教すること数時間。
涙目になるジェシカに見かねたのか、いつまでも部屋から出てこないことを心配したアンナとアグニルがイルナとイザルナを連れてくるとジェシカを引き取った。イルナとイザルナは羨望の眼差しを向けていたが。
閑話休題。
「それで?ジェシカ、なんでここにいる?」
恰幅亭の食堂の席でエストレアとジェシカ、アグニルとイルナとイザルナの五人が座る。
アンナはどうしたのかと言えば上の部屋で恋人とベッドの運動会でもしているだろう。防音の結界が張られているからだ。お盛んなことでなりよりである。
「はい!それはですね、お姉様を此度開催されます仮面舞踏会と合唱鑑賞会にご招待するためですわ!」
ジェシカはいつ呼び出したのか石でできた小鳥を肩に止まらせ小鳥の嘴に加えている便箋のようなものを手渡す。
便箋は羊皮紙で普通の羊皮紙と違い白く、金色の縁取りがされており、口には指輪による蝋留め。
王族主催の催しには冒険者含め一般は招待される必要があるためこうして貴族筋から招待状を貰うのだ。
「それに、今回の催しにはこの街の教会兼孤児院の皆様も合唱会の参加者として来られるらしいですわ。泥に巻き込まれはしましたが縁がありますもの。お姉様とアグニル様、でしたか?是非!」
「うそ!最近というかあの事件のせいで行けなかったけど参加するの!?顔出さなきゃ!」
「いや、ジェシカ。ちょっと待て、待つんだ。招待状を今渡すのか?普通、一ヶ月とかその前ぐらいに送るものだろう。主催日は5日後じゃないか、いくらなんでも………」
そう。マナーもへったくれもない。
招待状というものは直前に送るものではない。直前に送るということは断ることなど許さないという上から目線のーーあまりよろしくない行為だ。
これは人によっては激しく憤慨する行為に当たる。
「仕方ありませんもの。一連の泥事件で、貴族関係の子息女、とりわけ成人していない子たちは当主様の元でほぼ軟禁状態でしたわ」
ジェシカ曰く、このせいで普段交流のある貴族ではないけれど社交界に縁のある方々と連絡することがほぼ出来ない状態だったらしい。
さらにエストレアも知らないことだが祝誕会における賊襲撃にしても子供を失い社交界から手を引く者もいた。
この二つが拍車をかけた上、急遽王族主催の仮面舞踏会をやろうというのだから貴族界隈は大混乱。
双方とも事情を知るものがいれば納得できるが………いかんせんエストレア自身は逃げ出した身。そんなことは知らないということだ。
「ですのでお姉様は私と一緒に我が領内所属の竜騎士による飛竜便で王都アントンに参りましょう!幸い3日あれば王都に着きますので準備等に余裕がありますわ!!」
これを聞いたエストレアはしばし悩んだのち、肯定の意を示した。
マリウスは王都で何かが起きると言っていたがそんなことよりも目の前のことが重要である。
「エレン、孤児院にいかない?あの子達が出るというなら顔出さなきゃね」
あぁ、と頷きそれをジェシカがニコニコと笑う。
しかし………。
「ところで……その、お姉様?お姉様のそばにいるその子達は……」
「あ、あぁ。ダークエルフの子供だよ「危険ですわ!!お姉様から離れなさい、ウスラトンカチィィィィィィィ!!!」お前が落ち着け!!?」
またも暴走したジェシカを足払いで転ばすと顔が地面につく前に抱きとめてやる。
やはり、ジッドらが優しいというか冒険者として受け入れられていただけであり、貴族娘であるジェシカからすれば魔族と恐れられているダークエルフが慕っている人にまとわりついていればこうなると分かっていたはずだった。
ダークエルフは怪力で有名。ジタバタと暴れるジェシカの危機感からの言葉には嫉妬が大半を占めていたが女性であるエストレアを気遣っての言葉でもあったようだ。
「ところで、ジェシカ。一つ確認したいことがある。お父上にはちゃんと言ってあるのだろうな?」
ギギギと錆びついたネジのように音を立てながら明後日の方角へ顔を向けて消沈したような顔をする。
それから察するに無断かつ承認なく勝手に飛び出して招待状まで渡した。
フラグ成立。強く生きろ、ジェシカ。
「お嬢様」
背後から主人の名を呼ぶ声。
たしかカリーナだったか。にこやかに振舞っているが目が笑っていない。
「ひぃっ!!カリーナ………?」
「旦那様がお呼びです。さ、参りましょうか」
「い、いやあああああああああああああァァァァァァァ!!」
ジェシカは使用人のカリーナに引き摺られるようにドナドナと連行されていった。
「お、お姉様!必ず、必ず!お会いしましょう、ですわーーーっ!!!」
「あ、嵐のような子だったね……」
「否定はしない」
あっという間に恰幅亭の食堂から消えたジェシカを四人はその方向をずっと眺めていた。
ジェシカは本来ああいうことをしない子ではあったが、自身が絡むとしっちゃかめっちゃかした暴走の果てに身内の誰かに収拾されてしまう。
「というか、ジェシカって貴方の昔からの知り合い?どう見ても貴族みたいな育ちのいい子じゃない」
「まぁ、訳ありでな」
「ふーん……。ま、下手な探り合いは御法度だものねこれぐらいにしてーー、エレン貴方孤児院に行く予定は?」
なんとなく聞かれたが答えたくないという意思表示も兼ねて軽く流すと意図を汲んでくれたようで追及はなかった。
「今からでも行きたいくらいだよ。全然顔を出せてないし………捕まった子達の事も私達の口で言わないといけないと思うし……」
「だよね………。私もね、クライアの地下遺跡の研究施設に行ったんだよ。この前帰ってきたけどさ。ひどい、って思った。あの中に私の知ってる孤児院の子がいるとは限らないけど、それを差し引いても許せない気持ちが強いよ」
俯いて、体を静かに怒りで震わせながら言葉を紡ぐ。エストレアは目を瞑り、共感する。そして、静かに手を合わせ祈りを捧げるとアグニルの次の行動を待つ。
「エレン、明日孤児院に行くわ。貴方も行くでしょ?」
「無論だ」
しんみりとした雰囲気が漂う。
お互いなんて声をかければいいのか分からず、本来は賑やかでたまにバカをやっていたこの食堂に今は馴染めずにいた。
ドンっ
「なーに辛気臭い顔で座ってるんだい!気持ちはわかるけど今は食いな、勝手気持ちを整理しなよ」
目の前にローストチキンやスープやパン等の料理が並べられていく。無論並べたのはここの女将だ。
彼女は笑いながらエストレアとアグニルの肩を叩く。
「ほら、お前さん達が暗い顔をするから他の客が心配してる。ついでにそこの可愛い双子ちゃんもつられてどんよりしてるじゃぁないか、食事する場は楽しく、しなければね?」
「かたじけない。アグニル、食べよう」
「うん、こうなりゃストレスを食って発散するんだから!!」
『太るぞー?』
「うっさい!!」
会話を聞いていた野次馬が野次を飛ばしてそれにアグニルが突っかかる。
「それでいいんだよ、アグニル。アンタにゃ辛気臭いなんて似合わないんだから」
厨房の奥で女将はその光景を見てそう呟いたのだった。
●●●
暗雲漂う荒野、パンドラの地。
そのかつての王たるものが治めていた白亜の城。
そこでは二人……いや数として含めるのであれば三人か。
ダークスーツを着込んだ悪魔と幼い姿でありながら瓜二つの顔を持った少年少女がいた。いや、正確には今他の人数もきたところである。
一人はジュダ。その他はーーー
「さて、キュリアも発った頃合いだがーー、誰がキュリアの後方支援に向かうか、がだが」
「僕たちは嫌だよ。他に頼んでよジュダ」
「そうだよ、ジュダ。私たちは嫌だよ」
瓜二つの少年少女、『双児』のベリルとベリオットは目配せして嫌々と意思を示す。
「俺がいっても構わないが……『剛鬼、貴様は真っ先に却下だ』なんでだ!?」
即座に却下された大鬼。抗議するが、後方支援は頭が良くないと先方がスムーズにいかない。
「すまないが私も海洋連合側での工作が終わっていない。降りさせてもらう」
「ああ、君はそちらが優先と言われているからね。呼び込んで悪かったね、『真淵』アーレス・リオン」
『真淵』アーレスは解けるように消えていく。それを見届けたジュダは残った者……というか自分含めて残るのは筋肉女子こと、『誠盾』ボルテ・アルキオネのみ。
彼女は腕を組み、沈黙したまま。
お互いにどちらかが喋り出すまで沈黙を貫いている。
それに耐えきれなくなったのがジュダだった。
「やれやれ、私が貧乏くじですか」
「それが貴公の役割であろう。キュリアの仕事が終わり次第、次の工程を控えていたのは貴公だ」
それに、と続けていうボルテ。
「元々、このような集まりをするつもりはなかったであろう?何故不必要なことをした?」
「様式美というやつだよ、アルキオネ。何事も皆で共有できるものを集めたいからね。勝手に進めて、皆にコテンパンにされるのはごめんだからね」
ハッハッハ、と笑うジュダを傷目をうっすらと開けてまるで睨むように見つめる彼女をジュダは真摯に向かい合う。
「ともあれ、キュリアには最善を尽くそう。あれはあれで有用だからね。御子なる存在には君も知っているようだが“彼の国にいる可能性がある”。もし、今回の計画が失敗した場合、心してくれ」




