Chapter 7-7
超展開注意。
「後は任せてくれ、ここは私がやるから……」
すぅ、と軽く息を吐き目の前の醜悪な怪物を睨む。
身の丈は体高6メートル弱、鈍器として使っている石柱は長さは5メートル。
身体はブクブクと膨れ上がり泥のようなものを垂れ流し、まるで血流のように禍々しい泥が体を循環しているようだ。
吐く息だって泥臭くて目を瞑りそうだ。
「ーーーーア“ア“ア“ヴア“ァ“ァ“ァ“ーーーー!!!」
地面を蜘蛛の巣状に割り目の前から消える。そして目の前に現れ石柱を横薙ぎに一閃。
言われなくても体が動く。真上に飛び、ちょうど自分と石柱が重なるタイミングで前方に連続で転回。
そのまま、真上から踵を怪物の頭に垂直に振り下ろす。
遅れて空気がブレ、余波が壁に炸裂する。その際に脱ぎ捨てた黄色の外套が叩きつけられる。
「エレンッ!!」
横から見れば、なすすべなく叩きつけられたと思うだろう。しかし、怪物もジッドもエストレアの姿を捉えられない。
しかし、結果は怪物が地面に伏せエストレアは空中で回転しながら着地していた。
起き上がる怪物を見ながらエストレアは一つ小さく息を吐く。
「ふぅーーーーーっ」
利き足である右足を半歩前に、腰を落とし両手を前に掌底を合わせ顎を引く。
紅流龍頭の構え、或いは虎咆の構えとも。
積極的に攻めに行くのではなく受け、すなわち防御の構えである。
しかしエストレア、すなわち紅諸葉は別の名で呼ぶ。
鏡返しの構え、と。
構えるエストレアに対し獣は大きく唸り声を出しながら斜め一閃に石柱を振り下ろす。
誰もが当たる!と思っただろう瞬間に彼女は体を更に半身に晒し構える両手を螺旋を描くように捻り振り下ろされた石柱をそのまま逸らすように弾く!!
ゲームなどの創作物や空手などの一部の武において力を分散し逸らすという技法は古くからある。
パリング、或いはパリィと言われるテクニック。
この鏡返しの構えは大きく、巨大な衝撃を逃がすための構えであり。
紅家の歴史を語る巻物では関ヶ原の戦いにおいて東軍の一将であった当代紅流当主は石田三成が築いた要塞から放たれる大砲の弾を真正面から弾いて見せたという。
常人ならざる力を見せつけ両陣営からは化け物、鬼紅など呼ばれたらしい。
また、戊辰戦争でも当代の当主は幕府側の家老にして将であり当時アメリカから払い下げられたとはいえ完成度の高かったアームストロング砲の砲弾を至近距離で弾いてみせた記録も存在する。
前世でも紅 諸葉はこれを体得した。大型トラックを真正面から両手で受け止め逸らし、横転させる所まで完成させた。それまでに流した血と治療費は馬鹿にならない。だが、関ヶ原での当主は片手でやってのけたことを仄めかしており父豹理も高速で迫るバイクを片手で抑え込むなどエストレアもとい、諸葉から見て先代以前の紅家当主は人間を辞めていると思っていた。
大きく弾かれた化け物に対しその先を見逃すはずもなく今度は一歩大きく踏み込み震脚を持って肘を怪物の丹田であろう部分に鋭く、重い一撃を叩き込む!!
倍以上の体躯を持つ怪物が宙に浮き吹き飛んでいく。
バウンドし、転がっていくが止まる前にエストレアは天躯を持って追いつき片足で怪物の足を絡めて引き寄せ、その反動で怪物の真上、マウントを取る。
「シィっ!!!」
右手に左手を添え跨るように降り立つと同時に勁を打ち込む。怪物が出した蜘蛛の巣状のひびなど小さく見えるほどの亀裂を生み、双頭の一部が赤黒い泥を吐血するように吐き出した。
怪物が振りほどこうと暴れるがその前に連続バク転ですでに範囲外に流れた後であり怪物が立ち上がる頃には視界にエストレアの姿はない。
どこにいるのか双頭の体で探すものの見える範囲にはいない。
ブゥンーーッ
視界の端で一瞬だけ映った影。それを頼りに近くにあった岩を軽々引き抜き渾身の力で投げ飛ばした。
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!』
「甘いっ!」
投げた腕が反対側に何かに釣られている感覚を覚え、更に声の聞く方へ意識を向けるとロープが絡まるように巻きつきそして気がつけば腕が背中に回されて固定されていた。
続いて反対の腕も背中に回されて雁字搦めにされた。
身動きが取れなくなったところをーーー
『ブルルッーーー!!』
幻影魔馬による体当たりを受けろくな受け身をとれず転がることになった。
「ハァアーーーーーーーっ!!!」
転がった先にエストレアが待ち構える。双頭の顎を開き喰らおうとしたのは本能かは定かではない。
が、ロープの先を掴むと、明らかに倍以上の重さのある怪物を遠心力をつけて投げつけ、新たなロープを取り出すと先を輪にして投げつける。
瓦礫に絡まるロープは幾重に重なり怪物は囚われとなった。
身動きの取れない怪物の前にエストレアが立つ。
事前にロープを持ってきたのは正解だった。実際、ここに来る時ロープを使い振り子の要領で要所要所を伝って降りてきたのだ。その際に細工したロープが功を成した。
「終わりだ」
指先を槍のように構え震脚を持って接近しその如何なる武器にもなる手甲が閃光となって怪物の胸元を貫いた。
ーーー
ーー
ー
何が起きてるんだ……?
一言感想を述べるとすればこれだ。
動きが追えない。
怪我をしていることで感覚がおぼつかないことも関係するのだろうがそれでもどのように戦っているのか全くわからない。
「終わりだ」
けれどわかるのは今これから叩き込まれる一撃で決着がつくのだろうというのは理解できた。
ズンーー!!
ありえない。手刀が怪物の胸辺りを貫通している。自分の愛用しているミスリル製のバスタードソードでさえ斬りつけても再生されてしまうから意味がなかったというのに。
手を引き抜き、その絹のような透き通る肌は赤黒い液体というか泥で塗りつぶされており不快なのか彼女は軽く落とすとポケットから布を取り出し手を拭いた。
これで終わったのだろうか。苛立ちを覚える女の声も聞こえない。
ーーっ!?
警鐘がなる。ジッドは軋む体を耐え叫ぶ。
「危ねえっ!!」
「えっ?」
こちらに向かって歩き出そうとした彼女の後ろ。
縛られて腕が使えないのに肩のあたりから大きく太い腕がミチミチと音を立てて形成されており、彼女が後ろを振り返ると同時にそれは振り下ろされた。
「エレンっ!!」
●●●
「がふっ!?」
背後から奇襲を受け咄嗟に十字受けで防御するがもとより体躯差により膝をつくことになった。
つくづく己の未熟さを恥じるばかり。
せめて男の体であればと思ったが例えそうだとしても結果は変わらなかったであろう。
ギリギリ……踏ん張ることができたが腕が痺れていて満足に動かせない。
(折れたか………!?)
エストレアの負傷を見たか、獣は確かに笑ったようなそぶりを見せ縛られたロープを強引に引きちぎり耳を塞ぐ暇なく咆哮する。
ズシャ、ズシャと重心も何もない大柄な足取りで立とうとするエストレアを蹴り飛ばす。
「ぐっ?!ごほっ、ごほっ」
口の奥から鉄と酸味のある液体がこみ上げてくる。咳き込んでいるも三番腕と化した獣は二本の腕で岩を掴み残る腕でエストレアの顔面を掴む。
乙女の顔を掴むという噴飯物ではあるが詰めが甘い彼女の油断が招いたこと。
これから殴打されることを悟ると体を丸めて防御態勢をとった。
今度は地面に叩きつけその上から掴んだものを振り下ろす。
「ぎぃっ!?」
殴られる感触。痺れる腕で倒立しながら逃げようとするものの横合いから蹴られ失敗する。
そして。
その大きな足でエストレアの背中を踏みつけんと動けない彼女の上から獣の踵が下されるーーー
「させるかアアアアァァァァァァァァ!!!」
『ギ、ガアアァァァァっ!!?』
ひゅんーーー!
ジッドの声が響くと獣の肩にバスタードソードが突き刺さっているではないか。
しかも、偶然かバスタードソードは獣の肩、健の部分を刺しておりダラリと腕が下がる。
ジッドは彼女が獣の奇襲を受けたことを知るや這いながら自分の愛用の剣であるミスリル製のバスタードソードを手に持つ。
そして、全体重をかけて踏み殺さんとする獣に向かって剣を投擲した。咄嗟の行動は彼女を救うだけではなく彼女自身の立て直しにも貢献した。
事実、悶えている間に彼女は既に獣から距離を取っていた。
獣が手に持つ岩をジッドに投げつけるが肩に刺さるバスタードソードのせいで狙い通りに飛ばず明後日の方向へ飛んで行く。
「へ、へへ。ザマァみやがれ、新人だけ良い顔できるかよ、ってな」
意識が持てたのはそこまで。負傷と疲労によりまるで眠るようにガクッとジッドは意識を微睡みに任せたのだった。
ただ、最後に彼女の声が聞こえた気がした。
ーー本当に、みんなには助けられているばかりだな。ありがとう。
(良いってことだ。気にすんなって)
●●●
「ジッド、ありがとう」
ペッ、と血の混じる唾を吐き首を軽くゴキッ、と鳴らす。
あれに踏みつけられそうになった時はマズイと思っていたが彼のバスタードソードを投擲するという行動は獣にとって想定外だったようだ。
お陰で獣から距離を取ることに成功する。
「お前のお陰で未熟である己に目が覚めた。もう此処で慢心はない。行くぞ?」
エストレアは目を閉じる。
そして目を開くと緑がかった瞳ではなく、鬼灯のように赤く、猛禽のような鋭い眼差しに。
人ではなく、吸血鬼として殺すと決めた瞬間。
すぅっ、と息を吸い今度は軽く目を閉じ開く。すると彼女の視界はモノクロの、線画でできた世界に変わる。
紅流秘奥義、その名は【乖離の景眼】。
脳の目で見るという信号を書き換え色を全て抜き取り見る景色を三次元から二次元である漫画などの線の世界に書き換える。
こうすることでどうなるか。同じく漫画の線画のように見えるのだ、このあと動く時間の流れさえ。
今存在する次元の視点を二次元であると定義し己の視点を新たな三次元に置き換える視野の書き換え。
だから、走って詰め寄る獣だってどう動くのか既にわかりきっている。そこから二手、三手先への行動が移せる。
しかし、今はそこまでする必要はない。
エストレアの右手がまるで猛禽類の爪を表したように形作られる。
次の瞬間、まばたきする暇もなく獣に胸元に大きな穴が空いた、ようなイメージが走った。
「とっておきだ。ありがたく黄泉路へ逝け」
紅流奥義、空蝉鷹握爪
そう呟く。その時には既に獣の背後におり何かを握っている。ドク、ドクと、鼓動するそれ。
獣がそれを認知した時、振り返ることなく己の中枢たる心臓が抜き去られたことを悟り、同時に考える感覚さえ永遠に泥のごとく深遠に沈んだ。
「この技は、傷つけずして臓物抜き取る人ならざる奥義。如何に獣とて心の臓、そして脳を抜かれれば為すすべあるまい」
グシャっ、と手に持つ脈動するそれを握りつぶす。
最初の一滴が地下遺跡の地に落ちる時叫びが空間を満たし、空へ登っていく。
同時に、膨張した体が萎んで行きやがて人の形を表す。
「なっ!?」
見たことのある人物だった。血管と侵食されたであろう変色した肌と痩せこけた体ではあったがエストレアにとっては忘れられない顔だ。
うつ伏せから仰向けにしてやるとそれは確信に変わる。
「ボガート、お前だったのか………!?」
冒険者ギルドに入ってから絡んできたときに出来た縁。泥事件を追い、危うく犯されそうになったあの日の夜。
その後は逃亡していたと聞いてはいたがまさか此処で再会することになるとは思いもよらなかった。
ネロやニアス、リムからボガートの経緯を聞いたことがあるだけに知らなかったとはいえこの結末はあまりにも……救いがなさすぎた。
自業自得ではあっただろう。だが、それは彼女が現れた前後でありその前は人格者であったことも関係しているのかもしれない。
エストレアは近くに脱ぎ捨てた黄色の外套を見つけるとボガートの遺体にかけてやる。
犯罪者だったかもしれない。しかし、今となってはただの屍だ。流石に遺体を傷つけるつもりはない。
ボガートのことを片付けるとジッドとオルスト、ガペットに近寄る。
一応念のため脈を図ると安定しておりほっ、と息を吐いた。
「ラムレイ、来てくれ」
そう呼べばラムレイは忠実に来る。
エストレアのそばに控えるようにやってくると自分はラムレイに乗せた荷物の中から水筒と毛布を取り出す。
毛布をかけてやると三人は呻きながらもそのうち一人、オルストが目を覚ました。
「あれ、あいつは……?いけねえ、獣は、あれはどうなった!?」
「落ち着け、オルスト。もう、終わったよ」
「あれ?お前、エレン?なんで、ここに?それに終わったって………?」
エストレアは順に説明する。
アンナが地上で衛兵たちに保護されたこと、それがしばらく経ってギルドに報告が来たこと。ギルドマスターが混乱させぬように情報操作を行った事、それにギルドマスターの秘書が一計を案じ自分にここにいくよう言われたこと、などを説明した。
「そっか、有難うよ。終わったってのは……ああ、そういうことか。エレン、お前一人で倒したんだな。上位竜の時といい、お前ってすげえんだな」
「そんなことは……」
「謙遜すんな、ここは受け入れろ。戦っていたところは見てねえけどな、けど、俺たちを案じて来てくれて戦ってくれたんだ。感謝するだけじゃ足りねぇさ。俺の精霊も感謝してるしな」
そこまで言われたのでは受け入れるしかないが事実とはいえこそばゆい感じがある。
そうしているうちにガペットが次に目が覚め最後にジッドが目を覚ました。
ジッドはエストレアのきた状況を詳しく知っているために二人に話していた。
「でも、どうやってここから出ようかしら……」
「それなんだよなぁ、アンナは空間転移が出来たから移動できたけどよ。ここ、地下遺跡の最深部だろ?」
「私としては一番知りたいことなんだが、なんで空気が枯れてないんだ?地上の光がある天井からはかなり落ちて来たから心配なんだが」
四人はここから出る手段を考えていたがエストレアは上から落ちるようにやって来たし、三人は捕まって連れてこられたという。
「結局、泥の犯人はあのボガ、いや獣だったのか?」
「いや、違うぜ。エレンは知らねえけどな。ここに連れて来た奴がいた。記憶ははっきりしてねえ、だが声は覚えてる」
「声からして女だ。あの獣はあの女の実験体って言ってたな」
エストレアは横目で布を被せられたボガートの遺体を見た。それを三人が訝しげに見て怪我を押して近寄る。案の定、三人の反応があった。
自分以上に知っている彼らだ。
「ボガートの野郎………」
「ギルドになんて報告すればいいんかな」
「自業自得だと思うけれど……なんか、来るものがあるわ。彼の事を考えれば、ね」
「あー!やめやめ!!せっかく終わったんだ、ジメジメした雰囲気は止めようぜ」
三人は彼の事で少し憂いていたが、すぐ切り替える。少しでも前を見ていないといけないし、何よりここから出ないと話にならない。
ボガートの事は泥事件の重要参考人として指名手配されていたがクライアの調査と同時に終わりを告げた。
だからだろう。
ボガートの遺体が地面に溶けるように消えていき代わりに銀色の曇りのない杯が現れた。
「おい!ボガートが!」
「なっ!?」
ボガートが消え驚いたがその後に現れた正体不明の銀の杯。
四人とも警戒して距離をとったがつい、本能的にエストレアはそれを手に取ってしまう。
ーーー今、この瞬間に歯車が動く。
エストレアの手にある銀の杯は次の瞬間僅かに灯っていた松明さえ飲み込む暗闇を吐き出した。
そして、四人全員を飲み込み意識は暗闇の向こうへ。
だが、エストレアだけは違った。エストレアだけに響く声があったからだ。
暗闇の中、暗闇の中なのに見える不思議な空間の中で再度重い声が響く。
【長きに渡り封じられしこの肉を解き放ちし者、贄は揃い杯は満たされ、時は満ちた。解放者たる人の子よ、汝の願いを叶えよう】
お前は誰だと問うが声は出ずただ口をパクパクと動くのみ。しかし、いいたい事は伝わったらしくそれは応えた。
【我は造神が一柱、光と陰、比較を司る者。世における事象、概念を生みし者。我は我が母リリスの分御霊にして森と高潔の使者エルフ達の祖】
エストレアは息を呑んだ。この口頭にではない。その眼に映る存在に言葉を発することが出来なかったから。
ーーなんだ、これは!?
暗闇から浮き出るように現れた黒い、巨大な陰。
それはまるでこの世界の創世神話にて語られる十二の巨影たる魔神そのものではないかーー?
【刮目して聞くがいい。我が真の名はアールヴ・アグル也。再度問おう、解放者よ汝の願いを述べるがいい】
巨影はやがて明確な形をとる。
薄桃色の髪、褐色の肌に切れ目の三白眼を持ち緑眼はエストレアの瞳より鮮やか。エルフに見られる長い耳には大小のイヤリングがつけられ額には第三の眼が此方の心を透かすように見つめている。
ヴィシュヌのような腕がありなおかつ顔つきはまるでまだやんちゃな子供のよう。
されど、纏うその神気はエストレアでさえ飲み込む圧倒的なもの。
「ーーーーっ!ぁ……、ぁ」
エストレアは今、哀れな獣に続いて本物の神と対峙する。
カチ、と一つ歯車が回り出す。
ボガートもとい、獣の闘いは尺の都合上かなり短くカットしております。
流石に引きずるわけにもいかないので。
違和感があるかと思いますが暖かな目で見ていただけると有難いです。




