Chapter7-3
暗い、ランタンと松明だけが辺りを照らしてるだけの場所で剣戟と風切り音が交差する。
その様子を嘲笑うように見つめながら何処からか声が響く。甘く、ネットリした女性の声。
俯瞰してみれば、そこではバスターソードを振るう 男とフードをかぶり精霊を使役する弓手、クレイモアを振るうチェインメイルの男に大槌を持った男のパーティー。
もう一人、魔法使いでもいれば近遠バランス取れたパーティーだろう。
そんな彼らが相手しているのは、おぞましい怪物だった。人の形をある程度残してはいるが申し訳程度のボロ布、石柱を武器に異常に発達した左腕、顔はほとんど潰れ片方に耳まで裂け歯茎まで見えてる。目なんてほとんど見えてないんじゃないかと思うくらいに白く濁り、どんな顔か分かったものじゃない。
『あらあら、まだ実験は途中よ?』
ーーウオオオオオオオオオオオーーーー!!
「くそがっ!!」
「おい、ジッド!!下がれ!!」
ジッドはどこからか聞こえる声に悪態を吐き転がりながら巨体の足元にバスターソードを振るう。血ではなく泥のような液体が流れるだけだが。
妖精使いの弓手であるオルストが叫びジッドは一気に後退する。瞬時に風を纏った螺旋を描く強烈な一射。
巨体の肩を吹き飛ばすものの、瞬く間に再生してしまう。
「はぁっ、はぁっ、アイツ逃げ切れた、だろうな………?くっ!」
気配を感じて少し頭を下げるとブォンと風切り音が頭を掠める。
それだけなのに、風圧が凄まじい。
こういう攻防をかれこれ10回近く繰り返している。実験と言っていたからおそらくこれの戦闘データを取りたいのだろう。
ジッドはどれだけ時間が経ったなどとうに忘れた。今、頭にあるのはこれが始まる頃に離脱させた恋人が無事に外に出れた事だけだ。
「ジッド、まだいけるよな?」
「ああ、ガペットお前は?」
「勿論、行けるわよ。狭くて、暗いけど、上位竜に皆で挑んだ時に比べれば……ね!」
なんと頼もしいことか。ジッドはニヒルに笑い、隣でクレイモアを盾に蹴りを受け止めるバイドに声をかける。
「おーい、バイドお前はー?」
「問題ない。」
今まで、新人であるエレン、エストレアには自分たちのいいところを見せてなかったが、こう見えてもバイドやオルストは竜殺しの称号持ちだし、ジッドも今はいないメンバーで上位竜を倒した実績がある。
リーダーであるジッドもまた同期であるネロやフレニアとかの上位冒険者ではないが彼女たち相手に一対一なら勝てる自信がある。
『ふふ、精々頑張ってね?私の為、主人の為に!!』
「言ってろ!このデカブツぶっ倒して見つけ出してやるよ!!」
こうなったのはかれこれ数時間前のことだ。その為には先ほどあったように恋人であるアンナを逃したその前あたりの時間軸まで遡らなければならないだろうーー
●●●
アンナが保護される数時間前のこと。薄暗い、洞窟のような地下遺跡の内部で動くものがあった。
「くっ、頭痛え………」
暗闇の中、ジッドは目を覚ました。辺りを見渡せば遺跡の中にある古びた牢の中だろうか。
「目ぇ、覚めたか?俺もさっき覚めたばかりなんだけどな」
「その声、オルストか?今、何時だ?」
「分かんねえ。契約してるシルフ使ってもこの遺跡のせいで外がどうなっているのかさっぱりさ。」
「そうか………。はっ、ほかの連中は!?アンナは!?ナッシュやガペット、バイドは!?」
牢の格子越しにこの暗がりの中のどこかにいるであろうオルストに焦りを滲ませながら問う。
「私はここよ!ジッド、良かったぁ……」
「ジッド、やっと起きたのねぇ。あなたが最後なのよぉ?」
「………」
牢屋?の中だというのにいつも通りの態度、気安さだ。
いつものことだ。ガペットとアンナ、ナッシュは同じパーティーで付き合いも長いし、精霊使いにして弓手のオルストもジッドと同期だからかそこまでじゃない。バイドも同期ではないが何度か依頼を同行したこともある。
「あれ?ナッシュは?」
「変ねぇ、さっきまでいたのだけどぉ?」
「斥候だから簡単に抜け出せたんだろ。大方、牢の鍵でも探しに言ったんだろうな」
アンナとガペットはいるが、もう一人の斥候役のナッシュがいない。はて、どうしたことか。
オルストはナッシュの専門から既に動いたと思ったようだ。
ジッドも、ナッシュ自身からしてそれもそうかと納得して背中を預ける。
「てか、何があったんだ?そこんとこあまりはっきりしてなくてな。誰か覚えてねえか?」
ジッドはこの牢の中にいる前の出来事をさっぱり忘れていた。なので、確認のためにもコンタクトを取ってみる。だんだん暗がりにも慣れてきたため朧げながらも自分がいる牢の外にも目を凝らしてみればなるほど、人影がいるようにも見える。
「俺たちは敵さんの攻撃を受けたのさ。攻撃というか
明らかに最近仕掛けられた罠に見事に引っかかってな」
「それで、『馬鹿ね』と言われて炎の爆発に巻き込まれたの。死んだ、と思ったけど気がつけばこの牢の中って訳。爆発の爆風で飛ばされた感じかな」
魔法使いのアンナは後方にいたため前衛にいる彼らの状況を知ることができたから何があったのかをみることができた。
「なんか、思い出してきた。そういやぁ……」
そこまで聞いたところで、ジッドも思い出してくる。巨人が現れたってことで四つの区を分担しながら調査していたところ、体感では五日ほど前だ。巨人が町の中央のシンクホールに身を投げていたのを同行していたバイドと確認した。
ーーー
『おい、見たかよ?!』
『………(コクッ』
『バイド、セロとトーリエの連中集めてくれ。俺は他の区の奴集めるから。30分後に地下遺跡の入り口な?』
ーー
「それで集めたお前らで地下遺跡を探索してたんだよな。門番に無理言ってさ」
「うん。ジッドが言っただけじゃあまり信じられなかったからバイドさんにお願いして周辺見たから。泥がいっぱい、散乱してたんだよね」
「ちょうど、そのぐらいの時間帯だ。どっかの娼館から禿が三人いなくなったって話だ。娼館からは微量の泥と『転移』の痕跡があったって衛兵から聞いたよ。」
「きなくせえなぁ………」
この中が牢であることを忘れてお互いに理解していることを打ち明ける。
未だ、子供がいなくなるという事態は収束しておらずこうして続いているのだ。
五日間、この牢にいたという感覚だが、実際はもっとあるのではないかと思う。
この街に来る時から計算してシェアトを離れて一ヶ月近くはあるのではとジッドは指を折って数えた。
丁度その時ぐらいだ。コツン、コツンと歩いてくる音が聞こえてきたのは。
「おい。オルスト……」
「ああ。アンナ、ガペット、静かにしてろ。」
「………歩幅からしてナッシュじゃない。お出ましだぜ?」
経験を積んだ冒険者、男三人は近づいてくる人物に仲間とは違うことを見抜き警戒を高める。
「あら、やっと起きたの。出なさい。シオンの忠告なんてどうでもいいけど……あなた達でーーーーー
実験したいのよ」
ジッドの脳裏にノイズが走ってーーー
「はっ!?がぁっ!?」
瞬時に今までのが夢だと気づき体が勝手に反応する。しかしーー
「うたた寝はダメよ?」
直後に大きく吹き飛ばされて錐揉みに転がる。体が思うように動かない。首輪のようなものが取り付けられていて何かしらの呪詛のようなものを感じ取れる。魔法の知識はないが、呪いとかそう言った類のものは冒険者やっていれば自然と身につくもの。うまく動けないことをのぞいてジッドは辺りを見渡す。
天井はシンクホールの穴が覗き夜なのか、星空が見える。
あたりはランタンが灯されおぼろげながら把握できた。
そして、同じようにまだ目を覚ましてない仲間が目に入る。
同じように目の前に立つ、人のような、膿のような泥を纏った怪物も。
まだうまく飲み込めてないが、取り敢えず現状を知ると何処からか声が聞こえる。
「起きたのね?ふ、ふふ。ふふふふふ。それじゃあはじめましょうか。一番手はあなたよ?」
ーーー簡単に壊れないでね?
ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!
ジッドの前に轟音を立てて降り立つ漆黒の影。
あたりに液状の何かをばら撒き、呻き声を出しながら極端に肥大化した左腕と凶器にした引き抜いた石柱を引っさげて人のようなナニカが。
「っ………………!おいおいおいおい、冗談キツイぜ」
その頃には吹き飛ばされて動けなかった体も動くようになっていたものの、現実はどこまでも非情だ。
怪物は軽々飛び越える跳躍を見せ、ジッドの前に降り立つ。
「なっ、このやろっ!?」
振り下ろされる石柱を転がるように避けると腰を使って大きくバク転、その勢いで怪物の顎を蹴り飛ばすと落ちていた自分の愛用のミスリル製のバスターソードを構える。
ジッドは考える。今、この状況で一番危険なのは誰なのかを。
振り下ろされた石柱を避けるとそのまま怪物に向かって走り出し重心をずらして転ばしてやる。あんなに不恰好な体をしているのだから何処か力をずらしてやれば転ぶと判断したからだ。
転がって起き上がるのに手間取っている間にジッドは仲間の元へ。
特に恋人のアンナを叩き起こして状況を飲み込ませる。
「アンナ、一度しか言わねえ。お前はここから逃げろ、そしてギルドに伝えてくれ。泥はおそらくここから、だと」
「え?え?え!?」
状況が飲み込めないアンナに警戒しているものを見せるように肩をずらす。ヒッと息を飲むアンナに口を押さえ耳元で「わかったな?」と言うとコクコクと涙目で頷いた。
杖をもって立ち上がるアンナはジッドの背後でようやく起き上がる怪物に涙を浮かばせながら杖を向けている。
「おい、オルスト!!起きてんだろ!?ガペット、目を覚ませ!!バイド!そこいるのわかってんだ、手ェ貸してくれ!!」
「うるせえ!せっかく現実逃避してたってのによ!風よっ!!」
ジッドが叫ぶととっくのとうに起きていた三人を呼び揃ってこの怪物の前に立つ。アンナを守るように。
「アンナを逃す。本当なら俺たち全員で逃げたほうがいいんだが………」
「無理、ね。アレはここで倒す必要があるもの」
「任意の場所に移動できるのは彼女しかいねえからな。その魔法発動するのに無防備になるから、だろ?」
「そういうこと、だ!」とジッドはバスターソードで怪物の足、かかとのあたりを切りつける。
オルストが矢を、ガペットが大槌で膝を潰す。
「アンナ、早く脱出しろ!」
「でも!ジッドは!?みんなは!?」
「俺たちはこいつを倒す!あんたは助けを呼べ!」
「これは長期戦になるわ、魔法使いにはちょっと、ねっ!!」
杖を握りしめ、涙目なりながらアンナは術を行使する。淡い光に包まれ、ふわっと中に浮く。
「分かった、助けを呼んでくる。でも!それまで絶対、絶対無事でいなさいよ!!死んだら、許さないからっ!!」
アンナは飛翔し、天井にぽっかりと空いたシンクホール目指して宙へ消える。少なくとも、この周辺にその気配は感じない。
「あー、ああ言われるとなぁ。」
「男冥利に尽きる、って奴だな。羨ましいぜ」
ハハッと乾いた笑みを浮かべてジッドはバスターソードを肩に担ぐ。随分と長く愛用しているが、そろそろ修理に出さないといけないようだ。
●●●
アンナが保護されたその日の昼ごろ。クライアの中で華街と名高きエルブラント区の一際大きな建物の中で偉そうにパイプをふかし手に取った羊皮紙を眺めている女性がいた。
「今、冒険者ギルドから通達があったよ。明日正午に私を含めた我々4区の長で緊急の会合を開きたいんだと、さ。」
高価な椅子に背中を預け、パイプの煙を吐き出した傷と火傷の顔が目立つ女傑がその部屋に控える露出多めの少女に言い放つ。
その部屋には更に四人の女性がおり、皆扇情的な格好だ。
椅子に座る彼女こそエルブラント区最大娼館『黒百合』のオーナーでありエルブラント区区長を務める、エルミラ・オーギュ・エンブラントである。
「ギルドマスターはなんとおっしゃいましたか?」
「巨人騒ぎと禿含めた子供達行方不明事件。調査の結果………地下に解決の糸口がある、とさ」
「ようやくですね。数ヶ月前から打診を送っていたのに動き出したのはかなり後でしたから」
禿がいなくなる。数ヶ月前からあちこちの娼館からそういう報告が上がってきた。禿は娼館における花咲く前の蕾。特にここでは禿も一定の美貌の見込みがなければならないのだ。
手塩かけてまで育てた花になるはずの蕾が次々と行方不明になる事態に何処の区が仕掛けた抗争かと疑ったものだが、セロ区のストリートギャングの長であるハリマから下っ端の子供達がいなくなったといい、さらには暗殺ギルドの訓練中に訓練生が『泥』に連れ去られたと言ってきたのだ。
エルミラはすぐさま全ての区の長に招集をかけ緊急会議を開いた。エルミラも魔法に少しばかり学んだこともあり直感ではあるがこれは魔法がらみであることを見抜いたから。
会議の記憶が今でも思い出せる。特に最近やった時の会議だ。
ーー
『いきなり呼び出して悪かったわね』
エルミラは呼び出した区の長にキセルの灰を皿に落として佇まいを直し向き直る。
『姉御、こうして呼び出すったぁ例のアレか?解決したのか?』
眼帯をつけ、白いコートを翻すストリートギャングのセロ区区長ハリマ。
『先日、俺の膝下で白昼堂々と子供が連れ去られたんだよ。何処の馬鹿だ、まさかお前らじゃねえだろうな?』
壁に背を預けてうつむくように表情を隠すイルデル区区長マクシリアン。
『阿保ぅ、ワシのところもやられたんじゃ。区の連中じゃねえだろう、外様の仕業じゃて』
闇金を管理する白い、カイゼル髭の特徴のトーリエ区区長ゼラ。彼らは四つの区を取り仕切るボスであり、
かつては戦役にも参加したこともある。
エルミラは秘書から報告書を受け取るとまずは進展を共有すべく資料を彼らに手渡した。
『近況だよ、冒険者ギルド本部のあるシェアトで、同じ事件が起きた。』
どよめく三人。冒険者というある意味では敵に回したくない勢力の膝下で事件が起きたという報告。
これを機にギルドはようやく腰を上げたらしく、近日、巨人が徘徊しているということもあり、竜殺しの称号持ちを寄越してくるということも。
が、ようやくかと言った感じであり解決してくれることを切に願うばかりである。
あの後の会議は、いつも通りで腹の探り合いに講じ、互いに嫌味を言い合うだけだ。
ーー
「マスター、それでその件でまた区長会議を成されるので?」
「そうだな。それと、既に私の元にこういう連絡がある。一刻を争うから地下遺跡を封鎖してほしいってね」
「封鎖ですか?また、文句を言う輩が出そうですね」
クライアの地下遺跡は冒険を求めてやってくる人は多い。エルブラントで疲れを癒し、トーリエで必要なものを買う。地下遺跡を中心に経済が行き交っている故だ。そのため、地下遺跡を封鎖することはクライアの経済を狭めることになる。しかしーー
「ギルドマスターからの連絡だから無下にはできないな。」
そう、冒険者ギルドのギルドマスターからの通達つまり、ギルド状は優先度の高い命令でもある。冒険者だけではなく、こうした街の仕組みにおいて無視できないものでもある。
「では、私の方から各区長側に通達しておきます」
「頼む」
秘書らしき女性は艶めかしい、豊満な体を揺らして退出しようする、その前に目の前の主人に向き直る。
「そういえば………既にやってきた竜殺しの冒険者さん達戻ってきてませんね?今までこまめに誰かが来てくれたの言うのに……。」
「ん?ああ…………。おい、待て」
血の気が引く。なぜだか知らないがサーッと顔色が悪くなるのが感じ取れる。
たかが高位の冒険者が戻ってこないだけなのに、何故こうも冷や汗が止まらない?
「オーナー!!大変です!!!」
大慌てで部屋に駆け込んでくる、まだ幼げの残る男の子。エルミラが面倒を見ている黒百合唯一の男児で、名はミカ。主に番台の掃除を任されているが、ナッシュと同じく女の子にしか見えないほどのいわゆる男の娘でありよくここの遊女や花達に着せ替え人形にされてお客から硬貨を渡されたりしている。普通はそう言うことは許されないのだが、お互いがどうしても構ってしまうのでエルミラは目を瞑るしかなかった。
「どうした、ミカ?」
「それが………屍者が徘徊してます!!特に地下遺跡入り口から湧くように現れているんです!」
「なっ!?この昼間から屍者だと!?」
「門番一人がやられて、遺跡入り口を破壊することで封鎖しましたが………出てきた屍者があちこちに……!」
「ギルドに伝書を!!私は各区長に連絡を取る!見世に出してる遊女と花を回収しろ!!」
「オーナー、あと……屍者がでてくる数時間前に兵舎に冒険者が負傷して保護されたって」
ミカと呼ばれた少年が報告を持ち帰った瞬間、慌ただしく動き始める。
泥、巨人に続いて昼間から屍者である。今まで欠けていたピースが埋まりつつあるヴィジョンをエルミラは確かに見た。冒険者に任せればいいが、屍者が散らばった以上非戦闘区域の居住区に入り込まれたら手が出せない。
「くそっ!」
彼女は早くきてくれと願うばかりだった。
前回の裏あたりの話になりますね。ギルドは………アンナが保護されたことを秘匿してます。はい。




