Chapter6-5
おまたせ。時間見て修正はします
早朝。
季節は現世でいうと九月半ば。朝早くと夜は肌寒くなる季節に当たる。
この世界での季節は明確に決まっておらず農耕などの時期は星の位置で決めている。
昨日、院長よりもたらされた長期間にわたる誘拐と思わしき子供達の失踪事件。
このシェアトでは起きていない、それ故に警戒はしているものの何処か安堵していたが…………
それは終わりを告げた。
そう、朝の仕事を終え予定通りギルド本部に足を運ぼうとしたときだ。
エストレアはこの前、マグスと会合する前に花売りの少女と馬車とのやりとりで屯所に行く必要があったと思い出しアグニルに断りを入れ門近くにある衛兵の屯所に足を運んだ時だった。
ーーー
ーー
ー
「すまない、先日の件で来たのだが…………。」
受付で要件を述べるとどの件か、と聞かれる。無論、馬車に接触しそうになった少女を助けた件だというと引き出しから一枚の羊皮紙を取り出し項目を書けと言ってきた。
項目を見れば、事故報告書のようなものだが必要事項はたったの三つだけ。それさえ書いてしまえばいい。
「できたぞ。」
「あいよ、どれどれ………あー、貴族様の馬車接触のアレか。待ってろ、今隊長が不在なんでな。」
そう言いつつ、受け取った書類を種類別に分けられている棚へ入れ、代わりにもう一枚の羊皮紙を持ってくる。
「既に、貴族様の方は代わりの執事がやっていて、あとはお前さんと接触しそうになったお嬢ちゃん、の親御さんを待っていたんだがね。最近、知ってるだろ?子供がいなくなるやつだよ。あれがここにも及ぶんじゃねえかとなかなか、ね………。」
「その件なら、今孤児院の依頼を受けている最中でな。ギルドから通達書を受け取ったばかりなんだ。」
手渡された羊皮紙を見ると署名する欄が三つある。三つのうち、既に一つが署名されており代筆と印が押されてある。
残る二つの欄に自分とあの花売りの少女、いや親御さんの署名で足りるのだろう。署名を終え、係の衛兵に手渡すと壁一面に貼られた探し人の紙が目に入る。
見れば、全部年端のいかない少年少女達。
期間こそバラバラだが、重要なのはそこじゃない。出身地がシェアトの周りにある村や街で、約4割が教会などに住み込みの生涯孤独の子が占める。
そのうちの一つを手に取り、まじまじと眺める。なぜかといえばこの探し人の出身がシェアトにかなり近いのだ。
距離的にもあの孤児院敷地内から大体3㎞離れた村出身。
「こんなにも近くなっているのか…………。」
「あんた、孤児院の依頼やってんだっけか。あそこの孤児院、此処の郊外だからなぁ………。街のギルド長か、領主様から何名か派遣させてもらえればいいんだが………。」
「未だ被害が此処にないから派遣する必要はない、か。」
人類は互いに協力し合う傾向がある。いや、語弊があるか。
現世ではあるが古来より、人が猿から人へと進化した際に彼らは手が自由になった。手をどのように使うのか、道具を使うのか、生み出すのか、知性を加速する要因になった。
やがて、テリトリーを群れで行動するようになるとテリトリー内ではない限り、危険が迫ろうと安易に動かなくなるようになった。
今は安全なのだから大丈夫だろうと。
飛躍はしたが、ようはこれも同じ。誘拐事件が起きようと此処シェアトではない。王都でも起きても治安組織があるから大丈夫。そう考えてしまう。ごく自然に起きる集団の心理だ。
「こういう時こそ備えは必要だってのにな、お偉方はよくわかんねえよな………。」
「動かすのだってお金がかかる。おいそれと簡単にいかないんだろうな……。」
手に取った羊皮紙を戻すと今更ながらにこの屯所には彼しかいないことに気づく。
普通、屯所であるなら待機している衛兵がいるはずだ。非番にせよ、巡回にせよ、何名かはいるはずなのに彼一人しかいない。気配を手繰り寄せても、返ってくるのは彼一人のみ。
ーー(はて、どうしてなのだろうか?)
「ちょっとーー、エレンーー?ギルドの方終わったわよーー?何してるのーー?」
「アグニル?分かった、待っていてくれ。」
考え事をしていると、此処にくる前に別れたアグニルがこちら側に来たらしく、屯所の入り口から顔をのぞかせてエストレアを呼んでいた。
珍しく、ナッシュ、ガペット、ジッドの三人も外で待っていた。ドランとアンナの顔がないがどうしたのだろうか。
屯所の戸を開き、彼らの元へ。こうして彼らと行動を元にするのは久しぶりだ。
「よ、最近物騒な噂が飛び交っているから来てやったぜ。」
「〜〜////余計なお世話よ!!」
「ごはっ!?」
ジッドがアグニルの頭を撫でながら爽やかスマイルを浮かべて、直後に鳩尾にいい一撃を貰っていた。
恥ずかしいのだろう、俯いて顔を真っ赤にしている。だが、確かジッドはアンナという彼女がいたはずーーー
「ジィィィィィィッッッドォォォォォォォォ?」
「ヒッ!?」
いつのまにかいなかったアンナがまるで糸の切れた人形のような足取りで開ききった瞳孔がジッドを見ており、どす黒いオーラのようなものさえ見えた気がした。
エストレアは知っている。これは修羅場だと。
「ガペット、ナッシュ離れよう、巻き添えになる。」
「ですねー。」
「エレンちゃん、ならあっちで香水試してみないかしら?最近いいのが手に入ったのよ〜。」
私達は逃げた。
●●●
「大体ねえ!!アンタはいっつも女性に対するトラブルに遭遇すぎなのよ!!この前だって、新人の僧侶さんが転んだ時だって助けたはいいけどだ、大事な場所に顔突っ込んで!お尻だって揉んだくせに!匂い嗅いでる変態じゃない!!私だってされたことないのにっ!!」
「いや、あれは単なる事故だろォォォォォォォォ!?」
「うるさい、うるさい、うるさああぁぁい!!もう、もう、もう!!!」
「あ、あのね!!人通りなんだからもっとこう、静かに………」
ギャイギャイと後ろでは収まりそうもない修羅場が続いている。
元が男であったが故に双方の言い訳もわかる。が、痴話喧嘩は他所でやってほしい。しかし、あの場所に乱入する気にもならない。
現に、収める立場のさっきの受付の衛兵だってやれやれというジェスチャーをしてみなかったふりをしているくらいには。
しかし、エストレアは思う。本当は彼らは何をしに来たのか。
エストレアの考えていたことを察したのかガペットとナッシュの二人は互いにうなづき此処に来た理由を教えてくれた。
なんでも、ここ最近の子供の失踪に伴い王都近くにある裏社会の溜まり場、クライアの街でもシャレにならない事態になったという。
裏社会を支える裏ギルドなる非合法組織から冒険者ギルドに打診があった。内容は奴隷に関する管理を任されていた人間が殺されていた。
それだけではない、その人物は非合法な組織に身を置いてはいたが自分のところにある優秀な奴隷はもちろん、意欲ある奴隷も積極的にギルドに斡旋しては食い扶持に困らないよう配慮もしていた。
絶望にくれる奴隷には最低限の教育を施すなど奴隷という言葉に反して接していたなど人格者ではあったらしい。
現場にはおびただしい破壊痕、腐臭を放つ汚泥のような物体とそれに帯びる魔力の痕跡。それだけならば冒険者が知るべきものではないが、問題はその後。その管理者の預かっていた奴隷のうち50名の13〜15歳の子供がいなくなり、檻は壊されそこにも魔力を帯びた汚泥のような物体が散乱していた。
更には、市民からは闇夜に巨人のようなものを見たという目撃情報が相次ぎ隠蔽工作が困難、事態収拾に向けギルド本部があるシェアトに持てる勢力を持って収拾せよと王命を持って命じられたという。
この街における最大戦力は竜殺し達だ。最強生物たる竜種を倒した猛者達。
エストレアがいる今のパーティーだってパーティー全体としての竜殺しでもある。
で、子供達の調査は別働隊が動きジッドたちはクライアに向けその巨人のような影の調査に出るという。なので、自分たちのいない間は十分に警戒してくれと伝えに来たのだ。
「そういうことだから。多分ないと思うけど無茶しないでね。」
「何かあれば、ギルドに報告するのよ〜?」
二人に念押しされ、確かにうなづきそろそろかなとそちらを向けばアグニルがアンナを羽交い締めにしてジッドが這々の体で逃げているところだった。
時刻は既に昼ごろを回っている。彼を回収して手頃な店に入ろうかと考える。
「まだやっていたのか………。」
「たく、煮え切らねえ野郎だな!夜は盛んだってによ!!」
こっちはこっちでいい加減止めようか、とカオスの坩堝に足を踏み入れようと動いた時だった。
「はぁっ………はぁっ………!!やっと、やっと見つけました…………!ゲホッ、ゴホッ」
「院長っ!?」
息を切らせ、膝に手をついているのは孤児院の院長だった。それだけじゃない、体も所々血が滲み悲惨な状態だ。喧嘩していたジッドもアンナも止みアグニルが駆け寄り、屯所の彼も事態のなんたるかを察したらしく知らせの魔道具で集合をかけている。
何があったのかと聞けば院長である彼女はこう言った。
「さっき泥のような巨人が急に施設内に現れて………!授業を受けていた子供達が………!!」
「「「「巨人っ!?」」」」
恐れていた事態が起きた。なんでも、突然現れるなり泥の中に子供達約15名が取られそのまま地面の中に消えていったというのだ。あっという間のことであり破壊も軽微、故にシェアトも誰も気がつかなかった。
あまりの事態に、駆けつけたもののその巨人の姿は影も形もなく。
「それだけじゃないの………!捕まった子の中にマリーがいて、カリル君とジェシカ様も逃げるために施設を飛び出して………!」
「なっ!」
「あの馬鹿………!」
ジェシカはマグスと一緒にとっくのとうに領内に向け出発したと思っていた。
だというのに飛び出すなど何を考えているんだと思わず口に出そうになる。
「マグスは、マグスどのは今何を………!?」
「マグス様も同じくジェシカ様を追いかけて馬車を走らせました………。」
「エレン、ギルドに行くわよ!ギルドを通して門を一時的に封鎖してもらうわ。子供達の事だけど、孤児院の周りは開けた場所だから向かうとすればここよ。一番安全そうだからね。当然、その巨人とやらを操る犯人もここに来る可能性が高いわ。」
「アグニル、俺たちは怪しい場所をくまなく探してみる!知らせるときは信号弾を撃つからそこに向かってくれ!」
ジッドはガペットと衛兵の二人と一緒にギルドの方へ駆けていく。残ったのはナッシュ、アグニル、エストレア、院長だ。
「ナッシュ、貴方達は院長お願い。ドランがいれば治癒出来たんだけど………」
「任せて、野戦治療だけど院長こっちへ。」
院長はナッシュに連れられて屯所の中へ。残った二人はジッドの後を追うように走る。
●●●
「まさかこんな日に………!」
「迂闊だったな………。だけど今はカリル君とジェシカを最優先に確保することに集中しよう。」
走る。走る。走る。ギルドに着いたはいいが既に知らせは入っているらしく全門に通じて立ち入り検査が行われた。
未だ見つかっていないのか、信号弾の打ち上げがない。
それ故に二人が見つかったという知らせはなくそれがモロに焦りが出てきている。見つからない場合、自分ならどうするーー。
「荷物ーー。私なら、隠れて移動するなら荷物だ。」
「なるほどね、荷物に紛れてーー。でも無理よ、シェアトに立ち入る人は荷車もっているもの。それを探すなんて………」
「とにかく、孤児院に近い門から探すしかない。既に入ってしまったなら追跡は困難だ。」
視点は変わり、路地の裏手では二人の男女が走る。
「ちょ、ちょっとお待ちになって!」
「待てるかよ、俺たち追いかけられているんだぞっ!!」
路地の裏に息を切らせて走る二人。今、この街を騒がしているカリルとジェシカだ。
いつもの日常のはずだった。いないシスター達の代わりに来た冒険者達は街へ行ってしまったため少し寂しい気がするがそこはそれ、子供の順応性ですぐに適応した。今日は院長主導の座学でポカポカ陽気にウトウトとしていた矢先だった。
急に空が真っ暗になった。そう錯覚するほどに暗かったのだ。
けれどそれは違った。部屋全域を覆う黒い渦が突然発生すると泥の腕が突き出るように現れ範囲内にいた皆が掴まれ引き摺り込まれた。その後どうなったのか覚えたいない。悲鳴があった気がする。
だけど、カリルにとって目の前で引き摺り込まれたマリーの姿に手を伸ばそうとして何もできなかった。直後にジェシカに手を引っ張られこうして衝動のまま飛び出したはいい。偶然通りかかった荷馬車の最後尾に潜り込んだはいいけどあの、なんとも言えない気配がまだこびりつくようにカリルを縛った。
後は流れのままに路地を走った。ジグザグに走って気配から逃げようとした。でも、所詮は子供。結局追いつかれてしまったらしい。
「…………!尾けられている!」
「えっ!?」
二人に恐怖と緊張が走る。カリルはマリーという気になる女の子が目の前で連れ去られたのを見て焦りが重なり。
ジェシカは生まれて初めて自分に降りかかろうとする悪意に恐怖した。
「走るぞっ!!」
しかし、気配は感じられるのにどこから来るのかわからない。
だが、割と近くにいるというのはわかっている。
「きゃっ!!」
足につまづき、転んでしまうジェシカ。転んでしまったジェシカを起こそうと反転するカリル。二人の足元からゴポッと泥を吐く音が聞こえ、波のように二人を包もうとする。
「「う、うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!(きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!)」」
万事休す、二人が目を瞑った時に上から聞いたことのある声が聞こえた。
「ようやく見つけたぞ、馬鹿もん!」
『紅流剣術、戌の型なれば………!』
線状の果てまで貫けぬものなし。
儚き光で敵を撃つ。
『蛍光、飛沫槍』
泥のような何かに大きく踏み込み吹き飛ばすように切りとばす。
「シッ!!!」
手応えはあった、がーー
「逃げられたか。 ………無事か?」
「お、お姉様ぁ………。」
「お、お姉さん………。」
「後で、説教だから覚悟しろよ?」
●●●
エストレアは二人を確保した。やはり、孤児院側に近い門から荷物に紛れて入っていったらしい。
アグニルとは二手に分かれて探索し、ジェシカの匂いを辿っていくことが出来た。
辿って行った先では、なんとどす黒い泥のような何かが二人を包もうとしていた最中であり、天駆を駆使して肉薄、『蛍光、飛沫槍』で吹き飛ばした。その後泥はまるで吸い込まれるようにして消え去った。
「無事で良かった………!」
院長が二人を抱きしめて離さない。無理もない。
アグニルも合流し、二人はギルドに預けられることになった。院長もギルドに預けられることになったが孤児院をそのままに出来ないと主張しBランクの冒険者数名と一緒に送り届けられた。無論、子供達も一緒だ。が、ジェシカは別だ。
青筋を浮かべ、笑顔を見せているマグスがギルドの外で待っている。
彼女のわがままもここまでだろう。しかし、二人は運が良かっただけだ。エストレア達は連れ去られた子供達を助けださないと行けなくなった。
なお、あの後、飛び散った一部の泥は回収され鑑定が行われている。結果次第では追跡が大きく飛躍できる、らしい。
エストレアとしてはこれで解決の糸口になればと思うのだった。
ーー「くそっ…………!取り逃がしたっ!!」
エストレアが二人を確保して去った後、少し離れた廃屋で胸を抑えてうずくまる中年の男がいた。
気配は消したはずだった。あの女のいう通りに餓鬼どもを掻っ攫ってあの女に売り飛ばして、金をもらう。簡単な仕事だった。ギルドの新人引率なんかよりもっと稼げた。
前々からあの孤児院を狙ってはいたが冒険者が定期的に通っているものだからなかなか手が出せなかった。
「何をしているの、取り逃がすなんて予定にはどこにもないわよ?」
魔導師と思しき、紫色のローブを羽織り、無数の屍鬼を従えた女。それが忌々しげに睨みつける男を蔑んだ目で見下ろしている。
「貴方の命なんて簡単に摘み取れるのよ?命が惜しかったらきっちりやってくれないと………陽動にならないでしょ?ボガート?」
「チッ!」
暗がりの中、ロウソクの火に照らされたローブ姿の女は人ではあり得ない角を生やし、また見る人を縛る鷲のような瞳をギラつかせていた。
女はポケットから小さな小瓶を取り出す。透明なガラス製の小瓶。その中にはーーー
今までに行方不明になっていた子供達の姿があった。
「まだまだ足りないのよ、さっさとこなしなさい。死にたくなければ、ね?」
去っていくのを確認した彼、ボガートは机を思い切り殴りつける。
「くそっ!俺の命をいつでも刈り取れるとか言いやがって!!あの女この俺に楯突きやがってよぉ!!見てろ、必ず後悔させてやる!!!」
エストレアに軽くあしらわれた挙句気絶させられギルドに四ヶ月間謹慎処分を受けたボガートにとって女にそれも新人にやられたということは何よりも耐え難いことであり、そして人じゃない怪物にさえこき下ろすように使われることは彼の精神状態をさらに逆撫でしていた。
今の自分ではあの女を満たすことはできない。なので贔屓にしている奴隷商に連絡する。
うまくいけばスケープゴートにできるだろう。そして、稼いだらトンズラするつもりだった。いや、贔屓にしている奴隷商の稼ぎを簒奪してもいいなと考えているほどに彼の心は腐っている。
彼は世の中に何も利益をもたらさないだろう。
「兄貴、とっととトンズラこかないと嗅ぎつかれてしまうッス。」
「ああ、そうだな。クラトンの奴と合流するぞ、早い所ここを出るぜ。」




