Chapter6-2
孤児院の依頼を受けて二日めの朝。
早く起きてしまったために久し振りに瞑想をしようとエストレアは近くの設置された岩の上に座り足を組んでいわゆる座禅の形をとる。
手は組まない、手は膝に添えるだけ。
「明鏡止水、水面に心あり。‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
その時、エストレアはその場の空気と同期した。風と魔力の流れ、行き交う人々の足音、時々肩に乗ってくる小鳥や猫、あるいは感情でさえ聞き取れる。
風の流れが時を知らせる。
エストレアは前世における一週間の七日間のうち2日はこうして禅を組んでいた。
今世では王宮剣術前と後で人知れずに、現在はまともにやれていなかった。
禅を解くと、空気の時間が動き出したのか小鳥や猫はそそくさと何処かに行ってしまう。
「やれやれ、まだまだ未熟だな。この程度で心を乱すとは。修行をやり直すか‥‥‥」
嘆息すると、今度は無空へ向かって構えを取る。
瞑想が終わると必ずやっている鍛錬だ。無天の法とも、虚水の法とも言う。肉体と、空気の流れを同一にして流水とも違う微細な気の流れに乗ることが重要である。
あくまで自然体を崩さず、芯をずらすことなく型を沿う。それはまるで舞のようで。
人が見ていれば、踊り子の練習か何かと思うだろう。武に精通した達人であればより精錬された形稽古と捉えるだろう。
「なあなあ、お姉さん。それかっこいいな、教えてよ。」
「ん?カリル君か?」
しかし、型稽古も唐突な客人により終わりを迎える。木の棒を担いで所々泥だらけの男の子。昨日、マリーの下着を覗き見しただけではなく、エストレアのも見ようとした不埒者もとい元気すぎる男子。
まだ日は上りきってはおらず薄暗いと言うのにこの子は起きていたというのか。
カリルの体は泥だらけではあるものの目立った傷はなく、こうして相対していても重心の位置はブレていない。
「こんな朝早くから鍛錬でもしていたのか?」
「ああ。俺はさ、騎士になりたいんだよ。だから、みんなより早く起きて鍛錬してたんだ。」
なんと。彼は騎士を目指しているときた。体つきも年齢にしては引き締まっているし、昨日の鬼ごっこの際に気づけたとはいえエストレアの背後を取れたことから能力は高いことは見抜いてはいたが………。
「ふふ、騎士ということは竜蘭騎士団にでも入るのか?」
「いや?そうじゃねえ。お偉方の護衛ばっかの騎士団なんてゴメンだ。理想なのはベル・クラウディアの錬血騎士団みたいな騎士団を作り上げることだ!!」
「ぷ、あはははははははははははっ!!!レオの率いる竜蘭騎士団をそう評価したか!でも、その夢は遠いぞ?」
「わ、笑うなし!」
練血騎士団。
それは、隣国にある二分化した帝国のうちの一つ、ベル・クラウディア帝国が保有する世界最強と名高い騎馬軍団。リスペリアン神聖国の太陽騎士団とどちらが強いか、しばしば議論されるほどの実力を持つ。
かつて、養父であるアーノルドがベル・クラウディア帝国と外交した際にアーノルド同伴で使者とその団長とエストレアは会合していた。
確か名はグラム、グラム・オーギュランス。当時の年齢では数え45歳なはずだ。
未だ現役ならば、彼が団長を務めているはず。
逆に、竜蘭騎士団長レオ・ゲオルニウスは白薔薇の団長フローラ・ニルクスとはなんと幼馴染の関係で犬猿の仲。遭遇するたび御前でも平気で喧嘩するため二人が同席することを禁じている。
それでも、個人の実力は高く彼の槍の一突きは重装備の騎馬兵八人の突撃に匹敵し、フローラの踊るような剣は百人以上に及ぶ兵士にかかられても触ることさえ許さず、細剣を持てば刺突一つが十に同時に分裂して敵を穿つ。エストレアは彼らとかつて腕試しとして試合したことがあるがこの世に生まれて初めて勝てないかも、と痛感させられた相手でもある。
なお、これを上回る化け物が、軍務元帥アイアノスで、持てる技量全て使った覚醒前のエストレアが腕一本だけで全部いなされた挙句、延髄に手刀を叩き込まれ気絶させられたのだ。この余波のせいで訓練場が修復不可のダメになってしまい三ヶ月後に新しく出来るまで一般兵達は野外訓練だけ行われた。
それぞれの騎士団の練度は質においては最高峰とも言える。残念なことに質だけであり、数や武器、補給など戦時においての戦闘の経験は皆無。訓練の厳しさもあり即戦力として育てようにも逃げ出す人も多い。
二つの騎士団の長二人とアイアノス元帥がおかしいのであって他の人たちはマトモである。もう一度言う、マトモである。魔法使わずに斬撃をミサイルの様に追尾する剣の訓練や飛行の魔法使わせて上空から落下訓練を受けた兵士だけどマトモだと思う。
「ってあれ?お姉さん、なんで竜蘭騎士団長のこと知っているみたいにいうんだ?」
「知ってるも何も……この国では有名人の一人だろうに。」
「違うって。知人みたいな風にしてたからさ。」
しまった。多分、そんな顔をしていたと思う。どうしたものか、と考えているとこちらに向かって木の棒を投げて渡してきた。
「そんなことよりもさ、お姉さん冒険者で強いんだろ?だったら俺と手合わせしてくれよ。我流じゃどこまで強くなってるかわかんないからさ。」
「私も我流だが………。向けてきたからには相応に加減はするけど、容赦はしないぞ?ついてこれるかな?」
朝日が昇る頃、二人は唐突な手合わせと相成った。
「やあああーーー!!」
カリルの気合い入った声と一緒に棒切れを一閃した。
一閃したのだがーー
「面!」
「へぶっ!?」
エストレアの筋の通った振り下ろしがカリルの脳天に直撃、間抜けな声を出して地面に叩きつけられた。
「い、いったぁ…………。」
「どうした?こんなものか?」
「まだまだぁ!!やああっ!!」
幼げな少年が掛け声とともにもう一度棒を手に躍り掛かる。
「甘い!籠手だ!」
しかし、仕掛けた相手明日に難なく叩き落とされ、トドメとばかりに足払いでバランスを崩されてしまう。
「うあっ!」
少年はバランスを崩されてゴロゴロと茂みに転がっていくがすぐに起き上がり突進を繰り出して来る。
しかし、それも少年の腕を左手で捕まえ、襟を右手で掴むと突進してくる勢いを利用し受け身が取りやすいように加減しながら投げ飛ばす。
「みきゃっ?!」という少し情けない悲鳴が聞こえてくる。
「ほらほら、構えなさい?まだ1分と経ってないぞ?」
「やってやるっての!てやあああっ!!」
エストレアは正眼と呼ばれる現代剣道における基本中の基本の構えでカリルを見据える。
まっすぐ相手に向かって、拳は身体の中心で肩より低い位置。切っ先も中心。直立した構え。
古来より、「真っ向正眼打つ術なし」と言われ相手にとって打ちにくい構えでもある。同時に、真剣で構えられると、刀身が見えなくなるのも切っ先が点に変わるからだ。
対してカリルの構えはドイツ剣術の鋤の構えだろう。後ろ腰の左右どちらかの側に剣を構え、切先を相手の顔に向けているからだ。しかし、その構えでは横薙ぎや下からの逆袈裟に向くが、振り下ろしには向かない。正眼と比べてテンポが一つ多いため。
大きく踏み込んで、八相の構えに近くなり右振り下ろしてくるカリルにエストレアは右方向から下に落として、カリルの体を一回転させた。
切り落としからの合気道の応用で飛びかかる前に戻してやる。
こうしてみるとカリルの構えはてんでバラバラだ。動きは素早く、そこは評価するものの多くやるのが八相、左足を前にして股を広げた半身が多いのだが担いだり、雄牛っぽい構えだったりと定まってない。臨機応変なんだろうが、これでは無駄が多すぎる。
それにかれこれ30分くらい相手しているがもうカリルがへばってきている。交換した棒切れは十を超えている。これ以上は体にも触るだろう、そう判断すると構えているカリルの切っ先を表から巻いていく。え?というカリルの顔が出る頃には彼の握る棒切れは空高く飛んだ後。
ポン、と彼の頭に当ててやると同時に彼の後ろに彼の棒切れがカランカランと落ちてくる。
「今日はこれでおしまい。そろそろ皆が起きてくる頃合いだ。さ、水でも浴びてくるといい。」
未だ何をされたのかわかっておらずポカーンとしていたカリルだがエストレアに言われたことで再起動、かなり興奮した感じに詰め寄ってきた。
「なあなあ、今の何?!どうやるんだ!?」
「今日はおしまいといっただろう?この時間ならシスターも起きている頃だ、彼女たちに洗ってもらいなさい。」
興奮してくっついてくるカリルに興味津々の犬を連想する。彼の首根っこを掴むとちょうど木戸からひとりのシスターが花壇に水をやりに出てきたところに遭遇する。彼女に彼を預けるとエストレアも、お湯を汲んで部屋で汗を拭くのだった。
ちなみにアグニルは寝相が悪い上にあられもない格好になっていた。あまりにも目に当てられない状態だったため掛け布団含めて直したのは余談である。
●●●
「えーと、レモナイハーブは……これか。それとコークレックとパスタ、ブラックペッパー、鶏肉……こんなところか。店主、会計頼む。」
現在、エストレアは買い出しの最中。今日のお昼の分と夕食の分、さらに明日の朝の分の食材の買い出しに出かけていた。出かけるまで、カリルに巻き技の秘密を教えてくれ、とせがまれ続けアグニルに押し付けたのがつい先ほど。
「あいよ、全部しめて銀貨1枚、銅貨30枚だ。」
「わかった。む?買ってない品が入っているのだが………。」
受け取った籠には林檎や、瓜、南瓜……エストレアが買ってないものがいくつか入っている。こんなものは買ってないのないのだが………。
「そいつぁ、サービスだ。ねーちゃん別嬪だからな、おまけしてやらあ。」
「それは、照れるじゃないか。ありがたく貰っておこう。今後も何かあれば贔屓にするかもしれないな。」
「おう、寄ってけ、寄ってk……母ちゃん?!」
「あんた、ちょっと奥でお話ししようじゃないか」
「待ってくれよ、買う人いるかもしれないじゃないk」」
「今日は店仕舞いだよ。さあ、たっぷり話し合おうじゃないか。」
「や、やだ、やだ、あ、ア、アーーーッ!!!!」
売ってくれていたおじさんの奥さんが奥から出てきていい笑顔でおじさんを連行していった。
暖簾を回収して、他の人たちに笑顔を向けるとそのまま奥へ消えていく。なお、暴れるおじさんを脇に抱えて帰る様はエストレアにとって圧巻だった。
パワーオブジャスティス。現世に比べると神話寄りの世界、そんな世界にエストレアはいた。
そして、今のやり取りを見なかったことにした。
あの後、エストレアは食材のほか衣服やアクセサリーなどを購入していた。子供達は何も遊ぶだけが取り柄じゃない。孤児院にいる以上、卒院後に無事職業等つけるように勉学に励まなくてはならない。
アクセサリーや衣服は女子達用に、木工は男子達に。
今日明日は職人を呼んで工芸品を作る様なのだ。作るものは選べるらしく、そのために必要なものをこうして購入するよう院長から言われていた。
大通りを歩くたびに売り出しの声が飛び交う。
「さあー、らっしゃいらっしゃい!!採れたてな野菜ダァ!ウチの畑から採ってきたから鮮度は最高だぞ!!」
「アクセサリーどうだい!?奥さんに、旦那さんにたまには贅沢なプレゼントを贈らないか?!」
「さあー、さあー!!焼きたての串焼きだよ、今なら銀貨1枚銅貨三枚だよ!」
「今日みたいな日にゃ、ウチの酒が美味いぞ!寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!!」
昼頃になるとこの街は熱気に包まれ、さながら縁日の屋台みたいな盛り上がりがこうして毎日ある。
重たい木材を担いで歩く人は通行人に当たらない様に巧みに動き、馬車が来れば事前に衛兵が先導して交通整理みたいに動く。
季節は既に初夏間近。照りつける日差しは日増しに暑くなりそろそろ肌の心配が近くなる。
夏といえば、家族と一緒に領内にある避暑地のビーチ付きの別荘で寝泊りをしたことがあった。その時は、貴族内で親しくしていたとある侯爵家の令嬢と海で遊んだ記憶があったが………彼女は今どうしているだろうか。
なにかと思い出そうとすれば頭が痛くなるので何があったのか全く思い出せないのがもどかしい。そも名前さえもどうだっか………。
「いかんいかん、早く戻らないと。食材がダメになったらマズイ。」
カンカンに晴れた空の下、いつまでも日差しの下にいたら買ったばかりとはいえ食材がダメになってしまう。そうなる前に孤児院に戻り昼食を作らなければ。
「………い、おい!!馬車が通るぞ!!」
「え、あ!、?なんだ、あっちか………って危ない!」
ガラガラガラ…………!と車輪の転がる音が響き、自分のことかと周囲を見ればエストレアの後方、花籠を持った子が道を渡ろうとしている最中で馬車が接近しておりその真ん中で立ちすくんでしまった。
馬車とは呼んで字のごとく、馬に牽引された車でこの世界の外見はクーペに近く、四人乗りの有蓋馬車が主流。そのためにそれなりに大きく、また自動車と同じく急停止が出来ない。
御者が手綱を引き停止させようとするが自動車と同じですぐには止まらないし、何より台を引いているのは馬であり、生き物だ。
誰だって、急に動けなど出来もしないことをしたくはない。それは馬とて同じこと。するとどうなるか。
『『ヒヒーン!!』』
二頭の馬は暴れる。おまけに今も車輪は止まることなく、逆に暴れたことで回転が上がってしまった。
花籠を持った子に今にも迫らんとした時、エストレアは動いている。買い物袋を捨ててその子を抱えて跳躍し、距離を置いて離してやると「大丈夫か?」と声をかけてやる。少々怯えた顔をしていたが問題なくコク、と頷いたので大丈夫だろう。
咄嗟のことだったので、抱き抱えた際花籠からいくつか花が飛び散ってしまった。あれでは無事なものは一握りだろう。ほとんど馬に踏まれてしまって商品としては使えない。
馬車の方は馬車の方でかなり混乱している。なにせ、普通の商業用馬車ではなく豪華絢爛な、それこそシンデレラを乗せた魔法の馬車のような『貴族が乗るような』馬車だったからだ。
エストレアは、なお混乱して暴れる馬と御者席に近づくと既に投げ出されて介抱された御者を一目に御者席に座る。二頭いるので少々厳しいが、それでもこれ以上は被害は出せない。既に、一部店舗に触れて傷ついているからだ。
「ホウ、ホウ、ホウ」
引っ張れないよう、注意して軽く引き止めつつ一頭ずつ宥めて落ち着かせる。
「よし、よーし、いい子だ。静かに、ね?」
馬車にしろ、騎馬にしろ馬を扱う上で暴れようとする、あるいは何かに興味を惹かれた、嫌がるものを見た馬をなだめる時に痛みを与えてはいけない。嫌なものがあればそっちにはいかない、興味があるものはなるべく行かせてやる。
無理やり従わせるのは三流だ。
「ホウ、ホウ、ホウ」
どうやら幾分静かになったようでブルル、頭を軽く振ってようやく止まった。大通りとはいえ、壊れた店に関しては後で衛兵の屯所に行って説明する羽目になるだろう。
御者席から降りると、中にいた人が外の騒ぎが収まったのを知ってか、出てきた。
先ずは、白髪の少し歳をとった執事風の男性。それに続いてモノクルをつけた目つきが鋭い男性、というかエストレアにとっては知らない人ではなく。
(マグス、マグス・オルステッド侯爵自身が乗っていた馬車だったのか。)
「君かい?騒ぎを収めてくれたのは。」
そうだ、といえばオルステッド侯爵は柔らかな笑みを浮かべて手を差し出してきた。エストレアも同じように手を差し出すとありがとうといい握手をしてくる。
「すまないね、そこの兵士。隊長には、破壊した店舗には僕オルステッドがあとでまとめて払おう。」
それに、というと花売りの子に近づいてダメにしてしまった花もまとめて支払うと言う。が、肝心の花売りの子は何を言っているのか分からず、貴族が迫ってきて軽いパニックになっているようだった。
オルステッド侯爵マグスは散らばり、踏んづけられた花を集めると最初に出てきた執事風の男に手渡し何やら指示を与えている。軽く頷いた執事風の男性は大通りを歩いて去っていく。おそらく補填させるためにお使いに行かせたのだろう。まあ、使用人のようだから感覚としては普通だろう。
「お父様?いつまで外にいらっしゃるのかしら?
ーーーーっ!?」
不意に聞こえたのは馬車の方から。どうやら、まだ人が乗っていたみたいで発言からすれば父親のマグスが戻ってこないので顔を出したようだ。
そして、目があった。金糸を思わせる柔らかな髪、アイスブルーの瞳にフリル満載の白ゴシック風ドレス。
何より、特徴的なのは右目下にある泣き黒子。身長は146cmほど。成長ぶりはまだ分からない。そして、唐突にエストレアの頭を襲う頭痛。
「…………ぇさま?」
ようやく思い出した。彼女は、そしてマグスがいるならば彼女だっているはずだ。何故、今まで頭に出てこなかったのだろう。
思考している間に、この貴族の娘は感涙に身を震わせ軽い助走、そして体格とは思えないほどの大跳躍その距離なんと5メートル高さ3メートルの跳躍。
「おねえさまああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
「ぐえ!?」
少女にあるまじき声を出しエストレアは尻餅をついてしまう。その間にもエストレアをお姉様と呼ぶ少女は未だエストレアのお腹や胸元をグリグリと小動物みたいに押し付けている。
「ジェ、ジェシカ…………!?」
「お会いしとうございました!エストレアお姉様!!!」
彼女の名はジェシカ、ジェシカ・オルステッド。齢12歳。そして、エストレアに恋する淑女である。
新キャラ登場。リメイク前ではもっと後に出る予定の人物でした。
エストレアに次ぐ設定に凝ったキャラで少しだけ濃いキャラになるよう頑張ります。




