Chapter6-1
三週間ぶり。間を空けてしまいごめんなさい。
「お姉ちゃん、あしょぼーー!」
「お姉さん、僕らと遊ぶんだもんね!」
「ぐす、お姉ちゃんいっちゃやだぁ………。」
「こらこら、裾を引っ張っちゃダメだぞ。ああ、マリー泣くな、遊んであげるから。じゃあ…………何しようか。『鬼ごっこ』でもするか。」
「「「鬼ごっこ?」」」
「じゃあ私が十数えるからみんな逃げるんだよ。 」
ーーいーち、にーぃ……
わーい!という幼い子供達の声が孤児院のあちこちに散らばり、この施設の中庭にある樹齢150年になるブドウらしき木の下でエストレアが子供達と戯れるべく逃げられる距離になる速さで数を10まで数える。
聴覚から感じる足音から子供達の活発さがよくわかるというものだ。
ーーさーん、しーぃ………
エストレアは子供が好きだ。振り回されることもあるが何より庇護欲が掻き立てられる。いずれ夫となる人を迎えることになるのはエストレアも女なのだから当たり前だ。つい最近まで社交場の華と言われた時期もあり二分した二つの帝国の皇子から隣国の王子、公家の貴族からも政略結婚の意味合いもあったかもしれないが打診があったくらいだ。
いずれ、そうなることは分かっている。
彼女、エストレアが恋人を手に入れるのはまだまだ先の話である。
ーーきゅーう、じゅう
「さて、みんなどこかな?」
ーーぎゅっ
追いかけようと動く前に裾を掴む感触。見れば、さっき泣きかけていたマリーが潤んだサファイアの瞳で上目遣いでこちらを見ていた。
「どうした?逃げないのか?」
「お姉ちゃんと一緒……。」
どうやら、この子は一緒でないと嫌らしい。ポンポンと頭を撫でてやるとくすぐったいのか少しクスッと笑う。
「じゃあ、私とみんなを捕まえに行こうか。今日一日楽しもうな。」
「うん!」
一方で、中の食堂ではアグニルと一部の年少組女子と一緒に午後のおやつ作りだった。
院長である、この前訪れた初老の女性がニコニコを見守り、若手のシスター二人がおぼついた手つきながら材料をこねている。
「みんなーー!お菓子焼けたわよーー!!」
「わーい、おやつだーー!!」
「ルルの、ルルの取ってーー!」
「おい、俺が一番だぞ。」
「なによ、勝手なこと言わないで!」
「せめて、手を洗ってきてよね!?」
「はいはい、喧嘩しないの。クレル、お菓子は一人一つよ、ごめんねルル、しゃがまないとダメだったよね。」
「メ、ですよ。ちゃんと順番を守りましょうね?」
「「「はい、ごめんなさい……」」」
小さな、いつもならパンを焼くのに使うモルタル製の窯から薄茶色の小さな円盤が所狭しと並び練りこんだレモンの香りが食欲をそそる。
出来上がったお菓子、クッキーを固唾を飲んで待ち構えていたこの場の男幼児たちが一斉に集まってくる。
そこに対抗してきたのがお菓子を作っていた女の子たち。丹精込めたお菓子を待ちきれないのはこっちも同じなようでちょっとした喧嘩になりつつある。
無論、二人のシスターに諭されて双方とも矛を収めた。教育の賜物なのか、ちゃんと躾が行き届いているようでこの子達の今後が楽しみでもある。
今はもう戻ることはないが、領内にあるエストレアの私室に置かれた複式簿記や、算盤など与えるなどの工夫した教育をすれば士官だって夢ではない。
エストレアが、複式簿記などを作った経緯はまた後日ーー。
●●●
何はともあれ、今エストレア達がここにいるのは以前上位竜が出現する前に孤児院の依頼を受けていたことを覚えているだろうか。
依頼を受けて出発する矢先に上位竜が進行して来たことでギルドクエストが発生、強制的にこの依頼はなかったことになった。
上位竜を討伐し、後片付けの半月間の依頼を終えて一週間経ったある日のこと。ギルドクエストの褒賞の日で、既に自分を除く竜殺し達は褒賞を受け取って後はエストレアのみとなった。
連れてこられたのはこの前の一室ではなく、客人を招くための部屋で豪華絢爛として輝いていた。
何処にこんな予算があったのかと養子とはいえ執政者の娘として気になったが。
正面を見れば、かなり立派な杉の木を使った執務テーブルがあり、この部屋の主人と思わしき人がいる、のだが。
率直にいえば、サイズが合ってない。
さらに言えば、幼い少女がいる。時節ピコピコを動く黒い狐耳が愛くるしい。少女という点では自分も変わらないが、あれではよくて小学三年生といったところだ。
しかし、目の前の執務テーブルの上には役職を表すプレートが置いてあり、そこには『城塞都市シェアト冒険者ギルド本部 統制長』とある。
つまり、目の前の少女がここウルマトのギルドマスターということなのだろう。
少女はエストレアの視線に気づくとふっ、と笑みをこぼした。
「来たな、ようこそ。私がここギルドのマスター、ルディナ・カシフォルダ・ネルク。長いのでルディナギルド長と呼べ。こうして面と向き合うのは初めてだな。Fランク冒険者、エレン。相違ないか?」
「‥‥‥。相違はない。」
確認のつもりで聞いているのだが、言葉通りの威厳さが全く伝わってこない。寧ろ違和感しか感じないのだ。それと、上位竜出撃の際一番に大砲の弾として撃ち出されたこともあり隙あらばぶん殴りたい気持ちにもなる。
「む、なんださっきからこっちをジロジロみおって。それとどこかそこはかとなく哀愁と恨みが漂うのだが何を思うているのかはっきり申せ。『ギルド長、話が脱線しかけています。』む、仕方あるまい‥‥‥。」
秘書と思わしき女性がルディナギルド長を諭している。かなり、優秀な人なのだろう。因みに名札からエーデというらしい。
「ごほん、さてこうして呼び出したのはな、先ずは昇格の件だ。エルザから聞いていたかもしれんが、過程はどうあれお前は上位竜、それも真紅を倒したのだ。その功績で、ウルマトの領主館で言った通りギルド貢献ポイントが溢れてしまってな。よって余剰分を計算したところ、2段階昇格が決まった。更に難易度が上がった依頼が受けることが出来るぞ。」
良かったな。と言われ嬉しくないと言われれば嘘になる。するとギルド長はパチンと指を鳴らすと秘書の女性がお盆に乗せられた少し縁が豪華になった銅色プレートを持ってくる。
「これがDランクの証明になりますギルドカードです。これからも、ギルドでの奮闘を期待しています。」
エストレアは持っているギルドカードを秘書が持ってきたギルドカードと交換する。短時間で躍進したことで少しだけ心が浮かれてくるのは罪ではないはずである。
さらに秘書は麻袋に包まれたジャラジャラ音がするものを持ってきた。音からして金貨数十枚、銀貨沢山。
「此方が上位竜討伐による報奨金です。ただ、規則によりいくつかは此方で税として貰っていますので実際よりは少ないのはご了承ください。」
受け取った袋はずっしりと重い。そもそも上位竜だけでも討伐は困難を極める上に最上位に位置する白の次に強いとされる真紅の上位竜を倒したのだから、これぐらいは当たり前だろうか?
「立ち話はなんですし、お互い席に座ったらどうでしょうか?」
「やはり、出来る秘書だな。『ギルド長が気が利かないだけでは?』‥‥‥‥ぐっ!」
立場が弱いらしい。
席に着くと秘書は水が注がれたグラスをテーブルに置く。エストレアは喉が渇いていたので、ギルド長が飲んだのを見てから口を近づけた。
「さて、二段階昇格となったところで貴様には新たな義務が生じることになる。正確に言えば、初級である最下位ランク帯から中級に片足入れたようなものだが。どんなものかというとーー」
ルディナギルド長いわく、週に一度五日間分のギルド貢献ポイントの獲得ノルマを設定して約80%達しなくてはならないらしい。
更に、仮に今のパーティーを抜けて新しくパーティーを設立した場合、冒険者を一人迎えるたび維持税を払うこと。パーティーを設立する条件がDランク以降であるためだ。
こんなところが新たに加えられた冒険者としての義務で、詳しい概要は今手渡された羊皮紙に書いてある。
いろんなケースに対して対応できるように事細かく説明が書かれてあり、流し読みではあるがある程度は把握した。
「納得したようだな、では退出しろ。この後も予定が詰まっている。」
「了解した。それとギルド長。」
なんだ、と言う前にテーブルに向けて拳を振り下ろし拳の形のままにくり抜いていく。
「この前に私にしたことの些細な仕返しです。」
自然体で立ち上がるエストレアは特に咎められる訳でもなくギルド長の部屋を退室した。
退室してからしばらくしてからギルド長の部屋から
「もう嫌よ!こんな役回り!!秘書、私と変わって!」という言葉が聞こえた。クスッと笑いが溢れるほどあの部屋の主人は見栄を張っていたようだ。
少しだけ、胸が軽くなった気がしたのは気のせいではあるまい。
「あ、終わったんだね。さっきここくる前にアグニルが呼んで探していたから行ってみるといいかも。アグニルは多分、広場じゃないかな。」
部屋を出て、階段を降り冒険者ギルドのホールに来たエストレアは青い髪をしたアンナに出迎えられた。
アンナは、エストレアにアグニルが呼んでいると伝えると側で酒を飲んでいたジッドの方へ向かっていった。
それを見た後、エストレアは冒険者ギルドの門をくぐり外の広場向けて歩き出していく。
「来たわね、エレンさん。立ち話もなんだからそこのベンチに座りましょう。」
目的の人物にはすぐ出会えた。何より特徴的な兎耳は間違いようもないだろう。ベンチに座るとエストレアはアグニルに問いかける。
「アグニル、私を呼んでいたってアンナから聞いたのだが………。」
「ええ、そうね。はい、これを渡したかったの。」
ぴら、と羊皮紙を手渡すと受け取り書かれている文字を読んでいく。書かれていることはこういうことだ。
ーー【依頼】孤児院の臨時職員『2名のみ』
『:いつもお世話になっております。此度はうちの孤児院に勤めている職員2名が風邪を引き安静状態なためにこの依頼を発注しました。
報酬は、銀貨15枚銅貨60枚。正規の職員が戻ってくるまでを期間とします。孤児院は人手不足なために急遽このような形でお願いしに参りました。』ーー
場所は、上位竜を討伐する前にアグニルと一緒に訪れた孤児院らしくそこから発注された依頼だという。張り出されたのは今日の朝。掲示板に張り出された依頼を見てすぐに依頼書を確保しこうしてエストレアに持ちかけて来たわけだ。
「これって………」
「そ、この前ギルドクエストが発注する前に受けようとしていた依頼がパーになったでしょ?それが原因でね、無茶して二人とも風邪引いちゃったらしくてね。今朝、院長がギルドに来て張り出していたのよ。それを私が確保したの。つまりねーーー
依頼、仕切り直しましょう。」
これのやり取りの後冒頭に戻る。やはり、いつになっても子供達というのは元気の塊であり少しだけ羨ましいと思う。前世の時代からいえばエストレアも年齢的にはまだ子供、思春期に入ろうとする前の子供であるが、そこは言わぬが花であろう。
●●●
「さーて、みんなどこにいるかな〜?」
大人げもなく、吸血鬼の能力使って逃げた子供達の痕跡をたどっていく。
後ろには裾を掴みながら必死についてくるマリーがいて時々こちらを見上げてくるが目を合わせるとすぐ目をそらしてしまう。
そんないじらしい仕草に思わず苦笑すると右方向から足音が聞こえる。隠れていたのか、こちらを伺っていたのか分からないが枝でも踏んだのだろう、バッチリ聴覚は捕らえた。
さらに、この先に何人かいるのか気配が集まっている。息を殺して物陰にでもいるのだろうか。
「はい、みーつけた。オスカル君とディリオ君?」
「「わ、見つかった!?」」
藪の中で体を丸めて手には偽装用の葉付きの枝をまとめたもので逃れようとしていたみたいだ。
「じゃあ、二人も鬼に見つかったからね。二人も鬼役だ。みんなを探そうか。」
「いいぜ、やろうやろう!」
「俺が全員捕まえてやるぜ!」
頼もしい限り。かと思えばそのまま二人は駆け出してまもなく視界から消えてしまう。後にはエストレアとマリーの二人だけ。
「あちゃー、まあいいか。次、行ってみようか?」
「うん。」
その後、男子二人が鬼役に加わったためかあっという間にほとんど捕まえることに。けれど、最後の一人がどうしても見つからずーー。
最後の子はカリルという男の子で孤児院にいる子の中で一番足が速いそうなのだ。聞けば、音を置き去りにして走れるとか。どんな速さなのか。人をやめてはいないだろうか?
それともう一つあるそうなのだがーーー
「お、マリーのは白の綿か。色気ねえな。」
「え、あ、きゃあ!?」
バサッ、と音と元にマリーのワンピースを捲り上げ中の下着を除く男の子。
マリーは可愛らしい声を出してペタンと座り込んでしまう。
下手人は既におらず、捕まり鬼役になった子たちでさえ見つからない、追いかけられない。
気配を辿れば今度の矛先はエストレアに向けられたのか動きやすい格好をしているエストレアのズボンを降ろそうとする下手人。
ガッと雷より早く下手人の頭を鷲掴み顔の近くまで持っていく。
エストレアのこめかみがひきつり、いい笑顔で鷲掴みの力を万力のように冷めていく。やりすぎるとざくろのように消し飛ぶので1割にも満たないが。
「カーリールー?ダメだろう?女の子の秘密をこじ開けるようなことをしては。」
「い、痛い、痛い!!わかったわかったってばぁ!!離してくれよ!!」
「まずはごめんなさいだろう?はしゃぐのはいいが羽目を外しすぎるのはダメだぞ?」
パッと離すとカリル君は尻餅つくように落ち、するゆっくり立つとは埃を取りマリーの方に向くと若干顔を赤らめ舌を出してアッカンベーの仕草をしてその場を離れてしまう。
やれやれ、と嘆息するエストレア。素直じゃないなぁと心から思うのだった。
この頃には既に太陽は真上にあり孤児院に備え付けられている鐘がお昼を告げる。
エストレアは、昼食にしようと子供達を呼ぶと彼らの先頭に立って孤児院の中に入っていく。
そこからは子供たちは昼食を食べて昼寝を二時間、そのあとはまた好きなように遊ぶべく外へ元気に飛び出していくのだった。
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ーーー
ーー
ー
「お疲れ様、今日は大変でしたね。」
コトッと置かれた二人分のシナモンティー。時刻は夜、子供達が寝静まった時間に院長室を訪れたエストレアとアグニルの二人は差し出されたシナモンティーの香りを楽しみつつ飲み込む。
「前、依頼受けた時ギルドクエストが発注されたから来れなかったけどやっぱここはいいわ。引退したらここ就職しようかな………。」
「流石に引退は早いと思うが。けど、かなり充実した一日であったと思う。」
「そう言ってくれるとありがたいわ。ここ経営してから20年立つけど………ここを出た子たちは誰もが夢を成功させたって聞いているの。戻ってきて報告してくれる子もいれば、遠い国へ行ってしまった子もいる。いずれあの子たちもここを出て夢を追いかけるのでしょうね………。」
寂しいか、と聞けば寂しいと言う。孤児院とは身寄りのない子供や、捨て子、元奴隷の子など、闇を感じさせる一部分を情操教育、道徳を学ばせて世に送り出してもいい人材に育てる教育機関の一つ。
シェートリンド王国の識字率は現代と比べてやや少ない程度であり、それなりに高いレベルを持つ。貴族はもちろん、商人やギルドの職員、大都市となれば市民も文字を書けるくらいには。
確か、クワイエット領の領館勤めの人たちの中にはここではない孤児院出身の人がいた。
思い出しつつ、会話に弾み、カップを啜っているうちに深夜を告げる鐘が遠くから聞こえてくる。
「あら、もうこんな時間なのね。二人とも、今日は休みなさい。明日か明後日には戻ってくると思うから、それまでお願いね。」
退出したあと、二階にある職員用の部屋に入ると二段ベッドに二人して就寝の準備に入った。
照明を落としてやれば、外から三日月の光が差し込み二人を照らす。
「エレンさん、おやすみ。」
「ああ、おやすみ。」
明日も普通に過ごせますように、と祈りながらその瞼を閉じて意識を沈めたのだった。




