chapter5-1
「やぁっと、いや案外早く出てきたか。なあ、上位竜さんよぉ。」
帯電する大剣を片手に、少女は勇ましく空を見上げ吠える。
空は雲が多いが、晴れておりかすかに吹く風が頬を撫でる。
「ネロ、構えな。相手は上位竜の真紅だ。気をぬくとやられる。」
「わぁーってるっての、フレニア。じゃあ、挨拶がわりにーーー受け取りな!!!」
ネロの持つ剣が螺旋状の雷を帯び、その熱で周囲に焦げる匂いが空気中に広がる。
刀身そのものが魔力を帯び雷となった時高らかに彼女は吠えた。
「『神名雷槌・雷獣咆哮』!!!!さあ、果てまで吹っ飛ばなァァァァッッッ!!!」
天にまで届く光の柱、雲をも吹き飛ばし周囲には雷を伴う衝撃波を放つ。
魔剣ズツァニッグ。今は二分して争ってはいるがかつては神聖国と同格と言われた大国を収めた大帝バモレッドを脅かした古竜ズツァニッグの中から出てきたと伝わる魔剣。神の形容詞、雷を支配する古竜ズツァニッグを体現するように今、その力を振るう。
「ち、やっぱ躱されるか。というより、余波は受けてるはずなのにダメージねぇとか………魔力に対する耐性高すぎだろ。」
肩に大剣を乗せて、ため息ひとつ。周囲の視界が晴れる頃には、赤い鱗を持つ上位竜は先の一撃など意を介さないようだ。
本来なら、上位竜以上とされる魔族の一つ古竜の剣は担い手が人である彼女である故に全力を出せた試しがない。故にこの結果だ。
一撃を受けてもなお、一瞥するだけで反撃しない。いや、反撃などする必要のないことにネロはどうしても遣る瀬無い気持ちになる。
「兄貴はいねえから魔剣の残存魔力でどこまでいけるかなぁ……。『ネロ、前を見ろ!』わぁーってるわ!『碧雷よ』!!」
魔剣を横一閃に振るい、迫り来る爪の攻撃を相殺。更に雷撃による衝撃波によって牽制を図る。
が、魔力に対して耐性が高い、ということを先ほど言った通り。
牽制だけ、するだけだったのが災いし爪と翼による風圧で大きく仰け反ってしまう。
「ばっーー!ネロ!!」
「しまっ!」
「『守りの壁よ』!!」
次いで迫る尾の追撃、それはもう一人ここにいた人物により防がれる。
青白い、透明感ある光の膜。それが、上位竜・真紅の追撃を防いでいる。
手にタリスマンを握りしめた修道女。リム・カタールによる援護だ。
「大丈夫?無茶はダメよ?」
「バカ!ここで、抱きつこうとするな!!前、前!!」
両手を広げて、ネロをハグせんと迫る。同じ女とは思えない巨大な胸に自分の慎ましい体と比較する。が、それ以前に羨ましいよりなんというかその前に凶器である。
コントのようなやり取りをしながら意識は常に空の上。制空権を握られて迂闊に動けない。
ネロはただ既に伝わっているであろう情報から仲間が今か今かと待ち望んでいた。
「早くしろよ、作戦の意味なくなるだろ…………。」
●●●
駆け抜ける。
魔物たちの進行方向は南門なためエストレア達がいた兵舎からは少しだけ距離がある。
「行くぞ、エンチャント。『軽い羽根の歩み』」
それを考慮してか、今戦場にいるであろうネロの兄に当たるレンヤ・ジウスティアは杖を振り全員の走るスピードを底上げする魔法をかけた。
「おお、サンキュ!」
「少しでも、早い方がいいからな。」
『軽い羽根の歩み』
元々は重いものを持ち上げるために軽くするべく編み出された簡易的な魔法であった。
が、これが人間にも行使する可能とすることが分かると大魔法使いズオーは移動手段として活用された。
例えるとするならばスプリングだろうか。一歩進むと次の一歩は通常の一歩よりおおよそ五歩、六歩分になる。それにかかわらず、肉体には一切影響が出ない。
これはある意味、特別な状況下において有利に運べるものだ。
例えば、奇襲を前提とした暗殺、強襲。瞬時に間合いを運べるというのは脅威であり魅力的だ。
例えば、逃げる敵に対しての追撃。遠距離武器を持たない場合、大いに追撃が可能なはずだ。
例えば、伝令を届ける時。一刻を争うならばあるに越したことはないだろう。
思考しながら、オルスト達について行くエストレア。既に大通りを過ぎ中央広場について南門に通じる大通りに出ようとしたが。
「マジかよ、もう侵入してら………」
ネロの魔剣により大多数倒されたはずだが、ネロ達が上位竜との戦闘開始により倒されていなかった魔物達が常備軍の兵士、騎士と戦闘し何体かが街中に侵入しつつある。
予定より幾分早いためここで倒さないといけないのだが。
「どうする、新米。」
「蹴散らそう、オルスト殿。それと、一応エレンだ。新米なのは事実だが。」
顔を見合わせ、朗らかに笑い魔物達を見据え同士である彼にお願いする。
「決まりだ。行くぞ、バイド切り込み頼む!」
「おう!」
オルストは矢筒から矢を取り出すと弓に番えてさらに詠唱を唱え始めた。彼に従う精霊も心なしか張り切っているように見える。
「契約せし我が森の精霊よ、我が矢に必中の加護を与え給え。風の力をこの矢に授け給え。
『風よ螺旋となりて穿て(ヴィクラ・ウィンドブラフマー)』!!!」
風を纏った矢は文字通り螺旋を描きゴブリンなどのモンスターを巻き込みながら単眼巨人を吹き飛ばす。
無論、先陣を切ったバイドには当たらないように配慮しながら天性の弓の才を発揮する。
一矢放つごとに、魔物達が風穴を開けて倒れる。それを見ていたエストレアは屋根を伝って、かの義経公が行なったという八艘飛びを持って上からの奇襲で魔物を屠って行く。
「凄まじい………。彼を買っていた私に狂いはなかったな。」
何がすごいかといえば弓の技量もあるがその視野の広さだ。空を飛ぶ鷹のごとき目の広さは弓兵であれば必須でありなかなか恵まれない才でもある。
「バイド殿も、ニアス殿も素晴らしい。囲まれても、焼き払えばいい。そして、背後からクレイモアを一刺しか。」
元々既に市民はいないのだし範囲魔法を使っても問題ない。修復の魔法もこの世にあるのだから、お手の物だ。
バイドのバックスタブの技量はなかなかの物。
「気配……かな?あれは。おっと、囲まれたか。」
周りに気を取られている隙にどうやら、囲まれていたらしい。狼型が三体、ゴブリンが六体に鳥類型が二体。
なかなかにーーー滾る。
「げ、あいつ囲まれたか!」
視野の広いオルストは少し離れた場所の屋根の上で魔物達に囲まれているのを見て矢をつがえ援護に入ろうとする。しかし、彼の契約する精霊はその必要性は皆無だという。
ーー何する気だ?
そう思っていると、何やら腰を落とし、腰にかけてある鞘を持ち見たこともない構えをとったと思えばーー
「紅流剣術、其は弐の型。円を持って閃と為す。
『雲よ、円の月に隠すべし』」
ーーチンッ、と鞘にゆっくり戻す。その音で遅れて剣閃が半月の軌跡を描いて魔物達を切り裂き血がまるで円を描いて吹き出す。エストレア自身、長剣でよくまあ紅流において日本刀の居合限定の弐型ができたものだと今更ながら感じたのだった。その真髄は、剣の間合い内で囲まれている場合一太刀だと錯覚するほどの早業で制圧させるための人斬りの太刀。
「うお………。」
見えなかった。聞こえた斬撃からして複数なのはわかっていた。しかし、目で捉えたのはたった一度だけの剣閃。
これを見ていたのは、己とおそらくバイドだけ。言うと悪いがジッドは良くも悪くもパーティー戦で光る男だ。決闘などしたことがないと以前言っていたから彼女の技量をとらえることは難しいはずだ。
「オルスト。」
背後から呼び止めたのは妖精族の冒険者ニアスだ。宝石を衒った杖を持ちふわふわ浮いている。
「ニアス?あー、あそこまで展開されると範囲魔法は厳しいか。」
「ん。それより、聞かせて。あの子を見てどんな印象受けた?」
どうと言われても、まだあってそんなにたってない上にこの作戦を通じて意思疎通を図った程度ではなんともいえないのが現状、それでもなんとか第一印象のみ伝えてみることにした。
「ん?えーっとな悪いやつじゃないって感じか?」
「そう。わかった。」
「…………なんだったんだ?おっと、あぶねえ。」
矢をつがえてオルストに近寄っていた魔物を射抜くと、残りの魔物を相当に乗り出した。
●●●
「これでここに入ってきた魔物は全てか。」
少しづつであるが冒険者も集まり、数に対応できるようになる。
魔物の数がようやく減り始め、一段落つくと思われる頃、
ーー厄災は訪れた。
「GAAAAAAAAッッッッッッッッッッ!!!」
鼓膜を破る勢いの咆哮が聞こえてくる。
「な、今のは!!」
「来たか。」
ズンッ!!
離れた南門の外壁に爪を食い込ませこちらを睥睨する存在が今彼らの前に現れた。
筋肉質の四肢、全身の鮮やかな赤銅色の外殻、透き通った翼膜。棘だらけの尾。鋭い眼光に歯並びの良い獰猛な口。
門の外壁から飛び立つと彼らの前にホバリングしながら見下ろしてくる。
全身の毛穴という穴から今にも汗が大量に吹き出るようなプレッシャー。今、うかつに動けば殺される。
「てか、あいつら………!」
先行して向かっていった彼らの安否を確認したいが目の前のそれが許すとは思えない。
「く、うおおおお!!!」
無謀にも、何人かの冒険者、兵士が放たれるプレッシャーから逃れようと逆に切り掛かって行った。
「あんのバカ!」
作戦に支障が出る可能性は否定できないが、それでもーーみすみす殺されるのは納得しない。
矢を放ち、こちらに注意を向ける。無論、生半可な攻撃じゃダメージが入らないのも分かっている。
だから、風を纏わせ念のため風の爆発まで付加してやった。
そして爆発。あたりは砂埃に包まれ周りが見えない。
「やったか?」
誰かが呟く。倒せないが傷くらいは負わせたはずだったーーーー
現実は非情である。
「GAAAAAAAAaaaaaaaッッッッッッッッッッっ!!!」
「やっぱそうなるよなっ!!全員、散れ!!!」
「散開だ、遮蔽物の多い場所へ!!」
耳を塞ぎながら、今いる皆に可能な限り大きな声で伝える。エストレアも屋根の上にいたから突風でバランスを崩されそうになりつつもかろうじて踏ん張っている。
なんとか態勢を整えたエストレアが見たものは傷が一切ない五体満足の竜の姿で他の者達は突風で吹き飛ばされたようで、地面に転がっているのは当たりどころが悪く死んでしまったらしい。
南無三、自分も遮蔽物の多い路地に逃げようと足を出した時ーー視界が真っ暗になった。
太く鋭い荊のような上位竜・真紅の尻尾の棘が彼女の身体を引き裂き、遠心力を持って真っ直ぐに何軒か建物ごと吹き飛ばされ、そして剥がれ落ちた鱗の欠けらがトドメとばかりに放った火球に連鎖的に起爆。エストレアごと巻き込んだ大爆発を引き起こした。
「エレン!!」
どこかで、エストレアを呼ぶ声が聞こえた。
ーーすまない、不覚をとった。
そう、言おうとして意識を手放した。




