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紅の姫は紅煌たる覇道を血で染める  作者: ネコ中佐
第二章 動乱の帝国 ベル・クラウディア
202/204

Chapter Epilogue Ⅲ

お待たせしました!(o^^o)



───俺は初めて、道を見失った。


───心が折れそうな時や挫折を受け入れそうな時だって、こんなふうになることはなかった。


 狭い部屋の中で、クローディンは片隅で膝を抱えて蹲っていた。


 彼の脳裏に浮かぶのは、厄災の中で燃える瓦礫の向こうに消えた怨敵だったはずの男。


 アラン・ブリターニュ・アルフレッド・クラウディア。


 クローディンにとって彼は越えるべき男であり、目標だった。


「ちくしょう………!」


 だというのに。


 目の前で自分を庇って、死んだ。


 燃える炎の向こう、自分を庇い、生きろと背中を押した男の最後をクローディンは今でも受け入れられなかった。


 今でもクローディンの脳裏には、あの男の言葉がリフレインする。


『生きろ、クローディン』


『我が弟、我が好敵手よ。お前がいたから、クラウディアは腐っていても一線は超えなかった』


『胸を張れ、お前は俺の誇りだ』


「俺は、あんたを超えたかったんだぞ……!なのに、なのに………!」



───アイツは満足そうに笑っていやがった。


 クローディンの心中は悔しさと無念で満ちていた。どうしようもない、行き場のない憤りが言葉にすることもできずに溜まっていく。


「クソがぁっ!!!!」



 鈍い音が響く。


 ついに溜まりに溜まった激情が拳となって石壁に叩きつけられる。


 ツー、と垂れる鮮血が、彼の思いとなって流れているようだった。


「お兄様」


その時、背後で静かな声がした。


クローディンの肩がビクリと跳ねる。それはこの国にいるはずのない声。


なにより今、一番見られたくない相手の声。


「……アリス……」


 彼はゆっくり顔を上げた。血まみれの拳を、無意識に体で隠そうとする。

 それは恥を隠そうとする、ちっぽけなプライドだったかもしれない。





◆◇◆◇





「やつれましたね、お兄様」


 アリスは部屋の入り口に立っていた。軍服の裾を強く握りしめ、瞳に痛みと決意を湛えている。


 その視線が、蹲る兄の姿をまっすぐ捉えていた。


「入ってくんな、出てけ。お前はベル・クラウディアの指揮があるだろ」


 それは志を共にした妹を、今のクローディンが抱える現実から遠ざけようと無意識に発した言葉だった。


──だが。


「いいえ、出ていきません」


「……今のあなたを一人にする方が、よほど問題です」


 アリスは静かにそう言って、部屋の奥へ踏み込んだ。


「兄上が死んだとお聞きしました。ジュダからも、その最後まで詳細を話してくださいました」


 言葉を発するアリスは淡々としているが、節々に棘があるように感じられる。


「そして、エストレアに泣きつこうとしたことも」


「な、泣きついてなんかいねえ!」


 強がっているのはアリスから見ても明らかだった。だからこそ、アリスは心を鬼にしないといけなかった。


 志を共にした、その背中を追いかけた敬愛する兄を奮い立たせたいから。


「お兄様。私たちは多くのものを失いました。今日こんにちに至るまでに、私たちの理想でも手放さなければならないものがありました」


「戦争を経て、私はかつての自分を恥じました。理想こそ捨ててはいませんが、箱入り娘だったことを今でも痛感しております」


アリスの声は冷徹なほどに響く。彼女はクローディンの隠した血まみれの拳を、あえて冷たく見つめた。


「お兄様、アラン兄上は私たちにとって打ち倒すべき敵でした。同時に、私たちのしるべでした。兄上亡き今、私たちは決断をしなければなりません」


「何が言いてぇんだよ……」


 クローディンの声にドスが纏い始める。けれど、アリスは正面から受け止める。


「結局、私たちは最後の最後まであの人には敵わなかった。私も知らされた時、憎むことさえできない苛立ちを抱いております」


「私達の国は複雑です。言葉で表すにはとてもとても。いくら私たちが努力しても、アラン兄上がその敏腕を振るっても、帝国という象徴にはなり得ない。『魔剣』は私たちの手にはないのですから」


 クローディンも、アリスも、アランも、そのほかの兄弟達も皇族でありながら、帝国という玉座に座ることはない。


 建国の時より、定められた掟が彼らを縛るのだから。


魔剣不在が長かったが故に、この国は、否ベル・クラウディア帝国とファンテリム帝国という二つの国は同じ国でありながら、分断という長い時の混乱の渦中にあった。


「お兄様、あの方は帝国という枠の中で自らの思想に殉じました」


「………同志として、私はお兄様に問わねばなりません。─────我が同志クローディン・マウハート・ディト・クラウディア第15位皇子!貴方は、これから何を選ぶのですか!!!」


「あの方は、最後まで『自らが信じる帝国』を貫いた!私ですら、眩しいと思うほどに!お兄様はそれを超えたかったのでしょう!ならば私達は背負わなければならない!私たちが信じる理想を、『民が共に手を取り合える平等』を!」


 アリスの叫びは、冷たい石壁に反響し、クローディンの鼓膜を激しく叩いた。


 彼女はクローディンの前に跪くと、彼が隠していた血まみれの拳を強引に引き寄せ、その震える手を自身の両手で包み込んだ。


「アラン兄上は、お兄様に『誇り』だと言ったのでしょう? ならば、その誇りを地にまみれさせることは、お兄様を信じ、追いかけた私が許しません!」


「アリス……お前……っ」


「痛いですか? 悔しいですか!? だったらその痛みも悔しさも、すべてを燃料にして立ち上がりなさい!」


「貴方がここで立ち止まるなら、あの人の死はただの『無駄死に』に成り下がる。そんなことは、妹としても、同志としても、断じて認められません!」


 アリスの瞳から、一筋の涙が溢れ、クローディンの拳に落ちた血を洗うように流れた。


 冷徹に振る舞い、兄を突き放そうとしていた彼女もまた、限界まで張り詰めていたのだ。


 クローディンは、自分を包み込む妹の手の熱さに、ようやく現実に引き戻されたような気がした。


 心なしか、エストレアに叩かれた頬の痛みも和らいだ気がする。


 そうだ、アランは死んだ。


 自分を守って、満足そうに。


 その事実は消えない。けれど、その死によって自分に託された「重み」が、今、アリスの言葉を通じてクローディンの魂に形を与えていく。

 

「お兄様、兄上のお言葉を聞いております『死んでも愚弟と呼ばせるな』と」

 


──あぁ、最後まで敵わねえ。




──その言葉を聞かされたら。





「……勝手なことばっかり、言いやがって……」


 クローディンは絞り出すように呟くと、ゆっくりと立ち上がる。


「アリス、俺たちの理想は結局は綺麗事だ。今の情勢で、俺たちの理想は、『民が平等に取り合える世界』は弱すぎる。それで回るなら苦労はしねえんだよ……!」






──悔しすぎて、地獄まで追いかけてぶん殴りたくなる。




「けどよ」


「確かに、お前の言うとおりだ。エストレアからも逃げるな、と叱咤を受けたばかりだしな。このままじゃ、兄貴に一生勝てないままなのはしゃくだな」


 クローディンは自嘲気味に笑い、空いた方の手で乱暴に自らの顔を拭った。


 涙も、飛び散った汚れも、すべてを塗りつぶすように。


「目が覚めたぜ、アリス。ありがとよ。俺は、俺たちは、原点を思い出せた。綺麗事だろうがなんだろうが、それを現実かたちにするのが俺たちの仕事だ」


 クローディンは、アリスが握っていた自分の手を、今度は力強く握り返し、勢いよく立ち上がった。


 その手はまだ血に汚れ、震えも完全には止まっていないが、そこには迷いよりも重い「覚悟」がクローディンの目に宿っている。


「結局、うだうだ悩んでいたのが一番な浪費だってわけだ」


 朗らかに笑う彼に、もう迷いはない。



◆◇◆◇





「カッコ悪いとこ見せちまったな、アリス」



 クローディンはアリスの肩を軽く叩き、閉じこもった殻だった部屋を後にする。


「んだよ、お前もいたのか。エストレア」


 部屋を出ると少し離れた場所に壁に背を預けて立つエストレアが目に入る。


「頭は冷えたか?」


「ああ、ばっちりな。言葉を武器にする俺としたことが情けねえや」


 互いに軽口を言い合う。そこに昨夜のわだかまりはない。


「そうか。アリスでもダメなら、私がお前を労働枠に押し込んでやろうと思っていた」


「おいてめえ、俺に重労働に回すつもりだったのか。10分待たずにダウンするからな?」


「そこは一日程度は保つぐらいは言って欲しいな」


「無理だ」


 肩をすくませながらエストレアの呆れを断ち切る。無理なものは無理なのだと。


「アリス、いい啖呵だったな。こういう男はな、家族にぶん殴られるのが1番効くんだ」


「あ、いえ、その……」


 思い出したのか、アリスは途端にモジモジし出す。

 

 戦争中は独断で一騎打ちに参加したり、腹芸の立ち回りが上手くなった部分など皇女として成長が見られたが、やはりまだか弱い少女の部分が抜けていない。


「いい顔をしている。はっ倒した甲斐があったな?次は誰もフォローに来てくれないぞ」


「ぬかしやがれ、言われんでも俺は『蟻の王』だ。力はねえが、俺の言葉は世界を動かしてみせるさ」


 その言葉を聞き、エストレアの頬が若干緩んだのだが、それを見抜いたものは誰もいない。


 彼女の緋色の瞳が映し取ったものはきっと不変なものになるのだろうという確信があったのかもしれない。


 もう自分が手を貸すまでもなく、彼らはまっすぐ歩いていけるだろう。大きく回り道しても、途中で挫折しそうになっても、立ち上がれると。


「ここにおったか!」


 そんな雰囲気の中、息を絶え絶えにしながら駆け込んできた人物にエストレアは目を丸くする。


「アンナリーベ?どうした?」


 ファンテリム帝国の第六皇女であるアンナリーベが駆け込んできたことで意気藹々な雰囲気は音を立てて崩れる。


「主要国からの支援が雪崩のように来ておってな!妾では手が足りぬ!力を貸してたもれ!」


 遠くから「姫様ー!」「どこにお隠れに!?」「探せーーー!!」などの声が聞こえてくる。


「やれやれ、休ませてもらえねぇらしい」


「んじゃ、一仕事してくるわ」


 手を振りながら去り行くその背中を追いかけるアリスを眺め、エストレアは腕を組みながら一息をつく。


「やれやれ」


「それで?お前はどうするんだ?」


 クローディン達がいなくなった後、エストレアは視界の隅にいた人物へ視線を向ける。


「ネロ」


 当代の魔剣継承者に品定めをするかのように、緋色の瞳が妖しく輝くのだった。





    





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これからも、この物語を見守ってくださると嬉しいです!

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