Chapter epilogue Ⅱ
お待たせしました(๑╹ω╹๑ )
夜が明けた頃、エストレアたちは今も燻り続ける建物の瓦礫や、止むことのない消火活動への協力に従事していた。
二つの帝国を飲み込まんとした厄災の炎が去った後も貪欲に酸素を求め、黒煙を天へと立ち昇らせている。
地方では今でも流れ出る溶岩の対処に追われているという話もある。
「おーほっほっほっ!!! 私のゴーレムは世界一ィィィッッ!!」
灰が舞う灰色の空の下、高飛車な高笑いが響き渡る。その視線の先では、岩石と金属を継ぎ合わせたような無機質な巨躯たちが、整然とした動きで崩落した大通りの残骸を片付けていた。
「事実だから何も言えんな」
エストレアは、煤で汚れた額を拭いながら呆れたように呟いた。
こういう時、ゴーレムという存在はあまりにも理不尽なまでに便利だ。疲労を知らず、恐怖を抱かず、主の命に従って黙々と死重を運び出すその姿は、まさに自立稼働する魔法そのもの。
人の手では数日がかりとなるであろう瓦礫の撤去や、重機でも太刀打ちできないような巨岩や基礎の残骸等の対処において、これほど頼もしい存在はない。
視界の限りを見渡せば、全高2メートルを超えるゴーレムが百体近く、アリの軍勢のごとく秩序立って作業に従事している。
驚くべきは、これら全ての動力源、および並列処理の演算をジェシカ一人が担っているという事実だ。錬金術師という魔法使いとしての出力、そして精密な制御能力。
(……毎回のことだが、この手においては彼女の上をいく者はそうはいないと確信している)
そのエストレアの内心の感嘆を見透かしたのか、ジェシカは額に汗一つ浮かべることなく、優雅に扇を翻した。
「お望みなら、この倍は出せますわよ? これでもまだ、私の魔力は1割も減っていませんもの」
「やらんでいい」
エストレアは食い気味に釘を刺した。彼女のことだ、その気になれば文字通りゴーレムの津波で街を埋め尽くしかねない。
「やりすぎると救済ではなく、堕落になるぞ。ただでさえ、人々の心に余裕がない。これ以上の『異質さ』を誇示するのは得策ではないぞ」
「あら、相変わらずお硬いことですわね。ですが、お姉様がそうおっしゃるなら、この精鋭たちだけで効率を極限まで引き上げてみせますわ」
ジェシカが指先を軽く踊らせると、ゴーレムたちの動きにさらに鋭い同期が加わる。
崩れた外壁を持ち上げる一団、水を運び出す一団、そして負傷者の捜索にあたる一団。その連携は、一個の巨大な生命体が脈動しているかのようだった。
エストレアは、その光景を横目で見ながら、ふと視線を砦の奥へと向けた。
魔法の力で瓦礫は取り除けても、昨夜、クローディンの心に深く刻まれた「アランの死」という名の喪失感までは、ジェシカのゴーレムでも運び去ることはできない。
(……クローディン)
灰の混じった風が、エストレアの頬を冷たく撫でていく。それはきっと、自分たちの間に取り返しのつかない亀裂が生まれたのかもしれないと感じていた。
そんな時だった。
「エストレア」
背後から声をかけられ、振り向くとそこにはここにはいないはずの思わぬ人物の姿があった。
「アリス?」
「お久しぶりです、エストレア」
そこにはベル・クラウディア帝国で指揮を取っていたはずのアリスの姿があった。勿論、副官としてズガールの姿もある。
「何故ここに?君は皇都での指揮があっただろう」
「火急の知らせがあり、一時的に来ただけよ。そう長くはいられないわ」
彼女の目には強く訴えるものがある。その目が伝えてくるものに覚えがあった。
「クローディンのことか」
「それも気掛かりではありますが……1番は兄上………アラン殿下の訃報、それを確認をするために」
アリスの瞳には、かつてのお転婆さよりも、一国の命運を背負う者特有の鋭さと痛みが混在していた。
「……そうですか。やはり、本当だったのですね」
エストレアの沈黙を肯定と受け取ったのか、アリスは短く、しかし重い吐息をついた。その細い肩が僅かに震える。
「今でも信じられない、と思っています。何かの間違いだと、私達が目指した先に辿り着くための壁であったあの人が」
震える声でアリスが言葉を漏らす。アリスの目には一体何が映っているのか。それを表す言葉を口にすることをエストレアは憚った。
拡大解釈で言ってしまえば、仲直りする機会さえなくした兄弟喧嘩のようなもの。
だが、皮肉なことに本人たちにとって、それは猛毒になり得るものとなる。
「……アラン皇子は、クローディンを庇って亡くなったと聞いた」
エストレアが抑えた声で事実を告げると、アリスは唇を強く噛み締めた。その端から、一筋の血が滲む。
「最後まで……勝手なお方です。憎むことさえ許してくださらないなんて………酷い方だわ………」
その吐露の言葉に、エストレアは答える言葉が出なかった。きっと何かしら声はかけたほうが良かったのかもしれない。
───けれど、エストレアはそうしなかった。
そうしたら、エストレアは後悔すると確信があったから。だから、エストレアはその口を開かなかった。
口を噤んで、けれど目を逸らすことだけはしなかった。
「……こっちだ。案内する」
だから、せめて言葉にできたのはこれだけだった。
◆◇◆◇
「これは、これは。アリス殿下、忙しいでしょうに、よくぞ参られましたな」
「無駄な話はしたくありません。盟友として共に行動していた貴方です。報せは真、なのですね。───ジュダ」
エストレアの案内を受けて、アリスが訪れたのはファンテリム帝国の首都近郊にかろうじて残っていた砦だった。
他に比べて損壊が少なかったため、政府要人による復興本部として利用されている。
両帝国が地図から消える、という未曾有の大災害から救ったということでエストレアも特例で中に入れるわけなのだが……正直、いてもあまり意味がないとさえ思っている。
そんな2人を迎えたのは、亡きアランの右腕にして盟友、『現魔王の側近』たる六闘将の1人、ジュダ・ツィオルキンであった。
「……えぇ、事実です。私が駆けつけた時にはアランは焼け崩れる瓦礫の、火の向こうへ消えていく瞬間でした」
「このままでは巻き込まれると判断し、クローディン殿下を優先してお連れした次第です。その時は厳密には確認していませんが………殿下を送り届けたあと、そのお姿を確認しております」
「そう、ですか……」
アリスの後ろでエストレアはただ聞いているだけだった。目の前のアリスの背中では、その表情を窺うことはできない。
ただジュダが言うには、再度駆けつけた際にまだ息があったと言う。ただし、魔法による治癒を用いても助からないという状態で、だ。
エストレアはジュダの話を聞きながら、鋭い眼光を目の前の人物に突き刺すように見つめていた。
無論、ジュダもその視線に気づかない筈がない。ただ、悠然と受け止め、そしてその時の光景を思い出していた。
◆◇
燃え盛り、消化活動もままならない崩れ続ける建物の中へ転移したジュダが駆けつけた時には腹部から下が燃える瓦礫に埋まった盟友の姿。
『ゴフッ……ジュダか………?』
かろうじて息はあったものの、太い梁が瓦礫に深々と突き立てられるように刺さっており、火を舐めるように赤い血が瓦礫から滲み出ていた。
発する言葉も血の泡が混じり、息も絶え絶えであり、目に見える範囲でも、肌が黒く見えるほどの火傷が見て取れるほどだった。
仰向けでの状態だったからか、その悲惨さは駆けつけたジュダであっても目を背けたいほどだった。
(これは……腹からの出血が止まらない。おそらく足もこれではぐしゃぐしゃに潰れている筈。この出血量では、魔法をかけても……)
軽くアランの身体を確認するものの、突き刺さった梁と瓦礫はびくともしない。今のアランの状態はジュダからしても助からないのは明白だった。
目はもう半分近く白く濁っており、焦点がブレている。それでもわずかに残った眼光は、極限の状態であっても損なわれてはいなかった。
(なんという……精神力。人であることが何よりも惜しい)
時間さえ残っていれば、まだやりようがあったかもしれない。いや、あっても手の施しようがないだろう。
それに刻一刻と崩落し続ける中で、この状態の人間を救い出すのは───無理だ。
『まだ、意識は残っていたのですな』
『グハッ……なめ、るな……ュダ。ぉれが、ここで、簡単にくた、るわけ………』
強がりであることは明白だった。いや、こう言う時だからこそ弱みを見せないのだという覚悟そのものなのかもしれない。
『率直に言いましょう。貴方の命運はもう僅かです。何か、言い残すことがあれば聞きましょう』
淡々と告げる言葉に、ジュダ自身はひどいとは思わなかった。元より人ですらない『悪魔』であるし、制約を重んじるがゆえに盟約を交わした相手に嘘はつかないのだから。
『そ、うか。ふ、ふは、ふはは……!惨めなものだ。愚弟を庇った時は、ゴフッ、血迷ったと思ったのだがな』
『そんな、顔をするな。ジュダ、もし、愚弟が、愚、妹が生き残ったら、こう、つたえ、ろ《其方達の覚悟は、俺が、いなくなったら軽くなるのか?》とな……ゴボッ』
◆◇
ジュダの淡々とした語りは、砦の薄暗い一室に重く響いた。
アリスは唇を固く結んだまま、微動だにしない。背後でエストレアも息を潜め、ただその言葉の続きを待っていた。
「《其方達の覚悟は、俺が、いなくなったら軽くなるのか?》……そう、伝えろと」
ジュダはそこで一度言葉を切り、静かに目を細めた。まるでその瞬間のアランの表情を、今も鮮明に思い出しているかのように。
「血を吐きながら、それでも笑っていましたよ。あの人は。最期まで、己の役割を、貴方たちへの最後の壁として」
「そうでした。これもお伝えしておくべきかと。クローディン殿下へと直接言葉を貰っています。『愚弟と死後も呼ばせるな』、と」
アリスが小さく息を呑む音が聞こえた。エストレアは、ジュダの横顔をじっと見つめていた。悪魔でありながら、盟友の死を淡々と、しかしどこか敬意を込めて語るその態度に、複雑な感情が湧き上がる。
アラン皇子は、最後まで自分を「壁」として、弟と妹の前に立ちはだかっていた。
庇われたのはクローディンだったが、死に際して残した言葉は、生き残った者たち全員に向けたものだった。
──お前たちの覚悟は、俺がいなくなっても変わらないのか?
それは問いであり、挑発であり、そしてある種の激励でもあった。
アリスがようやく口を開いた。声は低く、震えを押し殺したものだった。
「……兄上らしい、最期ですわね。本当に、勝手で、傲慢で……そして、悲しい人」
彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。しかし、落ちることはなかった。一国の皇女として、帝国の命運を背負う者として、弱さを表に出すわけにはいかない。
ジュダは静かに頷いた。
「私はただ、約束通り、伝えました。それが盟約の履行です。……殿下はどうされますか? クローディン殿下に、この言葉を直接伝えるおつもりですか?」
それは単に確認でしかなかったが、エストレアからすればこの言葉をそのまま伝えることは少しだけ憚るものがあった。
(この強烈な遺言を叩きつけられたら、あいつは完全に砕け散るのではないか……?)
エストレアが懸念を抱くのも無理はない。昨日のクローディンの憔悴しきった姿を思い出せば、普通の神経なら労りの言葉をかけるのが妥当だろう。
だが、アリスの答えは早かった。
「ええ、伝えます。一言一句違わず。それがあの背中を追いかけた理由ですから」
アリスは顔を上げ、ジュダを、そしてエストレアを真っ直ぐに見据えた。先ほどまで瞳に浮かんでいたわずかな涙の膜は、もう跡形もない。
そこにあるのは、帝国の皇女としての苛烈なまでの決意だった。
「兄上が命を賭してまで遺した『問題』です。それを避けて通るようでは、私達が掲げた理想の成就はありません」
アリスはそこで言葉を区切り、軍服の裾を強く握りしめた。
「もしこの言葉でお兄様が完全に折れてしまうのなら、私たちの理想は形すらなしていない甘い言葉でしかなかった。それだけです」
凄みすら感じさせるアリスの覚悟に、ジュダは静かに、そしてどこか満足げに目を細めて深く一礼した。
「見事な覚悟です、アリス殿下。私から見ても、実に美しい。アランもさぞや喜んでいることでしょうな」
「……貴方に褒められても嬉しくありません」
ジュダの慇懃無礼な態度を冷たく切り捨てると、アリスは踵を返した。向かう先は一つ。クローディンが閉じこもっているであろう、砦の奥の部屋だ。
「エストレア」
歩き出しながら、アリスは背中越しに呼びかけた。
「貴女はここで待っていてください。……これは、私達の問題ですから」
「……あぁ。分かった」
エストレアは短く応じ、遠ざかっていくアリスの小さな、けれど頼もしい背中を見送った。
やがて、砦の奥から重い扉が乱暴に開け放たれる音が響く。
(さあ、どうする、クローディン)
エストレアは窓の外、ジェシカのゴーレムたちが懸命に復旧作業を進める中、子供達の相手をするダークエルフの双子の姿を視界に入れながら、灰色の空を見上げていた。
(お前は立ち上がるのか、沈むのか。その為に力を借りるのか、委ねるのか。それは、お前次第だ)
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