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紅の姫は紅煌たる覇道を血で染める  作者: ネコ中佐
第二章 動乱の帝国 ベル・クラウディア
179/203

chapter 9-10 chapter end

お待たせしました!あとちょっとで、二章はクライマックスです。٩(๑❛ᴗ❛๑)۶


 



エストレアの浄光が宮城全体を包み込み、少女を苗床にした肉塊はついに完全沈黙した。


 ぐずりと潰れた最後の欠片が、灰となって風に散っていく。


 最後の最後に起きたニース・カヴァラの置き土産による騒乱は終息し、ようやく“静寂”が戻った。


「……終わった、か」


 クローディンの声は安堵と疲労が混じっていた。戦場全体を覆っていた、あの圧迫感が確かに消えていたのだから。


 ワアアァと歓声が響き、戦いの終わりを確信した者たちの喜びの声が木霊する。


「そうだな、帝都の戦いはな」


 エストレアは短く答えたが、その声音には終戦の安堵はまるでなかった。


 歓声がさらに大きくなり、兵士たちは互いを抱きしめ、涙を流し、戦いが終わったことを実感していたが、エストレアだけは別の一点を見つめている。


「だが、奴は──ニースはまだ終わっていない」


「!!!」


「そうでしたわ!?」


 思い出したかのようにジェシカが声を上げる。イルナとイザルナも「あっ!」という声を出して驚いている。


「くそがっ!お前ら!動ける奴全員城内をくまなく探せ!絶対にニース・カヴァラを逃がすな!!」


 歓声で沸いていた兵士たちの顔が、瞬く間に戦場のそれへ戻っていく。


 勝利の余韻は吹き飛び、足音と怒号が宮城を駆け抜けた。


「そういや、ネロは?」


 慌ただしく動く状況の中、エストレアは共に戦ったネロの姿を探す。


「ここだよ」


 瓦礫の上に腰掛けた状態でネロはひらりと手を振って見せた。


 いつもの軽口を叩く余裕は……あるように見えて、その肩はわずかに上下していた。


「大丈夫か?」


「ん。まあな。ただ、魔剣の連発は正直しんどかったけどな」


「……確かにかなり消耗してるな。休んでいくといい」

「あぁ、そうさせてもらうさ」


 ネロが首の後ろをかきながら笑う。ただ次の瞬間、彼女は真顔でこちらを見ていた。


「聞かねえんだな」


「……。事情はそれぞれだからな」


「まあ、後であいつらに問い詰められるだろうけどな」


 ネロの瞳が一瞬だけ不安げに揺れる。だが、次の瞬間には何か強い使命感に駆られた目をしていた。それをエストレアは言及することはなかった。


「……だが、お前が来てくれたおかげで、私たちは勝てた。感謝してる」


 エストレアの声はいつも通り冷静だったが、そこには確かな敬意が込められていた。 


「……俺は魔剣を振るうだけだ。本当は投げ出したいんだがな、けど運命からは逃げられないって奴さ」


 ネロの肩に掛かる影は、ただの疲労ではない。魔剣を保持する者としての余韻、帝国継承者として背負う圧力——それらが微妙に混ざった独特の緊張感を放っていた。 


 その時、遠く宮城の奥から——


「……っ!」


 エストレアが身を固くする。微かな、しかし確実な異常感覚。


 ドカンっっっ!!!


──ギャオオオオオオオオッッッッ!!!!


 突如、宮城の瓦礫を吹き飛ばして、咆哮と共に何かが空に躍り出た。


「なんだっ!?」


 瓦礫の向こう、黒い影が空を裂くように飛び上がった。それは真っ白な体躯、前肢はなく体全体を包めるほどの巨大な翼を持った捕食者。


「飛竜……だと!?」


 クローディンの声が震える。その背に立つ人物は間違いなく───逃亡を図るニース・カヴァラであった。


「ニース!!!」


 エストレアの目が鋭く光る。だが、飛竜が羽ばたき、瓦礫を蹴散らす。


 その背に立つニース・カヴァラは、わずかに笑みを浮かべた。


 そしてとてつもない速度で急上昇し、飛行機雲を描いて帝都コンスタンブールから飛び去っていた。






◆◇◆◇






───どうして。



───どうしてこうなったのか。



 飛竜の背で、ニース・カヴァラは唇を噛みしめた。

 帝都を後にする彼の目には、追跡する者たちの気配がわずかに映る。そこには、この飛竜に追い縋ろうとするあの娘──エストレアの存在だった。


(……くそ、あの女さえいなければ、計画は完璧だったのに)


 幼い頃、母から叩き込まれた憎悪と復讐心を思い返す。帝国への怨恨、抑圧された血筋の記憶、それらが彼を突き動かしてきた。


 だが、目の前に立ちはだかる“魔王の娘”は、すべての計画を覆す力を持っていた。


 それだけじゃなかった。


「まさか………魔剣に選ばれた人間までいたとは……!!!」


 羽ばたく飛竜の背で、ニースは悪態を吐きながら冷静に次の一手を練る。


 それでも心の奥底には、世界への復讐を遂げたいという渇望の炎がくすぶっていた。


 脳裏に刻まれたカヴァラの一族が味わった荒涼とした過去、追放された日々、孤独の中で育まれた憎悪。何百年と積み重なったすべてが今、この空の上で混ざり合ってニースの胸中に渦巻いていた。


「おのれ………!この私を、この私にこれほどの屈辱を、よくも……!」


 あの赤い髪の女の事を思い出すだけで腹ただしい。その感情が今のニースを支配していた。


 その為には逃げるのではない。再起のための撤退だ。だが、背後で燃え盛る帝都を眺めれば、焦燥と怒りの熱が再び体内で渦巻く。


「ふ、ふふ。だが、まだ。まだだ」


「この私がいる限り。帝国の洛陽は、その過程は覆らない!」


 ニースは自分を鼓舞するように叫ぶ。


───だが。


───その望みは叶わない。



《いいや、ニース・カヴァラ。お前の道はここで閉ざされる》


「え?」


 その声は、風に乗った幻聴のように、背後からふいに降ってきた。


 その声に認識するよりも早くニースの胸元から何かが突き出した。それは刃の切先。鋭い剣の刃が、ニースの胸中から突き出すように出現していた。


 その瞬間だけ、世界が止まったかのような錯覚を覚えた。


「……あ?」


 胸元を染める紅。刺突の衝撃で、飛竜の背に片膝をつく。理解が痛みに追いつかない。振り返るべきだと頭が命じても、身体は動かない。


 背中の肉に刺さった“何か”が、ゆっくりと捻れた。ぞぶり、と内側で肉が押しのけられる感触。


 背後の声は怒りでも、憎しみでもない。まるで、すでに結果を理解している者の“宣告”の声。


 ズル、という何かが引き抜かれる感触と共に、トン、という衝撃によって飛竜の背から蹴り出される。同時にバランスを崩した飛竜も、斬られたのだろう、鮮血を流しながらニースと共に落ちていく。



《お前の道は、炉の中で溶けるといい。さぞ良い燃料になるだろう》



 その言葉を最後に、ニースは落ちていく。ニースは最後に自身を攻撃した存在を見る。


「───!!!???」


 その目には驚愕、畏怖、凡ゆる言葉にできないものに満ちていた。


 【自身が恐れていた存在に“瓜二つの人物”だったから】


 だが、それがなんだというのか。ニースの意識はもはや薄れつつあり、その下はラグナ山の火口湖。


 グツグツ煮えたぎる溶岩の湖は、ニースという男を迎えに来た死神のよう。


 遥か遠くで自分の名を叫ぶ声が聞こえる。耳に届くのは、遠くから届く叫び声──間違いなく、追いかけてきた者の声だ。赤髪、冷徹な瞳、全身から光を放つあの少女の声。


「ニース・カヴァラ!!!」


 焦るような声。その声を聞いた時、ニースは笑っていた。それはきっと全て諦めたような諦観も含んだ笑みだったに違いない。


「一杯………食わせて、やりました、よ……」


 そのつぶやきは、きっと少しでも、ほんの少しでもあの少女を焦らせることができたという意趣返し。



そしてニース・カヴァラは飛竜と共に火口湖の煮えたぎる赤い海へと────落ちた。


 世界を巻き込んだ男の最後は悠然と佇む火山の火口に落ちるという、なんともつまらないものだった。







◆◇◆◇







「……っ!」


 エストレアは宙に浮かびながら、ラグナ山の火口へ落ちていくニースの姿を目撃していた。


 飛竜に乗って逃げたニースを追いかけたエストレアだったが、追いついた時には既にニースは墜落していた。


 一体何が起きたのか。その問いに答えるものはいない。


 ただ分かることは、ニースという男は火山の火口に落ちて、死んだということだけ。


「………」


 だがエストレアの胸に走るのは、勝利の喜びとは違う、得体の知れない感覚だった。なんの捻りもない、つまらない結末だったことに、逆にエストレアは晴れることのない不安に駆られたのだった。


「……帰ろう」


 そう呟くとエストレアはクローディン達の元へと飛翔する。エストレアが去った後、ゴポポと溶岩が蠢いていた。





























        ─ 贄は捧げられた。─


      ─ 神話の再演、ここに至れり。 ─


      ─  其は、世界を拓くもの。 ─









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これからも、この物語を見守ってくださると嬉しいです!


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