chapter9-7
筆が乗ったので、2日連続投稿。(。・ω・。)
帝都コンスタンブールは、血と煙の匂いに覆われていた。
上空から見れば、その戦況は一目瞭然だった。四方から流れ込む混成連合軍がすでに市街地に散開し、第一層の大部分と第二層の南区画を制圧している。
通りには連合軍の旗が翻り、各要所に設置されたニース派の塔はすべて炎を上げていた。
もはや陥落間近。
世界を震撼させたニース・カヴァラによる【テトラルキア戦争】は、帝都の失陥によって終止符が打たれるはずだった。
……その次の瞬間までは。
《ガ……ガガッ……こちら帝都放送局……全区画に向け……を──な、なんだ!? 誰だ貴様ッ……うわぁあああ!!》
裂けた音声が、戦場の轟音すら押し流す勢いで各層に響き渡った。連合軍兵も、帝都側の残存兵も、反射的に動きを止める。
ノイズ混じりの音声に、複数の怒号と悲鳴が重なっている。
《……聞け。帝都臣民よ》
先ほどまでの混乱音が嘘のように掻き消え、落ち着き払った男の声が広がった。
《私の名はバートン・シドニス。シドニス侯爵家当主である》
◆◇◆◇
「何処から発信されている!?」
宮殿では突如放送されたこの出来事に泡をくって対応に追われていた。
「すぐに止めさせろ!!!早くするんだ!」
「ダメです!この混乱下では……!!」
宮殿にあるニース・カヴァラがいる玉座の間では通信担当者が部下に叫ぶように指示する。しかし、その焦燥とは裏腹に、放送は淡々と続く。
《ニース・カヴァラとその側近、並びに関係者に告ぐ。貴様達が侵した罪はあまりにも重い》
放送に乗って流れてくるニースとその派閥の人間が侵した罪が読み上げられる。
国家を揺るがした事、帝室の尊き命を奪った事、上げればキリがないとばかりに帝都中に響き渡った。
当然、そんなことを聞かされた兵士達や避難していた市民達は困惑を隠せない。
《諸君らも困惑を隠せまい。だが、これは事実だ》
《罪は数あれど、私が最も許せない罪がある。それは、ニース・カヴァラ!忌まわしきカヴァラの末裔よ!貴様は、貴様らの一族は大帝国ロマリスの大地を毒に侵した!!!》
《貴様らが侵した罪は、帝室を処刑した事でも国を簒奪したことでもない。太祖バモレッドが築き上げた帝国の大地を、そこに住まう人々の未来を闇の底へと落とした事だ!!!》
◆◇
《───貴様は、貴様らの一族は大帝国ロマリスの大地を毒に侵した!》
「シドニスの野郎、ニースのことある程度知ってやがったな」
帝都中に響く魔導音声。その内容を聞いていたクローディンは内心驚きつつも、何処か腑に落ちるものがあった。
「当然だろう。シドニス侯爵は長く不在の公爵にとって代わって国を守ってきた国人の1人だ。帝国の歴史の闇に関することを知っていても不思議ではあるまい」
「総大将がこんなとこに来ていいのかよ」
「ふっ、愚問だな。総大将だからだ。既に勝敗が決まっているも同然の戦場というのもあるがな」
クローディンの背後から、今回の連合軍総大将であるアランが供を伴って現れた。
クローディンは一番上のこの兄のことを皇子というよりも裏社会のドンをやっていた方が貫禄出るのではないか、といつも邪推してしまう。
「くくっ、戦争は終わる。間違いなく。だが………奴は何か隠し球を持っているだろうな」
「けっ、そこは同意するわ」
クローディンは腕を組む。放送は依然として帝都全域に響き渡り、兵も市民も耳を奪われている。誰もが、音声の向こうにいるであろうシドニスが何を言うのかを待っていた。
これは「帝国の黒歴史の暴露」そのものだった。
アランは言葉を続ける。
「我ら帝国が一つだった時から奴等は仕込んでいたのだろう。土地が痩せ、民が疲弊した理由……。その大半が“長年蓄積した歪み”だと皆思っていた。だが、そうではない。なかったのだよ。ガラテアから聞いたのだろう?」
「……ああ。カヴァラの歴史。まさか、奴の起源が建国神話に繋がるたぁ、予想出来ねえよ」
「復讐と野心のためにな。奴らは帝国という巨大な器を、何百年もかけて少しずつ腐らせていった。貧困も、格差も、環境汚染も……まるで毒を垂らすようにな」
アランが吐き捨てるように言うと、クローディンは眉をひそめた。
「国を何百年もかけて腐らせるなんて、並大抵の復讐じゃねぇ」
「普通ではないからな。奴の『本懐』は、帝室の転覆じゃない。【帝国そのものを滅ぼす】ことだったのだろう」
───血と時を超え、もはや呪いと呼んで差し支えない怨嗟を抱く悲願が根底にあることを知っているクローディンからすれば、ニース・カヴァラという男を何処か憐れむような気持ちになった。
◆◇
◆◇◆◇
《諸君らも己の心に問いかけてみて欲しい。今、帝都は戦火に包まれている。その戦火を呼んだのは誰か。倒さねばならない敵は誰なのか────》
《答えは、すでに諸君らの胸中にあるはずだ》
《最後に、諸君らに伝えたい事がある。ニースは戦争を回避できなかったことを理由に我が国の象徴たる皇弟並びにその関係者の方々を処刑した件だ。我が同志がまだ存命の方々の救出を終えている。残るのはこの国の、【本当の敵】だけだ》
シーン………
その言葉を最後に、シドニス侯爵の魔導音声は途切れた。
魔導音声によるその言葉は人々の心に強く作用した。そう、強烈なまでに強く、強く人々の心に響いたのだ。
「許せねぇ……」
それは誰がつぶやいたものだったのだろう。兵士だったのか、市民だったのか、或いは正義に目覚めた官僚だったのか。それはわからない。
その言葉は人々の口々に伝播し、彼らの瞳に怒りの焔が灯る。そこに老若男女関係ない。
だが、その一言は、静かに、しかし確実に空気を変えた。
「許せない……!」
「こんなこと、あってはいけないわ……!」
「こんな真実、知らされて黙ってられるか」
囁き、呻き、怒声。それらが幾層にも重なり、帝都のあらゆる場所で同じ感情が芽生えていく。
老いも若きも、兵も民も、男も女も子供も関係ない。肩を震わせて抑え込まれていた感情が、一斉に表へとこぼれ出した。
誰かが拳を握りしめた。
誰かが瞳を怒りで赤く染めた。
誰かが震える声で叫んだ。
そして、誰かが武器を手に取った。
この瞬間、ニース派は思い知ることになる。今、この時から民衆さえ敵に回るという事実が成立したことに。
「やってくれたなッッッッ!!!!シドニスゥゥウウウウゥウウウ!!!!!!」
宮殿の玉座の間で大人しく人形のように座る神輿のリィラが珍しく怯えるほど、怒りの声をあげ、感情を抑える事をしないニースの姿があった。
勢いよく立ち上がり、血管が破けそうなほどに怒り狂った彼の鬼のような形相にこの場の誰もが凍りついて動けなかった。
「もはや手段は問いません!!!稼働できる魔導兵器を全て起動させなさい!【クロムロア】を使用を許可しま────」
だが、事態は彼の思う通りに動くことはなかった。
──キィンッ!
冷たい無機質な音が響くと同時に、玉座の間の大扉がバラバラに切断される。瞬間、ニースの背筋に理解不能な寒気が走る。見えてもいない、気配すらない。なのに、ただ自分が何より否定したいものが「来る」と本能が叫ぶ。
「その必要はない」
「ッッッッ!!!誰だ!?!!」
ニースは声を荒げ、入室してくる人物に威嚇する。入ってきたのはそれは1人の少女だった。
コツ、コツ、コツ………
紅い髪を揺らし、全てを見抜き、凍てつかす眼差し。ドレスでも着て着飾れば絶世と謳われるだろう美貌は、切り捨てた者たちの鮮血で染められていても損なわれることはない。
「ようやく追い詰めたぞ、ニース・カヴァラ」
その手に握られた黒い長剣をニースへと突き付ける。道中で切り捨てた者たちの鮮血が刀身からポタポタと垂らす様は、まるで地獄の使者が迎えに来たかのよう。
そう、ニースが何より恐れ、警戒したたった一つの警鐘。魔王の娘、エストレアが戦意を剥き出しにして姿を現したのだから。
「さあ、お前の悪夢を終わらせてやる」
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