12-9 交渉 『前編』
「帝国が帝国足りえるのは、『勇者』ジグムントという絶対的な強者と、空を駆ける飛竜の存在であることは火を見るよりも明らか。だが、我らはその武威に驕り昂っていたのではないか。ましてや、悲願である外征とはいえ魔人と手を組むなど、13神を裏切る行為に値する。元老院を無視し、強硬に外征案を推し進め、そして失敗に終わらせた帝室の責任は重い!」
議場の中央で高らかに叫ぶ男に、同意と批判の声が木霊する。壮年の頃を過ぎた男が髪を振り乱し、あたかも、舞台に上がった役者のように大げさな身振り手振りを交え演説をしていた。
いや、役者に例えたのはそれほど間違っていない。
彼は台本を渡され、どのように演説するべきなのかみっちりと指導され、今日という日を迎えた。胸を張り、声高に演じ切る姿は帝都を席巻する劇団の花形に匹敵するだろう。
帝国第一皇子ゴルディアスは、元老院の中心でデゼルト国への外征の失敗を帝室に対して糾弾する老人の姿をつまらなそうに見つめていた。
この老人に台本を用意し、帝室を糾弾するように指示したのは、他ならぬゴルディアスだ。
帝国は帝室が軍事・政治の全権を掌握している。
皇帝を権力の頂点とし、皇室関係者がそれぞれ役職を任じられ、大陸に散らばる貴族たちを従えている。帝室が帝室としてあり続けられるのは、やはり『勇者』ジグムントという強力な兵器を有しているからだ。
一方で、元老院は帝室に対する諮問機関として存在している。
元老院などともっともらしい名前と格を付けているが、元老院自体に決定権や裁量は無い
議員として選出されるのは、一定年齢に達した元領主で、なおかつ帝都に暮らしている老人だけ。彼らの子供や孫が、当主として領地を運営している。
言ってしまえば、リタイアした老人たちが集まり、政治ごっこをしているだけの機関に過ぎないのだ。帝室が老人たちにこの様な場を設けたのは、地方貴族たちへの人質という意味もある。
当主達にしてみれば、いつまでも視界の端に先代がいては領地運営に支障をきたす。どちらにとっても都合が良かった。
とはいえ、元老院にも一応の役割がある。
彼らは現在の当主である子供たちから、領地運営における問題点を聞き、元老院の場で議題として話し合い解決策を導きだすと、それを帝室に奏上できる。
貴族の陳情は膨大だ。全てを個別で受け取り処理するのは、物理的に不可能だ。そのため、元老院だけが帝室に奏上できる唯一の集団とすれば、元老院内で勝手に政治闘争が起き、貴族同士のパワーバランスから力無い貴族の声は押しつぶされて数が減る。
貴族にとって政治とは生まれついての性であり、老人となっても悟りを開くことは出来ないようだ。
そんな元老院で帝室に対して、それも帝国の皇子達が出席している前で帝室批判が繰り広げられているのは、全てゴルディアスの策略である。
元老院が実権の無い集団とはいえ、彼らは帝都に集められた領地の代表であり使者でもある。帝室が権力を握っているとはいえ、辺境の地まで十分な監視の目があるとは言えない。
帝国の安寧は貴族が担っている部分は大きい。
つまり、元老院こそが帝国貴族社会の縮図と呼べるのだ。
ゴルディアスは、自身を蹴落とそうと企んでいる愚弟、愚妹の類を次々と叩き潰した。ある者はあらぬ罪を着せて投獄し、ある者は身に覚えのない借金を抱え込み帝室を追放され、ある者は突然の死を迎えた。
邪魔者を粛清し終えた彼の当面の敵は、実父にして皇帝バルボッサ・スプランディッドだ。
ゴルディアスは第一皇子であるが、バルボッサが死んでも皇位を継承できるとは限らない。民衆からの人気は高く、貴族の中には現在の帝国を憂い、ゴルディアスの思想に共鳴した者も少なからずいる。
それでも、彼が皇帝になるのは難しかった。
なぜなら、父である皇帝バルボッサから、蛇蝎の如く嫌われているのだ。内々ではあるが、バルボッサは次期皇帝候補を指名している。この事を知っているのは、バルボッサの側近と、直接知らされたゴルディアスだけだ。
これが公になれば、これまでの状況が一気にひっくり返る。慎重に積み立ててきた策略が砂のように崩れ、指先にかかる王冠がするりと抜け落ちる。
バルボッサの指名を無視して無理に皇帝になろうとすれば、反対派を生み、帝国が乱れてしまうため不可能だ。
残された手は一つしかない。
ゴルディアスが確実に皇位を継ぐには、バルボッサを力づくで退位させ、王冠を剥ぎ取るしかない。
つまり、クーデターを狙っているのだ。
元老院で堂々と皇室批判をさせているのは、この皇室批判に誰が同調するのか、誰が反対するのか、敵と味方を見極めるためだ。もっとも、その予想は概ねゴルディアスが予想した通りの物だったため、退屈な結果となっていた。
元老院の反応は、概ね帝室批判に対する否定的な声が強かった。その声の強さは、貴族たちがバルボッサを支持している証だ。
バルボッサは醜悪な皇帝である。特に女好きなのは民衆にまで知れ渡っている。流石に、自身の妹に手を出して、ウィンドヘイルの反乱を招いたことまでは知られていないが、それほどまでの悪癖がある。
だが、バルボッサを支持する貴族は少なくない。
というよりも、多いのだ。
帝室批判をする老人に向ける罵詈雑言は、ドーム状の議場で反響している。
バルボッサは醜悪で無能な皇帝だが、治世者としては大きな失点をしていない。統治の間、極端な干ばつも自然災害も起きなかった為、必要以上に税を搾り取ることは無かった。
必要以上に娯楽を取り締まることもなく、権力を誇示するような工事を執り行わず、諸外国との関係悪化を招き経済を停滞させるようなことも無かった。
数少ない失点が、ウィンドヘイルの反乱とデゼルト外征の失敗だ。
だが、ウィンドヘイルの反乱は、被害はともかくとして、結果としては四大貴族の一角が消えたことで領地が増えた貴族が多い。ウィンドヘイル家は品行方正、清廉潔白を地で行く貴族だったため、他の貴族からすると疎ましい存在でもあった。そして、ウィンドヘイルの反乱に同調した者達は、帝国に吸収されるも憎悪を捨てきれなかった危険分子で、領地運営における悩みの種。それらが反乱と共に消えたのは、多くの貴族にとって歓迎すべきことだ。
そして、デゼルト外征の失敗は皇帝の責任では無い。
確かに、皇帝は外征の許可を出し、『勇者』と飛竜を投入させた責任がある。だが、全ては下位の皇子達が計画した外征案であり、帝国としては魔人に騙されていたとして罪を擦り付けている。帝室への不満と不審が高まっても、それが全て皇帝に向くとは限らないのだ。
これだけ煽っても、同調する声は増えない。元老院を切り崩すのは、まだ時間が掛かるかとゴルディアスが考えていると、別室で控えていた副官が傍に来た。
「如何なる用だ?」
「竜が網にかかりました」
あらかじめ決めていた符丁にゴルディアスは笑みを浮かべる。事は予定通りに進んでおり、主導権はこちらにあると確信した笑みだ。
壇上の熱弁はさらに勢いを増していくが、すでに興味は失せていた。ゴルディアスは音もなく立ち上がると、元老院を後にしようとする。
だが、柔らかな声が男の足を止めた。
「兄上? どちらに行かれるのですか。まだ、議題は終わっていませんよ」
この帝国で、第一皇子ゴルディアスの足を止められる者がいるとすれば、皇帝バルボッサ以外だと、たった一人しかいない。
ゴルディアスの隣席で、折り目正しく、背筋を伸ばして熱弁を聞き入っていた青年が、不思議そうな視線を向ける。邪気の無い子供のような視線に、ゴルディアスは舌打ちをこらえるのに相当な精神力を必要とした。
「……なに、至急の用が発生したため、中座させてもらう。俺の管轄下の事であるから、貴様はこのまま元老院に残り、俺の代わりに務めを果たせ」
「了承いたしました。お気をつけて、兄上」
どれだけ感情を排しても、声に不快の色が混じるのは止まらなかった。副官や青年の側近たちが顔色を変える中、青年だけが混じった色に気づかず、それどころか本心から兄を心配しているとばかりに頭を下げた。
臓腑に毒を流し込まれたかのような感覚に囚われる。ゴルディアスは生まれ出る感情を振り払うようにして元老院の扉を開け放った。
残った青年は、先程までと同じように、背筋を伸ばし壇上の方へと真っ直ぐな視線を向けた。野獣じみた相貌を持つゴルディアスとは違い、まるでお伽噺か神話の世界から抜け出したかのような貴公子然とした容姿を持つ。
帝国第二皇子マカルーシュカ・スプランディッド。
同年同月同日、僅か十分遅れで誕生した次期皇帝候補は、兄の憎悪を知る由も無かった。
用意された部屋に入ると、すでに準備は整っている。副官を筆頭にゴルディアスのブレーンたる側近たちが詰めており、必要となるはずの情報をまとめた書類が机の上に並べられていた。
部屋の扉が閉じて、盗聴対策の魔法が二重に掛けられたのを確認してからゴルディアスは尋ねた。
「状況はどうなっている?」
「今から十三分前に、北方大陸に派遣した者から緊急通信が入りました。受け取ると、通信口に居たのは、『緋星』本人でした。こちらと交渉がしたいとの内容でした」
「ほう。魔人種の姫君でも、妹の方でも無く、『緋星』本人とは。随分と豪胆な性格なのか、あるいは何かしらの自信でもあるのか」
「恐らくはどちらでもないかと。これまでに収集した情報によれば、《ミクリヤ》のレイは状況の変化に対して受動的な性格をしております。自らの意志よりも、関わった人間の事情や願いをくみ取るばかりで、結果として各地で余計なトラブルに巻き込まれております」
「交渉に関する技能を保有しているかどうかは不明ですが、パーティーのリーダーという立場だから、交渉の場に座ったのかもしれません」
「立場ゆえに表に出る、か。この中で『緋星』と言葉を交わした者は? 二言三言で構わん。印象が聞きたい」
ブレーンの一人が手を上げた。
「私が出ました。表層的には平穏と冷静さを取り繕っていますが、内にはこちらへの敵意と……妥協点を探る色が含まれていたと感じ取りました」
「妥協点か。状況の主導権をどちらが握っているのかぐらいを理解できる知能はあるか。ならば、御しやすいかもしれんな」
「油断召されませんように、殿下。主導権はこちらにあっても、こちらの条件を向こうが飲むとは限りません。何しろ、あの姉妹も傍に付いているのですから」
副官の小言に頷くと、席に着いたゴルディアスの前に細長い糸が置かれた。
劣化が目立つ糸は、二種類の糸をより合わせて出来ている。先端の片方はナイフで切られたような断面を見せていた。
ゴルディアスは薄汚れた糸を指に巻きつけると、この場に居ない少年に向けて言葉を発した。
「待たせたな。俺が帝国第一皇子、ゴルディアス・スプランディッドである。そちらは《ミクリヤ》の『緋星』のレイで相違ないな?」
途端、ノイズ交じりではあるが遠くの北方大陸に居る者の声がゴルディアスの鼓膜を揺るがした。
だが、その返答はゴルディアスの予想を外れていた。
『いいえ、違います。あたしはレティシア・ウィンドヘイル。いちおう、第一皇子の妹に当たるのかな』
「……なぜ、貴様が魔糸を繋いでる」
気色ばんだ声に、周りの顔色が変わる。ゴルディアスは手近にあったペンと紙を取ると、通信口に立つのがレイでは無く、レティシアだったことを周りに伝えた。
ゴルディアスが指に巻いた糸は、普通の糸に非ず。
素材の半分が魔人種の髪で出来ており、糸には血がたっぷりと含まれている。一本では単なる糸なのだが、二つに千切って指に巻くと、どれだけ距離が離れていても、糸を巻いた者同士の声を届けられる通信装置となるのだ。
残念ながら、声は糸を巻いている者同士でしか交わせないため、ゴルディアスは周囲のブレーンに対して状況をペンで知らせるしかない。
『あたしじゃ、交渉相手としては不足かな?』
「大いにな。貴様の体に流れる血は、確かに我が父と同じ物かもしれぬ。だが、今の貴様は戦奴隷。帝国の第一皇子である俺と言葉を交わすのは、あまりにも不敬であると知れ。即刻、貴様の主と代われ。さもなくば―――」
『―――さもなくば、通信は終了、といって脅す気なのかな。そうやって、主導権を取るつもりなんだよね』
声質は幼い少女なのに、どこか冷徹さすら漂わせる。ゴルディアスが押し黙った。
『そっちのやり方ぐらい、こっちだって理解しているよ。残念だね、そう簡単に主導権は渡さないよ。交渉役はあたし。それを認められないのなら、このまま通信を終えて、二度と繋がらないように糸を燃やすよ』
本気だ。魔糸は声しか伝えないが、レティシアが本気なのは十分に理解できた。
ゴルディアスは十数秒ほど押し黙り、どうするべきか考えてから、ようやく口を開いた。
「認めよう。貴様が俺の交渉相手だ」
『そう。なら、早速本題に入らせてもらうよ。いま、あたしたちは貴方の部下を一人確保しているの。名前はイチェル。彼が何の目的で北方大陸に居るのか、教えてちょうだい』
「ほう、人を拘束しているのか。何の根拠があって、そのような愚行をしているのだ? イチェルとやらは、貴様等に何か悪意を持った行動を取ったのか?」
『あたしたちが彼を拘束しているのは、彼の命を守るため。自傷行為に走った人間を止めて、武器を取り上げ、それ以上の行為に及ばないようにするのは、人道上糾弾されることじゃないでしょ』
「間違っていないな。ならば、尋ねるが俺の配下が北方大陸に居るのは、国際法において問題があるのか? 北方大陸はどの国の領土にも属さない中立地帯であるがゆえに、どの国の人間でも上陸は可能だ。俺の配下がどのような目的で上陸していようが、貴様に関係はあるまい」
『残念ながら、そうもいかないんだよ。イチェルの身分は中央大陸の都市国家の一つ。だけど、このイチェルと名乗る人物が帝国に属しているのなら、彼が本当にイチェルなのかどうか、こちらで調査する義務があるの』
「義務ときたか。そのような調査をする義務が、戦奴隷の貴様に何故あるのだ?」
『あたしは戦奴隷だけど、主のレイ様は冒険者。どこの国にも属していない冒険者が北方大陸に上陸した場合、自身の命を守る為なら、他者の生命を脅かさない範囲での自衛が認められているのは、ギルドが加盟している国家条約に含まれているよ。身分を偽ってまで上陸した人間ってだけでも、危険人物だと見做して調べても問題ないよ』
「帝国は認めていない条約だな」
『ここは北方大陸で、彼は都市国家の住人だよ。どうして、帝国が認めるかどうかが重要になるのかな?』
言葉の応酬は殴り合いに近い。相手の言葉尻を捉え、自分に都合のよい方に議論を誘導し、主導権を確保しようとする。
ゴルディアスは父親を同じくする妹の成長に軽い驚きを抱きつつ、ブレーンたちの様子を窺った。
どうやらこれ以上の時間稼ぎは必要ないようだ。
レイが交渉役をするという想定で書かれた台本は破棄され、レティシアを相手にした台本が即興で作り上げられた。ゴルディアスは紙の束を引き寄せると、自分が演じるべきシナリオを目で追った。
「……腹の探り合いはこの辺りにしておこう。レティシア。我が許されざる妹よ。貴様の最初の問いに答えようではないか」
一拍置いて、相手の反応を探る。恐らく、遠き北方大陸でも、こちらと似たような光景が広がっているのだろう。魔糸を使って交渉の矢面に立ったレティシアが、筆談で仲間達に状況を知らせ、指示を仰いでいるのだろう。
あるいは、レティシア一人が全ての責任を背負っているのかもしれない。
時間稼ぎの応酬であったが、レティシアの主張はどれも筋が通っており、論理として大きな破たんは無かった。
数秒の空白の後、答えてという言葉が鼓膜をくすぐった。
「俺の配下が北方大陸の入り江に滞在しているのは、ポラリスの監視が目的だ」
『『機械乙女』の監視?』
レティシアの小さな驚きの声にゴルディアスは畳みかける様に続けた。
「今度はこちらの番だ。貴様たちの目的はポラリスの修復で相違あるまい」
動揺が魔糸を通して伝わる。ゴルディアスにしても、これは最も高い可能性に過ぎない。レイ達が別の理由で北方大陸に向かっているという可能性もあり得たのだ。
幾ばくかの空白を経て、レティシアの声が届いた。
『どうして……それを知っているの?』
「素直に認めたことは評価してやろう。この期に及んで、俺を騙し通せると勘違いして無駄な足掻きをしなかった素直さに免じて答えてやろう。貴様たちの計画は完璧だった。情報管理は徹底され、学術都市で何が起きたのかは未だに把握しきれていない。だが、拾い集めた情報の断片を繋ぎ合わせれば、ある程度の想像は付いた」
『情報の……断片?』
「なに、大したことでは無い。たとえば、学術都市で魔石の買取価格が上がったな。同じ時期の他の年と比べて、倍以上違う。加えて、内陸湾を使って他のギルドから魔石を大量に運び入れている。どちらも学術都市のギルド内にあった魔石が不足しているのを意味している。言い換えれば、魔石を大量に消費する何かがあった証明だ。
他にもあるぞ。貴様たちは冬の下月が終わる頃に、学術都市の迷宮上層部を踏破しているな。ところが、その翌日に『緋星』のレイが単独で上層部ボスに挑んでいるのを冒険者たちが目撃している。僅か一日で迷宮の入り口から上層部最下層までたどり着くのは物理的に不可能だとすれば、『緋星』は何者かによって迷宮へと送りこまれたと考えるのが妥当だ。転移魔法を個人で扱うのは不可能とされているが、人や物体を送りこめる怪物は有名だ。奇しくも、貴様たちとは縁の濃い者だ。
こんな情報もあったな。同日に起きた、中央大陸西部を中心とした地震だ。被害はほとんど無いが、地面が激しく揺れ、近くに住んでいた農民は、モンスターよりも恐ろしい遠吠えを聞いたそうだ。学術都市は魔法工学の失敗による影響だとしていたが、奴らが水と土に特化した魔法工学の道具を持ちだして地揺れの中心地に向かった痕跡が残っている。
その後、こちらで複数回の実験を行った。保有している兵器を起動させ、ポラリスが来るかどうかを試したが、全ての実験でポラリスは現れなかった。
まだまだあるが、これらの情報の断片を繋ぎ合わせれば、一つの可能性が浮上した。年の終わり。世界の空に御霊が現れた日に、『機械乙女』ポラリスが学術都市を訪れ、何者かと戦闘になり、破壊された、とな」
違うか、と尋ねるがレティシアからの返事は無い。
どう言葉を返すのが最適なのか考えているのだろう。
その間に、ゴルディアスは次のシナリオに目を通していく。
言葉通り、大したことでは無いのだ。
ゴルディアスは自身が有能だとは欠片も思っていない。武の才覚は多少あるが、『鍛冶王』のような天分の才に恵まれているとは思えない。策謀は肉親に最悪の存在と呼ぶべき『女帝』がいる。触れてしまえば溶けるしかあり得ない悪魔のような蜜を前に、策謀で敵うとは到底思えない。
自分は凡才であると、ゴルディアスは自身の才覚に早いうちから見切りを付けていた。
だから、優秀な者達で周りを固めた。自分よりも知略に富み、戦術眼を持ち、優れた才覚の持ち主たちを。あるいは、優秀な者を育てる学校を作り、身分を問わず、成り上がろうとする精神を持った子供たちに学術都市と同等の教育を詰め込み鍛え上げた。
彼らは文字通りの意味でゴルディアスの手足だ。
たとえば、ゴルディアスの目の前で道が左右に分かれていたとする。どちらの道を進めば目的地まで最も近いのか、危険は少ないのか、道中楽しめる風景はあるのかなどの情報を収集し、分析し、提案するのが役目だ。
そして、その提案を投げ捨てて、ゴルディアスが直進すると宣言すれば、彼らは喜んで従うのだ。
道なき場所に道を作る。
ゴルディアスが皇帝になるための手足。それが彼らであり、ゴルディアスは彼らを信用していた。
『驚いた。本当に、驚いた。情報の断片から、そこまで核心に近づくなんて。……そんな貴方が相手だったから、ウィンドヘイルは負けたんだ。そんな貴方が……あたしは大っ嫌い』
「貴様個人の好悪なぞ、然して興味が湧かんな」
『……認める。あたしたち《ミクリヤ》はポラリスの修復のために北方大陸に来たよ』
―――認めたな。
ゴルディアスがペンを走らせると、途端にブレーンたちが慌ただしく動き出す。この交渉における最大の目的は果たせた。後は、状況に応じて対処すればいい。
皇室における最大級の敬意を示す信書が用意されたのを余所に、ゴルディアスは次の一手を打ち込んだ。
「ならば、我らと貴様たちの目的は同じと言えよう。取引だ。貴様たちの目的を果たす手助けをしてやるぞ」
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は28日頃になります。




