11-60 互いの命
激闘が色濃く残る偽りの学術都市で、一人の男が倒れている。失った四肢を己の技能で補って、人の形を保つのも限界を迎えているのだろう。腕や足の輪郭がぼやけて崩れていく。
金髪の少女やエルフの血を引く少女らに取り囲まれ、抵抗をしない。その姿からは、人魔戦役において『魔王』と恐れられた男とは一致しない。
ポラリスは視界の中に表示された、小型ドローンからの映像に意識を向けながら呟いた。
「観測。『魔王』フィーニスの敗北を確認。《ミクリヤ》が勝利。……驚天動地の結末と言えましょう」
彼女が事前にシミュレートした結果、レイ達がフィーニスに勝利できる確率は零に近かった。前提条件である黒龍をこの《リバースワールド》に連れてくるという状況にたどり着くまで、パーセンテージに零が幾つも必要になった。
事前に受けていた作戦内容も稚拙で、綱渡りの連続なのは否めない。それがこうも見事に繋がるとは、予測できなかった。
まるで、誰かの作った筋書きに沿ったかのように、全てがかみ合い勝利への道筋が生まれた。
それを為したのは間違いなく、レイの持つ技能だろう。
小型ドローンのマイクが、フィーニスとレイの会話を捉えていた。彼女は録音した音声データを再生する。
『死に戻りか! 発動条件は死ぬ事。戻れる時間に限界があるから、受動的で限定的な未来予知しかできない!』
レイの秘密に触れたのを興奮しているのか、上ずった声だが彼女はハッキリと聞いた。死に戻り、と。それをレイは否定しなかった。
荒唐無稽な絵空事のような話だが、そんなインチキじみた力が無ければ、零に等しい結末に辿り着くことは出来なかっただろう。
「バカな……そんな……ことは……ありえ……ねぇ……だろ!」
血を吐きながら放たれた言葉にポラリスの思考は一時中断される。彼女の眼前では、オルタナの重力魔法を浴びて動けなくなっているジャイルズが、決死の覚悟を抱いていた。
「ありえねぇ……陛下が……あの方が……あんな奴らに……負けるはずが……負けるはずが!」
ジャイルズは六将軍の中だと若輩者だ。
魔人種の国が誕生し、フィーニスが『魔王』を名乗るようになってから六将軍の席に着いた。だから、彼にとって『魔王』とは彷徨える民だった魔人種をまとめ上げ、北の大地に国を興した英雄であり、絶対的な存在。
その敗北を聞いて、大人しくできるはずもない。四肢をもがれ、重力魔法という見えない掌で押しつぶされているにもかかわらず、ジャイルズは文字通り這って魔法の効果範囲を抜け出そうとする。
当然だが、四肢が無ければ這うのは難しい。にもかかわらず、ジャイルズは背中や僅かに残った腕や足を利用して地面を這う。その度に、体の節々から血が噴き出し、辺りを青く染め、残った体に尋常では無い負荷をかけていく。
間違いなく、残りの命を縮める行為だ。
「警告。これ以上の行動はミスターの命を縮めるだけと判断。折角拾った命を、此処で捨てるおつもりですか」
「うるさい! てめぇ……のような……物には……分からねぇ……だろうな……自分の……命よりも……大切な……命を賭けたい……相手の……ことなんかよぉ」
金色の瞳が激情に染まる。六将軍としてでは無く、一人の戦士として、フィーニスを尊敬しているジャイルズの心情は機械であるポラリスに届くことは無い。だが、彼の言う、命を賭けたいという言葉には通じる物があった。
「否定。私にもあります。この身を投げ打ってでも果たしたい命令が」
「はっ……やっぱり……てめぇは……絡繰りだ……どこまで行っても……創造主の……『科学者』の……命令から……逃れられない……哀れな……存在だ」
「肯定。そうあれ、と望まれて作られたのです」
ポラリスの二つ名は『機械乙女』。
『科学者』が理想とした少女であり、父に付き従う娘なのだ。彼女の中に意識決定をする力は無く、そんな選択をする発想すら無い。
ジャイルズはどこか哀れむような目をするも、動くのを止めようとはしない。ゆっくりとではあるが、魔法の効果範囲外に出ようとしている。
流石に、これ以上は見過ごせないとポラリスは両手をかざす。残存エネルギーの内、帰還に必要なエネルギー量を割り出し、戦闘に回せるのはどれ位か計算しようとして――。
―――視界を警告の文字が埋め尽くした。
『高熱源を探知。緊急避難』
短いメッセージと共にポップされたのは、熱源の方角だ。その方角に何が居るのか、ポラリスは知っている。
同時に、ジャイルズを襲っていた重力魔法が解除された。それまで、彼の体を押さえつけていた魔法が消えた事で、魔人としての異常な再生能力が解放された。もがれた四肢の断面が膨らみ、新たな腕や足が生えようとする中、ジャイルズの視線はポラリスを向いていない。
彼も感じ取ったのだ。
同じ方角から漂う、不気味な波動を。
ポラリスはレイから頼まれたジャイルズの足止めを中断し、帰還用に残していたエネルギーすら消費する勢いで空を飛ぶ。僅かに遅れて、肉体を再生したジャイルズが大地を疾走した。
建物が崩れ丘を作る向こう側で、青白い光が瞬いている。
「レイ様! ご無事ですか?」
「おにいちゃん、無事?」
リザとエトネから異口同音に尋ねられたレイは、瓦礫に背中を預けたまま力なく微笑んだ。腕を持ち上げる気力すら湧かず、重力に逆らうのもしんどくなっていた。
そのまま瞼を閉じると、がくり、と首が傾いた。その反応に慌てた少女たちはレイの脈を取り、生存を確認した。
「とりあえず、生きてはいるようね。クロノ、アンタの方はどうなのよ」
レイとは反対に立ち上がったシアラは、服に着いた埃を払いながら、同じく立ち上がるクロノへと尋ねた。
「問題ありません。少し気怠い感じがしますが、すぐに治まるかと」
「ワタシと一緒ね。影に飲み込まれた影響かしら。ヨシツネ、アンタはどうなの?」
シアラは少し離れた場所で作業中のヨシツネへと尋ねた。彼はぐったりと倒れているフィーニスを慎重な手つきで拘束している最中だ。
「拙者も多少は。しかし、問題はありませぬ」
「そう。なら、気になるのは主様とレティね」
金色黒色の瞳が倒れたまま動かないでいるレイと、同じく地面に横たわったままのレティに向けられた。
「話をまとめると、やっぱりレティが飲んだのは毒で間違いないのよね」
「はい。私が屋敷に戻った時、既にフィーニスは屋敷の中に上がり込んでいました。どうしてそうなったのかは分かりませんが、屋敷の応接室でくつろいでいました。私が彼の正体に気づいた瞬間、レティは隠し持っていた毒を呷り、苦しみだしたのを見て、フィーニスはレティの意識を奪い影の中に。次に私も抑えようとしたので抵抗したのですが……このような結果になってしまいました」
「相手が悪かったわよ。となると、レティの意識が戻らないのは毒の影響もあるかもね」
「シ、シアラ! 貴女が作った毒なんですよね!? レティは、レティはこのまま目覚めないという事は無いですよね!!」
「お、落ち着きなさい、よ! アンタの、バカ力で、揺らすんじゃない、わよ! 首が、首が取れる!!」
「おちつこう、リザおねいちゃん」
首の骨が取れるのではないかとばかりにシアラを揺するリザを、エトネが冷静に宥める。その間、クロノがレティの状態を診察する。
彼女はレティの傍を離れて、リザに向けて口を開いた。
「安心してください。毒の影響は無く、脈拍も安定しています。目を覚まさないのは、体力が十分に回復していないからで、時間が経てば目が覚めるはずです」
「ほ、本当ですか!」
「一応、この空間を脱出したら医師かヒーラーに診てもらうべきですが、大丈夫の筈です」
流石は元神というべきか。彼女の言葉は聞く者の心を落ち着かせる、不思議な響きがあった。妹の事が心配で取り乱していたリザは、見る見るうちに落ち着きを取り戻した。掴んでいたシアラを放すと、胸を撫で下ろした。
「けほけほっ! こんな所でワタシを殺す気か! まったくもう。……それじゃ、この空間を脱出する前に、最後の後始末を付けましょうか」
シアラの言葉に、一同の空気が重くなる。彼女の視線は刃のように鋭く、ヨシツネが拘束しているフィーニスへと向けられた。
「いま、どんな気分かしら、『魔王』フィーニス」
「すこぶる上々さ。鼻歌でも披露したいところさ」
その言葉が嘘では無いかのように振る舞うフィーニスだったが、彼を取り囲む者達はフィーニスの状態に言葉を失ってしまう。影の大部分が空気に溶けて消え、重傷箇所を覆う分しか残っていない。もっとも、全身を覆うやけどに加え、下半身は自分で切断し、腕は黒焦げとなって崩れてしまった以上、重傷ではない箇所なんて無いに等しい。
普通の人間なら、何度か死んでいて当然の状態だ。
影が辛うじてフィーニスを生かしているのだろう。
フィーニスが影を攻撃に転じた場合に備えて、影法師が近くで待機している。フィーニスの命綱を断ち切れるようにしていた。
それでも相手はフィーニスだ。
『招かれた者』にして、『七帝』の一角に名を連ね、『魔王』を冠する化物を相手に、シアラ達は油断できないでいた。
「後始末、と言いましたが。……殺すのですか、『魔王』を?」
「反対かしら、元の立場からすれば」
「シアラ!」
クロノが躊躇いがちに尋ねると、シアラは皮肉交じりに返した。リザが眦を吊り上げるも、それを制したのはクロノだった。
「構いません、リザ。そして、その通りと答えます」
「……どういう意味かしら」
「彼は『七帝』であると同時に『招かれた者』。滅びの運命を変えられる救世主候補の一人です。『招かれた者』は未来に対する影響力が強く、未来予知を覆せるのは貴女も知っているはず」
「主様がワタシの未来予知を覆したように、フィーニスも同じ事が出来る」
「はい。世界崩壊まで残り時間が少ない中、『招かれた者』を失うのは、世界を救う手段を失うのと同じです」
「それは……そうだけど」
「シアラ、私も同意見よ」
腕組みをして悩むシアラに、意見を述べようとするのはリザだ。
「このまま『魔王』フィーニスを倒すのは危険よ。『魔王』を倒せば、必然的に六将軍や魔人種たちを全員敵に回す事になるわ」
それは、ある意味当然の話だ。『魔王』フィーニスの名は、世界各国で恐れられ、法王庁では未だに神敵として指定されている。しかし、『魔王』側の者達にすれば、敬愛すべき対象であり、崇め奉る存在。それを殺されたとなれば、怒りは凄まじい物となるはずだ。
「当然、その危険性は貴女なら気づいている筈でしょ」
「……まあね」
「なら、どうするのが良いのか、最初から決めているんじゃないの?」
「そうなの、シアラおねいちゃん」
「……まあ、ね」
紫がかった黒髪を指でつまみながら、シアラは肯定した。付き合いの長くなったリザは、シアラが本心を悟らせないようにしているのに気づいた。
青い瞳がじっと見つめてくるのから逃れる様にシアラは口を開いた。
「フィーニス。アンタにはこれから、元の世界で奴隷契約を結んでもらうわ」
「……奴隷契約だって?」
一瞬、周りの者達が言葉を失った。フィーニスですら、予想外の展開に聞き返してしまった。
「そうよ。主様を主とした戦奴隷契約。それを結んだら、アンタは主様の命令には逆らえず、命を奪えなくなる」
「……なるほど。ボクを抑える事で、間接的にゲオルギウスやクリストフォロスを抑えると言う訳か。その上、戦奴隷契約だから、レイが死ねばボクも死ぬから、彼を殺す事が出来ない。契約で命を縛るなんて、まるで悪魔のような発想だね」
「褒めてもらえて嬉しいわ」
これは、シアラが考えていた落とし所だ。彼女も『魔王』を殺す事のリスクの高さは承知していた。かといって、このまま見逃すというのもメリットが少ない。今後のフィーニスの行動を抑制する首輪が欲しいと考えてたどり着いたのが、奴隷契約だった。
それに奴隷契約にはもう一つのメリットがあった。
「君達の関係性からすれば、当然『招かれた者』との戦奴隷契約の弊害を知ってはずだよね」
「アンタも知っている訳だ。戦奴隷との契約は、全て対等契約になるって事を」
『冒険王』エイリークが世に広めた奴隷紋は、主と奴隷の命を繋ぐ契約だ。戦奴隷契約の場合、主が死ぬ事で奴隷も死ぬという制約があり、戦奴隷は主を守り、反乱する事は出来ないようになっている。
しかし、『招かれた者』はこの世界の人間じゃないため、魂の構造が違う。そのため、契約を結んだ片方が死ねば、もう片方が死ぬ対等契約しか結べないというデメリットがある。
これをシアラはメリットに変える。
「主様が死ねば、アンタも死ぬ。アンタが死ねば主様も死ぬ。つまり、ワタシ達とアンタ達が戦っても、どちらかが死ねば両方死ぬという事よ。そんなのやるだけ不毛よね」
「つまり、君はこう言いたいのかい? 戦奴隷の対等契約を持ってして、互いに不戦の条約を結ぼう、と」
その通りだとシアラは頷いた。
互いの命を差し出し合う事で、戦わない、関わらないと結ぶ。
効力がいつまで続くのか不明だが、しばらくは時間を稼ぐことができるはずだ。
「言っておくけど、アンタに拒否権は無いわよ。拒否すれば、そのまま体が朽ち果てるのを楽しみなさい。それがアンタの生涯最期の時間よ」
表面上は冷酷に振る舞っているが、シアラとしてはギリギリのラインなのは変わらない。フィーニスを殺してしまえば、ゲオルギウスやクリストフォロスの報復に備えなくてはいけない。このままフィーニスを見逃せば、ここまでやって追い詰めた苦労が水の泡だ。
奴隷契約こそ、フィーニスを生かしたまま動きを制限できる首輪になるはず。
フィーニスとて、ここで死ぬのは本意ではないはず。だから、提案に乗るだろうと思っていた。ところが、フィーニスは唇を吊り上げた。
声も無く笑う姿に、シアラは苛立ちを隠せなかった。
「なにがおかしいのよ」
「いや、すまないね。一見、互いに命を差し出しているように見える契約だけど。その実、命を差し出しているのはボク一人、というのが面白くてね」
「……どういう意味よ」
「なに。君達だって知っているだろ? それとも聞かされていないのかい。レイの持っている技能は死をきっかけに時間を戻すものだ」
「なっ!」
動揺したのは誰だったのか。
フィーニスが《トライ&エラー》に気づいているという事実に動揺した彼らは、遠くでした地響きに反応が遅れた。
大地を引っ張り上げたような塔が崩れ、その向こう側で青白い光が瞬いていた。
「黒龍、貴様っ!!」
誰かの上げた悔しそうな声を塗りつぶす黒い光が、偽りの学術都市を切り裂いた。
読んで下さって、ありがとうございます。




