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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-59 決着の時

 時計の針を揃えた様に、レティは午後一時三十分になると死亡する。まるで、何かの預言書に、そう記されたかのように変わらない死のタイムリミットが、一度だけ変わった時があった。


 それは、リザと合流する為に《リバースワールド》に跳んだ時だ。


 あの時、レイがフィーニスを足止めして、ヨシツネがリザを殺すまでにかなりの時間が掛かった。何しろ、オルタナが暴走して街は壊滅状態。炎が至る所に伸び、魔法の余波があちこちで弾けている地獄絵図。


 近づくだけでも十五分以上は経過していた。


 レイ達が《リバースワールド》に突入したのは、死のタイムリミットの十分前だ。


 つまり、一時三十分という絶対のタイムリミットを過ぎても、レティは死ななかった事になる。


 これが、あの時シアラが気づいた違いだ。


 なぜ、リザと合流する為に行った時は、死のタイムリミットがずれたのか。可能性としては、レイがフィーニスとオルタナの戦いに介入したのが原因ではないだろうか、とシアラは考えた。


 レイが地下迷宮を脱出するまでの地上での出来事は、フィーニス達によってヨシツネが殺され、シアラが捕まり、リザとポラリスが協力して、オルタナが暴走する。


 そして、シアラがどういう訳か影から解放されて、レイに《送声ボイスオンリー》で助けを求める所で死のタイムリミットを迎えるという流れだ。


 ここで気になるのが、シアラがフィーニスの影から解放されているという事だ。


 レイの介入が無ければ、フィーニスを尾行していた事を気づかれて捕まってしまうのが、本来の時の流れだ。にもかかわらず、死のタイムリミット直前に解放されている。


 つまり、誰かの介入によって影から助け出されたのだ。


 果たしてそれは、自分だけだろうか、とシアラは疑問に思うと、こんな可能性が頭の片隅に生まれた。


 もしかしたら、レティも影から解放され、それが原因で死んだのではないだろうか、と。


 この可能性を肯定するのは、フィーニスの影の中は状態が保存されているという推測だ。フィーニスの影内部が、状態を保存する空間だとしたら、レティは瀕死の状態のまま保存されており、影から出されたせいで、瀕死の状態が保てなくなり死亡してしまった。


 突飛な発想だが、それだと説明が着くのだ。リザと合流したあの時間軸で、どうして死のタイムリミットが発動しなかったのか。あの時間軸だと、レティは影の中から解放されていなかった。だから死のタイムリミットが発生しなかったのではないか、と。


 ならば、彼女が瀕死の状態に追い込まれる理由があるはずだ。


 この可能性に辿り着いた時、シアラは屋敷の中をくまなく調べた。特に、地下室は念入りに調べ、そしてある物が無くなっている事に気づいた。


 毒薬だ。


 それも致死性の高い猛毒。








「シアラ殿の推測通りでした。あの影の中は状態が変化せず、レティ殿は毒で衰弱した状態を保っておりました。レティ殿が作る毒と同じ草の匂いがしたので、毒だとすぐに判別できたでござる」


 影から脱出した事で、《ジャックス・スプラット》を解除したヨシツネが、少女たちを繋いでいた縄を解きながら見た事を報告する。


 少女たちの意識はまだ戻っていない。


「御三方とも、意識はまだでござるが、外傷などはありませぬ。無事と判断しても問題ないでござろう」


「そうか。……それなら良かった。君にもそうだけど、シアラにも危険な橋を渡らしたから、心配したよ。ヨシツネを送りこむためとはいえ、敵に捕まってもらうなんて、何かあってもおかしくは無かった」


 全員が無事だと聞いて、レイは安心したかのようにその場にへたり込んだ。


 シアラが地下室で見たのは、綺麗に片づけられた机の上だった。


 昨夜の飲み会で、一緒になった魔法使いから教わった薬のレシピを元に、調合をしていた試作品がキレイに片付けられていた。おそらく、朝方近くまで薬作りに没頭していたシアラの後片付けを、レティは行った。


 その後、何があったのかはある程度想像できる。


 どういった経緯かは不明だが、レティはフィーニスと遭遇し、捕まる直前に自殺を選んだのだ。自分がこのまま捕まるよりは、毒で死ぬ事によって、《トライ&エラー》を発動し、やり直そうと狙ったのだ。


 フィーニスに捕まって人質にされるよりかは、死に戻りをする事で対処する時間を稼ぐ。レイが起きていれば朝に、眠っていれば真夜中まで時間を巻き戻せる。


 その時のレイが、《トライ&エラー》を発動しても大丈夫かどうかはともかくとしても、時間を稼ぐべきだと彼女は考えたのだろう。


 家の中で単独の時に狙われて捕まってしまえば、捕まったという事が発覚するのが遅れてしまう。この状況下で後手に回るのは、致命的な遅れとなりかねない。正しい判断かどうかはともかく、最善手を選ぼうとしたのは確かだ。


 だが、毒を呷って死ぬはずだった彼女は、フィーニスの影の中で瀕死の状態のまま保存されてしまい、目論見は失敗に終わった。


 そう考えると、フィーニスの行動にも腑が落ちる。


 いくら、レイやシアラにちょっかいを掛けたいからといって、いつまでも学術都市に残っているのは合理的では無い。奪い返されるチャンスを与えているし、別の存在に気づかれるリスクだってある。それを承知で残っていたのは、レティの解毒薬を《ミクリヤ》のメンバーから聞きだすつもりだったと考えると納得できる。


 フィーニスにとって、レティの存在はジグムントをコントロールする上で重要だ。むざむざと死なせる訳にもいかない。だから彼は、目的を果たしたのに学術都市を離れようとはしなかった。


 いま、その毒はレイの炎で浄化された。


「これで、レティ殿の死ぬ運命は回避されたのでござるか?」


「ああ、そうだ。……ありがとうな、ヨシツネ。君一人に三人の救出を任せるなんて、無茶な事を頼んだよ」


「なにを仰いますか。拙者の腕を見込んで御下知してくださったのならば、それに応えるのが忍びの本懐ですとも」


「そう言ってもらえると、こっちも助かる。……それじゃ、君の腕を見込んで、もう一つ、お願いしてもいいかな」


「はっ! なんなりと!」


 尻尾でもあれば勢い良く振りそうなヨシツネに、レイは軽く言った。


「いま、こっちに向かってるフィーニスの相手をよろしく」


「は……は?」


 何を言われたのか、理解できないとばかりにヨシツネは瞬きを繰り返す。彼の反応を当然だと受け止めつつ、レイは更に重ねて言った。


「ごめん、もう、こうしているのも限界なんだ」


 その言葉が嘘では無いかのように、レイの体から力が抜けていく。紅蓮の刀身は輝きを失い、影は欠片も呼び出せず、瓦礫を背もたれに身を投げ出していた。


 ヨシツネのこめかみを冷たい汗が流れ落ちた。


 彼は振り返ると、先程の斬撃で吹き飛ばされた方角を見た。四肢を切り落とし、自分の影で失くした物の形を作った黒い塊が、一歩ずつ近づいてくる。踏み出す度に影が崩れていくが、執念と呼ぶべき感情で形を保っている。大地が揺れているのは、フィーニスの執念に悲鳴を上げているからだろうか。


「え、あ、あの。フィーニスというのは、いまこちらに向かって突進してきている黒い塊でござるか? どう贔屓目に見ても、拙者と基礎の力量差があるように見受けられますが」


「そこの所をなんとか」


「なんとか!?」


「工夫して」


「工夫!?」


 酷な話だが、レイにしても仕方ないのだ。もう、腕一本どころか指先も動かないほど消耗しており、意識を保つのがやっとだ。


 対するフィーニスは、影が端から崩れていくものの、まだ戦闘力を残しているのだろう。ボロボロの体ながら、上級冒険者並みのプレッシャーを放ちながら、加速していった。


 ヨシツネのレベルだと、単独で相手するのは不可能である。


 ―――単独なら。


「わ、私に任せて下さい」


 涼やかな声と共に、どこからともなく歯車が現れた。誰かの意志によって操られている大小さまざまな歯車は、フィーニスの突進を阻む様に壁となり、あるいはフィーニスの体に噛みついていく。


「あははっは! 邪魔をするなぁ!」


 絶叫と共に、影が歯車の壁を突き破る。フィーニスが出鱈目に影の腕を振り回せば、歯車が吹き飛び瓦礫や残骸に突き刺さる。


 もっとも、その度に体に纏わりつく影も千切れていった。


 何十とあった歯車は全て吹き飛び、行く手を阻む物が無くなると、フィーニスは再び前進する。しかし、明らかに速度が落ちた。


「……すいません、まだ、本調子じゃなくて、これが限界です」


「十分よ、クロノ。今度はワタシがやるわよ」


 力なく謝る声に対して、今度は気丈そうな少女の声が聞こえた。


 その声は、力強く、謳うように唱えた。


「《器を、満たせ》《バレット》!」


 杖を持たずに唱える魔法は、命中率が極端に落ちる。しかし、彼女の才覚は杖無しでも力の塊をフィーニスの体に命中させる。続けざまに十発、彼女の手から放たれた。


 とはいえ、初級魔法だ。威力はたかが知れている。フィーニスは《バレット》を浴びながらも前進を止めない。


 だが、その程度の事はシアラも織り込み済みだ。


 彼女は九発の《バレット》をフィーニスの胴体に命中させると、十発目だけは別の所を狙った。


 弾道は低く、残骸で浮き沈みする大地を舐めるように飛び、フィーニスの軸足に直撃した。


 まだ影の義足が体に馴染んでいないのか、フィーニスの足が吹き飛んだ。


 ぐらり、と態勢が傾くと、フィーニスは素早く影を展開し、自身の義足を復元させた。


 足止めは、ほんの数秒しか成功しなかった。


 だが、確実に足を止めた。


「あーあ。こっちも限界よ。……でも、まあ」


 悔しそうな声は、金色黒色の瞳に映る人影に対して向けられた。


「決着はアンタたちに任せるわよ。頼んだわよ」


「フィーニス、覚悟!!」


 戦場に響き渡る声に、フィーニスは背後を振り返った。シアラとクロノによって足止めさせられた彼は、背後から高速で迫っていた気配から逃れられなかった。


 影の包囲から脱出したリザが、薄紅色に輝く精霊剣を構えて宙を跳んでいた。


 レイに対抗するために影を戻したせいで、包囲が薄くなり、彼女の突破を許してしまった。


 水平に撃てばレイ達を巻き込む恐れがあると判断したのか、斜め上から放とうとするリザに向けて、フィーニスは影を展開する。


 生存に必要な分以外の影が傘のように広がり、薄紅色の極光が受け流されていく。


(危うく直撃する所だったが、声を上げたのが仇となったな。……いや、待てよ)


 影に守られているフィーニスの顔が曇る。


 なぜ、リザはああも叫びながら攻撃したのだ。あんなことをすれば、折角の奇襲が台無しだ。それが分からないほどの阿呆なのか、あるいは―――。


 思考が途中で打ち切られる。影が展開されるよりも前、リザが注意を自分に向けさせた瞬間に、フィーニスの死角に滑り込んだエトネの拳が、フィーニスの無防備な背中に突き刺さった。


「なぁ!?」


「やっと、やっと届いた!!」


 小さいながらも岩よりも硬い拳が、フィーニスの体を後ろから攻めたてる。衝撃が背中を起点に全身へと広がる度に、影が保てなくなり落ちていく。フィーニスは真後ろの敵に向けて腕を刃に変えて振るうが、エトネは躊躇うことなく後ろに向けて倒れた。


 彼女の背後でいつの間にか、ヨシツネの長布が残骸と絡み、ロープのようにぴんと伸びている。刃を交わして背中から倒れこんだエトネを包み込むと、布はしなり、反動で一気に彼女は跳んだ。


 至近距離から放たれた砲弾のように、エトネは頭からぶつかった。


 精神力で強化された頭突きは、フィーニスの脳を揺らす。


「くぁっ! ……意識が」


 それまで、レイや黒龍、オルタナと戦っていながら一度たりとも途切れなかったフィーニスの意識が、極限まで削れてしまった。


 背後から聞こえたひび割れる音に、フィーニスは本能的に振り返った。傘のように広げた影に亀裂が入り、そこから大上段に構えたリザが飛び込んできた。


 刃からは薄紅色の極光が放たれ、加速した彼女の斬撃がフィーニスの体を撫でた。


「……ムカつくなぁ」


 零れた言葉は、剣を振るうリザの姿を見て、かつて戦った『勇者』を思い出してしまったからか。


 斜めに入った傷口から青い血が噴き出し、そして『魔王』の体は地面に向かってゆっくりと倒れたのだった。


 精霊剣を振り切ったリザは自分の足元で倒れているフィーニスを前に油断せず、彼を挟んで立つエトネは拳を構えたまま身じろぎもせず、少女らから離れた場所で倒れているクロノは『魔王』が横たわる姿を見て何とも言えない表情を浮かべ、未だに気絶しているレティをヨシツネは背負い、どうにか顔を上げたシアラは祖父の姿を複雑そうに見つめ、そしてレイは身動きも取れないまま呟いた。


「僕らの勝ちだ、フィーニス」


 その言葉は離れた場所で倒れているフィーニスにも届いた。


 うつ伏せになり、自らが流した血で汚れていく『魔王』は仕方なさそうに返した。


「……ああ。君達、《ミクリヤ》の勝ちだ」


読んで下さって、ありがとうございます。

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