11-45 六将軍第五席ジャイルズ
一瞬の膠着状態だったが、ジャイルズが剣を上に振り上げた事で、龍刀が弾かれる。開いた胴体に向けて、ジャイルズの回し蹴りがさく裂した。レイと同じか、僅かに小柄な体躯なのに、下から上へと軌道を描く回し蹴りに体は浮いていしまった。
すかさずジャイルズの踵落しが顔面を襲う。レイは右手で攻撃を防ぐとジャイルズの足首を掴んだ。そのままジャイルズの体を振り回そうとするも、足裏から透明な刃が出てきたのを目にして手を離した。
数秒遅かったら、足裏から現れた透明なナイフで顔を抉られていただろう。ジャイルズは足の指先でナイフを掴むと、距離を取ったレイに向けて投げつける。小手で弾くも、ジャイルズは新しい武器を取り出して距離を詰めていた。巨大な槌が振りかざされ、レイは龍刀で受け止める。体にかかる負担は重く、道路は耐えられんとばかりにヒビを走らせた。
「主殿! 拙者も援護を!」
「要らない! それよりも、シアラを守っていてくれ!」
ヨシツネの申し出を拒否する。ジャイルズ相手に一人で応戦するのは厳しいが、ヨシツネが加わった所で有利になるかと言われれば厳しい。むしろ、シアラの傍を離れてしまう方が厄介なのだ。
ジャイルズの技量なら、ほんの一瞬の隙があれば、シアラを殺す事も出来る。それを実行するかどうかは別としても、危険な賭けだ。
バリン、と。音を立てて大槌が消えると、かかっていた負荷から解放された。
一瞬、バランスを崩したレイの首筋に刃が迫っていく。ジャイルズがわき腹から取り出した槍だ。槍はレイの隙を射抜くように投擲され、恐るべき速度で迫る。体を仰け反らせて回避するも、すぐさま追撃が来た。
ジャイルズが肋骨に手を当てれば、骨を引き抜くかのように双剣が手元に現れた。腕の長さ程はある剣が、レイに向かって振り下ろされる。
レイは龍刀を持っていない手を伸ばすと、イメージを浮かべる。
ポラリスが偽りの世界でやっていたように、手のひらから炎を生みだすイメージ。すると、レイのイメージに導かれるように炎が弾丸のように放たれた。
「おっと!」
狙いは正確に、ジャイルズの顔面へ直撃するはずだったが、ジャイルズが双剣を振るうと炎は消えてしまった。だが、それで十分だった。
槍を回避するために崩した態勢を整え、レイは逆に踏み込む。龍刀を袈裟に振るい、刀身から昇る炎が勢いを加速させた。
必殺のタイミング。
だが、ジャイルズは動じることなく、手の中にあった双剣を捨てると、肩口から走っている傷に手を当て、引き抜いた大剣を盾のように構える。レイの龍刀を受け止めると、体を蛇のように低くして落とした双剣の一本を口で加えた。
ぐるん、と。首の左右の動きだけで放たれた剣がレイの肩に突き刺さる。悲鳴を上げるほどではないが、痛みから龍刀を掴む力が緩んでしまう。
そんな隙を見逃す相手では無い。
大剣を掴む肩の筋肉が盛り上がると、レイの龍刀を横に弾く。その反動を利用して、大剣が大きな軌道を描いて迫る。直撃を受けると危ないと判断してレイは後ろに飛び退った。
その判断は正しい。
反動で加速した大剣は、恐るべき唸りを上げて空間を薙いだ。
レイが残っていたら、大剣によって胴体は二つに分かれていただろう。
それだけの恐るべき威力を持ちながらも、大剣は雪のように細かい粒子となって砕けた。大剣に対する思い入れは無いかのようなふるまいだが、ジャイルズは次の行動に出ている。顔面を走っている傷口を撫でれば、透明な手斧が涙のようにポロポロと落ちてくる。
ジャイルズの技能は、体に残った傷口から、その傷を作った武器や戦技を生みだすのだが、手斧が顔に突き刺さってもなお生きていたという事だろうか。
ジャイルズの恐ろしさと不気味さを加速させる手斧が、次々と投げられる。理論も何もあった物じゃない奇怪なフォームのためか、何個かは外れているが、それでも直撃コースはある。レイが龍刀で危険な手斧を落としていると、体に纏わせている影から警告が飛んだ。
「馬鹿が! 外したんじゃない、戻ってくるぞ!」
その言葉の意味を理解するよりも前に、痛みが答えを教える。ぐさり、と足首辺りに衝撃を感じた。見れば、そこには手斧が突き刺さっていた。
弾いた手斧はガラスのように消えていた。つまり、これは大外れだと思って意識から外した手斧が戻って来たのだ。
弧を描いて戻ってきた。
「まだ、来るぞ!」
影法師の声に反応して、体を動かす。四方八方に向けて投げられた手斧は、四方八方から迫る。ブーメランとは違い、綺麗な弧を描いている訳ではないが、それだけに軌道が読めない。弾くよりも回避するためにステップを刻むと、いつの間にかジャイルズ姿が視界から消えていた。
「あいつ、どこに消えたんだ」
「ひひひ、ここだぜ」
声は背後から聞こえていた。反射的に振り返り龍刀を走らせるが、半身を引いて回避していたジャイルズには届かない。そればかりか、龍刀の勢いを受けながらしなるレイピアを手にしていた。
細い、触れれば簡単に折れそうなほど細いレイピアなのに、龍刀の重みをしなって受け止める。龍刀が振り切られると同時に、レイピアの切っ先は鞭のように歪むと、勢いよくレイの体を通過する。
龍刀でしなりを作り、タメを生んだのだ。加速した切っ先は、影を貫通し、レイの胴体を進んでいく。運よく心臓は貫かれなかったが、それでも重傷だ。
だと言うのに、レイは笑う。
ジャイルズが不審に思い、レイピアを手放す瞬間、逆にレイはジャイルズを掴んだ。
「逃がすと思っているのかよ!」
叫びと共に炎が二人を包み込む。龍刀の炎と、鎧の炎が混ざり合いジャイルズを逃がすまいと絡みついた。空気が燃え、酸素が消費される。命を炭化させる業火だったが、その中に居る両者は形を保っていた。それどころか、ジャイルズはレイを蹴り飛ばした反動で大きく後ろに後退すると、炎を脱ぎ捨てる様に振り払った。
着地すると、傷だらけの顔で壮絶に笑った。
「ひひひ。温いな、温すぎるな。その剣、赤龍の力を宿しているんだろ。だったら、まだ温いぜ。赤龍の炎ってのはな、体の芯まで焼き尽くす、最高に暴力的な炎なんだ。それに比べて、てめぇのは小火程度だな。これじゃ髪だって焦げやしねえ」
ジャイルズの言葉は虚勢じゃない。あれだけの炎に体を燃やされたというのに、ダメージを負っていないのが見ていてわかる。
「でもまあ、陛下やゲオルギウスに聞いていたよりは、ずっと戦えるじゃないか。陛下の力を腐らせてないっていう点じゃ、合格点をくれてやっても良いぜ、後輩」
「誰が後輩だ。喜々として殺しに来る先輩なんて、こっちから願い下げだ」
喋りながら、レイピアと手斧で受けた傷口を炎で焼く。これ以上の出血を防ぐためだが、レイピアの方は大分貫通しているのか、体が芯から冷えていく。手元にポーションが無いため、これ以上の回復は無理だ。
危機的な状況ではあるが、レイが善戦しているのも事実だった。
六将軍第五席ジャイルズ。
単純な戦闘能力ならゲオルギウスに次いで強いと言われている男だが、ゲオルギウスのように飛びぬけて強いという訳では無い。『魔王』フィーニスのように、奇怪な特殊技能を持っている訳でも無い。
ジャイルズの強みは、武器をいくつも取り出し、それらを自在に操っている所だ。
剣の間合いで戦えば、槍の間合いに切り替え。
大槌の衝撃を耐えれば、細剣の刺突が繰り出され。
一撃必殺の破壊力を持った大剣かと思えば、多撃必倒の手数で圧倒する投げナイフが放たれる。
一人を相手にしていると言うよりも、複数の達人を相手にしているような気になる。
武器の数だけ、戦法が違う。まさに変幻自在の戦い方。
しかし、それはある意味常識的な強さでしかない。
サファのように、常識的な強さを積み上げて、常識外の強さを極めた訳では無い。
単純な達人級の攻撃なら、『聖騎士』ローランと《神聖騎士団》の打ち込みを受けていたレイに捌けない道理は無い。
ここまで戦いが続いているのが証拠だ。
とはいえ、ここまで戦いが続いている事こそ、ジャイルズが本気では無い証拠でもあるのだ。
デゼルト動乱で、ローランたちを相手に一歩も引かなかったジャイルズの実力から考えると、これはあってはならない結果だ。普通に考えれば、ここまで戦いが長引くはずが無い。
それが現実として起こっているのなら、答えは簡単だ。
ジャイルズは本気じゃない。
事実、ジャイルズの攻撃には殺意がこもっておらず、戦技を一つも開放していない。考えるまでも無く、ジャイルズは手を抜いている。
おそらく、フィーニスから本気になるなと命令されているのだろう。あるいは、自分たちと同じ力を与えられたレイの力を計っているのかもしれない。どちらにしても、ジャイルズは本気ではないのは確かだ。
そして、長引くのを望んでいる筈もない。
「ひひひ。まあまあ楽しめたぜ。流石にこれ以上、時間を使う訳にも行かないしな。将来性込で有望株と認めてやる」
言葉を区切ると、口元に浮かんでいた軽薄な笑みは消える。
ジャイルズの全身から濃厚な殺気が立ち上った。
「だから―――これで終いだ」
魔人の姿がぶれる―――と思いきや、ジャイルズの体は横合いから放たれた魔法の直撃を浴びていた。
「はっ? 誰だ!」
尋ねるまでも無い。
この場で魔法を使うのは二人しかおらず、方角からすれば一人しかいない。
金色の瞳が睨みつけたのは、ヨシツネに庇われながら魔法を放ったシアラだった。金色黒色の瞳は揺れていたが、真っ直ぐジャイルズを睨んでいた。
「姫さん、邪魔をするんじゃねえよ。先にアンタからやるぞ」
ジャイルズの殺気を浴びるも、シアラは憶する事なく言い放った。
「やってみなさいよ。ただし、アンタは先に主様にやられるでしょうけどね」
「なに―――なんだ、こりゃ!」
ジャイルズが違和感から叫んだ。何故なら、ジャイルズの体が足元から伝わってくる影によって包まれていたのだ。レイが操るフィーニスの影がジャイルズを縛っていく。
「影法師、そのまま抑えていろ! ヨシツネ、シアラを抱えて離脱だ!」
「てめぇ、この、逃げるつもり、もがぁあ!」
フィーニスの影はジャイルズの口元を抑えて、全身を包み込む。一種のアートのような姿となっていた。もっとも、見た目とは裏腹に影法師がジャイルズを逃がすまいと凄まじい力を発揮している。
「レイ! 悪いが十秒と持たないぞ!」
「それで十分だ。キョウコツ、見てるなら、こっちに来い!」
レイは何処かに隠れているであろうキョウコツに向けて叫んだ。すると、近くの建物の影から手が伸びた。
「私の名前を呼ぶな! 覚えられたらどうしてくれるんだ!!」
「文句は後にしてくれ! カタリナさんから渡されたベルを寄越せ」
「はぁ? どうしてお前がこれの事を知ってるんだ」
「説明も後だ! 急げよ!」
影法師と繋がっているため、フィーニスの影による拘束が限界を迎えているのは手に取るように理解できた。
レイの鬼気迫る様子から、キョウコツはベルを渡す。
受け取るやいなや、ベルを振るうと影が一行の近くに現れた。
「ヨシツネ、シアラ、キョウコツ、飛び込め!」
レイが叫ぶと、シアラを抱えていたヨシツネは飛び込み、続けてキョウコツがレイに蹴られて影に飲み込まれた。そしてレイも飛び込もうとするも、寸前で殺気を感じた。
影を引き千切り、自由になったジャイルズの右腕には剣が握られていた。その剣に宿る力が解放された。
「《千光一刀》」
刀身が溶けると、中から膨大な熱量を発する光となり、それが束ねて剣となる。距離を一気に焼き尽くした斬撃が振るわれた。
光が通った場所は、マグマが直撃したかのように融解したが、しかしレイ達の姿は無かった。
「危ないな。最後の最後に、本気を出しやがったよ」
影の転移による気持ちの悪さを堪えつつ、レイは立ち上がった。すると、自分に向けて掌を向けて身構えるポラリスと目線があった。
「瞠目。いつの間に、ミスター・フィーニスと同じ転移方法を身に付けたのでしょうか。ミスターの観測レポートに特記事項として残しておくべき、重要事項だと判断します」
「今回限りの飛び道具だよ。それよりも……良かった。リザも無事だね」
レイは自分たちが屋敷に転移した事と、そこにリザが居る事を確認した。
「はい。無事に合流出来て良かったです。何しろ今回は……死のイタミが想像を絶していました」
「全くよね。あんなの、何度も浴びてたら意識がどうにかなっちゃいそうよ」
二人とも思い出してしまったのか、表情を青ざめる。まだ本調子じゃないのか、ソファに座っていた。
「リザの方は、何か変化はあったかい」
「いえ。私が死のイタミに耐えかねて絶叫すると、ポラリスが助けてくれ。一度は後退しましたが、レイ様と合流するなら、屋敷の方が安全かと考えて戻ったのです」
「君ならそう考えるだろうと思ったよ。そして、その通りで助かった。ここなら回復薬の在庫もあるからな」
「レイ様? もしや、どこか傷を!?」
レイの様子から負傷に気づいたリザは立ち上がろうとするも、まだ力が入らないのかソファに戻ってしまう。
「無理をしてはなりませぬ。主殿、こちらを」
いつの間にか姿を消していたヨシツネが、レイに回復薬を差し出す。レティが作った液体を飲み干すと、体の中からミシミシと修復される音が聞こえてきた。
「よし、これで大丈夫だ。……早速だけど、リザ、シアラ。これからの行動を二人に説明する。僕の計画に無理があると思ったら、言ってくれ。出来る限り修正するから」
そう前置きをしてから、レイは先の時間で考えた計画を口にした。
話を聞いていくうちに、リザとシアラの顔色は悪くなっていくのは、死のイタミとは無関係だろう。なぜなら、ヨシツネも似たような表情をしているのだ。
「……という流れでいこうかと思う。どうかな、二人は。なにか問題点とかに気づいたか」
「問題点、という以前に発想が大問題よ。こんなの成功する確率を考えるだけ無理じゃない」
シアラが呻くと、リザは同意しつつも、
「確かにその通りですが、現状で打てる手はこれぐらいしか無いのも事実かと」
「そうだけど……ヨシツネ、アンタはどう思うのよ」
「拙者は意見を挟む立場ではありませぬ。主殿が切れと命じた物を切るだけでござる」
「アンタが一番面倒な役回りなのよ。その辺、分かってるの?」
「然り。主殿、ただ一言。やれと命じて下され。さすれば拙者は、見事主命を果たしましょうぞ」
片膝をついて頭を垂れるヨシツネに、レイは短く言った。
「頼む」
「―――はは! ……とはいえ、その命を受けるのは今の拙者では無いのが何とも」
その通りである。
レイの計画は、一度状況をリセットする必要がある。タイミングを逸してしまったのだ。
この計画には、レイ、リザ、シアラ、ヨシツネが独自に動く必要がある。そのためにも《トライ&エラー》を使い、死に戻る必要がある。
「これは、ワタシとリザが死ぬことで、主様と一緒に記憶を持っていく必要があるわよね」
「その通りですね。そのためには、同時に死ぬ必要がありますが……ポラリスだと危険ですね」
エネルギーを著しく消耗しているとはいえ、ポラリスの強さは変わらない。デゼルト動乱の時に、彼女によって受けた死のイタミは激しかった。
「ああ、だからここはヨシツネ。君に頼みたい」
「承知」
レイの考えを予想していたのだろう。ヨシツネは動じることなく請け負うと、刃を引き抜いた。そして、並んで座る二人の前に立つと、刃を一閃させた。
急所を一突き。
鮮やかな手際の良さに、傍にいたキョウコツも呆気にとられる。
そして、レイの右手から伸びた契約の鎖が、蛇のように心臓にかみついた。
★
「―――っう!」
イタミは許容できる範囲だった。シアラは膝を折るのだけは辛うじて抑えて、目の前の扉を開け放った。そのまま、廊下を突き進むと、倒れこむ様にして扉を開け放つ。
「てめぇは、カタリナの娘か。こんな所で会えるとは……随分と消耗しているじゃねえか」
部屋の椅子に腰かけていたオルタナが、更に言葉を続けるよりも前に、シアラは一方的に言い放った。
「主様からの伝言よ、オルタナ。ワタシ達に協力するなら、アンタの探している時の権能に関する情報を教えてやるわよ」
オルタナの口元が真一文字に閉じられた。
それから数分後。
学術都市の研究地区を覆うドームが砕かれ、一匹の魔人が空から落ちてきた。ジャイルズはカタリナの研究所の屋根を吹き飛ばし、姿を現すと部屋の中を一瞥した。様々な研究資料が置かれ、煩雑としている室内。窓を背にした椅子に腰かけている少女を見て、ジャイルズは驚いたと呟いた。
「陛下の言う通りにあの女を追いかけたら、アンタと会えるとはね。ご機嫌麗しゅう、姫さん」
「機嫌なんて最低最悪よ、ジャイルズ」
金色黒色の瞳を鋭くしたシアラは、ゆっくりと立ち上がった。
ジャイルズがそれとなく警戒していると、シアラは両手を真上に持ち上げた。
自分が武器を持っていないと、戦う意志は無いとアピールするポーズ。
「……そいつは、何の呪いだ。三百年の間に、俺の知らない新しい術式でも誕生したのか?」
「馬鹿ね、ジャイルズ。降参よ、降参」
口では降参と言いつつも、シアラの瞳に敗北の色は無かった。
読んでくださって、ありがとうございます。




