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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-43 黒龍の暴威

 影の転移による頭の中を直接手で掻きまわされるような不快感から抜け出した直後、レイは猛烈な殺意に反応した。殺意だけで死を忠実にイメージできるほど濃厚で、これまでに数えるほどしか浴びた事が無い。


 比較するとしたら、サファを前にした時の感覚に近い。


 レイは抜刀するなり、龍刀に炎を纏わりつかせる。右腕だけに影を展開すると、一気に振り抜いた。殺気の方角へと炎を放つと、何倍にも大きな純黒色の炎にぶつかった。紅蓮の炎は力負けをしたが、殺意の塊のような炎を逸らす事には成功した。


 レイ達が出現した影の近くで、二色の炎の塊が爆発する。衝撃波が辺りに広がると、転移したばかりのレイ達が吹き飛ばされてしまう。


 流石に場慣れしているのか、予想外の事態にも関わらず、リザはシアラを掴み、ヨシツネはマフラーを伸ばしてレイを庇う様に引き寄せた。


 地面に上手く着地したレイは、ヨシツネに礼を言う。


「すまない、助かったよ」


「ご無事で何よりでござる。しかし、今の爆発は何が―――っ!!」


 視線を鋭く辺りを警戒したヨシツネが、息を呑む。その反応にレイは訝しむと同じ方向を見た。


 そこにあったのは純黒色の山―――では無い。


 山のように大きくそびえたつ塊だ。肌は何千年と生きた樹木のように鋭利で、雄々しく広げられた翼は空を征服する怪物に相応しい。


「貴様、何奴だ。何故、赤龍の力を振るうのだ。人間よ、名乗れ」


 人の言葉を操るが、人が発しているとは思えない重々しい響きがある。まるで、言葉その物が重圧となってレイ達を襲う。


 レイは自分を見下ろす眼差しを睨みつけ、ハッキリと名乗った。


「《ミクリヤ》所属、『緋星』のレイだ。アンタは、『龍王』黒龍で間違いなさそうだな」


「肯定。生体反応が過去のデータベースと一致。古代種が六龍、黒龍に相違ありません」


 緊迫した空気にねじ込む様に、ポラリスの電子音声が響く。彼女もまた、カタリナが用意したベルの転移を使ってこちらに来ていた。


「……黒龍。確かに、アマツマラで遭遇した赤龍と同等の……いえ、それ以上の重苦しい重圧を感じますね。この気配は、『七帝』のサファ殿やジグムントにどこか似てます」


 シアラを起こしたリザが、精霊剣を握りしめながら黒龍を見据える。視線を外せば、その瞬間死んでしまうという予測の元、そのままの態勢でシアラに尋ねた。


「それで、シアラ。貴女が言っていたのは、この事なんですか」


 影で転移する直前、シアラはこの状況を示唆するようなことを言っていた。


「もしかして、《ラプラス・オンブル》による予知で、この状況を見たというのですか」


「いいえ。そうじゃないの。ワタシは、アンタからの話を聞いてこの可能性を思いついただけよ」


 技能スキルによる未来予知で知ったのかと思っていたリザだったが、意外な言葉に眉を顰める。


「私の話、ですか。正直、何の事だかさっぱりですが」


「気づかなくてもいいわよ。そういう部分をアンタに期待してないもの」


 失礼な発言をリザがスルーすると、シアラはマジックのタネを明かすように言葉を続けた。


「オルタナが言ってたんでしょ。フィーニスはゲオルギウスと一緒になって黒龍に挑んだけど、負けたって」


「ああ、そういえば。そんな事を言ってましたね」


「オルタナが未来を予知しているといっても、アイツはワタシのと同じで自分が未来で見聞きできる範囲の事を先に知っているだけ。アイツが見る事も知る事も出来ない事は、知る事は出来ない。なのに、アイツはフィーニスが負けた事を知っていた。フィーニスがその情報を、わざわざオルタナに教えた、という可能性は低いわ」


 フィーニスにとってみれば、黒龍は憎き敵。故郷を滅ぼした元凶だ。それに挑んで負けたという事実を軽々に明かすはずがない。ゲオルギウスも同じだ。


 なら、誰がその事実をオルタナに教えるのか。


 フィーニスとゲオルギウスでなければ、答えは1つしかない。


「黒龍とオルタナは手を組んでいる。そして、コウエン様が学術都市で騒動が起きているのに姿を見せないのは、あの方に関連した存在と関わっていると予想したのよ。だから、転移すれば黒龍がいる確率は高いと踏んでいたわけ」


「然り。思考の筋道としては及第点をくれてやろう」


 幼い声色でありながら傲慢な口調。振り返らずとも、背後に誰がいるのか二人には分かった。


 キュイから降りたエトネとコウエンがリザとシアラの横に並ぶ。


「とはいえ、貴様等がここに来ることになるとは、な。よりにもよってと言うべきか。どうやって来たのじゃ。先程の気配は『魔王』の力に似通っておったが、レイの奴が転移を身に付けのたのか」


「いえ、違います。カタリナが用意した、このベルの力です。誰かを思い浮かべながらベルを振れば、その人の近くに転移できる影が現れます」


「なんじゃ、その力。この局面でこそ、役に立つではないか。あまりにも都合が良すぎて、むしろ不気味じゃな」


「……え?」


 コウエンの言葉にシアラは引っ掛かりを覚える。それが何を意味するのか考える前に、リザの鋭い呼びかけが思考を遮った。


「皆さん! 黒龍の様子が変です。警戒を!」







「レイ……その名に聞き覚えがある。オルタナが口にしていた最後の『招かれた者』か」


 オルタナの名前にレイは僅かに目を細めた。どうやら黒龍とオルタナには何らかの繋がりがあるようだ。オルタナが学術都市に潜入中のタイミングで、黒龍が都市の近く―――正確な場所は不明だが―――に居るのを単なる偶然で片付けられない。


 間違いなく、黒龍とオルタナは繋がっている。


「不愉快な話だ。我ら古代種の力を、そのような無機物に収め、得意げに振り回すとは。前にしているだけで醜悪さに反吐が出る」


「随分な言い草だな、黒龍。そんなに自分のブレスが反らされたのが、お気に召さないのか」


 レイの挑発に黒龍は反応を示さない。ただ、視線はレイに固定したまま動かなかった。


「……貴様、何者だ」


 再度、同じ質問を繰り返されてレイは言葉に詰まる。問いかけの意味が分からずに沈黙していると黒龍が言葉を続けた。


「貴様の魂……混じり合っている、いや違う。それぞれが独立し、重なっているのか。色の違う紙が幾枚も重なり、黒に近く……だが、それは……ありえん、これはありえん!」


 呟きはレイに向けての問いかけと言うよりも、自身の衝撃を和らげるために発したかのようで、叫びは周囲を震わした。


「貴様は何なのだ!!」


 三度目の質問。だが、それに対する答えをレイは持っていない。


 否、それこそ、レイ自身が知りたいのだ。


 自分は何者なのか。


 自分は何なのか。


 答えを持たず沈黙するレイを、黒龍は忌々し気に見つめた。


「貴様は存在するはずの無い害悪だ。貴様と言う存在を世界は許容できん。自らの刃で汚泥を雪げぬというのなら、我が炎で塵も残さずに消えるがよい!」


「くそっ! 勝手に激昂したと思ったら、いきなり戦闘かよ!」


 黒龍の体から威圧感が増すと、純黒色の炎が塊となって吐き出される。龍刀の炎で応戦しようとするレイの前に、小さな影が躍り出る。


「おねがい、《ハヅミ》!」


 指輪を付けた手を前にしたエトネの叫びに呼応して、水の超級精霊ミヅハノメが姿を現した。水の腕を振るうと、炎を受け止める様に水の盾が空中に生まれた。だが、触れた瞬間に水は蒸発してしまう。


「いちまいじゃ、だめ! もっと!」


 エトネが指示を出さなくても、《ミヅハノメ》も理解していた。精霊は続けざまに水の盾を何枚も作るが、純黒色の炎は止めきれない。


 だが、威力が弱まっているのは確かだ。


「十分だ、エトネ。後は任せてくれ!」


 《ミヅハノメ》が時間をかせいだことによって、レイは力を貯める事が出来た。龍刀に宿る炎は、一つの斬撃に集約される。


「《赤龍爪牙》!」


 赤龍の振るう爪を模した戦技は、純黒色の炎を突き破り黒龍の顔面を掠めた。一瞬だが、黒龍の視界を奪う事に成功した。


「今よ、リザ! 《デッドリートルネード》!」


 詠唱を進めていたシアラは、風の上級旧式魔法を発動した。黒龍の体を包み込む程の巨大な竜巻の中に、金色が混じっていた。


 リザはシアラが起こした風の魔法を掴むと、空高く舞い上がっていた。


 冬の大空が視界を埋め尽くし、彼女の体はゆっくりと地面の方へと向いた。


 大地を侵食せんとする黒き塊を見据えると、彼女は腰に差してある剣を抜いた。


 それは屋敷に置いてあった予備の剣。


 大量生産された、上質とは呼べず、精霊剣と比べるまでも無い。


 だからこそ、使い道のある剣だ。


「《超短文ショートカット低級ロー形状変形シャープチェンジ》!」


 発動した魔法によって、剣のサイズは変化する。リザの腕の長さほどだった剣は、背丈を越え、大木を越える。それこそ巨人が振るうのに相応しいほどの大きさだ。


 リザの《形状変化シャープチェンジ》は、物質の大きさを変えられるが、質量も形状に合わせて変化する。大きくすればするほど、物体も大きくなる。現在のリザといえど、これだけ大きくなった剣を振り回すのは不可能だ。


 だから、彼女は剣を掴まない。


 柱のように大きくなった剣の柄を足で踏むと、技能スキルを詠唱する。


「《この身は、一陣の風と為る》!」


 瞬間、彼女の両足に風の力が宿ると、リザは片方を解放した。


 暴風の力を受けて更に跳躍したリザの足元で、暴風によって押し出された巨大な剣が黒龍へと真っ直ぐ落ちていく。


 リザの技に飛翔穿というのがある。


 《風ノ義足》を発動させ上空に舞い上がり、剣を《形状変化シャープチェンジ》で巨大化させて、落下と同時に加速して敵に体当たりする技だ。戦技では無いため精神力の消費が少なく、高威力が期待できる技だが、欠点もある。


 それは威力の向上が望めない事だ。


 飛翔穿は剣の重さと加速によって威力が跳ね上がるが、どちらを増やしても使い手であるリザの体が無事では済まない。事実、アクアウルプスで剣を最大限まで大きくしてエレオノールを相手に発動した時、相手を瀕死にまで追いやる事は出来たが、海面への着水の衝撃でリザも瀕死に陥っていた。


 一定のラインを越えれば自爆技になってしまう。


 精霊剣を手に入れた事や、リザ自身のレベルアップもあり、飛翔穿に頼る必要性は薄まったが、それでも強力な一撃は用意しておくべきだとリザは考えていた。《ミクリヤ》において、瞬間的な火力はレイの龍刀やシアラの《アイスエイジ》があるが、どちらも魔法攻撃に分類される。リザの精霊剣も同じだ。


 物理的な攻撃の火力不足こそ、《ミクリヤ》の課題だった。


 そして、それに対する回答こそ、この技だ。


 空中に舞い上がったリザが、魔法によって剣を巨大化。単なる自由落下だけでもそれなりに衝撃を与える所を、技能スキルによって押し出す事で加速を与え、衝撃を増す。飛翔穿と違い、技の衝撃で体が砕け散る心配はない。


 外殻穿剣がいかくせんけん


 誇張なく、地面すら穿つ一撃である。


 実戦で使うのは初めてであるが、リザの新しい技は黒龍の背中を目がけて真っ直ぐと落ちる。黒龍の巨体ならば、必ずどこかへと掠め、大ダメージを与える―――はずだった。


 リザの外殻穿剣は、逆立った鱗がびっしりと生えた背中に直撃して、砕けた。衝撃は黒龍の体を伝わり、地面を大きく揺らす。遠くの山に積もった雪が崩れ、山に隔てられた内海が荒れる。


 威力に換算すれば、レイが全身全霊で放った《赤龍天穿咆哮》に匹敵する一撃だったが、黒龍の体を貫くには至らない。


 必殺を期待して放った一撃が、眼下で砕け散るのをリザは呆然と見つめていた。


「温い」


 空気を震わす黒龍の声は、遥か上空に居るリザにすら届いていた。


「武器の硬度が甘い。使い捨ての一撃と思い、粗悪な物を使ったな。我を相手にするならば、それ相応の武器を犠牲にするべきだ」


 直後、黒龍の体が膨れ上がると、シアラが金切り声で叫んだ。


「避けて、リザ!!」


 喉が裂けんばかりの絶叫だが、遥か上空に居るリザには届かない。だが、黒龍の殺意はリザに届いてしまう。


 極限までに圧縮した事で、熱線と化したブレスが落下中のリザを一撃で切り裂いた。肉はあっという間に蒸発し、欠片も残らない。リザを突き抜けた熱線は空に浮かんでいた雲を薙ぎ払った。


 あっという間の出来事だった。


 戦奴隷の対等契約がレイを襲うよりも早く、黒龍が首をぐるりと回すと熱線が刃のように空間を薙ぎ払う。そのまま下に向かって放たれ、傍にあったレイ達の体は大地の表面を巻き込んで消し飛んでしまった。



 ★


 イタイ。


 イタイ、イタイ。


 イタイ、イタイ、イタイ。


 イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ。


 イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ。


 ★



「―――ッアアアッッぅ!!」


 言葉にならない絶叫。ベッドで目を覚ましたレイは、顔が歪むほどの苦痛に身もだえしていた。細胞の一欠けらに到るまで苦痛が染みこみ、脳髄まで蹂躙される。死のイタミだけで、もう一度死んでしまいそうなほどだ。


「ガアアアッ! グアッ!!」


 ようやく言葉を発したが、それは意味を成していない。


 獣の遠吠えに近かった。


 レイの部屋を尋ねようとした宿屋の女将が、不気味さから部屋の前で引き返してしまう。


 それから十分近い時間をかけて、ようやくレイはイタミから解放されていた。


 汗を吸った服は重くなり、疲労困憊の状態で、起き上がろうとして床に倒れこんでしまう。


『無様な姿だな、ええ?』


 耳障りな声が耳朶を震わす。影法師の意識が表層に出てきていた。


「なんの、用だ。お前に、構っている、暇は、無いんだ」


 息も絶え絶えに喋るレイを、レイの中に居る影法師は嘲笑った。


『無様な醜態を見物に来ただけさ。何しろ、絶体絶命の状況だ。『魔王』、『魔術師』だけでも手一杯なのに、そこに来て『龍王』まで参戦となりゃ、いよいよお終いだな。味方はエネルギー切れ寸前のポンコツ『機械乙女ドーター』だけ。こりゃ、勝ち目はねえよな』


 確かに影法師の言う通りだ。


『七帝』の内、『魔王』、『龍王』は間違いなく敵だ。これまでの経緯や相手の目的もあって、いや応なしに戦いになってしまう。


『魔術師』も味方とは断言できない。リザの報告では『魔王』との戦いで手を貸してくれたが、『龍王』と手を組んでいる以上、向こう側に回る可能性は残っているのだ。


 この三体の内、どれか一体を倒す事すら今のレイ達には不可能だ。


 黒龍を相手に三分と持たなかったのが、互いの実力差を雄弁に物語っている。


 どう考えても行き止まりの状況だ。


 それなのに。


「勝ち目がないだって。馬鹿を、言うんじゃないよ。やっと、やっと勝つ手段が見えた、っていうのに、さ」


 レイの目だけは、輝きを失っていなかった。


読んでくださって、ありがとうございます。

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