11-39 集う仲間Ⅱ・状況整理Ⅱ
「疑問。ミス・エリザベートの提案は危険だと判断します。つい先程まで戦闘のあった場所に戻るなど愚行極まります。即時の撤退を提案します」
来た道を逆走しながらも意見を述べるポラリス。短くも濃い時間を共にした事で、感情の無いはずの彼女の不満をリザは感じていた。
ポラリスの言う事は正しい。
ほんの数分前まで『魔王』フィーニスと睨みあっていた屋敷前に戻るなんて提案は、立場が逆なら確実に反対しただろう。
だが、リザにはそれをするべき理由がある。
前回の時間軸。
偽りの学術都市が地獄へと変貌しつつある最中、どうしようもない無力なリザの元にレイ達が飛び込んできた。
常識が砂時計のように落ちていく最中、やっとの思いで合流したシアラのメッセージは、単純にして明快だった。
屋敷で集合。
おそらく、あの時のレイとシアラは既に《トライ&エラー》で戻ってきているのだろう。何週目なのかは分からないが、屋敷で集まるのが最適解なのだと導きだしたのだ。
リザが屋敷に戻ろうとする理由としては十分なのだ。
フィーニスとの戦闘から離脱している最中に戻ってきたリザは、ポラリスに屋敷に戻るように頼んだ。ポラリスとしてはあまりにも危険度の高い行動だが、リザの熱意に折れた形だ。
人払いの魔法の効果が残っているのか、人通りの無い通りに舞い戻ってきた。
ポラリスの熱線を受けてなお形を保っている屋敷の前でリザは降ろされた。
「探査。……失敗。魔道具化しているため、内部の構造をスキャンすることも出来ません」
「つまり、どういう事でしょうか」
「回答。ミスター・フィーニスが室内に残っている可能性は否定できません。観測されない限り、存在する可能性としない可能性は等しいです」
途端、慣れ親しんでいる屋敷が迷宮よりも恐ろしい場所に様変わりする。扉を開けた瞬間、『魔王』の一撃で体が吹き飛んでもおかしくない。リザは気持ちを落ち着かせるように呼吸を繰り返すと、扉に手をかけた。
かちゃり、と。軽い音を立ててドアノブは回り、扉は開いた。
隙間から覗き込む限り、フィーニスの姿は無い。
リザはそのまま中へと入った。
室内は外の寒さと無縁のように暖かい。暖炉に薪がくべられているというだけでなく、つい先程までここに人が居たという温もりを感じるのだ。
しかし、意外な事に争われた形跡は無い。
「レティとクロノはここで誘拐されたのではないのかしら。……このカップ、確かお客様用よね」
玄関を開けてすぐの場所が応接室になっている。上座におかれたカップから紅茶の湯気が微かに昇っていた。自分たちが不在の間、妹は誰かを招いたのだろうかとリザは推測した。
「探査。……成功。内部をスキャンしましたがミスター・フィーニスの痕跡はありません。屋敷内は無人です」
「そう、ですか。……エトネとコウエン様はまだ戻っていないのかしら」
無人となれば、あの二人もまだ戻っていない事になる。
都市の外れにある馬屋に預けたとはいえ、そろそろ戻っていてもおかしくは無い。
最年少コンビの行方も気になった。だが、リザは外から聞こえた音に振り向いた。誰かが通りに着地したかのような大きな音だ。
ポラリスが警戒するように両手を前に突き出して身構えていた。
リザも剣の柄に手を伸ばす。
二人が構えていると、ドアノブがゆっくりと回った。
険しい顔をしていた少女は、扉を開けて現れた少年を見るなり涙を流しそうになる。あまりにも濃い数時間に、精神が削り取られていた。しかし、まだ何も終わっていないと自分を戒めて涙を流すようなことはしない。
「―――っ、ただいま、リザ」
その一言にリザは心の底から生まれた思いを言葉に乗せた。
「はい、お帰りなさいませレイ様」
レイは心配事が一つ片付いたとばかりに眉尻を下げた。
「ああ、良かった。君がこの時間帯にどうなっていたのか分からないから、合流できるかどうか不安だったけど、ちゃんと合流できたね」
「はい……、ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「おいおい。謝る必要なんてどこにも無いだろ。それより、どこも怪我をしていないか。それに……彼女とは何も無かったかな」
レイの視線が横に滑る。部屋の隅で熱線を放とうとしていたポラリスは、レイを認識すると警戒を解いていた。しかし、今度はレイの方が警戒する番だ。リザを自分の背中で庇うと、龍刀を構えようとしていた。
「シアラから話は聞いていたけど、本当にポラリスか。……リザ、彼女に何かされてないだろうね」
「ご、誤解です、レイ様! ポラリス殿には終始助けられて、良くしてもらっています」
「不可解。ミス・エリザベートを助けたのは先程だけです。別の方と混同されているのでは」
「それは、えっと、まだ起きていないというか、これから起きるはずだったと言いますか……説明が難しいです」
もにょもにょと口ごもるリザにポラリスは首を傾げたが、《トライ&エラー》を使えるレイは理解できた。どうやら、あの地獄の中をリザが生き延びれた要因は彼女にあるようだ。
龍刀を鞘にしまうと顔から険しさが消えた。
「……どうやら、随分とリザが世話になったようだ。彼女の主として、そして仲間として礼を言わせてくれ。ありがとう」
「困惑。礼を受け取る因果はありませんが、受け取っておくのが後々の交渉に役立つと判断します。どういたしまして」
「正直に言うな、このロボット」
ポラリスの返答にレイは目を丸くする。デゼルト動乱時に少しだけ言葉を交わしたが、機械ならではの無機質さしか感じられなかっただけに、イメージが違っていた。
そんな時、再びドアノブが回った。
振り返れば、金色黒色の瞳を持つ少女と影のように付き従う青年が部屋に入ってきた。
「リザ! アンタ、きちんと戻っているわよね!」
開口一番、《トライ&エラー》によってこの先の記憶を持っているかどうか尋ねてくる仲間の姿に、リザは頬が緩んでしまう。
「……なによ、何か笑えるところでもあったかしら?」
「いえ、シアラらしいと思っただけです。そんなに目くじらを立てないでください。大丈夫、ちゃんと戻っています」
「そう……ならいいわ。ああ、あと。……アンタが無事で良かったわ」
そっぽを向きながら言うシアラの耳が赤いのをリザは見なかった事にする。
「ありがとう。貴女も無事で良かったわ。それに、ヨシツネ殿も」
「いえ。……それよりも、奥の御仁は?」
ヨシツネがちらりと見据えたのは部屋の奥に居たポラリスだ。シアラも始めて気づいたように顔色を変える。情報としては聞いていたが、同じ空間に『七帝』の一角が居るのだ。デゼルト動乱時に、黄龍の放つ砂嵐を吹き飛ばしたポラリスを、シアラは遠くからとはいえ目撃している。
巨大な質量の壁を、いともたやすく吹き飛ばした怪物を前に冷静さを保つのは難しい。
今にも杖を抜こうとする彼女を止めたのはレイだ。
「ストップ。ここで争っている場合じゃないのは、君も理解しているだろう。まずは、状況を整理したい。リザ、君に何があったのか話をして欲しい」
バチバチ、と暖炉にくべた薪が炎に身を捩る音がした。
「以上が、私の経験した事の全てになります」
一気に喋ったから喉が渇いたのか、リザがコップに口をつけた。黙って話を聞きながら、頭を回転させていたシアラが、ようやく口を開いた。
「なるほどね。リザの経験した時間軸で、色々と分からなかった事が理解できたわ。これで今回の騒動の全体図が見えてきたようね」
「そうだね。リザが経験した戦いは、死へのタイムリミットの後半部分だ。シアラが目撃したオルタナとフィーニスの激突の後、ポラリスとフィーニス、そしてオルタナの三人がぶつかり、その後に死のタイムリミットが発動する。これが昼から一時半までに起きていた戦いになるんだ」
ヨシツネが書き留めた内容と照らし合わせれば、今回の時系列が分かりやすくなった。
大雑把に言ってしまえば、今回の事件は三つの出来事が順番に起きていたのだ。
最初に起きた事はフィーニスによるレティとクロノの誘拐だ。彼女たちが誘拐された時間は十二時直前で、場所はこの屋敷内だ。そして屋敷を出た所でフィーニスはリザとポラリスに遭遇し、戦闘に入る。
ポラリスを退けたフィーニスは、レイとシアラをおびき出す為にあえて街中をうろついていた。カタリナが用意した道具が無くても、シアラならフィーニスの気配を感じ取って見つけられた可能性は十分にあり得る。
フィーニスの目論見通り、シアラはフィーニスを見つけるが、同時にジャイルズがオルタナを連れてきてしまい遭遇戦となった。これが二つ目の出来事だ。
前々回の時間軸では、オルタナが敗北した直後にレイが迷宮を脱出してフィーニスと戦い、シアラを殺して時間を巻き戻した。だが、その介入が無ければシアラは捕まっていただろう。レティとクロノと同じように、フィーニスの影に捉えられていた。
そしてポラリスによるギルド襲撃を経て、リザは再びフィーニスに挑む。一度は破れたオルタナも合流し、『七帝』が三体と六将軍による戦いが巻き起こり、偽りの都市が地獄と化した。これが三つ目の出来事だ。
リザが見聞きした情報はどれも貴重だ。オルタナが人を殺してしまうと暴走状態に陥る事や、フィーニスがオルタナ対策として無関係の人々を利用している事、そしてフィーニス達がやろうとしている計画の一端を知る事が出来た。
もっとも、ギルド襲撃の話を聞いた時には頭を抱えそうになったが、聞く限りその状況下で取れた選択肢が、それしかないのも事実だ。
その上でレイは気になった事を尋ねた。
「僕が地上までの穴を作った時、シアラは《送声》を発動していたはずだけど、あの時の彼女は何処にいたんだろ。フィーニスとオルタナの戦いの後で影に捕まって、次の戦いの時には影から出されていたとしても、あそこは魔法の空間だ。《送声》は別空間でも届くのかい」
「……無理かもしれない。《送声》は、相手に声を届ける事に特化している分、互いに話をしたり、複数人の声を同時に繋げたりするのは出来ない。別空間にまで届くとは思えないわ」
「だとすると、オルタナが生み出した魔法の空間は破壊され、シアラは一時的とはいえ外に放り出されたって事か。……あの地獄のような光景が、現実の世界にまで及んでいたら、どうしようもないよな」
限界を越えた一撃で迷宮に穴を開けた時、微かに聞こえたシアラの声はいくつもの感情が渦巻いていた。
不安、恐怖、絶望。
どうすればいいのか分からず、ただ助けを求めるしかできないのも無理はない。
「あの状態のオルタナ殿があれだけ広範囲の魔法を、理性が無くした状況で維持できるとは思えません。魔法の解除があったというのは納得できます」
前回の時間軸の記憶―――つまり、地獄と化した偽りの都市を覚えているリザの肌は白い。常識が通用しない地獄が、この現実にまで及べばどれだけの人間が被害を受けるのか、想像すら出来ない。
「……して、今後の方針は如何するのでござるか?」
リザの話を覚えたばかりのエルドラド共通文字で記していたヨシツネが、押し黙ったままのレイとシアラに尋ねた。
リザの感じた恐怖が伝わる報告書に目を通していたシアラは、視線をそのままに口を開いた。
「どうする、と言われてもね。ねえ、ポラリス。アンタはどうするべきだと思うの?」
シアラの問いかけにレイが驚きのあまり顔を上げた。
「お、おいおい。彼女に話を聞くのか」
「変かしら? リザの話からすると、目的を果たすまではこちらの味方なんでしょ。そして、『七帝』との戦闘経験もある貴重な存在よ。話を聞かないというのが不合理よ」
シアラの言う通りだった。
部屋の片隅で物言わぬメイドのように完璧な立ち姿をしていた彼女は、首を僅かに傾けてレイを見つめた。
「確認。この集団のリーダーとしてミスター・レイにお尋ねします。貴方の勝利条件は何でしょうか?」
「勝利条件だって? もちろん、レティとクロノを取り戻し、『七帝』を街から追い出す事だ」
即答である。シアラもリザもヨシツネも同意見なのか、否定はしなかった。
レイの答えを受け止めたポラリスの瞳が輝くと、
「回答。現状の戦力では限りなく零に近いと宣言します」
あっさりと絶望的な内容を話した。
あまりにも簡素な答えに、レイは頬が引きつってしまう。
「解説。勝利条件Aであるミス・レティシアとミス・クロノを解放するには、ミスター・フィーニスの意識を奪い、技能が維持できない状態に追い詰める必要があります。現状の戦力だけでは、この条件を達成する事は不可能」
「断言するなよ。……でも、フィーニスには六将軍第五席ジャイルズも居るもんな。二人を引き剥がしても、フィーニスに勝つのは……むぅ」
言葉を濁してしまうが、それだけ実力差が歴然としているのをレイも理解している。
同じフィーニスの影を使うため、影に頼った力は互いに打ち消しあう。それでも、フィーニスの底知れない強さを感じていた。
「継続。勝利条件Bである『七帝』を学術都市から追い出すのも難しいと判断。何故なら、『魔術師』オルタナは神々に対して強い憎しみを抱いており、ミス・クロノの正体に気づけば敵対する可能性が十分に予想されます」
「ふむ。そのオルタナ殿は何故、クロノ殿に、いえこの世界を治める神々に憎しみを抱いているのでござるのか。その辺りを上手く利用すれば、こちらに引き込む事は出来ないのでござろうか」
この時間軸だと、ヨシツネはまだオルタナが彼の知るエイリークだとは知らない。
「ポラリス殿は何かご存知ですか?」
「否定。創造主のデータベースには、神々への強い恨みがあるとだけしか」
「そうか……オルタナを味方に引き入れたとしても、クロノを巡って次の戦いが始まるかもしれないって訳か。フィーニスをどうにかするだけでも頭が痛いのに、このうえオルタナまで敵に回すなんて」
リザと合流しポラリスと言う心強い味方を付けてもなお、状況が好転したとは言えない現状にレイはため息をつくしかない。
すると、場の行き詰った空気を払拭するかのように扉がノックされた。
リザとポラリスとヨシツネが警戒を露わらにする中、シアラが思い出したようにつぶやいた。
「ああ、もうこんな時間なのね。悪いんだけど、出てもらえる」
「宜しいのでござるか。この状況下で」
「問題ないわよ。キョウコツだもの」
シアラに言われてレイも思い出す。エトネとレティを探すように、シアラはキョウコツに頼んでいたのだ。ヨシツネが扉を開ければ、そこに居たのはキョウコツだけだ。
「おっと。いきなり開けるなんて不用心じゃないか」
「アンタだって分かってんだからいいのよ。それで? 一応尋ねておくけど、どうだったかしら?」
「む? 随分と傲慢な物言いだな。まあ、いい。街外れにある馬屋に行ったが、お前らのニチョウは既に引き取られていたそうだ。残念ながら、あのちび共の足取りは追えなかった」
「あ、そう。やっぱりね」
あからさまに興味の無い対応をするシアラだが当然といえる。
この報告は既に受け取っているのだ。
「なんだ、その態度は。まるで知っていたかのような……ふざけた奴だな」
「悪かったわね。これでも感謝してるのよ。アンタが色々と動いてくれるお蔭で助かっている部分があるんだから」
「む。……素直に感謝されると、それはそれで気持ちが悪いな」
「もう、好きに言ってなさいよ。それじゃ、アンタには二人の捜索を引き続き行ってもらいたいけど、いいかしら?」
「構わん。あの怪物と関わらずに済むなら、それに越した事は無いぞ」
正直な感想を言うと、キョウコツは冬の街へと繰り出してしまった。消えたキョウコツに向けて、シアラがポツリと呟いた。
「まあ、見つからないと思うけどね」
「シアラ? それってどういう意味なんだ?」
聞き咎めたレイを無視して、シアラはポラリスに尋ねた。
「ねえ、ポラリス。仮定の話だけど、この場にもう一人『七帝』級の怪物が居てこちらの味方にできたら、勝ち目はあるかしら」
唐突な、爆弾級の発言にレイ達は唖然としてしまう。
ただ一人―――正確には一体は―――ポラリスは冷然としたまま、瞳に光が走った。
「計算。『七帝』級の人物を味方に引き入れられれば、勝利条件を達成できれば可能性は五十九%まで上昇します。逆に敵に回せば、勝率は皆無」
「そう。……そうよね」
「おい、シアラ。さっきから何を考えているんだ」
じれったそうに口を挟んだレイに、シアラは金色黒色の瞳を向けた。
「可能性の話、よ。ただ、さっきのリザの話と、あの二人が不在という状況、それにオルタナのこの発言……もしかしたら、って可能性があるのよ」
「その可能性とは?」
「……口にするのも恐ろしいわ。だから、一度様子を見てこようと思うの。このハンドベルを使って」
シアラが取り出したのは、カタリナから貰った影の転移が使えるベルだ。回数制限となっており、既にキョウコツがシアラの所に行くまでに一回、シアラとヨシツネがレイの所へ行くまでに一回使っている。
残りは一回だ。
「主様、確認しておきたい事があるの。だから、これを使うわ。いいかしら」
「いいけど、それを使ってどこに転移する気だ。フィーニス達の所か?」
レイの質問に首を横に振って答えたシアラは、ハンドベルを鳴らす。澄み切った鐘の音が室内で反響すると深淵まで続いていそうな影が出現した。
影が生まれた事に、シアラは不安と喜びを露わにした。
「それじゃ、行きましょうか。エトネとコウエン様の所に。……そして、居るかもしれない奴に挨拶するわよ」
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