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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-38 偽りの都市『後編』

「主様、あそこを見て!」


 シアラの叫びに振り返れば、炎を突き破って伸びる薄紅色の極光が目に入る。どこもかしこも地獄のような光景の中、真っ直ぐ伸びる灯は荒狂う夜の嵐の中で遭遇した灯台の火に似ていた。


 間違いなく、あれはリザが持つ精霊剣の輝きだ。


「あそこにリザが居るのか。行ってくる!」


「あ、待って、主様!」


 シアラの言葉が耳に届く前に、レイは足元を蹴った。影の鎧の上に炎の鎧を纏い、空を跳ねる様に飛ぶ。足元は炎の海と化してマグマのような熱気を放つが、龍刀の炎に比べれば温い。


 それよりも、空から降り注ぐ地面の欠片を避けるのが重要だ。三階建ての家ほどの大きさの塊が無尽蔵に落ちてくる。


 ここでは常識が砂糖菓子のようにボロボロと崩れていく。


 右に左にと避けながら灯りの方へと近づくレイ。


 だが、ぞわり、と。首筋に悪寒が走った。


 龍刀を振るったのは奇跡的な反応だった。


「あははは! 久しぶりだねぇ、レイ!」


 影の鎧を身に纏い、背中から蜘蛛の足のような物や副腕を生やしている黒い塊が、手にした槍でレイの頭を潰そうとしていたのを龍刀で防いだ。


「その声は、フィーニスか!?」


 確信が持てなかったのは、フィーニスの影を纏っている存在がもう一つ居るからだ。そいつは空の上で、ポラリスと黒い靄を纏った何者かと戦っている。


 するとレイの前で兜が溶ける様に消え、白髪に金色の修羅が顔を出した。


「あははは! ぼくの上げた力を随分と使いこなしているじゃないか。その癖、魔人化すらしていないなんて。どんなインチキをしているのか、スゴク気になるな。流石はシアラが見込んだ男だ」


「お前に構っている暇は無いんだよ!」


 槍をかち上げ、わき腹に向けて龍刀を走らせる。しかし、背中から伸びる蜘蛛の足が龍刀を防いだ。細長い見た目とは裏腹に、金属のように硬質だ。


 精神力を注ごうとしたレイだが、視界の隅でとらえた別の足が震えているのに気づき、炎の鎧の力で強引に後ろへと飛んだ。一瞬遅れて、足の先端から黒いレーザーのような物が射出された。


 空間を貫く一撃は、地面を抉ると大爆発を起こした。


 あまりの威力の高さにレイは自分の直感が正しかったことを知る。


「本当に良い反応だ。前に遊んであげた時も良かったけど、今のはこれまでの君が、どんなのと戦って来たのか感じられる動きだよ。成長したんだね、レイ」


 感極まったように頬を高揚させると、フィーニスは兜を再び展開させる。


 記憶にあるフィーニスの姿よりも、一回りも二回りも大きい、まさに『魔王』と呼ぶにふさわしい出で立ちだ。


「さあ、始めようじゃないか。ぼくを倒さなければ、あの光の所までは行けないよ」


「本当にお前は最悪なタイミングで邪魔するよな!」


 レイの苛立ちに呼応するように、龍刀から紅蓮の炎が巻き起こり、フィーニスを直撃した。


 だが、炎は副腕によって千切れて消えてしまった。







「これぐらいで、気づいてもらえたでしょうか」


 雨の中でも見える様にと放った極光が、雨雲に吸い込まれていくのを見送った。リザはシアラからの《送声ボイスオンリー》を聞いた瞬間に、剣を抜き放ち天に向かって放った。


 自分は此処に居る、と伝えるために。


 果たして、リザの狙い通りレイ達は気づく事が出来た。同時に、上空に居た怪物達も新しい闖入者の存在に気づくことになってしまった。


 リザが無事な建物の壁を昇り周りを見渡せば、二つの影が激しくぶつかり合っているのが見えた。片方は禍々しき威容を放つフィーニスだが、もう片方は影の鎧の上に炎を纏っている。見覚えのある紅蓮の刃に声が出てしまう。


「レイ様! ああ、良かった、ご無事でいらっしゃった」


 紅蓮の輝きが雨を吹き飛ばす光景に胸が熱くなる。


 何しろ、レイもシアラもヨシツネも大変だったが、一番大変だったのはリザだ。『七帝』の一角と街角でバッタリと会ってしまい、レティとクロノを誘拐したフィーニスと遭遇し、不足したエネルギー補強のためとギルドを強襲し、フィーニスとジャイルズに再戦を挑んだらオルタナが介入し、偽りの学術都市に地獄が生まれてしまった。


 わずか数時間の間に起きた事件の連続に、精神はすり減っていた。


 涙を流しはしないが、それでもレイの存在はリザの心を勇気づける。


「いま、私も参ります!」


 精霊剣に力をこめ、空へ駆け上ろうとするリザを、魔法の声が押しとどめた。


「《待ちなさい、リザ! アンタはそこにいて!》」


「シアラ……ですが、私も戦いに」


「《お黙り! アンタの事だから戦うとか言ってんでしょうけど、状況は簡単じゃないのよ!》」


 《送声ボイスオンリー》はシアラが一方的に言葉を送る魔法なのだが、奇跡的に会話が成り立ってしまっている。


「《もうじき、死の制限時間が発動してレティが死ぬわ。でも、あの子は意識を失ってるから、死んでも戻って来れない。このままじゃ、主様が無駄に死を繰り返すだけよ。だから、アンタが死んで《トライ&エラー》を発動させるわ》」


「レティが死ぬって、どうして!?」


「《理由は知んないわよ。ともかく、ワタシは既に一回死んで、歴史の流れを変えた。今度はアンタが死んで、歴史の流れを変えるのよ。この時間軸じゃ勝ち目はない!》」


 聞きたい事、言いたい事は山のようにあるが、リザは口を噤んだ。それを聞くのは今では無い。自分よりも頭が良く、状況判断能力に優れたシアラが死ぬべきだと言えば、彼女は納得して死を選ぶ。


 死への恐怖はあるが、《トライ&エラー》と、何よりシアラへの信頼が上回った。


 リザは眼下の炎を見下ろす。果たして、この炎の海に飛び込んだら自殺判定になるのかどうか。


 すると、リザの行動を予測したようにシアラの言葉が続いた。


「《炎に飛び込むのは止めてちょうだい。自殺判定になったら後が困る。いま、そっちに向かうから!》」


「分かりました! ですが、気をつけて下さい。辺りの建物は、崩壊寸前です!」


 シアラが近くに居ると信じて警告を発した。あとは、シアラと合流するのを待てばいい。


 だが、リザ達は失念していた。


 精霊剣から放たれた極光を、怪物達も見ていたという事を。


 音も無く、リザの背後に黒い靄を纏った男が現れた。


 現れた、としか表現できないのだ。空から降って来たのではなく、リザの背後で靄が集まると何かの形を作り上げたのだ。


 靄の中にオルタナが居るのか、それは分からない。


 しかし、靄の奥底に居る存在の殺意がリザを貫いた。


 人を殺してはならないという禁を犯した精霊は、人を殺す事でしか自我が保てず、消滅を食い止める事は出来ない。人を殺す事で辛うじて世界に関わり続けられる。オルタナも同様で、フィーニスが用意した人の盾を殺す事で存在を繋ぎ止めていた。


 しかし、その人々が全滅し、残ったのはフィーニスたちだ。


 暴走状態のオルタナでも倒すのが難しい『魔王』と六将軍。一秒が黄金に匹敵するほど貴重なオルタナにとって、比較的楽に殺せるリザは格好の獲物だ。


 殺意を具現化したように風の刃がリザの首筋に迫る。


 反射的に剣を振り上げ、風を弾いた。


 シアラは《トライ&エラー》を発動するように指示を出していたが、今すぐ敵に殺されろとは言っていない。このまま死んだとして、自分がどう動けばいいのか分からなければ、一回分を無駄にする。


 リザはシアラの次の指示を聞くまでは死ねないと結論を出した。


 精霊剣の光が収束し、一振りの斬撃として解放される。紅蓮に染まる学術都市に生まれた薄紅色の極光は、黒い靄に直撃した。


 しかし、オルタナはダメージを受けた様子は無い。


 まるで世界から切り離された存在のように手ごたえが無かった。


「なら、もう一度、今度は全力で!」


 再び生命力を剣に回そうとしたリザだが、黒い靄から放たれた緑色の煙を吸い込んでしまう。


 途端、目の前が赤く染まり、喉と鼻がナイフで裂かれたように血が噴き出した。


 毒だ、と気づいた時には遅い。リザの手から精霊剣がするりと落ち、リザの体も崩れ落ちそうになった。


 オルタナの生み出す風の刃を避ける力はリザに残っていない。


 ところが、数少ない安全地帯だった建物が吹き飛んだとき、リザはそこに居なかった。彼女は間一髪、上空から垂直に落下したポラリスによって回収された。


「謝罪。貴女の元にミスター・オルタナを行かせてしまったのは私の不手際。申し訳ありません」


 ポラリスの腕の中で血を噴きだすリザは、口元の血を拭った。


「ごほっ、ごほっ! 気に、しないでください。それより、も。私の仲間が、此処に来ています。仲間と合流したいので、協力してください」


「探知。発見。二時の方角に、魔人種の雑種と人間種を発見。ミス・シアラとミスター・ヨシツネと認識しました」


 毒で視界がにじむ中、炎上する街の中を、氷魔法を使って道を作っている二人が見えた。


「そうです! あそこに行きたいです」


「了承。ミス・エリザベートの希望を受、探知。高位魔法の発動を確認」


「高位魔法……オルタナ殿か!」


 ポラリスが感じ取った魔法の波動をリザも気づいた。


 空中に浮かんだ黒い靄の傍に、黒い真円の球体が浮かんでいる。


 まるで世界に開いた穴だ。


 その穴に向けて、瓦礫が、肉片が、紅蓮の炎が、雷雲が飲み込まれていく。穴に触れた傍から分解されて塵になっているのだ。


「な、何ですか、あれも魔法で起こしているというのですか!?」


「解説。一種のブラックホールを生みだしているのでしょう。サイズは極小ですが、触れれば私の防御兵装では太刀打ちできません」


「冷静に解説しないで、早く逃げましょう」


「否定。それは不可能です。何故なら、ブラックホールの引力に囚われてしまい、脱出が不可能となっています」


 どこまでも冷静な口調のため気づかなかったが、ポラリスの体が黒い球体に向けて吸い込まれている。地面に向けて飛ぼうとしているのに、後ろから引っ張られているのだ。


「警告。このままではエネルギーが底を尽き、揃って飲み込まれるでしょう」


「そんな、冷静に言わないでください! 何か、打つ手は」


 考えるリザにポラリスは淡々と告げた。


「肯定。手はあります。文字通り、奥の手が」


「え? それって、どんなあああああ!!」


 がちゃり、と。金具が外れる音がしたと思ったら、リザの体はぐんぐんと地上に向けて落ちていくのだ。リザを抱えていたポラリスの両腕が外れ、ロケットパンチとして発射されたのだ。


 両腕で掴んでいたリザを連れて、地上を目指す。






「シアラ殿、上を御覧に」


「上って……訳の分からない光景ね!」


 思わず吐き捨てるように叫んでしまった。


 地上にある物体が空に浮かぶ黒い球体の元へと集まり、球体に触れた傍から砕けて消えていく。魔法使いとして、信じがたい光景だ。あんな魔法、どうやれば生みだせるのか想像すら出来ない。


「いえ、球体の方では無く、こちらに向かって落ちてくる光でござる。あの噴煙の先に居るのはリザ殿ではござらんか」


 何もかもが引き寄せられる中、逆らうように落ちてくる一筋の光に気づいた。


 ヨシツネの言う通り、リザが居た。


 奇怪な事に彼女を運んでいるのは火を噴く腕だ。


 問題はその軌道が此方から若干ずれている事だ。黒い球体に引きずられているのか、着地地点がずれている。


「ヨシツネ!」


「承知!」


 返事と共にヨシツネのマフラーが伸びた。それは空から落ちてくるリザの体を繋ぎ止めると一気に引き寄せた。


「あ、ありがとうございます、ヨシツネ殿」


 地面にしがみ付くように着地したリザの顔は青ざめ、口元や鼻から血が流れている。明らかに毒を受けた痕だ。


 だが、治療をしている暇はない。


 シアラはリザの顔を掴み、声が届く距離で叫んだ。


「いい! これからアンタが死ぬと十二時に巻き戻る。そしたら、アンタは屋敷に行きなさい。ワタシ達も、主様も集合するから! 分かったなら、返事!」


「はい!」


 血でくぐもったが、リザの意識はしっかりとしている。これで次の周回でリザと合流できる可能性が一気に上がった。


 後は、死のタイムリミットが来る前にリザが死ねば目的は完了だ。


(本当に? 何か、見落としていないかしら)


 違和感が心の表面をざらつかせる。だが、深く考えている時間は無かった。


 シアラは杖を引き抜くと、リザに向けて真っ直ぐ構えた。


「ワタシがアンタを殺すわ。それで、いいでしょ」


「はい。お願いします」


 頭を垂れたリザの姿にシアラは迷いを捨て去る。


 こうするのが正しいのだと信じて、宣誓をした。


「《器を満た》っ!?」


 だが、言葉が途中で途切れてしまった。体が見えない鎖で縛られたように動かなくなり、言葉が紡げない。


 そして、右手の甲が熱を持ったかのように熱くなった。


 自分の意思とは無関係な衝撃の理由はすぐに分かった。


 レイの命令だ。


 戦奴隷に対する絶対的な権限。


 いつの間に出したのか知らないが、レイはシアラがリザを殺せないように命令を下したのだ。そして奴隷紋は主の命令を受け取り、効果を発したのだ。リザを殺そうと決意したシアラの覚悟に反応して、動きを縛る。


「あの、人は!」


 苦悶の声はレイに届かない。まだフィーニスと戦っている最中なのだ。


「シアラ? 時間が無いのでは……もしや、レイ様の命令ですか?」


「その通りでござる」


 肯定の言葉を発したのはヨシツネだった。彼は腰から刃を引き抜くと、逆手に構えた。


「申し訳ござらんシアラ殿。主殿からも言い含められているのでござる。シアラ殿がリザ殿を殺そうとした場合、動きを止める様に命令を下した、と」


 転移する直前、シアラがヨシツネに相談した直後にレイも同じ行動をしていた。シアラにこっそりと命令を下し、ヨシツネにその事を打ち明けていた。自分の行動が悟られ、その上で一歩行かれた事にシアラは複雑そうな表情をした。


「あの人は、本当に、大馬鹿者よ」


「その通りでござるな。この状況下でそのような命令、一歩間違えれば全てが水泡に帰してもおかしくない。それなのにそのような命令を下したのは、お二方に余計な重荷を背負わせたくないというお気持ちでござる。仲間殺しの記憶はご自分で背負われるつもりだったのです」


 殺した側と殺された側。


 必要に迫られたとはいえ、その記憶を抱くのは重荷になってしまう。


 だからこそ、自分がリザを殺す。


 レイはその覚悟を決めていた。


 しかし、今のレイにそれを実行するのは不可能に近い。遥か上空、常識が崩れる空でフィーニスと激しくぶつかり合っている。影の力を完全に使いこなしているフィーニスに苦戦を強いられていて、こちらに降りてくる事は難しい。


 ヨシツネはマフラーを引っ張り、口元を覆った。視線は刃のように鋭く、凍てついてすらいた。


「拙者は忍び。主君の刃でござる。主殿が果たせぬことを拙者が致しましょう」


「そう、ですか。私は異論ありません。ヨシツネ殿、よろしくお願いします」


「……これから手をかける御仁からよろしくと頼まれるとは、何ともおかしな話でござる」


「ふふ。まったく、その通りです」


 リザもヨシツネも苦笑を浮かべてしまう。


 そして、ヨシツネの刃はするりとリザの喉を掻き切った。


 優しく、痛みを感じさせないように。



 ★



 学術都市の冬空を紅蓮の塊が駆け抜ける。


 人々は驚きの顔でそれを見送っていく。


 影と炎の鎧を纏ったレイだ。


 リザの死によって発動した《トライ&エラー》によって時間を巻き戻して、ミラースライムを二体瞬殺して屋敷を目指している最中だ。


 屋敷に戻るのはこれで三度目となる。


 リザが十二時の時点でどうなっていたのか不明なため、彼女が屋敷に来れるかどうか分からない。ただ、それでも一刻も早く仲間の元に行きたかったのだ。


 たった一人で、あの地獄の中を耐えていたリザの元へ。


 屋敷の通りに着地すると、レイは勢いよく扉を開け放った。


 そこに居たのは、喜びと安心から今にも泣きそうになっている少女の姿だった。


「―――っ、ただいま、リザ」


「はい、お帰りなさいませレイ様」


読んで下さって、ありがとうございます。

申し訳ありませんが、次回の更新はお休みとさせて頂きます。次回更新は21日を予定しております。

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