11-33 リザの視点Ⅸ
「オルド様!? あの方がなんで、よりにもよってこの瞬間に現れるんですか!」
兜の奥で呻いたリザの声が届いたのかどうか不明だが、瓦礫の向こう側で仁王立ちしているオルドは嬉しそうに笑った。
「たっく。良い度胸をしているよ、てめぇら。ギルド会館を襲撃するだけでも、とんでもねえぇ話なのによ。よりにもよって、ギルド主催の新年会の打ち合わせで、上級冒険者が集まっている日を選ぶなんて。どれだけ自信家なんだ」
オルドの答えに頭を抱えたくなる。屋敷に戻る前、黄金の小鹿亭に寄った際、カーティスからオルド達が出かけていると話は聞いていたが、行き先がギルドだったとは思っていなかった。
そして、想定よりも冒険者の数が多い理由も納得いった。
「ギルドの奴ら、この騒ぎで明らかにホッとしてたよな。大方、このどさくさで、新年会をお開きにするつもりなんじゃねえのか」
「そりゃ、そうよ。この時期、どこの商会も備蓄を残す為に食材やら酒やらを表に出さないんだから。無理やり引っ張り出すのに、毎年結構な額が動いているのよ」
「規模が規模だからな。学術都市に居る全冒険者が参加できる飲み会だから、とんでもない出費になるしな」
オルドだけでは無い。瓦礫の向こう側に人影がずらりと並んでいく。どれも気楽な雰囲気だが、持っている武器や防具、何より佇まいから歴戦の猛者だと伝わってくる。
おそらく、ギルド会館を守っているクランとは別に、打ち合わせに参加しに来た冒険者達も、騒動を聞きつけてやって来たのだろう。
「俺を含めてA級やB級がざっと三十人。悪い事は言わねえから、素直に捕まっちまいな。これだけ大それたことをしたんだから、死刑も止む無しだろうが、投降すればちっとはマシな結果になるかもしれねえぞ」
逃がす気は微塵も無いのだろう。殺気が、壊された壁の向こうだけでなく、一つ上の階からも漂ってくる。普通に考えれば、絶体絶命のピンチだ。
だというのに、ポラリスは表情をまったく変える事も無く淡々と、
「疑問。なぜ、降参しなければならないのでしょうか?」
と、オルドに尋ねた。
オルドの眉が上がり、唇が歪む。
「ガハハハ! 面白い事を聞くお嬢ちゃんだ。それに、何とも珍しい格好をしているじゃないか。……確か、メイド服とかいうんだったか、ありゃ。どこぞの王子の所で見た事があるぞ」
「希望。疑問に対する返答を求めています。回答の入力を」
「妙な喋り方をするな。最近の流行りなのか、これ。……状況を見てみろよ。お前さん達は包囲されていて……既に詰んでいるんだよ」
「―――っ、避けて下さい!」
リザが気づいた時には手遅れだった。
部屋の片隅が歪んだと思うと、突然四方八方から鎖が現れた。蛇のようにしなる鎖は、不快な金属音を響かせながら、リザとポラリスを襲った。
剣を抜く事は出来ない。
リザが持っている精霊剣は世界で一つだけの貴重な剣だ。抜いたら最後、正体がバレてしまう。鞘の形状を覚えられるのだけでも危ないと考えて、布で包んでいた。結果的に、この判断は正しかった。オルドはまだしも、一緒に来ているはずのロータスはエルフの一族。剣の柄だけでも、それが精霊剣だと見抜く恐れがあった。
だから、剣を抜けずに、素手で鎖を払う。精神力を込めて振るった拳は、絡みつこうとする鎖の先端を破壊した。
思いがけない抵抗に、冒険者たちの間から感嘆の声が上がった。
鎖は欠片となって地面に落ちるが、しかし焼け石に水だ。破壊された先端はそのままに、残った鎖が変わらずにリザを追いかける。いくら砕いても、砕いても鎖は止まらず、遂に捕まってしまった。
四肢を拘束され、床を転がったリザは小さく舌打ちをする。鎖はきつく縛っていて、力づくに打ち破るのは難しそうだ。
ポラリスに助けを求めようとして、リザは目を見開いた。
なんと、自分と同じようにポラリスも鎖に絡め取られているのだ。
「そんなっ! なんで、引き千切れないの!?」
「無駄だ。その鎖は技能さ。対象を捕縛するのと同時に、対象の行動を封印する。力技じゃ、俺だって壊せない代物さ。どうやっても、抜け出す事は出来ない」
オルドの言葉は事実なのだろう。鎖に巻かれたリザ達を見て、途端に冒険者の中から殺気めいた物は消え始めた。どこか弛緩した空気は、この鎖の頑丈さを知るためだろう。
「これが答えだ。どうだ? 正しかっただろう」
勝ち誇ったオルドは、鎖に縛られてもなお直立しているポラリスの方へと近づこうとした。しかし、その歩みを涼やかな声が止めた。
「理解。ミスターの発言の根拠は理解できました。しかし、間違っていると私は判断します。何故なら―――」
その事に気づけたのはリザだけだろう。
ポラリスの背後で転がる彼女は、後ろ手に縛れたポラリスの両手が淡く輝いているのが見えた。
「―――この程度、何ら障害になりえません」
言い終わるや否や、ポラリスの両手から光球が放たれた。全部で五つある光球は、真っ直ぐ上を目指すと天井に穴を開けた。そこから入りこむと、くぐもった悲鳴が五つ上がる。同時に、リザ達を縛っていた鎖が溶けるように消えた。
「―――っ、てめぇ、何者だ!?」
流石はA級冒険者、『岩壁』のオルドだ。
目の前で起きた現象を正しく理解し、ポラリスが想定以上の脅威だと認識した。瞬時に引き出された精神力は肉体に注がれると、まるでオーラのように立ち上る。全身がひと回り大きくなったかのように筋肉が膨らみ、繰り出された一撃はA級冒険者に恥じない一撃だ。
炎鎧をまとったレイが放つ一撃に匹敵する。
仮に、リザに振るわれていたとしたら完璧に避ける事すら出来なかっただろう。それだけ、踏み込むタイミングも、速度も、威力も、何もかもが完璧だった。
―――にもかかわらず、その一撃は軽やかに防がれてしまった。
軽く握られた拳の甲で、斧の刃が弾かれる。上質な絹のような手袋は皺ひとつなく、まるで羽毛を手で払うかのような仕草だった。あまりにも現実離れした光景に、リザは頭が痛くなった。
オルドの肩が盛り上がり、踏み込んだ足が床を砕く。弾かれ軌道を逸らされた斧が強引に戻ってくる。歪んだ軌跡は、驚異的な膂力で捻じ曲げたせいだ。オルドの体が悲鳴を上げ、筋繊維が千切れる音がリザにも聞こえる。触れれば大岩すら簡単に吹き飛ばす一撃は、しかし、ポラリスの拳に簡単に弾かれてしまう。
ぶちり、ぶちり、と。鈍い音が立て続けに七度。
音がする度に、オルドの斧が歪な軌道を描き左右に振り回される。超級モンスターが相手だとしても、直撃すれば血の海に変える連撃は、ポラリスの受けに全て逸らされてしまった。
「見事。素直に称賛を。このモードとはいえ、捌くのに七合も撃ちあう事になるとは思いませんでした」
ポラリスの称賛をオルドは苦々しい表情で噛みしめる。両腕は内出血を起こしているのか、肌に青い斑点を作り、斧は金属に当てたかのように刃こぼれしている。
「何者だ、てめぇええええ!」
絶叫と共に踏み込んだオルドに合わせて、ポラリスも踏み込む。懐に潜りこんだ『機械乙女』は斧を持つ手を左手で押さえると、空いた右手でオルドのみぞおちを貫いた。
またしても、音が衝撃波となって駆け抜ける。オルドという肉体を楽器に見立てて、内臓にまで達した一撃が、この場に居た全員に伝わった。
「ぐぉ!!」
全身の息を吐いたかのような、短く重い悲鳴。リザの視界では、膝から崩れ落ちそうになるオルドの姿が、やけにゆっくりと映し出される。
まるで、スローモーションで撮影されたかのような映像の中で、ポラリスは信じがたい速度で動いた。足を滑らすと、オルドの股の間を潜り抜けると、壁に開いた穴では無く、まだ残っている壁に向けて跳躍したのだ。
振動と共に壁は瓦礫と化し、一番端にいた冒険者の姿が露わになる。
戦技を発動しようとした冒険者だったが、ポラリスの右ひざげりで頭と足の位置が入れ替わる。
続けて隣に立っていた魔法使いらしき冒険者に向けて、ポラリスは足払いをかけた。あっという間に態勢を崩し、宙に浮かんだ魔法使いの腹部を拳で打つ。直後、足元に合った瓦礫を蹴り飛ばすと、それが砲弾の如き威力で冒険者たちを襲った。
彼らの不運は、廊下という狭い場所で並んでいた事だ。リザ達を逃がさない壁として、隙間なく配置されていたのだろうが、横から見れば一列に並んだ的に過ぎない。あっという間に半数が瓦礫の嵐に飲み込まれた。
だが、冒険者達もやられっぱなしではない。
瓦礫が砲弾のように飛ぶ、というのを認識した瞬間、近い者達は体を広げたのだ。腕を広げ、中にはあえて瓦礫の砲弾の前に飛び出した者もいた。
後ろにいる者の盾になったのだ。
打ち合わせも無く、全員がどうするべきなのか最善の策を選びとったのは、上級冒険者たらしめる経験が導いたからだ。
無事だった者達はポラリスから距離を置こうとする者と、その時間を稼ごうとする者で別れた。
引きしぼられた弓から矢が放たれる。
『弓姫』の二つ名を持つロータスの矢だ。
放たれた矢は戦技。
風をまとった矢は、どれほど硬い守りでも穿つ一撃だ。
だが、ポラリスは迫りくる脅威を正しく認識しながら、その矢を掴んだのだ。風をまとい、ドリルのように回転する矢じりでは無く、矢の本体を掴んで折る。
小枝を折るかのように呆気なく一撃は防がれてしまう。驚き声を失うロータスだが、彼女は続けざまに矢を番えた。
彼女だけでは無い。
集まった全ての冒険者が戦技を、魔法を、力を振るおうとした。
だが、ポラリスの方が一手早い。
「室内用敵制圧音響装置、起動」
短い呟きをきちんと聞き取れた者は少ないだろう。直後、ポラリスの肩が震えると、そこに仕込まれていた兵器から超音波が発せられた。歴戦の冒険者でさえも、思わず耳を塞いでしまう、暴力的な音だ。
致命的な隙を作ってしまった冒険者たちに勝機は無い。
まるで、原っぱを勢いよく燃やす火のように、ポラリスは次々と冒険者達を無力化していく。拳や蹴り、時には肘、あるいは背中といった全身を武器にしたかのような戦い方を、リザは知らない。
ものの数十秒。おそらく一分も経っていないだろう。
最後の一人を除いて、冒険者達は倒れ伏していた。その最後の一人が、傷む体を押して襲いかかる。
「うぉおおおお!!」
意味は欠片も無い絶叫。崩れ落ちそうになった体を保たせた気迫が、そのままオルドの体を突き動かしているのだろう。先程とは比べるまでも無く遅い一撃だが、背中を向いているポラリスには対応できないはずだ。
ところが、ポラリスは背中を向けたままオルドの方に跳んだ。意表を突かれたオルドの腕を取ると、そのまま前に向かって投げる。巨体が前のめりになって倒れる最中、ポラリスの蹴りがオルドに直撃した。
人の体は衝撃を分散する。地面に足を付けている限り、分散された衝撃は地面にすら拡散されていくため、ある程度緩和されているのだ。
なら、空中で一撃を貰ったどうなるのか。どこにも逃げ場が無い状況での一撃は、オルドの意識を刈り取るのに十分だった。
どさり、と。今度こそ音を立てて巨漢は崩れ落ちた。
「状況終了。やはり、ミスターの見立ては間違っていた事が立証されました」
圧巻だった。
ポラリスが戦い初めて、一分にも満たない時間でA級を含めた三十人近い冒険者がやられてしまった。確かに、ポラリスを侮っていた部分もあるが、彼女は本来の戦闘スタイルである大量破壊を封じ、徒手格闘だけで戦っていたというのに、誰一人勝てなかった。
ポラリスの動きは一切の無駄が無く、まるで未来を見通すかのように最適な行動を取っていた。
「探査。周囲に人体反応は検知されず。脱出可能と意見します」
「そうですね。……誰も殺してはいませんよね」
「肯定。全員、一時的に気を失っていますが、死者はおりません。適切な治療を行えば後遺症も無く復帰出るかと」
「……分かりました。それでは、行きましょう」
頷くと、ポラリスはそのまま歩きだそうとする。リザも追いかけようとしたが、オルドの傍へと駆け寄った。
意識があるかどうか分からないが、伝えるべき事は伝えなくてはいけない。
「オルド様。《ミクリヤ》のエリザベートです。いま、学術都市に『魔王』が現れ、私達の仲間を誘拐しています。彼女は『機械乙女』で……味方と呼んで差し支えありません。叱責は後で如何様にも。極秘裏に事を納めますので、私達の後を追わないようにしてください」
届いたかどうかは分からない。リザは最後に一度頭を下げると、倒れている冒険者達を越えていく。
「そろそろ、歩くのも疲れてきたなぁ。どっかで休憩しない? 熱い紅茶で指先から暖まりたいよ」
「なに、老人みたいなことを言ってんすか。って、よく考えたら孫までいる爺さんか」
「あははは。ちょっとそこに直れ、首をはねるぞ」
「勘弁してください。陛下の一撃は、俺の体に激しすぎますよ」
雑踏の中、フィーニスとジャイルズは他愛もない会話をしていた。全身傷だらけのジャイルズは目立つため、フードを深くかぶり、マントで全身を隠していた。一方、フィーニスはレイのコートを羽織り、堂々と顔を晒している。トレードマークである白髪と金色の瞳を隠しているとはいえ、この三百年隠れていた魔人種たちの王が人の街を歩いているという事実に、誰も気づいていなかった。
「それにしても……うん。随分と暇だね。オルタナが来てたのは驚きだけど、レイとシアラに会えないのは予定外だったな」
「オルタナの奴も、陛下に追い返されてからは大人しいですね。にしても、あの研究所は何だったんだか。オルタナの奴、学術都市に拠点を移しているすかね」
「それなんだけど、本当にオルタナ以外、誰も居なかったのかい」
「ええ。あの娘っ子追いかけて建物に飛び込んだら、オルタナの奴が一人、机でふんぞり返ってましたぜ」
「ふーん。……屋敷の方に伝言でも残しておけばよかったかな。レイ達、ぼくが彼女たちを誘拐したこと、まだ知らないんじゃないだろうな」
「『機械乙女』と行動してた女は、レイの仲間なんでしょ。だったら、流石に知っているんじゃないんすか」
「そうだと良いんだけど……厄介だな」
足元の影を見て呟くフィーニスに、ジャイルズはどうしたのかと首を傾げた。
「厄介って、何の事ですか? もしかして、用意した盾が無駄になる事ですか」
「いや、そっちじゃなくてね。レイには、というよりも彼らには聞いておきたい事があるんだよね。……まいったな、間に合うかな」
ちらり、と。フィーニスは近くにあった時計を見やった。
掲げられた時計は十三時十五分を指そうとしていた。
「こうなったら、どこかで一騒動起こすべきかな。いや、でも、妙なのに目を付けられるのも面倒だしな。さてさて、急がないと困ったことになるな」
困ったと呟き、頼りなさそうに振る舞うフィーニスだが、ジャイルズは気にしたそぶりを見せない。長い付き合いである。困った、と口に出しているが、その実それを楽しんでいる節がある事を知っている。
苦難や試練にこそ、喜びを見出すのが『魔王』フィーニスだ。
その時、ジャイルズは聞き覚えのある音に肌が粟立った。低い、耳障りで不快な音は、暗黒期に幾度となく聞いていた。
「陛下ッ!!」
「騒ぐな。聞こえているよ。どうやら、再戦のつもりのようだね、『機械乙女』」
ああ、やはりだ。
唇を吊り上げ、壮絶な笑みを浮かべるフィーニスの横顔を見て、ジャイルズは思う。破壊の象徴、理不尽の化身、暴力装置とまで呼ばれた『機械乙女』の襲来という、誰もが頭を抱えたくなり絶望するべきはずの状況でさえ主は喜んでいる。
読んでくださって、ありがとうございます。




