11-32 リザの視点Ⅷ
扉を潜れば、暖かい空気が顔に纏わりつく。空調管理の魔法工学の道具が働いているのか、建物内は外の寒さと隔絶された空間となっている。入って来る人は皆一様に、ほっとした顔をして防寒具の前を緩める。反対に出ていく人は寒さに顔をしかめつつ、体を震わしていた。
建物で働く職員たちは、駆け込んでくる利用者の対応に追われている。年の終わりは地上で過ごしたいと望む冒険者は多く、新年を迎えるにあたりまとまった金を必要とする人もいて、この時期は毎年魔石の換金で長蛇の列ができる。
冒険者向けのカウンターはひっきりなしに舞い込む換金依頼に追われ、通常のシフトよりも多くの職員が出勤している。彼らにしても、この忙しさを乗り越えれば新年の休暇が待っているのだ。待ち望んだ休みを前にして、皆一所懸命に職務に励んでいた。
忙しいのは冒険者部門だけでは無い。
商人部門は冬の間物流が止まってはいるが、物資の出し惜しみをして値上げを行おうとする業者の監督や、不正に持ち込まれる違法物品の取り締まりなど業務は山のようにある。職人部門も、春に行われる国際会議に向けての建設が進みだしており、必要とされる物資の手配や、人材の確保など通常業務以外の業務で手一杯だ。
そんなギルドの警備は当然のように盤石である。
ギルド会館にて管理されている物は、ガルドや魔石以外にも、モンスターの素材や迷宮でしか取れない鉱石、金銀財宝の類に加え、ギルドが九百年近く蓄積してきた情報がある。モンスターの分布図だけでなく、未開拓領域と呼ばれるモンスターが数多くひしめく危険な場所の地図、各国にある迷宮の難度や特徴をまとめたリスト。どれも金銭に変える事の出来ない貴重な物ばかりだ。
どの街や国に行っても、ギルドの価値は非常に高い。そのため、ギルドの防犯対策は徹底している。学術都市にあるギルド会館は、ギルドの総本部。それだけに随所に仕掛けが施されている。一般人やギルドに雇われていない冒険者が出入りできる地上部分とは違い、地下部分は特定の印章を持っていない人物の侵入を検知すると警報が鳴る最新式の魔法工学の道具を設置。特定の部屋では空気中の酸素だけが排出され、侵入者を酸欠させて、失神させる装置が組み込まれている。
もちろんギルド会館も見かけ以上に頑丈である。厚さ数サンチの壁は並大抵の衝撃では削れる事すら出来ず、魔法や技能対策に、使われている建材には全て加護が付与されている。決して砕けず、壊れず、傷まないため、建設された当時の姿を現在まで保っている。
ギルドの防犯は決して道具だよりでは無い。
ギルドが信頼し、徹底的に身辺調査を行ったB級クランが二つ、交代制でギルド内を見張っている。どうして二つなのかというと、競わせることで油断を無くさせ、片方が悪さをしようとしても、もう片方が気づけるように互いを見張らせているのだ。
それこそ、大国の中枢並みの堅牢さを誇っているギルド会館は、設立以来、一度たりとも賊に破られた事の無い神話を築いていた。
―――今日、それは破られてしまった。
年の瀬を前にして、忙しそうにする者達の耳朶を、どん、とくぐもった音が響いた。
「成功。第一の障壁を破壊。内部に侵入し、手順を進行します」
「あああ! もう、もう、もう!」
言葉にならない叫びを繰り返すリザを放っておいて、ポラリスは開けた穴から中へと入っていく。壮麗華美なギルド会館の背面に二人は居た。魔法工学の道具によるセンサーは解除され、敷地内に侵入した物を容赦なく電流の網で動けなくする装置は沈黙させられた。
リザの拳三つ分はあろう壁の厚みは、ポラリスの掌から生みだされた熱線でキレイに溶かされてしまった。断面が冷たい外気に晒されて、煙を上げている。
「どうしてこんな、本当にこれしか方法は無いんですか!?」
「愚問。大量の魔石を保管している場所となれば、現状、この施設以外存在しません」
リザの悪寒は正しかった。
高濃度に圧縮された魔石を破壊し、フィーニスとの戦闘で消耗したポラリスが魔石の補充として見つけた場所は、よりにもよってギルド会館だった。
ここまでの道中、リザは幾度もポラリスを止めようとしたが、ついぞ叶わず、押し切られてしまった。この辺りは『機械乙女』の面目躍如か。
放たれた矢は着弾するまで止まらないとばかりに、ポラリスは一直線にギルド会館を目指し、仕掛けられていた無数の防犯装置を悉く破壊、あるいは停止させてここまで来たのだ。
「それは、そうですけど、こんな風に押し込み強盗なんて……レイ様になんてお詫びをすれば。……というよりも、レイ様に責任が……でも、レティとクロノを助けるためには……ああ、もう!」
何度目になるか分からない、言葉にならない叫びをあげたリザは、突如として長い金髪をまとめた。持っていたひもでくくると、それをくるりと丸めて丸いお団子のようにすると、近くに飾られていた鎧の兜を掴み、頭にかぶった。
フルフェイスの隙間から覗く眼光は、危ない光を放った。
「『魔王』襲来という緊急事態だから、仕方なく……という事にしましょう。ええ、もう、むしろ全部の責任は『魔王』に取ってもらいましょう」
「賢明。腹をくくられたようで何より。事態収拾の暁には、私の取れる範囲で賠償をすると約束しましょう。具体的には、こちらが必要とした魔石と同量をお返しいたします」
「本当ですね? 本当ですね!」
「肯定。研究所には大量の魔石が保管され―――警告。生命体、襲来」
ポラリスの言葉と共に、リザの肌が粟立った。明確な殺意に晒され、体が防衛反応を示したのだ。誰も居ないはずの無人の廊下が、迷宮でモンスターに囲まれたような危険地帯に早変わりした。
スリット越しの視界の片隅に、人の形が映りこむ。置かれた壺の影から、恰幅の良い男性が上半身を晒している。手にはクロスボウが握られ、先を行くポラリスの背中を狙っている。
「ポラリス! う」
警告の声を言い切るより前に、引き金は絞られた。
発射されたボルトはポラリスの背中に向かって真っすぐ飛ぶ。
だが、突如としてその場で回転したポラリスは、至近距離まで迫っていたボルトを掴むと、そのままもう一度回転した。ポラリスの回転を加えたボルトは、持ち主の元へと真っ直ぐに戻った。
「しろ……でした」
木組みの武器が砕けると音と、悲鳴の後にリザの警告が間抜けに続いた。
手元でクロスボウがはじけ飛んだ事で、手を負傷した冒険者に向かってポラリスは蹴りを放つ。長い、ロングスカートの裾が風にあおられたカーテンのように広がり、静かになった時には冒険者の意識は闇に落ちた。
「殺しては、いませんよね」
壁の中から飛び出してきた冒険者の脈拍を計ると、ポラリスがスカートの皺を伸ばしながら、
「憤慨。殺さずとオーダーしたのはミス・エリザベート、貴女ではありませんか。ゆえに、適切な角度に適度な衝撃を与える事で、相手の意識だけを刈り取るのに済ませています」
「……ええ、そうでした。疑ってしまい、申し訳ありません」
「不要。この身に謝罪は不要。それよりも、お急ぎを。どうやら、侵入に気づかれた様子です」
ポラリスが言うまでも無く、リザも気づいていた。重厚なギルド会館が震えるように、慌ただしい空気がそこかしこで流れている。侵入に気づき、防衛のための冒険者が動き出しているのだろう。いましがたの冒険者は、斥候か、あるいは時間稼ぎか。
ともかく、相手の防衛が整う前に魔石を回収しなければならない。
それは冒険者が集まると失敗する可能性が高まるという理由では無い。
いくらポラリスのエネルギーが残り僅かで、広範囲殲滅用の兵器を運用できなくても、彼女が普通の冒険者に後れを取るような姿はイメージできない。
いまも、廊下を進みながら遭遇する冒険者を、一撃で粉砕していく。
槍使いが振るった神速の突きが伸びきる直前に穂先を掴み、槍の出鼻を文字通り砕いてしまった。あっと驚く冒険者の顔面にポラリスの拳が叩き込まれる。
物陰から詠唱していた魔法使いには、槍使いから奪った槍の穂先が投げつけられた。恐ろしい事に、魔法使いは壁越しに詠唱をしていたのに、穂先は壁を貫通して魔法使いの杖を切り裂いた。
正面から突進してきたのは、筋骨隆々の盾使いだ。レイの《心ノ誘導》同様、敵の注意を自分に引きつける技能持ちだったが、両手に持った盾もろとも、壁を突き破っての退場となった。
ご覧の有様だ。
おそらく、ギルドの防衛を担っている冒険者たちは、態勢が整うまで此方の戦力を調査するのと、行動を遅らせる為に個別に冒険者を送り出しているのだろう。
でなければ、戦力を個別に出して撃破されるのは愚策でしかない。
だが、幾ら冒険者たちが束になった所で、ポラリスに勝てるとは思えない。体制を整えて冒険者が一カ所に集まってしまったら、被害が広がるだけだ。だからこそ、リザとしてはすぐにでも魔石を回収したいのだ。
余計な犠牲者が出る前に、片を付けたい。
「待ってください、ポラリス。階段はこちらではありませんか」
地下に通じる階段を通り過ぎたポラリスを引き留める。事前の調査で、魔石が地下に集積されているのを、ポラリスを通じて知っていた。
「肯定。確かに地下へ通じる階段です。ですが、このルートは相手に読まれている確率が82%。何より、最短ルートではありません」
「最短、ということはどこか別に道があるのですね。それなら、そちらを使いましょう」
この言葉を数分後のリザは後悔することになる。
「……あの、ポラリス。ここは、何かの会議室ではありませんか?」
「同意。部屋に入る前に、そのように書いてありました」
ポラリスの先導で入った部屋は、大きな机に椅子が配置された、誰が見ても普通の会議室だ。無人だったらしく、灯りは落とされていた。
「ここが最短なのですか。私には普通の部屋のようにしか思えませんが……もしかして、何か仕掛けがあって、地下に通じる階段でもあるのでしょうか」
一縷の望みをかけて尋ねたが、無情にもポラリスは首を横に振った。
「否定。そのような仕掛けは皆無。ここは、魔石の保管所の真上にあたります」
そのままテーブルや椅子をわきに追いやると、彼女は両手に力をこめる。徐々に手のひらは光を帯び、輝きだす。
「……まさか」
「肯定。ミス・エリザベート。貴女の推測は正しい」
次の瞬間、圧縮された熱線が二条、床に突き刺さる。そのまま、ぐるりと回転すると床に円を描き、ポラリスの体は下へと落ちた。
「……もう、ここまで来たら行ける所まで行きますか」
リザの目に正気を失った輝きが宿る。
ポラリスを追いかけて飛び込むと、ホコリっぽい空気と無数の魔石が彼女を出迎えた。
「これが……全部魔石なのですか」
地下室は縦にも横にも広かった。無人なのか、人の気配はせず沈黙が耳に痛い。
規則正しく並べられた棚の中には、木箱に押し込められた魔石が幾つもあった。色や輝き、大きさごとに分類されているそれらは、鍵などされずに適当に置かれていた。
「……思ったよりも、随分と乱雑な扱いですね。もう少し、何か仕掛けがあるのかと思ったのですが」
肩透かしを食らったような気分になったが、これには事情がある。
ギルドには、それこそ金銭では変えられないような貴重な物が収められている部屋がある。そういった部屋には、魔法と魔法工学を組み合わせた堅牢な守りが築かれている。同様に、ガルドを収めた金庫も、同ランクの警備状態となっている。だが、魔石に関してはそれほど重要視されていないのだ。
確かに、魔石は魔法工学の道具を動かすエネルギーとして重要視され、それを独占的に所有しているギルドにとって、立派な財源となっている。しかし、魔石の使い道はそれしか無いのだ。魔法工学の道具を動かすエネルギー以外に魔石には価値が無く、換金できる場所もギルドか闇ギルドぐらいしかない。
銀行強盗ならぬ、ギルド強盗を行う手間暇と指名手配されるリスクを考えるぐらいなら、魔石よりももっと価値のある物を狙うのが侵入者の心理だ。
そのためか、魔石に関する警備はあまり厳重とは言い難いのだ。今回はそれが功を奏した。
「終了。ミスター・フィーニスとの戦闘に必要なだけの魔石を確保。あとは脱出です」
数分の内に、二十を越える棚の中身を空にしたポラリス。リザは頭の中で被害総額を軽く計算をしたが、桁が八桁を越えた辺りで止めた。
ポラリスが空けた穴に向かって跳躍し、先程の会議室へと戻った。
「では、脱出を。どうします、来た道を戻りますか」
「否定。侵入ルートは既に固められている可能性が高いです。別ルートでの脱出を―――精神力の増大を検知。攻撃、来ます」
ポラリスの警告に合わせて、リザの首筋に寒気が忍び寄る。咄嗟に精神力で体を強化して身構えると、直後破裂音と共に衝撃波が全身を打つ。
リザ達が入ってきた扉側の壁が室内に向けて爆発したのだ。
否、爆発したのではなく、破壊されたのだ。
瓦礫が砲弾のように飛んだあと、元凶が瓦礫を踏み越えて現れた。髪の無い頭を掻きつつ、
「侵入者と聞いてみたが、随分とまあ、おめでたい格好をした嬢ちゃんじゃないか」
そう言って、手に持った巨大な斧を軽く回した。
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