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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-22 シアラの視点Ⅵ

『七帝』同士の戦い。最初に動いたのは『魔王』フィーニスでも『魔術師』オルタナでも、六将軍第五席ジャイルズでも、ましてやシアラやキョウコツでも無かった。


 最初に動いたのは世界の方だった。


 パラパラと、伏せたトランプを捲るように『七帝』の周りが裏返っていく。明らかに人為的な現象だが、フィーニスもオルタナも一顧だにしない。視線を外せば、それが敗北に繋がると知っているのだ。そして裏返った世界は二人を包み込んだ。通りの端から端まで届いていた殺意の激突はぷつりと消え、二人の姿はどこにもなかった。


「消え……たの?」


「消えたわけじゃないんだけど。まあ、間違っちゃいない認識だな」


 呆然と呟いたシアラに応じたのは取り残されたジャイルズだ。彼は二人の居た場所を目がけて透明な槍を振るった。これまでに見たどの槍使いよりも鋭い薙ぎは、空間を削ぐような勢いだ。


「ここに居ない、っていう意味なら正解だ。《リバースワールド》。裏側の世界、別世界、隔離された空間。色んな言葉がありますが、要は殺し合いをしていても周りに影響を与えない魔法ってところさ。いま、あの二人はそこに移動したのさ」


「そんな、そんな魔法聞いた事ない! それも魔人種の持つ知恵だというの?」


「いやいや。流石の俺達もそこまでは……カタリナならさらりとやってのけそうだな。うん、あの人はまあ除外して、こんな訳の分からん魔法を使えるのは『魔術師』オルタナぐらいさ。三百年前も街中でやり合う時にはこうやって隔離空間を作ってたのさ。……やっぱり陛下の読み通りなのか。でも、ならなんで?」


 一瞬、何かに気づきそうになったジャイルズは、しかし面倒だと言わんばかりに頭をかいた。


「考えるのは陛下とクリストフォロスに任せて、俺は仕事仕事。ねえ、姫さん。レイって奴の居場所を教えてくれないっすかね」


「誰が、アンタなんかに教えると思うの」


 シアラもレイの正確な居場所は知らない。だが、知っていたとしてジャイルに教えるつもりは無かった。杖は折れてしまったが、戦う意思を瞳に込めて敵を睨みつける。すると、ジャイルズはシアラの中にある強い意志を感じ取って笑った。


 強く気高い意志を感じて―――叩き潰したいと笑った。


「それでこそ、我らが陛下の血筋。その美しき瞳が涙に濡れるのは、さぞや美しい光景だろうな」


 透明なはずの槍はジャイルズの感情を吸ったかのように鈍い輝きを放つ。







 《リバースワールド》。


 それは世界の裏側。表側にそっくりな、しかし表側には干渉されない世界。建物などは全て鏡に映したかのように反対になっており、生物は存在しない魔法の空間。


 その空間にある偽りの学術都市は灰燼に帰そうとしていた。


「アハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 燃え盛る学術都市の上空、偽物の空に浮かぶ黒点から狂った哄笑を上げているのはフィーニスだ。彼が身にまとっているのは、影で作った鎧だ。人の体から皮を剥がしたような、むき出しの筋肉が如き奇妙な鎧はレイの生み出す鎧に似ていた。もっとも、フィーニスの憎悪から生まれた力だから当然といえば当然だ。


 背後には影を凝縮して生みだした剣が十六本。天使の翼のように広がっている。


 彼は一人では無かった。自分と同じ高さにまで上昇している存在がいた。


 テンガロンハットに革コートという、普段と変わらない姿のオルタナだ。


 だが、彼の周囲には五頭の龍が居た。


 猛々しい炎を纏い、荒狂う嵐を伴い、魂すら凍えさせる吹雪を従え、光を凝縮した輝きを宿し、深淵から這いずったような闇を持つ、五色の龍。


「噛み砕け」


 オルタナが命じると我先に魔法で生み出された龍たちがフィーニスに襲いかかる。


 一体一体が旧式超級魔法を軽く上回る威力の持った魔法の龍たちは、空間を塗りつぶしながらフィーニスに迫った。だが、漆黒よりもなお昏き影を持つフィーニスにとって、それらは脅威ではなかった。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 哄笑は止まず、フィーニスの背後に展開された剣が動く。信じがたい速度で複雑な軌道を描く影の剣は、まるで空に描かれた一本の線のように龍を切りさく。


 あっという間に千切れていく魔法の龍だったが、切られた断面が蠢くとそこから新しい龍が生まれた。


 一頭が二頭に、二頭が四頭に、四頭が八頭に。


 神話に出てくるような多頭の龍が絡みあい、フィーニスに直撃した。


 炎、風、氷、光、闇の五系統の魔法が直撃し、互いに反発しあう。魔法の相乗効果で威力は膨れ上がり、閃光が空を埋め尽くす。衝撃と轟音が世界を震わす中、オルタナは自身の体を貫く影の剣を引き抜いた。


 体に突き刺さったのは二本だが、体に開いた穴は五つ。高速で飛翔した剣はオルタナの体をえぐり取っていた。明らかに致命傷なのだが、オルタナは悠然と構えていた。


 突き刺さった剣を燃え盛る学術都市に向けて落とすと、オルタナの体に開いた穴は勝手に塞がった。


「アハハハハハハハハハハ、アハハハハハハハハ!!」


「何がそんなに楽しいんだ、てめぇ」


 衝撃と轟音が消え去り、魔法の余波が収まると再びフィーニスの哄笑が空に響く。フィーニスの生存に驚くことなく、オルタナは呆れた様に尋ねた。


 魔法の龍が直撃したというのに、フィーニスは無傷だった。まるでダメージを何処か置き去りにしたかのように、汚れ一つ付いていない。


「いやぁ、だってねえ。これ、勝負が付かないだろ」


 その言葉にオルタナは無言を貫いたが心の中で同意する。


『魔王』フィーニスと『魔術師』オルタナ。


 この二人の戦いは過去にも行われていたが、全て千日手となってしまう。


 互いに中距離での砲弾の如き能力のぶつけ合いを得意としており、お互いの攻撃は効果が薄いのだ。


 ただひたすらに、周囲の地形だけを大きく様変わりさせる。『守護者』サファに言わせれば、


「あの二人の戦いは、どちらかが弾切れになるまで撃ち続ける砲撃戦で、巻き込まれれば逃げる以外手段が無いはた迷惑な存在」


 という事だった。


「なら終いにするか? こっちとしては、時の権能に関する存在を引き渡せば、てめぇがここでどんな事を企んでいようが興味ねえ。好き勝手にしろよ」


「酷いな。ボクたちがいつも何かを企んでいるような口ぶりで」


「うるせえ。てめぇらがしてきたことを思い出せ」


「ふふふ。正直、今回はそこまで色々とするつもりは無いんだよ。時の権能に関する調査だけが目的で、あとは余興みたいなものさ。こうして街に残っているのは半分成り行きと偶然が絡みあったからだしね」


「……目当てはレイか」


 言い当てられたフィーニスは静かに笑う。金色の瞳にはオルタナの心の内までは映らない。


「ふーん。驚いたなぁ。キミもレイに会っているんだ。報告によれば、サファとジグムント、それにポラリスとも会ってるらしいし。『七帝』で会えていないのは黒龍と『正体不明アンノウン』ぐらいかな。……ねぇ、オルタナ。キミに会ったら聞きたいことがあったんだよ」


「てめぇが、俺に聞きたいことだと」


「そう。キミは人の理から外れ、精霊の領域に、定められた階層を飛び越えようとして理から弾き飛ばされた。古き時の果てから存在し、同一の存在だからキミにとって過去も未来も一緒くたに現在になっている。だからキミは過去を振り返るように未来を知る事ができるんだろ」


 それはある意味今更の事実確認だった。オルタナはフィーニスの意図が読めないと警戒心を抱いていた。


「無神時代よりも前から存在しているキミは、前回のエルドラドを知っているんだろ。ボクを始めとした13人の『招かれた者』が存在しない、本当の意味での『遊戯場』時代のエルドラドを」


「それが、どうしたというのだ」


「ならさ、教えてくれよ。『正体不明アンノウン』の正体を。キミなら知っているんだろ」


 それが聞きたい事かとオルタナは納得した。


「断る。あれを庇う気はないが、かかわり合いになるつもりもねえ。待っていれば世界崩壊の時に目覚めるんだ。だいたい、それを知って、てめぇはどうするつもりなんだ」


「どうもこうも無いよ。ボクの世界救済に邪魔になる存在は早くに摘んでおかないと。雑草も芽の内に摘まないと、花の成長を邪魔するだろ」


 無邪気な、それこそ世界の薄汚さを知らずに生きたかのような童子の笑みを浮かべるフィーニスは、続けて言葉を紡いだ。


「否定しなかったってことは知っているんだね。……()()()()()


 その呼びかけにオルタナの全身から殺気が漏れ出す。魔法で作られた世界が悲鳴を上げるも、フィーニスは気にしない。


「ジャイルズから報告された時には驚いたよ。エイリーク、エイリーク、エイリーク。キミ、本当の名前はエイリークって言うんだ。いやはや、始まりの魔法使いの名前はエイリークというのか。おやおや、不思議だね。僕はその名前に聞き覚えがあるよ。誰だったかな。ああ、そうだ、そうだ。彼と一緒じゃないか。奇妙な偶然だね、『冒険王』エイリーク・レマノフと一緒だなんて」


「……フィーニス、てめぇ」


「いやいや、偶然なものか。キミとエイリーク、『魔導士』の方のオルタナ、それにサファに初代法王。君たちがパーティーを組んで旅をしていたのは、ボクの上の世代から聞かされていたよ。だから、君がエイリークという自分の名前を『冒険王』に与えたのは筋が通る。……分からないのは、キミがエイリークと呼ばれていた事を知っている人間が、この時代に居る事だよ」


 ズドンッッッ、と。腹に響くような音をさせて魔法がフィーニスに直撃した。風を極限まで圧縮した一撃は、フィーニスが生み出した影の盾に防がれ霧散する。オルタナの魔法はフィーニスの言葉を遮る事は出来なかった。


「ヨシツネ君。響きが日本人みたいだね。レイにアンジョウタクマ、他にも日本人と思しき『招かれた者』は居るけど数が合わないね。レイは正真正銘、最後の『招かれた者』だ。ヨシツネという人物はさしずめ十四人目の『招かれた者』と呼ぶべきか」


 奇しくも、その呼び名は観測所で神々がヨシツネに付けていたのと同じだった。


「その彼は君をエイリークと呼んだ。おかしなことだ。この時代じゃ、キミがエイリークと呼ばれていた事を知っている人は皆無だ。なら、彼はどうしてその名前を知っていたのか。古き時代からの生き残りかあるいは……別の歴史から流れてきた存在か。例えば、そう。滅んだ世界のエルドラドからやってきたとか、ね」


「フィーニス!!」


 激昂するオルタナの感情に合わせて多種多様な魔法が津波のように放たれた。それらを巧みに回避するフィーニスの哄笑が魔法の爆音に混ざっていく。


「ふふふ、はははは、あははははは! 当りだ! ヨシツネとやらは、滅びるエルドラドに居た存在だ。そんな人物をキミは手ずから殺した。彼は何を知っている? 何を知られては不味いんだい?」


「だったらどうしたというんだ!! もう、奴は死んだぞ!!」


「いいや、いいや! それは違うさ!!」


 強い否定にオルタナの手が一瞬止まる。その瞬間を狙っていたように爆撃の中を突っ切りフィーニスがオルタナの目の前まで急接近した。手を伸ばせば触れられるような距離でフィーニスは笑った。


「キミは制約に縛られたままだ。《リバースワールド》を使ったのが証拠さ。キミは人を殺せない、精霊の制約に縛られている。だからヨシツネとやらは生きているだろ。大方、心臓を潰した直後に回復魔法をかけたんだ。キミなら、心臓の修復だってお手の物だろう。そして彼はキミと一緒に現れていた」


 オルタナの顔色が初めて変わった。フィーニスの一連の行動が、理解できない言動につじつまが合ったのだ。


 自分とフィーニスでは決定打に欠けて決着がつかない。そしてフィーニスは弱体化している。いまは攻撃を完璧に防いでいるが、いずれ力が切れてしまうのは明白だ。だから逃げるフィーニスを追いかけるという構図になると踏んでいた。


 それがこうして火力のぶつけ合いに応じていた理由―――それは。


「ボクを舐めるなよ。君が誰かを伴ってあそこに現れたのは感知していたんだ。レイの仲間という事は、シアラの救出かな。だから、ボクの役目はたった一つさ」


 ―――足止め。


 それがフィーニスの狙いだ。


「アハハハハハハ!! これが笑わずにいられるか。今日はなんていう日なんだ!! 時に関する権能だけじゃなく、ジグムントへの強力なカードを、我が血族を、そして滅んだ世界のエルドラドを知っている存在がこの手に入る!! 届くかもしれない、誰もが知らない、神々すら知らない『正体不明アンノウン』に!!」


「させると、思うか」


 ぽつりと、オルタナの呟きがフィーニスの歓喜に水をかける。


 先程までの感情の爆発はどこに消えたのか、冷めた目がオルタナに向けられた。


「なにか、言ったかい?」


「てめぇの思い通りに、させると思うのか」


「ふふふ。不思議な事を言うね。逆に聞くけど、ならないと思うのかい?」


 これ以上言葉は不要。互いに取り出した剣と魔法が激しくぶつかり合う。


 それが第二幕の開幕を告げた。







「不思議な光景だ」


 ジャイルズの酷く乾いた声がシアラの意識を繋ぎ止める。


「金色黒色の瞳の持ち主から流れる血が赤いなんて、自分の価値観が狂いそうですよ」


 透明な槍を赤く染める血を見て、ジャイルズはそんな感想を漏らした。


『七帝』たちが消え、通りに残されたのはシアラとキョウコツとジャイルズの三人だ。フィーニスの使用した人払いの魔法はまだ効果を残しているのか、半壊している通りの様子を見に来る人の気配はない。


 だから、この凄惨な現場を知る者は、ここに居る者しか居ないのだ。


 古傷だらけの裸身を晒すジャイルズの前に立つシアラの体から血がとめどなく流れ落ちている。槍は皮膚の上を滑っており、肉を裂くまでには至っていない。それでも柔らかい部分を狙っているからか、血の量は派手だった。


 彼女が流す血が川となって流れていくと、倒れ伏している少女の死体にぶつかった。


 倒れているのはキョウコツだ。


 フィーニスたちが消え、ジャイルズが槍を構えたのを見て彼女は逃げ出そうとした。なまじ動ける体が災いした。逃げようとしたキョウコツの心臓を、透明な槍は貫いていた。


 あとは単純だ。


 シアラが魔法を使おうとすると、体の柔らかい所を狙い槍が走る。鮮血が流れ、集中力が書き乱れ、苦しみに呻くのをジャイルズは楽しんでいた。


「ひひひ! いいね、いいね!! カタリナそっくりのアンタが悲鳴を上げるだけで、この三百年の憤怒が和らいでくるぜ」


「最悪……あの女の代役なんて、本当に、最悪ね」


「おっと、苦しませるつもりなんて、本当にないんですよ、ただ、アンタがレイの居場所を喋ってくれれば、それで終いなんですから。さあ、そろそろ話してくれませんかね」


「誰が、喋るもんですか」


 血を流しつつもシアラは気丈さを失わないでいた。魔法を使えなくても、気持ちだけは折れてたまるかと歯を食いしばった。


 それを見たジャイルズは面倒だとため息を吐いた。


「……流石に、強情が過ぎますぜ。これ以上は、流石に人払いも続きませんし、一度連れ帰らせてもらいますか」


 そう言ってジャイルズは槍の向きを返した。それまであったふざけた雰囲気は消え、戦士の横顔になってしまう。シアラは不味いと感じた。このまま意識を失って捕まってしまえば、レイに状況を伝えられなくなってしまう。


 レティとクロノが誘拐されたのはリザも知っているが、ヨシツネが死んでしまったのはシアラしか知らないのだ。彼女は気を失う前に、それを伝えるべく魔法を唱えようとした。


 だが、


「遅いですよ」


 それを踏みにじるようにジャイルズの槍が迫った。


 放たれた槍の石突がゆっくりと見えた。透明な槍はまるでガラス細工のように繊細で、細部まで意匠が施されている。芸術品として売り出されれば、高値で売れるだろうと思考が脇道に逸れてから気づいた。


 石突がゆっくり見えたのではなく、止まっていたのだ。


 どこからか現れた長布が透明な槍を包み、押しとどめていた。それが誰の武器なのか分かったシアラはいつの間にか叫んでいた。


「ヨシツネ!」


「拙者なら此処に」


 応じた声は予想よりも近かかった。


 振り返るとそこには能力を解除して大きくなっていくヨシツネの姿があった。洋服の胸の所はぽっかりと穴が開いていて、肌を晒していた。


「アンタ、本当にヨシツネ!? 死んだんじゃ」


「説明は後でござる。今が脱出の好機かと!」


「させると思うか、っ!!」


 ヨシツネの生存に驚かないジャイルズは長布に巻きとられた槍を捨てると、わき腹か双剣を抜いた。ところが、長布がジャイルズの顔に巻き付くと足を止めた。


「シアラ殿、早くするでござる!!」


 シアラの手を引き逃げ出そうとするヨシツネ。だが、シアラはその手を振りほどき、キョウコツの方へと駆け寄った。


 ジャイルズの身体能力だと普通に逃げ出してもすぐに捕まってしまう。だから、彼女はキョウコツの持っていたハンドベルを求めた。


 ―――それは間違ってはいないが悪手だった。


「逃がすかっ!!」


 キョウコツの元に駆け寄ったシアラに向けてジャイルズの双剣が投げつけられた。長布で顔を塞がれたまま、投げられた剣には殺意がこもっていた。


 ここで逃げられるよりかは、そんなメッセージが込められた刃はシアラに突き刺さる事は無かった。


 ただ、彼女を守る為に飛び込んだヨシツネの体に深々と突き刺さったのだ。


「ああ、ああ、そんな。そんな、ヨシツネ!」


 ぐらり、と。倒れこんだ体をシアラは受け止めた。刃を受け止めたヨシツネの姿は一目で手遅れだと分かった。


 顔面と心臓の付近に突き刺さった刃は明らかに致命傷だった。


 無事な目がゆっくりと動き、シアラを捉えた。


「良かった、でござる。……シアラ殿は、無事です、な」


「ごめん、なさい。ごめんなさい! ワタシが、素直に従っていれば!!」


「良い、のです。なにか、考えが、あったはず。これは、拙者の、力不足。だから、涙を、いって……くだ……され」


 その言葉を最後にヨシツネの瞳から光が失われた。同時にジャイルズの顔を覆っていた長布が力なく解けた。


「取れた? って、しまった! 陛下に言われてたのに……また、やっちまったよ。どう言い訳しよう」


 ジャイルズがブツクサと言っているが、シアラにはそれどころでは無かった。自分の判断ミスで死なせてしまったヨシツネの体から、刻一刻と冷たさがやってくるのを呆然と見つめていた。


 そして、世界を震わす衝撃に体が押された。


 見上げれば学術都市の空にヒビが走っていた。ガラスに圧力をかけたようなヒビは広がっていき、そして砕けた。


 空に浮かんでいるのは漆黒よりも昏き影だ。フィーニスが青空にぽっかりと開いた穴のように立っていた。


「げぇええ! もう決着が付いたの!? オルタナの奴、魔法を解除して逃げやがったのかよ。もう少し粘れよ!!」


 自分勝手な理由で怒るジャイルズだが、諦めた様に肩を落とすとシアラの方に向いた。


「仕方ねえ。最低限、お仕事を済ませようか」


 呟き、シアラを捕まえようとして気づいた。彼女の体から精神力が汲み上げられて、一つの魔法に結びつこうとしているのを。


 ヨシツネの乱入の間に完成させた魔法が―――『送声ボイスオンリー』が発動する。


「《主様、聞こえているなら急いで! お爺様がジャイルズと一緒にレティとクロノを誘拐して。ワタシ一人で……ヨシツネはワタシを庇って死んじゃって……お願いだから、早く来て!》」


 魂を振り絞ったかのような叫び。それが届くかどうか分からないまま、シアラは叫んだ。攻撃魔法を使えばジャイルズに一撃を与えられたかもしれない。そんな考えは頭の中をよぎりもしない。


 その瞬間、シアラは奇跡を求める少女だった。


 ―――そして、声に導かれるように緋色の軌跡が大空を舞う。


読んでくださって、ありがとうございます。


誤字脱字機能っていつの間に実装したんですか? 

感想欄で指摘されて本気でびっくりしました。教えて頂き、ありがとうございます。

最後のシアラの台詞を、以前の回から少しだけ変更しました。

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