11-23 集う仲間Ⅰ
衝撃が学術都市の空を震わす。龍刀コウエンの輝きはこれまでになかったほど強く、まるで夏の太陽のように燦々ときらめいていた。
レイの魂を燃やしているかのような凄まじい熱量を前にして、フィーニスは嬉しそうに微笑んでいた。
「ふふふ。素晴らしいじゃないか! ちょっと見ない間に随分と成長したようだ。日本刀に振り回されていた姿とは、まるで別人のようだ。『男子三日会わざれば』とは、キミの国の言葉だったかな?」
フィーニスの右手が動き、つばぜり合いをしていた龍刀が弾かれた。生まれた隙を見逃さず、左手に生まれた影の槍がレイの首を狙おうとしたが、それを僅かに傾ける事で避けてみせた。
続けて放たれた蹴りをレイは腕で止めると、影の鎧の一部を変形させて、矢を数発放った。至近距離から放たれたクロスボウの如き威力の矢は、しかしフィーニスの鎧に受け止められてしまう。同種の力で生み出された鎧だからか、効果は薄いのだろう。
だから、レイは攻撃を炎に切り替えた。蹴りを防いだ腕に炎を集中させると、それはあっという間にフィーニスの体に燃え移った。蛇が獲物に絡みつくように、炎が全身を包みこむ。だが、燃え上がるフィーニスの体を更に包む様に影が伸びた。影が炎にかぶさると、あっという間に炎は鎮火してしまう。当然のように、フィーニスは無傷だ。
病的なまでに白い肌と禍々しい金色の瞳が更に喜色に染まる。
「力を使いこなしている。その武器に宿っている赤龍の力だけじゃなく、ボクが分け与えた力をきちんと育てているようだね。それでこそ、力を受け渡したかいがある。これなら君を守る為に死んでいった、あの人間も浮かばれるだろうね」
一瞬、ナリンザの姿が脳裏にフラッシュバックした。
自分を守る為に死んでいった女性。
ダリーシャスを王にするという夢を抱きながら、それとはまったく関係の無い所で命を使ってしまった恩人。
以前のレイなら彼女の事を指摘されれば、ましてやフィーニスの口から出れば想像を絶する怒りを抱いていただろう。
だが、
「そうだといいな。僕はあの人に生かされたんだから、それに見合うだけの強さを、行動をする義務がある」
レイの口から出た静かな決意には、怒りや憎悪のような濁った感情は含まれていなかった。その事に気づいたフィーニスは金色の瞳を細めた。
「……ふーん。どうやら、迷宮での出来事には心の整理をしているようだ。知らなかったよ。キミがそこまで薄情な男だったとは。キミのために死んでくれた人を悼み、その仇を討とうという気構えも無いとは。正直、がっかりだね」
「なんとでも好きに言え、フィーニス。お前が僕の憎悪を駆り立てようとしているのはお見通しだ」
その通りだった。フィーニスの植えつけた力は憎悪を糧にして成長する。
レイの中に植えつけた際、ナリンザの死をトリガーとして自分への憎悪を促すように仕込んでいた。自分の中で膨らむ憎悪に飲み込まれ、七人目の魔人、あるいは二人目になるかもしれないと期待していたのだ。
だが、結果はフィーニスの期待とは全く違う形になっていた。
「……驚いたな。ボクの力を行使しておきながら、魔人化への兆候が見られない。それだけ操れるんだから、相当深い所まで根付いているはずなのに。……逆に取りこんだのかな、ボクの憎悪を」
「そんなのはどうだっていいだろ。僕が言いたいのはたった一つだ。……僕の仲間に手を出すな! 二人を返せ!!」
レイの全身から炎が立ち上り、再びフィーニスへと突撃する。
「おいおい二つじゃないか!」
応戦するフィーニスは影の剣を複数展開し、複雑な軌道を描く。瞬間、レイも同じ行動に出た。影を剣の形にすると、フィーニスの射出した剣に合わせるようにぶつけた。青空を背景に黒点が幾つも浮かび、泡のようにはじけて消し飛ぶ。
「興味深いな。ボクの力は同種同士だと打ち消し合うのか」
レイはミラースライムとの戦いで知っているため驚きはしなかったが、フィーニスは好奇心を隠そうともせずに呟く。全身で叩きつけるように振るわれた斬撃を、フィーニスは片腕で止めた。細い、それこそ力を籠めればポキリと折れそうなほど細い腕に、どうしてこれほどの力があるのか。刀身を押す事も引くことも出来ない中、フィーニスの右腕が膨らんだ。
正確には纏っている影がぶくぶくと泡立ち、次の瞬間膨張したのだ。あっという間に体積を増やした影にレイは飲み込まれる。まるで影の鉄砲水だ。
「ちっ! 影をはぎ取られる!!」
影法師の言葉通り、影の鉄砲水はレイの鎧をはぎ取っていた。見る見るうちに力が抜けていくのを感じ取ったレイは、脳裏に響いた声に従い龍刀に渾身の力を込めた。精神力が刀身を紅蓮に染め、一つの軌跡へと昇華する。
「《崩剣焔》!」
炎を伴った斬撃は一瞬だが影の濁流を切り裂いた。レイの鎧は半分以上が持ってかれたが、まだ飛翔するだけの力は残っていた。レイは一瞬の空白を使い地上に向けて急降下した。
「お、おお、おおお!!」
地面すれすれで停止すると、傍にいたジャイルズに向けて斬撃を走らせる。上段からの袈裟、すかさず刀を水平に向けての薙ぎからの逆袈裟。炎の加速を得た事でこれまで振るった斬撃の中でも格段に鋭い一撃は、しかし魔人にはさして脅威に感じ取れなかった。
肌一枚掠めるかどうかの距離で躱される。完全に見極められていた。
傷だらけの顔には嘲りが浮かんでいた。
だが、その表情がすぐに曇る。なぜなら、レイも似たような表情を向けていたのだ。
瞬間、龍刀から炎が巻き起こる。ドレッドヘアが炎の圧で持ちあがると、ジャイルズは大きく後ろに向かって飛んだ。炎はジャイルズを退けるとそのままレイとシアラ、そしてヨシツネたちの遺体を包み込んだ。
「言われたとおりにしたぞ、シアラ!」
レイが地上に降りたのはシアラの《送声》が聞こえたからだ。その指示に従い、炎の結界を作った。
振り返ると、紅蓮に揺らめく世界の中にヨシツネとキョウコツの死体が置かれてあった。ヨシツネの死に表情が歪んだ。
彼が死ぬというのは知っていたが、それでも目の当たりにすれば辛い感情が湧きおこる。だが、いつまでも感傷に浸っている場合では無い。
「それでこの次はどうするんだ?」
「どうもこうも無いわよ。主様、いま死んだらどの時間まで戻るの?」
「戻れるセーブポイントなら、昼頃だ」
「曖昧な表現ね。もっと正確な、具体的な時間は分からないの」
「正午の鐘が鳴る直前だ。もっとも、迷宮と地上で時間のずれが無ければの話だけど」
「迷宮? なんでそんな所、ああもういいわ。なら間に合うわね。確認だけど、《トライ&エラー》を発動できるかしら。ワタシが死んでもきちんと作動する?」
問いかけの意味を悟り、レイは嫌そうな顔をした。その表情が自分を心配しているのだと気づいて、シアラは口元が綻びそうになるのを必死にこらえた。
「そんな顔をしないでちょうだい。今はこれが最善よ。アイツらは、ジャイルズはともかくフィーニスはワタシ達を殺さない。死ぬ寸前まで追い詰めて、生け捕りにする可能性が高いわ。だから、ここは仕切り直しよ。これ以上戦っても勝ち目は薄いもの」
シアラの言葉は正しい。
フィーニスと一合撃ちあっただけで、互いの実力差は理解できた。レイが水たまりなら、向うは巨大なダムだ。同種の力を持っているが、その容量には大きな差がある。
もっとも、かつて迷宮の深層で遭遇した時には互いの実力差をきちんと把握することは出来なかった。それだけでも格段の成長と言えた。
「だったら、僕が死ねば」
「それじゃ意味が無いわ。ワタシが死んで、主様も死ぬ。そしたらワタシ達は二人そろって、今の記憶を引き継いでやり直せるわ。それがどれだけ活路を見いだせるのか、分からない主様じゃないでしょ」
またしてもシアラの言葉は正しい。
《トライ&エラー》の強みは未来の事を知るという点だ。それが一人だけだと時の流れという大河に対して出来る事は少ない。だが、二人なら違った視点、違った発想が生まれ、大河の流れを変えたり、あるいはせき止める事も出来るかもしれない。
それでもと悩むレイをシアラは鋭く言う。
「ヨシツネはそうなる事を望んで、ワタシを生かそうとした。少しでも多くの情報を過去に持ち帰る為に捨て石になった。……ここでワタシが死ななかったら、死んでいったヨシツネに申し訳が立たないわ」
静かに告げたシアラの瞳は覚悟に染まっていた。紅蓮の輝きを受けて金色黒色の瞳が幻想的に浮かびあがる。説得したからと言って、彼女が考えを変える事は無いとレイは悟った。
だから、次に繋がる事を確認する。
「君が死に戻ると、どんなタイミングなんだ」
「カタリナの研究所でオルタナとジャイルズと遭遇する直前ね。主様はその時どこに居るのかしら」
「迷宮さ。昨日、突破したボスの間直前のエンドスポットだ」
「エンドスポット? どうしてそんな場所に……まさか、あの人のせいかしら」
シアラが言うあの人とは誰なのかすぐに分かった。
「たぶん、その可能性が高い。目覚めた後はボスの間を突破して、屋敷に戻ってからこっちに来たんだ」
「そう。……屋敷に付いたのはいつ頃かしら」
「付いたのは12時15分とか、そのぐらいだな。それがどうかしたのか?」
「合流地点を決めるのに役立つのよ。主様は屋敷に着いたら動かないで。ワタシ達が合流する為に跳ぶから」
跳ぶ、という表現に困惑するレイだが、それを問いただす時間は無い。紅蓮の結界越しに魔人の力を感じ取った。下手にまごついていたら、シアラを殺す前に結界が壊れてしまう。同じことを感じ取ったシアラが膝を折って地面に座る。首を差し出す姿は、あたかも敬虔な信徒が殉教するかのような神聖さがあった。
レイは彼女の横に立ち、龍刀を高く構えた。
「……できれば、優しくしてね」
「ああ。一瞬の痛みも感じさせない」
その言葉を引き金に龍刀は振り下ろされた。
炎の加速と精神力の強化、影によるアシストとこれまでに培ってきた戦闘技術。それら全てが組み合わさった一刀は、ジャイルズに向けてはなった斬撃よりも鋭く、シアラの命を一瞬で奪った。
★
イタミが体を貫く。
視界が一瞬だが遠ざかり、首の内側に燃え盛る炎のような熱を感じ、シアラは膝を折った。呼吸するたびに酸素が燃えるような息苦しさに、全身の細胞が悲鳴を上げた。
イタミの波は激しく、次第に弱くなっていくと、シアラは周囲を見渡した。
そこは『魔王』や『魔術師』が現れただけで破壊された通りでは無い。学術都市でも異端で、なおかつ最先端の研究を行う研究地区。
その一角にあるカタリナの―――正確にはナタリカ博士の研究所だ。
開けようとした扉の取っ手は頭の上にあり、背後からは鐘の残響がしていた。
「戻って、来れたわね」
荒い息を吐き、イタミに震える体をどうにか立ち上がらせた。イタミの度合いはレイとのレベル差で決まる。久方ぶりのイタミだったが、怪物級に殺されるよりかはマシなイタミと言えた。
「まずは、ヨシツネを呼ばないと」
そう呟いたシアラは扉を開けず、研究所への裏手へと回る。壁に手を付きながら、時折上空を見つめる。
研究地区の空は作り物だ。蓋をかぶせるように偽の空が広がっている。
そこがもうじき砕けてしまう。その時が来る前に、ここを離れたい。
そう考えたシアラが研究所の裏手に回ると、ちょうど配置に着いたばかりのヨシツネと目が合った。窓枠の下に身を屈めた忍者はシアラを訝しげに見つめた。
「シアラ殿。こちらに回ってくる必要はござらん。それとも作戦を……シアラ殿?」
ヨシツネの問いかけにシアラは答えられない。今にも崩れそうな体を壁に押し付けているので精いっぱいだった。だが、ヨシツネも状況を察したのか、すぐに行動する。
「シアラ殿、失礼」
シアラの返事を待たずにヨシツネは彼女の腕を取ると自分の肩を貸した。そして持ち場を放棄して研究所を離れようとした。だが、それをシアラは止めた。
「待って。違うの、そっちじゃない。玄関の方に回って」
「……心得た」
短い返答の後、足の向きが変わった。ヨシツネはシアラに肩を貸しつつ、彼女が来た道を引き返した。
「玄関に戻ってきたでござるぞ。それでどうするので」
「ちょっとだけ待ってて。じきに、キョウコツがやって来るから」
シアラの口ぶりに、そして彼女の尋常ならざる様子からヨシツネはある可能性に思い至る。
「シアラ殿。やはり、戻っているのでござるか」
問いかけに答える気力は無い。ただ頭を上下に振ると、ヨシツネには十分だった。
「成程。どうやら一月ぶりの一大事のようで。これは気合を入れなくてはいけないようでござるな。……む、どうやら来たようでござる」
ヨシツネが意気込むのと同時に、近くの建物の影から飛び出してきたキョウコツを視界に捉えた。
「キョウコツと合流、するわよ」
シアラの命令にヨシツネは従った。再び彼女を肩に貸して、真っ直ぐこちらに向かって走って来るキョウコツの方へと近づいた。
「おい、お前ら! レティシアとクロノとかいう化物が、揃って―――」
「―――攫われたんでしょ。それは知ってるわよ」
「何ですと! 誰が二人を」
「言っても信じないだろうが―――」
「―――『魔王』フィーニスでしょ。それをリザとポラリスが追いかけているんでしょ」
「……お前、なんでそんなに知ってるんだ?」
不気味だと物語る表情を前にして、シアラは待ってられないとばかりに言った。
「アンタはカタリナの影を体に埋め込まれて、ワタシ達に協力するように脅されてんでしょ。それで、あの人の影の転移を回数制限だけど使える道具を持っている。違うかしら」
「…………いや、違わないが……どうなってるだ、おい」
どう考えても知っているはずの無い事をまで知っている事に、キョウコツは不気味さを通り越して恐怖すら感じていた。思わずヨシツネに助けを求めたが、彼は無言だった。
「ありがと、ヨシツネ。もう、大丈夫よ」
そう言ってシアラはヨシツネから離れると杖を引き抜いた。フィーニスに切られる前の時間軸だから、杖は無事だ。
杖を取り出した事で不審がるキョウコツを無視し、シアラは宣言をした。
「《器を満たせ》」
「シアラ殿。今度は何を?」
ヨシツネの声も聞こえないのか、シアラは意識を集中させて詠唱を続けた。
「《火よ集まり、大火と為せ》《大火よ束ねて、焔と為せ》」
じわりと、杖の先に炎が生まれる。初めは小さい火の玉が周りの空気を取り込んで膨らんでいく。
「《開け煉獄の扉よ》《此処に顕現するは災いの焔》」
詠唱を聞き、キョウコツの顔が引きつる。
なぜならそれは超級旧式魔法。
炎系の魔法でも類を見ない威力を持つ。それを事もあろうに研究所の方を向きつつ唱えているのだ。驚くなという方が無理だ。
そして、ヨシツネは気づいた。
偽りの空に亀裂が走り、本当の空から光が差し込むのを。
次の瞬間、遠雷に似た破壊音を響かせながら空は砕け、地面に何かが突き刺さる衝撃と共にシアラの魔法は完成した。
「《怨嗟の声すら燃え尽きる》《フレイムハザード》!!」
杖から離れたのは幾重にも絡みあった炎。それが意思を持ったかのようにカタリナの研究所を直撃し、一気に炎が食い荒らす。壁は剥がれ、金属は解け、窓は砕けていくのを目の当たりにした二人は呆然とした。
「……いや、いやいやいや! お前、本当に、お前、何をしてくれたんだ!! あれ、どう言い訳すれば良いんだ!!」
「拙者の見間違い、ではないでござるよな。空が割れて、何かが落ちてきて……それごと燃やしたのでござるか。中に居た不審者もろとも」
「まあ、そんな所よ。でも正直足止めにも、って、うるさいわよ、キョウコツ。あの人へのいい訳なら、ワタシも考えてあげるから後にしてちょうだい」
「お前のせいだろ! って、お前、どこに手を入れてるんだ!!」
わめくキョウコツを鬱陶しいとばかりに見つけるシアラは、彼女の懐に手を差し入れた。急に胸をまさぐられて顔を赤くしたキョウコツを無視して、彼女は目当ての物を取り出した。
それは古びたハンドベルだ。
「よし、見つけた。アンタ、もう行ってもいいわよ」
「好き勝手が過ぎないか、お前!!」
シアラとしてはこれ以上キョウコツが関わっていると死ぬかもしれないため、善意からの発言だったが、キョウコツは顔を真っ赤にしつつ叫んでしまう。
「なによ。これ以上此処に居たら、死んじゃうかもしれないのよ」
「お前らに協力しなければ、心臓の影で死ぬかもしれないんだ。いや、間違いなく死ぬな」
「嫌な点に自信を持たないでよ。それじゃ―――」
「―――二人とも、伏せろ!!」
シアラの言葉はヨシツネの真剣な叫びにかき消された。二人に覆いかぶさるように飛び込んだヨシツネが居なければ、彼女たちは数秒後に通過した炎に塗れた壁に激突していただろう。
カタリナの研究所の壁が散弾のように吹き飛び、辺りの建築物などに突き刺さり、炎が広がっていく。一気に焦げ臭くなった周囲に意識を向けていられない。
なぜなら、炎に包まれている研究所から進み出てきた男の向ける殺気から目が離せないのだ。
「ひひひ。なんつう狙いすました一撃なんだ。こんだけ無慈悲かつ不条理な一撃は、アンタの母親を思い出しちまうよ。なあ、姫さん」
「やっぱり、アンタには足止めすらならない訳ね、ジャイルズ」
「ジャイルズですと。その名、確か魔人とやらの一角では」
「そうよ。アイツは六将軍第五席ジャイルズ。それでワタシ達の敵よ」
「それならば、得心いった。かような怪物ならば戻ってくるのも必定でござる」
激しく燃え盛る研究所から傷一つなく、それどころか圧力を増しているジャイルズを前にしてヨシツネは刃を構えた。
「拙者なら、多少は足止めできましょう。今の内に、この場を離れて下され!」
まるで前回の焼き直しのように叫ぶ仲間に対して、シアラは薄く笑った。
「その心意気は有り難いけど、今回は大丈夫そうよ」
「む? どういう意味でござるか。よもや、そこの女にやらせるので」
「はぁ! 寝ぼけた事言ってんじゃない。無理に決まってんだろ。私が一秒でも持たせられると思うのか。それぐらい考える事も出来ないのか。頭の上にあるのは飾りか? 置物か?」
「混乱して途中から悪口になっているわよ。そうじゃなくて、ほら。アイツなんかより、よっぽど恐ろしいのが現れるわよ」
その言葉は予言のように当たった。
研究所から出てきたジャイルズの肩が血を噴きだした。青い血が炎にあぶられて蒸発する中、全員の視線が研究所の奥から歩いてくる男に向けられた。
「魔法使いなんてものは、極端な話、固定砲台で十分だ。ごちゃごちゃした状況を外側からの一撃で一気に吹き飛ばす。そいつは魔法使いのあり方としては正しい。……だがな、正しいのと正解は必ずしも一緒とは限らないんだぞ」
ひしひしと、苛立ちを滲ませている男はテンガロンハットに付いた火を手で握りつぶした。
「見間違いじゃなさそうだな。オルタナ、アンタまで来てるのかよ」
「久しぶり、なんて挨拶は後だ。俺としちゃ、この落とし前を付けるのが先で……ああん? てめぇは」
オルタナの視線がヨシツネに向かう中、シアラは声を張り上げた。
「オルタナ! アナタと取引がしたい!」
返事は無い。だが、シアラは続けた。
「アンタの狙いが時に関する権能なら、その情報をワタシたちは握っている。ワタシ達に協力する気があるなら、教えてもいいわよ」
これは賭けだ。オルタナがクロノをどうするつもりなのかは、その真意は分からない。13神に対する強い憎しみを感じ取ったレイは語っていたが、神の力を失ったクロノを前にしてその憎悪をぶつけるのかどうかはシアラにも見通せない。
だが、いまは一枚でも強力な手札が欲しかった。
「どうしててめぇがその事を言うのか知らないが、てめぇを捕まえて力づくで吐き出させる方が手っ取り早そうだぞ」
「そんな事したら、絶対に本当の事は言わないわよ。何だったら、自分の記憶だって消してやるわよ」
魔法の中には記憶を消去する物もある。その逆もあるのだが、どちらも古の時代に消えた魔法であり、完璧な復元は難しいとされている。当然、シアラはどちらも使用できない。
だが、オルタナを迷わせるだけのハッタリには十分だった。
「協力する気があるなら。ジャイルズをボコボコにしてちょうだい!」
「……人使いの粗さは母親譲りか」
男は深いため息を吐くと、ジャイルズの肩に突き刺さった魔法の鎖を引き寄せた。大きく体を引き寄せられた魔人の腹部に、『魔術師』の強化された拳が突き刺さる。
だが、同時にジャイルズの生み出した透明な剣がオルタナの首筋を突き刺した。
普通ならそれで致命傷の一撃だが、ジャイルズは戦いの玄人として、何より長きに渡ってやり合っていた経験から最適な答えを出した。
「《獅子炎斬》!」
かつて自分が浴びた戦技の再現。それがジャイルズの真骨頂だ。猛々しい炎が刃から噴き上がり、傷口が爆発した。あっという間にオルタナの頭部は吹き飛び、ジャイルズの肩を貫いていた鎖も消えた。
誰がどう考えても即死の一撃。
しかし、
「ひっ!」
普段のキョウコツから考えられないような悲鳴が上がるのも無理はない。頭を吹き飛ばされ、グロテスクな断面を晒す体が動いているのだ。周囲の炎を操ると、即席の爆弾をジャイルズの前で爆発させた。
爆炎が二人を包み込み、振動が辺りを揺るがした。
「なんと凄まじい魔法! ……いや、まさか。あの御仁は、エイリーク殿か!?」
「それについては後でじっくり聞くから。今は一緒に逃げるわよ。キョウコツ、アンタ、協力するって言ったのは本気なのよね!」
「あ? ……ああ、そうだよ。私の命がかかってるんだ!」
「なら、アンタには頼みたい事があるの」
シアラはキョウコツの耳元で二言三言囁いた。
「……そんな事でいいならやるが、それが重要なのか」
「ええ。見つけたら屋敷に連れ戻して」
それだけを聞くと、キョウコツは手近な塀を昇り、あっという間に姿を消してしまった。
再び爆音が轟く。燃え盛る研究所で何が起きているのかは分からないが、ジャイルズとオルタナの戦闘は続いているようだ。
「今の内よ。逃げましょう、ヨシツネ」
「了承したでござるが、どこに逃げるというので?」
「決まってるでしょ。ワタシ達の家よ!」
無人の屋敷の扉を開けると、前回と全く変わらない光景が広がっていた。
応接室には飲みかけのティーカップが一組置かれている。今さっきまで客が居たかのような体温を感じた。
レイは室内を横切ろうとして、自分の背後で扉の開く音がして反転した。ソファを飛び越え、龍刀を構えると、僅かに空いた扉から女の声がした。
「待った。ワタシよ、主様!」
そのまま扉が開くと、煤などで顔を汚したシアラとヨシツネが立っていた。
「シアラ、それにヨシツネ。二人とも無事なのか!?」
「ええ、何とかね」
「主殿もご無事のようで……お二方が《トライ&エラー》で戻られているので?」
「そう言う事になるかしら。リザとレティは?」
シアラの問いかけにレイは首を振った。ちらりと時計を見れば12時30分近い。死の時間制限が変わっていなければ、残り時間は一時間だ。状況は絶望的なのは変わらないが、それでも大きく前進している。
やっと仲間二人と合流できたのだ。
レイは視線を鋭くしている二人に向けていった。
「さあ、反撃開始だ」
読んでくださって、ありがとうございます。




