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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-12 迷宮からの脱出Ⅳ 改訂版

※11/10 細かい部分を修正

 全身の血液が沸騰する。


 手にした龍刀がマグマのように熱く、体を包み込む炎の鎧が温度を増していく。汗は噴きだした瞬間に蒸発していき、骨が灼けた鉄のように熱い。


 まるで溶鉱炉に放り込まれたような気分だ。呼吸するたびに、熱した空気が肺を、体の内側を燃やす。気を抜けば意識どころか命すら持って行かれそうだ。


 いや、間違いなく、これは命を燃料に燃える炎だ。


 《全力全開オールバースト》の効果時間は一分。その時間を過ぎれば、ギリギリで保っているコントロールを失い、シンデレラと同じく魔法は解ける。シンデレラと違うのは、魔法が溶けた時に自分の素の姿を晒すか、死ぬかの差だ。


 この与えられた一分で、力を少しでも練り上げる。かつて、アクアウルプスでエレオノール相手に引きだした領域の、さらに先を目指す。


 眼球が沸騰し、視界が白濁する。皮膚が乾き、木石のような表面になっていく。一歩一歩、間違いなく死に向かっている。


 当たり前の話だ。


 龍刀の真なる力を引きだしたのは、エレオノールとの戦いと、六将軍第六席ディオニュシウスとの戦い。そのどちらも、コウエンと魂の交換をしたからこそ、コントロール可能な領域を引き上げて安全な状態を保てていた。


 いま、彼女はレイの中に居ない。


 レイの精神が自壊するのを救ってくれたコウエンは、本来なら消え去る記憶や精神を、産まれる前のモンスターに焼き付けこの世に生を得た。つまり、一人で龍刀の真なる力を引き出すのは今回が初めてなのだ。


 その上、前回までの領域よりも、さらに前に進むというのだから無謀の一言に尽きる。だが、そうしなければどうしようもない状況だ。


 紅蓮の炎が刃の周りで渦を巻く。一回転するごとに火花が散り、勢いは増していく。既に目視可能な速度を超越しており、周囲の空間すら捻じ曲げているかのように加速していた。


 神経が限界値を越え、何時からか痛みを発していない。心臓の鼓動が消え、苦しさが消えていた。明らかに踏み越えてはいけないラインを越えた。ここから先は一方通行で、引き返す事なんて出来やしない。


 ―――それが、どうした。


 最初から命が残る可能性なんて考慮していない。


 これは生贄を必要とする儀式だ。


 自分の手に余る力を求めるなら、自分を差し出す事で得るしかない。人造モンスターの肉体を得たコウエンと話し合い、彼女からは龍刀の力を多用するなときつく言われていた。


 ―――「曲がりなりにも、貴様は神殺しを達成し、その武具は神殺しの刃となった。妾の血肉を元に、伝説級の素材を用い、現代最高峰の匠が打つことで赤龍の力を再現するに至った刃が、さらに進化したと思え。それを其方の限界を越えて振るうとなれば、間違いなく代価が必要となるじゃろう」


 代価、ある意味聞き慣れた言葉だ。《トライ&エラー》や《トライ&エラー・グレートディバイド》を使用する時も、何かを支払わなくちゃいけない。イタミで贖い、力を失い、繋がりを無くす。そうやってでしか、前に進めなかった。


 だからだろう。きつく言ったコウエンも、どこか諦めているような表情を見せていたのは。仲間が危機的な状況に陥っている時、レイが代価や代償を躊躇いなく払ってしまう人間だと知っているからこそ、あんな表情を見せたのだ。


 心の中でコウエンに詫びる。


 僅か数秒の為に、命を燃やし尽くそうとする事を詫びて渾身の力を込めて龍刀を振るった。


「《赤龍天穿咆哮》!」


 振るわれるは絶技。古代種が一つ、赤龍の全てを滅ぼすブレスが圧縮。神殺しを果たした武具の斬撃として天に向かって放たれた。


 轟音も無く、振動も無く、爆発も無く、真紅の斬撃はぬるりと岩盤を貫いていく。


 一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚、十枚、十一枚、十二枚、十三枚、そして十四枚目―――大地を穿つ。


 役目を果たして空に飲み込まれた斬撃が消えると、闇に支配された、地の下の更に下にある迷宮に紛れも無い天の光が差し込んでいた。


「……信じられない。岩盤を、ああも静かに。亀裂一つ作らず、微震一つ起こさず、十四の固い壁を貫いたのか!?」


 あまりの光景に、影法師ですら呻いた。単純な威力で岩盤を砕くのは常識外れな力を持った怪物なら、出来なくはないだろう。だが、氷に灼けた鉄球を落とすように、周りにヒビを走らせずに穴を穿つのは、意味が全く違う。本来なら岩盤を粉々に砕ける暴威を、一点にまで研ぎ澄ませ最小範囲に止めた。周りに被害を出さず、自分が通れる穴だけを静かに、誰にも気づかれず、誰にも迷惑をかけずに。


 圧倒的な力と、それを極限までコントロールする力は間違いなく、あの『七帝かいぶつ』に近い領域に達している。


「……いや、流石にそれは過大評価……って、レイ、てめぇ!」


 鎧としてレイを包んでいる影法師は、彼がどのような状態なのか気づいて叫んだ。


 炎と影の鎧の下にあった体は、ゆっくりと崩壊していった。龍刀を振るった右腕は肩の近くまで炭化し、外側から砕けていった。他の四肢は体の内側から食い破る炎に耐えかね、プラスチックを割るような音を立てて亀裂を生む。


 もって一分、あるかどうかだ。


 そして何より、レイの意識があるのか無いのか、その判別すら出来ない。剣を振るった姿勢のまま、両足で立っていられるのは影法師の鎧が支えているからだ。


「くそ、そう言う事か! このくそったれ、俺にてめぇの面倒を看ろって言うのか! 最悪だな、こいつ!」


 口汚く罵るが、影法師は素早く影を展開する。一筋の光が差し込む天に向かって、影の階段を作り、一気に跳躍する。ぐんぐんと光は強くなっていくが、それに合わせて体の崩壊は進んでいく。血が蒸発したかのように肌は白く、心臓は冷たく微かな鼓動を突き、四肢の亀裂は止まらない。


 あと四十秒も無い。


 間に合うか、と影法師が焦る中、声が聞こえた。


『ある……きこ……何処に……主……主様!』


 途切れ途切れにだが聞こえてくるのは、シアラの声だ。彼女が使用している魔法は、アクアウルプスで従者が使っていた《伝声ボイスコール》とは違う、《送声ボイスオンリー》という魔法だ。効果は《伝声ボイスコール》と同じで、相手の耳元に聞こえる様に声を飛ばすのだが、《伝声ボイスコール》と違い一方通行だ。その代りに効果範囲が広く、対象も一度に複数を指定できるため戦闘時に役立つ魔法だ。


 シアラの声が聞こえるとなると、地上が、そして彼女が近い事になる。残り時間は三十秒も切っている。影法師はレイの体が更に崩壊すると知りつつ、加速した。少しでも多くの情報を受け取れるように、地上を目指した。


 光に近づくにつれ、シアラの声ははっきりと聞こえてきた。


『主様、聞こえているの。お願いだから、早く来て!』


 必死の声色だ。《送声ボイスオンリー》は映像を伴わない魔法だが、幼さを残しつつも美しい顔立ちをした少女が、必死に顔をゆがめているのが伝わって来る。やはり、地上で何かが起きていた。


 だが、何が起きている?


 影法師の疑問に答える様に――――シアラは絶望を口にした。


『こっちは最悪なの! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、混戦状態なの!!』


「……ふ……ざけんなぁアアアアア!! 『七帝』が三人も居やがるのか!?」


 予想外にもほどがある。思考が一瞬吹き飛び、影の階段が乱れてしまった。レイの体はあっという間に重力に引っ張られ、地の下の更に下へ引きずり下ろされていく。


『早く……き……お願……』


 遠ざかる光と共にシアラの声も聞きづらくなっていく。だが、もう十分だった。


 意識があるのか無いのか分からないレイの唇が動いた。


「や、れ」


 その一言で影法師は迅速に動いた。自壊していくレイが、自分の力で死んで自殺判定されるよりも前に、首を切り落とした。


 この死は、意味ある死となった。


 結果的に、絶望的な報せを受け取った事になっても、大きく一歩前進したのだから。



 ★



 十三度目の天井を見ても何の感慨も湧かない。あるのは体の内側から燃えていくイタミだ。血管が、神経が、骨が、筋繊維が炎に蝕まれていく。内側から崩れ落ちるイタミに耐えながら、レイは起き上がった。


「『七帝』か……そういや、クロノスとの戦いで、何度も死に戻ってたよな」


 口にした事実を今更のように噛みしめる。


 《トライ&エラー》の弊害の一つに、因果を重ねるという事がある。何度も同じ時間を繰り返す事で異常な歪みを生じ、厄介な運命を運んでくる。これまでにも大量死亡した後に、厄介な存在が現れていた。


「クロノからも聞かされてたよな。観測所で、実際に数値として異常が検出されているって。あの時は僕だけじゃなくてクロノスも時戻しを何度もしてたから、その分も上乗せしてるのかな。……それでも、複数か」


『魔王』フィーニス、『機械乙女ドーター』ポラリス、そして『魔術師』の可能性があるオルタナ。加えて六将軍第五席ジャイルズ。名前を並べただけでも吐きそうになる存在が、一カ所に集まった上にレティとクロノを誘拐した挙句、何故かリザとポラリスが協力して追いかけ、オルタナがそれを邪魔して、結果としてヨシツネが死んでしまった。


 状況はデゼルト国の動乱よりも悪化している。あの時も『七帝』が複数参戦した悪夢のような状況だったが、それでも一度に複数という状況では無かった。


 付け加えると、あの時の自分たちは脇役だった。


『守護者』サファVS『機械乙女(ドーター)』ポラリス、『守護者』サファVS『勇者』ジグムントという『七帝』同士がぶつかる構図だ。自分たちはその周りを彩る端役であり、怪物達の嵐に巻き込まれないように必死に戦ってどうにか命を繋いだ。


 それが、今回は全く違う。明らかに狙われている。フィーニスとジャイルズは間違いなくこちらに敵対している。なぜ、あの二人が誘拐されているのかまでは知らないが、そもそもフィーニス達が学術都市に来た理由だって想像もつかないが、とにかく自分たちに喧嘩を売っているのは間違いない。


 そして、厄介な事にオルタナもこちらに対して敵対する構えだ。


 アクアウルプスで助けてくれたオルタナは、黄金時代を築いた三傑の一人、『魔導士』の父親だと名乗っていた。そして『魔導士』はレイと同じ『招かれた者』の一人でもある。もしかするとアクアウルプスでの戦いで自分たちを助けてくれた理由の一つは、息子と同じ『招かれた者』だと見抜いたからではとレイは思っていた。


 そんなオルタナだが、アクアウルプスでの別れ際、13神に向かって忌々しいと憎しみを込めて言っていたのが記憶に残っている。


 13神とオルタナの間にどんな因縁があるのか知らないが、クロノの正体に気づき敵対する意思を示したのかもしれない。


『七帝』の内、二人は明確に敵だ。そして不確定要素なのが『機械乙女(ドーター)』ポラリスだ。魔法工学の叡智を集めた存在は、あの砂漠の空で遭遇した際にある程度自分で考える力を持っているように思えた。そんな彼女が、どうしてリザと協力しているのかは謎だ。


 味方のままで居てくれるなら喜ばしいが、敵に回ったらどうしようもない。


 そして、ヨシツネの死。彼がどのタイミングで死んだのか分からない以上、一時間半のタイムリミットは意味を為さない。ヨシツネが死ぬ前に地上に戻る必要がある。


 ―――最悪の想像ておくれのかのうせいは頭の中から追い払う。


 絶望的な情報だらけだが、1つだけ収穫があった。それは、リザ達の中で誰が意識を失い、そして死んでしまっているのか。それはレティだろう。


 シアラは一時間半のタイムリミット寸前には《送声ボイスオンリー》を使用している事から、意識があるのは確定だ。次に、彼女はリザについて、ポラリスと一緒に追いかけているという旨の事を言った。追いかけている以上、彼女はこの繰り返されている一時間半は意識がある事を指す。


 死の直前意識が無くなったとしても、一時間半のどこか意識があるタイミングに戻って来るため、流れを変えようと行動するはずだから除外される。


 となると、残ったのはレティだ。誘拐されているということは、意識を失っていても不思議では無い。


 龍刀の真なる力を引きだして分かった事は、猶予はあまり残っていないという事実だった。


 そう、心の中でまとめるとレイは立ち上がった。


 体が熱い。燃える様に熱いのは、イタミのせいだけでは無い。この状況を生みだしたカタリナに対し、そして何より仲間が危機に陥っているのに助けられない自分が腹立たしかった。気が付くと、噛みしめていた奥歯が砕け、血が口の中に溜まっていた。


 背後から聞こえたノックの音に振り返らず、レイは窓から外へと、建物の上へ駆け上がった。


『それで? 地上が抜き差しならない状況なのは分かったが、この後はどうするんだ?』


 屋根へと着地したのを見計らって影法師が喋りかけてきた。レイは感情のまま返した。


「どうするだって? 決まってるだろ! 地上に戻る! 地上に戻って皆を助ける。それ以外、やることなんてあるか!」


『……ま、てめぇがそう言うのは予想してたが、そうじゃねえだろ。どうやって戻るのか。それが問題だ』


 雑音混じりの声を聞くうちに、レイの思考は冷静さを取り戻していく。我儘ばかり言う子供を説き伏せる様に、影法師は現状の問題点を並べた。


『地上がやばいのは分かったが、今回の無茶でどうやっても一時間半で地上まで辿り着かないって事も分かった。てめぇがここで龍刀の力を引きださなかったのは、少しでも上の階層に行って力の反動をギリギリまで抑えるためだろ。それでも体が持ったのは一分も満たない時間だ。あれじゃ、上は行けねえ』


 レイは影法師の話を聞いて、眉をひそめた。


 何故なら、論点がずれている。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのに、それに気づかずに説明する影法師に違和感を持った。


「……ちょっと待った、影法師。お前にしては気づくのが遅いな。それともこっちを試しているのか」


『あん? そりゃ、どういう意味だ』


「どうもこうも無い。地上に向かう最速の手段は、最初からあったんだよ」


『……何だって?』


「本当に気づいていなかったんだな。お前にしちゃ珍しい……それとも、案外動揺してたのか。自分でも気づかない内に僕が誘拐されて、こんな所まで落とされたことに。それともあれか? 責任でも感じているのか?」


『ぐだぐだ余計な事を言ってねえで、さっさと答えろ。最速の手段ってのは何だ?』


 明らかに苛立った声色に、レイはある方角を指差した。十一回迷宮を逆走した階段の方―――では無く、町を挟んで真逆にある扉を。固く閉ざされたその扉を、レイ達は時間軸上では昨日突破したばかりだ。


『そういう……事か』


 レイの中の影法師が唸る。彼の事だから、これが危険な賭けなのを理解して、それでいて現状唯一の打開策だと理解しているのだ。


 レイが指示したのは、デッドエンドスポットの最奥にある扉。


 その名は、


「ボスの間。ラビリンス中央部上層のボスを倒して突破する。それ以外、道は無い」


読んでくださって、ありがとうございます。


申し訳ありませんが、次回の更新はお休みとさせて頂きます。

その次の16日金曜日から投稿します。

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