閑話:冒険王 邂逅編 Ⅱ
「おつかれさま、エイリーク。この辺りの騎士は、みんなやっつけたみたいだね」
地面に倒れ伏す騎士の中で立ちつくすエイリークに向かって、場違いとしかいいようのない弾んだ声が投げられた。振り返れば、自分の腰の高さまである木の根をよじ登る少年が、にこやかに手を振っていた。
癖のある金髪は、暗緑色の森で目立つ。妖精のような可愛らしい顔立ちの少年はオルタナ。エイリークの命を救い、戦うために魔法の力を与えてくれた、二重の意味で恩人だ。
彼は騎士を避けて歩く、エイリークの横に立った。
「父さんと一緒に道の先を偵察してきたけど、やっぱり待ち伏せされてるみたい。それも、ここの人たちよりも、人数も武装も数段上みたいだよ」
「……ここの奴らより手ごわいですか。正面突破は難しそうですね。それで、親父さんは?」
「お前に親父さんと呼ばれる筋合いはない。……だからといって、呼ぶべき名前も無いがな」
しゃがれた声はすぐ傍からした。気が付くと、真横に中折れ帽子に革のジャケットという、西部劇にでも出てきそうな男がしゃがみ込んでいた。一撃で倒れた騎士団長の懐から、ずんぐりとした袋を取り出している。
帽子を目深にかぶり、皮肉げに口元を歪ませている男こそ、オルタナの父親だ。
名前は知らない。
「それにしても、随分とまあ、手慣れてきたもんだな」
音もなく傍に現れた男にエイリークは驚かなかった。夏の日に現れる陽炎のように、いつの間にか現れるのはこの男の十八番に近かった。肌に纏わりつく湿気にも関わらず、普段通りのスタイルを貫いている男は、切り伏せられ、あるいは拳で吹き飛ばされ、あるいは魔法で打ち倒された騎士を一瞥した。
「手慣れたって、何がですか?」
「戦い、あるいは殺しに。見事なもんじゃないか。捕縛が目的だったとはいえ、相手はこれまで相手してきた兵士よりも練度が上の騎士たち。団長はお飾りだったが、それでも、これまの中じゃ最強だ。そんなの相手に一撃も喰らわずに倒してやがる。手慣れたと呼ぶべきか、それとも成長したなと褒めてやるべきか」
親父さんの言う通り、倒れている騎士はこれまで戦って来た相手では最も強かった。不意打ちで倒したのが、偶々現場で指揮を執っていた男で、彼が倒れても騎士たちは態勢を立て直そうとしていた。小隊単位で行動し、見通しの悪い森林を探索し、常に死角を潰していた。連携の取れた動きは、複数の人間を相手にしているというよりも、一個の生命体を相手にしている気にさせられた。
そんな強敵を相手に一撃も貰わずに倒せたのは間違いなく成長している証だ。デクノたちとの別れから二か月。王国の、おそらくはアンドリューが関わっているだろう追撃部隊の攻撃は十回を超える。その一つ一つを乗り越え、踏破していくたびに自分が強くなったという実感はあった。
13神から貰った特殊技能、《スプリット・オブ・スティール》はもう一つの手足のように馴染、精神力を体や武器に纏わせるようになった。そして何より、二か月的は違う点は二の腕に刻まれた刺青だ。エイリークには読めない言語で、まるで腕輪のように一周している刺青は、オルタナが考案した刻印魔法だ。数単語の詠唱で魔法を完成させる新しい魔法は、戦いのプロにも通じた。
刻まれたのは《音波砲》、《衝撃波》、《引力》、そして―――。
「だが、この先に待ち構えている奴らには通じないだろうな。まともにぶつかれば、ひとたまりも無いぞ」
どこか試す口調の親父さんにエイリークは素直に頷いた。
「そうですか。なら、別の手を考えましょうか」
「……やけにあっさりと引き下がるな。ここは増長しているお前が痛い目に遭って這う這うの体で逃げ出す流れだろ」
「そんな事言われても。基本的に避けられる戦いは避けたいですし、勝てない相手に何の策も用意せずに戦いは挑みませんよ。それで、何か良い手は思いついていますか」
奴隷の反乱という王国にとって前代未聞の事件を引き起こした男の言葉とは思えない。だが、十年以上に渡って計画を練り上げ、奴隷たちの意思をまとめ上げ、水面下で準備を整えてきた事からエイリークは正確な状況判断と危険を嗅ぎ取る力、そして目的のためなら耐えるという指揮官としての正しい資質を備えていた。
肩透かしを浴びた親父さんだが、気を取り直して言う。
「なら、説明は移動しながらするぞ。道を外れるから逸れないように付いて来い」
「良いですけど、道を外れるんですか」
「ああ。それがどうした」
「いやだって、森に入る前に説明したじゃないですか。この森に入ったら、道を外れるんじゃないって。さもないとモンスターの縄張りに入る事になるって」
王国でも良質の木材が手に入る大森林だが、一方で内部は人の手が入っていない事から様々な種類のモンスターが住みついていた。彼らは賢く、森の恵みだけで生きていけるように種の個体数を調整しており、それ以上増えた場合は他のモンスターの縄張りを襲い生きていた。
森を通過する人間達は、偶のおやつであり主食では無いため積極的に襲ってはこない。だが、縄張りに入ってくる場合は別だ。種の防衛反応か、モンスターの本能なのか、縄張りに踏み込んできた物を容赦なく襲ってくる。
大森林を通り抜ける道とは、そういったモンスターの縄張りにおける境界線の上を何度も往復したことで出来上がった安全なルートだ。
この上を歩いている限りは、運が悪く無ければモンスターに襲われることなく抜けられる。そんな安全な道を外れて歩き出す親父さんにオルタナも続いてしまう。
「大丈夫だよ、エイリーク。しばらくの間は、モンスターに襲われる事は無いから。さあ、早く行こうよ」
何を持って大丈夫と断言するのか、エイリークには分からなかった。だが、こうして旅を続けるうちにオルタナは間違ったことを言わないと理解していた。
自分と同じ『招かれた者』であるこの少年は、時折、こうして確信めいた事を口にする。それが不思議と当たるのだ。もしかすると、それこそが彼の特殊技能なのかもしれない。
エイリークは先を歩く二人の後を続いた。
結論から言えば、彼らはモンスターに襲われる事は無かった。もしも、誰かが大森林を俯瞰で眺めていたら、その異常性に気づいただろう。
何故なら、後の世界で上級、超級と呼ばれるに値するモンスター達が、三人の接近に合わせて全力で逃げ出しているのだ。迫る津波を前にして、高台へと逃げ込む様に。
「遺跡、ですか?」
「そうだ。俺達が向かっているのは遺跡だ」
薄暗い森の中だというのに、軽快な足取りで進む親父さんがようやく向かう先について語り出したのは一時間も歩いた頃だった。背中には疲れたと言って文句を垂れていたオルタナを背負っている。
快活で礼儀正しいオルタナと、人を拒絶するオーラを放ち不愛想な親父さん。似ていない親子ではあるが、父親の背中で安心したように寝息を立てている姿を見ていると、本当の親子にしか見えないのは不思議な事だ。
オルタナは捨て子だ。
親父さんが旅をしている時に、木の洞に置き去りにされていた赤子を見つけた。その赤子の近くには生肉が置かれており、どういった意図でそうしたのかは容易に想像できてしまう。
親父さんは拾った子を近くの村のお人よしに出も預けようとして、以来八年間、彼を息子のように育て、オルタナから父さんと呼ばれていた。
誰が一番のお人よしなのか。
「……おい、いま余計な事を思ってないか?」
「いいえ。それで、遺跡ってのはどんな遺跡なんですか。このジャングルみたいな森に隠れた秘境の都市とか、古代の文明の痕跡とかですか」
「……随分と夢のある事を語るな。そう言うのが好きなのか」
好きである。
大好きである。
エイリークと呼ばれる前の人生、安城琢磨と呼ばれていた時代、世界から未知は駆逐された。地上に秘境は消え、未踏は根絶され、人の辿りつけない場所は無くなってしまった。あるとすれば宇宙だが、それも時間の問題だった。人の飽くなき探究心は際限が無かった。
そんな安城にとって、異世界は自分の恋い焦がれた未知であり、遺跡と聞いた瞬間から脳内で麻薬に似た物質がドバドバと生成されていた。
三人分の荷物を背負っていることすら忘れ、歩調は広がっていく。
「遺跡というが、正確には寺院だ。12……じゃなくて13神か。アイツらが地上に降りられなくなる前まで、この辺り一帯の元締めみたいな役割を担っていた寺院があった」
「神の事をアイツらなんて呼び捨てにして。……それにしても、こんな歩きにくい場所に寺院ですか? まあ、宗教施設なんて山の上とか、断崖絶壁の近くとか、簡単に行けない場所にありますか」
言葉は悪いが、簡単に行けないという事実が希少性と神秘性を高める小道具となる。自然が険しい場所が霊験あらたかな場所という面もあるが、有名な寺が山の上などにあるのは日本でも同じだった。
しかし親父さんは、逆だ、という。
「大森林の中に寺院があったんじゃない。寺院のあった場所に大森林が生まれたんだ」
「……その言い方だと、この森が人の手で生まれた様に聞こえますが」
「その通りさ。この森は人の手で生まれた。誕生してから、四百年と経っていないはずだ」
親父さんの答えにエイリークは驚いてしまう。冒険写真家として世界を飛び回ったから、翠の濃い森林の中を一か月以上彷徨ったこともある。その時、同行してくれた地元のガイドは、自分たちがこの土地に根付くよりもずっと前から森はあり、自分たちが滅んだ後も森は続くだろうと語っていた。
そんな広大無辺な森に匹敵するこの森も、それこそ千年以上前から時間を止めた様に存在しているのだろうと思っていた。
「無神時代が始まった時、何が起きたかというと神々への怒りだ。それまで自分たちを見守って下さった神々が、自分たちを見捨てた。そこにどんな理由があり、どんな事情があり、自分たちに悪い点があったのではと考える殊勝な人間は極わずかだった。大半の人間は、よくも見捨てたなと怒り狂ったんだ」
「それは……見捨てられたという事実を認めたくない反動では」
「かもしれねえが、そんなのはどうでもいい。その当時、人間がどういう心理で神々に反抗したのかなんて、今更関係ない。重要なのは、神々を祀っていた寺院とかが打ちこわしにあったという事だ。当然、これから向かう遺跡もその中に含まれている。いや、この辺りの元締め的な存在だっただけに、一番苛烈で、一番激しかったはずだ」
「そんなに、酷かったんですか。仮にもそれまでは自分たちを見守っていてくれた神に、ましてや神その物じゃなくて、祀っている寺院なんですよね、狙われたの」
「仕方ない、なんて言葉で済ませられる話じゃねえよな。寺院は寄付やら何やらで、裕福だったというのも、人の欲望に火を付けた事は否定できないが……ありゃ、まるで誰かに煽られた群集だったな。……何処かの誰かが高笑いしているのが聞こえてきそうだ」
親父さんの物言いに違和感を覚えた。彼の語り口は、その現場に居合わせたかのように実感が伴っていた。だが、無神時代の始まりは四百年前の事だ。この世界には長命種はいるが、親父さんは普通の―――普通の人間ではないが―――人間種のように見える。
「ねえ、父さん。話がそれてるよ。エイリークの疑問は、この大森林が人によって生み出されたということでしょ」
「なんだ、起きてたのかオルタナ。っと、降りるならちょっと待って」
いつの間にか覚醒したオルタナが、父親の止める間もなく背中から飛び降りた。人懐っこそうな見た目とは裏腹にアクティブな面がある。
「それでさ、森に入った時から気になっていたんだけど、この木って魔法で成長してない?」
傍にあった樹齢千年はありそうな木の幹に手を当てたオルタナは、確信を持って言う。親父さんは複雑そうな胸中を溜息と共に吐き出した。
「答えを先に言いやがって。その通りだ。この森は、魔法で生みだされた」
「やった!」
「はしゃぐな。お前なら、分かっても当然だ。何しろ、俺の子だからな」
喜びを全身で表現するオルタナに向かって、親父さんは手を伸ばした。癖のある金髪が乱れるのもお構いなしに撫でるから、髪はあちこちに跳ねてしまう。だが、オルタナはそれすらも嬉しそうに目を細めた。
「寺院にもイカレタ暴徒が押し寄せた。それを防ぐために、寺院に居た魔法使いは精霊まで呼び出して、どうにか時間を稼ごうとしたんだ。その結果、《ツリージェイル》と呼ばれた木を生みだして作る防壁魔法がおかしな方向にねじ曲がり、気が付けばこんな大森林が一夜にして誕生した訳だ。拡大拡張を続ける森を前にして暴徒も冷や水を浴びせられたように落ち着いて、冷静な奴らが様子を見に行くことにした。……その結果、寺院は崩壊、中に居た人間も森の養分となって干からびていたのが発見された訳だ」
「魔法が暴走したから、ですか」
「それもあるし……まあ、今は良いだろう。重要なのは、その遺跡が巨大な寺院で、森の向こう側に出る道があるかもしれない事だ。俺達が通った道は別の騎士団が待ち構えている。それも最初の騎士団よりも手練れ。しかも、お前が最初の騎士団を突破したことで油断はしないし、捕獲から殺害も止む無し、と判断を切り替えているかもしれん。そんな奴らと遊ぶより、遺跡を抜けて向こう側から森を抜ける方が安全だろ」
「それはそうですけど……それぐらいは騎士団も考えているのでは? 例えば、遺跡の向こう側にも誰かが配置されているとか。それとも遺跡の事を知らないとか」
「それは無いだろ。遺跡に関しては、この辺りに住んでいる人間なら有名な話だ。……有名だったよな? ともかく、奴らは俺達が遺跡を通り抜ける事は無いと判断して、余計な人員は割かないはずだ」
「だから、それがなんでかって話ですよ。俺達が遺跡を通らないなんて、まるで……遺跡を通れない理由が……あるんですか?」
喋りながら嫌な予感にエイリークの口元は引きつった。親父さんは、その反応が愉快でたまらないとばかりに笑い、そして振り返っていった。
「そう言う事だ。四百年たって、遺跡はモンスターの縄張り……というか簡易的な迷宮になってしまった。地元の人間は立ち入ることすらしない危険な場所だ。そして喜べ、エイリーク。噂の遺跡に着いてしまったぞ」
読んで下さって、ありがとうございます。
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