閑話:冒険王 邂逅編 Ⅰ
※これまでのあらすじ
13神が一柱、風を司るアネモイによって異世界転生をした安城琢磨は、そこで過酷な目に遭っている奴隷達と共に反乱を起こす。反乱は成功するも、一人逸れてしまった安城は不思議な親子に助けられた。
安城はエイリークという名前を貰うと、自分を助けてくれたオルタナとその父親と共に旅をする事になった。しかし、その途中で奴隷の立場から脱出した兄弟と遭遇する。反乱の指導者であったエイリークを失ったことで奴隷の兄弟は行く当ても、生きる術も持たず多くが野盗となり、奪う側に回ったことを知るとエイリークは、彼らを殺す決意を固めた。
その決意を尊重したオルタナから、後の時代では『新式魔法』と呼ばれる力を受け取ると、兄弟たちと再会を約束した場所に向かうが、そこで待っていたのは兄弟たちの死だった。国の上層部と繋がっていた野盗たちによって、彼らは殺されてしまった。どこまでも奪われる側だった兄弟たちの死に憤りを覚えたエイリークは手に入ればかりの新式魔法を使い、野盗を撃破。更には王国の騎士たちをも撃退する。そして、奴隷だったからこうなるしかなかったと嘆く兄弟たちの無念を受け止め、これ以上の悲劇が起きないように世界を変える事を誓った。
影が馬車を飲み込んだ。見上げれば、空の高い所を鳥が羽ばたいていた。
自由気ままに、泳ぐように飛ぶ。彼らには彼らなりの現実があり、そこは地上を這いつくばる自分たちには想像できない過酷さがあるのかもしれない。だが、こうして地上から見上げると、鳥はなんて自由なのだろうと思ってしまう。
鳥になりたいと、あの人は思っていたのだろうか。
思い出すのは、鋼鉄の森に区切られた青空を眩しそうに見つめる背中。
視線の先にはどこから来たのか知れない鳥が、どことも知れない場所に向かっていく光景。
大空という境界線の無い、それこそ無限に続く世界を、自分の翼だけで進む。それができたら、どれだけ自由なのだろうか。
あの人は、そんな事を考えていたのかもしれない。地上には、この世界には自分たちを縛るしがらみが多すぎた。あの人は、生まれ持った技能が、状況が、一族が、自由にさせてはくれなかった。
だが、自分は違う。
このしがらみは望んで背負った物だ。
このしがらみは、大嵐で散り散りになる船団を繋ぎとめる鎖だ。たとえ、その鎖が絡みつき、肌を食い破って肉を裂いたとしても後悔はしない。こうすると決めた瞬間から、どんな結果ですら受け入れるつもりだ。
―――それでも、思ってしまう。あの人は自由になりたかったはずだ。
例えあの人が憧れた外の世界が、理不尽と不平等が蔓延り、富める者は更に富を手にし、貧しい者は這い上がる手段を持たない。正道を行く者が石を投げられ、邪道を進む者だけが利を得る。そんな世界でもあの人は飛び出したかったに違いない
一族を守るためだけに時間を費やし、最期は自分の命まで捧げた『英雄』。
だけど、彼女が望んだ世界はどうしようもなく歪んでいる。世界に希望は無く、世界に未来は無く、大した熱も起きないまま終わってしまう予感だけが足首から伝わっていた。
果たしてあの人は、こんな世界でも喜んで一歩踏み出したのだろうか。
「おい、兄ちゃん。ちょっと見てみな」
御者台の方から声を掛けられ、考え事を打ち切った。前を振り向けば、視線の先には目的地を塞ぐように大森林が広がっていた。遠目からだと暗緑色の塊が大地を侵食しているように見える。森がどれだけ広く、どれだけ濃いのか一目で分かる。
そんな大森林に続く道の途中に兵士の一団が居た。
道の両側から延々と続く柵は迂回を阻む為か。まるで関所のように兵士たちは待ち構えていた。
先頭を進んでいた馬車が速度を落とすと、後列の馬車も、それを取り囲む自警団も速度を緩めた。そして先頭が待ち構えた兵士に出迎えられる。
「こいつはお仕事ご苦労さんです。そいで、いったい全体こりゃ何の集まりですか?」
「この先は騎士団の任務区域となり通行止めだ。大森林の向こうに行きたいのなら迂回するか、数日待ってもらう事になる」
「そりゃ困りましたな。迂回するだけでも二日三日、余分に日が掛かっちまう。村で取れた穀物を街で売らなくちゃいけねえのに。なあ、兵士さんたちよ、どうにか御目こぼしはいただけないかね。アンタ達の邪魔をするつもりはねえんだ。ちょっと通らせては」
「そちらの事情など知らん。いいから、さっさと引き返せ」
兵士の返答は固い。彼らが緊張しているのが手に取るようにわかった。
彼らは怯えている。
何処にでも居そうな農民の隊列では無く、大森林の方の何かに怯えている。よく見れば柵の向きや兵の配置は、森の方を向いていた。
この陣容は森に入る者を止めるというよりも、森から出てくる何かを食い止めるための防波堤だ。
「なら、お願いです。森の中で何が起きているのかだけでも聞かせてはくれないか。モンスターの大量発生とか、盗賊団が住みつているとかだったら、村の者にも伝えておかないといけないんだ」
しつこく食い下がった農民の言葉に、兵士は仕方ないなとばかりに声をひそめた。
「現在、あの大森林で大捕り物が行われているんだ。なんでも、得体の知れない魔法を操る者達らしく、王国でも指折りの騎士団が複数派遣されている。だから、安心しろ。近日中には片が着く」
「はぁ、そうなんですか。なら、安心ですな。そいじゃ、儂らは来た道を引き返して様子を見させてもらいます」
「ああ、そうしろ。おい、道を開けてやれ」
馬車が向きを変えるのに合わせて取り囲んでいた兵士たちが散っていく。老いた馬はよたよたと危なっかしい足取りで鼻先を回すと、馬車は来た道を引き返していった。
面倒は去ったと肩から力を抜く兵士たちだったが、ある者は、はてと首を傾げた。
「どうかしたのか。今の農民たちに怪しい点でもあったか」
別の兵士に尋ねられると、首を傾げた兵士はどんどん遠ざかっていく馬車を指差して、
「先頭の荷台に、布を被せられた何かがあったように見えたんですけど」
「布? ……いや、そんな物があるようには見えんな。穀物を入れた樽だの木箱だの、そんなのしか積んでないぞ」
「あれ? おっかしいな。見間違いかな」
「しっかりしてくれよ。騎士団の方々が任務を完了するまで、もう一働きしてもらうからな」
そう言って、兵士は首を傾げた後輩の背中を叩いた。それでも後輩は自分の見た物が見間違いだったのかと納得できずにいた。
布が落ちてないかと地面を見渡すと、つうと影が大森林の方に動いていくのを見つけた。空を見上げれば、鳥が羽ばたいていた。その群れから逸れた灰色の点が、大森林へと向かっていた。
「……俺の見間違いか。しっかりしないと駄目だぞ!」
己を鼓舞するように言い聞かせたが、実の所この兵士は見間違いをしていなかった。数秒前まで、荷台の上に布を頭から被った何かは確かに居た。
それは、馬車が方向転換をする際に、兵士たちが視線を切った一秒にも満たない時間を使って真上に跳んだのだ。
如何なる技量なのか、荷台に一切の傷を作らず、高速で移動したというのに風も生まず。
まるで衝撃だけを切り取ったかのような鮮やかな手際だ。
馬車を操縦していた農民は荷卸しの手伝いをする代わりに乗せていた客人が居なくなった事に、道を引き返して休憩するまでの間気づく事は無かった。
男は鳥よりも高い位置まで跳ぶと、纏っていた布を広げた。真上に跳んだ以上、真下に落ちるはずだった体は、布が空気を受け取り膨らんだことで軌道が変わり始める。ゆっくりと、しかし間違いなく大森林の方へと移動していく。
「……変わった魔法の使い手か。あの子らではあるまいが、確認はしておかないとな」
そう呟く男の耳は、異様なほど突き出ていた。
鬱蒼と生い茂る木々は、樹齢百年や二百年は当たり前のように経過したような巨大さを誇っている。それこそ無神時代が始まるよりも前から存在し、当時の空気を今に残しているとさえ思えてしまう。
そんなどこか神聖な空間に怒声が響いた。
「貴様等! いつまで手こずっているのだ。相手は一人だ! 我らが騎士団の力を結集すれば、鎧袖一触。歯牙にもかからんはずだ!」
そう、叫ぶ男は多くの手勢に囲まれ守られていた。男を含めた騎士たちは全身を守るフルプレートの鎧を身に纏い、護衛の騎士には足元から頭の上まで届く、長方形の板のような盾を持っている。どれも鉄板のような厚みがあり、それに取り囲まれている姿は、ちょっとした砦に守られているようでもあった。
そんな安全地帯から叫ぶしか能の無い騎士団の指揮官はさておき、前線に駆り出されている騎士たちは死への恐怖を感じていた。
息は荒く、視界は狭まっていく。足元はぬかるみ、隊列を組めるような広さは無い。
この大森林という環境は、彼らにとって不利な材料ばかりだった。
まず、天まで伸びた木々のせいで、昼だというのに明りは乏しく死角が多い。敵は軽装な上、地理を把握しているかのように巧みに移動し、何処からともなく現れる。
まさに神出鬼没だ。
次に足元は木の根がむき出しになったり、苔や泥のせいで滑りやすくなっている。誰かが転ぶたびに、視線がそちらの方へと集まる。そして、最後の問題は騎士たちが近接戦闘しか出来ないという状況だ。
足元が不確かで、視界が狭まり、十分なスペースを確保できない状況で剣を振るえば仲間に当たる危険性があった。それが二の足を踏ませ、状況は泥沼と化していった。
「くそっ。本当なら、もっとこちらに有利な展開になっていたはずなのに」
誰かが零した愚痴を窘める力も無い。何より、それは全員の一致した気持ちだった。
一週間以上前、例の三人組を偵察部隊は補足し、彼らの向かう先を複数先読みした。その内の一つにこの大森林を通る事が判明したため、追撃部隊を二つに分けた。最大戦力である騎士団を大森林に向かわせ待ち伏せ。残りを三人組の後方に配置し、適度な距離を開けつつ追い込み、三人組が大森林へと向かわざるを得ない状況を作りあげた。
狙いは読まれていただろうが、読ませる事も狙いの内だった。
国の上層部から下された命令は捕縛だ。それもできる限り生きた状態で。何でも未知の魔法技術を持っているらしく、それを手に入れるのが本当の狙いらしい。
だからこそ、相手を生かして無力化するには自分たちがどれだけ強大で、なおかつ有利なのかを相手に知らしめる必要があった。一週間に渡って付け狙い、相手の行く道に騎士団を配置して何時でも殺せるぞという組織力を見せつける事で、抵抗する意欲を折ろうとした。
だが、蓋を開けてみれば、この有様だ。
百人の騎士団は既に半数が戦闘不能。死者も少なくないはずだ。生き残りの内、十人は騎士団長の護衛として付いているが、残っていた四十人は森の中で散り散りとなり、そこかしこで悲鳴を上げている。
本来なら三つの騎士団、合わせて三百名の騎士が派遣されていた。過剰とも思える戦力は王国上層部がどれだけ本気なのかという表れである。それだけに、騎士団長同士のいがみ合いは凄まじく、誰が主導権を握るかで揉めに揉めた。結局、大森林という地形から全員が同時に軍事行動取れるだけのスペースが無いという理由から、個々の騎士団で対応するという方針になった。普段なら戦力の逐次投入は悪手だと、全員が理解していたが、相手の規模が少ないことが慢心へと繋がった。
先鋒を奪い取った我が騎士団が三人組の行く手を阻む様に、弓とクロスボウで狙いを付けて取り囲んでいたのは三十分も前の事だ。圧倒的に有利の状況だったはずが、三人組の一人が上に向けて手を伸ばした瞬間、何かが空間を駆け巡った。
不可視の力が取り囲んでいた騎士たちを吹き飛ばし、そればかりか木々を何本かなぎ倒していた。陣形は崩れ、舞い上がる土埃などで視界は更に悪くなったせいで、同士撃ちの恐れがある飛び道具の使用は禁止になった。
最初の一撃の直後、態勢を立て直そうとした現場指揮官が真っ先にやられてしまったのも痛かった。指揮系統が乱れた隙を突いて、次々に同僚は倒れていった。結局、生き残り同士が小隊を組み、場当たり的な探索をするしか方法は無くなった。
剣を片手に、どこかに潜んでいる敵を、文字通り手探りで探さなくてはいけないのだ。
じゃりという足音に振り向けば、そこに居たのは仲間の背中だった。驚かすなという言葉を発しようとしたが、その背中がゆっくりと崩れ落ちたのを見て言葉は引っ込んだ。
木々が生む闇の中からのそりと現れたのは背の高い青年だった。きちんとした栄養を取っていないのか、軽鎧は隙間が多く、剣を振るう腕は骨が浮き出ている。だが、そんな体で完全防備されている同僚を幾人も打ち倒しているのを見てきた。
血を幾度も浴びた刀身に向けて、遮二無二になって剣を振るった。すると、固い手応えと共に金属が砕ける音が響いた。
手にはずっしりとした重さがある。ならばと前方を見れば同僚を切ったばかりの真新しい血に染まった剣が半ばで砕けていた。元が古い剣だったのか、騎士の鎧を砕いてきた反動なのか。ともかくこれはチャンスだ。相手は新しい武器も無く、攻撃を放った直後で体が流れている。反撃に移るまで時間が必要だ。
そう考えて、騎士は吶喊した。フルプレートを纏っている騎士団長ほどではないが、この騎士も全身を金属の鎧で固めていた。それがぶつかるだけでも衝撃は凄まじい。普通に止める事など出来るはずもない。
そのはずなのに。
吹き飛ばされたのは騎士の方だった。体は宙を舞い、地面の上を二転三転して木の根にぶつかって止まった。視界が揺れるのは頭を打ったからか。
吐き気を感じつつ、騎士は自分が見た物を反芻した。鋼鉄の塊としてぶつかる直前、男はこうつぶやいていた。
「《超短文・中級・音波砲》」
それと同時に自分の体は何かに弾き飛ばされた。鋼鉄の塊が宙を舞うという事から相当の威力である。遅れて腹部が何かに殴られたような痛みを発していた。
「あ、あれが未知の……魔法、なのか。あんな、素早く、発動するなんて」
一撃で勝敗は決していた。
物理的な意味でも、精神的な意味でも。
男が動けなくなった騎士の剣を奪い、そのまま闇に消えていくのを黙って見ていた。
それから十数分後、三つあった騎士団の内、先鋒を担った騎士団は壊滅する事になる。
それも、たった一人の奴隷だった青年の手によって。
その青年の名はエイリーク。
またの名を安城琢磨と言った。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は23日を予定しております。




