10-49 『招かれた者』の役目
世界崩壊。
それは《ミクリヤ》にとって厄介な、馴染のあるワードだ。それがコウエンの口から語られることよりも、なぜ脈絡も無く飛び出したのかと不思議がってしまう。
「……まさか、クロノスが時を司る神だから、世界崩壊の時間が早まったのか!?」
「嘘でしょ。ここにきて、世界の命運とか関わってくるの」
「相手が13神だから、と納得できるものではありませんね。コウエン様、どうして世界崩壊が早まったのですか」
「戯け者共。いつ、妾が世界崩壊の刻限が早まったといった」
緋色の瞳が呆れた様に細くなった。指摘されると、世界崩壊が起きるとは言ったが、世界崩壊が早まったとは言っていない。
「じゃが、その原因は間違いなくクロノス様にある。そもそも不思議に思わんか? あの方は、どうしてこの無神時代において、神々の力を振るえるのか」
「それは……そういうものなんじゃないのか。13神だから、エルドラドに来れば神の力が使えるってことだろ」
「呵々。それでは無神時代と呼ぶ必要は無かろう。無神時代とは、神がこの地上に降り立てば力を失ってしまう誓約の事を指すのじゃ。かつて、『神々の遊戯場』と呼ばれた時代を失ったことへの罰として、他の世界の神々によって掛けられた誓い。本来なら、クロノス様は、エルドラドに降り立った時点で神としての不死性や、加護、権能を失うはずなのじゃ」
しかし、現実として彼女は権能を使っている。時間に関する法則を自在に操っている。
「誓約がきちんと機能してないのか」
「いや、誓約自体は世界に根付いておった。ところが、あの神。エルドラドに落ちる最中、自身に対して時間逆行を掛けておったようなのじゃ。それが厄介な方向にねじ曲がって作用しておる。本来なら自分だけにしかかからない時間逆行が、空間に作用しよった。すると、どうなったと思う」
「……どうなったっていうのかしら?」
シアラがオウム返しに尋ねると、コウエンは皮肉そうな笑みを浮かべた。
「時間が巻き戻っておる。クロノス様の周囲は、無神時代よりも前、13神が地上に降臨できた時代の法則が復活しておる。ゆえに、あの方は神としての権能を行使できる」
「自分に時間逆行を掛けていた。それってもしかして、彼女が狂気に満ちた行動をするのにも関係しているのか」
「然り。当然そうであろう」
時の神クロノス。彼女がどうしてエルドラドに来たのかは依然として不明だ。しかし、彼女の狂い様から想像は付く。彼女は、観測所を自分の意思では無く、誰かによって落とされた。その際に、記憶を改ざん、あるいは抹消されそうになったのだ。失われて行く記憶を留めるために、彼女は時間逆行を自分に掛け、辛うじて残った記憶がレイの事だけだった。
それは期せずして、彼女の周囲をかつてのエルドラドの法則へと巻き戻してしまい、神としての力を不完全ながらも行使できるようにしていた。
「ここで問題なのは、クロノス様の影響下はどこまで及んでいるのかという事だ」
「えいきょうって、めいきゅうだけじゃないの?」
小首を傾げるエトネ。一方でレイは、先程からあった違和感の答えに気づき、表情を歪めた。
「どうかされたのですか、主殿」
目ざとく気づいたヨシツネを無視して、レイは水晶に浮かぶ影に尋ねた。
「カタリナさん。貴女はキョウコツを通じて、僕らの戦いを見物していたんですよね」
『その通りだよ。若人たちが懸命に戦い一度は神に肉薄した所は喝采を上げてしまったよ。そして破れていく様に涙を禁じ得ない』
「本当に、悪趣味な女ね。それがどうしたのよ、主様」
自分の母親に対する辛辣な言葉を掻き消すように、シアラは尋ねた。レイは彼女の言葉にも取り合わずにカタリナに尋ねた。
「それじゃ、貴女も時戻しを体験したのですか。迷宮ではなく、地上の研究所に居ながら、神の力を体験したのですか?」
『その通りさ』
「やっぱり……そうなのか」
レイが脱力するのと同時に、シアラがどういう事なのか察して顔色を変えた。
「……ちょっと待ってよ。それじゃ、クロノス様の時戻しは、地上にまで及んでいるの!?」
シアラの言葉に、リザ達も表情を変えた。全員の視線を受け止める、木の穴のような影から気安い調子で、
『そうだよ。大きな時戻しも、小さな時戻しも、全部地上にまで及んでいるよ。学術都市は大混乱中さ』
と、どこまでも他人事のように、とんでもない事実が告げられた。
レイが抱いていた違和感。それはクロノスの時戻しが《トライ&エラー》と違い、使用者以外にも効果をもたらしている点だ。個人単位ではなく、空間に作用する全く別の力。そんな風な印象を受けていた。
そうなると疑問として浮かび上がったのが、この場に居ないカタリナが、時戻しの影響にあったのかどうかだ。
答えは是。
神の力は地上にまで及んでしまっている。
「クロノスの権能は、起きた出来事を無かったことにするのではなく、空間の時間を巻き戻す。でもそれは、彼女の影響下にある空間内だけ。それじゃ、影響外の空間と時間の流れ方が違くなるよな」
「無論、ズレが生じる。世界はある程度の修復力があり、些細なズレはどうにかなるが、それが繰り返せばどうなる。いやさ、影響を受ける範囲が広がり続ければ、ズレは大きくなってしまい、どうなるのか。想像は付くだろう」
「……それが世界崩壊に繋がるという訳か。修復しきれない、時間の齟齬が、世界を終らせてしまう」
「然り。だからといって、クロノス様が時戻しを使わなければ、話は終いという訳ではない」
「そんな! それ以外にも崩壊する可能性があるの」
悲鳴を上げたレティに、コウエンは肩を竦めた。
「先も申したが、クロノス様は自身に時間逆行を掛け続けている。あの方の影響下では、世界の法則が古の法則へと戻され、拡大を続けておる。このまま行けば、古き法則の世界と新しき法則の世界がせめぎ合い、ぶつかってしまう。放置しても、世界崩壊は免れん」
今のクロノスは、例えるなら生きた爆弾だ。爆発すれば世界は終わる。放置していれば、いずれカウントダウンが終わってしまい爆発。刺激を与えればカウントダウンは早まり、結局爆発してしまう。
それを回避するためには、道は一つしかない。
「―――神を殺せ、レイ。世界を救うにはそれしか道は無い」
重すぎる宣告にレイの顔はくしゃりと歪んだ。コウエンの言葉に嘘は無い。彼女が嘘を吐く必要は無く、そうするしか道が無いのは理解できた。
それでも、レイは別の道を探そうとした。
「……クロノスを、生かす方法は無いのか。彼女を救って、世界を守る。そんな方法は無いのか」
「レイ様、それは……」
縋るように言うレイに、リザは何か言葉を掛けようとしたが駄目だった。彼がクロノスを助けたいという気持ちが理解できてしまったからだ。その彼に、無理だ、と告げるのは不可能だ。シアラも、レティも、エトネも、ヨシツネもなんと言葉をかければいいのか迷う。そのなかで、コウエンは断言した。
「手は無い。あれは壊れた神だ。元来、神は人を救う存在であって、人に救われる存在ではない。元から、間違っているのだ。其方が神を救おうと考えたこと自体がな」
コウエンの一言は強烈だった。返す言葉も無くして項垂れてしまうレイに、シアラは気づかわしそうな視線を向けつつも、参謀としての役目を果たす。
「神を殺すと言っても、そんな事、ワタシたちの戦力じゃとても出来るようには思えないわ。ここは、一度撤退して外部に協力を頼んだ方が」
「残念だが、そのような時間はあるまい。クロノス様の影響が街全域に及べば、世界崩壊はいつ起きても不思議ではない。残された時間はそうさな、30分とあるまい」
「なんと! 今が世界の終わる瀬戸際とは」
「……最悪。そんなに短い時間じゃ、やれる事なんて限られているわよ。……そもそも、どうやったら神を殺せるのよ」
「それに関してだが、ここに居る者で事は足りるぞ」
神殺しという前例のない反逆を、簡単に可能だぞと言い切ったコウエンに視線が集まった。
「其方らは神の存在に対抗するために精霊召喚を試みたのだったな。それは、正しくもあり間違っている」
「間違っていたの? でも、効果はあったわよ」
計画の発案者であるシアラが反論すると、コウエンは最後まで聞けとたしなめた。
「半分正解だと言っておるのだ。其方は上位存在を呼び出す事で、神に傾いた流れを引き戻せると考えたのだろう。それは正しい。正確には、古い法則で満たされた空間に、新しい法則に染まった上位存在を呼び出すことしかない。じゃが、今の其方らが呼び出せる精霊だけでは13神相手にそよ風程度だ」
「悔しいですが、コウエン様のいう事に一理あります。確かに、クロノス様の放つ神気や、神の守りは剥がれましたが、それでも決定的な状況まで追い込めたかとはいえません」
直接刃を交えたから、神の優位性を崩すには《ミヅハノメ》たちだけでは駄目だったということを肌で理解していた。リザの言葉にエトネやヨシツネも同意した。
「そこで妾じゃ。妾の存在を加える事で、さらに神の持つ優位性を奪っていく」
「コウエンちゃんが、いっしょにたたかってくれるなら、こころづよいね」
無邪気に喜ぶエトネに対して、コウエンは頭を振った。
「否。先も言ったが、妾は戦闘に加わらん」
「どうしてですか。貴女の力はクロノス様との戦いにおいて、貴重な戦力になります。どうか、お考え直しください」
「頭を上げろ、粗忽者。話を最後まで聞け。確かに、妾はクロノス様を圧倒した。だが、それは時間制限の中でたまさか上手く行ったにすぎん」
「時間制限とは?」
「この身はモンスターじゃ。付け加えて言えば、人造モンスター、キマイラスライム。本来なら身に宿した魔石だけで命を繋げられるが、どうやら妾は違うようだ。そうであろう、カタリナとやら」
コウエンの問いかけに、キマイラスライムの製作者がそうだと言った。
『キマイラスライムは魔石を消費して命を繋ぐ。あれだけの戦いを繰り広げるには、相当な量の魔石が必要なんじゃないかな』
「然り。いまの妾に宿る魔石だけだと、一分戦えば尽きてしまう。それだけ燃費が悪い体なのだ」
上級モンスターや超級モンスターへの変身に魔石を消費してしまう。魔石が尽きれば、当然コウエンは死んでしまう。
クロノスとの戦いは、終始コウエンが押しているかのようだったが、実際の所は長引けば先に限界を迎えていたのはコウエンの方だ。クロノスが時戻しを連発してくれたから、自分の限界を見極め、上手にコントロール出来たと言える。
「では、魔石を補充すればコウエン殿は戦えるのでは?」
『そうだろうね。魔石さえあれば長時間の戦闘も可能だろう。君達の手持ちはどれぐらいかな?』
「……最悪です。魔石は一欠けらもありません」
手持ちの魔石は換金し終えていた。迷宮で稼ごうとして『幽霊の呼び声』事件に巻き込まれてしまい、潜って即座にクロノスに見つかってしまった。
《ミクリヤ》は魔石を持っていなかった。
「いまからモンスターを狩りますか。ここはセーフティーゾーンですから上か下へ移動して」
「ちょっと待って。あと30分で世界が終わるのに、魔石探しなんてしている時間は無いわ。コウエン様には《ミヅハノメ》と同じように存在するだけに専念してもらいましょう。そうすれば、クロノス様の影響力を削れるわよ」
「然り。それが上策だろう」
最初からそのつもりだったのだろう。コウエンは文句も反論も無く、自分の役割に納得した。クロノスの影響力を削る作戦はこれ以上ないとして、次はどうやってクロノスを討ち取るのか、そこにシアラの思考はいきつく。
「神を殺せる方法といえば、ゲオルギウスの持っている槍のような神器? でも、そんなのがホイホイある訳じゃないわよね。そもそも、あの神器はなんで今の時代に効果を発揮しているのよ。新しい法則に飲まれて力を失うんじゃないの」
「その通りだ、娘御。本来、権能を宿した神器は新しき法則に飲み込まれてしまい力を失う。あ奴の持つ概念殺しの槍は、新しき世界の法則すら打ち破った稀有な事例だ。だが案ずるな。妾は言ったであろう。神殺しを果たすべく道具は揃っているのだ」
どういう意味だと考える一同の前で、コウエンはレイを指差す。正確には、レイが腰に差してある、龍刀コウエンを。
「妾の血肉を使い、赤龍の炎宿した龍刀。いま、その武具はクロノス様の影響下にあり、かつての力を取り戻しておるのだ。かつて、妾が13神から下賜された権能がな」
「龍刀に権能が宿っている? いえ、それよりも赤龍が権能を持っているとはどういうことなのでしょうか」
「13神の本来の役目とは、エルドラドの管理運営じゃ。世界が正常に稼働する様に、観測所から常に監視しておる。自分たちが担当している領分で異常があれば、外部から修復、あるいは降り立ち直接手を出すこともある。じゃが、世界とは広い。全てに目が行き渡るとは限らない。そこで妾を始めとした古代種の六龍や上位の精霊たちに、神々は権能の一部を複製した物を持たせたのだ」
一拍区切ると、彼女は昔を懐かしむ様に神の名前を告げた。
「妾の場合は、火を司る神プロメテウス様を主とし、他の神々から権能を預かっていた」
「一頭に付き、一柱の神ではないのですか」
「然り。白龍ならば光の神ヘリオス様に命を司るヘメラ様のように、複数の神から権能を預かっていた。どれも世界の法則に限定的とはいえ直接触れる事の出来た力。ところが、無神時代の到来と共に、我らからその力は失われたのだ。ところが、古き時代の法則が復活したことで、龍刀にも、正確に言うならば赤龍の持っていた権能が復活したのだ」
「神殺し。もしかして、貴女に権能を預けた神とは」
「然り。死の神タナトス様じゃ」
13神の中で死を司る神タナトスは、文字通り存在の終わりを告げる存在だった。タナトスが残した概念殺しの槍は、古代種の龍達が生み出した封印すら破る力を発揮。更に世界の法則が切り替わった事にすら抗い、神器として存在している。
そんなタナトスの権能が宿っていれば、神殺しも可能ではないかという予感がリザ達の間にあった。
「妾という存在によって、クロノス様の優位性を剥がす。同時に、あの方の影響下にある事で神器もどきとなった龍刀によって、あの方を倒す。それが妾の考えた神殺しの方策だ」
シンプルすぎる作戦だが、これ以外の方法は《ミクリヤ》に無い。残り時間を考えると、他の冒険者や知識者たちの力を借りる余裕はない。
細かい所を詰めていく必要はあるが、基本的な作戦はこれ以外ないと理解していた。
問題は、神を殺すという目的の変更に納得できていないレイだった。
シアラ達が意見を出し合っている最中も、一人押し黙っているレイにリザが声をかけた。
「レイ様。……お辛いとは存じています。クロノス様との間柄がどのような物だったのかは、分かりません。ですが、貴方がクロノス様を助けたいという気持ちは理解しています。ですが、あの方を生かしていれば世界が崩壊してしまいます。……世界が崩壊したら、レティが、シアラが、エトネが、ヨシツネが、死にます。私たちだけではありません。ファルナも、ダリーシャス陛下も死にます。……そんなのは絶対に嫌です。だから、私は神を討ちます」
毅然とした宣言に、レティすらも気圧された様に姉を見つめた。覚悟を決めた青い瞳は、動かないレイを見据えている。
「ですから、レイ様。もしも、レイ様が戦わないと仰るのなら、龍刀をお貸しください。例え、この両手が焼けただれようが、クロノス様を討つのなら喜んで差し出す覚悟です」
「ちょっと、主様以外が龍刀を使っても効果はある訳ないじゃない」
「否。使い手はこの際問題ではない。あれが権能を宿した神器もどきである以上、誰が振るっても効果は同じ。其方が振るっても構わんぞ」
「御免被るわよ。でも、そうならそれの方が良いかもしれないわね。主様を前線に出さない方が、クロノス様の暴走を抑えられるかもしれない。ブレイブサラマンダーの皮膚って、まだ残ってたかしら」
レイ不在でも戦える方策を考えだすシアラ。それを受けて、リザはしゃがみ込むと、龍刀の柄に手を伸ばした。だが、その手はレイの手に阻まれた。
ゆっくりと顔を上げた少年は、黒い瞳でリザを見つめた。至近距離で顔を合わせる事に、リザは体を緊張させてしまう。
「ありがとう、リザ。僕を気づかって、優しい事を言ってくれて。でも、大丈夫だ」
「……レイ様」
「決めたよ。あの人が、クロノスが世界を崩壊させる前に、彼女を楽にさせる。それが、彼女に選ばれた僕の、『招かれた者』の役目だと思う」
「レイ様。そのお覚悟に敬服します」
「止してくれ。僕なんか散々迷って、君に背中を押されてようやく決心した、情けない奴なんだから」
レイは寂しそうに笑うと、シアラの方に顔を向けた。
「それで、作戦は決まりそうかな」
「正直、難しいわね。主様が時間停止を浴びた間に、ワタシ達はやれるだけのことをやってしまったの。つまり、全部の手の内を晒してしまったのよ。クロノス様が壊れていると言っても、経験済みの攻撃や、対処方法を知っている連携じゃ追い詰める事は出来ないわ」
未知とはそれだけで脅威だ。どれだけ優れた戦技であっても、驚異的な魔法であっても、知っていれば驚きは半減。対処方法を知っていれば脅威は感じない。
「コウエン様の力がクロノス様を追い詰められたのは、色々な攻撃手段があったからよね。それ無しじゃ、近づくのも難しいわね」
そう言って悩む一同に対して、コウエンは詰まらなそうに笑う。
「呵々。何を眠たい事を言っておるのだ、其方ら。妾は言ったはずだぞ。神殺しの道具は揃っていると。未知の攻撃方法なぞ、まだ残っておるではないか」
「ほんとうなの、コウエンちゃん」
コウエンの視線がレイに向けられる。紅蓮の瞳に嫌な予感を感じ、背筋がゾクリとした。
「コウエン。君が言うのはもしかして」
「然り。覚悟を決める時が来た、という事だろうな、レイ」
コウエンの言葉に呼応するように、目の下の傷がじくりと痛む。
読んで下さって、ありがとうございます。




